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3話


 結局、幸一に対して色よい返事をしてくれたのは偽物のスーパーサイヤ人社長、霧谷だけだった。


 どこも面接時にはいい反応なのだが、その後、採用通知の段階になると、みな、手のひらを返したような返答になってしまう。

 ベストな結果ではないが、霧谷の提示してくれた給料は高いし、肩書もディレクターになるらしい。こういう肩書は次の転職活動の際、非常に役立つ。


(まあ、最悪、二、三年働いて転職だろうな……)


 そんなことを考えながら、入社する旨を霧谷にメールで伝えた。


 それから二日後、幸一は浅草橋にいた。

 株式会社ワールドディフェンダーの最寄り駅がJRの浅草橋だからだ。

 以前の会社は地理的にもIT企業独特のリア充かつポップで意識高い感じの雰囲気ある街だった。正直、嫌いだった。ハロウィンで電車が混雑した時には、毎秒二回ペースで「リア充爆発しろ」を心のなかで唱えたほどだ。


 その点、浅草橋は心が落ち着く。


 駅前には安くて小洒落てない飲み屋が連なっているし、オタクの聖地秋葉原にも近い。スーツ姿のサラリーマンをよく見かけるし、みんな幸一同様、少々くたびれていた。


(浅草橋よ、俺は帰ってきた!)


 面接の時に初めて来た街だが、心のホームグラウンドと言っていい。


 そんなおっさんの街の空気を吸いながら会社へと歩いていく。

 裏路地に入ると、空が建物と電線に切り取られ、とたんに狭く、暗くなった。クリーム色の雑居ビルは、長年風雨にさらされたせいなのか、それとも梅雨時の曇り空のせいなのか、黒くくすんで見える。駅から五分ほどの場所にある雑居ビルの三階にワールドディフェンダーがあった。


(入ってみたらブラックだったってことはないよな……)


 そんなことを考えつつエレベーターに乗る。三階で降りると『ワールドディフェンダー』と書かれた扉が、目の前にあった。微妙にダサいロゴとデザインだ。幸一は短く深呼吸してから扉の横にあるブザーを押す。しばらくすると扉越しに気配を感じ、カチャリとカギの開く音が聞こえた。


「はい」


 扉を開けてくれたのは、二十代前半、下手すれば十代にも見える女性だった。

 背は低い。150センチ前半くらいだろう。だが、胸部の自己主張がすさまじい。ネームプレート入りのカードキーが腹部にくっつかず、宙に揺れている。


(おっぱい、でっか!)


 彼女いない歴イコール年齢の幸一にとって目の毒だ。揺れる社員証には綿貫(わたぬき)双葉(ふたば)と書かれていた。水色のブラウスに白いガウチョパンツ。栗色の髪の毛を肩辺りまで伸ばしており、じゃっかんウェーブがかかっている。かなりの美人だ。

 双葉は驚いたように目を丸くする。幸一は慌てて笑顔を張り付けた。


「おはようございます。本日からお世話になる宇喜多です」


 瞬間、双葉の顔が花咲くような笑顔になった。少しだけドキリとしたが、当然、表情には出さない。無感情な笑顔を張り付けるのは得意なのだ。


「あ、聞いてます、聞いてます! 私、プランナーの綿貫です! よろしくです!」


 勢いよく頭を下げてきた。


「こちらこそ、今日からよろしくお願いします」


 笑顔の双葉に室内へと通された。


 パーテーションで区切られた区画を抜けると、いくつもの机が並べられていた。ノートパソコンだけの席もあれば、タワー型のデスクトップを使っている席もあった。全部で十人強。二十人まではいない。ソシャゲ業界のベンチャーらしい小さな会社だ。


 オフィスの奥にいた霧谷は幸一の姿に気づき、立ち上がると笑顔で近づいてくる。あいかわらず髪型はホストのようにキマっていた。


「おはようございます、宇喜多さん。今日からよろしくお願いしますね」


 霧谷は視線を双葉へと流し、ウィンクする。


「綿貫さん、パソコンのセットアップとか諸々教えてあげてね」

「はい」


 元気よくうなずく双葉の姿から、悪い会社ではないような気がした。

 ソシャゲ業界のプランナーというのは例外なく激務だ。そんななかでも双葉のように活力みなぎっているのは、会社の雰囲気がいいからだろう。


「では、宇喜多さん、いろいろ終わったら契約書に署名捺印してほしいから、声かけてください。あ、印鑑、持ってきました?」

「はい」

「おっけー、よろしくお願いしますねー!」


 軽薄なテンションで霧谷は自分のデスクへと戻っていった。面接の時から軽いと思っていたが、更に軽くなっている気がする。


 双葉は幸一に「こっちです」と笑顔でうながしてきた。


「ここが宇喜多さんの席です」


 幸一の席の隣には、ショートカットの女性が座っていた。エクセルを開き、キーボードを叩いている。こちらの気配に気づいたのか、顔を向けてきた。


(地獄知ってる顔だ……同じ霊圧を感じる)


 瞬間的に悟った。彼女は仕事ができると。

 切れ長なアーモンド状の目。シャツとスキニーパンツというラフな格好。ぱっと見鋭い印象を与えるが、和服が似合いそうな美人だ。黒い髪の毛をかなり短く切りそろえているが、ボーイッシュに見えない艶がある。だが、漂う雰囲気に業界の地獄を見てきた者特有の消せない濁りがあった。


三枝(さえぐさ)先輩、こちらは新しいディレクターの宇喜多さんです!」

「宇喜多幸一です。よろしくお願いします」


 三枝と呼ばれた女性は椅子から立ち上がり、首にかかったネームプレートを手に取り、見せてくる。歳の頃は二十代前半から中盤くらいだろう。双葉より雰囲気が落ち着いていた。


三枝(さえぐさ)美鈴(みすず)、プランナーです。今、忙しいので細かいことは綿貫さんから聞いてください。よろしくお願いします」


 抑揚のない物言いでそれだけ言い、頭を下げると、すぐさま椅子に座って作業を再開していた。


「こんな感じですみません。次のイベント実装までに終えないといけない作業があるんです」


 謝罪しつつもキーボードを叩く音は続いている。幸一は「お気になさらず」と苦笑いを浮かべた。プランナー三人の席順は幸一を中心に左に双葉、右に美鈴という並びだ。幸一は自分の椅子に座り、業務用のチャットにログインする。更に会社用のグーグルアカウントを取得する。などなど、それら細々とした雑務は一時間もかからず終了した。


「あ、もう終わったんですか! 早い! 私の時は三枝先輩にいろいろ聞きながら四苦八苦でしたよー」

「前の会社でも同じチャット使っていたので、慣れですよ。慣れ」


 苦笑いで返し、疑問に思っていたことを尋ねることにした。


「そういえば、面接の時、実際、どんなゲームを作っているか教えてもらえてなかったんですが……」

「そうなんですか!?」


 驚くのも無理はない。幸一だって入社前に触れて内容を把握しておきたかった。だが、結局、霧谷には教えてもらえなかったのだ。


「ワールドエクリプスってゲームですよ!」


 聞き覚えのないタイトル名だ。そんな幸一の反応を察したのか双葉は苦笑いを浮かべる。


「あんまりCMとかしてないみたいなので、もしかしたら知らないかもですが……」

「すみません。ダウンロードして遊んでみます」


 アップルストアのプラットフォームで検索をかけると、すぐに見つかった。アイコンやPRの画像などは悪くない。だが、レビューの点数が軒並み低かった。


「これ、リリースされたのいつですか?」

「十日ほど前です」


 笑顔が固まる。嫌な予感がしてきた。

 レビューが低くなるのは、運営への信頼感が低いか、単純にゲームがつまらないかのどちらかだ。ガチャの確率が渋いなども、広義で運営への不信感に入るだろう。だが、ローンチされて十日ほどで信頼もクソもない。 


「うちって、このワールドエクリプス以外、なにか開発走ってたり、運営の委託とか受けたりしてますか?」

「え? これだけですよ」


 さも当然と言いたげな笑顔で答えられた。


(大丈夫か、この会社……)


 ソーシャルゲームの開発は博打だ。

 今や業界はレッドオーシャン。以前はシンプルなカードゲームでも売れたが、最近では、ただ絵が綺麗なだけ、ゲームが面白いだけでは売れなくなってきている。ゲームそのものが面白いことはもちろん、それ以外にも新しくてハイクオリティなものが求められる時代になったのだ。


 その分、開発費はかかるし、以前のようにオリジナルゲームで月商うん十億を売上るタイトルが出てくることも少なくなっていた。


 特に十人ほどのベンチャーの場合、自己資本でゲームを作ることは、まずないと言っていい。大きな会社から開発や運営を委託されることがほとんどである。


 要するに、金を出しているクライアント企業が「売れないからクローズ」と言った瞬間、仕事を失うことになる。そのため、開発や運営を委託される中小企業はリスクヘッジのため、複数のタイトルを平行して走らせるのが普通だ。


「このワールドエクリプスって、どこが金出してるんです? クライアントってどこですか?」

「ミームクリエイトさんです」


 よく知っている会社だ。業界でも有名な一部上場企業である。

 ITバブルの時に広告事業で業界を席巻し、その後、様々な分野に進出し成功したそうだ。ソーシャルゲーム黎明期から独自のプラットフォームを作ったりして、先見の明もあった。業界的にはかなりの重鎮企業である。だからこそ——


「パブリッシャーとしてはあまりいい噂のない……」

「パブリッシャー?」


 きょとんと双葉が小首をかしげる。どうやら知らない単語のようらしい。


「ざっくり言うとゲームを販売する会社のことです。企画や宣伝、販売。据え置き機のコンシューマーゲームの場合は流通まで行いますね。実際の開発は下請け会社に任せることが多いです。その実際にゲームを作る会社をディベロッパーって言います。ワールドディフェンダーはディベロッパーですね」

「へぇ、そうなんですね。勉強になります」


 感心していた。業界用語を知らないということは、おそらく新卒なのだろう。


「でも、やっぱり、宇喜多さんもあまりいい印象もってないんですね」


 双葉の発言を受けて、失言だったなと後悔した。双葉が「やっぱり」と言っているあたり、実害が多いのだろう。業界あるあるだ。


「まあ、そういうのはミームさんに限らずですよ。下請けはクライアントの悪口を言うものなので、忘れてください」


 苦笑いでごまかした。


「まあ、結局のところ、クライアント側のプロデューサー次第ですからね。ほら、悪い噂ってそれだけで拡がるものですから」


 フォローの言葉のつもりで言ったが、双葉の笑顔が露骨に作り笑いになった。どうやらプロデューサーに問題があるようだ。

 はげしく嫌な予感がしてしまい、過去のトラウマが軽くフラッシュバックし、笑顔が引きつりそうになる。


「とりあえず、プレイしてみますね」


 取り繕うように言いながらアプリをダウンロードした。


(転職、失敗したかもしれない……)


 とはいえ、今更悔やんでもしかたがない。さすがに入社一日で辞めるなど三十を越えた男のやる蛮行ではなかった。


(思考を切り替えよう。今は与えられた仕事をこなすしかないんだし……)


 幸一の肩書はディレクターである。

 ソーシャルゲームにおけるディレクターは現場監督だ。


 プロデューサーや上層部の無茶振りを、どうにかこうにか形にし、売上を担保していく。それが業務命題だ。


(まあ、ローンチから十日。仮にこれがクソゲーでも、まだ立て直せる……)


 そう思わないとやっていられない。

 幸一はワールドエクリプスを起動させた。


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