瓶の中身
崩れ落ちたキメラの体は徐々に灰になっていき、後には上半身のみのエルガルが横たわっていた。
「エルガル」
「ふっ、ラクール……」
ラクールが抱きかかえると、エルガルが弱々しく呟く。
「久々に……晴れやかな気分だ。
心にあった霧が晴れたようで、非常に……清々しいぞ……はっはっはっ……」
「……」
「我らは……奴の甘い言葉に誘われて強力な魔法の力を得た……しかし、思考を操られたせいで……危うく仲間たちを殺してしまうところだった……すまぬ」
「いい、もう喋るな」
「はは……相変わらずお主は甘い……そして強いな……おかしな化け物になったというのに手も足も出なかったわ……」
「……」
「ラクールよ……敵は我と内通していた者では無い……。
お主の事であるから……既に知っているだろうが奴は小物だ……。
その先にいる者……。
記憶を弄られたのか姿が思いだせぬが……そいつが我らに力を与えた……気を……つけるのだぞ」
「エルガル……」
「ふぅ……疲れたな……。そろそろ寝るのも悪くない」
「約束を」
「ん……?」
「約束を忘れているぞ、エルガル。眠るのはまだ早い」
「ああ……そうか。
吸血鬼が…世界の頂点となり……平和な世界を作る……のだったな……。
思えば……そのために我は……今回の計画を立てたのか……」
「思い出したようだな。
お前の為に酒も用意してある。
お前が飲みたいと言っていた物だ、帰ったら一杯やるぞ」
「はは……それは嬉しいが……身体の感覚が無いのでは……美味しく……味わえぬかもしれんな」
「……」
「そうだ……ラクールよ……我の息子……アルガルを頼む……。
あやつはまだまだ未熟だが……これから先……我以上に強くなるだろう……。
あいつを伴って平和な世界を……作ってくれ……」
「エルガル…………。約束しよう」
「ありがとう……。お主の作る……平和な……世界……
我も……たの……しみ……に……」
ラクールは彼の体をしばらく抱きかかえていたが、力の抜けたエルガルはもう何も言わなかった。
雨。
この場に足を運んだ者たちは、傘を差しているにも関わらずその頬を濡らしている者が多かった。
城を攻めた古参の吸血鬼たちの葬儀は既に終了し、今日は親族を集めたエルガルの密葬だ。
操られてたとは言え、仲間を危機にさらしたエルガルの葬儀を大々的に行うことはできない。
ここにいるのは生き残った若い吸血鬼たちと、エルガルの妻たち。
そして、彼の一人息子のアルガルだけだった。
「アルガル様……」
若い吸血鬼がアルガルに声をかける。
「叔父貴は……」
「はい?」
「叔父貴は来てねぇのか!?」
アルガルの言葉に、若い吸血鬼が黙ってしまう。
「親父のダチだって言うのにあの人は来ねぇのかよ! 親父は操られてただけじゃねぇか!
それなのによ……!」
「アルガル様……」
周りの誰もが慰めの言葉すら掛けられず、重い空気が流れる。
その時、雨で視界が悪くなった先から誰かが歩いて来るのが参列者全員に分かった。
「叔父貴……」
現れたのは、傘も差していないラクールだった。
片手には、布に包まれた瓶のような物を持っている。
「皇帝陛下……」
「か、傘も差されずに……」
周りの者は言葉をかけながらも、そのただならぬ雰囲気から道を空ける。
一瞬アルガルと目が合ったが、そのまま棺の方へ歩いて行ってしまった。
棺の前で立ち止まるラクールが何をするのか、誰もが固唾を飲んで見守る中、おもむろに片手に持っていた瓶の包みを開ける。
「……!」
「それは……!」
「お、おやめください! 陛下!」
ラクールが取り出したのは"聖水の瓶"だった。
その蓋を外すと、なんとエルガルの棺へ中身を掛けていく。
「お、恐ろしい……!」
「なんということを……!」
「あ、ああぁ……」
吸血鬼に聖水を掛けるというのは、誰もが知る冒涜的な行為だ。
その行いに若い吸血鬼たちは戦慄し、エルガルの妻たちは泣き崩れた。
そして、アルガルは驚きのあまり放心している。
中身を全て掛け終えると、ラクールは瓶に蓋をして一言呟いた。
「満足出来たか?……エルガルよ」
「……!?」
その一言で、アルガルの思考がようやく戻ってきた。
「何言ってんだ! 叔父貴ぃぃぃぃぃ!!!」
背負っていた形見の槍を抜き放ち、ラクールへと迫る。
しかし次の瞬間、ラクールから膨大な圧力が発せられその足は止められた。
「ぐぅ!!!」
アルガルだけではない、参列者は皆固まったように動けなくなっていた。
「なんで……こんな……事を!!」
「……」
その問いに、ラクールは背中を向けたまま答えない。
「ゆるさねぇ……ゆるさねぇぞ」
アルガルが一歩進む。
「てめぇは絶対に許さねぇぇぇ!!!」
ラクールの霊圧に負けずに、槍を大きく振りかぶる。
そして振り下ろそうとした瞬間、ラクールが振り返った。
「!?」
アルガルの槍が止まる。
「叔父貴……」
「……」
二人の視線が交差して、しばし時間が流れる。
「……まさか……泣いてんのか?」
「……」
振り返ったラクールの瞳は雨に濡れているというのに、何故だかアルガルには泣いているように見えた。
そして気が付く。
「こいつは……この匂いは……!」
棺の側まで近づいたアルガルだけが、唯一知ることが出来た。
(白ワイン!?)
瓶の中身は聖水では無かった。
(なんで白ワインなんだ?
いや、そうだ、親父が常々言ってたはずだ。
あんまり高けぇから飲めねぇ酒があるって、確か……)
「『エストレーモ』……」
「……」
究極の名を冠したワインの名前を、アルガルが呟く。
「叔父貴、あんた……」
「アルガル」
彼の言葉を遮って、ラクールが初めて言葉を掛ける。
「エルガルからの遺言だ。
今日からお前が吸血鬼の部隊を率いろ。
そして力を付け、共に戦え」
「え?」
「吸血鬼が世界の頂点となり、平和な世界を作るのだ。約束できるか?」
「え、あ……ああ」
「そうか」
そう言い残すと、ラクールは未だ動けない吸血鬼たちの間を通って何処かへ行ってしまった。
しばらくして圧が解けたが、皆困惑して立ち尽くすばかりであり、全てを知ったアルガルだけが父親の棺を見つめている。
(親父……。)
彼の心に様々な想いが駆け巡り、耐えきれずにその場で膝をつく。
「あああぁぁぁぁぁ!!!」
父親が死んだ実感と、今しがた決めた覚悟からか、彼は雨が止むまでの間、泣き続けた。
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