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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
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第6話  魔女と再会と地獄の再開

朝の騒動から解放されやっと朝食にありついたシルヴィアは部屋に戻って着替え直すと戦闘した三人について考える。


「それにしてもなんだったんだろうな、あいつら。犯行の現場に居合わせたから消しに来た、って考えれば辻褄は合うんだけどそれにしては全力で殺しに来てたよね。…まぁあのメイドさんがおもいっきり煽ってたからかも知れないけど…」


そこまで考えてそのメイドのことも考える。あの身のこなし、結界があるのを承知で入ってきたこと。どちらも素人にできる訳がない。だがメイドについてはそれほど気になる訳ではなかった。


「学長が何か知ってそうだったよね」


学長は見当がついている、と言っていたのでもしかしたら学園の関係者だったかも知れない。いずれにせよ午後に学長へと問い詰めてみようとシルヴィアは思った。

さて、そうは思っても午後までやることが無い。朝食の後はもう一度シャワーを浴び直して着替えて今に至る訳だがどうしたものかと悩む。

本当は不足品の買い物等に行きたいところだが近いうちに寮に移る予定なので今から荷物を増やすのは良くないだろう。

だがそうすると本当にやることが無い。土地勘が無いので何処に何があるのか分からないし聞いたところで道も良く分からない。辛うじて分かるのは大通り、風呂屋、学園、この宿と言ったところか。


「今までは一日中何かしらやることがあったからこんなに時間を持て余すなんてなかったからなぁ…」


シルヴィアは急に落ち着かない気分になった。自分のことは自分でやってきたのでいきなり自由な時間が与えられてもそれはそれで厳しい。贅沢な悩みであるのは分かっていたがそれが分かってもどうしようもない。


「手伝いなんかは断られちゃったしね…」


手持ち無沙汰を困ったシルヴィアは先程女将に手伝いを申し出たが笑いながら断られたばかりだった。

部屋中をグルグル歩き回っても仕方ないので目的は無いがとりあえず出かけると決めたシルヴィアは出かけ仕度を終えると宿を出た。その際、女将に「気を付けてね」と言われ手を振って応えた。




***




とりあえず、と思い宿を出たが一歩目から悩んだ。どちらに行こうか迷ったのだった。午後までには学園の学長室へ行かなければならないのでそんなに遠くへは行けないから学園付近だろうか。

そんな時、店先で悩むシルヴィアに宿の従業員の女の子が掃除していた手を止めて近寄って来た。


「あのー…、何かお困りですか?」


「え?あぁ、困ってると言えば困ってるけど…。大丈夫だから」


「ホントですか?もしかして行きたい場所が分からなかったりしたのかなぁ、とか思ったんですけど」


思いっきり図星だったが女の子が仕事中なのであまり頼るのも悪いだろうと遠慮するが女の子は意外に押しが強くいくらかの押し問答の末に午後までに学園へ行ける範囲で観光場所など無いか聞いてみた。


「それでしたら“魔女の館”なんてどうでしょうか?」


「魔女の館?」


「はい。なんでもこの学園都市を作り上げた方が生前住んでた場所なんだとかで館の中には入れないんですけどすっごい綺麗な庭園があって私も小さい頃から良く行ってたんですよ」


「へぇ…、魔女ね。名前とかって分かるかな?」


「名前ですか?えーっと…、それなんですけどどういう訳か全然分からないんですよね。ついでに言うとなんで魔女の館なのかも分かりません。…なんかすみません」


「いや、ありがとう。それで魔女の館はどっちに行けばいいのかな?」


シルヴィアの問いに女の子は学園の方を指差して言う。


「大通りを学園に向かって進んで途中の石橋を渡ってすぐを左に曲がって真っ直ぐです。そこから先は魔女の館しかありませんから分かると思います」


「なるほどね。分かった、ありがとう。お仕事頑張ってね」


笑顔で手を振る女の子に別れを告げて魔女の館とやらに向かってみる。買い物も限られる現状、観光くらいしか暇潰しが思い付かないので仕方ない。趣味の一つでも見つけてみるかと思うがどうしたものか。

あれこれ考えるうちに大通りを進み学園の大きな時計塔が見えてきた辺りで石橋にたどり着いた。あまり大きくはないがしっかりと組まれた石畳は整然としていて不安感は全くなかった。

石橋を渡り終えると言われた通り、左側に続く道があった。どういう訳かこの道はあまり建物が無く背の高い木が道の両側に立っているので昼間にも関わらず少し薄暗かった。しかし、陰気さは無く所々に置かれたベンチで休憩やおしゃべりをする人も多く見受けられここはそういう場所だということが分かった。


「夏になったらこの通りは気持ちいいだろうなぁ…」


今はまだ夏前なので昼間以外は肌寒いだろうが夏ならば日陰と風で涼しいだろう。

時折ベンチに座る老人などに挨拶しながら進むと先の方に大きな館が見えてきた。


「あれが“魔女の館”かな?」


近付くにつれその館の大きさと美しさと庭の広さが分かった。確かにこれは素晴らしい庭園だった。色とりどりの花が色のバランスや香りの関係など完璧に計算されて植えられていた。庭園にはシルヴィアだけでなくちらほらと何人かが散策しており誰もが庭園の素晴らしさに夢中だった。

シルヴィアもここが普通の庭園だったならば他の人々と同じくその素晴らしさに惹かれただろう。しかし庭園に入る直前、門に彫られたレリーフが目に入った途端結界の存在に気が付いた。


「なんだろう、これは。館全体が強力な結界に包まれてるみたいだけど…。庭園も自然な作りで館に近寄らないように暗示が掛かる仕組みになってるのか。気付かずに入ったらそのまま庭園を一回りして帰るようになるのかな?」


門の内側に入らないように気を付けながらレリーフを細かく観察する。


「…昔にどこかで見たような気がするんだけどなぁ…。えーと、どこで見たんだったっけか」


今ではめっきり思い出さなくなった過去を振り返る。まだ戦場を走り回ってた頃にどこかで目にしたような…。

そこまで考えたところで不意に一つの情景が思い起こされる。今はもう無くなってしまった古いお城の地下の隠し部屋…。


「確かあの地下室には誰かが居た形跡があったんだ。そこに確か名前が残ってたような気がする。えーっと、確か…」


シルヴィアは腕を組んで悩むことしばらく。ポツリと名前がこぼれる。


「そっか、アルバリアだ」


シルヴィアが呟いた瞬間、周囲の空気が変わった。恐らく結界だろうがそれよりも背後から殺気を込めた視線を投げられたので警戒しながら振り返る。

その瞬間、途轍もない重さがシルヴィアの全身に掛かった。


「!?」


気を抜けば地面に叩きつけられそうなほど強烈な負荷に耐えながら前を見ると初老に差し掛かるところに見える男がこちらに手を向けていた。


「…本来ならばガラクタ如きに名乗る趣味は無いが主人からどんな相手だろうと礼は失するなと言われているので。

改めまして、私は主人に仕えるガランと申します。手荒ですが何処の誰とも知れぬガラクタ風情が気軽に呼んでいいお名前ではありませんのでその浅慮に報いを受けて頂きます」


「とんだ歓迎だね…。私はシルヴィアって言うんだけど非礼は詫びるからこれ、解除してくれないかなぁ…?」


「ご冗談を。主への無礼の代償は相応に受けて頂きます。例え相手が人の振りをしたガラクタであっても」


ガランは更に魔力を込めたようでシルヴィアに掛かる重力が増大する。

堪らず膝をついてその場に四つん這いの姿勢に強制的にされた。


(マズいな…。かなり強力な魔法だ、レジストしきれない。このままだとちょっと大変なことになるかも…)


なんとかしてガランの重力圏内から逃れる術を探すがそもそも手足が満足に動かないのでは移動すら困難だった。

だが急にシルヴィアを潰そうとしていた重力が無くなった。シルヴィアはいきなりのことにバランスを崩してその場に倒れ込んだ。周囲の人払いの結界もいつの間にか解除されている。

ガランは宙を見上げ誰かと会話しているようで時折「ですが…」「しかし」と話していたがやがてその念話も終わったようでシルヴィアに振り向くと一礼した。


「主が貴女様を大層、気に入っておられる様子であるため私はこれ以上手出しは致しません。数々のご無礼、大変申し訳ありませんでした」


突然の謝罪にシルヴィアはついていけなかった。


「いや、突然過ぎて何が何だかさっぱり分からないんだけどどういうこと?」


「言葉の通りですが。主人が一言挨拶に来られると仰っておりますので」


シルヴィアが「挨拶?」と首を傾げるといきなり真後ろに途徹もない魔力の塊が出現した。咄嗟に距離を取るためその場から離れたがその離れた先の目の前にその魔力の塊は立っていた。

それは見た目は10代くらいの日傘を差した落ち着いた雰囲気の少女だった。しかし見た目とは裏腹に纏った魔力は濃すぎて淀んでいるかのようで間近で相対しているのもキツイくらいであった。


「驚かせたかしら?ごめんなさいね、久しぶりに私の名前をガラン以外が呼ぶから気になっちゃって」


少女は気安くシルヴィアに問いかけるがシルヴィアはすぐに反応できない。

そんなシルヴィアの様子に無言で控えていたガランが主人である少女にそっと伝える。


「アルバリア様、貴女様のお力に呑まれているようです。少しお力を抑えていただけませんと…」


「え、そうだったの?久しぶりに誰かと面と向かって話すからその辺り忘れちゃうのよね。……これくらいなら大丈夫かしら?」


少女…、アルバリアは無意識に放出していた魔力を抑えると改めてシルヴィアに問いかける。


「……っ!?ハァッ、ハァッ!」


シルヴィアはこの時になって初めて自分が呼吸を忘れていたのを理解した。荒れる呼吸を無理矢理押さえ付けながら慎重に応える。


「…お陰様でなんとか息はできるみたいだよ。それで貴女ほどのお方が私に何か御用かな?」


「別に大した用は無いのよ?私の名前を知ってるなんて今時珍しいから出てきただけよ。今となっては数えるくらいだもの。それになかなか面白いモノみたいだし何より退屈だったから。

改めて、こんにちは。私はアルバリアよ、よろしくねシルヴィア?」


アルバリアはそう言うとシルヴィアを無遠慮にベタベタと観察し始めた。

手を取って握ったり開いたり。その次は瞳を覗き込み、髪をいじる。

しばらく好き勝手にやっていたが満足したのかやたら上機嫌に離れる。


「アナタなかなか面白いわね。こんなのが居たなんて知らなかったわ」


「お気に召したようで何よりだけど…、それだけかな?」


「それだけよ、本当に退屈だったのよね。ここのところはエグバーンも一刀斎も遊びに来ないし、研究も飽きちゃったし…、かと言って考え無しにその辺フラフラと散歩もできないしでどうしようかと思ってたところなの」


アルバリアはそのまま門のレリーフに触れると、


「じゃあ満足したから帰るわね。気が向いたらまた会いましょう?」


そう言い残してあっさりとその場から消えた。転移の予兆もどこに行ったのかも分からない、完璧な転移魔法だった。

主人が消えたのを見届けたガランはシルヴィアに振り向くと厳しい目線を向けたまま告げた。


「今回はアルバリア様のご機嫌が良かったから寛大な扱いだったがくれぐれも勘違いなさらないように。決して貴様のようなガラクタが言葉を交わされるお相手ではないのだ。今後はみだりにアルバリア様のお名前を気安く呼ぶことなど無いように」


ガランはそう言い捨てるとアルバリアと同じく転移魔法で消えた。

ガランが消えてからやっとシルヴィアは全身から力を抜いた。


「…いやぁ、とんでもないのが出てきたなぁ。あれが“魔女”の正体って訳か。多分名前を呼ばれるとどういう理屈かは分からないけど向こうに伝わるようになってるんだろうね」


周囲は何事も無かったようにいつも通りの風景だった。恐らくあの時間は周囲には全く認知されていないだろう。

時間潰しの観光をしようと立ち寄った先でとんでもないモノと遭遇して気分は疲れ果てていたが宿に戻って寝る訳にもいかないのでとりあえず庭園の美しい風景で癒されるとしよう。




***




庭園を散策していたシルヴィアはたまたま居合わせた老夫婦と話が盛り上がり気付くともうすぐ午後という時間になっていた。話し足りない老夫婦と別れ学園に向かって走るシルヴィアは大通りを行く途中で昨夜宿に向かう途中で出会った少女に再び遭遇した。


「おや、昨日の子じゃないか。今はまだ学園に居る時間じゃないの?」


「こんにちは、お姉さん。…えへへ、実はちょっと抜け出して来ちゃったの。ナイショだよ?」


「サボりは良くないよ?あんまりやってると叱られちゃうと思うけど」


「ちょっと外でお昼食べてたからこれから戻るんだよ。だから大丈夫なの。

お姉さんはどこかに行くの?」


そう言われて時間に遅れそうなのをシルヴィアは思い出した。


「そうだった。悪いけど急いでてね、今日はこれくらいでサヨナラさせてもらうよ」


「どこまで行くの?」


「君と同じで学園に用があってね。これから学長とお話があるんだ」


「じゃあ近道教えてあげるね!昨日のクッキーのお礼だから!」


そう言うと少女はシルヴィアの返答も聞かずに走り出した。シルヴィアは突然の展開に目を白黒させたが無視する訳にもいかず猛スピードで駆け出す少女を追って大通りを疾走して行った。

少女はシルヴィアでも気を抜くと見失いそうな勢いで駆けながらあちらこちらと路地を折れ曲がった。初めの内は建物の隙間から見えていた学園もとっくに見えなくなり最早方角すら分からずひたすら少女を追いかけるだけとなっていた。

どれ程道を折れ曲がったか分からないくらいの数の路地を突き進んでたどり着いたのは学園の外壁らしかった。少女は特に息を乱すこともなく鼻歌混じりに壁をペタペタと触ると規則正しくはまっていたレンガの一部が奥に押し込まれた。それを合図に壁に魔方陣が浮かび上がると扉が浮き上がってきた。

シルヴィアは荒れた息を整えるとその仕掛けに唖然とした。


「これは……。なんと言うかスゴいね……」


「でしょ?学園を探検してて偶然見つけたんだ」


シルヴィアは得意気な少女を横目に壁に触れて驚く。


(とても精緻な魔法だ。恐らく起動してない時は誰が見ても見つけるのは困難だろうな。これを仕掛けたのはとんでもない魔法使いだね。まさかさっきの魔女……?

それにしてもこんなの偶然見つけられるようなものじゃないんだけど一体どうやって…?)


隠されていた魔法の精緻さに驚くシルヴィアに不思議そうな目を向けていた少女は現れた扉を開いてシルヴィアを呼ぶ。


「お姉さん、こっち。ここを通れば時計塔の地下に出るんだよ。そこからなら学長室はもうすぐだから」


「え…?あぁ、今行くよ」


シルヴィアは一瞬何か疑問が頭を過ったが少女に手を引かれ扉をくぐると薄暗い地下道を進んで行った。

地下道はとても丁寧な造りで古そうだがしっかりしているようだ。等間隔に壁に吊るされた魔石灯は人が近づくと点灯する仕掛けになっているのか歩く足元は明るい。

地下道はいくつも横路があったが少女は迷わず進み少しも悩む素振りが無かった。

シルヴィアは鼻歌混じりに歩く少女に問いかけた。


「ねぇ、君はいつもこの道を通ってるの?」


「そうだよ。普通に表門を抜けるよりずっと早いもん」


「この道って他に誰か知ってる人っているのかな?」


「誰も知らないよ。ここは私だけが知ってるの。今日は特別だよ?」


少女はニコニコとシルヴィアに笑いかける。シルヴィアがその仕草に何かを思う直前、一つの扉に行き着いた。


「ここが時計塔の真下に繋がってるの。扉を出たら真っ直ぐ行って階段を登れば時計塔の一階だよ。時計塔から出たら後は迷わず行けるから大丈夫だね」


「ありがとう、君は来ないの?」


シルヴィアが尋ねると少女は今来た道を指差して言う。


「私はこっち。時計塔からだと遠回りになっちゃうから」


「そっか、じゃあここでお別れだね。ありがとう、道案内してくれて。あのままだったら約束に遅れるところだったよ」


「ううん、いいの。じゃあお姉さんバイバイ」


少女は手を振りながら来た道を走っていった。しばらく誰かが走る音が響いていたがそれもやがて聞こえなくなった。


「しまったな…、名前を聞きそびれた。それにしても本当に時計塔の真下なのかな?案内してくれたからには疑いたくはないんだけどね…」


シルヴィアは扉を開けて真っ直ぐ進むと螺旋階段を見つけた。やはり古いがしっかりした造りの階段だった。階段を登る途中にこれまた古い扉があったがこちらは鍵がかかっていて開かなかった。ともあれ上まで来てみると確かにそこは時計塔のようだった。


「ふぅ、やっと登り切ったか。ところで今は何時なんだろう?」


シルヴィアはそのまま時計塔を出て左右を見渡し学舎の方角へと進む。時計塔から少し離れたところから時計を見上げると予想より大分早く学園に来れたのが分かった。


「あの子には感謝だなぁ。…なんでこんな道知ってるのかは疑問だけど」


色々と疑問はあったがとりあえず約束の時間に余裕がないので学長にまとめて聞けばいいや、と適当に考えて学長室へと向かって行った。




***




結局シルヴィアが学長室にたどり着いたのは約束の時間の数分前というギリギリのタイミングだった。息を切らせて部屋の前まで行くと部屋の前に女性が一人立っていた。よく見ると今朝の騒ぎで迎えに来てくれた人だった。


「お待ちしておりました。皆様、既に中でお待ちしていますのでどうぞ」


「朝にお世話になった人だよね?朝から面倒をかけてすまなかったね」


「お気になさらず。さぁ、どうぞ」


女性はほとんど表情を変えないまま学長室の扉を開けた。

中には5人ほどが待っていた。学長、メルア、知らない男性と女性、そして朝の謎のメイドさんがいた。

シルヴィアは促されるままソファに腰を下ろすととりあえず遅れたことについて謝った。


「遅れて申し訳ないね。とんでもない人?に会っちゃって」


「まだ街に不慣れなんだから多少の遅れは気にしないよ。それよりとんでもない人って何かな?」


学長は笑顔でシルヴィアの謝罪を受け入れるとその後に続いたセリフに気が向く。


「多分、名前を言うと呼んじゃうから伏せるけど魔女の館のご主人様だよ」


シルヴィアが何気なく言った途端、学長室の空気が凍った。……ような感覚がした。

学長は冷や汗を一筋垂らしてから右手を前に出して言った。


「ちょっと待って。え?それって“あの人”のことだよね?嘘だろ……、冗談とかじゃないの……?」


「その反応だけで分かるよ。私もアレの厄介さは思い知ったからさ。でも残念なことに恐らく想像通りだと思うけど」


シルヴィアの言葉は室内の人々に様々な反応をさせた。

学長は冷や汗をかき、メルアはその身を硬直させた。知らない男性はため息を吐き、知らない女性は面白そうに笑っていた。メイドさんはなんのリアクションもしなかった。

学長は苦々しい顔をしながらハンカチで頬を伝う汗を拭った。


「なんで彼女と遭遇したんだい?彼女は余程のことが無い限りは絶対に外に現れない。しかもまだ昼間だし」


「本人曰く退屈しのぎだそうだよ?お付きの男にはかなり嫌われたみたいだけど。

遭遇した理由としては私がたまたま彼女の名前とレリーフを知ってたからだね」


「これなら昨日の内に言っておくべきだったかなぁ…」


「私もいきなりで驚いたけど今後は気を付けるよ。さすがに何度もあんなのとは出会いたくないからね。

まぁ、色々気になるだろうけど知らない人もいるから自己紹介でもしようか?」


シルヴィアは周囲を見渡して反応を伺うが学長はその申し出を断った。


「それには及ばないよ。既にここにいる全員は君のことは承知しているんだ。とりあえず彼等を紹介しよう」


学長はそう言うと壁に凭れて立っていた男とさっきからシルヴィアの対面で面白そうに話を聞いている女と隣に座ってずっと黙っているメイドさんを示しながら紹介した。


「彼はフィニアス・ドーレン。学園都市全体の保安部の部長で何か事件があったら必ず彼の耳に入るようになっている。

そして彼女はマリアベル・レストン。君が編入予定の特別課の担任で寮の責任者だよ。

そして君の隣に座ってる彼女はシェフィールド・ローゼンハワード。特別課の生徒で恐らく君が遭遇したメイドさんだと思うけどどうかな?」


「確かに、このメイドさんだよ。…そうかあの時のセリフはこうなることが分かってたからだね?」


シェフィールドは素知らぬ振りで何も答えなかった。

その他の紹介された当人達はそれぞれ会釈や適当な返事をしていた。


「紹介ありがとう。それで担任がいるのは分かるけどその保安部の部長さんは朝の件についてかな?」


シルヴィアがフィニアスを見ながら言うとフィニアスは一歩だけ進むと足を止めた。それから低い声でシルヴィアに質問し始めた。


「その通りだ。ラストソード、お前が見たのはこの男で間違いないか?」


フィニアスが差し出したのは遠くから撮影されたと思われる一枚の写真だった。画質は荒くあまり鮮明ではないがそれでも朝切り結んだ相手に間違いないなかった。


「うん、この男で間違いないね。…メイドさんもそう思うよね?」


シルヴィアは隣に座ったまま一言もしゃべらずじっとしているメイドに問いかけるも無言で小さく頷くに留まった。

シルヴィアはそのままフィニアスに写真を返した。


「既にローゼンハワードには確認を取ってあるがこれで確定したな。この男は傭兵を主として様々な場所で活動しているゲイル・ジニアスだ。誰に雇われて学園都市に潜入し何が目的で活動しているかは分からんが」


「大剣の男の正体が分かったところで他の二人については?魔法使いの男と小柄なローブの人物なんだけど」


「そちらについては目下捜査中だ。目撃者もお前達二人しかいない上に詳しい情報もなければそう簡単には分からん」


シルヴィアはそれもそうかと引き下がる。フィニアスはその後細かい質問を幾つかしてから調書をまとめると本部に戻ると言って退出して行った。

学長はフィニアスを見送ると改めてシルヴィアに向き合った。


「堅苦しい質問から始めて申し訳ない。最近この街では妙な事件が起こっててね、少し神経質になってるみたいなんだ。それでも悪いヤツじゃないから気を悪くしないで欲しい」


「別に気にしないよ。それが彼の仕事だし事件の当事者なら尚更だ。

さて、それじゃ昨日の続きと行こうか?」


シルヴィアが昨日の続きを促すと隣に黙って座っていたシェフィールドが無言で右手を挙げた。


「お話中申し訳ありません。事情聴取と顔合わせは済みましたので私も失礼してよろしいでしょうか。あまり長時間、お嬢様の近くから離れたくありませんので」


シェフィールドの申し出に学長は微笑みながら許可した。 


「ああ、そうだね。時間を取らせて悪かったよ」


学長の許可をもらったシェフィールドは音もなく立ち上がると室内の面々に一礼してから扉へと向かった。シェフィールドが退出する直前シルヴィアが、


「これからよろしくね。仲良くしてくれると嬉しいんだけどな」


と言うと無言で会釈してから静かに出ていった。

シェフィールドの素っ気ない仕草に思わず苦笑いがこぼれたシルヴィアを見てマリアベルは心底楽しそうに笑っていた。


「気にしないで良いのよ?あの子みんなに対してあんな感じなんだから。それでも悪い子じゃないから取っつきにくいけど仲良くしてあげてね。特別課のみんなもそうだからさ」


「実は特別課のみんなには昨日の夜にほとんど会ってるんだ。3人ほど来てないって言ってたんだけどシェフィールドには会ったからそのご主人様とあともう1人とはまだだけどね」


「そうなの?じゃ、話が早くて助かるわ。近いうちに教室で紹介するわね」


「よろしくお願いしますね、先生」


マリアベルは笑顔でシルヴィアの頭を撫でてから冷め始めた紅茶を一気に飲み干して立ち上がった。


「それじゃ学長、早いところ手続き済ましてシルヴィアが来れるようにして下さい。前みたいに書類サボって面倒かけないで下さいね?…そんじゃ私は戻りまーす」


学長に釘を刺してから気楽な調子で部屋から出ていった。

メルアがため息を吐きながら飲み手のいなくなった紅茶を片付けてテーブルの上がきれいになったところであの書類地獄が再開された。なんとか夕方の終業の鐘が鳴る頃に終わったのは頑張った方だと思う。学長と二人で疲れきった顔を見合わせて力無げにハイタッチを交わした。

それからは学長の用事があるとのことでメルアから追い出されたので1人学園を歩いて帰った。


「昨日今日で濃すぎないかなぁ…。明日ぐらいはのんびりしたい…」


疲れた顔で夕陽を浴びるシルヴィアがその後ろ姿がなんだか老婆のようだったと噂されているのが分かるのはもう少し後のことだった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。

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