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伝説の!

~メールド領北の森~


 森の奥深く、獣の通った後が唯一の道となる程度には人が訪れないこの薄暗い場所で、武装した吸血鬼の集団が歩いていた。


 その中でただ一人種族の違う龍崎彩華は、固く拳を握りしめ、独り決意を新たにする。


(今の私に不安はない。

盗賊団程度、私一人でも容易く殲滅してみせる。

しかし、油断は禁物だ。

気を引き締めていかなければ。)


 己の力を信じているが、任務成功の為に慢心を捨てる。

 前日の件で焦りが消えたおかげか、彼女には余裕ができている。


(しかし、おかしい。

さっきから吸血鬼たちがチラチラとこちらを窺ってくるのは分かるが、何かをしてくる気配がない。)


 吸血鬼の一団が、彩華を中央に据えて監視しているのは間違いない。

 だが、それだけだ。


(嫌がらせをするなら盗賊団と戦う前の今が好機だと言うのに、どういうことなのだろう?それにこんな森の深くに本当に盗賊団なんて…。)


「この辺りでよいだろう!」


 と、そこで思考が打ち切られる。


(ここは?)


 エルガルが立ち止まった場所は、何もない開けた所だった。


「……エルガルさん。

こんなところで立ち止まってどうしたんです?」


「ふむ……サヤカ殿、お主はおかしいと思わなかったか?

ここに来るまで、我らが何一つ嫌がらせをしなかった事を」


「……」


「それにこんな森の奥に盗賊団がいるという話も理解し(がた)い」


「……そうですね」


「察しの通り、盗賊団が出ると言う話しは嘘だ。

我らがでっち上げた、ただの作り話だ」


(やはり……。)


 ここに来るまでに彩華には様々な疑問があったが、エルガルの言葉によって色々と腑に落ちた。


「なるほど、ではここからが嫌がらせの本番という事ですね。

そこまで新参者の私が気に入りませんか?」


「いや、勘違いをしてもらっては困る。

我らは元々、嫌がらせをするつもりでここまで来たのではない。

そのような事をする必要がそもそも無くなったのだからな」


「どういうことですか……?」


(嫌な予感がする……。)


「簡単な話だ。

邪魔者が消えれば嫌がらせをする必要も無くなる。

既にその者が居ないのだからな。そうだろう?」


その言葉を合図に、周囲の吸血鬼が一斉に武器を手に取る。


「まさか!?」


「そうだ!

気付くのが遅すぎたな、サヤカ・リュウザキ!

貴様にはここで死んでもらう!!」










 俺は今、温泉に浸かっている。


 昼間から入る露天風呂は格別だ。

 しかも昨日に引き続き、大浴場の貸し切りというオマケ付き。


 本当に温泉は素晴らしいな!


……と、いつもの俺ならそうはしゃいでいるのだろうが、今の俺はとてもじゃないが楽しい気分とは言えない。


 その理由は……。


「ふむ、お前達」


 あ、みんな震えだした。


「俺を囲って何をしている」


 そう、俺は大浴場にいるのだが、何故か正座した若い吸血鬼たちに周りを囲まれているのだ。


「は、はい!陛下の護衛の任務として、囲わせていただいております」


「そうか、いらん」


 囲わせていただいておりますとか聞いたこと無いよ!?


「うっ、そのような訳には……」


「そ、そうです!温泉に入るときの無防備な状態を不埒な輩が狙って来るやもしれません」


「ふむ、ならばお前たちも共に湯に浸かるがいい。

それならば護衛の任も同時に果たせよう」


 一人で温泉に入ってるところをジロジロ見られるとかそれなんて拷問?


「あ、いや、その……」


「陛下、我々は水が苦手です。それに陛下と湯を共にするなど、畏れ多いことはできません」


 本当に畏れ多いなら無言でジロジロ見るのやめてくれない!?


「そ、そうです。我々の事は気にされず、存分に疲れを癒してください!」


 お前らのせいで気疲れしてるわ!!


……うーん、なんか怪しいなぁ。

 みんな美男美女だし、その点に関しては嫌な気はしないんんだけど、この顔だけで選んだようなメンツ、怪しくない?


 俺を温泉から出さないようにしたいんだろうか。


 試しに立ち上がってみよう。


"ザバッ"


「陛下!?」


「ど、どちらへ!?」


「私もついて参ります!!」


 やっぱりか。

 てか、それだったら男は要らないんじゃない!?

 俺にそんな趣味は無いよ!?


「ただ立ち上がっただけだが?」


「そ、そうでしたか……」


「ぉぉ、陛下の陛下をこの目で……。私……今まで生きてて良かった……」


 そう言えば今思ったんだけど、彩華に嫌がらせをするなら今日が絶好のチャンスだよね……?


 まさか!?

 今頃は森の奥深くで罵詈雑言を浴びせられながら、盗賊団討伐からもハブられているんじゃ!?


 そうだ、そうに違いない!

 おのれエルガルめ、お前のパワハラ計画を思い通りにはさせないぞ!


 とう!!


「へ、陛下!?」


「陛下が脱走?したぞー!!」


「捕縛……いや違う! 捕らえ……でもない! お止めしろー!!」


「お待ちください陛下ー!」


「ああ、陛下に抱いていただけると思ったのに……残念」


 うおおぉ!

 今助けに行くからな!

 待っててくれよ、彩華!!










 吸血鬼たちが取り囲む森の一角で、激しい土埃が舞う。 


「自分が何をしているのか分かっているんですか!? エルガルさん!?」


「貴様になんぞに言われずとも分かっておる。

邪魔者を始末し、吸血鬼の繁栄を再びこの大陸にもたらす。

我はその計画の一端を進めておるのだ!!」


 エルガルの槍を彩華が後ろに飛んで避ける事で、ある程度の距離ができる。


「計画……」


「ふん! 避けてばかりだな!

どうした? 力を示すのでは無かったのか!」


「くっ! その計画は、主君を裏切ってまでしなければならない程、大切な物なんですか!?」


「裏切る? おかしなことを言う、これは奴のためでもあるのだ。

 多種族を配下に収め、腑抜けきった奴の目を覚まさせるためになぁ!」


 彩華の頭部目掛けて、左から槍が迫る。

 その横薙ぎを懐に飛び込んで躱し、エルガルの脇腹を蹴って再び距離を取る。


「クソッ! ちょこまかと動きおって! 鬱陶しい!!

まあよい。時間はたっぷりあるのだ、今頃はエルナス城のゴミどもも一掃されていることだろう!」


「どういう事ですか! まさか、城の仲間まで!?」


「狙いは貴様だけだと思ったか?おめでたい奴だ。

何のためにラクールをこの地まで引っ張って来たと思っている。

それに、暗殺者たちに情報を流していたのも我だ。

全てはお前らを始末するためにな!!」


 エルガルは吸血鬼の約半数を城に向かわせていた。

 既にエルナス城では激しい交戦が起こっていることだろう。


「なんて事を……。

それでもまだ主君の為だと、そう言い張るんですか!!」


「当たり前だ!吸血鬼の世を取り戻した暁には、奴がそれを率いるのだ。

おかしなところなど何もない!!」


(正気なのか……!さっきから言ってる事が支離滅裂だ!?

そんな事をして主君が喜ぶはずがないのに……!

一体、エルガルさんはどうしてしまったんだ!!)


「ふん、貴様は先程から逃げの一手ではないか。

ラクールがその目で選んだというから少しは期待していたんだがな、全くもって期待はずれだ。

大方、仙人くずれの下賎な人間を連れて来たのだろう。外見だけは良いのだから、まあ夜伽として使っているのだろうな。

……しかし、これは奴も本格的に腑抜けきってしまったという証拠に他ならん。なんとも嘆かわしい事だ」


(こいつ……!?今なんて事を言った!!!)


「それでは終わりにしよう」


 エルガルの槍に炎が灯る。


「死ね」


 先程より数段鋭い突きが、彩華の心臓を狙って放たれる。  


 その穂先は真っ直ぐ心臓目掛けて伸びていき、

狙い違わず直撃した。


「な!? これはどういうことだ!」


 エルガルが動揺する。


 確かに直撃したはずのその一撃は、何故か弾かれたのだ。


「ふん!!これならどうだ!!」


 しかしそこは宵闇の一人、瞬時に心を切り替えて槍で全身を滅多打ちにしようとする。


 吸血鬼の腕力で振るわれた槍を受ければ、人間の身体などすぐに肉塊になってしまうはずだが、

何故かその(ことごと)くを弾き返されてしまった。


「何が起こっている!? 貴様はただの人間では無かったのか!?」


「……あなたは、やってはいけない事をしたんです」


「なに!?」


「主君の為に……。

あなたはそう言いながらもあの人の事をまるで考えていない。

あの心優しい主君が仲間を殺されて平気でいられるはずが無い。

仲間に裏切られて悲しくない訳が無い。

そうは思いませんでしたか?」 


「ぐぅ……」


「私が悪く言われるのは構いません。

非難や侮蔑の目が向けられるのも恐れません。

でも、あの人の事を悪く言うのは許さない……!」


「貴様……!」


「先程、あなたは自らの友人を侮辱しましたね。

主君は、あなたが思っているような薄汚れた吸血鬼ではありません。

高潔で、誠実な方なのです!

あなたのような自分勝手な吸血鬼が、憶測で非難していい方じゃない!!」


「黙れぇぇぇ!!」


 エルガルが槍先から放った炎が、彩華を包みこむ。


 しかし数秒の後、彼女はその炎を切り裂き、無傷で現れた。


「貴様、その姿は……!」


 再び姿を現した彼女は、先程までの見た目では無かった。


 服から露出した肌に、先程までは無かった鱗の様なものが出現している。

 それが彼女の種族をはっきりと示していた。


「そんな馬鹿な……実在していたのか……。

伝説上の存在……『龍人』!!」


「この姿になるのは久しぶりです。

さあ、覚悟しなさい。

あなた方はこれから、何も出来ずに破れ去ることになる。

全てはあの方を裏切った自分達の責任。

その罪の重さを知り、悔い改めるがいい!!」

お読みいただき、ありがとうございます。


普段は怒らない人が、主人公の為に怒るの大好きです。

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