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4話


 結論、希望はついえた。


 クソゲーだった。


 全部が全部クソなのではない。光るところはある。


 だが、全部が全部かみ合っていない。


 ワールドエクリプスは編成をいじって遊ぶデッキゲーのRPGである。


 主人公を含めた十三人のパーティーで、三人ずつ三組で分けられ、ターンごとに主人公以外のメンバー三人が入れ替わる。


 ユーザーはキャラクターのスキルを選ぶことができるが、オート戦闘も可能だ。というか、オート戦闘がメインの仕様になっている。1ターンごとに小隊が変わる不自由さがゲーム性を生み出していた。よくあるポチポチゲーだが、割と奥深い構造だとは思う。ユーザーを没入させるために必要なゲームサイクルの設計思想に、かなりの甘さはあるが、必要最低限のものにはなっていた。


 トータルの判断として、表面上の設計は悪くはないのだ。


 ただし、きちんとバランスが取れていれば――


 既にバランス崩壊の兆しが見えているのがすごい。


 ゲームシステム上、1ターンごとに小隊が変わるため、置きバフ、置き回復、なるスキルが存在する。今戦っている小隊へのステータスアップのバフや回復ではなく、次の小隊のためにステータスアップのバフを置いていくスキルだ。


 これが壊れている。


(バフの効果値が高すぎる。計算式が全部乗算式ってのがやべー。火力があがりすぎだろ……そこは加算式にしろよ。しかも属性や職種ごとに違うバフもあって、全部重ねられる。数種類の置きバフ置いて、小隊チェンジ後にバフかけて全体攻撃で敵を叩けば、2ターンで勝負がつくとか、ありえねーだろ……)


 バフスキルを持っているキャラクターがいなければ、成り立たない戦法だが、それらのキャラクターさえ引けば、問題はない。完全オート戦闘においてバフキャラの有用性が下がるかと思いきや、バフキャラのスキルを一つに固定させたままにしておけば、そのスキルを間違いなく使う。レベル上昇によって解放される二つ目のスキルを使えないようにしておけばいいのだ。レベルマックスよりレベル30固定のほうが使えるなんて、設計として崩壊していた。


(しかも、なんだ、このシナリオ。クソすぎる……)


 怒りのせいで吐き気をもよおすほどのゴミクズだった。


 おおかた安い外注ライターか、もしくはスキルのない社内のプランナーが書いたのだろう。後者の可能性も踏まえて「クソだ」とは口に出して言わないが、ひいき目に見てもクソである事実を変えることはできない。


(世界観は運営的には、けっこういいんだけどな……)


 ざっくりまとめると『ワールドエクリプス』は魔導書(グリモワール)と呼ばれる本を巡る物語だ。


 絶対的な力を持った魔法使いが己の全てをかけて作った魔導書。それは本という形をした異世界である。という設定が世界観の大本だ。


 この魔導書が悪さをして、主人公たちのいる世界に悪影響を及ぼす。ユーザーの分身である主人公たちは、そういう悪さをする魔導書を管理し、利用することを職務にした『魔装司書』という設定だ。魔装司書たちは魔導書の暴走を止めるため、魔導書の世界に行ったり、管理下においた魔導書に登場するキャラクターたちを召喚したりしながら、この世界の破滅を食い止めようとしていた。


 王道で中二要素も入っており、独自の設定も用意されている。更に長期運営を視野に入れると、悪くない世界観だ。


 魔導書という複数の世界が存在することでキャラクターのイラストにもバリエーションが作れるし、ストーリー的にもシリアスからコメディ、ラブコメ、なにをしても違和感が少ない。ガチャコンテンツメインのソーシャルゲームにおいて、様々な服装のキャラを無理なく出せる世界観はそれだけで優れていると言っていい。


(つーか、ここまで企画のコンセプトに『物語』があるのに、どうして、このゴミシナリオでOK出した? なにを考えてるんだ? アホなのか? この企画の『柱』は物語じゃないか! 違うのか!? 違わないだろ!! そこをどうして、ここまでスポイルした!? 意味が! わからないっ!)


 怒りのあまりカっと頭が熱くなった瞬間、自分と自分の感情を俯瞰して見る。



 アンガーマネジメントのコツは前社で世話をしたサイコパスクソ上司のおかげで、ほぼ完ぺきにマスターしていた。


(ふー、俺としたことが思わずキレちまったぜ。もう過ぎたことはしかたがねぇ。問題は問題として認識し、どう解決し、処理するのか、それを考えよう。そっちのほうが大事だ。いら立ちは全て仕事にぶつけよう)


 ネットの評判も幸一の感じた印象をそのまま映し出していた。


 ――バフキャラ環境。それ以外は使えね――


 ――魔導書のストーリー、クソすぎて読む気がしない――


(問題は現場かクライアントか……どちらにせよ、ソシャゲのシナリオに対する意識が低いのかもしれない。その認識のすり合わせから始めないとダメだな、こりゃ)


 昨今、ソーシャルゲームはストーリーコンテンツやキャラクターコンテンツとしても台頭してきている。


 『Fate/Grand Order』、略してFGOという怪物IPの登場により、ソシャゲにおけるシナリオは注目されはじめた。その前からシナリオに力を入れて、それが評価されるゲームがなかったわけではない。例えば『チェインクロニクル』などは王道のストーリーで、多くの評価を得た。これがソシャゲシナリオブーム、第一の波である。だが、その波は一部の優秀なディレクターやプロデューサーたちにしか認識されなかった。


 金儲けだけが大好きなアッパークラスな雲上人たちにも「しなりおもだいじ!」という考えを萌芽させたのは、FGO登場によるものが大きいだろう。それまで業界のシナリオの扱いがどれだけ低かったか、思い返しても涙が出てくる。


 いいシナリオライターに頼みたくても、予算が通らない時代があった。それが今では社内ライターを雇ったり、ネームバリューのあるライターに仕事を依頼したりできる。ありがとう、チェインクロニクルとFGO。


 ともあれ、幸一を含め、本当にRPGが好きなプランナーやディレクターはシナリオの重要性は理解していた。だが、実力はあっても値段の高いライターに頼むくらいなら、イラストの点数を増やしたり、クオリティをあげるほうがいいと考えるのはソーシャルゲームにおいては、至極真っ当で正しい判断だ。


 そして、そんな判断のもと、エクセルで予算管理をやっているうちに締め切り超過が予見された結果、当初よりもランニングコストが増え、先ずライター料が削られ、それどころかイラストの点数が減り、イラストは描けないけど、文章なら書ける、よし、シナリオは自分で書こう! とタスク超過のデスマーチかつ死にかけながら書いたシナリオはクソ不評でネット住民に鬼のように叩かれまくったことは今でも夢に見る。


(ダメージ計算式の見直しとシナリオの大改修は急務だ。嫌がられるだろうけど……)


 ダメージ計算式の変更は幸一がいろんな人に恨まれてしまえば、できないことではない。


(問題はシナリオだ)


 ソシャゲ業界において一度実装した商材を変更することは、ほぼないと言っていい。特に下請けで運営している場合、クライアントに予算申請をしても確実に蹴られる。


(普通に考えれば、まあ、通らん)


 幸一が新卒の時に入社した会社で、実装済みのシナリオ改修を提案したことがあった。幸一が書いたメインシナリオがあまりにも不評で、ネットの掲示板を見る度に心が痛くなったからだ。

 その時のプロデューサーは「それって売上あがるの?」の一言で幸一を斬って捨てた。


(だが、俺はあれから十年、この業界で生きてきた。サイコパスクソ上司を丸め込むための理論武装で培われたものがある)


 説得するためには資料が必要だ。


(ここの社長ってマーケティングの知識とかあるのかな? なければ、数値予測をいじって予想売上を低く見積もって危機感煽れるんだけど……)


 幼稚園児にもわかるように図とグラフを並べた資料を作らなければならない。


 それが入社初日でみつけた仕事だった。


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