嫌味系図書館女子ってどうなの?
~エルナス城図書館前~
吸血鬼の兄妹が扉の前に立つ。
一人は無表情で、一人は警戒したような表情で扉を見つめる。
「お兄様、本当に大丈夫?」
半分吸血鬼の妹が、兄を慮るように声をかける。
「ああ、問題はない」
兄の方に気負いは感じられない。
実際、彼は皇帝と呼ばれる存在だ。
どんなに危険な場所であっても、顔色一つ変えずに向かっていくのだろう。
「それじゃあ……開けるね♪」
「頼む」
妹の手により、図書館の重厚な扉が開かれる。
「あらぁ?ようこそいらっしゃい
ましたねぇ、ラクールさん」
「ようこそいらっしゃいましたねぇ、ラクールさん」
声をかけてくれたのは、この図書館の司書
『シレーヌ』だ。
淡い緑の髪を下に伸ばし、前髪を水平に切っている。
いわゆる、姫カットというやつか。
その、人を選びそうな髪型に良く似合う美しい顔と体型。
さながら見た目は図書館の看板娘と言ったところだね。
しかし、何をやっているのかとよく見てみれば、なにやら楽しそうな表情で魚の入った水槽に液体を流し込んでいる所だった。
「お久しぶりですねぇ、ラクールさん。
本日はどのようなご要件ですかぁ?
あぁ!分かりましたぁ、
ご融資ですねぇ?
どのくらいご入り用ですかぁ?
500億リアくらいなら直ぐにでも
ご用意出来ますよぉ?
おやぁ、黙り込んでしまって
どうしましたぁ?
あぁ!分かりましたぁ。
利子が不安何ですねぇ?
大丈夫ですよぉ、ラクールさんに
なら無利子で、返済期限無しで、
さらには返済義務も無しにしちゃいますからぁ」
うーん、相変わらずだなぁ……。
いつもながら捲し立てないで欲しい。
500億リアと言うのは、前世の日本円で例えると500億円だ。
日本と通貨の価値がほぼ同じだったので、転生直後は大変助かった記憶がある。
そして、この額をあっさり貸し出すと言えてしまうほど、シレーヌはお金を稼ぐのが上手い。
要領が良いと言えばいいのだろうか、兎に角その頭脳は凄まじい。
「ねぇ、シレーヌ。返済義務無しって、それはもう
あげちゃうって事よね?
500億リアもお兄様にプレゼントしようとするなんて、裏があるとしか思えないわ♪」
「おやぁ?ユリーナちゃんも居たんですねぇ。
ずいぶんと可愛らしいサイズでしたので気が付きませんでしたよぉ。
本の貸し出しで来たんですかぁ?
あいにくここには胸を大きくするような本は種類が少なくて、ご満足頂ける物はないかも知れませんねぇ?」
一瞬、妹の端正な額に青筋が浮かんだように見えたが、気のせいだろう。
気のせいであって欲しい。
「それに、何もわたしは返さなくても良いと言っている訳では無いんですよぉ?
ラクールさんは必ず返してくれると信じてますからねぇ?
でもでもぉ、何らかの理由でラクールさんが返せなくなったら、責任を感じてしまいますよねぇ?
ですから、返済期限無しでも構わないと予め言っておいたんですよぉ。
もしかしてそこまで頭が回りませんでしたかぁ?
フリフリな衣装に似合う、素敵なお花畑を頭の中で咲かせていらっしゃるようですねぇ、大変よくお似合いですよぉ?」
シレーヌさん煽りすぎじゃない?
さすがに、妹の天使のような笑顔が引き攣ってきてるよ。
怒らせると怖いから、そろそろやめた方が良いんじゃないかなー?
「……ちなみに、返済できないとどうなるのかしら?」
「それはもう、わたしと結婚していただく事になりますねぇ。
夫婦になれば財産はお互いのものですから?負の財産である借金をわたしが自分で返済してしまえば
万事解決、ラクールさんが気に病むこともありませんねぇ」
500億リアは魅力的だけど結婚はちょっとなぁ。
俺にはセレンという妻(仮)も居ることだし。
「ふぅん、そんな話最初はしてなかったわよね?
後付けの条件でお兄様を手に入れようとするなんて、さすが一日中籠りっきりの司書様は陰湿な悪知恵が働くわね♪」
「そんなぁ、後付けで義妹の称号を手に入れたユリーナちゃんに誉めていただけるなんて光栄ですぅ。
これは、わたしも見習ってあざとい仕草や、可愛らしい声色を練習しなきゃいけませんかねぇ?うふ♪」
「……。
……。
……安心して……♪
そんな練習しなくても、今すぐ可愛らしい声で鳴かせてあげるから!!!」
あ、キレた。
妹の両手に魔力っぽいのが集まってるな。
発動すればマズイかもしれない、久々にアレを使うか。
右手を前に真っ直ぐ伸ばして、先端から力を放出する感じだったかな。
"パァァァン!!"
「「っ!?」」
おお、成功した。
今のは俺の能力の一つ『虚無』だ。
別に名前なんて知らないんだけど、カッコいいからそう呼んでいる。
これは霊圧と同じく広範囲に広がる能力なのだが、相手に威圧感を与えない。
その代わりに魔法の発動を阻止できるので、魔法が流行っている今、中々にイヤらしい能力と言える。
その上、任意での発動も可能なので使い勝手が良い。
ただ、やっぱり敵味方関係無く広範囲に魔法を阻害するという欠点はあるので、こちらも霊圧と同じく半ばお蔵入りしてしまっている。
「そこまでにしておけ。シレーヌは非戦闘員だ、少しの戯れが重大な事故に繋がらないとも限らん」
「ごめんなさい、お兄様……」
はわわ!落ち込んじゃった!
良いんだ、愛しの妹よ!
あれだけ言われたらそりゃ怒るよね?
口に出してフォロー出来ないお兄ちゃんでごめんねー!
「相変わらずのお力ですねぇ。
あの一瞬で魔法を阻害できる魔法使いなど、この世界に何人いるのでしょうかぁ?
やっぱり、結婚しときますぅ?」
君はもう少し自重しようね?
「お前もほどほどにしておけ」
「了解ですぅ」
はぁ……。
本当に分かってるのかな?
図書館に来る前に少し説明したけど
みんなから敬遠される理由が分かってもらえただろうか?
ユリーナだけじゃなく、他のみんなと話すときもこうだ。
こうやって延々と嫌みを吐き出し続ける。
それも俺が止めるまで!
しかし、俺に対しては日頃から甘々すぎて怒るに怒れない。
正直どう対処したら良いのか分からないのだ。
誰か教えて!!
そしてこの美貌と頭脳を持ちながら、その全てを他人への皮肉に回してしまうなんて本当にもったいない。
残念、ここに極まれりである。
「……ところで、その水槽に入れた液体は何だ?」
「これですかぁ?」
先程の液体を、シレーヌが揺らす。
「これは、融合薬の一種ですよぉ。
通常の融合薬は、薬草を掛け合わせるときに混ぜるものですよねぇ。
でもでもぉ、この融合薬はなんと生物に使えちゃうんですねぇ!
この魚ちゃん一号を見てください!可愛いですよねぇ?」
水槽の中をじっと見てみるが、とくにおかしな魚は見当たらない。
しかし、下の方に目を向ければ亀の甲羅が一つ沈んでいる。
その甲羅の穴から、魚の頭と尻尾が飛び出してきた。
「どうですぅ?適当な魚と亀を
掛け合わせて見ましたぁ。
スゴいですよねぇ?
可愛いですよねぇ?
ぜひ、わたしの頭をなでなでして褒めていただきたいですねぇ?」
いや、率直に言って気持ち悪い。
珍生物誕生の瞬間である。
悪趣味だ。
「悪趣味ね♪」
「ぷぷぅっ!!
物を知らないって笑えますねぇ」
「……」
シレーヌの嘲笑に対して、今度は妹も笑顔を崩さない。
が、あの腹の立つ表情と言い方だ。
それを直に向けられて、内心穏やかでは無いことだろう。
どうか爆発しませんように!
「それはそうとシレーヌよ。バラの香りのする何かについて、心当たりはあるか?」
「バラの香り、ですかぁ?
図書館の中にそんな薬品はぁ、うーん……。
でも聞いたことがあるようなぁ、うーん……」
うんうん唸ってしまった。
ここにあった薬品がサルゴンさんの護衛の娘にかかっちゃった訳じゃないのね。
ならいいや。
「いやいい、気にするな」
「ねえお兄様、早く奥に行きましょう?久しぶりにユリーナに本を読んで欲しいわ♪」
妹に引っ張られるというのも、兄らしい気がして嬉しいな。
よぉし、ここはお兄ちゃん、いくらでもご本を読んじゃうぞー。
この世界『ミーリアヘルシャフト』は、かつて災厄の女神『ミリア』と『六人の配下』に支配されていた。
人々は日々を嘆き苦しんで生活していたが、ある時、ついに天から救世主が現れる。
そう、後にこの世界を救う神霊『セイレイン』である。
セイレインはこの世界では見覚えの無い数々の異能を使いこなし、各大陸を占領していた六人の配下を瞬く間に制圧していった。
残されたミリアはセイレインと三日三晩の死闘を繰り広げた末、見事セイレインに討ち取られた。
こうして世界に平和が訪れたのである。
しかし、ミリアは死の直前、この世界に災厄の因子を残した。
そして、自らの復活の刻を今か今かと待ち望んでいる。
世界に度々異変が起こるのはその為だ。
そして世界を救ったセイレインは、ミリアの復活を防ぐため深い眠りについた。
再び世界に混沌が訪れたとき、セイレインがこの地に舞い降り、再びミリアを滅ぼしてくれること
であろう。
そのためにも、我々がセイレインへの感謝を忘れずにいることが大切なのだ。
おしまい。
本の内容をまとめてみたが、こんな感じで良かっただろうか?
「おもしろかったわ♪」
それは良かった。
「しかし、もう何度も読んだはずだがな」
「お兄様に読んで貰えることが嬉しいの♪」
な、なんと……!
この妹は、人を喜ばせる言葉しか口から出てこないのだろうか。
「でもお兄様、ミリアの姿はどの本にも出てくるのに、セイレインの姿を記した本は見たことがないわ。どうしてかしら?」
うーん、確かに。
ミリアは銀髪で、この世ならざる美貌を持つ、魔性の女神だったと色々な文献に書かれている。
固有魔法の使い手だったことも記されているね。
しかしセイレインは、性別も、見た目も、どんな技を使うのかもはっきりしていない。
分かっているのは、異界の能力を使って世界を救ったことだけだ。
他にもミリアの六人の配下など、名前すら明らかにされていない。
世界的に有名な史実として、どの大陸でも知られているはずだが、謎の多い話だ。
「さあな、所詮は物語の話だ。
深く考えすぎて今を見失っては
いかん」
つまり、分からない本の事を深く考えるのはやめようってことね。
「わかったわ、お兄様♪
でも今の言葉、ディアナが聞いていたら凄い勢いで感動しそうね♪」
あー、なんか分かるなー。
まるで忠犬のように尻尾を振り回しながら、過剰に誉め称えるディアナの姿が想像できる。
「そろそろよい時間だな。戻るぞ、ユリーナ」
「はーい!また一緒に本を読んでくれる?お兄様♪」
「ああ」
もちろんだ。
入り口の方に戻ると、シレーヌが虹色の粒を水槽に入れていた。
……もう何も言うまい。
「戻ってきたんですねぇ」
「ああ」
そのにこやかな表情を、みんなにも出来たらいいのにね。
「さっきは直ぐに気が付けず、申し訳ありませんでしたぁ」
??
なんの話だろうか?
「先程の薬品、私が思い出すのを待っていてくれたんですねぇ?
ご安心ください、全て調べておきましたのでぇ。
どうしますぅ?
城内で泳がせておきますかぁ?
それとも、こちらで処分しておきましょうかぁ?」
薬品??泳がせる??
ああ、珍生物の話か!!
「いや、今は泳がせておけ。いずれ必要になる」
簡単に処分するなんて言ってはいけないよ!
シレーヌには魚ちゃん一号(仮)で命の大切さを学んでもらおう。
「了解しましたぁ」
こんな実験してるくらいだから、もう手遅れかもしれないけどね。
「お兄様、何のお話なの?」
「ユリーナちゃん?
これは私とラクールさんとの二人だけの秘密なんですよぉ。
ラクールさんが危険から遠ざけようとしているのにも気が付かないようでは、一生後ろで甘えていることしか出来ないのでしょうねぇ?」
え!?魚ちゃん一号危険なの!?
「アナタよりもユリーナの方が
強いんだから問題無いわね♪」
「お子さまですねぇ」
放っておくとすぐこれだ。
もうさっさと行こう。
「ラクールさん」
妹の手を取って扉に手を掛けたところで、後ろから声がかかった。
なんだろう?
「また……いらしてくださいねぇ」
それは、今日一番の自然な笑顔だった。
……これはズルいね。
「ああ、近いうちにな」
そう言って俺は扉を閉めた。
「絶対ですよぉ?私にとって大切なのは、貴方だけなんですからぁ」
お読みいただき、ありがとうございます。
個人的には、シレーヌの嫌味が大好きです。