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二人に手を引かれ、学校横の神社の境内に強制連行された私は、そこで二人に涙ながらに叱られてしまった。ヒグラシの鳴き声が響く神社の境内には散歩途中にお参りに立ち寄った老人や、綺麗に着飾っている女性たちやリュックサックを背負った旅行者の一団や手を繋いで歩くカップルたちがチラホラといて、私たちがいるのに気づいた人たちが、こちらをチラ見しながら通り過ぎていくのが見えた。
「三ヶ月もボクらのせいで虐められていたことを黙っていたなんて!ボクらは香が好きだから友達になったのであって、香を苦しませるために友達になったわけじゃないんだよ!ボクは相談してほしかったのに酷いよ、香」
「そうよ、香たん!直ぐに言わないなんて水くさいし、私たちを見くびらないでよね!それにね、私はイジメをする人間が嫌いだけど、親がそうだから子どももそうだと決めつける人間も大嫌いなの!あんな子たちとなんて絶対に仲良くなれないわ!」
二人はバレー部の顧問が明日の準備の為に部活を早めに切り上げたから、技術室で一人でラジオを作っている私の様子を見に行こうとしたら技術室が閉まっていたので、念の為に私が帰ったかどうかを確かめてから帰ろうと思い、私の教室に来たらしい。
二人に問いただされた私は初め、イジメを受けた原因やイジメを黙っていた理由を知られたくなくて言葉を濁していたのだが、二人は教室の外で中の会話を全部聞いていたらしく、私の抵抗は無駄な努力で終わってしまった。
「私はお父さんに学校の子たちや先生に慰謝料を強請ったりするのは止めてほしいし、お父さんがギャンブルで借金を作って払えずに夜逃げをする度に、お金を借りたのだから逃げずにきちんと返してほしいと頼むのだけど、子どもは親のやることに口出しするなと怒られて、いつも話を聞いてもらえなかった。今まで色んな学校に行ったけれど、お父さんが夜逃げしたり、人を強請って皆を困らせたりするから、友だちが出来ても皆、直ぐに離れていって、どこへ行っても私は独りぼっちだった。だからね、ここに引っ越してきて二人と友だちになれたとき、とても嬉しかったんだ。友だちになってくれてありがとう」
二人の涙が止まった。良かった。友だちを泣かせて喜ぶ趣味は私にはない。知られてしまったのなら、全部思っていることを話しておこうと思って、私は話を続ける。
「このまま、ずっと二人と友だちでいたいと思ってた。だからお父さんに学校に乗り込まれるようなことは避けたかったし、お父さんのことを二人に知られて、友だちでは無くなってしまうのが怖かった。……もしもこれから先に何かがあって、お父さんが二人や二人の家族を強請るようなことがあったら、迷わず私と友だちをやめて、弁護士か警察の人を呼ぶようにお家の人に言ってね。私のお父さんは一般人相手だと強気だけど借金の取り立て屋とか弁護士とか警察とかには弱くて、その気配を感じただけでも尻尾を巻いて逃げる人だから。本当に今まで黙っていて、ごめんなさい」
私が二人に謝ると、二人は自分たちも親のことで悩んでいるのだと告白してきた。先に話してくれたのは薫くんだった。
「そうだったんだ。ずっと香は大変だったんだね。イジメのこと、気付かなくてごめん。……ボクはね。馨は前から知ってくれているし、香も気づいているとは思うけれど、ボクは体と心の性が一致していないんだ。だからボクは昔から自分の心が感じる性で生きたいと望んでいるのだけど、両親が受け入れてくれなくてね。こっちだって跡取りに出来る息子が欲しかったのに、娘が生まれてきてガッカリしたと言われてさ。せめてもの詫びに親が選んだ医者の男を婿に迎えて、跡取りの息子を産めと言うんだよ」
薫くん自体は普段の言動から多分そうなのではないかなと思っていたから驚きはなかったけれど、薫くんの両親の話は私には衝撃的だった。
「ボクはさ、もしもボクの心も女だったとしても、そうするのは嫌なんだ。だってボクの人生の伴侶なのに何故、親が選んだ相手でないとダメなの?世の中には不妊の夫婦だっているし、子どもを持たない夫婦もいる。男だけが跡継ぎと認められるのも馬鹿げていると思ってる。産んで育ててもらったのは確かだから感謝はしているけど、親にそう言われる度に悲しくて辛くて、体がギュッと縮んでいくような心地になって苦しいんだ。でも……香に比べたらボクの悩みは全然、大したことはないのかもしれない。ボクが衣食住に不自由しないのは両親のおかげなのは確かだし、親の言うことを聞くべきなのかも知れない……」
薫くんは諦めの表情を浮かべている。私は何と言っていいのか、わからなかったが、そうすべきだと相槌を打つことだけはしたくなかった。薫くんが話し終わった後、今度は馨ちゃんが話しだした。
「ずっとしんどい思いをしてきたんだね、薫くん。香たんも、ずっとそうだったんだよね。私、イジメのことに気が付かなかった自分が悔しい。香たん、気づいてあげられなくてごめんなさい。香たんのお父さんも私のパパと同じで、子どもの言うことを真剣に聞いてくれない人なんだね。……私の母方の実家はね、ここらの土地の旧家で曽祖父の代辺りから町議をしているの。でね、私のパパは入婿で祖父が町議を引退してから町議をしているのだけど、私はパパが愛人を作っていることや色んな人から賄賂を貰っていることを知ってしまったの」
馨ちゃんの口から飛び出してきた話は薫くんの話とは違う意味で衝撃的な内容だった。そして、その後に馨ちゃんが話した悩みは途方もなく大きな悩みだった。
「そのとき私ね、人からお金を貰って町のことで融通を効かせるのは悪いことだから、パパに警察に行って罪を償ってきてと言ったの。そうしたらね、私がそんなことをしたら、私の家族全員とお金をパパに渡した人たちやその家族も含めた全員の人生が、お前のせいで終わることになるぞとパパに言われてね。……私、悪いことをした人は警察に捕まって罪を償うべきだと思っているから、パパは捕まるべきだと思うのだけど、私のせいで私の家族だけではなく、私の知らない人の家族たちも不幸になると思ったら……香たんのように辛い目に遭わせ続けるようになるのかと思ったら……どうすればいいか、わからなくて凄く怖いの」
馨ちゃんが怖がるのは当然だ。自分のせいで誰かが不幸になると言われたら私だって躊躇する。二人はそれぞれの悩みを告白した後、イジメのことに気付かなかったことを再度、私に謝ってきたので、私は慌てて両手をブンブン振って謝るのを止めさせた。
「二人共、もう謝らないで!イジメをやる人間は悪いことをしているという自覚があるから気付かれないように陰に隠れて虐めをしてくるものなんだから、クラスが違う二人が私のクラスのイジメに気付けないのは当然なんだし、そんなことを気にして謝らなくていいよ。それと薫くん。薫くんの悩みと私の悩みを比べるのは間違っていると私は思う。人が皆、違うように人の悩みも皆、違うのは当たり前で、それはどっちの悩みの方がより辛いと比べられるものではないと思うよ。私たちの悩みは皆、大した悩みで、辛い悩みで、それに上下なんてないんだから。それに馨ちゃん。馨ちゃんが怖いと思うのは当然だと私も思う。でも馨ちゃん一人で抱えるのは大きすぎる悩みだと思うから、私は他の家族にも相談した方がいいと思う。だって馨ちゃんの家族は馨ちゃんのパパだけじゃないでしょう?馨ちゃんには他にママもお祖父さんもいるんだから」
私は一気にまくし立てて喋ったせいで言い終わった後は、ハァハァと息を切らしてしまった。