第8話 引っ越しと爆発と不穏な予感
あれから3日が経ちとうとう寮へと入る日がやって来た。元々少なかった荷物は再び荷造りし直して既に準備万端だった。今日は特別科総出でシルヴィアの入寮の手伝いをするらしく部屋には早くから朝霞とギルバートが来ていた。他の面々は寮の部屋の準備や家具の運び入れなどを行っているらしい。
ともあれ、一週間もいなかったはずなのに微妙に増えた荷物を見てシルヴィアは苦笑する。
「最初から持ち込んでた荷物はそんなに多くなかったんだけど、やっぱり短くても生活すると増えるものだね」
「それでも少ない方だと思いますよ。結局は大きめのトランク2つと後は細かいものくらいでしたし」
「そういや最初に会ったとき荷物はどうしてたんだ?」
ギルバートが最初に会ったときシルヴィアがカバン1つだったのを思い出す。
「あの時は学園に先に送っておいたからね。ここに滞在するのが決まってから学長に送ってもらったんだよ。それ以外のちょっとしたものはカバンに入ってたから」
シルヴィアはギルバート達と初めて会ったときに身に着けていたカバンを指差す。かなりくたびれていて何ヵ所か補修した跡もあった。
「これも随分と前にもらったものなんだけどね。捨てられずにずっと使い込んでるんだ」
「すごく大事にされてるのが分かります。私も小さい頃にお父様から頂いたものがあるんですけど……」
朝霞がシルヴィアと思い出話に花を咲かせている横でギルバートは大変居心地が悪かった。
***
ギルバート達がシルヴィアの荷物を持って特別科の寮にやって来ると寮の前は運び入れる家具や荷物などでごった返していた。ガイとザックスが2人で家具を運び、アイシアとシェフィールドは細かいものを運んでいた。先日、食堂兼雑貨屋で頼んだ日用品のようだ。
しかし、ミランダはナーシャの給仕でお茶を飲んでるわ、ハンナは一応手伝おうとしたのか荷物を抱えて眠りこけていた。メリィに至ってはガイ達に纏わりついて遊んでいた。
朝霞は頭を抱えてため息を吐くと腕捲りして作業に参加して行った。
「じゃあ私の荷物はその辺に置いていいから私達も手伝おうか」
「そうだな。デカイ棚なんかは3人がかりじゃないと無理だろうからな」
ギルバートがガイ達のところに加わりついでにメリィの後ろ襟を掴んで放り投げていた。相変わらずメリィは掴まれただけで大人しくなり芝生の上で転がっていた。シルヴィアは転がるメリィを捕まえてハンナの隣に座らせるとハンナが抱えている荷物を抜き取った。そのまま寮に行こうとするとミリアムに呼び留められた。
「一緒にどうかしら?」
「誘ってくれるのは嬉しいけど自分の引っ越し放り出してお茶会に参加はできないなぁ」
「私も珍しくやる気を出したのにシェフィに絶対禁止って言われちゃったのよね。だからお相手を探してたの」
ミランダはニコニコと微笑みながら誘うがシルヴィアは苦笑してもう一度断った。
「引っ越しが終わったらじゃダメかな?」
「引っ越しの後は歓迎会があるでしょう?どうせそっちに行ってしまうのだから今くらいは私の相手をして下さらないかしら」
「自分で言うのもなんだけど歓迎会には来ないの?」
「騒がしいお食事は苦手なの」
「そっか、まぁ無理に呼ぶつもりも無いよ。1人がつまらないならナーシャに相手を頼んでみたら?」
シルヴィアがミランダの後ろに黙って控えているナーシャに話を振るがナーシャは無言で首を横に振った。その様子にミランダは微笑むと仕方がなさそうに言う。
「この調子だからあなたを誘ったのよ。あなたに尾行があっさりバレちゃったから気まずいみたいね」
ミランダがさらっとこぼすとナーシャは見る間に焦った。
「お嬢様!?」
更にシルヴィアが追い討ちをかける。
「あぁ、あの影から追ってきたのはやっぱりナーシャだったんだ。気配が似てたからそうかな、とは思ってたけど」
「正体まで!?」
先ほどまで黙って控えていたのに今は顔を真っ赤にして涙目になっていた。オロオロと視線がミランダとシルヴィアの間を行ったり来たりして傍目に見ても混乱しているナーシャは「あうあう」と声にならない声をこぼして泣きそうになっている。
あまりに気の毒なナーシャにシルヴィアが声をかけようとした途端に我慢の限界だったのかいきなり走って逃げてしまった。しかも途中で自らの影に潜ってしまうほどの見事な逃げっぷりで。
突然の逃走に唖然とするシルヴィアがミランダを伺うと満面の笑みで心底楽しそうだった。
「…ものすごい楽しそうだけどいいの?逃げちゃったけど」
「大丈夫よ、私のメイドは私のカップが空になる前に戻ってくるもの。…まぁ、シェフィが来るのが早いでしょうけど」
「それじゃシェフィールドが来るまでの短い時間だけお邪魔しようかな」
「そう言ってくれると思ってたわ」
ミランダがティーカップをテーブルに置くのとシェフィールドが音も無く現れたのはほぼ同時だった。シェフィールドは唖然とするシルヴィアのために椅子を引いて座れるようにした後、茶葉の好みを聞いてきた。
「随分と早いね…」
「お嬢様のメイドとして当然です。お好みの茶葉はございますか?」
「シェフィールドのオススメでいいよ」
「では今回はお嬢様と同じお茶を。次回からはお気に入りが見つかるように何種類か試させて頂きます」
「お手柔らかにね」
シルヴィアが苦笑するとシェフィールドの足元の影が波打ったように動き、影からナーシャが浮かび上がった。ナーシャは片手でサッと髪の乱れを直すとミランダに謝る。
「申し訳ありませんでした、お嬢様。動揺した挙げ句に主人を置いて逃げ出すなどメイドとしてあるまじき行為でした。以後このようなことがないと誓います」
「お帰りなさい、ナーシャ。今回は立ち直りが早かったわね」
ミランダは特に気にした様子も無くシェフィールドの淹れたお茶を飲んでいる。ナーシャは気取られないようにそっと肩を撫で下ろしたがシェフィールドの無造作に放たれた、「後ほど反省会と再教育をするので安心するのは早いですよ」という一言で一気に凍りついた。
「私からも申し訳ありませんでした。ナーシャの失態は私の失態。いかなる処罰もお受け致します」
「なら今日はデザートを張り切ってもらおうかしら?」
「しょうがないですね。ご希望はありますか?」
「シェフィが作るお料理はなんでも美味しいからなんでもいいわ。私の気分次第ね」
ミランダ達主従のやり取りは見ていて楽しいものであったがシルヴィアは手元のお茶を飲み終わると席を立った。
「もう少しゆっくりしたいけどそろそろ引っ越し作業に戻るね。また今度誘って欲しいな」
「ええ、もちろん。面白いものが見れたから今回はお開きにしましょう。後日、夕食に招待しても?」
「悪いけどテーブルマナーなんかはほとんど適当だけどそれでも良ければ」
「楽しみにしていますわ」
ミランダに手を振って別れるとまだ少し残っている荷物を片付けに向かった。
***
時刻は既に昼を過ぎてしばらく経っただろうか。大きな家具を運び入れ終わり、細かい荷物だけになるとギルバート達男連中はさっさと部屋から追い出された。これから荷解きと部屋の整理、寮内の案内をして夕食兼歓迎会の予定なのだ。
そんな追い出された男連中とメリィ、ハンナは一階の食堂でなにやらこそこそしていた。
「それで?お前ら何をやろうってんだ?」
「ギルバート、普通科の生徒指導やってるサイラスっておっさんいるだろ?」
「ああ、いつも怒鳴り散らしてるうるせぇヤツだな」
「そう、そいつな。実はハンナが普通科にいた頃の後輩がそいつに嫌がらせ受けてるって相談されたみたいでよ」
ザックスがギルバートに簡単に事情を説明する。
「嫌がらせってどういうことをだよ?」
「そこは女の子に対する悪質な嫌がらせって感じかにゃー」
ハンナが手元の図面に書き込みしながら一言漏らす。それだけでギルバートはうんざりしたような顔になった。
「そんなもん学長に放り投げとけよ。学長ならあのおっさんをクビにでもなんでもできるだろ」
「それができたら苦労しないよん。それに可愛い後輩の頼みを無碍にするなんて酷いよね?」
「……本音は?」
「せっかくちょうどいい機会があるんだから気に入らない先生を使って思い付き実験でもしようかな、と。ついでに証拠とか揃えてこっそり処理しようかなって」
「つまり、学長に本当の訳を知られないようにそっと仕返しするってことか?」
ハンナの計画としては後輩の女の子の受けた嫌がらせを公表しないでサイラスをクビに追い込もう、というざっくりしたものらしい。まぁ、被害に会った女の子の今後や体面を考えればその内容はともかく、公表しないことに関しては納得した。
「それで、どうやっておっさんをクビに追い込むんだ?」
「とりあえずおっさんの研究部屋を吹き飛ばそうかなぁ」
ハンナは何でもなさそうに言うがメリィを除く他の面々は呆れた様子でため息を吐いた。メリィはハンナの図面に興味が向いていてそもそも聞いてない。
「お前が色んな場所を吹き飛ばすのが得意なのは知ってるけどもう少し考えろよ。大体、その図面はなんだ?関係あんのか?」
「全然関係ないよ。これは今度やる実験の図面。
吹き飛ばすって言っても部屋の中を家探しして弱味になりそうなものありったけかっぱらってから派手に吹き飛ばそうって感じになりそう。部屋で花火やるようなものだって」
「つまりは弱味を握るついでに嫌がらせで吹き飛ばすってことか」
「そのとーり。嫌がらせには嫌がらせをってね」
ギルバートは再度ため息を吐いたがハンナのめちゃくちゃな計画を止める気はない。そもそも特別科は素行不良や通常の教育過程では指導不能な生徒の寄せ集めである。朝霞にバレれば確実に止められるだろうが今はシルヴィアの引っ越しに張り切っているので夕方まではこちらに構ってはこないだろう。
そんな訳で5人は普通科がまだ授業中なのをいいことにサイラスの部屋へと移動を開始した。
***
移動を開始した一行をミランダは自室の窓から眺めていた。楽しそうな主人におずおずとナーシャが言う。
「お嬢様、ハンナ様達がサイラス講師の部屋を爆破するそうですが……」
「あら、面白そうじゃない。ナーシャ、一応追跡しておきなさい」
「かしこまりました。…シェフィールドと朝霞様達には知らせないのですか?」
「いいのよ。そんなことしたら中止になってしまうかも知れないじゃない。それにサイラスは私も好きじゃないもの」
ナーシャは「本当にいいのかなぁ…」、と呟きながら影を飛ばしギルバート達の追跡を始めた。
一方でシルヴィアも一行が普通科の建物に行くのを窓から見ていた。とはいえシルヴィアはハンナ達の計画を知らないので暇潰しにどこかへサボりに行ったのだろうと思っていた。…ハンナの白衣の下の大量の魔法薬がやけに気になったが。
「シルヴィアさん、どうかしました?」
「なんでもないよ。ギルバート達がどこかに行ったみたいだからさ」
「もう、またサボりね。今日は1日授業がないからってあちこち行かないで欲しいのに」
朝霞は単なるサボりと判断したようで再び片付けを再開したのでシルヴィアもまぁいいかと深くは考えなかった。シェフィールドだけはしばらく一行が向かった先を見つめていた。
***
普通科がまだ授業中で静かな通路を5人はぞろぞろと目的地のサイラスの研究部屋まで向かっていた。道中、騒いで面倒そうだったメリィは早い段階で黙らせて今はガイの背中で大人しくしている。メリィを除いた4人は最後の作戦会議をしていた。
「そもそもおっさんの研究部屋の場所は分かってんのか?」
「当たり前だろ?3日前に調べた。でも当然だが魔法錠がかけてあるから入れなかったな」
ザックスは当然のように言うがつまり、計画は3日前以前から考えてあったらしい。ついでに不法侵入までやろうとしたようだがさすがにそこまでは無理だったようだ。
「鍵はどうすんだ?まさか本人に借りてくる訳じゃないよな?」
「多分、扉自体に魔法錠をかけてあると思うんだよねぇ。それ自体は手持ちの魔法薬で無効化できるし物理的な鍵はメリィに開けてもらうから大丈夫だと思うよん」
ハンナは白衣のポケットから緑がかった液体が入った小瓶を取り出し、ギルバートの目の前で振って見せた。恐らくはこれが魔法錠を無効化する薬なのだろうがどうやって作ったのかはさっぱりわからない。
「ちなみにこの魔法薬は製造方法どころか存在すら世に出てないまったくの新薬です。魔法薬の先生に売ったらしばらく遊んで暮らせるねぇ」
「お前こんな仕返しに世の中が驚くような薬作ってんじゃねーよ……」
「おかげでここしばらくは徹夜続きで寝不足なのね。これが終わったら冬眠でもしようかなぁ」
ハンナは何でもなさそうにヘラヘラしているがやってることは表彰ものでイタズラに使って終わるような代物でないことは明らかだった。しかしギルバート達は大して興味を示す訳でもなく話を続けた。
「鍵を開けたら証拠とか弱味を適当に拾っておっさんが戻ってくる前に部屋を吹き飛ばす。これでいいか?」
「いいんじゃねーか?ついでに金目のものもかっぱらって今夜のメシ代の足しにしようぜ」
ザックスの提案に反対したのはここまで無言だったガイだった。
「それはやめた方が良いと思う。売ったものから誰がやったのかがバレるかも知れない」
「そんな簡単に足が付くか?」
「ザックスは興味ないだろうけど学園の教師って立場はそれなりに有効なものだよ。魔法使いとしての能力や指導力、自らの有用性の証明とかだね」
ザックスは話半分に聞き流しているのかあまり考える素振りを見せなかった。そうこうしているうちに件のサイラスの研究部屋まで到着した。
ハンナは早速、先ほどの小瓶を取り出し蓋を適当に外すと扉に向かって中身の液体をぶちまけた。扉は一度全体が淡く発光するだけで特に変化なく終わった。
「……どうなったんだ?これでいいのか?」
「これで大丈夫なはずだよん。後は扉の鍵を開けるだけ」
ハンナの言葉にこれまでずっとガイの背中で大人しくしているメリィを下ろす。ギルバートが手を叩くとハッとした様子で辺りを見渡す。
「あれ、ここどこ?メリィは何してた?」
「いいからお前の出番だよ。早く開けろ」
「なーんか最近みんなメリィの扱い雑になってる気がするぅ…」
文句をブチブチこぼしながらメリィは腰のポーチから太さの違う針金を3本取り出した。1本は口に咥えたままで残りの2本を使って鍵穴をいじくる。しばらくガチャガチャやった後に口に咥えた1本を追加で差し込んで捻ると扉の鍵が開く音がした。
「開いたー!やっぱり学園の扉って大体どこも一緒だね!」
「お前はどこでこんなこと覚えてくるんだ…?」
「そんなことどうでもいいからさっさと中に入ろうぜ」
メリィの謎の特技にギルバートが疑問符を浮かべるがザックスは今しがたメリィが開けたばかりの扉を勢いよく開け放った。
中はそれなりに片付いていたが部屋の一角に見慣れない物体が置かれているのが目に付いた。
「なんだこりゃ?」
「これは魔力通信の機材だねぇ。でもこんなにしっかりしたのはなかなか見ないよ」
ハンナは機材をしげしげと見ながら先ほどの魔法薬を機材に振りかける。
「それにも鍵がかかってんのか?」
「ザックス君は知らないだろうけどこういう通信用の機材は誰もが簡単に使えないように魔法錠がしてあるものなんだよね。誰彼構わずあっちこっちに変な通信されたり、通信履歴を見られたりすると困るから。
まぁ、設定してある鍵は大抵が持ち主の魔力とかだから絶対に開けられない訳じゃないんだけど」
と、言いつつハンナは慣れた手つきで機材をセットしていく。ギルバート達はとりあえずハンナに魔力通信の方は任せて室内の弱味集めを始めた。
適当に引き出しや棚をひっくり返してそれらしいものを集めていく。全てが終わったら部屋ごと吹き飛ばすので全員やりたい放題だ。
棚の本をひっくり返していたギルバートは1つ、本に偽装された細工箱を見つけた。鍵は無いがハンナとメリィがいれば大抵の鍵は開くのでとりあえず手近な袋に入れて作業再開する。
メリィは面白そうなアイテムを探して部屋の隅の木箱を漁っているしザックスはサイラスの私物をどんどん袋に突っ込んでいた。どうやら売るつもりらしい。
ギルバートが次の棚に手を付けようとするとガイがこっそり近づいてきた。
「ギルバート、ちょっと……」
「どうした?なんか見つけたか?」
ガイは言いづらそうにハンナとメリィを見やる。それだけでなんとなく察したギルバートはガイの手元を見た。ガイは写真の束をいくつか持っていたがその中から一枚を抜き取り軽く見ただけで戻した。
「ガイ、これはとりあえず全部持ってく。女子連中には絶対見せんなよ」
「分かってる。…後でハンナと先生には確認してもらわないとダメかも知れないけど」
「こんなもんまであるならもう学園に黙ってるのは無理だもんなぁ…」
ガイがものすごく嫌そうに写真の束を袋に詰め込む。かなりの枚数があるようで次から次に取り出しては詰めていった。
それぞれが弱味集めをある程度終えたところでギルバートは撤収の準備に移ろうと全員に言った。
「とりあえずこれくらいにして部屋ぶっ飛ばして逃げようぜ」
「そうだな、結構いろんなもの見つけたしな」
「メリィはもうちょい宝探ししたいなー」
各々が撤収を始めようとするがハンナは未だに通信機材をいじくっていたが内部から魔石やらパーツやらを取り出し始めた。
「おい、ハンナ。そろそろ行くぞ」
「もう終わるよん。なんかこれ外部に向けた通信専用みたいなんだよねぇ」
「外部?」
「そうそう。どこに宛てたものかは調べないとわからないから記録用の魔石とか持って行こうかなってね。…ホントはこれ丸ごと欲しいんだけどさぁ」
「無理に決まってんだろうが」
ハンナは下手くそな上目遣いでギルバートにおねだりするがそもそもギルバートは見てすらいなかった。
「ふざけたこと言ってないでさっさとこの部屋吹き飛ばす準備しろよ」
「準備はちょちょいとできるくらい簡単だからいいんだけどさぁ、ハンナちゃんが頑張って可愛く……、可愛いか?この私が?…ないわー」
恐らく口から出任せで適当に喋っていたのだろうが途中で我に帰って自分の発言に自分で白けていたハンナだった。そんなハンナをギルバートは不気味に思った。
「何をブツブツ言ってんだ…?」
「可愛いは需要のあるところにしかないっていう世界の心理を垣間見た気分……。まぁいいや、そんじゃ吹っ飛ばすよん」
ハンナが白衣のポケットからいくつかの魔法薬を取り出して部屋にあったサイラスのカップ?に目分量で次々に投入していく。無造作に混ぜられた薬品は妙な色に変わり少しずつ煙を上げ始めた。
「準備完了~。あとは少し待つだけで反応が臨界点を突破してこの部屋を完全に吹っ飛ばしまーす」
「あと少しってどれくらいだ?」
「それはわかんにゃい。なんせ適当に混ぜ合わせたから正確な時間もわかんない。ただ威力は凄まじいと思うよん。これは確実」
それを聞いた瞬間にザックスはメリィを抱え、ガイはかき集めた荷物をまとめて担いだ。ギルバートもハンナの手を掴むとすぐさまその場を離れる。
「バカ野郎!オレ達が危なくないように作れよ!」
「いやぁ、昨日も徹夜でぶっちゃけ細かい考えごとがもうできないんだよねぇ。通信機をバラすので限界突破したみたい」
ヘラヘラ笑うハンナの目は良く見ると焦点が微妙に合ってない。ギルバートに引かれ辛うじて走っているが足取りも怪しく見える。
「いいからちゃんと走れ!」
ギルバートが叫んだ瞬間、後方が凄まじい爆音と共に吹き飛んだ。爆発の衝撃で周囲の窓ガラスは一斉に砕け散り、他の部屋まで巻き込んで途轍もない大爆発になった。恐らく他の部屋にあった魔法薬やら可燃性の物に引火でもしたのだろう。
ギルバート達は一目散に特別科の教室まで逃げ込むと扉を閉めて床に座りこんだ。
ザックスは床にメリィを放り投げると床に伸びているハンナに猛烈に怒鳴りだす。
「ふぎゃあ!」
メリィが悲鳴を上げるがザックスは見向きもしなかった。
「ふざけんな、バカ野郎!オレ達ごと吹き飛ばすつもりか!?」
「ザックス、気持ちは分かるがこいつはもう寝てて聞いちゃいないぞ」
「Zzz……」
どうやらハンナは教室に到着したとたんに力尽きたようだった。飛び込んだ姿勢のまま眠っている。実にいい寝顔だった。
「こいつ……!?」
「ザッ君!メリィの扱いが酷いよ!もっと優しく、かつ盛大に甘やかしてよ!」
「お前ら落ち着け、メリィは黙ってろ。ザックス、オレも同じ気持ちだがとりあえずここは一旦忘れろ。後でしばき回せばいい」
今ごろ吹き飛んだ現場は大量の人だかりができている頃だろう。そして恐らく犯人として真っ先に疑われるのは特別科で間違いない。爆発の常習犯のハンナは一番の容疑者になること間違いないに決まっている。それが分かっているのでギルバート達は持ってきた荷物を急いで教室に隠し何事もないようにした。
隠蔽が終わったと思ったらすぐさま教室の扉が乱暴に開けられた。
「特別科!お前らまた何かやったのか!?」
怒鳴り込んで来たのは魔法実技担当の教師だった。床で寝ているハンナを見つけると椅子に座っていたギルバート達に爆発のことを聞いてきた。
「またユリフィスがやったのか!?正直に答えろ!」
「知らねぇな。ハンナなら『床はひんやりしてて気持ちいい~』とか言ってさっきからずっと寝てるぞ」
当然、適当なウソだが。
「ウソを言うな!お前ら編入生の引っ越しだとかで今日は朝から寮で騒いでいただろう。何故こんな場所にいる!?」
「そりゃ引っ越しがある程度終わったからだよ。女子の部屋だから家具の運び入れが終わったら男子は追い出されるしハンナとメリィは戦力外だからな。邪魔だからってんでこっちに逃げてきたところなんだよ」
教師とギルバートが言い争うところにものすごくめんどくさそうな顔をしたマリアベルと無表情な女教師がやって来た。
「あー、バング?コイツらの事情聴取は私がするわ」
「マリアか。だが…」
「私が庇うかも知れないって心配なら無用よ。そのためにティファニアも連れて来たから。バングは現場の封鎖と調査をした方がいいんじゃないの?」
マリアベルがバングにそう言うと少し悩む様子を見せたが相変わらず無表情のティファニアを見て諦めたようにため息を吐くと「あとは任せた」と言って出ていった。バングが去っていくのをにこやかに見送ったマリアベルはギルバートに振り返ったときには額に青筋を浮かべて鬼のような形相になっていた。
「それで?アンタ達は関係あるのかないのかどっちな訳?」
「まぁ関係あるんだけどそっちの先生は追い出してくれ。あんまり広めたくない訳があるんだよ」
ギルバートはあっさり自分達の関与を認めるとティファニアの退出を頼む。当のティファニアはやはり無表情のまま淡々と却下した。
「それはダメです。私はマリアに一緒に来てくれと頼まれここに来ました。依頼人のマリアがここに残る以上は私はこの場にいなくてはならないのです」
「ギルバート、ティファはここにいるだけ。他の何もしないから同行を頼んだのよ。だからその辺の置物とでも思って諦めなさい。バングを追い払うだけのために連れて来たんだから」
ティファニアは目の前で置物扱いされても何も言わずにただいるだけに徹するようだ。
「さぁ、全て白状なさい」
ブチキレる寸前のマリアベルは一周回ってとても優しそうな笑顔で事情聴取を開始した。
***
ギルバートは寝ているハンナをたたき起こしてマリアベルに事情を説明した。事の発端がハンナの後輩からの相談だったこと、日頃からサイラスの度を越した指導への憂さ晴らしを合わせて計画したこと、忍び込んだ部屋で証拠になりうる写真を見つけたこと、全て白状させられた。
初めはうんざりした表情で話を聞いていたマリアベルだったが話が進むにつれ険しい表情になっていった。特に写真を見せると舌打ちまでしていた。
その場にいた全員(メリィは重い空気に耐えきれなくて逃げた)がなんとなく何も言い出せずにいるとおもむろにマリアベルが立ち上がる。
「とりあえずアンタ達の言い分は分かったわ。後輩と自分達の憂さ晴らしのためにやらかした事件だってことはね。
でもねやり過ぎよ。サイラスの部屋だけじゃなくて周囲の6部屋と通路、その他いろんなものをまとめて吹き飛ばしすぎ。もう少し加減しなさい」
「やけに爆発がすげぇからオレ達も死ぬところだったしな」
「それについてはごめーん。ガイ君は隠してたみたいだけどさっきの写真見えちゃってたんだよねぇ。それでついむしゃくしゃしていい加減にポイポイっとね?」
「とりあえず、アンタ達は後で処分が決定するまで寮で待機してなさい。勝手に抜け出さないように。…特にギルバートのアホ。メリィも同じだから捕まえたら寮に放り込んでおきなさい」
「先生はどうすんだ?」
「これからサイラスのクソ野郎を半殺しにして保安部に叩き込むから忙しくなるわね」
マリアベルは忌々しそうな顔で立ち上がりやはり無表情で立っているティファニアに思い出したように振り向く。
「そうそう、ティファ。この事は学長以外には黙っててね」
「私は事情を聞いて報告義務があると判断しました。この件を知ってしまった以上そのお願いは聞けません」
「相変わらず頭固いわね。じゃあこの件の条件を明確にするわよ?
まず、ただの生徒のイタズラという枠では収まらないことが判明した以上は現場判断ではなく学長の判断を仰ぐ必要がある。という訳で学長以外には今のところ情報の公開を制限します。…どう?理解したかしら」
ティファニアはじっと無言で聞くと数秒してから頷いた。
「分かりました。今の時点では情報規制の必要があるんですね」
「そういうこと。じゃあさっさと学長のところ行って報告しなくちゃね。…アンタ達はとっとと寮に戻って勉強でもしてなさい」
「それは分かったけどよ、明日以降はどうすんだ?」
「明日のことは明日説明するからさっさと帰りなさい。朝霞達にもちゃんと事情を説明しときなさいよ?どうせ黙って実行したんだろうし、遅くとも明日にはバレるんだから早くネタばらしして先に怒られなさい」
マリアベルは手短に言うとティファニアを連れて教室を出ていく。それを見送ったギルバート達は教室に隠した他の押収品を改めて取り出した。
「さて、コイツらどうするか。後でシェフィールド辺りに鑑定とかしてもらうか?」
「いや、あいつに渡すとなんだかんだでミランダまで流れるんじゃねぇか?」
「あのお嬢様なら安全に金に替えてくれるだろうけどなんか怖いな…」
ギルバートとザックスが選別する横でハンナは通信機材から取ってきた魔石やら謎のパーツやらを床に広げて自分用の棚から持ってきた材料や工具で組み立て始めた。
「おい、ハンナ。ここで組み立てんな。せめて寮まで持って帰ってから自分の部屋でやれよ」
「さっきちょいと通信記録を覗いたら気になるところがいくつかあったから」
「気になるところ?」
ギルバートがハンナの手元を覗き込むとそれにつられてザックスとガイも近付いて来た。
「そう。おっさんの部屋でこれが外部への通信専用だってことは説明したよね。学園の中へならこんなもの必要ないし外へだってちゃんと申請すれば手紙なり学園の魔力通信機なりを使えばいいんだから。わざわざこんなデカくて嵩張るもの部屋の中に魔力錠まで付けて置いとかないよ」
ハンナが手早く組み立てるのを見ながらザックスは頷く。
「確かにな。普通、こんなもん個人で持つか?詳しくは知らねぇが気軽に買えるもんでもないだろ?まぁ、どうしても人に聞かれたくないって言うんなら分からなくもないけどさ」
「…ザックスそれだ。確かにわざわざ個人で持つようなものじゃねぇ。だったら相応の理由がある訳だよな。それなら勿論、人に聞かれたくない話をする必要があるからだ」
ギルバートがそう話を向けるとザックスは眉をひそめる。同じようにガイも気付いたようだ。それに頷いたハンナは話を継いで続けた。
「ギルバート君の言うとおり、人に聞かれると困るような話があるからだと思うよん。それも怪しい方面の何かだね。まだパッと眺めただけだから細かいところは分かんないけどね」
「…なんか雲行きが怪しくなってきたんじゃねぇか?」
「あのおっさん、下らない副業とかやってたのかねぇ」
ハンナがそう締めくくった途端に教室の扉が再び勢いよく開かれ、血相を変えたメリィが半泣きで飛び込んできた。メリィはそのままガイの背中に回り込み震えながら隠れた。
突然のことに驚くギルバート達だったが開きっぱなしの扉から怒りに燃える朝霞が入ってきたことで全てを察した。
「アンタ達、今度は何をしたの!?メリィが部屋を吹き飛ばしたとか変なこと言ってるけどさっきの爆発と何か関係あるの!?」
朝霞は真っ直ぐギルバートまで進むとそのまま襟を掴んで締め上げる。
「さっさと白状しなさい。さっきの爆発は何?ここに広がってる物は何?アンタ達は一体何をしたの?」
「……朝霞…、離して…くれ…。い、息が……できな…」
「息がしたければ全てを正直に白状しなさい。そうすると約束するなら解放するわ」
ギルバートは朝霞の腕をバシバシ叩きながら必死に頷く。それを冷えきった目で見てから締め上げていた手を離した。
「…死ぬかと思った……」
「なによ、大袈裟ね。ほら、離したんだから説明しなさいよね」
そのとき、朝霞がギルバートに気を取られた瞬間にガイの背中に隠れてたメリィが一目散に逃げ出した。
「後は任せた、ギル君!メリィはおさらばするよ!」
「あっ!待ちなさい、メリィ!アンタもお説教があるんだから!」
「詰めが甘いな、あーちゃん!メリィの分もギル君にあげるから二人分怒っておけばいいよ!わっはっはっはー!」
朝霞は走り出したメリィに手を伸ばすが軽やかにかわされ届かない。メリィはそのまま勝ち誇った顔で教室を出ていこうとした瞬間、足元の影に綺麗に落ちていった。あまりに呆気なく、また余韻もないまま落ちていったので教室内は誰もがポカンとしていた。
それから少ししてからメリィの後ろ襟を掴んで引き摺りながらシェフィールドが現れた。その後ろには複雑そうな顔をしたナーシャと面白そうに笑うミランダとシルヴィア、無表情のアイシアが来て特別科は全員集合となった。
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