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嘘に決まっている

 私は、いなくてもいい存在だった。

 いてもいなくてもどうでも良くて、いたら少しだけ便利だから殺されずに済んでいただけだった。

 それがずっと、苦しかった。

 いた方が便利、ではなくせめていないと不便と言われたかった。贅沢を言うと、いないとどうにもならないと誰かに悲嘆して欲しかった。


 そこまで認識した直後に頭痛が。

 獣のような唸り声が自分のものである事に気づくのに、随分と時間が掛かった。

 なんだこれは、自分は今何を目にしている?

 これは本当にあの道化が残したものなのか?

 実は赤の他人の遺書であるのではないかとも思ったが、暗い視界にうつるその字の筆跡は、確かにあの道化のものだった。


 自分があの女と関わる羽目になったのは些細な事が原因だった。

 主人から与えられた仕事を共同で行う羽目になってしまったのだ。

 嫌々仕事を終わらせた直後に少しばかり油断してしまい、その結果自分を庇ったあの女の左腕が肘の先から切断された。

 直後に敵は自分が完全に屠ったが、それであの女の腕が元に戻るわけもない。

 赤い血がだくだくと切断面から流れていた、不味そうな匂いがしていた。

 痛くて痛くて仕方がないだろうに、それでもあの女はただ笑っていた。

 笑いながら、怪我はないかとこちらの心配をしていた。

 その笑顔を見て、全身の血が沸騰したかのような怒りを感じた。

 恩でも売ったつもりかと怒鳴っていた、余計な事をするなと叫んでいた。

 あの女は、少し何かを考えた後に何も言わずに首を横に振った。

 どうにもならないだろうがと僅かな希望を抱えながら持ち帰ったあの女の腕は、繋ぎ直すことが出来なかったため最終的に主人の手に渡った。

 あの女は少々特殊な体質らしい。

 たとえ切断され腐りゆく未来しかない肉の塊であっても、ただ生きているだけのあの女自身よりも役に立つと、主人は笑っていた。


 頭痛が多少おさまったので、先程読んだ文の意味を考える。

 いなくてもいい存在だった、確かにその通りだったのだろう。

 あの男に仕えていた従者の中でもあの道化は特に落ちこぼれで、全く優秀ではなかった。

 あれで優秀だったのならまだあそこまで疎まれることもなかっただろうと、思う程度には。

 それでも目を張るような失敗をしでかすようなことはなかったようで、処分されることはなかった。

 そこから先はもう、意味がわからない。

 苦しかった? 何を言っている、ずっと笑っていたじゃないか。

 苦しかったのならちゃんと泣けばよかった、辛いのならわかりやすく喚けばよかった。

 だけどお前はずっと笑っていたじゃないか、ならそんな妄言は信じない。

 ああでもさっきの文の意味はわかったぞ、大損してほしいっていうのは単純に自分の死を誰かに悲しんでほしかったという意味か。

 誰が悲しむか、お前のような狂った道化が死んだくらいで、誰が。

 これはきっとただの妄言だ、ほぼ確実に本当のことではない。

 こんなものがあの道化の本心だなんて、信じない。

 きっと何かの悪戯に決まっているのだ、悪趣味な嘘の塊であるに決まっている。

 あの道化の性格なら、きっと最後に種明かしがしてある筈だし、本来の遺書のありかもそこに書いてあるかもしれない。

 だから続きを読んでしまおう。

 おしまいの文だけを読めばそれで済むのかもしれないが、そうする気は何故か起こらなかったので先程の続きに目を通す。

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