2話
「僕と一緒に世界を救っていこう!」
力強い目だった。本気の目だ。だが、素っ頓狂な言葉である。
爽やかな微笑を浮かべる男の名前は霧谷無行というこれまた変わった名前だ。まるで坊さんの名前だ、と対面に座る宇喜多幸一は思った。だが、その見た目はチャラい。髪の毛は金髪だし、ワックスで固めているのがわかる。テーラードジャケットの下は無地のTシャツで、手首にはなにか輪ゴムのような小物をつけていた。
摺りガラスで区切られた小さな会議室。横たわる無言が、香水の甘い香りを更に印象付けてくる。
「僕と一緒に世界を救っていこう!」
真正面から重ねて言われた。
(なかなかにアレな雰囲気の人だ……)
再就職活動中である。
社長面接である。
その最中に「世界を救おう」と言われるなど誰が予想するだろうか。
トップやリーダーにはビジョンが必要だとかよく聞くが、それにしたって素っ頓狂すぎるだろう。そんな予想外な言葉を投げかけられ、齢三十二を迎えた幸一の取る行動は――
――諂笑である。
へつらうように笑うことしかできなかった。
「期待してますよ、宇喜多さん。必ず僕たちで最高のゲームを作っていきましょう!」
引き続き霧谷は爽やかな笑顔で、情熱のこもった声を発していた。
「えっと……これで採用ということでしょうか?」
「はい。宇喜多さんを見た時、感じたんですよ! 適格者だって!」
興奮気味な口調だ。怖い。
幸一は自分がクソオタであるという自覚がある。だが、そんな自分以上にやばい奴かもしれないと思った。
そもそも適格者とはなんだ? と疑問に思うが、問い返す勇気もない。
「私も宇喜多さんが携わっていたスターライトマインは知ってます! 是非、一緒に働きたいです!」
四年前にリリースされた街づくりソーシャルゲーム『スターライトマイン』は、今でこそ勢いを失っているとはいえ、一時期はアップルランキング十位から落ちたことのない覇権ゲームだった。その黄金期を自分が作り出したという自負はある。だが、今となっては思い出したくないことのほうが多い。
「こちらとしては宇喜多さんと是非一緒に働きたいと思っています。問題なければ、今日、採用を決めたいのですが……」
幸一個人の感性でいえば、エキセントリックなノリの霧谷のことを面白いとは思った。
だが、それはそれ、これはこれである。
社会人として正しい判断をしなければ、令和の日本を生きてはいけない。
「……少し考えさせていだけますか?」
ほかにも何社か面接を受ける予定だったのだ。
「わかりました。では、いつごろ返答をもらえますか?」
「……来週の火曜日には」
残りの面接は終了している。
「是非、いい返事をお待ちしてます!」
いい笑顔だった。
だが、幸一の知るサイコパスな人々だって、最初はみんな笑顔だった。
そんな思い出したくない過去が、浮かんでは消えていった。