1話
指先一つで世界が変わるなんて、誰が思うだろうか。
「なにこれ……」
羽生花音は野原に立っていた。
おだやかな風が頬を撫で、青空の下で白や黄色の花々が揺れている。だが、異常だ。おかしい。数秒前まで花音は自分の部屋にいたはずだ。その証拠に部屋着のショートパンツ姿。当然、裸足だ。足元の柔らかな草と乾いた土の感触が妙にリアルだった。
頭の回転が追いつかない。
花音は十七歳で実家暮らし。今日も動画のネタを探すためにソーシャルゲームをプレイしていた。
(そうだ、ゲーム……)
握りしめたスマートフォン上ではアプリが起動したままだった。
『ワールドエクリプス』
今日、リリースされたばかりのRPGだ。
ソーシャルゲームのプレイ実況動画に使えるか、確かめるだけのつもりだった。ストーリーも流し読みだし、チュートリアルのガチャで外れを引いてしまい、見切りをつけた。アプリを削除しようとしたところで、運営から新たな通知があることに気づいたのだ。ガチャ用のジュエルプレゼントかもしれない。期待しつつタップしたら変なメッセージが表示された。
あなたは適格者に選ばれました。
この世界の敵と戦うことのできる数少ない戦士です。
どうか魔装司書として力を貸してください。
はい いいえ
なんとなく「はい」をタップした瞬間、画像が歪み、ディスプレイが輝いたのだ。
そして、今、見知らぬ草原に花音は立っている。
(どういうこと? これ、なに? え? 嘘? これが噂の異世界転生?)
ネット小説を読んだことはないが、アニメ化した作品はチェックしていた。
(どうしよう!! 私、なんの知識もないんだけど!?)
異世界転生ものでは、現代の技術や知識を利用して無双したり、特別なスキルを付与されるのがお約束だ。
「ステータス画面とかないの!?」
MMORPGのようにステータス画面が表示されるというテンプレートも知っている。いろいろ辺りを見回したが、それらしいものは見当たらない。
「……どこいっても私の人生詰んでるじゃん。もうマジ、クソゲーすぎる。つらい」
女神も現れないし、ステータス画面もないし、乙女ゲーの悪女に転生しているわけでもない。これならゲーム実況動画をネットにあげて、コメントシャワーを浴びながら承認欲求を満たしているほうがマシだった。
「てか、そもそも異世界とか行きたくないし! イケメンハーレムに耐えられるならコミュ障なんてしてないもん!!」
イケメンが目の前にいるというだけでテンパり、無口になるようになったのは、いつからだろうか。いや、イケメンどころか同性の美少女だって苦手だ。ドキドキする。
(こんな状況で人生振り返って鬱になるとか、割と余裕あるよな、私。あれ? これが走馬灯ってやつ? あ、それだと私、死ぬじゃん……もうマジ病む。てか病んでる)
Twitterのフォロワーに助けてもらうしかない。
そう思ってスマートフォンに視線を向ける。未だにワールドエクリプスの画面だった。
だが、先ほどまで表示されていなかったキャラクターが映っている。
デフォルメされたフクロウだ。
眠そうな顔をしたフクロウが、画面の中央でフヨフヨと上下に揺れていた。いつもの癖でタップした瞬間、再び画面が光る。
まぶしさに閉じていた目を開くと、フクロウと目があった。
スマートフォンの画面内ではなく、現実として目の前に浮いているフクロウと。
「え?」
3Dアニメのようなフクロウが、目を細めて笑う。
「僕と一緒に世界を救っていこう!」
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