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「前から聞こうと思ってたんだが、なんでこの時は力を使わないんだ?」

アリアは、近くの岩に腰を下ろし、ジェイルを見守りながら、そう問い掛ける。

その手には青く透き通った一握りの水晶玉のようなものが握られていた。

それは色こそ違うものの、アリアの胸に埋め込められているものと同一であることが見て取れる。


ジェイルは小太刀の鞘で時間をかけて掘った穴の底に、少女の骸を横たえ、足から丁寧に土を掛けて埋葬している最中だった。

頸部を両断されてはいるが、その部分はジェイルの板鎧のインナーを切った布で丁寧に隠され、彼女の表情は眠っている様に穏やかだった。

やがて土が少女の亡骸を覆い尽くすと、ジェイルは素手で土の表面を固めてから、百キロはある岩を両手で抱え、レイアが眠っている場所に優しく置く。アリアに大部分を癒されたとは言え、死闘により傷付き疲弊したその身体では、相当辛そうに見える。額には汗が滲み、息が上がっている。

そしてジェイルはその場で跪き、両の掌を合わせて指組みをし無言で祈りを捧げた後、ようやくアリアに対して返答する。

「それは駄目だ。怨みが無いと言えば嘘になるが、勝敗はもう決した。弔う時ぐらいは、一人の人間として、こうしてやりたい──」

「…ヤツにも、そうしてやるつもりなのか?」

「それは…」


ザッ


「──ジェイル!」

物陰から飛び出したのはいつの間にか接近していたルチルだ。


「ルチル!撤退していなかったのか…!」

ジェイルが驚きを隠さず言う。

「ジェイルが倒れた時、正直もう負けたと思ってしまった。仲間の勝利を信じられなくて本当に申し訳なかった。二人とも、死ななくて本当に良かった…!」

真っ赤に充血した目と、頬の涙の筋が乾いていないルチルは、心底嬉しそうに微笑んでジェイルとを見つめた。するとジェイルは、放心したように真っ直ぐにルチルを見つめ返す。

そのまま数秒が経った後、何故か昏い表情でルチルから大きく目を逸らし、返答する。

「ああ…ありがとう…」

「?」

不思議そうにするルチルに、アリアが声をかける。

「──それでルチル、わたし達の戦いを全部見たのか?」

ルチルは、覚悟を決めたような表情を見せ、ゆっくりと頷き、返答する。

「初めから、ジェイルが負けそうになるまで、全部──」

「そうか…ルチル、悪いことは言わない。今日見たことは忘れた方が──」

会話に復帰したジェイルはそう言って忠告しようとするが、ルチルは彼の台詞を遮って言葉を発する。



「──アリアはかつて「祟り神」と呼ばれた先史の兵器……そうなんだろう…?」

「…!」

ジェイルは絶句した。まさかルチルの口から直接、その単語が出て来るとは。

「何故…どこで、それを?」

「一族に伝わる、先史についての古い本に記述があったのを思い出したんだ。生前の父は、眉唾物だと断じたが…」

「すごいぞゼル。その名前を他人から聞くのは本当に久し振りだ!」

アリアが目を丸くして反応する。

「それを踏まえて──ここからは推測だが、アリアには物質の重さを変える力があって、ジェイルとはその力を共有してる。ジェイルはアリアと何らかの契約の様なもので繋がっているんじゃないか…?」

ルチルのさらに踏み込んだ推理に、ジェイルとアリアは、最早それを隠そうとはせず、素直に称賛する。


「…!まさかそこまで看破されているとは…ルチル、自分は君を相当に優れた魔術師と見ていたが、それでもまだ、侮っていたようだな…」

「流石は新進気鋭のラーズ隊専属魔術師と言ったところだな」

アリアは腕を組みながら、自身の言葉にこくこくと頷く。


「…持ち上げるのはよしてくれ。考察をひけらかしたいだけならこんな事、とても言えない…国家の機密を知った部外者の末路なんて、大体無残なものだろう…」

二人の称賛にも全く嬉しそうな顔を見せず、むしろ緊張した面持ちでそう言うルチル。

「そもそもゼルがわたしのことをバラしたんだしな。そんなに怖がらなくてもあのヒゲ坊は口封じとか考える様なタイプじゃないから大丈夫だ。確かに機密だが、同盟国とは徐々に情報共有をしているし、その内に全人類の知るところになるだろうからな」

「ヒゲぼ…アリア、仮にも国王陛下だぞ…」

ジェイルが、珍しく焦った様子でアリアを嗜める。

「わたしからすればまだまだ若造だ。ただ、真っ直ぐないい国王であることは間違いない…羨ましい限りだ──まあそれはそれとして、ルチルがそれをわざわざ言ったのは…もっと供犠やわたし達のことが知りたいんだな?」

アリアにどう伝えればいいものか、と考えあぐねていた意図を見抜かれて、ルチルはかなり焦った様子を見せる。

「アリア、本当に厚かましいお願いというのはわかっているし、部外者としての立場を理解している。すぐじゃなくていい。だから…」

そう懇願するルチルの台詞を遮り、根負けした様子で頭を掻きながらジェイルが言う。

「──まあ、こうなったのも何かの縁という事だろう。しかしな、今は自分達も疲弊し切ってる。話もいいが、まずは王都に戻って休息を取りたい」

「も、もちろんそうだが…馬車はもうとっくに出てしまってる。そもそもどう…あ、王の勅命なら…」

「そう、当然代わりの迎えが来てくれてるぞ」

当然と、アリアが答える。

「神殺しの任務は日程が全く読めないからな。そもそもガセネタの方が多い。別の地点で、いつものヤツが来てくれている筈だ。ルチルにも紹介する」


些か数が減ってしまった一行も、結果を見れば一人の死者を出すことなく、ようやく全員が帰路に就く事となった。

回収地点への道中、最後尾を歩きながらジェイルは項垂れ、遥か遠くに思いを馳せる。

「ラピス…自分ももうすぐ…」



王都



馬車がいつ停車したのか、すっかり眠ってしまっていたルチルは全く気付かなかった。

「さあて嬢ちゃん、長旅も終わりだ」

ジェイルと旧知である、国王直属諜報部隊副隊長マーティスが呼びかけると、ルチルはようやく目を開ける。

長旅で疲れ切っているが、この数日は、彼女の人生の中でも最も密度の濃いものだった。

彼女が慌てて荷物を手に馬車から降りて辺りを見渡すと、ジェイルはすっかり支度を整えてマーティスと話をしているところだった。

その側にはアリアも頭の後ろで手を組んで気怠そうに立っている。

「おー、ルチル、お目覚めか」

彼女はこちらに気付くと、いつもの人懐っこい笑顔で言う。


「マーティス、いつもながら助かった」

ルチルの降車を確認するとジェイルは、軽く頭を下げて謝意を示す。マーティスの年齢はおよそ四十手前、ジェイルよりも歳上だが、口髭を蓄えているので実際よりもかなり上に見える。身長は平均より少し高いぐらい、体格も平均的に見えるが、王直属の諜報部副隊長の名は伊達ではない。

事実、彼のゆったりとしたジャケットの内部には、無数の暗器が犇めいていた。

「水臭えぞジェイル、気にすんな。それよりお前も目眩がまだ治ってないな。目線の運びがおかしい…大事を取って数日は休め。お前に倒れられると洒落にならん。王には数日後に登城すると伝えて、事前に報告書は出しとく」

「すまない、また礼はする」

「たまにゃ東方のいい酒が飲みたいな、一杯奢れよ。それと、魔法使いのお嬢ちゃんもしっかり休んどけよ?」

口の端を吊り上げるような笑いを見せ、マーティスは颯爽と馬車を出した。


「で、これからどうするんだ?ゼル」

「マーティスの言う通りにする。市場で食材を買い込んでから家で休む。いつも通りな。──今回は自分も特に疲れた」

「ゼルの好きな引きこもり生活というヤツだな」

「その通りだ。そもそも自分は根暗なんだ」

「…」

二人の会話を、ルチルはそわそわしながらも黙って聞いている。


アトラス王国──

その人口は400万人を上回る。総人口が極端に減った現代では相当な数だ。

建国よりおよそ三百年、アトラスは着実に人口を増やし続け、国を豊かにし続けてきた、世界有数の大国と言える。


ここはアトラス王国の王都サルヴォの中心部から少し外れた山間部の麓。周囲に他の民家はなく、森の中の泉の傍らに、ジェイルの住処はあった。

その周辺には大小様々な切り株が其処彼処に残っており、この空間が人の手によって作られたものだと理解出来る。

しかし見る者が見れば、その切り株の異様さに言葉を失うだろう。

通常の鋸や斧を使った『追い口切り』と呼ばれる技法では、木の倒れる方向をコントロールする為、必然的に切り株に段差が生じる。

しかしこの一帯の切り株は、どれもこれも丁寧に極細目のヤスリを掛け、仕上げたかのように滑らかだった。

そして、住居と言ってもその外観は、分厚い灰色の煉瓦を積み上げて作られた、砦を思わせる武骨な佇まい。

敷地内にある一際大きな切り株には、鍛錬用だろうか、錆び付いた巨大な両手剣と肉厚の斧が深々と突き刺さっている。

その傍らには、直径3センチ、長さが2メートルほどの鋼の棒の両端に、円盤状のプレートを左右均等に据え付けた物体が無造作に地面に置かれていた。

プレート部分は、大小様々な種類が用意されており、任意に付け替えられるようだ。

「ジェイル、あれは?」

ルチルは興味深そうに問い掛けるが、彼の回答を、アリアが素早く遮る。

「よくぞ聞いてくれた。人間の身体は脆いからまずは鍛えなくては話にならん。しかし皆がやるような武器を使ったトレーニングだけでは不十分で非効率だ。これはバーベルと言って全身の筋力を効率よく鍛えるのに最適なんだ。なんなら今日からルチルも」

「…」

ジェイルがじろりとアリアを見ると、アリアは唇を尖らせておどけてみせた。



「疲労が取れるまでわたし達の家に来るといい。募る話もあるだろうしな」

「基本的に客が来る想定で作ってないが、広さだけは確保してある。お互いに有益な情報を交換したい。それに、古巣に戻るにしても、少し期間を設けてもいいんじゃないか?」

アトラス領内に到達したあたりでアリアとジェイルにそう言われたルチルは、しばらくはここに厄介になることにしたのだった。

マーティスと別れた後、一行は市場で食料品や日用品を買い込む。ジェイルはその佇まいとは裏腹に、王直属部隊の一員として財布の中身は相当のゆとりがあった。


「金を溜め込んでもあの世には持ってはいけないと言うが、自分は任務以外は鍛錬しかしてないからな。食費以外に使うところが全くない。まあ、これでも焼け石に水だが…」

そう言い訳をする彼の先導で訪れたのは、完全会員制の高級食材屋だ。

食材の全ては分量ごとに小分けにされ、生ものは適度な冷気と酸素不活性化の魔力が込められた小袋に詰められている。

魔具の中では比較的簡素な部類に入るとは言え、これだけで販売コストは何倍にも膨れ上がる筈だ。

そんな店に当然のように入店し、最上級獣肉の塊と大量の希少野菜を躊躇なく籠に放り込んでいく様を見たルチルは、卑しいと自戒しながらも、今宵の晩餐に期待を抱かずにはいられなかった。


死闘を経て、休息の時。そこに良質な食事は必要不可欠だ。

「──本当に自分も意外だったんだが」

言葉を一旦区切り、食事用には少々、鋭利過ぎるほど研がれたナイフで切り分けた最高級獣肉ステーキを、ジェイルは口に放り込む。

途端に広がる肉の旨味、香り。

有機オニオンで丹念に作られたステーキソースは、絶妙な加減の塩気と甘みを肉にもたらし、肉そのもののポテンシャルをさらなる高みへ引き上げる───。

『噛む』というよりは、肉自身が大量の肉汁を放出しながら解け、溶けていくような感覚。

これは素材の質の高さもさる事ながら、城下町の格式高いレストランのシェフにも劣らないような技術によって成された珠玉の一品だ。

「──アリアの料理は本当に、美味い」

「…!」

同じタイミングで同じ料理を食べたルチルは顎の筋肉以外は微動だにせず固まっている。

アリアは真っ白のエプロンを身に纏い、二人に向かってしたり顔だ。


「まあ、わたしはモノを食べなくていいんだけどな」

先程のステーキに勝るとも劣らない料理の数々を、手際よくテーブルに並べながら、アリアが言う。

「まあ、味覚は有るのだから皆で食べながら話そう。ああ、そう言えば、その話もかなり大事だったな」

ジェイルは思春期の少年の如く、口一杯に詰め込んだ仔羊の葡萄酒煮込みを、感慨深げに飲み込んでから、アリアに応答する。

「本当に、人とは違う存在なんだな…」

こちらもアリアの料理を心ゆくまで堪能しようとしていたルチルだが、一旦手を止めて真剣な表情で二人に問う。それを受けたジェイルは、アリアが椅子に掛けたのを確認してから切り出す。

「ルチル、理解していると思うが、今日この場の話は誰にでも話せることではないから、理解した上で聞いて欲しい」

その言葉に、ルチルは真剣な面持ちを保ったまま、大きく深く頷いた。


長い晩餐が終わり、ルチルは極上の食事と、自らが生涯を賭けて研究しているオルディウムの事実を知った余韻に浸りながら、充てがわれた客間の椅子に座り、これからの自分の身の振り方を思案していた。

「にわかには…信じられないことばかりだったな…」

ルチルはそう小さく呟き、先ほど二人に知らされた様々な事柄の一部を、脳内で反芻する。


アリア達、古代兵器祟り神のエネルギー源は、生き物の負の感情であること。

中でも人間のそれはエネルギーの質が段違いで高く、祟り神からすれば一番のご馳走ではあるが、祟り神が単独で大量のエネルギーを収集するには効率が悪い。

そこでアリア達の生みの親が生み出したのがオルディウムだ。

既存の生物の遺伝子情報を組み替え、異形の怪物へ変貌させられた彼らは、その生涯をかけ、人間を始めとする他種族の生物を可能な限り痛めつけて殺し続ける。

そうして近隣の波長が合った祟り神にそのエネルギーを引き渡す…。


「──生涯の仇が、まさかただの道具に過ぎなかったとはな…」

ルチルが大きなため息をついたその時。

突如、外から金属音が聞こえて来た。

ルチルが怪訝な表情で窓から外を覗こうとすると、背後からアリアがノックと共にドアを開ける。

「すまないルチル。今から少々うるさくなる」

「もちろん、全く構わないが、一体何が始まるんだ?」

「──ゼルの日課だ」

ニヤリと笑いながらアリアは静かにドアを閉めた。


「ウォームアップは済んだな?体調はどうだ」

「悪くはない。マーティスは心配してくれていたが、目眩もほぼない」

少女の問いに答えるジェイルは、戦闘時のものとは違う質の緊張感に包まれている。

彼は、先程ルチルが興味を示したバーベルと呼ばれる器具の両端に、金属製の分厚い円盤を、これでもかと言うほど重ねて固定している最中だ。その総重量、およそ170キロ。

「では前回同様、スナッチを9回やってみろ。出来るなら10回狙いでな」


──そこから二時間半みっちりと、ジェイルの全身を余す所なく鍛錬する高負荷のウエイトトレーニングが、アリアの指示のもと実施された。ジェイルの身体は上昇した血圧で赤く染まり、息も切れ切れ、両手で両膝を掴んでバテている。

「よし、ここまでだ。今回も自己記録更新だ…非常にいい。おそらくゼル以上に鍛え上げている者も、他にはそういない領域に来てるぞ!」

アリアは心底嬉しそうにノートに今回の記録を書き込みながら言う。人ならざる彼女ならばこの程度を記録する事は造作もないが、ジェイルが後に見返す為、という事らしい。

ジェイルはそこから15秒ほどで呼吸を整え、返答する。

「毎回のことだが、自分の若くない身体でそれが可能なのもアリアの回復術式があってこそだ。奢るつもりはない。本当にいつも、すまない…」

「ゼルはわたしの神子なんだから当然だろう。気にするな」


その後、ジェイルが風呂で汗を流している間、 ルチルとアリアはリビングでのテーブル着き、話し込んでいた。

「人間があれだけの領域に達することが出来るとは…あれならアリアの力がなくてもラーズを手玉に取るのも頷ける」

「そうだな、あいつらも中々に鍛え甲斐がありそうだが、ゼルには到底及ばない。そもそも神子相手じゃないと回復出来ないしな。肉体が壊れるまで執拗に鍛錬して、わたしが治す。その一連の流れを、気の遠くなるまで繰り返した結果が、今のあいつだ」

ルチルは、アリアの説明に二、三度頷いて肯定すると、目の前に出された弱い果実酒を一口飲んでから言う。

「しかし、地力を鍛錬するのも大事なのはわかるが、アリアの力の特性上、筋力はあそこまで必要ないのでは?」

「──目の付け所が鋭いな。確かにゼルはわたしの神力で、自重や、触れている物の質量を任意に増減出来る。斬撃の速度をより速く、より重く、より強力にしたい時、そうした神力の行使の技能さえあればいいと思えるが、実際はある要素がボトルネックになってしまう」

アリアの、ルチルの考察を促す意図の台詞に、ルチルは数秒考えた後に、答える。

「そうだな…もしかすると、地面…とか?」

その答えを聞いたアリアは嬉しそうな様子で、若干早口で喋り立てる。

「うん、流石ルチルだ。例えばゼルの双剣の質量は、通常戦闘時でも瞬間的におよそ百倍まで膨れ上がる。それに合わせて肉体の質量まで百倍、もしくはそれ以上に出来れば、剣を扱うのは比較的容易い。が、だからと言って安易に身体の質量を増すのは危険過ぎる。地盤の強度によるが、踏み込んだ足が地中に容易に沈んでしまうからな。だから通常戦闘時の肉体の質量は、地面の強度以上には増大させられない。という事は、ジェイルの自力が、より重要になるわけだ。常人なら腕部の脱臼や筋断裂は不可避だろうな」

「なるほど、だからあれ程までに鍛え上げる必要があるのか。…通常戦闘、という括りでの話ということは、例のあのグロテスクな鎧を使う時は、例外になるということか?」

「グロテスクとは、アレのカッコ良さがわからないとはルチルもまだまだ青いぞ」

ルチルの言葉に、アリアは溜息をつく。

「…何百年も生きてる君からすれば青くない者など皆無だろうに…」

ルチルの至極真っ当なツッコミに、アリアはそれもそうか、という表情で続ける。

「…まあいい。ちなみにあの鎧、蟲鎧は肉体の強度を飛躍的に向上させるし、私の神力で地面も補強出来るようになる。撚り糸も出せるし。凄いだろう?でもその分、燃費がすこぶる悪いんだ。例えば神殺しの際、倒した相手の神玉を回収出来る時ぐらいしか使えない」


ガタッ

風呂場の方からジェイルが立てる音がする。間もなく出てくる様子だ。


「──最後に、尋ねたいんだが、そこまで鍛錬に次ぐ鍛錬を重ねて、ジェイルは一体、何を成そうとしているんだ…?」

ルチルの核心を突く質問に、アリアは珍しく数秒間、何かを考える様子で黙った後、ジェイルには決して聞こえない声量で、ルチルに告げる。


「…ゼルはかつての恋人を、私の同類どもに殺されたんだ。彼女の名はラピス──。ルチル、君と同じくエルフ族の魔術師だ。ゼルはその仇、光の祟り神セラの首を獲る為だけに生きている」



2日後 アトラス城、謁見の間



「ようやく来てくれたか」

威厳を湛えて玉座に腰掛けるのは現アトラス国王、トーン=タイタニウス4世。優れた大臣達を従えた、慈悲と仁義を有する名君である。

「近衛特殊作戦員ジェイル=クロックフォード。只今馳せ参じました」

入室したジェイルは右膝を突き、国王へ最敬礼する。

「うむ。ジェイル以外の者は、話が終わるまで下がれ」


その指示に従い、護衛の兵までもが皆、謁見の間から退室する。

「さてジェイル、今回もよくぞ成し遂げてくれた。堅苦しいのはナシだ、楽にしてくれ。あくまで私の客人としてここにいてもらっているのだからな。マーティスから話は聞いておるぞ。今回も、相当な死闘だったそうだな」

嬉しそうな国王と対照的に、暗い顔のままのジェイルが答える。

「やはり一筋縄では行きません。何度も言いますが、相当弱体化されたとはいえ、かつて世界を滅ぼした連中ですから」

「その通りだな。そうか。ジェイルとアリアがデパスから流れてきてもう十年以上になるか。時が経つのは早い…。今回は風、か。あとどれ程繰り返せばよいものだろうな…」

「アリアの話では、封印された祟り神は合計27体。既に滅ぼした9柱を差し引いて残り17柱…」

「気が遠くなるな。──時にジェイル、仇は、見つかりそうなのか?」

「…正直、不安ではあります。毎回毎回、紙一重の勝利ですので。それまでに私の命がもつかどうか」

「本当に苦労を掛けるが、頼む。どうか成し遂げてくれ。人が未来へ歩んで行くには、祟り神やオルディウムはあまりに、あまりに荷が重すぎる──。例え全ての人々が手に手を取り合っても…」

「王のお考え、承知しております。ご安心を。仇どもは生かしておくつもりはありません。例え私の四肢が朽ち落ちようとも」

「──私はこれを成すことがタイタニウス4世としての責務と理解している。必要なものは全て用意させよう。天敵に怯え、縮こまって生き永らえるのではなく、我々人類は誇りを持ち、もっと胸を張って暮らすべきなのだ。例え、人類や亜人類同士の争いが激化するとしても…」


東の同盟国、ヘイザー共和国領土内の火山帯にて、祟り神の気配ありとの報告あり。詳細は追って沙汰する──ジェイルとの密談の締めくくりに、国王は彼にそう告げた。


別室に案内されたルチルも、多額の褒賞を受け取ったようだった。本来であれば報酬は、部隊長のラーズがまとめて受け取るべきだったが、帰投中の馬車にて、彼女がラーズ隊を一時的に離脱した旨をマーティスに伝えておいたところ、臨機応変に対応してくれたらしい。

「ジェイル…私はほぼ何もしてない気がするんだが、こんなに、こんなに貰っていいものだろうか…」

彼女が両手で持っているのは、上質な皮袋に詰められたアトラス大金貨が100枚。これは贅沢をしなければ成人一人が2〜3年は働かずに過ごせる程の金額となる。

「当然、口止め料も上乗せされてるだろうが、十分適正だと思う。オルディウムの群を逃すことなく仕留められたのもルチルの、ラーズ隊のおかげだ」

「それなら、まあ、いいのだろうか…?」

イマイチ納得しきっていない表情で言うルチルを連れ、二人は城下町へ向かう。

「そういえば、あのオルディウムの群は一体なんだったのだろうな?」

「オルディウムの存在は、祟り神の信徒のようなものだ。レイアの神力と波長の合った猛禽類型の個体が寄り集まり、風の祟り神のために集めていたのだろうな…」

「──生物の、絶望を…。昨晩聞いた時は、いや、今も実感が湧かないな。しかし、奴等の性質の捩じくれ具合を考えると…納得がいってしまう…」

「そうだ、昨晩は失念していたが、オルディウムの研究をしているなら、オルディウムに共通して正体不明の器官があるのは知っているだろう」

「胸部の、あの骨で出来た中空の球体か…!?あの中に搾取した精神エネルギーを溜め込んでいる訳か!そりゃあ何体解剖しても解明できない訳だ…」


世間一般には開示されていない事項を、小声で話し込むうちにやがて二人は商店街の辺りに辿り着いた。

「さて、本当にお世話になった。銀行にも行かないといけないし、ラーズ達にも会いに行かないとな。一旦ここで」

「ルチル、公表されたら困るが、君の研究にも役立てるだろう。またいつでも訪ねて来るといい」

ジェイルの気遣う言葉に、ルチルは呟くように言う。

「それもあるけど、ジェイル…私はもっと君自身のことも、いずれは知りたいと思っているんだが…」

その意図が掴めず、ジェイルは若干面食らう。

「…それは、どういう…?」

「次に会う時は足手まといにならないようにもっと魔術に磨きをかけておくから!」


そう言いながら、ジェイルの質問を遮るように足早に去るルチルの後ろ姿を見たジェイルの脳裏に、過ぎ去った日々が浮かんでは消える。

彼女は肌の色こそ違うが、背格好も、髪の色も、性格も似ていた。

あれから、もうどれほど経ったのか。

もしも、あんな事がなければ……奥歯を噛みながら、そう考えずにはいられない。

どれ程の訓練を重ねようと、何度死闘を生き永らえようと、消えないものがある。

だとすれば自分がやることはやはりただ一つ。

そしてその為には、今のままでは、なお足りない。これまでより更に、気の狂うような強度の訓練を。剣を叩き上げるように。迷いの芽を鑢掛けするように。

──しかし、この疲弊した精神が、折れずどこまで耐えてくれるだろうか?



「──そうだな、そろそろ頃合いなのかも知れない」

城から戻ってすぐにその思いをアリアに伝えたところ、アリアは遅めの昼飯の支度をしながら、何かを決意したような表情を見せる。

「まあ、今回は特に辛勝だったのは確かだ。で、ヤツはそのレイラより数段強いのも間違いない。では食事が済んだら、基礎からもう一度おさらいしていくことにしようか」

「よろしく頼む」


「──いいか、何度も何度も繰り返したことだが、今一度、基礎の説明からやっていくぞ」

切り開かれた広大な庭の真ん中で、ジェイルはアリアの言葉に無言で深く頷く。

「まずは戦闘の基礎、移動だな。これはその都度、自重を極力軽量化して行う。ただし──」

「軽い肉体で加速する際は、空気抵抗の影響力が大幅に増すから注意が必要…」

「そうだ。それを防ぐために、基本的には低重心を徹底し、大腿四頭筋ではなく、腿裏の筋肉群で牽引するように走り、体幹のブレが発生したら鎧の部位や、剣の重さを局所的、なおかつ瞬間的に増して安定させること…。ゼルは3年経った頃から相当よくなったが、まだ部位別の重力制御に甘い所がある。後で計りを使った例の基礎訓練を行うからな」

「…わかった」

「次に斬撃。身体と剣を極限まで軽くして斬撃を極限まで加速し、刃が当たる瞬間に重量を爆発的に増加させる。──斬り終えた後の再軽量化に遅れると筋断裂、脱臼、骨折は当たり前。まあ、かつてのわたしのように範囲攻撃が使えれば、こんな間怠っこしいことは不要な訳だが、無い物ねだりしても仕方ないしな」

「──初めの一振りで開放骨折した右腕を見た時の絶望は相当だったな…」

ジェイルは無意識に、今は完治した右肘の辺りを見る。

「アレはいきなりやらせたわたしが悪かったと思ってる。まあ兎も角、現状の斬撃に問題点はなかったが…」

「──なかった、とは?」

「強いて言うなら祟り神を目の前にした時、感情が昂ぶって剣の重量を増やし過ぎるきらいがある。鍛錬時もそれ以上の条件にするか、本番でしっかりと制御するかのどちらかにしろ」

「それは、意識していなかったな…」

「そこまで致命的なものではないから言わなかった。体幹が余計に振られる、時間にしてわずか0.02秒以下の隙だ。今までは言わずにいた。だが───」

アリアはいつになく真剣な表情で二の句を継ぐ。

「ヤツを討てるかどうかは、こんな些細な要素をいくつ積み重ねていけるかなんだろうな、きっと」


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