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 私が彼女たちに対して呆れているのを見て、馨ちゃんは肩を竦めて言った。


「まぁね、私も薫くんのところに一人も来ないのは薄情だなとは思うけれども、私のところに来ないのは当然かなと思ってる。だってさ、私の父親は犯罪者だし、私の父親のせいで、この町にいられなくなった子たちがいるんだもん。……あのね、香たん。私、香たんに謝ろうと思っていたことがあるの。前にね、香たんがクラスの子たちに虐められていることを知ったときにイジメのことや香たんのお父さんのことを言ってほしかったと言ったけれど、今は香たんが私たちに黙っていた気持ちがよくわかるの。私もね、あの日のことがあってから私自身は何も変わらないのに、周囲の人たちの反応がガラリと変わってしまったでしょう?それでね、私は人は怖いなとシミジミと思ったの。香たんはこんな体験を何度も味わっていたんだと思ったら、香たんが私たちに言い出せなかった気持ちが身に沁みて理解できた。……香たん、ごめんなさい」


 馨ちゃんは疲れた顔に苦笑を浮かべ、私に謝った。あの日、馨ちゃんの乗ったマイクロバスが一時、所在不明になっていたのに一向に連絡がつかず、遅れてかけつけてきたという馨ちゃんの父は、なんと愛人を引き連れてきていたらしい。その後の二人のやり取りによって、馨ちゃんの父親が賄賂を受け取っていた証拠である帳簿があることを馨ちゃんの母親や祖父だけでなく、そこに居合わせた大勢の人にも知られてしまったのだという。


 薫くんのことは黙秘し、一切口外しなかった記者たちは、馨ちゃんの父親については黙秘せず、帳簿について厳しく追求した後、それを記事にし、ケーブルテレビはその時の映像を一部、音声を変え、顔にもモザイクをかけてからニュース番組で放送した。馨ちゃんはニュースで流れてきた馨ちゃんの母親の言葉を聞いて、父親から脅された言葉の呪縛から解放されたと後から教えてくれた。馨ちゃんの母親の言葉は民放のテレビや大手の新聞社でも取り扱われ、視聴者や読者の多くの人から勇気づけられたと大きな反響が寄せられたらしい。


 父親の方はというと土曜日にマイクロバスが帰ってきて馨ちゃんが無事とわかった直後、馨ちゃんの母親に即、離婚を言い渡され、弁解しようとしたところを多くの記者たちに囲まれたらしい。そして馨ちゃんの母親や祖父や事務所のスタッフたちによって帳簿が賄賂の証拠であることが判明したことで町議をクビとなって警察に引き渡された。その後の警察の捜査で沢山の者から賄賂を受け取っていたことが突き止められた父親は執行猶予がつかず、数年間の実刑を受けることとなった。


 薫ちゃんの母親は協議離婚を望んだが父親が離婚を拒否したため、話は調停離婚にまで縺れ込んだ。その際に父親は離婚を了承する代わりに慰謝料の減額と我が子である馨ちゃんへの月に一、二度の面会を求めたが、自分の不正に気づいて警察に自首をするよう勧めた薫ちゃんに対して、愛人に放った文言と同じ言葉で脅していたことを理由に薫ちゃんは父親との面会を拒否した。


 血を分けた我が子に拒否されたことがショックだったのだろう。その後、直ぐに父親は慰謝料の減額の申し出を取り下げ、離婚にも応じる姿勢を見せた。そして娘に心からの謝罪をしたいからと馨ちゃんとの面会を再度切望したが、薫ちゃんの拒否の理由を知った調停委員は父親による馨ちゃんへの脅しは恐喝行為であるとともに虐待とも見做されると警察に通報し、その後、裁判所は無期限の親子の面会禁止と母子への接近禁止命令を父親に下した。


 因みに……あの日のことで父親に愛想を尽かした愛人は、父親に買ってもらったマンションや家財一式を全て売り払い、それを馨ちゃんの母親への慰謝料にした後、町を出ていってしまったとのことだった。


 父親の持っていた帳簿には賄賂を贈った人物の名前と金額が書いてあったため、後日、その面々が事情聴取され、その結果、帳簿に名前が載っている者の家族たちは、自分の夫もしくは父親か息子が賄賂を贈ったことを知り、あちこちの家庭でひと騒動が起こった。古くて狭い町であったせいで、その騒動は町の皆が知ることとなり、ある家は一家離散したり、離婚したり、当事者を家から追いだしたりし、そうでない家は町に居づらいと居を移すものが大半出たため、何人かの子どもが同時に転校することとなったのだ。


 一連の騒動とは関係が一切ないものの、騒動の当事者の家族であった馨ちゃんは父親が不正を行ったことで、周囲の人間から180度違った態度で接せられるようになってしまった。馨ちゃんは自分の家族だった人が招いたことだからと耐えるつもりでいたらしいが、馨ちゃんの母親と祖父は何の罪もない馨ちゃんが周囲の人間の悪意に苦しむのを良しとせず、馨ちゃんの亡き祖母の親戚の家に身を寄せられるように手配をしたということだった。


 そして私はと言うと……。





「香さん。終業式、お疲れ様でした。お荷物をこちらに。お友達とのお別れの挨拶は言えましたか?」


 中学校の校門を出て直ぐのところに待機していた高級車の助手席に乗っていたスーツの男は、私の姿を見つけると車を降り、運転手に声を掛けてから私の元にやってきて、私の鞄や荷物を引き取って車のトランクに積み込んだ。


「いつもお迎えに来てくれてありがとうございます。お別れの挨拶は今から言おうと思っていたところなので、もう少しだけ待っていてもらえますか?」


「わかりました」


 私とスーツの男のやり取りを見守っていた二人はクスクスと笑いだした。


「ボクたちは皆、あの日のことがあってから周囲の反応がガラリと変わったけれど、一番大きく周囲の反応が変わったのは香だよね。ハハハッ……香が行方知らずになっていた富豪の一人娘の忘れ形見だとわかってからの皆の態度ときたら……ホント笑えたよ。噂をすれば、ほら、あそこ。隠れて香を覗いてるのが見える。あれで彼女たちは隠れているつもりなんだね。まぁ、ハリウッドのレッドカーペットを歩く大女優が乗っているような高級車で学校まで送迎されている子なんて、この町には一人もいないから、つい見に来たくなっちゃう気持ちはわかるけどね」


 校門の影に隠れているつもりの彼女たちを見つけた薫くんが笑いながら言うと、馨ちゃんも面白そうに隠れている彼女たちを見ながら言った。


「フフッ。あの人達の苦々しそうな顔ときたら……。私のお祖父ちゃんや薫くんの親みたいに、この町にしか顔が利かない小金持ちとは違って、香のお祖父さんは国を動かせるほどのお金も権力も持っている人だものね。あの人達はそれを知った親たちに香と仲良くなるよう言われているのでしょうけれど、今までの自分たちの行いのせいで香と親しくなれないと誰よりもわかっているから、どの子も渋面を浮かべてる。……そんなことよりも、ねぇ、香たん?香たんのお祖父さんは優しい人?新しいところでもやっていけそう?」


「うん……、大丈夫だよ。お祖父さんはお父さん……お父さんだと思っていた人とは違って、とても優しい人だって聞いたし、新しいところでもやっていけると思う。薫くん、馨ちゃん。今まで私と仲良くしてくれてありがとう。友だちになってくれてありがとう。二人とも新しい所に行っても元気でね」


 私がそう言って、別れの握手を求めて手を差し出すと、二人は握手ではなく私をギュッと抱きしめてきた。


「こっちこそ仲良くしてくれてありがとう、香。馨もありがとうな。離れていても会えなくても二人とは、これからもずっと友達だ」


「私もありがとう!香たんと薫くんが私の父親が捕まった後も変わらずに友達でいてくれたこと、すごく嬉しかったわ。二人のこと、ずっと忘れない。ずっと大好きよ」


 私たちは少しの間、泣きながら三人で抱きしめあって別れを惜しんだ。


 それから皆で別れの挨拶をした後、私は車に乗り込み、二人に見送られて、学校を後にした。私は後部座席で二人の姿が見えなくなるまで手を振った後、前を向いて座り直し、車窓から流れる景色をボンヤリと眺めながら、あの日の夜のことを振り返っていた。





 あの日の夜。私がベランダをつたって逃げ込んだ先は、スーツの男の家だった。


『香さん、こんばんは。あの男は、ついに君を捨ててしまったのですね』


 そう言って私の口を塞ぎ、体を拘束して自分の家の中に私を引きずりこんだ男は、その状態の私を抱えて玄関傍まで走り寄ると、そのまましゃがんで身を低くして、じっと外の様子を窺い出した。


 ガチャガチャと乱暴に鍵をこじ入れている音が左隣から聞こえ、その後、玄関が勢いよく、バン!と開ける音が聞こえてきた。今いる家の左隣は私の家だ。家が鍵で開けられた音がしたということは、インターホンは私の親が鳴らしたのだろうか?それなら私は逃げる必要がなかった?……その疑問は大きな足音と共に聞こえる聞き覚えのない男の怒鳴り声で直ぐに解消された。


「チクショーめ!あの大噓つき野郎めが!家のどこにも娘がいないじゃないか!さてはあの野郎。借金を踏み倒すために俺に嘘を教えて、娘をどこかに隠しやがったな!ああ〜、俺の大馬鹿野郎ー!夜逃げばかりして借金取りから逃げ回っている男の言うことなんて信じなきゃよかった!よくも俺を騙しやがったなー!直ぐに飲み屋に引き返して野郎を絞め上げ、娘の居場所を吐かせてやる!フン!あいつは俺が娘の体に興味があると変な勘繰りをして、俺が娘を欲しがった本当の理由には気が付いていないようだったから脅せば娘を差し出すだろ。間抜けだよなぁ、あいつ。てめえの娘が金の卵だったってことを知らんのだからな」


 そう怒鳴っていた男は、また大きな足音を立てて私の家のドアを乱暴に開けて出ていってしまった。スーツの男は足音が完全に聞こえなくなるまで私の口を塞いで息を潜めていた。

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