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護衛ちゃんの淡い恋

 ふう……長い軍議も終わったし、

静かな所にでも行こうかなー。


「お兄様♪どこに向かってるの?」


 おお、麗しの妹よ今向かっているのは


「図書館だ」


「えっ……。あそこに行くの?」


……何故か図書館へ行くと言えば、みんなからこんな感じの困ったような反応をされる。


「うーん……。

ユリーナも一緒に行っていい?」


「ああ」


 もちろん!駄目なはずがない!


「やったぁ♪将来はお兄様のお嫁さんになるんだもの、ユリーナは

例え何処へだってお供するわ♪

……それがあの『嫌な女』の所でもね」


 ははは、お嫁さんか。

 そう言ってくれるのも今のうちだけなんだろうなぁ。

 もう数百年もしたら彼氏なんか連れてきて「私この人と結婚するの♪」

 とか言っちゃうんだろうか。


 いやだー!

 お兄ちゃんは反対だぞ!

 強くて、カッコ良くて、金持ちで、妹のために命をかけられる奴じゃないと絶対に認めないからな!

 その上で俺を倒してから妹を(めと)れ!

はーっはっはっ!

……はぁ。


 そんな先の事を考えるのは止そう。


 それよりも、『嫌な女』ね。

 この天真爛漫な、まるでカワイイを具現化したような可憐な妹ですら、そう表現してしまうほど変わったやつなのだ。


 別に悪いやつじゃない。

 むしろこの城に貢献してるし、

 俺もその優秀な頭脳には何度も助けられている。

 おまけに超が付くほどの美人で、宵闇の女性陣にも引けを取らないレベルだ。


 文章にするとこんなにもパーフェクトなのに、現状みんなからの評判はいまひとつである。


 その原因はやはり、『残念』だからだろう。

 口で説明するのは難しいが、実際に会えば伝わるはずだ。


「あら、行商のおじ様だわ!おじ様、こんにちは♪」


「おや、これはこれは皇帝陛下に妹様、ご機嫌麗しゅうございます」


 おっと、また考え事に没頭しすぎたせいで、歩いてきた二人組に気が付かなかったよ。


 この恰幅のいいおじさんは、行商人のサルゴンさんだ。

 行商人とは言いつつ、もはや御用商人と呼んでも構わないほど、この城との関わりは深い。

 隣にいるのは護衛の人だろう。


「新しいお洋服やお人形はあるかしら?」


「申し訳ございません、妹様。

今回は品物の売買で訪れた訳ではありませんので、ご用意できておりませんでした」


「そう、残念だわ」


「ですが、次回は必ず入荷してまいります。

それまでお待ちいただけますか?」


「本当!?楽しみにしているわ♪」


 サルゴンさんは人柄も良いし、親戚のおじさんにいそうな感じだなぁ。


 それよりも、サルゴンさんの隣にいる護衛の人が何時もと違うような?


「ふむ、先ほどから気になっていたが、隣の者は初めて見る顔だな」


「申し遅れました。

こちらは私の商人仲間からの紹介で来ていただいた、護衛の方です。

腕が立つ方ですので安心して取引が出来ます。

以前の護衛の方は、剣を振るえる状態ではありませんので、しばらく代わりを務めて頂く予定

なのです」


「…………」


 剣を振るえないって、何かあったのだろうか。

 とにかく、それで何時もと違ったのね。


 でもこの護衛の人全然喋らないね?

 フード被ってるけど、多分女の子だと思うし、

無口な女の娘はこの城にはあんまり居ないから新鮮だなぁ。

 喋らない護衛とか、なんか強そう。

 それとも緊張してるだけだったりしてね。


「あの女の所に行くには、やっぱり優秀な護衛は必要よね♪

お兄様の事はユリーナが必ず守るから、安心してね♪」


 ありがとう。

 でも、図書館はそんな危険な所じゃないと思うよ。


「ホッホッ。それでは我々はこれで失礼いたします」


「ああ」


「またね、おじ様♪」


 二人も行ったし、俺たちも図書館に向かおうかな。


 それにしても、あの護衛の娘から微かにバラの香りがしたんだけど、護衛中にそんなのつけるかな?


 図書館には、何故か本とは関係無い物がいっぱい置いてあるので、それが原因かもしれない。


 どうか!変な実験とかしてませんように!









 あれがこの大陸の覇者、ラクール・ド・エルナスか…。


 まさか直に遭遇してしまうとは、危うく逃げ出してしまう所だった。

 今も膝が震えている。


「おや、顔色が優れないようですがどうかなさいましたかな?」


「……いえ、何でもありません……」


 私は今、このサルゴンという行商人の護衛任務を請け負っている。

 と、表向きはそういうことになっているが本当は違う。


 あの忌々しい『変態守銭奴』からの命令で、ローズ大陸からはるばる帝都までやってきたのだ。


 私へ出された命令はいくつかある。


 一つ目はエルナス城へ潜入する事。

 これは、サルゴンの護衛に成り代わる事で難なく成功した。


 二つ目はこの城に暗殺者を手引きする事。

 これも護衛として城内に入り、協力者からの情報を暗殺者たちに報告したので、半ば成功したと言えるだろう。


 だが三つ目、千帝ラクールの暗殺。

 先程対峙して思ったが、これは不可能に近いだろう。

 短い時間でしかなかったが、私を見ていた時のあの全てを見透かすような眼差しに、抑えられない覇者の風格。

 数分対峙しただけで、私の心はもう限界だった。

 千帝の二つ名は伊達では無いのだと実感できた。


 故に私が手引きした暗殺者たちも、千帝暗殺の仕事を終えて家に帰ることはできないだろう。

 千帝本人でなくとも、この城には化け物がそこかしこにいる。

 先程会った司書と呼ばれる人物にも得体の知れない薄気味悪さを感じた。


 暗殺者たちも精鋭ではあるが、もしかしたら暗殺目標に近づくことさえできずに皆殺しにされるかもしれない。


「問題なければ良いのですが、

念のため少し休んでから行くことにしましょう」


「……ありがとうございます……」


 幸い、私が密偵であるという事は気付かれていないようだ。

 千帝には冷や汗をかかされたが、このまま護衛として情報を流し続ければ、いずれ帰還の指示が出るだろうと予想している。


 まだ分からないが、暗殺が成功する可能性は低いし、実際失敗に終わることだろう。

 そうなれば、あの変態も正攻法でバルファス大陸を攻めるやり方に変えるはずだ。

 そうなれば帰れる。

 あとは、薬が無くならないうちに帰還命令が出る事を祈るばかりだ。


「もし、何かあれば直ぐにおっしゃってください。

私の取り扱う商品には気分を落ち着けるものもありますからな。ホッホッ」


「……はい……」


 帰りたい……のだが、最近の私は戸惑っている。


 まだ護衛を始めて間もないが、

このサルゴンという人物を護衛していて思うことがあるのだ。


 それは、このでっぷり太った中年の人の良さだ。


 私の生きてきた世界ではこのような人物は居なかったし、殺伐としていて、常に誰かと奪いあっているような環境だった。


 その中でも私は腕が立つ方だという自負があった。

 それで調子に乗って、あの変態の館に盗みに入ったのが運の尽きだったのだろう。


 即座に捕縛され、ひどい拷問を受けた。

 そして奴特製の薬が無ければ、私は正気を保つ事が出来ない身体にされてしまった。


「取りあえず椅子をお借りしてきましたので、お座りください」


「…………」


 断るわけにもいかず、サルゴンの持ってきた椅子に座る。


 この、人の良い男の側にいると妙に気が安らぐ。

 金払いも相場よりはるかに良いし、なにより一介の護衛である私に丁寧に接してくれる。

 こんな穏やかな気持ちで居られるのは初めてだ。


「何か飲み物と、先程言った気分を落ち着けるものを幾つか見繕って

来ますので、ここで少々お待ちください」


「……いえ、そこまでは……」


「お気になさらず。優秀な護衛である貴女に倒れられては、私も安心して商売が出来ませんからな、

持ちつ持たれつと言うものですよ。ホッホッ」


 サルゴンが遠ざかっていくなか、私はあることを考えてしまう。

 このままあの男の側で護衛を続ける事が幸せなのではないかと。


 毎日の商談に同行し、彼を守る盾になる。

 そして、さらに彼から信頼を寄せてもらう。

 それこそが私の求めたものではないだろうか。


……。


 しかし、薬漬けの私にそんな未来は訪れるはずがない。


 今の私は、千帝の膝元で怯えながら身分を偽り、変態守銭奴の薬に縋るようなそんな人間なのだ。

 自分で幸せを掴むことすら出来は

しない。


 であれば、今この瞬間を大事にしなければならない。

 奴の元に帰る前につかの間の幸せを享受しておこう。


 もしサルゴンが暗殺に巻き込まれるような事があれば、任務を言い訳にして守ろう。

 いや、任務など関係なく手を出してしまうだろうか。


 それ程までに、サルゴンとの時間は私にとって心地良いものとなっている。


「……ふぅ……」


 少し、夢を見すぎていたかな。

 いつまでも座っているわけにもいかない。

 私の体調が優れないと判断すれば、サルゴンはこの後に控える取引を中止してしまうかもしれない。

 それは護衛として失格だ。


 私は座っていた椅子から立ち上がる。

 もうすぐ廊下の向こうからサルゴンがやってくるだろう。

 体調に問題が無いと伝えなければ。


 私は彼を安心させるために、慣れない笑顔を作って待ち続けた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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