芳山教授の日々道楽「歯医者屋」
芳山教授の日々道楽「歯医者屋」
私は、甘い物が好きだ。
アンパン、大福、ようかん、ケーキ、ドーナツ+チョコレートもしかり。
和も洋も選ばずだ。
甘い物は脳の回転を良くし、活性化もする。精神も安定し、記憶力も増す。
いい事ずくしだ。
人類が創造した進化の為の必須アイテム、それが甘い物。
そして、甘党は酒を好まないと言うが、私は酒もやる。
私は甘党と酒党の二刀流だ。大谷と並ぶメジャー級だ!
誰が何と言おうと、私は甘い物が好きだ。
大好きだ、大好きだ、
大好きだーーーー
しかし、
痛い…
数日前から歯が痛い。
右上部奥歯が痛い。ヅキヅキと痛い。
つらい、
もの凄く痛い、耐えられん。
これは、歯医者に行くしかないのか?
でも、今は連休中。どの歯医者も休みだ。
①救急病院へ行く。
かなり混んでいるらしい。数時間待ち当たり前、しかも応急手当だけ→却下。
②痛み止めを飲む。
薬は痛みを一時止めるだけで、治るわけではない→却下。
③我慢する→無理。
困った…
スマートフォンを取り出す。
「ハーイ、Siri」
「近所で営業している歯医者を見つけろ」
「OK、ヨシヤマ〜」
パパパパパパ、パ
一件ヒットした。
「デンタル スイートミルキー」
?
何んだ、歯が痛い私には非常に毒な屋号の歯医者だ。
どうする?
出かける。
ここか、
滑らかな曲線が続く湾曲な塀、ベージュ色の壁、赤く丸い窓。そして小さくオシャレな看板。
「まるでパテスリィ!」
本当に歯医者なのか?
恐る恐るドアを開ける。
ブーン、自動ドアが開く。
中は普通の歯医者だ。
普通の受付、普通の待合、普通の椅子、何の変哲もない(安堵)
歯医者に来たのは、何十年かぶりだ。何しろ歯でビールの栓を開けるほど丈夫な歯の私は、滅多に歯医者に行ったことがない。
思い出せるのは幼少の頃、滑り台で転んで前歯を折った時ぐらいだ。健康優良歯児(キラリ、歯が光る)
受付に行く。
「こんにちは、どうなされました」笑顔の受付嬢。
「ああ、歯が痛い」
「では、どのくらい痛いのですか?」
「非常に痛い」
「では、どのくらい非常に痛いのですか?」
ピク、(血管の音)
「我慢できないくらい痛い」
「では、どのくらい我慢できないくらい痛いのですか?」
ピクピク、(血管の音)
「堪らなく暴れたいほど痛い」
「では、パーセントで言うと何パーセントぐらい痛いのですか?」
ピクピクピク、(血管の音)
「MAXだーーー!」
ハアハアハア
「そうですか。では、少々お待ち下さい」
ハアハア、ハア
興奮したら、ますます歯が痛くなった。
待合に座る。
椅子には、十数人の患者が座っていた。
皆、眉間にシワを寄せている。
私と同じように他の歯医者が休みで、ここへ来たのだろう。多分、私も同じ顔をしているはず。人間、非常時は同じ表情をする。歯が痛いのに笑顔で笑っているアホはいない。まあ、私の友人に一人いるが。
しかし、
病院とか歯医者は、独特な消毒液のような臭いがするはずだが、
ここは何だ、
甘いにおいがする!
さっきからずっと気になっていたが、この歯医者、甘いにおいがする。私の勘違いか?
いや違う。甘い物が好きな私には解る。これは洋物系スイーツのにおいだ。生クリームのような、カカオのような、高級果物のような。
普段の私なら気にもならないが、今はつらい。非常につらい。歯の痛い私にとって、このにおいは非常ーーに毒だ。
診察を待つ。
20分経った。
まだか?
時間を追うごとに増していく痛み。漂うスイーツ臭→弱。
30分経った。
まだか?
時間を追うごとに増していく痛み。漂うスイーツ臭→中。
50分経った。
まだか?
時間を追うごとに増していく痛み。漂うスイーツ臭→強。
1時間経った。
まだか?
時間を追うごとに増していく痛み。漂うスイーツ臭→MAX。
痛い、食べたい、
痛い、食べたい、
痛い、食べたい、
延々と繰り返すツンデレ地獄。苦悩の連鎖×二乗。
何なんだ、この歯医者は!
……
……
2時間経った。
限界だ…
もう、上だか下だか、どの歯が痛いのかすら解らなくなってきた。ダメだ、痛みで脳がハイになっている。
ポヤン、天国の門が見えて来た。いやいや、まだ現世に居たい。やりたい事が沢山ある。小倉屋の塩大福を、まだ食べたことがない。死ぬ前に一度だけ食べたい。
しまった、甘い物を考えてしまった。痛みが増してくる。
痛ーーー
ダメだ、もう限界だ、
天使がやって来た。ラッパを吹いている。手招きしている。そこにはたくさんのスイーツの山が、
プップープー(ラッパの音)
スイーツから白い光が……
「芳山さん、もう、ちょっと我慢してね。チュッ♡」受付嬢。
チュッ、♡?
もうろうとしている私に受付嬢は、投げキッスをした。
何なんだ、この歯医は!
めまいがする。
よろけた瞬間、振動で激痛が走った。
痛ーーー
こ、ここは天国ではない、地獄だ。
この甘いにおいが痛みを増長し、スイーツ欲をかき立て、私を地獄の一丁目へと落とし入れる。甘さと痛み、甘痛地獄の二刀流!
やめてくれーこの甘いにおいを止めてくれーこのにおいは地獄だーーー
先生に会ったら言ってやる。
「こら、歯医者!このスイーツ臭は何だ!歯医者には不向な臭いだぞ」絶対言ってやる、必ず言ってやる、決めた。決めたぞ、
「芳山さん、治療室へどうぞ〜」受付嬢の声。
?!
よろよろと治療室へ入る。
「どうなさいました、芳山さん」
そこには、色っぽい歯医者が立っていた。
栗色の緩やかウェーブの髪、上を向いた長いまつ毛、思わせぶりな半開きの目、そして艶っぽい唇。
色っぽい、
スイーツのように色っぽい先生だ!
推定Fカップのメロン胸、生クリームのような白い肌、洋ナシのような体型。
まるでマリリンモンロー!いや、壇蜜、いや、橋本まなみ。
しかも、先生の身体からは、さっきからする甘美なにおいが強烈に香る。
この先生がにおいの原因だったんだ!
甘いにおいが鼻をつく。甘美な濃厚スイーツ系の香りが私の鼻をつく。
たまらん、ますます甘い物が食べたくなってきたぞ。
言ってやる。
「このにおいは何なんだ。歯医者として不謹慎じゃないか、歯が痛い患者には毒じゃないか!」と、
「はい、芳山さん、大きく口を開けて、あ〜ん」
「わあ〜ん」喋れない(汗)
「あ〜虫歯ですね〜 Cの3、4。かなり酷い虫歯ですね〜神経まで行っていますよ〜」
「熱いものが染みるでしょう〜何もしなくてもズキズキと激しく痛い。そして甘い物が大好き。特に餡子好き」
図星だ、何故そんなことまで解る?
「ほら、歯に小豆が着いていますよ〜」
ピンセットで小豆片を取り出す歯医者。
おかしい、ここに来る前にキチンと歯を磨いて来たはずだが?
名探偵コナンばりの観察力だ(汗)
「甘い物が好き、歯磨きは下手。典型的な虫歯リピーターですね〜」
私は歯には自信がある、言ってやろう。私は歯でビールの栓を開けられるんだぞ。
「そうそう、歯でビールの栓を開けるのは辞めましょうね」
?
何故わかる。
「芳山さん、歯も年齢によって弱くなるんですよ。いつまでも丈夫とは限りません。歯でビールの栓を開けるのは絶対ダメですよ」
何故解る、杉下右京ばりの観察力だ(汗)
「ふふふ♡」
意味深な微笑みをする歯医者。
「神経を除去して、根管の内部に薬剤を詰めて消毒をして、クラウン(被せ物)を被せますね。セラミックかシルバー、どちらがお好みですか?」
「私は銀が好きだ!」(威張る)
「解りました、シルバーですね。では治療を始めます」
キュイーーーン、
ゔゔっ、たまらん、
この小刻みに揺れる振動が脳天に響く。
キュイーーーン、
つらい、この音が嫌いだ。麻酔はしたはずだがつらい。
キュイーーーン、
う、うん?痛くないぞ。
機材がいいのか?
いや、この甘美な濃厚スイーツ臭が痛みを紛らわしている!
この甘い香りが気持ちを落ち着かせ、精神を安定させている。脳の回転を良くし、活性化もしている。記憶力も増している。
いい事ずくしだ!
人類が創造した進化の為の必須アイテム、それがスイーツ臭だーーー
ーーーあれ?
……
……
……
「芳山さん、終わりましたよ」
えっ、いつの間に?
「来週は、形を取りますからね」
「はい…」(小声)
また来週やるのか。
私は、予備の痛み止めをもらい歯医者を後にした。
デンタル スイートミルキー、
不思議な歯医者だが、腕は良さそうだ。少し通うことにしよう。しょっ中は困るが、治るまで我慢。美味しいスイーツは当分お預けだ。
クンクン、
ほのかに香る甘い残り香。
青い空、白い雲、
看板「スイートミルキー」
何か、いい!