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夏の青空の下、同じくらいに青い海を眺めながら、僕は波打ち際を歩いている。
夕方前のこの時間は昼間、猛威を奮っていた太陽も少し大人しくなって、海から吹く風が心地よかった。
叔父さんの家から近い海は、周りをグルリと囲まれた湾状になっていて、遠く対岸にはホテルなのか大きな建物が2つ見える。
「大学の夏休み、うちの旅館でバイトしないか?」
叔父さんの誘いに、僕はすぐさま飛び付いた。
人見知りで友達は少ない。
もちろん、恋人も居ない。
だから、何でもいいから予定が埋まるのは有り難かった。
お金が稼げる上に、寂しさも紛れる。
一石二鳥だ。
叔父さんの旅館は古びた民宿みたいなもので、そこまで繁盛してはいない。
なので、夜の仕事までの休憩時間、僕はこの海沿いを散歩できた。
普段は読書ばかりしてる僕が毎日、海を歩く理由は気分転換だけじゃなく、実は。
そこまで考えたところで、僕とは反対方向から彼女がやって来た。
少し離れた波打ち際で、海の方を見つめている。
僕と同年齢ぐらい。
胸元までの黒髪。
小柄でスレンダー。
僕と同様にラフなパンツルックで黒のキャップを被っている。
僕は足を止めて、彼女を観察した。
ここに来た初日、叔父さんに案内されたこの場所で偶然に彼女を見かけた。
彼女の抜けるような白い肌とシャープな雰囲気、猫のようなパッチリとした瞳、真っ赤な唇。
僕は一目で虜になってしまった。
自分から話しかける勇気なんてないので、僕はそれから毎日、彼女に逢えることを願って、ここにやって来る。
そして今のところは、5日連続でその願いが叶っていた。
今日の彼女もかわいい。
すごく魅力的だ。
しばらくして、彼女は下を向いた。
サンダル履きの足元に寄せては返す波先を見つめている。
その姿だけで、僕は胸がバクバクと高鳴った。
彼女については何ひとつ知らないのに、完全に好きになっている。
そう、本当に何ひとつ知らない。
声だって、聞いたことがないのだ。
僕はあまりまじまじと見つめると気付かれると思って、景色を眺めたり、その場に座ってみたり、いろいろとカモフラージュしながら彼女を観察し続けた。
これじゃあ、危ない人だ。
もしも誰か第3者が僕を見ていたら、通報するかもしれない。
そんな不安も過る。
それでも僕は、彼女から眼が離せなかった。
どれぐらい経っただろう?
彼女を見ていると時間が分からなくなってしまう。
突然、彼女は僕に背を向けた。
叔父さんの旅館とは反対方向に歩きだす。
僕は、その小柄な後ろ姿を何も出来ずに見送った。
今日も声をかけられなかった。
否、いつまで経っても、きっと声はかけられない。
分かってる。
僕の意気地の無さは、自分が1番知ってるから。
中2の時に木っ端微塵にフラれてから今日まで、好きな女子に自分から話しかけたことは1度もない。
もちろん、告白なんてもっての他だ。
失敗するかもしれない恐怖で、いつも何も出来ない。
勝手に好きになって、諦めて自然消滅。
それの繰り返し。
名前も知らない彼女も、そんな僕の思い出の1人にきっとなる。
はあ………。
彼女の姿が見えなくなってから、僕は叔父さんの旅館に戻った。
え?
明日?
もちろん海に行くよ、彼女に逢いたいから。




