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 足音が遠ざかっていくと私を拘束していた男は、私のお腹から手を離すと自分の携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛けた。


「もしもし。……はい、そうです。緊急事態です。今、アパートから出た男を追ってください。……ええ、今直ぐの捕獲ではなく尾行の方向で。追った先にあの男がいない場合は、直ちに不法侵入した男の身柄を確保しておいてください。それと至急、こちらに弁護士をお願いします。はい、警察署で落ち合うことを伝えてください。私も香さんの安全を確保しだい合流しますから、それまでお願いします」


 通話を終えると男は私の口から手を退けて、私に暫し待つように言い置き、私があっけにとられている間に別室でいつものスーツに着替えて戻ってくると片膝をついて、私に電話番号が書かれたメモと電話を差し出してきた。


「緊急事態とはいえ、何の事前説明もなく、あなたの口を塞ぎ体を拘束して怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。この番号はここから一番近い警察署への直通電話の番号ですので、ここに今から電話を掛けてください。それと私の家では落ち着かないでしょうが、不法侵入の事件現場を荒らしてはいけないし、万が一にも男が戻ってきてはいけませんから、警察官たちが来るまではここで私と一緒にいてください」


 私は真摯に謝罪を口にするスーツの男の顔とスーツの男が渡してくれたメモを交互に見比べた。何故、スーツの男は警察署の電話番号を調べてメモを用意していたのだろう?スーツの男は借金の取り立て屋だったはずなのに。そうではなかったのだろうか?……私は頭の中が疑問でいっぱいになってしまった。


「?あ、あの……どうしてこれを?あなたは一体……?」


 目をパチクリさせて驚くだけの私に、スーツの男は穏やかに微笑んだ。


「まずは先に警察に電話をかけましょう、香さん。話は警官が来るのを待っている間に出来ますから」


 何が何だか状況がよくわからなかったが、とりあえずスーツの男に言われた通り、警察に電話した私は、警官がここに来るまでの間にスーツの男から衝撃的な話を聞かされた。何と驚くことに私と父は血が一滴も繋がっていない赤の他人同士だったというのだ。しかも私の父を名乗っていた男は私の母とは籍も入れていなかったから、私たちは戸籍の上でも親子ではなかったらしい。


 そして衝撃的な話はそれだけではなかった。信じがたいことに私の亡くなった母は、若い頃に政略結婚を嫌って家を飛び出したきり、消息不明となっていた富豪の一人娘だったというのだ。長い間、四方八方に手を尽くし、娘を探し続けていた祖父が、ようやく娘の行方を知ったのは、既に娘が他界して十年も経った後のことだったのだとか。


 祖父は激しい後悔に苛まれ、娘が遺した子どもを引き取るため、娘の内縁の夫のことを調べたのだという。すると相手の男はギャンブル好きで借金まみれのとんでもない男だということがわかった。祖父はろくでもない男に孫娘は任せられないと考えたが、どれだけ酷い親でも、ずっと一緒に暮らしてきた親と引き裂くのは子どもには酷かもしれないと思い直し、人知れずにこっそりと男を更生させようと思い立ったらしい。


 そう考えた祖父が男を更生させるために送り込んだのがスーツの男だったのだ。彼の正体は祖父が雇った私のボディーガードで、借金の取り立て屋に扮したのは父を更生させ、私を守るのに都合が良いと考えてのことだったらしい。


「香さんは借金の取り立て屋たちの間で評判の良い方でした。私は正体を悟られないように、焼け石に水だ……などと心にもないことを言いましたが、借金の取り立て屋たちだって血も涙もある普通の人間です。毎日毎日、数十円、数百円をコツコツと貯めては、逃げ回る父親に代わって借金取りたちに頭を下げ、父親が作った借金を返そうとする痩せ細った子どもの健気な姿に彼らは心打たれ、家の外で罵倒しつつも香さんに親しみを寄せていました。そんな彼らが口を揃えて、顔かたちといい、性格といい、香さんがあんな男と血が繋がっているとは思えないと言っていたのが気になって、私は香さんのお母様の生前の足取りをもう一度調査して、香さんとあの男が血縁関係でないことや戸籍が別となっていることを知ったのです。……ただ、あの男が香さんを自分の籍に入れなかったのは、もしかしたら男が何かの事情で死んだ場合に、男の借金を男の子となる香さんに背負わせないようにするために、あえて入れていなかった可能性もありましたので、それがわかるまで様子を見ることにしたのです」


 血の繋がりは目には見えない確かな絆かもしれないが、人と人との繋がりは血が繋がってなくとも日々の生活でお互いが労りあい思い合っていれば、血の繋がりよりも強い絆を築き上げることが出来る。スーツの男は、私と私の親を名乗っている男の間に深い親子の絆があれば、何が何でも男を更生させて私が幸せな人生を送れるように尽力し続けるつもりだったらしい。ただし男に親としての自覚も愛情もないと確実にわかった時点で、容赦なく男を切り捨てるつもりでいたため、つい私にも覚悟するようにと言ってしまったとのことだった。


 少しして駆けつけてきた警官たちが私を迎えに来ると、私とスーツの男はそれぞれ状況を説明し、警官たちと一緒に警察署に向かった。警察署に着くと私は、私の弁護士だと名乗る女性に出迎えられた。高齢により、この場に来ることが出来ない祖父の代理で私の身元引受人としてやってきたのだという弁護士は、簡単な説明は済んでいるのだし、夜分も遅いからと詳しい話は明日にお願いしますと警官たちに掛け合ってくれた。


 そして私は弁護士が手配してくれたホテルに泊まることになり、私の安全を見届けたスーツの男は行くところがあるからと一人どこかに行ってしまった。隣の部屋に弁護士が泊まっているとは言え、一人でホテルに宿泊したことはなかったし、その晩に起きたことが衝撃的だったからか、私は興奮してしまって寝付きが悪く、ようやく眠れたのは朝方で、そのまま昼近くまで寝てしまった。


 私が起きたときには外は雷が鳴り、豪雨が降っていた。雨雲に覆われて空が暗かったから昼近くになっているとは思っていなかった私は慌てて起きて、隣の部屋に電話をかけて寝坊を謝罪すると、弁護士は衝撃的なことが起きて疲れているだろうから、わざと起こさなかったのだと言って労ってくれた。そして電話を切って直ぐに、私の知らないお店の名前が書かれた紙袋に入ったワンピースを着替えにと届けに来てくれた。


 家にお金がなく普段は学校のジャージで過ごしていた私は、私服というものを持っていなかったから緊張しながらも有り難くワンピースを受け取り、朝昼兼用となった昼食をホテルの食堂でご馳走になった後、また弁護士と共に警察署に向かい、昨日の話の続きを詳しく話した。


 話し終わった後、警官から昨夜に家に不法侵入した男を逮捕したことを知らされたが、まだ事情聴取中とのことで、また明日警察署に来るようにと言われた私は、またホテルで一泊することになった。金曜、土曜とホテルに宿泊することになった私は、その次の日曜日にスーツの男と再会し、スーツの男と弁護士に付き添われて、また警察署に向かい、そこで私は金曜日の夜の事件についての説明を受けた。


 金曜日の夜に私の家に入ってきた男は私の父を名乗っていた男が最近になって新たに作った借金の取り立て屋だということだった。父に取り立てに来た時にたまたま私を見かけ、私の顔が消息不明となって捜索されている富豪の娘に面差しが似ていることに気が付いた男は私の素性を見抜き、私を誘拐し、祖父を強請って大金を巻き上げようと思いついたらしい。


 そこで私の素性に気が付いていない私の父を名乗っていた男に、借金を帳消しにする代わりに私の身柄を渡すよう取引をして、私の家の鍵を手に入れたとのことだった。誘拐計画を立てた男は直ぐに不法侵入と誘拐未遂の罪で身柄を拘束され逮捕されたが、私の父を名乗っていた男は行方がわからないらしく、警官たちは私とスーツの男に男が向かいそうな所がないかを尋ねた。


 私は父を名乗っていた男は昔から夜逃げを頻繁に重ねていたことを警察に話し、スーツの男も私の言葉通りだと話し、男が中学生の私を連れていなければ、逃げていた男を見つけることが出来なかったと言葉を続けた。警官たちは私とスーツの男の話に同意し、男は今は私を捨てて一人きりで身軽な身となっているから、捜索の範囲を広げなければと話し合った。


 警官たちの説明が終わった後、私は弁護士から私の祖父が私を祖父の籍に入れ、正式な家族として迎え入れたいと考えていることを明かされた。私は父を名乗る男に捨てられたし、他に身寄りもなかったから、その申し出を受け入れることにした。手続きが終わり、初めて手にした戸籍謄本には母親の名前は書かれていたが、父親の名前の欄は空欄となっていた。本当の父親は誰なのだろうと思っていたら、スーツの男が私の実父のことを調べてくれていて、私に実父のことを教えてくれた。


 私の実父は町工場で母と一緒に働いていた青年だったらしい。二人は結婚するつもりでいて、町工場の人々にも報告していたのだが、父は母と入籍する前に不慮の事故で亡くなってしまったということだった。それで母は恋人を亡くした哀しみで精神が衰弱したらしく、ある日突然、町工場を辞めてしまったらしい。


 その後、母は心あらずで酒場を彷徨うようになり、そこでギャンブル好きな男と出会って無理矢理、家に連れ込まれ、そのまま男と一緒に暮らすことになったようだ。一緒に住むようになって直ぐに母の妊娠が発覚し、出産したが私が男と似ていないことと血液型で実子ではないと知った男は、母に暴行を重ねるようになり、母は私が三つか四つのころに病死したということだった。


 

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