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よろしくおねがいします。

 その日の夜。帰りが遅い父を待っていたら突然、誰もいない部屋から聞き慣れた声が聞こえてきた。


『香、逃げろ!』


『香たん、そっちに行っちゃダメ!』


 その声は私の友人の声だった。不思議に思い、声が聞こえた辺りを探ると私の手提げ鞄に入れっぱなしになっていた、壊れたラジオがあった。


 そのラジオは今日の放課後、学校で作ったものだったが壊れたのには理由があった。壊れたラジオから友人の声が聞こえるなんて……。何が何だかわからなくてパニックになりかけたとき、家のインターホンが鳴り、ドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえてきた……。








 二人と初めて会ったのは中1の三学期が一ヶ月ほど過ぎた頃だった。その日、私は転入生の挨拶で名前を名乗ったときにクラスの子たちが騒いだのだ。


「わぁ!また”カオリ”だ〜!」


「これでカオカオコンビがカオカオトリオになったね!」


 何のことだろうと首を傾げる私にクラスの子たちが教えてくれた。このクラスにはバレー部の最強ウェポンと呼ばれる二人の女の子がいて、その名前が揃って”カオリ”だから、二人はカオカオコンビと呼ばれているということだった。


 クラスの子たちの目線の先にいる二人の”カオリ”を見つけた私は、どうやら私が三人目の”カオリ”として、この二人に加わってカオカオトリオと呼ばれることは絶対に無いだろうなと直ぐに確信した。……それくらい、二人の”カオリ”は素敵過ぎる女の子たちだった。




 一人目の”カオリ”は薫という漢字の名前でツヤツヤ黒髪のポニーテールと切れ長の瞳が印象的な綺麗な女の子で、二人目の”カオリ”は馨という漢字の名前で日に焼けた茶髪のショートカットと二重で大きな瞳が印象的な……こちらも綺麗な女の子だった。


 二人共バレーをするのに有利な高身長で、バレー部の最強ウェポンと呼ばれているだけあって、素人が一目で見ても上手いとわかるくらいにバレーが上手だったし、何より上手くなるために努力を惜しまない子たちなのだそうだ。


 それにクラスの子たちの話では二人共に成績も良く、薫は大病院の一人娘で馨は町議の一人娘だということだった。まるで自分の自慢話を話しているかのように得意満面で二人のことを教えてくれるクラスの子たちの話を聞いていた私は、クラスの子たちがそうするように、つい私自身も名前の読みが同じ女の子たちと私を比べてしまった。


 二人に比べ、私は特出した特徴はない容姿だし、成績だって家庭科以外は中くらいだし、親は……。そこまで考えた私は、それ以上を考えるのを止めることにした。考えても仕方ない。私たちは一人ひとり皆、違う人間だ。違うとわかっているのに同じ土俵で比べること自体が間違っているのだ。皆は皆で、私は私。容姿や家族は生まれ持ったものだから変えられないけれど中身なら変えられる。よし、もっと勉強頑張ろっ。


 平常心を取り戻した私は、これからのことを考えた。実は転校はこれが初めてではない。借金を作っては夜逃げを繰り返す親を持つ私は転校の経験だけは他の人よりも豊富だった。その経験から察するに、クラスメイトや学校の子達が平凡な容姿の私を目新しく思えるのは、せいぜい2日か3日、長くても一週間くらいだろう。その間さえ我慢していたら、その後はいつものようにクラスのその他大勢になれるはずだ。


 私はクラスの子達が早々に3人目の”カオリ”のことは直ぐになかったものとして扱うだろうと予想を立てて安心していたのだが、何故か私は、その一週間後には二人の親友枠に収まっていて、カオカオコンビ・プラスワンと呼ばれるようになってしまっていた。




 二人とは特別な出会いや衝撃的な何かがあって友達になったわけではない。たまたま家庭科の調理実習の班が一緒だっただけだ。二人が米や野菜といった食材を洗剤で洗おうとしていたから食材は洗剤で洗うものではないとか、二人の包丁の使い方が危ないから食材に添える手は猫の手のように丸めろとか、砂糖と塩を間違えて入れようとしたり、熱したフライパンを素手で触ろうとするのを止めて、事故を未然に防いたぐらいで大したことはしていない。


 だけど家の家事全般をお手伝いさんがしてくれる家庭で育った二人には、料理に手慣れている私が物凄い人であるように見えたらしい。憧れと尊敬の視線で見つめられ、あっという間に距離をグイグイと詰めてきて、二人は私を大事な友だちとして扱うようになってしまったのだ。


「香は料理も裁縫も上手い上に優しいし、それに可愛らしくて最高だよね。ねぇ、やっぱりバレー部のマネージャーになってくれないかな?ボク、放課後も香と一緒にいたいなぁ」


「ハハハ……ありがとう、薫くん。でも、ごめんね、部活はちょっと出来ないんだ」


「ねぇ、香たん、私達のマネージャーになってよ〜!そしたら放課後もずっと一緒にいられるし、香たんのほんわか笑顔と香たんのふんわり卵焼きがあれば私、パワー全開でマジ全国が狙えると思うの〜」


「アハハハハ……馨ちゃんは卵焼きが好きなんだね。マネージャーは無理だけど、卵焼きなら火曜日が卵の特売日だから水曜日のお弁当に多めに入れて持ってきて、馨ちゃんにお裾分けするね」


 二人は周囲の人間には自分達のことは名字で呼ばせていたが、私にだけは名前呼びをするよう強請ってきた。


「ボクは二人共の名前が”カオリ”だからと、ボクたちのことをカオカオコンビと一括(ひとくくり)で呼ぶくせに、香のことはプラスワンと呼ぶ人たちのことが気に食わないんだ。それに勝手にアイドルみたいに祭り上げられる、こちらの身にもなれって言いたい。自分たちのイメージと違うボクはボクではないと言って行動を制限される束縛も、忠告と言う名の洗脳もボクはウンザリだ。まるでボクの親たちみたいな押し付けをしてくる、あんな人たちにはボクの名前を呼ばせたくない……」


「私も同意見だわ。だって私たちは皆”カオリ”なのに、ムカつくったらありゃしないわ!それに私と薫くんの家が金持ちだからという理由だけでチヤホヤしてきたり、私たちの親によろしく伝えてくれと親に頼まれたと学校の子たちに付きまとわれるのも鬱陶しいったらないわよ。お金があるから何が偉いというのよ。それに……皆、私のパパが裏でどんなことをしてるか知らないから、あんな風に出来るのよ」


 二人の言葉には所々、意味のわからないものが含まれていたが、二人が揃って周囲の人間達に憤りを感じていることはわかったから、私は二人が望む名前の呼び方で呼ぶことにしたのだった。




「いつ見てもプラスワンちゃんはカオカオコンビにモテモテだよね。学校の人気者であるカオカオコンビに好かれていて本当に羨ましいわ。あんなにも熱烈にお願いされているんだから、マネージャーくらい引き受けてあげたらいいのに。他に部活をしているわけでもないのに、どうして出来ないの?」


 そう言って笑いながら尋ねてくる子たちの目は笑っていない。彼女らの目は口よりも雄弁だ。私は彼女たちが陰でこう言っているのを知っていた。


『不出来な子ほど可愛いというものね。珍獣扱いされていることにも気が付かないなんて笑えるわ。あんな素敵な二人が頼んでいるのに引き受けないなんて何様のつもりよ。二人に構われて、いい気になってるのね。気に入らないわ』


 二人にマネージャーに誘ってもらったのは嬉しかったけれど、私の家は父子家庭で父は定職に就かず、毎日パチンコやギャンブルで家を開けていることが殆どで、私が家事全般を引き受けていたし、部活動にかかるお金を支払える余裕は私の家にはなかった。だけどそれを同情されることなく聞いてもらえるように説明するには、どう言えばいいのかが解らなくて、私は断る理由を誰にも話せていなかった。


 彼女たちはクラスのその他大勢の一人である私が学校のアイドル的存在である二人の傍にいるのも気に入らないのに、その他大勢がアイドルの頼みを断るのが心底、許せなかったようで、日々の学校生活で感じる彼女たちの羨望や嫉妬は私にとって、とても疲れるものだった。


 それでも私が二人から離れなかったのは、クラスが同じで二人から逃げられなかったのも勿論あるが、自分のことを良く思っていない人達のやっかみが煩わしいからといって、自分に好意を持ってくれる人達を避けるのは人として間違っているように思えたからだった。



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