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次の日も、その次の日も、夕方までの短い時間を彼女と過ごせた。
距離はあるし、会話は無いけれど、少なくとも同じ空気は吸えている。
ん?
それは皆、いっしょ?
とにかく、彼女の素敵な姿を見れるなら、それでいい。
もう、ここまでだ。
満足しないと。
ところが。
その次の日。
彼女は海岸に現れなかった。
僕は焦った。
初めて見た日から、毎日逢っていた(見てるだけ)のに、ついにその記録が途絶えてしまった。
1日、彼女に逢えなかった僕が、どれだけ苦しかったか。
こんなにつらいなんて。
僕は、いよいよ頭がおかしくなってきたのじゃないだろうか?
名前さえ知らない彼女への想いが、日に日に膨れ上がって制御できなくなっている。
これが本当の恋ってものなのか。
じゃあ、今まで僕が恋と思っていたものは、まだまだアマチュアレベルだったってことだ。
プロの恋は、こんなに容赦がないのか。
身体の内側から焼き尽くされそうだ。
僕は初めて知った。
もしも明日も彼女が海岸に来なかったら。
間違いなく、僕は使いものにならなくなる。
全てのやる気を失って、叔父さんに旅館から叩き出されるに違いない。
そんな不安を抱えながら、旅館の備品の買い物に出た僕は、いつもの時間よりも早い昼前だというのに、少し遠回りしてまで海岸に来てしまった。
彼女に逢えるかもという、一縷の望み。
それが叶った。
彼女が居た。
僕は喜びのあまり、両手で持っている買い物の紙袋を放り投げそうになった。
でも、テンションが上がったのは、ほんの一瞬。
何故なら彼女の横に1人の男性が立っていたから。
僕よりは少し年上に見える。
体格が良くて、落ち着いた感じだ。
2人は向き合って話している。
僕の全身から力が抜けていく。
この数日、幸せだった気分が、一気に吹き飛んでしまった。
よくよく考えたら、当たり前だ。
あんなにかわいい娘に彼氏が居ないわけがない。
ちょっと想像すれば分かる。
僕は何を期待してたんだ!
ほとんど呆然自失の僕は、バカみたいに2人を見続けた。
あまりの衝撃に、この場を立ち去ることさえ出来なかった。
すると突然。
2人が口論を始めた。
僕は海岸に向かう階段の上に居るので、2人が言い争っている会話の内容までは聞こえない。
どちらかというと、彼女が怒っているみたいだ。
男性はそれを黙って聞いて、たまに一言二言返している。
彼女の興奮する姿を初めて見た僕は、最初のショックに輪をかけて混乱した。
でも、もしも冷静だったとしても、出来ることは何もない。
だって僕は彼女と挨拶したことさえないのだから。
彼女は男性に「もういい!」と言うと、僕に向かって歩きだした。
どんどん、こっちに近付いてくる。
彼女の視線が僕に向いた。
明らかに驚いた表情。
彼女は顔を伏せて、違う階段へと向きを変えた。
小走りで走っていく。
僕はその後ろ姿をいつものように見送るしかなかった。
男性が彼女の後を追う。
僕は、たった1人、海岸に残された。
身体が重い。
まるで全身が鉛になったみたいだ。
何もする気力が湧いてこない。
僕は、いつもの時間に海岸には行かなかった。
その夜は完全にダメダメで、大いに叔父さんを呆れさせた。
それでも何とか旅館の手伝いを終える。
バイトの期間中、叔父さんが用意してくれた部屋で布団に入った。
全然、眠くならない。
彼女の顔が自然と浮かんでくる。
あの男性…恋人だよね。
恋人同士の喧嘩?
好きな娘には好きな男性が居た。
はぁ。
でも、元々、どんな状況だって、僕は何も出来ない。
実際、彼女にひと声だってかけられないじゃないか。
それなのに、こんなに落ち込むなんて。
自分の意気地の無さが情けない。
僕の夏の恋は始まって、すぐに終わった。
ほんの数日。
短い恋だった。
忘れよう。
これまでそうしてきたように、何もかも忘れよう。
僕には恋愛なんて無理なんだ。
身の程をわきまえよう。
え?
明日?
うーん………。