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迷いの温泉肌

~鈍色亭玄関口~



「女将! 広間の配置、終わったぜ!」


「女将! 全ての客室を確認してきました!

後は迎えるだけです!」


「ご苦労様でした。それではこれから、宿一番の大仕事に取り掛かります。

皆さん、"笑顔"で迎え入れる準備は出来ましたか?」


「「はい!」」「「おう!」」


 今日は、この大陸で最も高貴なお方がこの鈍色亭にいらっしゃる日です。


 私がここの女将になってから、もう二十年は経つでしょうか……。

 ここまでの大物は、女将の私でも初めてです。


 いえ創業から見ても、旅館の歴史書に残る勇者様御一行がいらした時以来の快挙かもしれません。


「女将、開けるぜ!」


 頷く。


 この旅館の基本理念は"笑顔"。


 勇者様が初代当主に残してくださったお言葉であり、その心は今でも脈々と受け継がれています。


 つまり、この旅館を選んでくださったからには、お客様が笑顔になるようなおもてなしをするのが我々の務めなのです。


 ドアが少しずつ開かれていきます。


 それではまず始めに、従業員総出でお出迎えさせていただきましょう。


「ようこそいらっしゃいました。

皇帝陛下とその御一行様。

どうぞ、ごゆるりと当旅館で旅の疲れを癒してくださいませ」









~鈍色亭前~



「ふーむ!これが温泉街メールドでも随一と噂される鈍色亭か!中々のものであるな!」


「そうだな」


「大きいですね、まるでお屋敷のようです」


 俺たちが今いる場所は、この街一番と噂される温泉宿だ。


 庭先に吸血鬼全員は入らないので、代表してエルガル、俺、彩華の三人で入ることにした。


「ようこそいらっしゃいました。

皇帝陛下とその御一行様。

どうぞ、ごゆるりと当旅館で旅の疲れを癒してくださいませ」


 おお!人数のお陰か圧巻の出迎えだ!!

 女将さんもめちゃめちゃそれっぽいし!

 ってそりゃ当然か、本職だものね。


「ほう! 中々の出迎えだ、気に入ったぞ!

女将よ、名は何と言う?」


「リョーカ・ミカミと申します」


「良い名だ!どうだリョーカよ、今夜は我の部屋で酌でもせぬか?」


「光栄なお話にございます。喜んで伺わせていただきます」


 おいおい、美人さんだからっていきなり口説くなよ。


 既に嫁さん何人かと一人息子がいるんだから少しは自重しろ!


「エルガル、程々にしておけよ」


「分かっておる!酌をしてもらうだけなのだ、そう目くじらを立てるな!

全く、堅い所は昔から変わらぬな」


 お前も軟派な所は変わらないね。


「では立ち話も何ですので、まずはお部屋の方にご案内させて頂きます。どうぞこちらへ。」










 女将さんに案内して貰った部屋は、思いの外、普通の広さだった。


 しかし、温泉好きの俺には分かる!


 何気無い配置の花瓶や、風景に溶け込んだ掛け軸など、その全てにお金と手間暇が掛けられている。


「このような手狭な部屋で申し訳

ございません。

私共のご用意できる客室の中では、こちらが最高級の一室でございます」


「謙遜するな、実に良い部屋だ。ありがたく使わせて貰おう」


 これは温泉も期待できるね!!


「ありがとうございます。

お気に召さないようでしたら、別のお部屋をご用意させていただく事も可能ですので、すぐにお申し付けください」


「ああ」


 エルガルなら"狭い"とか"退屈だ"!

 とか言ってすぐに部屋を移してそうだよね!ウケる!!


 さて、女将さんも行った事だし、早速部屋のお風呂に入ろう!










ブクブクブクブク


「美肌効果、美肌効果、美肌こうか

美肌こうか、美肌……」


 私は今、部屋に備え付けられた露天風呂に首まで浸かっている。


 宿の女将さんから、美肌に効果のある露天風呂付きの部屋を案内して貰った所までは覚えているが、どうやって入ったのかまるで記憶に無い。


 お風呂の作法はしっかり守って入ったと信じよう。


「明日はデート、明日はデート、あしたはでーと、あしたは……」


 ダメだ、緊張して思考が働かない。

 せっかくの温泉なのに、どれくらいの温度なのかもはっきりしない。


 しかし、それは仕方の無いことだろう。

 憧れの主君が、私を二人きりの買い物に誘ってくれたのだ。

 主君も認めた(と思いたい)デートだ!

 これで平常心を保つというのは、私には無理だと言える!


 取りあえず、顔まで浸かろう。


「ブクブクブクブク」


 ぎょ、行儀が悪いのは理解しているが、出来るだけ全身に美肌効果を行き渡らせたいのだ。


 特に顔は大事だ!

 顔と髪は女の命と言うし、入念に美肌効果を刷り込みたい!!


「ブクブクブクブク」


 しかし、明日はどこへ行くのだろう。


 特産品を見たいと言っていたので、商業区画のほうだろうか?


 もし、決まっていないのであれば、道中で目ぼしい甘味処なども調べていたので、案内することも出来る。

 そこは抜かりない!


「ブクブクブクブク……ぷはぁっ!」


 でも一つ心配があるとすれば、こんな私を彼は受け入れてくれるのかと言うことだ。


 武術ばかり磨いてきた私は、野蛮な女だと思われているのではないだろうか。


 主君が私を引き抜いたとき、私の力だけを気に入ってくれたのでは無いだろうか。


 そんな事ばかり考えると、今も不安で不安で堪らない。


 もし、女として見られていないとしたら、私の今の努力ほど滑稽な物は無いだろう。


「明日の夜、明日の夜、明日の夜、

明日のよる、明日の……」


 いや、とにかく明日の夜だ。

 そのために、今は少しでも自分を磨いておこう。

 手始めに、美肌効果だ!

 明日までに完璧にしておきたい!


「ブクブクブクブク」


 そして私は、そのまま露天風呂の底に沈んで行った。

お読みいただき、ありがとうございます。


今日はハプニングが起こりませんでした(笑)

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