第5話 いつもの朝と課題と特別課
学園の敷地内、その外れた場所に一つのかなり年季の入った建物はあった。元は教員用の独身寮だったが学園のあちこちを直すついでに新しく独身寮が建て直され古い独身寮は取り壊されることもなくそのまま放置された。しかし、近ごろになって特別課という普通の教え方では指導しきれない生徒のために作られた課の学生寮として再利用され始めた。だが放置されてから長い年月が経ちすぎていたため全体がボロく使える部屋も半分ほどしかない上にその辛うじて使える部屋も床が抜けてないだとか天井が落ちてない等最低限のものであった。それでも特別課の生徒達からは生活に必要な部分の改装だけでいいとの回答があったため学園としても無理に予算を割かずに済んで良かったと内心ホッとしていたのが本音だった。
ともあれ、そんな内外共に悲惨な学生寮に一人、近づく者がいた。
「予定時刻より少し過ぎてしまいましたね。ナーシャは既に戻っているはずなのでお嬢様の支度は大丈夫なはずですが、今朝は簡単に済ませてしまいましょうか」
朝の騒ぎの現場にいたメイドさんだった。メイドは慣れた足取りで建物の裏手に回ると勝手口の鍵を開け入った。
手に持っていた買い物籠をテーブルの上に置き中の物をチェックしながら手際よく分ける。その作業中にも鍋にお湯を沸かしたりすぐに使う材料を新たに棚から出したりと動きには微塵もためらいが無かった。
「スープとサラダとベーコンエッグでいいですね。それとパンを出せば朝食としては十分でしょう」
献立が決まると後はあっという間だった。
野菜をサッと洗うと素早く切り半分ほどを既に沸かし終わっていたお湯に入れる。それから残した野菜を蒸し器に移し鍋に乗せる。
次にフライパンを取り出し油をひくとベーコンをきっちりと並べ焼き、火が通ったところで卵を落とす。蓋を被せて少し蒸してから再び開け黄身が半熟なのを確認してから一人分ずつ切り分け皿に盛り付けた。これをもう一回やってから蒸し器を取り上げる。中の野菜を取り出し皿に盛り付けて手作りのドレッシングをかけて配膳用のワゴンに乗せた。
鍋の野菜に火が通ったのを確認してやはり手作りのコンソメを入れ一煮立させる。その間に棚からバケットを取り出し人数分取り出すと切っていく。切ったバケットをオーブンに入れ軽く焦げ目が付くくらいまで焼く。焼けるまでにスープの味を調整して火を止めカップに注ぐ。オーブンの中を確認してバケットを取り出しバスケットに並べていく。
そこでキッチンに新たに入ってくる者がいた。
「ごめんなさい、メリィの支度に時間がかかっちゃった」
入って来たのは朝霞だった。支度を済ませて降りてきたようだ。
「もう終わりますので大丈夫です。ワゴンを食堂まで運んで頂けませんか?」
「分かったわ。…さっき街の方で何かあった?」
「ちょっとしたケンカ騒ぎのようなものです。既に衛兵が現場を押さえていますから大事にはならないでしょう」
「居合わせたの?」
「ただ通り掛かっただけですが」
朝霞は「ふうん」と一言呟くとワゴンを押して出て行った。メイドは食器と飲み物とジャムを出すとその後に続いて出て行った。
***
食堂には特別課の生徒のほとんどが揃っていた。先に出た朝霞は配膳を始めていたが朝から元気なメリィに引っ付かれながらなのであまり進んでいなかった。
「ちょっとメリィってば!邪魔するなら朝食抜きにするわよ!?」
「サラダならいらないからあーちゃんにあげるー。その代わりベーコン頂戴?」
「好き嫌いするような子にはあげないわよ。それにシェフィールドがせっかく作ってくれたのにいらないなんて言わないの」
「シェフィちゃんいつも野菜食べろってうるさいからやだ。メリィはお菓子とお肉があれば満足だよー」
騒ぐメリィをあしらいながらの配膳は全然進まないので椅子に座って船を漕いでいるハンナの膝の上に無理矢理座らせた。
「!?」
突然の衝撃に混乱するハンナを無視して朝霞は配膳を再開した。
「ハンナ、いい加減に起きて。今日は先生からみんな出席するようにって言われてるんだから。
あと、メリィ押さえておいて」
ハンナは特大の欠伸で返事をしながら膝の上で暴れるメリィの後ろ襟を掴む。正直、メリィが暴れると座られているこちらは足が痛くてしょうがなかったのでさっさと黙らせる。
「…なんでメリィは後ろ襟掴むと大人しくなるんだろ?まるで子猫みたい」
「さぁね。実は猫だったりして」
ハンナの疑問に適当に答えて配膳は終了、そこにタイミング良くシェフィールドもやって来て食器や飲み物を準備するとテラスの方へと出て行った。
「さて、じゃあ揃ったし食べましょうか。
いただきます」
朝霞の号令に各々食事を始める。と、ギルバートが朝霞に朝の轟音について尋ねた。
「そういや、朝っぱらの爆音は何だったんだ?あれで叩き起こされて寝足りねぇんだけどさ」
「私も良くは知らないけどシェフィールドが言うにはなんかケンカみたいだったって」
「ケンカにしちゃ派手過ぎじゃねぇの?」
「だから知らないってば。私だってさっき聞いたばっかりなんだから」
そこで朝霞の隣でパンにジャムを塗っていたアイシアがポツリと呟く。
「結界が張られてた」
アイシアの以外な呟きにギルバートと朝霞は揃って振り向く。
「変な感じがしたから朝早くに起きちゃった。窓から見たら結界が張ってあるのが見えた」
「結界……ってことは魔法使いがケンカ?」
「魔法使いだったら魔法使うだろ。ってことはこいつはケンカなんかじゃなくて結界を張ってまで隠したかった何かがあったんだろうな」
そこに自分の食事はそこそこに大人しくなったメリィに餌付けしていたハンナが口を挟む。
「結界があったのは確実。私の部屋の試薬がバラ撒かれた魔力に反応してた。多分、ケンカどころか戦闘があったかそれに準ずる何かがあったのは間違いないよ。…それでね、さっきこっそりシェフィに試薬を吹き掛けたんだけど」
「ハンナ、後でシェフィールドにちゃんと謝りなさい」
朝霞が苦々しい顔で注意するが当の本人はあまり気に止めないまま話を続ける。
「どうせバレてるし本人が何にも言ってこないならそれは無かったことと同じだって。それより、話の続きなんだけどやっぱり反応したよ。それも強めの反応だったから現場に居合わせたんじゃないかなぁ?」
「でもシェフィールドは通り掛かっただけって言ってたわよ?」
「そんなのウソでしょ。だって試薬は反応したし、近くにいたのは確実なんでしょ?」
「それはそうかもだけど…」
そこでギルバートがわざと大きめの音を立てて食器を置いた。その音に朝霞とハンナは顔を向ける。
「お前ら盛り上がるのもいいけどよ、さっさとメシ食っちまえよ。今日は全員出席しなきゃなんねぇ日なんだろ?」
ギルバートの意見はもっともだったが日頃からサボってばかりで厳しく言っても授業に出ない者から言われるのは朝霞もハンナもイラっとしたようで、
「「お前に言われたくない!!」」
声を揃えて言われた。
だがそれでも手早く食べて片付けを始めた朝霞はメリィの顔の横で手を鳴らして覚醒させる。
「ほら、メリィもボーっとしてないで食べちゃって。ハンナもちゃんと残さず食べなさいよね」
「あれ…?メリィは何をやってたんだっけ…?」
「朝はあんまり食べらんないんだよぅ…」
近くで騒ぐ声をさらりと流しつつアイシアは静かに朝食を終えた。
***
食堂の外、今はテラスになっているところは元々テラスではなかった。元がただの独身寮なので当然といえば当然なのだがでは誰が作ったのかといえばこの場にいる者だった。
テラスに設けられたテーブルには一人の女子生徒が着いておりその近くに更に二人のメイドが並んでいた。
テーブルに着き食後の紅茶を楽しんでいた女子生徒はメイドの片方、先ほど朝霞に「シェフィールド」と呼ばれていた方に問いかけた。
「シェフィ、貴女にしては珍しく手を出したそうね」
「はい。ナーシャから目標が不測の事態に巻き込まれたと報告を受けたのと比較的近くに私がいましたので事後報告になりましたが介入しました、申し訳ありませんでした」
「別に咎めている訳ではないのよ?確かに積極的に行動するつもりは無かったけれど」
女子生徒はシェフィールドではないもう一人、ナーシャと呼ばれたメイドに視線を向ける。ナーシャはそれだけで意図を解した様子で書類を何枚かテーブルに広げる。
女子生徒はそれを一瞥すると興味を無くしたように紅茶を飲む。その間に書類は片付けられた。
「シェフィの所見は?」
「まだ確定するには情報が少ないので多分に私見を挟みますがよろしいでしょうか」
「いいわ、言って」
「では失礼します。
恐らくあの情報は概ね正しいかと。戦闘…と言いましても短いものでしたが能力はそれを裏付けるものと判断できると思われます。人柄についても事前の調査どおりであると思われます。ナーシャが昨日監視しましたがすぐに発見されましたことから気配察知能力も常人以上となります」
「あらあら、それじゃ噂は本当だったのね。お父様から聞いた時はとうとう年で頭がおかしくなったと疑ったものだったけれど」
女子生徒は心底楽しいと言うようにクスクスと微笑む。
そんな女子生徒にナーシャが一つ報告をする。
「お嬢様、昨夜対象が大通りを宿に向かって移動中に少女とぶつかっています。ですがその少女は私の意識の外から突然現れたように感じました。対象と別れた後も路地に入った途端に探知できなくなりました。そちらはいかが致しましょうか」
女子生徒はナーシャの報告に眉をひそめカップをテーブルに戻した。
「ふぅん?多分、あの引きこもりのお姫様だと思うけど…。向こうからこちらに手を出してこない限りは放置で大丈夫よ」
「分かりました。一応、影を飛ばすことも出来ますが…」
「無駄になるから止めておきなさい。あのお姫様相手に小細工は通用しないわ」
ナーシャはそれ以上何も言わずに一歩下がった。
女子生徒は残った紅茶を一飲みしてからカップをソーサーに戻した。
「さて、先生がわざわざ全員出席命令を出したのは恐らくその事でしょうから私達もそろそろ行くとしましょうか」
「かしこまりました。
ナーシャ、貴女は先に着替えて来なさい。私は片付けと洗い物を終えてから合流します」
「分かりました。…それではお嬢様、少しの間失礼致します」
そう言うとナーシャはスカートの裾を摘まんで一礼すると足元の影の中に沈んで行った。
「いつ見ても便利そうに感じてしまうのは無い物ねだりの証拠かしら?」
その様子を見ていた女子生徒は微笑みながらそう言った。
シェフィールドはテーブルの上の紅茶のセットを纏めると女子生徒に一礼してから出て行った。
「今日も代わり映えのしない1日なのか、それとも……」
独り言をポツリとこぼすとその時、テーブルから伸びる影から学園の制服に着替えて自身と女子生徒の鞄を持ったナーシャが現れた。
「お待たせ致しました。こちら、お嬢様の鞄です。内容はシェフィールドが既に準備済みなので不備は無いかと思います」
「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
その言葉にナーシャは椅子の後ろに回り女子生徒が立ち上がるのに合わせて椅子を引いた。女子生徒がテーブルから離れたのを確認してから椅子を戻し後を追った。
***
慌ただしい朝食を終えて特別課の生徒達は教室へと向かっていた。相変わらずメリィが騒がしく手当たり次第につきまとうのだがそれなりの付き合いなので全員適当にあしらっていた。
その集団からギルバートは少しずつ距離を取っていたが今日はアイシアに見つかり手を繋いでの連行となっていた。そんなギルバートを指して朝霞は笑いながらいつもの態度を改めるように言う。
「ぷっ……、くくっ。随分とお似合いじゃない。今日から毎日アイシアと仲良く手を繋いで行けばいいんじゃない?」
「お前な…、この歳になって年下の女子と手を繋いで歩くってのがどんだけ恥ずかしいか分かるか……?」
「いいじゃない、似合ってるわよ?まるで仲の良い兄妹みたいで。大体、アンタがいつも私の言うこと無視してサボるのがいけないんじゃない。これに懲りたらちゃんと来なさいよ」
「大丈夫、これからは私がギルバートをちゃんと連れてく。ギルバートは優しいから無理矢理離したり置いてったりしないから」
アイシアは妙にやる気満々でギルバートと繋ぐ手に力を込める。
「勘弁してくれ……」
「じゃあ反対側はメリィがもらうー!」
いきなり現れたメリィが意味も理解せずにアイシアと反対側の手を繋ぐ。そのまま何が楽しいのか全力で振り回すのを止めさせる。
「止めろ、バカ!腕が取れる!」
「二人とも、そのままそこのバカをちゃんと連れてってあげなさいね」
見た目は幼い2人で完全に小等部の引率なので笑いながら朝霞はそのままアイシアとメリィにギルバートを任せると足早に教室へと向かって行った。恐らく先生が来る前に朝の準備をするつもりだろう。
今度は朝霞と入れ違いにザックスが寄ってきた。
「なんだよ、ギルバート。朝から両手に花とは大したモテっぷりだなぁ?」
「やめろ、ザックス。もしもコイツらの事だったら花じゃなくてそこら辺の雑草かなんかだろ」
「お前の評価厳しくね?」
「コイツらに花と例えるくらいの色気があるか…?」
ギルバートのあんまりな評価にアイシアとメリィは無言で顔を見合わせる。それから一つ頷くと同時に左右の脛に蹴りを入れた。(直前に手は離した)
「ぐあああああああっ!」
派手にスッ転ぶギルバートに追加で蹴りを入れながらメリィが激しく抗議する。
「ギル君のばーか、ばーか!レディにそんな失礼な事言っちゃダメなんだよ!後であーちゃんにチクってやるー!」
「や、やめろ!悪かったから、蹴るな!」
「ギル君はもうちょっと女の子の気持ちを勉強した方がいいと思うの」
しこたま蹴って満足したのかメリィは前を歩いていたガイに後ろから走り寄るとその大きな背中に勢いよく飛び乗った。ガイはいきなりの衝撃に驚いたようだったが飛び乗ったのがメリィだと分かると乗せたまま歩くのを再開して行った。
「あー、もう埃だらけじゃねーか。ったく調子に乗って好き放題蹴りやがって」
「今のはお前が悪いんじゃね?」
「今のはギルバートが悪い。私もちょっとだけ怒った」
ザックスとアイシアの二人から言われてはさすがに反論出来ず言葉に詰まるギルバート。
「アイシア、お前朝霞みたいにすぐ蹴ったりするなよ?アイツみたいになったら手遅れだからな」
「朝霞はいつも優しい。蹴るのはギルバートかザックスくらい」
「ちくしょう、昨日今日で蹴られてばっかだな」
「お互い蹴られ仲間として仲良くしようぜ?なぁ?」
ギルバートは馴れ馴れしく肩を組んでくるザックスを引き剥がして歩き出す。すかさずアイシアがまた手を繋ぎ並んで歩く。その光景を見てザックスはふと、漏らす。
「やっぱり振りほどかないんだよなぁ。事情を知らなきゃ仲のいい兄妹ってところか」
歩いていくギルバートを追ってザックスも歩き出す。そういえば何かを忘れているような気がするが3歩歩いて思い出せないのでそのまま忘れた。
……教室に向かう途中で睡魔に負けたハンナは芝生に倒れて寝ていたが通り掛かったシェフィールドが回収して本日の特別課は無事に遅刻、欠席者無しとなった。
***
「さーて、久しぶりの全員出席って訳なんだけど出席率ワースト1のギルバートは何か申し開きはあるのかなー?」
朝のホームルームも始めず教壇に立った若い女性はやけに凄みのある声と笑顔でギルバートに問いかけた。
「せ、先生。課題をちゃんと提出すれば後は自由にしてていいって言ってたじゃねーか。出すもんはちゃんと出してるし出なきゃいけない時はこうやって出てるからいいだろ?」
「確かにそう言ったけどね、それはちゃんと毎日出席して課題もちゃんとやってるヤツ限定なの。
いい?今更なんだけどアンタらの成績を出すのに必要な項目ってのがあってさ、まぁ課題と出席数と素行なんだけど。アンタの場合は素行が採点不可、他が最低点で現状のままだと進級出来ないの、分かる?それに落第なんて出したら私の給料が下がる」
「絶対最後のが本音だろ……」
「何か言ったかなー?」
ドスの利いた声と笑顔のアンバランスさが凄まじい顔だった。
彼女はアストライア魔法教導学園、特別課の担任教師兼特別課寮の責任者である、マリアベル・レストンという。元はどこかの傭兵団に居たとか教師の前は騎士だったとか噂されるが事実かどうかは不明。だが近接戦は滅法強く魔法実技の訓練の一環である組み手では負け知らずだとか。学園の教師の中でもクセの強い一人として有名だった。
「さて、バカのお説教は後でしっかりやるとして今日はいくつかお知らせがあります」
「……1日に何回バカ呼ばわりされなきゃいけねぇんだよ……」
呟くギルバートの額に何かがぶち当たる。ギルバートは額を押さえて悶絶しながら目の前に落ちたそれを拾うとそれはものすごい力で圧縮された紙だった。マリアベルを見ると無言で開け、と合図されたので四苦八苦しながら開くと大きく『バカ』と書かれていた。
「私の話の腰を折っていいのは私だけだ。じゃあ気を取り直して…、近いうちに新しい問題児がやって来ます。私も経歴をちょっと見たけど新しいタイプの問題児でした。仲良くしてね?」
「そんな紹介でどうやって仲良くすんだよ?」
再びギルバートの額に圧縮した紙がぶち当たる。やはり苦労して開くが今度は何も書いてなかった。そんなギルバートを無視して朝霞が手を挙げる。
「先生、どんな人が入って来るんですか?」
朝霞の質問にマリアベルは「うーん」と悩んだ末に一言、
「可愛い女の子」
とだけ言った。悩んだ間に一体どんな言葉を飲み込んだのか気になった。
今度はザックスが質問を飛ばす。
「そいつはどんな問題児なんだよ?前歴があるとか前に居たところで何かやらかしたとかそういうのか?」
「そういう部類の問題児じゃあないんだよね。この中じゃ一番とんでもないタイプだけど」
「なんだそりゃ?実は大魔王でした、とかそんなもんか?」
「はっはっはっ」
マリアベルは質問に答えずただ空虚に笑うだけで流した。
「そんで、次なんだけど。もう知ってるだろうけど朝、市場通りの近くで事件がありました。犯人は不明、被害者多数で学園都市の保安部が動いてる。どこで犯人と出くわすか分からないから街を歩く時は気を付けて」
「保安部が動いててまだ捕まんねぇのか?」
ギルバートの疑問にマリアベルはやれやれ、と肩をすくめて答える。
「残念ながら、ね。どうやらいつの間にか学園都市に入り込んでた外部の犯罪組織らしいけどどこに潜伏してるのかまだ分からないみたい」
マリアベルは心底うんざりしたようにため息を吐くと気持ちを切り換えて授業の準備を始めた。
「じゃあ連絡事項はそれくらいだからみんな楽しいお勉強の時間です。中間試験も近いし今日はそれぞれの復習項目をまとめたプリント作って来たからそれをやろうか」
「え~!?メリィそろそろ外でおもいっきり体動かしたい!プリントとか飽きたもん!」
「ほほう……?私が寝る間を惜しんで丹精込めて作った有難ーいプリントを飽きた、と?メリィがそんなに嫌がるなんて私は悲しいなぁ。ものすごい悲しいから暴れちゃいそうだよ……?」
「ヒィッ…!?な、なーんて思ったのはウソでメリィはプリント大好きだから頑張っちゃおうかなー……」
「そうかそうか。メリィは嬉しいことを言うね?あんまりにも嬉しいから倍のプリントあげちゃおうかなー?」
メリィが涙目で「イヤーーー!」と悲鳴を上げるのを聞きながらギルバートは不意に思い付く。
「そういや、先生。新しく入ってくるヤツってなんて名前なんだよ?」
「うん?…あぁ、言ってなかったっけ?ちょっと待って。えーと、確かね……」
マリアベルは大量の書類を捲りやっとそれ関係の書類を見つけた。
「あったあった。…シルヴィアだよ。シルヴィア・ラストソード。珍しい名前だよね」
マリアベルの告げた名前にギルバートは驚いた。つい昨日ここまで案内して夜も風呂屋で出くわすという最早顔馴染みのような相手の名前だったからだ。
朝霞とアイシアも想像していなかったようで酷く驚いた顔をしていた。
「それって銀髪で朝霞より少し小さいくらいのヤツか?」
「は?まぁ書類には銀髪って書いてあるね。背丈のことは知らないけど。何、知り合いなの?」
「いや、昨日ここまで案内したから……」
「そうなの?それなら丁度いいね。顔見知りがいるならこのシルヴィアってのも早く慣れるだろうしさ。それにしてもアンタのサボりがこんな形で役に立つとは思わなかったけど」
ギルバートは不思議な縁もあるものだ、とそれ以上深くは考えなかった。朝霞とアイシアはシルヴィアが特別課に入るのに喜んでいるようだが正直どうでも良かった。
ギルバートが(仕方なさそうに)プリントを始めるのを見てからマリアベルはシェフィールドの元に向かった。シェフィールドも予め分かっていたようで目の前に立ったマリアベルに「早朝の件ですね」と言った。
「話が早くて助かるわ。シェフィ、アンタ午後になったら学長室まで行きなさい。そこで簡単に事情聴取するみたいだから。
…という訳でアンタのメイド借りるわよ、ミランダ?」
「えぇ、私は既に話を聞いたから。ナーシャもいるし結構ですわよ」
「ありがとね。あと、何か知ってるなら私にも情報を回しなさい。一応私はアンタ達の先生なんだから」
ミランダと呼ばれた女子生徒は隣の席にいるナーシャに目を向ける。するとナーシャは鞄から纏められた書類を出しマリアベルに手渡した。
マリアベルは受け取ったそれを何枚かパラパラと捲り「ありがとう」と言って教室の前の方に戻って行った。
「という訳ですので午後は失礼致します。ナーシャに任せて行きますが何かありましたらすぐにお呼び下さい。
……ナーシャ、くれぐれもお嬢様に危険なことが無いよう気を付けなさい」
「シェフィは心配性ね?学園都市の外ならいざ知らず中なら大して危ないことも無いでしょうに」
「朝のような事件が再び起こる可能性は決して低くありません。そしてそれに巻き込まれる可能性もゼロではないのです。旦那様にお嬢様のお世話を任されている以上、些細な事柄であっても十分に注意せねばならないのです」
「分かったわ、気を付けるからこれ以上は抑えて頂戴。それより学長室に行ったらシルヴィア?だったかしら、彼女をちゃんと見ててね?」
「承知しています。こちらへの警戒心は薄れているでしょうから少し踏み行って探ってみます」
ミランダはシェフィールドの返答に満足したかのように頷くと今まで放置されていた課題のプリントを特に考える素振りもなく仕上げるとペンを置いた。それと同時にナーシャが席を立ち既に仕上げていた自分の分にミランダとシェフィールドの分を合わせ教室の隅に置いた椅子に座っていたマリアベルの元へと持っていく。
「お嬢様以下二人、終わりました。実技実習まで休憩でよろしいでしょうか?」
「はい、お疲れ様。休憩でいいけど教室の中には居てよ?一応は授業中なんだから」
ナーシャは「分かりました」と短く言うとミランダの元へと戻って行った。
マリアベルは受け取ったプリントを纏めて机に置いて教室全体を見渡す。課題が終わったのはまだミランダ達だけのようで残りの面々はまだ悩んでいるようだった。
「これでも二時間くらいかかるような内容なんだけどなぁ」
それでもいつもの事なので今更驚いたりはしないのだが。
そんなことを頭の片隅で思いつつマリアベルは悩み過ぎて頭から火が出そうになっているメリィを見に向かった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
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