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 ザーザーと雨が強く降って視界を遮り、ろくに前が見えない状態の中、マイクロバスが山道を進んでいくのが見える。私はマイクロバスに向かって叫んだ。


『ダメー!止まってー!そっちに行かないでー!』


 喉が張り裂けそうなほど大声で叫んでいるのだけど、私の声は聞こえていないようだ。ならばと思い、声が聞こえないなら走って止めようとしたが、何故か私の体は少しも動かない。バスの運転手が目を凝らしながら運転し、後ろの座席に座っているバレー部の子たちが不安な表情でバスの座席に座っているのをただ見ていることしか出来ない。


『ダメだって!行かないでー!戻ってきて!』


 その日はバレー部にとって、何もかもがタイミングが悪かったのだろう。予定していた出発時間は不測の事態に備えて、かなり早い時間に設定していたというのに、朝からの豪雨のせいで道路は混みに混んで渋滞していて、回り道を選んだら更に渋滞していて、マイクロバスは予定の時間を大幅に過ぎてしまったのだ。


『薫くーん!馨ちゃーん!お願い、行かないでー!』


 他県で行われる大会に行くためには、その山道は必ず通らねばならない。しかし、このまま山道を通るのは危険だ。行くか戻るかを決めるため、バレー部の顧問がバスを止めるように運転手に頼んでいるのが見える。そこに大きな水溜りがあるなんて気づかずに……。


『運転手さーん!センセー!そこで止めたらダメですー!』


 スリップして横転し、そのまま滑りながら山肌にぶつかっていくマイクロバス。豪雨により山肌が脆くなっていたのか、マイクロバスがぶつかった振動で崖が崩れて、土砂が勢いよくマイクロバスに降り掛かっていく。中に乗っている子たちの大半は気を失っていたが、その内の数名は意識があったのか、バスの窓を叩いて助けを求めるのが見えた。


『いやー!薫くん!馨ちゃん!誰か助けてー!』


 私は急いで二人の元に行こうとしたけど、やはり体はピクリとも動かない。目の前で私の大切な二人が、あっという間に土砂で埋まっていった……。







「ぃやっ!……っ!?えっ?……夢?」


 マイクロバスが土砂に埋もれてしまったと思ったら、急に景色は変わり、私は自分の家にいた。私は左右を見回し、家であるとわかると、ホッと安堵した。何だ、夢だったのか。どうやら私は髪をタオルで拭きながら乾かしている内にいつの間にか寝てしまっていたようだ。


 今は何時だろうかと時計を見れば、針は午後11時を回っていた。寝る前に体は拭いたというのに見た夢が悪かったせいで、体は汗でビッショリになっていた。喉も少し痛かったから、もしかしたら寝ながら叫んでいたのかも知れない。夜中に大声を出すなんて近所の人に悪いことをした。スーツの男には毎朝会うから、明日、顔を合わせたときに、きちんと謝っておこう。


 喉が乾いていた私は水でも飲もうと思い、台所に行った。コップを片手に持ち、蛇口をそっと捻る。それにしても怖くて恐ろしい夢だった。私は生ぬるい水を飲みながら、ふとテーブルに目をやり、そこにラップがかかった夕飯のおかずが乗った皿が手つかずで、テーブルに置かれたままになっていることに気が付いた。


 どうやら、まだ父は帰ってきていないようだ。ため息をつきながら私は冷蔵庫におかずが乗った皿を入れておいた。家の近くのパチンコ屋は夜の10時に営業が終了するはずだから、そろそろ帰ってきても良い時間なのに、一体どこで何をしているのだろう。


 家にはいてくれないし、私のことも邪険に扱うし、金遣いは荒いし、ギャンブルで家のお金を使い込んじゃうし、だらしないし、学校やクラスメイトを強請るし、借金を踏み倒すしで、ろくでもない父だけど、私には唯一の家族だから、やっぱり帰ってこないと心配だ。どこかでお酒でも飲んでいるのだろうか?私の家にはお金がないから固定電話もないし、父も携帯電話を持っていない。


 因みに私が住んでいる家は古いアパートで各部屋にトイレはついているが風呂はなく、家に電話をつけられない人たちの為にと、大家さんが一階の共有スペースに公衆電話を設置してくれていて、何かの用事でこちらに電話がしたければアパートの一階に住んでいる大家さんが電話を受け取って知らせてくれることになっているから連絡を受け取ることも困らないようになっている。


 時計の針は午後12時近くになっていた。まだ父は帰ってこない。私が心配でいっぱいになっていると、突然誰もいない部屋から二人の友人の声が聞こえ……その直後に家のインターホンが鳴った。




 こんな時間に誰だろう?私の父は家に入ってくるときはインターホンを鳴らさずに直接鍵を開けて入ってくるはずだから父ではないはずだ。それに私の父は自分中心で物事を考える人だから、鍵が無いなら、それが何時であろうとも近所迷惑を考えずにドアを思いっきり叩きながら大声で私を呼びつけてドアを開けさせるはずだ。


 もしかしたら父からの電話を受け取った大家さんが来たのだろうか?でもアパートの一階に置いている電話の呼出音は鳴っていなかったように思うから、大家さんではないはずだ。父でもなく、大家さんでもないなら、こんな深夜に一体、私の家に誰が何の用事があって来たのだろうか?


 インターホンの音が消えた後、ガチャガチャとドアノブを乱暴に回す音が聞こえ、それが何だか無性に怖くなってしまった私は、なるべく足音を立てないようにして、さっき聞こえた友人の声の言うとおりにベランダに向かった。


 アパートの裏は電車が通る線路だから、ベランダから誰かに助けを呼ぶことは出来ないし、ベランダから飛び降りても柵があるから逃げ場がない。ここから逃げるには両隣の家のどちらかのベランダをつたって逃げ込むしかない。私は左隣には植物を育てるのを趣味にしている老齢の女性が住んでいることを思い出し、助けを求めてベランダの左に駆け寄った。


 しかし左隣に住んでいる女性のベランダは沢山の植木鉢が置かれていて足の踏み場がなかった。これではベランダをつたって左隣のベランダに逃げ込むことは出来ない。それにベランダから身を乗り出し左隣の家を覗き込むと部屋の明かりは消えていた。遅い時間だし、もう寝ているのだろう。


 大声を出して女性を呼び出したいところだが、女性は老齢で耳が遠く、普段から大きな声でゆっくりと話しかけないと話しかけていることさえ気付かないから、ベランダから大声を出しても寝ている女性に気づいてもらえない可能性のほうが大きいだろう。それにドア向こうにいる誰かに私が逃げようとしているのを知られたくなかったから、大声は出したくなかった。


 左隣には逃げられないと焦った私は、ならば右隣だとベランダの右に駆け寄り、身を乗り出し右隣の家のベランダを覗いてみた。良かった。物干し台しか置いていない。これなら逃げ込める。私はベランダをつたい、右隣のベランダに入りこみ、急いでベランダから隣家の窓を叩いた。


「すみません、勝手に入ってごめんなさい!こんばんは、助けてください!」


 消えていた隣家の電灯が灯る。窓の鍵を開ける人影がカーテンに映る。背の高い男の影が窓を開けた。動転していた私は、そこが誰の家だったかを忘れていた。


「香さん、こんばんは。あの男は、ついに君を捨ててしまったのですね」


 いつものスーツ姿ではない男の手が私に向かって伸びてくる。男の片手が叫びかけた私の口を塞ぎ、もう片方の手は私のお腹に回り込み、そのまま男は自分の家の中に私を引きずりこんでいった。





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