温泉街メールド
~エルナス城門前~
ここ数日の雨がまるで嘘であったかのような晴天の下、馬車馬が嬉しそうに水を飲んでいる。
久々に外出が出来て嬉しいのだろう。
そしてその少し横では、セレンとラクールが向かい合っていた。
「城の事はお任せください」
「ああ」
今日は吸血鬼一行の温泉旅行と、盗賊退治の出発を兼ねた日だ。
皇帝以外の吸血鬼は既に馬車に乗り込み、彩華もまた皇帝用の馬車の中で待機している。
「見送りがわたくしだけになってしまい、申し訳ございません。
本当は皆、見送りに参加したかったはずなのですが……」
「構わん、俺が暗殺者の調査を命令したのだ、職務に忠実な者を叱責するつもりは無い」
皇帝の見送りだというのに、ここにはセレン以外誰も居ない。
他の宵闇のメンバーは、既に暗殺者の調査で城を出ており、見送りに参加出来なかったのだ。
「ありがとうございます。では、行ってらっしゃいませ」
「ああ、城の守りは任せた」
そう言葉を交わすと、皇帝は馬車に乗り込んだ。
ふぅ……ここ最近は本当に疲れたよ。
侵入者を気絶させたら何故か燃えちゃうし。
シレーヌは何かを知ってそうな感じなのに詳しく教えてくれないし。
俺に至っては、全てを知った上で皆を試そうとしているとか思われてたりで、もう今にも頭がパンクしそうデス!!
と、そんな感じの毎日で疲れてヘトヘトだったんだけど、それを乗り越えてついにこの日がやって来た!
侵入者の調査を宵闇に丸投げしてやって来た今日!
なんと!!
ようやく待ちに待った温泉に入ることが出来るのだー!!
ああうれしいんじゃあ。
パチパチパチ。
最近は騒がしかったけど、ようやく一息つけるね。
存分にお肌をツルツルにしちゃうぞー。
ん?何だい?野郎の入浴シーンに興味は無いから女の子を出せって?
黙らっしゃい!!
俺はこの日が来るのを楽しみにしてたの!
頑張った自分へのご褒美なの!
不埒な考えを持った輩は、らくるんの鍛えぬかれた肉体美で満足してれば良いよまったく!!
それに今回、宵闇の女性陣は誰一人ついてきていない。
まあ俺が仕事を丸投げしたのだから当然だ。
そんな中、ムフフなハプニングなんて物が起ころうはずも無いだろう!はっはっは!!
「しゅ、主君!」
……いや居たわ、ハプニング起きそうな子。
「どうした」
「そ、その!! ……温泉……ですね」
「そうだな」
「あ、えっと……。そうだ!!
服を新調してみたんですが、どうでしょうか?」
「よく似合っているぞ」
そわそわして落ち着きがない。
彩華君は、今朝からずっとこの調子だ。
馬車に乗り込む前に、セレンと何か話してたみたいだけど、その辺りから様子がおかしかった気がする。
「あの、今日は、あのっ! えーと暑いですねー! 窓開けても良いですか!?」
「いいぞ」
…………。
…………。
…………。
あれ、窓開けないの?
なんで聞いてきたの!?
……うーむ。
さっきから俯いたり、顔が赤かったり、熱っぽかったりしているけど、この症状は見覚えが……。
ふっふっふ、なるほど、らくるん分かっちゃったぞー。
そう!それは、ズバリ!
なつかぜ……
「その、それで、明日の予定は空いていたりしますか?良かったら……その、あの……二人きりで……」
☆夏風邪☆だ!!
とか言ってみたかったけど、絶対違いますねはい……。
「ああ、明日は特産品などを見て回ろうと思っている。
温泉地ならではの名産物があるかも知れんからな。
彩華も一緒にどうだ?」
「ほ、本当ですか!?
行きます! 絶対に行きます!!」
この喜び方、見覚えがある。
誰とは言えないけど、忠犬を絵に描いたような部下が暴走する時によく似てる。
しかし疑問なんだけど、前世でよく見た鈍感系主人公って、頭の中はどうなってるんだろうね?
いや馬鹿にしてる訳じゃないよ!?
ただ、ここまであからさまだと、気付かないことがもう不可能だと思うんだ。
名前言っちゃうけど、ディアナと互角なくらいには分かりやすい!!
「ふむ、明後日には盗賊団の討伐も控えている。
今の内に英気を養っておく事も必要だからな。」
「はい!!」
元気があって大変よろしい。
ただ、俺も鈍感系主人公のような振る舞いをせざるを得ないかもしれない。
その理由はたったひとつ。
どうやって相手の気持ちを確認すれば良いの!? と、言うことにある。
こんな時、出来る男ならどうするんだろうか?
分からん!
俺はセレンにすらハッキリと求婚できていないんだし……。
誰か教えてくれ!!
「えへへ……」
それに、なまじ気が付いてしまっただけに、知らんぷりを装うのも苦しい。
これぞ板挟みだね。イタバサミ!
「そ、それで、明日はいわゆる"デート"になるんでしょうかね?」
たぶん合ってると思いまーす、でも口には出せませーん、すみませーん。
「ふむ……」
……なんだよ。
チキンと呼びたきゃ呼ぶがいい!
魔法駄目、血も駄目、剣馬鹿、温泉馬鹿、にプラスしてチキンも入れるがいいさ!!
そうしたら"鶏魔法"を開発して、必ずキサマらを鶏に変えてやるから覚悟しろコケー!
「あの、主君」
「なんだ」
おや? こっちの内心とは裏腹に急に落ち着いちゃってどうしたの。
「明後日は……明後日は必ず、活躍して見せますからね」
「ああ、期待している」
まあ……その。
せめて彩華が恥をかかない程度には俺も頑張ろうかな。
~温泉街メールド~
年中湯気が立ち上るこの街は観光地として広く知られている。
今年も温泉目当ての人々が数多く訪れ、その人気は落ちる気配がない。
その街の中心部に位置し、多くの温泉宿が立ち並ぶ区画の中でも一際強い存在感を放つ宿がある。
その宿の名は『鈍色亭』。
創業年数は、数える者がいなくなる程に古い。
平均的な寿命が地球と比べて長いこの世界において、起源がはっきりしない物はそれだけで珍しい。
大抵の事は、長生きした者に聞けば知っているからだ。
そして、そのあまりに古い歴史故なのか、伝説上の勇者が泊まった宿などと噂が立っているが、真偽の程は定かでない。
入り口を覗けば、今日もこの街一番の温泉宿を保つため、従業員たちが忙しなく働いている姿が伺える。
だか、今日は少し様子がおかしかった。
「そっちの部屋、空いたか!?」
「まだだ!」
「急げ! 今日を乗り切らないと、最悪、女将に打ち首にされるぞ!」
「分かってる。よし!! こっちは完璧に終わらせた!!」
どうやら要人が宿に泊まりに来るようだ。
ただの要人にしては、準備を急ぎすぎている気もするが……。
「街の門を超えた! 急げ!!」
「問題無い! 全部の部屋を確認してきた。女将に報告しに行くぞ!!」
準備が整ったようだ。
従業員たちは、その事を女将に伝えるために、慌ただしく走り去っていった。
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