幕間1 チョロ犬とポンコツ龍
エルナス城の広い廊下で、掃除をしていた使用人達とディアナがすれ違う。
いつもならディアナに羨望の眼差しが向けられる所なのだが、今日の使用人達は皆、怯えたような視線を彼女に向けている。
その理由は……。
「……サァァヤァァカァァァ!」
ディアナが鬼のような形相で何処かへ向かっていたからである。
「ひぃっ」
「わ、私は路傍の石、私はそこら辺の石……」
メイドや使用人達が震えながら道を空ける中、メイド長のエルシラがすれ違う。
「ディアナ様、どちらへ?」
呼び止められたディアナがキッ!とエルシラを睨みつける。
「サヤカの部屋だ!!」
それだけ言い残すと、またつかつかと歩きだして行ってしまった。
「はぁ……」
残されたエルシラが溜め息を吐く。
「面倒なことにならなければ良いのですが……」
後処理の事を思い、彼女は頭を悩ますのだった。
「えへへー、主君……」
女の子らしく綺麗に整頓された部屋の中では、抱き枕を大事そうに抱える彩華の姿があった。
抱き枕の表裏には、ラクールの姿を完璧に模した刺繍が施されている。
「それまで待っていてくれ……ですか……えへっ……」
本来の用途そのままに、抱き枕に埋もれる彼女は、どうやら妄想に浸っている最中らしい。
「主君……」
一度写真の中のラクールと見つめ合うと、そのまま自らの顔を近づけていく。
……バンッ!!
「サヤカァァァァ!!!」
「……って、ひゃあああ!!な、何ですかディアナさん!!」
突然の侵入者により、後少しのところまで近づけられた唇は勢いよく離された。
「何ですか……では無い!!」
仁王立ちで腕を組み、彩華を睨み付ける。
「主様と温泉に入ったらしいな!」
「へっ?」
「とぼけても無駄だぞ!」
とぼけた訳ではない。
ただ予想外の言葉に固まってしまっただけだ。
「どうなんだ? セレンから話は聞いているから、言い逃れは出来ないぞ!」
「セ、セレンさんが"話しちゃった"んですか!?」
彩華の悲鳴が部屋に木霊する。
第一婦人であるセレンには、出発前にラクールとの関係を認めてもらった恩がある。
故に、温泉での事はある程度詳細に伝えていたのだが……。
「当然だ! 私の方が主様に仕えて長いのだから聞く権利がある!……そして今、認めたな?」
はっ! と思うが遅い。
「本当か? 本当だな? 本当なんだな!
貴様ぁぁぁぁ!!!」
そのままこちらに近づいて来たかと思うと、両肩を掴まれ思いきり揺さぶられる。
「言え! 主様とどこまでいった!」
「うわぁぁぁ、やめてください!」
さらに揺れが強くなる。
「もう一線は超えたのか! コウノトリさんが子供を運んでくる所まで行ってしまったのかぁぁぁ!!」
「な、何も無かったですから、離してくださいー!!!」
ガクガクと身体が前後に揺さぶられ、目が回り始めてくる。
「姉上、そこまでです」
ふと、声のした方を見ると、入り口にはいつの間にかロードが立っていた。
「ロ、ロードさん!! 良いところに来てくれました、助けて!」
「はぁ……。姉上、毎度の事ながら主様の事で暴走するのはやめてください」
ロードが姉を窘めるが、彼女の揺らす手は止まらない。
「ロード! サヤカは私を差し置いて主様と温泉に入ったのだぞ!
私など、主様と二人で出掛けたことすら無いというのに!……無いと言うのに!!」
彩華は目が回り過ぎて、既にグロッキー状態だ。
「それは姉上が臆病なせいです。サヤカに先を越されるのは、当然の結果でしょう?」
「うっ」
痛いところをつかれて、ディアナが唸る。
「大体、主様の事で先走って問題を起こすのはやめて欲しいといつも言っているでしょう。
サヤカだって困っているじゃありませんか」
「そ、それを言ったらお前だって、主様の事で見境無く激怒するではないか!
いつもお前の尻拭いをする私の身にもなれ!!」
弟に言いくるめられたディアナが、苦し紛れに反撃する。
「ふむ、それもそうですね。
全く言い返せないので、今回は諦めましょう」
「ロードさん!?」
なんと突然の裏切りである。
味方を失ったことで彩華は大慌てだ。
そしてそのままロードが部屋を出ていこうとしたので、慌てて言葉を発してしまった。
「い、言います! 言いますから!
主君の身体を洗っている時に、ディアナさんの事をどう思っているのか聞いたんです!
そしたら、主君は"分からない"と言っていました! だから可能性は全然あると思いますー!」
シン……
と、部屋が静まり返る。
ロードの方を見ると、信じられないモノを見るような目で彩華を見ていた。
再びやってしまった!
と思いディアナを見ると、何やら俯いてぶつぶつ言っている。
「ふ……ふふ……そうか…………」
「ディアナさん……?」
「姉上……?」
まるで危険物のようになってしまたディアナを、二人が固唾を飲んで見守る。
「そうか……主様が…………私を!!!」
これはまずい!
と二人が部屋から逃げようとしたところで、ディアナがいきなり自らの肩をバッ!と抱いた。
「そうかそうか! 主様は"嫌い"ではなく"分からない"と言っていたのか、そうなのだな……!」
キョトンとする二人をよそに、そのまま体をくねらせてモジモジし始める。
「私は口調も態度も女らしく無い。
それを自覚しながら主様に言い寄る私は、女として嫌われているのでは無いかと常々思っていたのだ。
だがそうか、違うのだな!」
「いえ、姉上は言い寄ってすら
「今日は実にいい日だ!
ありがとうサヤカ!
お前のお陰で晴れやかな気持ちで仕事が出来るぞ!
はっはっは!」
弟の話を聞かずに、スキップでもしそうな勢いでそのまま部屋を出ていってしまう。
後には、困惑した二人だけが残された。
「それで良いんですか、姉上……」
ロードが姉の行く末を心配する。
まあ、それも仕方がないことだろう。
「う、うーん解決したので、結果としては良かったんじゃないですか?」
「そう……ですね」
ロードも取りあえずの納得をした所で、彩華が床に落ちた抱き枕を拾い上げながら、最後に言う。
「それにしても、いつも毅然としたディアナさんがあんなに取り乱すなんて、やっぱり"恋は盲目"って事ですかね!」
「…………。
……それは、今の貴女が言えることでは無いと思いますよ」
抱き枕を一瞥したロードが、そう良い残して部屋を出ていく。
残された彩華は、本日三度目になる失言の恥ずかしさから、一人抱き枕に顔をうずめた。
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