化け物
~エルナス城図書館付近~
こんにちは☆らくるん☆だよ。
ってそれどころじゃないんだ。大変、大変!
喧嘩だよ!!
剣を振るのも疲れたし、ちょっと休憩がてら音のする方へ行ったらあら不思議。
サルゴンさんの護衛の人と、悪そうな赤髪の人がお互いの武器でカッキンカッキンやってた!
どういう状況!?
らくるんも語彙力が低下するくらいビックリしてるんだけど、ここ城の中だよね?
普段は侵入者とか滅多に来ないからすっかり安心しきってたよ。
やっぱりこういうのあるんだねぇ、怖いわぁ。
あの世に送ってやるよ!とか言っちゃってるし。
「《ウィンディレイション》」
でも幸い、今のところは護衛の娘が圧倒的に有利なんだよね。
魔法の使い方も、戦闘のセンスも赤髪より数段上に見える。
まあ、二人とも魔法は俺よりずっと使えてるから、魔法の評価に関しては間違ってるかもね! はっはっは!
「《ワイドミスト》」
おっと、護衛の娘が新しい魔法を使ったね。
霧で視界を悪くしたみたいだけど、らくるんの視力ではバッチリ見えてるからね!
観戦モードの俺を舐めちゃいかんぜよ!!
と、そろそろ護衛の娘が勝ちそうだなぁ。
メイドの誰かに伝えれば、後処理してくれるはず。
さがしに行こっと……ん?
「ぉぉぉ……」
この声は……。
「おぉぉぉ! このサルゴン、今加勢いたしますぞ! このドワーフ謹製のハンマーで……って、何ですかこの霧は!?」
お前は今来ちゃ駄目だろぉぉぉ!
駄目だ、離れすぎて間に合わない。
サルゴンが死んだら、妹の服やぬいぐるみが入ってこなくなって、きっと妹を悲しませてしまう。
そうはさせんぞぉ!
「ウィンディレイション!!!」
っと、俺が全力で突進しようとしたら、護衛の娘が間に合った。
いや、背中を切られちゃったか。
「……今、治療薬を持って参りますので」
「……良いんだ、貴方が無事ならそれだけで救われる……」
…………。
「おいおい、そんなに悲しそうにすんなって。
俺が纏めてぶっ殺してやるからよぉ!」
…………久々に。
「死ねやぁ!!」
久々に感動しちゃったぜ!!
いいだろう、俺がお前たちの
キューピットになってやるぞ!!
「ここから先は、俺が相手だ。」
ウォードは、その存在が目の前に現れるまで気が付くことが出来なかった。
「お、お前は……」
言葉に詰まる。
「お前が……千帝ラクールなのか!」
「だったら、何だと言うのだ」
ウォードは、その一挙手一投足から目が離せなくなってしまった。
問いかけてはみたが、疑いなどはなから持ってはいない。見れば一瞬で理解できるからだ。
千帝は、さもそこにいるのが自然であるかのような、まるで空気や重力のような身近さをウォードに感じさせていた。
何の事はない。
ウォードが気付けなかったのは、その存在感が大きすぎるせいだったのだ。
「お、お前がここに居るという事は、兄貴たちは既に死んでいるのか?」
「……ふむ、知らんな」
何の感情もこもらない声色。
既に自分以外の人員は殺され、それをこの男が歯牙にもかけていないことをウォードは悟った。
「サルゴン、ドワーフ製と言っていたな?そのハンマーを寄越せ」
「こ、皇帝陛下……?」
動けないウォードを無視し、千帝がサルゴンからハンマーを受け取る。
「ふむ、中々良いものだ。しかし、使い手が駄目では武器の性能を最大限発揮する事はできぬ」
「は、はい……。考え無しで突撃してしまいました。
申し開きもございません……」
「よい、お前も焦っていたのだろう。商人としては失格だが、それでこそお前らしい」
千帝がウォードに向き直る。
しかし、未だ蛇に睨まれた蛙のように硬直から抜け出せずにいた。
「来ないのか? 先ほどの威勢はどうした。
ここに来た時点で覚悟は出来ているのだろう?」
(覚悟……だと!? お前みたいな化け物がここに居ると知ってたら、任務なんて捨てて逃げ出してたっつーの!!)
ウォードが考えている間に千帝が近づいてくる。
「どうした。まさか降参か?
いいだろう、今なら特別に歓迎してやっても良いぞ」
(ちくしょう! どうせ殺すつもりのくせに! やってやる、やってやるぞ糞が!!)
千帝が、あと数歩で触れられる距離まで来た所が我慢の限界だった。
動けなかったウォードの身体は、まるで燃料を燃やしたかのように爆発的な動きで飛び出す。
「《ダンジエルサンダー》!!」
ウォードがここに来て初めての詠唱を行う。
本来、雷は武器に帯電させるのが常識だが、この魔法は使用者の身体に直接電流を流すことで、身体能力を何倍にも高める効果がある。
しかし、本来の肉体の性能を遥かに越えた身体の酷使は、後々まで後遺症を残す可能性のある諸刃の剣だ。
おいそれと使うことは出来ない。
「おぉらぁぁああ!!」
だが、破れかぶれではない。
この戦いを生き残ろうとするウォードの意志が、ここぞという場面で人生最高の一撃を放った。
(行ける!!)
雷で視界はすこぶる悪いが、横凪のハルバードが確かに硬い何かに当たった感触があり、そのまま振り抜くことが出来た。
今、千帝の身体はハルバードの一撃で真っ二つ、もしくは重傷を負っているはずだ。
それを確認する為に目を凝らす。
しかし、最初に視界に入ったのは"持ち手の部分だけ"が残ったハルバードだった。
「……は?」
おかしい、と思うと同時に持ち手から先を探すが、足元には大量の粉が落ちているだけで、どこにも斧の部分が見当たらない。
「良い一撃だったぞ」
(!?)
驚きで身体が跳ねる。
今しがた両断したと思った存在が、声をかけてきたのだから当然か。
「お前が鋭い攻撃を放ってくれたお陰で、こちらも武器の性能を余すことなく使いきる事が出来た。感謝する。」
「……どういう……ことだ?」
「簡単な話だ。
お前が武器を振り抜く瞬間に合わせて、こちらもハンマーを振るったのだ。
流石に武器を粉々にするには互いに勢いが必要でな? お前ほどの使い手で無ければここまで綺麗にはいかなかったという事だ」
粉々という言葉がやけに頭に残る。
「まさか……」
この足元の粉は……。
「ありえない……」
すべてハルバードの一部が砕かれた物だったという事だ。
「ば、化け物がぁぁぁぁ!!」
そしてウォードは、今までの全てをかなぐり捨てて逃げ出した。
雷はとっくに身体から放電していたが、今度は大量の涙で視界が悪い。
一秒でも早く出口の方へ走ろうと全力で身体を動かす。が、
「言っただろう、今なら特別に歓迎してやると」
一瞬で正面に回り込んだ千帝がそれを許さない。
つまり……。
(ぁぁぁ)
「つまりは、時間切れだ」
歯向かった時点で何もかもが遅かったのだ。
(ぁぁぁぁぁああ!!)
涙に濡れる視界の正面で、吸血鬼の形をした化け物がハンマーを振り上げる姿が見える。
それが振り下ろされるのを待てずに、ウォードの意識は闇へと溶けていった。
「なるほど、ラクールさんはそちらを選びましたかぁ」
物陰から見ていたシレーヌは、そう言い残すと図書館へ歩きだす。
「これは面白い茶番が見られそうですねぇ。今から楽しみですよ」
お読みいただき、ありがとうございます。