とても効果のあるカウンセリング
彼は自分を虚無主義者だと自称していた。
自分の生には価値がない。生きる事には意味がない。こんな億劫で苦痛にまみれた世界を生き続けるくらいなら死んだ方が良い。そもそも人類など、全員、安楽死をするべきなのじゃないか?
もちろん、そんなだから、働いて金を稼ぐのも無意味だと主張していた。仕事だって意味がない。生活保護を受ければ良いし、それがダメなら安楽死をすれば良いのだ。眠るように死んでいけるのなら、自分は喜んでそれを受け入れる。
そんな彼を心配した親は彼を優秀なカウンセラーだという草原介達という男の許へと連れて行った。
だがしかし、どうも彼はカウンセリングというものをあまり信頼していないようなのだった。
フロイトの精神分析学には反証不可能性があって、自然科学と呼べるかどうか疑わしいと言われているし、ユングの性格分析にはオカルト的な側面があるし、アドラーの心理学はただのポジティブ・シンキングのようにしか思えない。
そんな事を述べて、斜に構えた態度を執っている。
彼には、少なからず、自分の知識に自信を持っているかのような印象があった。草原に向けて、「さぁ、この僕を元気づけてみせろ」と言わんばかりの態度だった。
「ふむ」と言って、草原は笑った。
彼は背が高かったが、その背の高さに威圧感を感じない穏やかな雰囲気のある不思議な男だった。
「そう悲観するものじゃないさ。未来には確実に明るい材料がある。仮に生きる事に意味がないのだとしても、それでもセイを楽しむ事はできるのだから」
彼はその言葉を馬鹿にした。
「“生を楽しむ”ですか? 一体、何を楽しめというのです? どうせ、このまま社会に出たって、苦痛に満ちた仕事に耐えながら、鬱屈した毎日を過ごさなくてはならないのですよ?」
ところが草原はそれに「そうかな? 絶対に未来に楽しみはある思うのだけど」と返すのだった。
「どこにあるのです?」
「うん」と、それに草原。
「テクノロジーはこれから先も、どんどん発達していくだろう。僕らはその恩恵に与る事ができる」
「テクノロジーって、そんなものが発達したとしても、それで心が満たされるとは限りませんよ」
「そうかな? では、君は、ビデオデッキ普及の原動力が何かを知っているかな?」
「ビデオデッキ? ビデオデッキって、あのビデオデッキっですか?」
「そう。磁気テープから記録を読み取って、音と映像で表現するあのビデオデッキだよ」
「いえ、知りません。でも、それに何か意味があるのですか?」
「大いにあるよ。ビデオデッキはね、実はエロビデオを人々が見たがったお陰で普及したと言わているのさ。
実はこれはビデオデッキに限った話ではなく、テクノロジーの普及と性は深い関係にあると言われている。つまり、これからのテクノロジーの発達でも新たな性サービスが生まれる可能性が非常に高い……
と言うよりも、実際に既に生まれているのだどね。
セックスパートナーAIのハーモニーって知っているかい? その名の通り、セックス用のロボットだよ。売りに出されている」
彼はその言葉にピクリと反応してしまったた。その彼の反応を、草原は見逃さなかったようだった。
「もちろん、これから先、この分野はもっと大きくなっていくだろう。ロボットだけとは限らない。バーチャル空間で、理想的な女性との性交を楽しめるようになるかもしれない。ある程度のお金さえ稼げれば、そういった性サービスを受ける事がほぼ確実に可能になるのだよ」
彼はそれに「ハハハ」と返した。
「そんなテクノロジーが普及をしたら、ますます結婚したがる人が減りそうですね」
「そうだねぇ。まぁ、それだけテクノロジーが築くだろう未来が魅力的って事さ」
彼はまだ強がっていた。“それがどうした?”という態度で、虚無主義者を気取っているよいに見える。
がしかし、顔は少しにやけていて、そしてそれから
「まぁ、でも、心配しなくても、お金は稼ぐつもりですよ。他の人に迷惑をかけるのはやっぱり嫌ですからね」
とそう言ったのだった。
――もちろん、彼が新たなテクノロジーの誕生と発達によって得られるだろう性サービスを受ける気満々なのは、誰の目にも明らかだった。