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8話


 十代と思われる女の子と、狂った世界と、三十二歳のおっさん。


 幸一にも意味がわからなかった。


「おじさんも適格者なの?」


 適格者という単語は、霧谷が口にしていた。それがなんなのか幸一にはわからない。


 目の前の少女の反応から察するに『遊星からの物体X』に出てくるようなエイリアンというわけではなさそうだ。というか、これが敵なら、もう幸一にはどうすることもできない。ただでさえ女性経験の乏しい童貞に、十代の女の子を倒すことなどできるはずがなかった。それなら、殺されたほうがマシだ。


 幸一は大きく深呼吸をしてから、社会人モードに頭を切り替える。


「えっと、少しいいかな?」


 とりあえずがんばって笑顔を作ってみた。


「君は、どうしてこんなところにいるか、その理由を理解してるの?」

「世界を救うため」


 霧谷の言っていたことと同じだ。彼女も幸一と同じ境遇ということになる。


「もう一ついいかな? 君はワールドエクリプスのユーザー?」


 少女はコクリとうなずく。

 対する幸一は笑顔のまま言葉を失った。


 霧谷は、まだ十代の少女を——しかも自社コンテンツのユーザーを、危険な目にあわせているのだ。もし、彼女が死んだり、怪我をしたら、どうするつもりなのだろうか。


(いや、異世界に召喚されて怪物と戦って怪我しましたとか言われても、誰も本気にしないか……)


 そこまで計算した上でやっているのなら、霧谷という男は、かなりの悪党だ。


(嫌いだな、そういう奴……)


 他人を利用するサイコパスの相手は、もう御免だ。それが嫌だから、転職したのだ。


「君は自分がやろうとしてること、理解してる? 具体的になにをするかとか」

「ワーエク使って異世界からの侵略者を倒すんですよね?」


 なんでもないかのように言っていた。

 そんな簡単に受け入れられることなのだろうか? と思ったが、自分が高校生の頃にこんな事件に巻き込まれたら、と想像してみる。


(二つ返事でOKする! 絶対にする!)


 あの頃読んでいたライトノベルのような展開じゃないか。だが、今の幸一は、もう高校生ではないのだ。


(俺、三十二だぞ。どうして今なんだよ……)


 若い頃に憧れたものを目の前にして感じるのは「勘弁してくれ」という思いだけだということに、残酷な時間の堆積をつきつけられる。現実を客観的に把握したところで「勘弁してくれ」という気持ちが変わらないのだから、これまた残酷だ。

 幸一はため息まじりに確認を続ける。


「……君は、その敵と戦ったことあるの?」

「実戦は初めてだけど、訓練なら何回かしてます」

「君のほかに仲間はいないってこと?」

「おじさん以外は特に」


 自分で自分を「おじさん」と認めているし、自分で「おっさん」と言うのはかまわないが、十代の女の子に言われると、なにかが心に突き刺さる。別に恋愛対象として見てもらいたいとは思わないが、もう完全に彼岸の存在なのだなと感じた。そんなことを思える程度に冷静になってきたらしい。


「なるほどね……」


 状況把握は完了。

 運営サイドの人間としてユーザーを放置したり、見捨てるわけにはいかないし、さすがに十代の女の子を敵と戦わせて、自分だけ逃げるわけにもいかない。

 仮に無力だとしても、大人として子供を守る義務がある。


(こういうところは、この子の頃より大人になったよな……)


 自意識でもなく、承認欲求でもなく、社会的な義務感と道徳観念だ。


「えっと、自己紹介がまだだったね。俺は宇喜多幸一。普通のサラリーマンです」

羽生花音はにゅう・かのん、職業……フリーターです」


 女子高生くらいかと思っていたが、既に卒業しているようだ。


「よろしく、羽生さん。それで、さっき、わけのわからない怪物に襲われたんだけど……」

「……やっぱり本当にいるんだ」


 花音がぽつりとつぶやいた。怯えているようには見えない。むしろ、やる気に満ちている。状況把握が楽観的すぎるところに危うさを感じた。


「……とりあえず石を投げて撃退したんだけど、羽生さんはどうやって戦うつもりなのかな?」

「ワーエク使えばいいんですよ。自分の持ってるデッキのキャラクターを召喚して、攻撃するんです」


 幸一は花音の説明を聞きながらアプリを起動した。起動時のスプラッシュの画像が変わっており、ダウンロードが入って展開されたホーム画面も変化していた。

 ピコンという音と同時に、マスコットキャラのフクロウが出てくる。


『いやー、いきなり通信が途切れたから、どうしたのかと思ったよ。それで、宇喜多さ――』


 改めて霧谷から説明を聞こうとした瞬間、花音たちの携帯が鳴った。


「敵が近いっ! 戦闘準備して!」


 幸一が「え?」としどろもどろしていたら、瓦礫を乗り越えるようにしてワラワラと怪物が現れる。幸一が投石で撃退したのと同じ形をしていた。


「おじさん、ここは私に任せて!」


 花音がディスプレイをタッチした。

 瞬間、それまで存在していなかったものがスマートフォンから出現する。半透明の見慣れたキャラクターたちは、まるで幽霊のようだ。


 花音が召喚したのはSRのキャラクター蒼い閃光シュヴァルツ、R混沌の幻惑師レイナルド、C祈祷舞踏家ペンローズの三体だ。


「やっつけちゃって!」


 花音の言葉を受け、ペンローズが踊り、レイナルドが敵全体に黒い霧のようなものを発生させ、敵へと放つ。ペンローズの踊りは味方の攻撃力アップのバフスキルで、レイナルドの霧は敵の攻撃力をダウンさせるデバフスキルだ。


 更に蒼い甲冑騎士シュヴァルツが怪物に斬りかかる。袈裟懸けの一太刀で怪物が斬り捨てられた。続けざまに五体の怪物を斬り捨ててから煙のように消失する。敵単体への六連撃スキルだが、途中の攻撃で敵を倒した場合、ほかにターゲットが移る仕様になっていた。


(デッキ編成、微妙に噛みあってない……)


 続けて敵怪物たちが攻撃をしかけてくる。転がりながら速度をあげ、体当たりだ。シュヴァルツは他の仲間をかばうように敵の攻撃を受け止めた。見えない壁のようなものが生じ、敵を弾き飛ばす。その動きが終わると召喚された三体のキャラクターたちは霧のように消え失せた。ドキリとした。この瞬間は完全なる隙だ。だが、怪物たちは体を回転させ移動はするが、ある一定以上の距離を詰めてこようとはしなかった。まるで、順番を待っているかのように。


(……もしかしてゲームと同じターンバトルになってるのか?)


 更に花音は続けてキャラクターを召喚。魔法戦士は火球や氷の魔弾を放ち、ドラゴンは閃光とともにブレスを吐く。


 その現実離れした暴威に圧倒された。

 もう一度、幸一は大きく深呼吸をし、頭のなかで現状の自分を俯瞰する。自分の手が震えてるなー、と客観的に思いながら花音の動きを観察した。


(自分で組んだデッキをそのまま垂れ流す感じか……ゲームのルール自体は変わってない。オートプレイじゃなければ、キャラクターのスキルはプレイヤーで選択できるはずだ)


 花音が声に出したり携帯をいじっている様子はなかった。どう指示しているのかわからないが、同じキャラクターでも使うスキルが変わったりしている。


(羽生さんのデッキ編成、けっこう雑だな。相手が雑魚だったり、脳死プレイで倒せる敵なら、それでもいいけど……)


 これが現実ならば、敵の強さが階段状のステータスデザインになっているわけがない。場合によっては初戦からラスボスクラスが襲ってくる可能性だってある。


(常に最悪を想定しろ。前の会社のクソ上司は、その最悪の更に上のふざけたことを言いやがる)


 即座に幸一は経験を活かし、ユーザーが嫌がる敵の設定を脳裏に描く。

 ゲームにおいて難易度調整は重要だ。


(ダメ設計に対処できるように考えればいい)


 とにかく敵が固い時の想定。

 敵のステータスが尖り過ぎて持ち物検査になっている場合の想定。

 理不尽な即死攻撃をしてくる場合の想定。


 などなど。ダメプランナーの『僕の考えた最強の難易度調整』はディレクターとして把握している。


 完全にすべてのクソ設計に対応はできないが、それでも方法はある。ましてや幸一は大人の力、いわゆる課金力で現状の環境デッキを構築していた。


(異世界からの侵略者と言ってたが……)


 花音が戦っている怪物は複数だ。どれも似たようなデザインであるため、同一種のモンスターなのだろう。そして、倒せども倒せども、同じように現れていた。


(……無限わきっぽくないか? あの怪物どもを攻撃し続けたところで、侵略者本体にダメージは与えられないとか?)


 人はルールを与えられると、無意識のうちにそのルールのなかで行動しようとする。


 ルールがわかりやすければわかりやすいほど、人はそのルールに縛られてくれる。ゲームが面白いと思ってもらえるのも、そのルール作りが巧みだからだ。


 現に花音は先頭を楽しんでいるように見えた。敵をバッタバッタと薙ぎ倒す無双状態だ。


 無双はいい。

 雑魚をなぎ倒す爽快感がある。

 だから、そのルールにハマってしまう。


(雑魚の無限わき。クソゲーだな。どういう仕組みかわからないが、無限ループや無限わきは簡単だ。敵のデータさえあれば、ひたすらループさせるだけでいい。普通にバグだけど、敵の立場から考えると進行不能を作り出すのは最善の手だ)


 十中八九、雑魚の無限沸きを起こしているボスがいるはずだ。


(雑魚の無限わきで攻撃してきているなら、本体自体に強い攻撃手段があるわけじゃない。もし、ボスに高火力の兵器があるなら、直接攻撃してくるはずだ)


 現実の戦争でも歩兵戦力を投入する前にミサイルをぶち込む。それをしないということは、ボスの火力が無限わきしている雑魚どもより低いということになる。


(この推測が正しいなら、ボスをみつけて倒せばいい。その目的を達成するためには、羽生さんにはオトリになってもらうべきなんだけど……)


 花音との関係を悪化させるのは得策ではない。


(とりあえず情報と意識の共有は大事だな……どうして、こんなところで仕事みたいなものの考え方をしないといけないのか……)


 ため息をつきながら幸一はスマートフォンをタップした。画面から金色に輝く露出多めの甲冑騎士が現れる。


(うーむ、きわどい……)


 乳房の下半分が見えていた。SSRの聖処女ジャンヌダルクだ。更に攻撃力アップのバフスキルを持つキャラが二体召喚される。


(どうしてソシャゲって現実とは関係ない世界観でもジャンヌダルクとか出したがるんだろう……)


 キャラクターのモチーフにユーザー間の共通言語が重要なのは理解しているが、個人的には釈然としない。


(先にバフ使ってほしいんだけど、どうしたらいいんだ?)


 そんなことを考える幸一の前で、二体の魔法使いキャラがバフスキルを使った。


(意識するだけでいいのか、なら次は……)


 ジャンヌダルクが白いオーラを放ちだした。聖処女が手にしていた槍を振り回すと、その軌跡を追うように空中に火がほとばしる。やがて、それは魔法陣のような形を描き、炎の線は更に巨大な焔となって、灼熱の竜を形作った。


 炎の竜は牙を剥きだしながら怪物の群れへと突貫し、一掃。それを見て痴女のような甲冑騎士は微笑むと、霧散して消えていった。


 今の一撃で第一陣は消せたらしい。無限わきなら、すぐに次の攻撃が来るだろう。驚いた顔でこちらを振り返る花音に、幸一は努めて苦笑いを浮かべた。


「すごいね、このゲームの力……」


 憮然とした顔で花音が幸一へと視線を投げてくる。


「……リセマラしたんですか?」


 最初のガチャで強キャラ惹くまでアンインストールを続けるリセットマラソン、いわゆるリセマラをしたと思うのも無理はない。だが、運営サイドの人間が無駄にアカウント増やしたりはしないのだ。


「一応、大人だから多少の課金はできるよ。趣味って、これくらいだからね」


 苦笑を浮かべつつ話を続ける。


「いろいろ考えたんだけど、君が今まで倒してたのは雑魚モンスターだと思う」


 花音は一瞬、眉間を寄せた。言葉は理解しているが、こちらの意図を読み切れていないのだろう。割と積極的に思考するタイプなのかもしれない。


「侵略者が単独なのか複数なのかわからないけど、たぶん本体は別にいると思う。それを倒さない限り、終わらないんじゃないかな?」


 花音はなにかわかったかのように目を大きくした。


「そっか! たしかに、ずっと同じこと繰り返してたし、なんか違和感あったんだよね」

「そのうち、またさっきの怪物たちが襲い掛かってくると思うんだ。そこで、こちらは目的を分散して処理する必要がある。雑魚モンスターの討伐とボスの討伐だ」

「一緒にやっちゃダメなんですか?」


 花音の問いかけに「得策じゃない」と答える。


「あの怪物がボスの生み出すものだと仮定した場合、ある程度の上限があるはずだ。さっきも、一定数を越えたら、それ以上は増えなかっただろ?」


 花音は「たしかに」とうなずいた。


「あの怪物を攻撃に使うか防御に使うか、使用意図によって行動が変わる可能性が高い。ゲーム的にいえば、敵に防御バフがかかる可能性だってある。それなら、攻撃にリソースを割いてもらって、そのスキにボスを撃破する。要は暗殺だね」


 花音は「なるほど」とうなずいていた。


「仮に暗殺するにしても、ボスが強敵だという可能性もある。だから、一応、環境デッキ構築できてる俺がボス撃破に向かいたい。さっきのやり方なら羽生さんだけでも、雑魚を倒し続けられるだろ?」


 花音はムスッと口を結んでなにか考え込んでいたが「たしかにそうですね」と不承不承そうな顔で答える。


「でも、本当に大丈夫? 宇喜多さん、訓練とかしてないですし……」

「そこは俺も不安だよ。でも、まあ、一番危険なことは男としてやらないわけにはいかないからさ……」


 ふと、石の転がる音が聞こえた。視線を向ければ、ヒトデのような怪物が塀の上に立っていた。瞬間、何匹もの怪物が塀を乗り越え、こちらに向かってくる。


「ここは任せて!」


 言いながら花音がキャラクターを召喚した。

 任せるのは不安だ、いつだって。

 自分でやったほうが精度は高いし、予想外なことにも対応できる。人を信じることはストレス以外のなにものでもない。ましてや、その対象が子供となれば、心配するなというほうが無理だ。


 だが、任せない限り、部下は成長しない。


「ああ、ここは任せるよ」


 幸一はその場から駆け去った。


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