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 その話を初めて耳にしたのは球技大会の日だった。梅雨の終わり頃に行われる球技大会は蒸し暑過ぎて体にきついと生徒たちに人気のない学校行事だった。出番を待つクラスの子たちが暑さを紛らわせようと思ったのだろう。この学校にまつわる怪談話をし始めた。


 その子達の話によると、午前0時に学校の技術室にある鏡の前に立つと、鏡に数字が浮かび上がってくるらしい。数字は神様と繋がるチャンネルの数字で、()()()()()()()()()のチャンネルをその数字に合わせると、神様と話が出来るというものだった。


 何故こんな話が信じられているかというと、この中学校の隣には縁結びと子授(こさず)けの神様を奉っているという古楽士(こがくし)神社という有名な神社があるのだが、学校が建てられている場所は昔、神社の池があった場所だったからだ。


 その池は(ため)しの池と言う名前の池で、その験しの池があったところに建てられることになったから、験ノ池(けんのいけ)中学校という名前がつけられたらしい。生徒たちは神社の池があったところに建てられている学校だから、この中学校は神様と繋がるパワースポットとなっていると信じていて、だから怪談話も本当の話なのだと言って盛り上がっていた。


 私はクラスの子達が興奮気味に大きな声で話しているのを端の方で聞きながら、神社の池を奪われた神様が人間と話したいと思うだろうかと疑問に思った。しかも学校は午後7時には施錠されてしまう。どうやって深夜に学校に入ればいいのだろう?


 それに万が一にでも本当に神様と話せるとしても、わざわざ夜中にラジオの周波数の数字を鏡に浮かばせるなどという、まだるっこしい手順を神様が踏むだろうか?私が神様だったら話したい相手がいたら面倒なことはせず、日の明るい内に直接話しかけに行く。


 そんな疑問が湧いて仕方ない私は、ツッコミどころ満載の嘘くさい話だなと可愛げないことを思っていたのだが、何といきなり遠くの方から急に話しかけられ、あっという間に話をしている子たちのところに連れて行かれて、その後の話の流れでクラスの子達に一緒に確かめに行こうと誘われてしまったのだ。


 日にちは明日。バレー部が他県の大会に泊りがけで出かける土曜日だ。メンバーは一度もプライベートで遊びに誘われたことのない女の子たち。親や教師は勿論のこと、あの二人にも内緒にするようにと念を押され、ああ、これは十中八九、私は彼女たちに意地悪をされるのだろうなと容易にわかった。


 二年になり、三人ともクラスがバラバラになり、会えるのはお昼休憩のときだけになった。二人はクラスが変わっても相変わらず皆の憧れの存在で、私は二人を慕う彼女たちから幼稚なイジメを受けるようになった。彼女たちは教室の中でクラスの皆が私をシカトするよう仕向けたり、ノートや教科書といった私の持ち物を隠したり、授業でグループ分けをするときに最後まで私をどこのグループにも入れないようにしてから、私が一人でポツンと残る姿を見て、せせら笑って喜んでいた。


 私は虐められていることを誰にも言わなかった。勿論、抗わないことや助けを求めないことは悪手だということは、わかっていた。だけど私は虐めよりも怖れていることがあったのだ。


『おい、教科書が汚れているぞ。お前、学校で誰かに虐められてるのか?』


『大丈夫。虐められてない。教科書は転んだ時に落としちゃっただけ』


『……そうか。虐められていたら直ぐ言えよ。助けてやるからな』


 言葉だけを聞けば、親が子どもを気遣っているように聞こえるだろう。だけど残念ながら私の父の場合、迂闊に父を信じて頼ってはならない。何故ならば私の父は誰かが私に何かをしたと知ると、それが故意でも事故でも関係なく、その当事者の保護者や監督者である教師や学校を相手取り、謝罪の言葉よりも慰謝料という名の臨時収入を求める人間だったからだ。


『ん?バレー大会のお知らせ?……お前、バレー部に入っていたのか?』


『ううん、入ってない。それは学校からのプリント』


『ふ〜ん?学校行事みたいなものか……』


 私は我が子を虐めたと言って父が学校に乗り込んで学校や彼女達の親が慰謝料を払うまで付け回す下衆い姿を見たくなかったし、そんな父がいることを周りにも知られたくなかった。だから私は今まで彼女たちのイジメを黙って受けていたのだが、今回は彼女たちの虐めを回避する手段を持っていた。


 それはズバリ、私は自分で作ったラジオを持っていないということだった。


 この学校の怪談話では、わざわざ自分で作ったラジオと指定して言っている。多分なのだけど世間一般的にみて、それが仕事や趣味でない限り、自分でラジオを自作しようとする人は、そう多くはいないのではないだろうかと私は思っている。なのに怪談話で自分で作ったラジオと強調して言っているのは、この学校の一年生の技術の時間にラジオを作る授業があるからではないだろうか?


 この学校では一年生の技術の授業でラジオを作るから、生徒は皆、自分で作ったラジオを持っている。だけど中1の三学期に転入してきた私は、このラジオ作りの授業を受けていなかったし、それを仕事や趣味ともしていなかったから当然、自分で作ったラジオを持っていなかった。


 それを理由に誘いを断った私に苦虫を噛み潰したような顔をして去っていく彼女たちを見ながら、この話はこれでお終いだと安堵していた。だがしかし。思わぬところから私は自分のラジオを手に入れることとなった。


「香だけ技術の授業で作ったラジオを持っていなくて可哀想だと、香のクラスにいる子たちが言っていたのを小耳に挟んでね。だからボク、先生に事情を話してラジオの制作キットを一つ譲ってもらってきたんだ。これで香もボクとお揃いのラジオが持てるよ」


 昼休憩で会いに来た馨くんに笑顔でラジオ制作キットを手渡されたのだ。


「ぐぬぬぬ〜!私が先に譲ってもらって香たんに渡そうと思ったのに〜!それに馨くんだけじゃなくて私とも、お揃いなんだからね!そこのところ忘れないでよね!」


 二人は彼女たちの企みを知らないのだろう。二人の純粋な善意の笑顔が眩しい。


「……二人共、ありがとう」


 私は顔を引き攣らせずに二人に礼を言うので精一杯だった。





 運が悪い時というのは、どうしてこうも悪いことが立て続けに起きるのだろう。私は貰ったラジオの制作キットを家に持ち帰り、上手く作れなかったと言って難を逃れようと思ったのだけど、放課後のホームルームが終わって廊下に出た時に、たまたま技術の先生だという老齢の男性にバッタリと会ってしまった。


「やぁ、君が転入生でラジオを持っていなかった子だね。丁度良かった。私は今から明日の授業の用意をするために技術室に行くから、君もついでに技術室でラジオを作っていきなさい」


 居残りでラジオを作る羽目になるなんてなぁ……と、ため息をつきそうになったけれど、二人の友人や目の前の先生の親切を無下にも出来ないと思った私は、技術室でラジオを作ることに同意し、教室に鞄を置いてラジオの制作キットだけを持って先生と一緒に技術室に向かうことにした。


 ラジオの制作キットを貰ったことや技術室でラジオを作ることになったことは、私にとって嬉しいことではなかったけれど、この先生はそれを知らない。先生の行動はあくまで一人だけラジオを持っていない生徒に対する親切心によるものだ。


 それに先生が手にしているのは教本と書類のみ。これは私の推測なのだが、もしかしたら先生が言っていた、明日の授業の用意をするという言葉は私に技術室を使わせるための方便なのではないだろうか?


 何故なら書類仕事だけならば技術室まで出向かなくとも、冷房が効いている職員室で出来るはずだからだ。そう考えた私は、きちんと先生に礼儀を通さなければいけないと思い、技術室の前で立ち止まって鍵を開けようとした先生にお礼とお詫びを言って頭を下げた。


「先生。ラジオのキットをくれてありがとうございました。それに技術室まで開けてくださって、ご迷惑をかけてしまってすみませんでした」


 私が頭を上げると、そこには鍵を鍵穴に差したまま目を丸くして驚いている先生の顔が見え、どうしたのだろうと思っていたら、先生はニッコリと微笑み、鍵穴からはカチリという小さな音が聞こえた。先生は開けた技術室に私を招き入れながら、にこやかに言った。


「迷惑などと少しも思っていないから気にしなくていいよ。君のことは彼から幼い頃から苦労している健気な子だから気遣ってやってくれと、よくよく頼まれているしね。でも直接話しかけるのは君の負担になるから控えてほしいと念押しされていたから、今までは君の様子を窺うだけに留めていたのだけど、どうしても君と話してみたくなってしまってね。我慢できなくて会いに来てしまったよ。いや〜、普段は人に肩入れしない彼が気にかけているだけあるね。様子を見ているときも感じたけれど、君は沢山辛酸を舐めてきただろうに心が擦れていないし、淡白に見せているけれど情に厚い。私も君のことがとても気に入ったよ。あっ、そうそう。ラジオの作り方でわからない所があれば、いつでも質問していいからね」


 先生にそう言われ、私は彼とは誰のことだろうかと思い、首を傾げた。転入転出の際の引き継ぎか何かで先生に私のことを頼んだのなら考えられるのは、前の学校の担任の先生かもしれないけれど、前の学校の担任の先生のことなら、先生は彼女と言うはずだ。それに……今更こんなこと言っても仕方がないのだけど、私は目の前にいる先生のことを実は……全く知らなかった。


 一年生のときも二年生の今も、技術の授業の受け持ちの先生は、この先生ではなかったし、こんな先生がいたことすら知らなかった。かと言って今更、あなたは何という名前の先生なのですかと聞くのも失礼な気がして、私は先生の名前も彼が誰かも聞けないまま、ラジオ制作キットに取り掛かることにした。


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