表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/24

初戦闘

 長い廊下の向こうから、騎士風の二人組がやってくる。


「手間を掛けさせてくれたな。

お前たちを手早く殲滅して主様にご報告する、という私の計画に狂いが生じたらどうするつもりだ!」


「見つけられなかったのは、闇雲に動いた姉上のせいですよ。これだから主様が絡んだときの姉上は…。」


 腰にはそれぞれ一振の直剣を差しており、凛とした面差しではあるが、およそ何の気負いも感じられない足取りでこちらへ歩いてくる。


「頭領……あれって」


「ああ、間違いない

『番犬』のディアナと

『狂犬』のロードだろう」


「ようやく雑魚以外が出てきてくれたってことかぁ」


 最高戦力の宵闇が二人も目の前に現れた。


 暗殺目標は千帝だが、この二人の首も持って帰ればさらに金になることだろう。


 首領を除き、手下の二人はそう判断した。


「その二つ名はやめてくれないか?私たちは犬ではなく人狼だ。どうせなら"番狼"にしてくれ。」


「そうですよ、忠犬の姉上と一緒にされても困ります。狂犬は嫌ですので、私は"狼騎士"とかで良いです。」


「誰が忠犬だ!狼騎士なんてセンスの無い二つ名を考えるやつに言われたくない!」


「そうやって直ぐに熱くなるから、ワンちゃんなんて呼ばれるんですよ。わんわん。」


「ワンちゃんなどとは言われていない!!」


緊張感の無いことに、二人は暗殺者達の目の前で言い争いを始めてしまった。


「頭ぁ、こいつら漫才始めちまったぜぇ。本当につえぇのか?」


「楽な仕事になりそうですね。……どうしやした、頭領?」


「……」


「ほら、頭も黙っちまうほど呆れてるみてぇだぜ?お前らみたいなのに守られてるなんて、こりゃ千帝様の実力もたかが知れるってもんだなぁ?」





「黙れ」




 それまでふざけていたロードの雰囲気が一変する。


「貴様等を放っておいたのは、私たちの脅威になり得ないと判断したからだ。

メイド隊がやられたと聞いていたが、戦っている最中に誰かに命令されて誘導に回っただけだろうな」


 狂犬と呼ばれた男の周りを包む空気が凍る。

 比喩ではない、本当に足元に氷の膜が形成され始めているのだ。


「それに、ラクール様は我々に守られるようなお方ではない。

あの方が本気になれば、我ら宵闇が束でかかったとしても相手にすらならないだろう。

身の程知らずなお前達があの方を語るなど到底許される事ではない。

その浅はかな行いを悔やみながら、疾く死に絶えろ!」


「まあ待て、ロード」


 ロードの肩が掴まれる。

 すると集まっていた魔力が霧散し、急速に氷が溶けだしていった。


「何ですか、姉上?」


「何ですか?では無いだろうまったく……。

すぐに熱くなるから犬呼ばわりされる、と偉そうに言っていたのはどこの誰だ。

私に手柄を譲ってくれるのでは無かったのか?」


「ああ、そうでしたね。では代りに消し炭にして差し上げてください。今すぐに」


「はぁ……相変わらずだな。お前が先に熱くなったので、怒る機会を逃してしまったではないか。

狂犬の二つ名が付けられるのも納得だよ、本当に」


先程の殺気を受け、手下が固まってしまっている。

長年の経験の中でもここまで強烈に死を実感したことはないのだろう。

故に動けたのはただ一人だけだ。


「お前ら、ここは一旦引くぞ。全力で後ろに……」


「残念だが、そうはいかないな」


駆け出そうとしたキールをディアナの言葉が遮る。


「お前達の後ろにはメイド隊がいる。今引いたのなら決死の覚悟で襲いかかってくる事だろう。

それでも良ければ試してみるか?」


「そうですね、誰か一人でも逃がしたら、あなた方を皆殺しにした後で使えないメイドにも消えて頂きましょうか」


 おそらくロードの言葉は本気では無いだろうが、

廊下の向こうに潜んでいるでメイド達の緊張が高まるのが感じ取れた。


「く、狂ってるぜ……」


「と、頭領……どうしやしょう……!」


 元から逃げ場は無かったということだろう。

 ここに来た時点で選択肢は一つしかない。


「正面をやるしかない。幸い向こうは番犬一人で

来てくれるようだからな。

各個撃破していけば突破口もあるだろう。

温存せず、全力で魔法を放て」


「お、おう」


「うす」


 暗殺者たちの周りに大量の魔力が満ちる。

火、風、土の魔法を合わせた混合魔法で、確実にディアナを焼ききるつもりだ。


「ようやくやる気になったか。私も丁度別の用事でイライラしていたところだ。

お前達で鬱憤を晴らさせてもらうぞ」


 対するディアナだが、これから魔法を発動させる様には見えない。

 空気中に漂った少量の魔力だけが、何かしらの前兆を伝えてはいるが。


「油断するなよ、お前ら」


「あたりめぇだぜ!」


「へい!」


「行くぞ! 《ラヴァストーム》」


 三人の魔法が発動する。風が火を燃え上がらせ炎にし、炎が岩を溶かし熔岩に変える。

 魔法でありながら物理的な威力を持った混合魔法が完成する。


 普通の魔術師では、10秒防ぐことすら出来ず飲み込まれることだろう。

 数々の要人を暗殺してきた腕前は伊達ではないのだ。


 数瞬も経たぬ内に、勢いを持った熔岩がディアナを包み込む。


 五秒


 十秒


 十五秒


「終わり……か?」


 あまりの緊張感に、騒がしかった手下も震えるように声をもらす。


 返事はない。

 幾度となく同じ魔法を放ってきたが、これほど不安なのは始めてだ。


「か、確認してきやすよ……」


 耐えきれず、もう一人が不用意に熔岩に近づく。


「よせっ!!」


 キールが叫ぶが遅い。


「中々の物だ、メイド隊が苦戦したのも頷ける。いつもの説教は程々にしておいてやろう」


 直後、巨大な何かが熔岩の塊を吹き飛ばした。

 中から現れたのは、巨大な"腕"のようだ。

 それが熔岩を吹き飛ばし、手下をも巻き込み、ようやく腕から先の全容を現した。


「いかん、殺してしまったか。攻撃魔法に比べて、少々守りが手薄なのでは無いか?」


 攻撃を受けた手下はピクリとも動かない。


「何だ……」


 キールが一歩退く。


「一体……」


 声がかすれる。


「一体!"ソレ"は何だぁぁ!!」


 現れたそれは"炎の巨人"だった。

 凄まじい威力だと思われた熔岩ですら霞むような熱量を持って、ディアナの背後に君臨している。


 このキールという男は、生まれてこのかた敗北を経験したことがない。

 結果的に全ての相手を屈服させ殺してきた。

 実力だけを元手に暗殺集団を作り上げ、ローズ大陸で確固たる地位を築き上げることにも成功した。


 自分は特別だと。その他大勢を食い散らかす側の存在だと信じて止まなかった。


 コイツを見るまでは。


「《魔神スルト》主様がこいつを見て、そう名付けてくださった」


 魔人スルトが、地の底に響き渡るような雄叫びを上げる。

 いや、魔法だからただの音なのかも知れない。


(あんなものに勝てるわけがない!

俺の記憶の中にあんな非常識な魔法は存在しない!

そもそもあれは本当に魔法なのか?

まるで、生きてすらいるようだ……。


くそっ!!

となりの大陸に、こんな!

"廊下の天井"にまで届くような巨人を使役する者が居るなど、誰に予想できると……。


いや待て! 廊下の天井だと……そんな馬鹿な!

いかに名高いエルナス城といえど、見上げるような巨人を廊下に納めておける筈がない!

一体どういうことだ!?)


「姉上、いきなりスルトを出すのはやめてください。城内に傷ができたらどうするつもりですか」


「お前が何とかしてくれると信じていたさ」


「全く……。空間魔法は繊細なんですから、

あまり無茶しないでくださいよ。」


(今、空間魔法と言ったか……。

天井を広げる空間魔法など聞いた事も無いぞ……!

この城には一体何人の化け物が潜んでいるというのだ!)


「……ぅ、うあぁぁぁぁっ!」


 生き残った手下が叫びながら逃げ出していく。


 その様子をボンヤリ眺めていたキールの隣を、巨大な腕が横切る。


「ああぁぁぁぁやめてくれ!

熱い!熱いあづい!!やめてや……め……。

…………」


 手下を覆い隠すほど大きな手のひらに掴まれ、全身をくまなく焼かれる。

 そして、命乞いをする間もなく焼失してしまった。


「またか……。掴んだだけだぞ? 私は悪くないよな?」


「いえ、姉上のせいですね。そんな脳ミソ筋肉な魔法を使うからですよ。」


「う、うぅむ。なあ最後のお前!

お前が首領だろう?これからスルトが一発殴るから、全力で防いでくれ」


「うぁぁ……」


 キールにはもう、言葉を返すことなど出来なかった。

 自らに迫る拳にも反応できず、ただ眺めているだけの状態だ。


 しかし、何故か不思議と穏やかな気持ちでいられた。

 死を覚悟したせいか、目の前まで迫った炎を見て、懐かしさすら感じているのだ。


(まるで幼い頃に母が見せてくれた火魔法のように綺麗だ。俺も最初はこんな風に、ただ綺麗な魔法を追い求めていただけだったなぁ。)


 走馬燈のように幼い頃の記憶が流れ続け、

そのまま彼の意識は炎に飲み込まれていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ