異世界の料理
「ルークは魔力の量は多くないけれど、コントロールが上手らしくてね~。そういう子は回復魔導士の見習いとして王都に召集されることが多いのよ。」
「ははあ、回復魔導士ですか。傷とか簡単に治せるんですか?あ、それ私が混ぜます。」
「あらありがとう。固いようだったら牛乳を少しずつ垂らして調整してちょうだいね」
〝過剰請求されちゃった事件〟(私命名)から早くも2ヶ月、季節は秋の入口に差し掛かった。
あれからも大量の請求書を整理したり、倉庫の在庫を整理してランスさんが同じものを何度も購入することを防いだりと、やっていることはもしかしたら日本のブラック企業時代と変わらないのだが、少しずつこちらでの生活にも慣れてきた。
また、休みの日には近くの市場に連れて行ってもらい、この世界でしかない食べ物を見たり、こちらでの洋服を購入したりした。お金は、ルドフル商会から取り戻したもので、ランスさんが買ってくれたのだ。
いつまでもロレッタさんに洋服を借りるのは申し訳なかったし、かといって日本から着てきたスーツに着替える気にもならなかったので、洋服を購入できたことはとてもありがたかった。
(あとは、やっぱり毎日17時くらいに人が作ってくれた温かいご飯を食べ始められるのは幸せよね~~~。こっちの世界では残業なんてないし、休日出勤もないんだもん~~。なんだか人間らしい生活を取り戻している感じがするよ・・・)
おっと。思わずじんわりときてしまった。いけないいけない。なんせ今日は待ちに待った、ランスさんとロレッタさんの息子、ルークさんが秋休みで帰省する日なのだから。
ルークさんは、今日は町で買い物をして、夕方から夜にかけて家に戻るということなので、私はロレッタさんと夕食の準備をしている。
ランスさんは、ルークさんが戻ってきたら農作業を終えるので声をかけてほしいとのことだった。
そうだ。こちらの世界での食生活について触れていなかったね。
初めてこの世界に来たときは、青い果実や渦巻いた果物に目を奪われたが、基本的に食材については日本と似ている。
肉も魚も食べるし、バナナもトマトもある。ランスさんの家では酪農もしているし、小麦も栽培している。
ちなみに例の青い果実は、見た目に反して濃厚な甘みのある、マンゴーのような味わいの果物だった。見た目が青く、私はあまり食欲をそそられないのだが、ランスさんもロレッタさんも気にせず食べているようなので、こちらの世界は食材の色はあまり関係がないのだろう。
ただ、日本と比較して大きく劣っているのが・・・
「このホワイトソースは、味付けは何にしますか?」
「それには塩を入れてあげてちょうだい。後でトマトのソースをかけるから、控えめにね。あぁ、サラダには前にエリカが教えてくれたオイルのアレをかけたいわね。また作ってくれる?」
「はーい」
そう、こちらの世界には調味料やドレッシングといっあものがほとんど存在しないのだ。
素材そのもの系調味料の、塩とか砂糖とかはあるんだけれど、醤油やお味噌みたいな、少し加工した調味料がない。あ~、すでにお味噌汁が恋しい・・・。
かといって、醤油を大豆から作る知識なんて持ち合わせていない。そう、あくまで私は一般市民なので、醤油や味噌が大豆からできているということは知っていても、どういった工程をすればそれを作れるかなんて知らないのである。もし知っていたとしても、こちらの世界で同じように再現できるかもわからない。
異世界や別世界で料理をする漫画の主人公は博識だよなあ・・・。わたしも勉強しておけばよかった・・・。
と、自分の知識のなさに嘆きつつも、調味料が少なくてもロレッタさんの料理は最高においしい。
今はホワイトソースとトマトソースの2色グラタンを作っているのだが、この世界は調味料がないからこそ、素材の味をよく知っているというか、とにかく組み合わせてバランスをとるのが上手なのだ。
あとは、ランスさんの作る食材自体もおいしいのだろう。
ホワイトソースに使う牛乳はランスさんの育てている牛から採れたものだから新鮮そのものだし、トマトも畑で採れたものだ。
ただし、サラダに関しては私は絶対にドレッシングをかける派だったので、オリーブオイルらしきものと塩混ぜたものや、お酢らしきものと卵で作ったなんちゃってマヨネーズを2人に振舞ったところ、これが大絶賛された。
食文化という点に関して言えば、この世界よりも元いた世界の方が格段に優れているようだ。
「じゃああとはこれを焼いたらおわりね。
「はーい。窯に入れればいいんですよね?」
「ええ。今火をつけるわね」
そういうとロレッタさんは手に火を灯し、かまどにその火を移した。




