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6話


 プロジェクターからファンの音が聞こえる。もしかしたら調子が悪いのかもしれない。


「――以上のような理由で、大改修が急務だと思います」


 壁には幸一がパワーポイントで作った資料が投影されていた。会議室の机の前には幸一と霧谷が座り、二人で資料を眺めていた。霧谷の椅子の背もたれがギシリと鳴る。


「よし、じゃあ、やろう」


 却下されると思っていたので、予想外の反応だった。


「え? いいんですか?」

「いいもなにも、宇喜多さんがそう言うなら、そうすべきなんじゃない? 僕はエンジニア上がりだから、ソシャゲの運営スキルとかほとんどないし」


 見た目のせいで、てっきりプロデューサー崩れだと思っていたが、元エンジニアということに驚く。エンジニアもエンジニアで変わった人がいるのは事実だが、霧谷のようなタイプとは出会ったことがなかった。


「ワールドエクリプスのディレクターって社長じゃないんですか?」


 双葉と美鈴は自己紹介の時にプランナーと名乗っていた。そのため現場監督は社長が兼任していたのかと思っていた。小さい会社なら珍しくはない。

 霧谷の表情が露骨にくもる。


「一応、土台の企画や仕様書は僕が作ったんだよ。で、実際のバランスやゲームサイクルは宇喜多さんの前任者に頼んであってね」

「その人って誰ですか?」

「今はもういないです。いやー、僕も騙されちゃってさー、なんかディレクターやったことあるとか業界歴二十年ですとか、企画屋として起業してたとか紹介されてね。ちょっとあやしいなーとは思ってたんだけど、浦上さんがすごく押してくるから断れなくてさー……」


 口調は軽いが、声音のトーンは低い。幸一としては、発言のなかに出てきた浦上という名前が気になった。


「浦上さんとは?」

「ミームクリエイト側のプロデューサーだよ。ほら、『パーフェクトジーニアス』ってゲームがあるだろ。あのプロデューサー。ワールドエクリプスのプロデューサーでもあるんだ」


 パーフェクトジーニアスは女性向けのゲームである。ユーザーが社長となってイケメン且つ優れた人材を集め、会社を大きくしていく箱庭ゲームだ。ゲーム内容より、ストーリーがウケており、一定以上の人気があった。純粋なゲームの売上はそれほどではないが、舞台などのリアルイベントやグッズの売上で収益をあげているらしい。それらの情報だけなら敏腕プロデューサーに思える。


「その紹介されたディレクターがなにもしてないことに気づいた時には、もういろいろ遅くてね。細かな問題があるのは、その人がやらかしてたんだよ。それで浦上さんは責任取りたくないから、強引にローンチさせてさ……」


 その浦上プロデューサーもサイコパスであることが確定した。霧谷もサイコパスの被害者だと思うと、途端に親近感がわいてくるから不思議だ。


「大きな会社から流れてくる人って超優秀か超ポンコツかのどっちかだよね? そう思わない?」


 その大きな会社から流れてきた人間なので返答には困る。そんな幸一の気持ちを察したのか霧谷は「いや、宇喜多さんは別だよ」とフォローを入れてくる。


「だって普通、入社初日からダメ出しってしないじゃん」

「それは、その……すみません」

「いや、褒めてるんだって。だって、それってワールドエクリプスをよくしたいって思ってくれてるってことでしょ? しかも具体的な改善案まで提示してくれてるじゃん。そりゃあ僕はとても感謝してますよ。ありがとうございます!」


 深々と頭を下げられ、思わず面食らう。


「どうしたの?」

「いや、その……なんでもないです」


 前の会社でも同じように改善案や、バランスの見直しなど、様々な意見を上司に出し続けてきた。開口一番で却下するくせに数日後には、さも自分で考えましたという顔で幸一のアイデアを口にしていた。成功したら自分の手柄、失敗したら全て幸一のアイデアだったと言って責任を押し付けられた。


(そうか、たった一言でもいいから礼とかねぎらいがあれば、よかったんだよな……)


 サイコパスにそんなことを求めてもしかたがないのは理解している。


(本当に、たったそれだけだったんだけどな……)


 我ながら安いとは思うが、霧谷の感謝の言葉だけで、この案件は最後までやり抜いてやろうと思ってしまった。


「では、具体的な話に移りますね。シナリオ改修には追加予算が必要になりますけど……」


 瞬間、霧谷の表情が険しくなった。


「その辺りは現状、すぐに返答はできません。場合によってはお金の問題で不可能になるかもしれないね。僕は応援するけど、浦上さんがOKしないとどうにもね」


 そこが下請けの辛いところだ。


「それに上手なシナリオライターさんって高いんでしょ? 三枝さんもローンチ前にシナリオのことは、すっごく言ってきてさ……」

「三枝さんが、そんなこと言ってたんですか?」

「そうだね。でも、値段やらなにやらを理由にプロデューサーに蹴られちゃってさ。だから、そこを突破するのは、かなり大変だよ」


 幸一は口元に手を添え、しばらく無言で考え込む。


(……三枝さんのモチベーション、やばいかもしれないな)


 事前に予見していた問題が自分以外の誰かのせいで発生すると、それだけでモチベーションは下がる。なぜなら、起きなくてもよかった問題だからだ。それによって生じる徒労感ほど、やる気をさげるものはない。


(ぱっと見優秀そうな感じがするし、辞められたり、仕事の能率下がるのも困るんだよな。いろいろフォローしつつ協力してやるしかないか……)


 ふと、霧谷が怪訝そうな目で見ていることに気づいた。幸一は苦笑いでごまかしながら口を開く。


「どこかのタイミングでプロデューサーとのミーティングの場を用意してもらえませんか?」

「ミーティングなら週一でおこなってます。今週は浦上さんからの連絡がないので、いつやるのかわからないんですけどね……」

「定例じゃないんですか?」

「かつては定例だったんだけど、ドタキャンが多かったので変動制になったんだ」


 浦上という人間に対するネガティブな情報だけが積みあがっていく。とはいえ、最初から否定的なものの見方をしてしまうと友好な関係を構築しづらくなってしまう。


 ディレクターとプロデューサーの関係がこじれることほど、まずいことはない。嘘でもいいから二人三脚でやるしかないのだ。


(まあ、そのせいで俺はぶっ壊れたんだが……)


 サイコパスの相手ほど疲れる仕事はない。


 不意にテーブルの上に置かれていた霧谷の携帯電話が震えた。

 霧谷は無造作に携帯電話を取り出し、画面をいじったところでうっすらと眉間にシワが刻まれる。怪訝なものを感じ、「どうかしましたか?」と幸一は尋ねた。


「いろいろと問題が発生したね。クソ、時間がない……」


 霧谷の不穏当な言葉に幸一も神妙そうに眉間を寄せる。今まで以上に真剣な眼差しを向けられた。


「宇喜多さん、雇用契約書にはしっかり目を通してますよね?」


 予想外な問いかけに幸一は「はあ」と探るような目でうなずいた。


「では、宇喜多さん、契約書には特別危険手当の項目が書かれていたことも把握してますよね?」


 正直なところ、流し読んでいた個所だが、「はい」と答える。


「では、納得済みということでお願いします。まず、ワールドエクリプスを開いてください」


 幸一は違和感を覚えつつもアプリを起動する。


「お知らせの部分にメッセージがあると思います。読んでください」


 言われたとおり、おしらせを読む。



 あなたは適格者に選ばれました。

 この世界の敵と戦うことのできる数少ない戦士です。

 どうか魔装司書として力を貸してください。


 はい いいえ



「なんですか? これ」


 幸一の問いかけに霧谷は「書かれているとおりです」と答える。


「なにか特別なイベントですか?」


 やや声が弾んだ。新しい試みだな、と思ったからだ。


 基本、ソーシャルゲームのイベントは全ユーザーが対象だ。ストーリー進行度によって参加者の足切りをしているものもあるが、それは怪物IPだからできる手段だろう。


 幸一に送られてきたおしらせ文言のようにリアルとゲームの設定を融合させた施策は面白いかもしれない。このおしらせを受け取ったユーザーがSNSで拡散すれば、ある種の話題にはなる。吉と出るか凶と出るかはともかく、こういう謎めいたアプローチは新しい。


「なんか面白いことが起きそうですね」


 言いながら「はい」を選ぶ。

 瞬間、ディスプレイの画像がモザイク状に変化した。驚きながら霧谷を見る。


「では、宇喜多さん、どうか世界を救ってきてください。君が頼りです」


 なにを言ってるんだ?


 その問いを口にする前に、スマートフォンから発する光の洪水に視界が飲まれ、目をつぶってしまった。


 瞼越しの光が消えた瞬間、幸一は尻もちをついた。思わず「痛っ」と声を漏らしてしまう。今まで会社の会議室にある椅子に座っていたはずだ。だが、その椅子はなくなっており、それどころかテーブルも——いや、会議室そのものがなくなっていた。


 見渡す限り瓦礫の世界。


 斜めに崩れたビルや建物。


 乱雑に隆起し、割れているアスファルトの道路。


 空は曇天よりもなお暗い灰色がかった紫色だ。


「なんだ、これ……」


 夢かと思って体を触ってみる。


 感覚がある。


 夢ではない。


「えぇぇぇぇぇっ!?」


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