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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
紅い断罪編
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第10話  宝石と料理と少女の独り言

シルヴィア達が喫茶店で話し合っている同時刻、先ほどまで魔窟と化していた建物に深紅の髪を流した女性が立っていた。

女性の名はレイラ・ヴァーミリオン。督務貴族であり、魔導元帥の一人の彼女は傍から見ても分かるほど機嫌が悪かった。


「こんなに最悪な場所が隠蔽されていたなんて、何故気付かなかったんですの?」


痕跡は無い。魔窟が解除された一瞬のみ大量の呪いや魔力の残滓を感知できたのだが、訪れた頃には全てが霧散してしまっていた。


(手がかりは無し。直前まで誰かがいたような痕跡が玄関辺りには残ってるけど、明らかに細工されている。ここでの調査は意味が無いわね)


これ以上の手がかりが無いなら他の場所の調査へ行きたいところだが、小賢しいことに他の手がかりが今は無い。

学園上層部や深部から情報を得られればもう少し動きようもあるだろうが、それでは他に動いてる者達の後追いでしかない。意味の無いことはしないことにしているレイラだった。


「とりあえず、あいつから追加で情報を引っ張り出すとするかしら」


用がないと分かればこんな場所からさっさと移動する。時間は有限なのだ。レイラも多忙な身である以上は効率的に動かねばならない。


「ここにはこれ以上何もありません。次に行きますわよ」


建物の入り口周辺で待機していた従者の少年二人に声をかけて立ち去る。

レイラが次に向かったのは、学園都市に来てからすぐに訪れたあの店だった。


「ごきげんよう。店主を出しなさい」


目付きの悪い男達の射抜くような視線に、従者の少年二人が怖じ気づくが、レイラの一睨みでスッと目を逸らした。

間もなく、奥から困り顔で若い男が現れた。男は店の男達を人払いすると、レイラ達に席を進めた。


「来るなら来るって事前に連絡をくれよ、レイラ」


「別にいらないでしょう?どうせいつだって同じですもの」


「これでも一応はちゃんとした飲み屋でもあるんだけどな……」


「だったら客に飲み物の一つでも出すのが普通じゃなくて?」


「はいはい、仰せのままに」


男が店の奥に声をかけると、レイラの前に上等なワインと、少年二人の前にミルクが置かれた。


「まぁ、及第点ですわね」


ワインを一口飲んだレイラの感想に男は苦笑いした。


「そりゃ、レイラの口に合うワインなんざそうそう無ぇよ。ここはあくまでも場末の飲み屋だぜ?それでもかなり奮発してんだ、我慢してくれよ」


「そういうことにしておきましょうか」


グラスを戻したレイラの顔つきが仕事中の顔に変わる。男はレイラの口が開く前に書類を出した。


「ほらよ、追加の調査分だ。詳しくは読んで確認してくれ」


手早くページを手繰るレイラに、余計な口は聞かずそのまま待つ。しばらく店内に紙を捲る音だけが響いた後、レイラは書類をテーブルに戻した。


「さすがですわね。この短期間でよくもここまで調べ上げたものですわ」


「そいつはどうも、そんじゃ質問タイムといこうか」


「シルヴィア・ラストソードとは何者?」


「分からん。今のところ、学園の生徒で学長直々の庇護下にあることと、並外れた戦闘力があるらしいってことしか掴めなかった」


以前、学園都市に来た直後のフリーマーケットで偶然出会した銀髪の少女を思い出す。隙の全く無い気配だったのを覚えている。


「少し前の学園都市襲撃事件にも関わっていたようですし、気になりますわね」


「オレも気になったんでな、少し調べようとしたんだけどよ……」


そこで区切ると、うんざりしたような口調で続けた。


「尾行は絶対撒かれるし、おまけまで貰う始末で半分諦めかけてる」


男がレイラにメモを渡す。そこには「誰だか知らないけど止めてね」と走り書きされていた。


「あなたはこのシルヴィアについてどう思ってますの?」


「少なくとも、悪いことを企んでる雰囲気は無いと思う。学長や保安部もバックに着いてるし、担任はあのマリアベル・レストンだって話だ。襲撃事件も主に鎮圧をしていたようだしな」


「……私自身で話してみるべきですかしら」


「今は難しいかもな。襲撃事件の時は無断で出たようでな、クラスメイト共々謹慎中……ってことになってるはずなんだが、どういう訳か今回も出歩いてるみたいだ」


「なんだか私達の在学中を思い出しますわね」


言いながらレイラはこの後の動きを考えていた。とにかく情報が欲しい。目の前の旧友という情報源とは別に、現場の情報が。

残っていたワインを一息に飲み干したレイラは、グラスを戻して旧友に言った。


「まずは情報ありがとうございました。引き続き調査をよろしく。報酬はここで」


レイラが手持ち無沙汰にしていた従者の少年に目配せすると、手早く少年が荷物から袋を出して男の前に置いた。

男がチラリと袋の中を確認すると、多めの金貨の上に前回も押し付けられた紅い宝石があった。


「うわっ、こんなのいらねぇよ。金だけで十分だ、持って帰れ」


「あら、つれないですこと。世間には喉から手が出るほど欲しがる輩もいるのに」


「あいにくオレは命が惜しいんでな。真実を知らない連中とは違うんだ。この間のも返却したいくらいなんだが?」


「貴族からの下賜品をいらないだなんて、失礼ではなくて?」


「お前相手にそんなこと言ってられるかよ。頼むから持って帰ってくれ」


本気で嫌そうなので仕方なく紅い宝石を回収するレイラ。従者の少年に管理を任せて話を続けた。


「私はこれから学園に向かいますわ。まずは簡単なところから、シルヴィアの在籍する特別科に行ってみますわ」


「あいよ。こっちももう少し深掘りしてみるが、正直どこまでやれるかは分からんな」


「頼んでおいてなんですけど、危険なことはしないように。私も助けられる範囲は決まってますの」


男は早く帰れ、と言わんばかりに手を振るとレイラもそれ以上は何も言わずに店を出た。

次の目的地は学園の特別科。自身が在学中は特別科なんてものは無かったので、少し興味があった。



***



「よっこいせ」


さっきまで何事かをうるさく喚き立てていたソレは驚愕に目を見開いたまま、呆気なく絶命して倒れた。

床に倒れた男は最後まで意味が理解できなかったに違いない。男の妻子は凶行をガタガタと震えながら見ていることしかできなかった。


「さーて、そんじゃま始めますか」


たった今、人を一人殺したばかりなのが嘘のような気軽さでサローナ・バガオは残る妻子に振り向いた。


「……こっ、この子だけは!この子だけは見逃してください!何も言いませんから、お願いします!!」


母親が我が子を後ろに庇いながら必死に懇願する。泣いて頼む母親の言うことをサローナはほとんど聞いていなかった。何故なら、結果は全て決まっているのだから。


「いいって、そういうのはさ。アタシチャンも予定があるからさ、強いて言うなら静かにしててくんない

?」


面倒そうに母子に言うと、サローナはそれまで手に持っていた血塗れの斧を捨てて、今度は腰に提げていた鞘から大振りの鉈を引き抜いた。母親はそれを見て我が子を抱き締めた。


「あの世で家族一緒だぜってな」


鈍い音と大量の液体が飛び散る音が響き、重たい物が倒れる音がした。


「ふいー、とりあえずの拠点は確保っと。()()は後でするとして、まずは防護かね」


鉈を一振りして血を払い落とす。凄惨な部屋に微塵も感心は無かった。

サローナは持参した道具袋から雑多な物を取り出す。どれも一見、ガラクタのようだがサローナは慣れた手つきで組み合わせていく。そうして完成したのは、見た目は酷いがちゃんとした警報装置だった。


「下手に結界なんぞ敷いたら速攻でバレるからね。隠れたい時はこれくらいでちょうどいいんよな」


同じ物を更に3つ作ったサローナは家の出入口と、自分なら仕掛けられると困るという場所に設置した。

警報の設置を終えたサローナは次にキッチンへと向かった。綺麗に整頓されたキッチンは先ほど手にかけた母親が几帳面だったことを感じさせた。


「ま、関係ねーぜ」


適当に食料を漁り、これまた適当に調理していく。出来上がったものはまずまずの出来映え。皿に盛り付け、申し訳程度に野菜を適当に盛ったサラダを付ければサローナにしては上出来だった。


「こんなまともなメシ久しぶりじゃね?」


食料を漁った時に見つけたお盆に載せて別の部屋に持っていく。ノックはせずに無遠慮に開け放った。


「まいどー、アタシチャン食堂の出前でーす♪」


その声に室内のベッドに横になり、背を向けていた少女は不機嫌な目を向けた。


「……いらない。出てって」


「お嬢さんや、何をするにも腹が減ってちゃどうにもならねーよ?早く課題を終わらせたけりゃさっさと食って、ぱぱーっとやっちまおうぜ♪」


「なんでアンタはそんなに元気なわけ?」


「別に特別元気って訳でもねーぜ。しこたまボッコボコにされたし、お嬢さんが働かねーからずっと働き通しだし?」


確かに、ミュリエラはパパと慕う紳士に置いて行かれてからずっとサローナ任せで何もしていなかった。

新しい隠れ家を見つけて中を()()したのもサローナだった。

さらりと毒を吐かれたことに詰まるミュリエラの反応を楽しみつつ、サローナは運んできた料理をテーブルに置いた。


「アタシチャンの仕事はお嬢さんの護衛と課題達成のお手伝い。雇い主のおっちゃんに拾われた恩もあるけど、今はお嬢さんのお世話がメインだなぁ♪」


「何よ。不満なの?」


「うんにゃ?殺し合いはいつものことだし、報酬もらって命令に従うのもいつものこと。

ただまぁ、今回は初めての依頼が入ってるから新鮮で楽しみが勝ってるかね♪」


「……初めての依頼?」


「ずばりお嬢さんの子守り♪」


言い切ったサローナ目掛けてクッションが飛んでくる。それをひょい、とかわしたサローナはケラケラと笑った。


「子守りとか言うな!」


「言われたくなかったらさっさとメシ食いな。こっから先はお嬢さんにも動いて貰うんだからさ♪」


ヘラヘラ笑いながら部屋から出ていったサローナを憎々しげに見ていたミュリエラはテーブルに置かれた料理を横目で見た。

普段からお菓子ばかり食べていたミュリエラは、あまり普通の食事をしない。お世辞にもきれいな見た目とは言いがたい適当な料理は、少し冷めてきている。


「……」


フォークを取り、一口食べてみる。


「……ムカつく」


その後、風呂に向かったミュリエラを見送ったサローナが部屋の皿を回収しに行くと、見事に空になった皿が置いてあった。



***



シルヴィアとマリアベルが転移で移動してきたのは、どこかの一室だった。上品な調度品でまとめられた室内は地味過ぎず、それでいて派手さを感じさせない落ち着いた雰囲気だった。まだ昼間なのにカーテンが閉めきられているのは場所の特定や周囲の目を気にしてか。

ともあれ、突然シルヴィア達四人が転移してきたにも関わらず、室内にいたメイドの格好をした女性は驚いた様子も見せずに迎え入れた。


「ようこそいらっしゃいました、マリアベル・レストン様、シルヴィア・ラストソード様。正式なおもてなしができない状況で申し訳ありませんが、お客様に喜んで頂けるよう誠心誠意お世話させていただきます」


メイドがビシッときれいなお辞儀をする。あまりにも完璧な姿勢に思わず反応が遅れる二人だった。

メイドはシルヴィアとマリアベルへの挨拶を終えると、その後ろにいた折紙達に目を向けた。


「そちらのお二人には後程お話がありますのでお忘れなきよう、お願いします」


ニコリと微笑んだメイドに対して、折紙は絶望したように項垂れ、物見屋は口笛を吹いて明後日の方向を向いていた。


「お客様はこちらへどうぞ。お茶のご用意をしております。よろしければ軽食のご用意もございますが、いかがでしょうか」


「アタシは貰おうかしら。シルヴィアは?」


「じゃあせっかくだし、私も」


「かしこまりました。お茶の希望がありましたらどうぞご遠慮なく。ああ、そちらのお二人は特にありませんね」


折紙達の返事も聞かずにメイドはシルヴィア達を案内し始めた。

案内されたのは先ほどの部屋と同じように整えられた客間で、こちらも落ち着いた雰囲気でまとめられていた。ソファを勧められたシルヴィアとマリアベルはそのまま座ったが、折紙と物見屋は座らず、対面に立ったままだった。


「座らないの?」


「こちらのお二人のことは気にせず、どうかごゆっくりされてくださいませ。さぁ、お茶をどうぞ」


メイドが出したお茶は温度も濃さも素晴らしいものだった。シェフィールドが出すお茶も良いものだったが、これは比べるまでもないと感じさせた。隣のマリアベルも一口飲んでから驚いた様子を見せていた。


「では、一息つかれましたところでお話を始められてはいかがでしょうか?」


シルヴィア達の緊張が和らいだことを見抜いてメイドが物見屋に話をするように勧める。完全にこの場をメイドが仕切っていた。


「はいよ、給仕サマ。折紙、資料は纏めてるだろ?」


「はい。こちらが今までの調査で得た情報です」


折紙が出した紙束をマリアベルが素早く捲り、読み進めていく。シルヴィアはあの老紳士以外は特に興味が無かったので黙ってお茶と軽食を堪能していた。

マリアベルが紙を捲り続けるのを見つつ、折紙が話を進める。


「シルヴィアさんの言っていた人物のことも気になりますけど、まずはこちらの情報からお出しします。物見屋さんの得た情報も合わせて説明しますね」


「オレが調査した結果、サローナ・バガオの他に怪しいやつが何人かいるのがわかった。その内の二名はシルヴィアの言ってるやつだな。

そいつらとは別に、騒動の起きた現場付近で見慣れない不審者が居たようだな」


物見屋の言う不審者はまとめられた書類に載っていた。そのページを見ながらマリアベルが面倒そうに言った。


「ダーコス男爵家のアホ息子か」


「その通り。実際には、本人じゃなくて取り巻きの一人のようだがな」


「用も無いのに子分がその辺うろうろしないでしょうが」


「今となってはそのアホ息子も行方知れずだけどな。とりあえず、こいつのラインから調べ始めたんだがな、ここでもう一人出てくる。そっちは完全にお手上げだ。全く分からん」


書類にはダーコス男爵家の息子が宿泊していた宿に素性不明の黒ずくめの少女が訪れた、とあった。

あとは細かい調査結果が色々とあったが、マリアベルは紙束をテーブルに置くと一言言った。


「つまり、大してわからないってことね」


お茶を飲み干すマリアベルの直接的な言い方に、物見屋は困ったように腕を組んだ。


「敵さんに隠れるのが妙に上手いやつがいる。恐らく、サローナとは別に動いてるやつがな。オレとしてはサローナは囮で、本命がこそこそと動き回ってるんじゃねぇかと踏んでる」


「アンタ達に察知されずにこの街で動けるの?」


「そこを突かれると痛いんだが、あいにくとオレ達も万能じゃない。人手は常に不足してるし、見なきゃいけないのはこの街だけじゃねぇんだ」


疲れたように言う物見屋をフォローするように折紙が言う。


「物見屋さんは単独で少ない情報から辿って調べてますから、この短い期間では仕方ないのでは……」


「そんなことより、シルヴィアの話を聞くのが主題じゃないの?」


成果を「そんなこと」の一言でバッサリと切り捨てられた物見屋が苦笑するのを無視して、マリアベルはシルヴィアの目を真っ直ぐに見る。


「さぁ、今度こそ話してもらうわよ。アンタが唯一警戒する相手のことを」


「もちろん。アレも私の前に出たってことはこうなることを折り込み済みだろうし、知らないとどこまで被害が拡大するかわからないしね」


シルヴィアはお茶を一口飲んで唇を湿らすと、小さく息を整えた。


「あいつの名前はゼルギウス・クライスナー。二つ名は『屍山(しざん)』。私の知る中で最も危険な下衆野郎だよ」


シルヴィアがその名を口にしてから、何故かその場は奇妙な緊張感が漂っていた。


「あいつがこの街に居たなら、間違いなく何か危険なことをしてる。実際、本人も孤児の経過観察だかなんだかと言ってたし、その孤児を使って何かを企んでるんじゃないかな」


シルヴィアが辟易したように言うところで、折紙がおずおずと手を挙げて言った。


「あの……、シルヴィアさんがそこまで危険と言うからにはそうなんでしょうけど、その名前に全く聞き覚えが無いんですけど」


「そりゃそうだよ。だってあいつは基本的に裏で企むばっかりの引きこもりだもん。実行するのは良いように操られた奴らだけだよ」


「そんなやつがいるとはな……」


折紙と物見屋が難しい顔をして黙り込んでしまった。そんな二人に代わって、今度はマリアベルがシルヴィアに質問する。


「で、アンタから見てそのゼルギウスとか言うやつはどこまで危険?」


「どこまでかって聞かれると全部としか言いようがないよ。あいつが計画したなら、その始まりから終わりまで録な事にならない。今回は孤児を使っているみたいだけど、一体どうなることやら」


「もっと分かりやすく言いなさいよ」


「魔獣王の相手でもしてた方がマシだね」


シルヴィアの言葉にマリアベルはげんなりした。魔獣王なんて、相手にするのは自殺行為とまで言われるほど危険な存在なのだ。よりにもよって、それよりも厄介だとは。


「アンタ、そのゼルギウスとか言うやつと知り合いならなんとかならないの?」


「あいつが目の前に出てきてくれたら殺してもいいけど。ちょいちょい厄介事を起こしてるみたいだし、私も昔は散々な目に合わされたし、いい加減、放っておくととんでもない事やりそうで怖いもんね」


「……アンタのそういうサバサバしたところ見ると、やっぱり長生きしてるだけはあるって思うわ」


「そうかな?でもまぁ、私が手を下す前に他の誰かがやりそうだけど」


シルヴィアの殺伐とした一面を見て、マリアベルが更にげんなりした。

気を紛らわすように、メイドの用意したサンドイッチにかぶり付くマリアベルを横目に、物見屋が口を挟んだ。


「ちょっと待て、まだ不確定要素があんのか?」


「うん?あぁ、他の誰かが手を出すってところ?あのクズはいろんな人達から恨みを買ってるからね、そりゃ敵には困らないでしょ。ただでさえ、とんでもない人を敵に回してるのにね」


「誰だ、それは?」


「ガブリエラって言ってね、確か、最古の魔王って呼ばれてたっけな。400年前に罠にかけられてね、天空の魔獣王ごと封印されたけどそろそろ復活するんじゃない?」


あっさりと告げられた内容に、その場の全員が固まった。さすがの情報に、今まで表情を全く崩さなかったメイドでさえも驚いた様子を見せた。


「……勘弁してくれ」


物見屋の短い一言が、シルヴィアを除いたその場の全員の気持ちを代弁していた。


「とりあえずガブリエラは放っておくとして、今はゼルギウスをどうにかしないとね。何を企んでるのか、やつの手駒はどれだけいるのか、目の前のことから対処していこうよ」


とんでもない爆弾を放り込んだくせに、シルヴィアは知らぬとばかりに話を進めていく。


「ゼルギウスは多分だけど、もう街から撤退してると思う。私に見つかったし、いざとなれば学長達や君たちを相手にしないといけないのは、あいつにとっても簡単じゃないはず。それっぽい騒ぎも起きてないなら本人は本当にどっかに行ったんじゃないかな」


「確証が無い以上はどちらとも言えねぇな。とは言え、こちらができることは防御を厚くするくらいか」


「幸い……、と言うのもアレだけど、この間の騒ぎを言い訳にすれば街の防御を強化する名目くらいにはなるかしらね」


シルヴィアの意見に、物見屋とマリアベルが間髪入れずに意見を入れる。

三人が意見を交換するのを見ながら、中に入れず手持ち無沙汰になっていた折紙は手遊びに紙を折っていた。


(中に入れない……。というか、私の場違い感がすごい)


折紙は所属する組織の中ではかなりの新参だ。後輩もいるにはいるが、担当が違う上にほぼ会わないので担当部署内では相変わらずの新入り扱いだった。

元々、人前に出るタイプではない折紙は自身の能力もあって諜報活動が向いていると思っていた。そんな中、人手不足でいきなり前線に立たされた挙げ句、めちゃくちゃ怖い先生だの、恐ろしい仮面の男だの、仕事で仕方ないとは言え、無茶が過ぎる気がする。まぁ、そんな事を言える訳もないので黙って従うしかないのが哀しいところであった。

……実は、そんな折紙の内情をほぼ完璧に読み取っているメイドが鋭い目を向けているのだが。


「……あれ?」


手遊びが乗って折り紙のカエルが5匹を越えた辺りで不意に折紙が声をあげた。そんなに大きな声ではなかったはずだが、いつの間にか全員の注目を集めていた。


「どうした、折紙。なんかあったか?」


「いえ、今まで見回ってた場所に感知型の仕掛けを設置してあったんですけど、一つ反応が途絶えてます。何かされればすぐにこっちに伝わるはずなんですけど」


「潰されたか?」


「そこまでは分かりませんけど、人為的な何かをされたことは確かです」


物見屋はそのまま黙り込んだ。日頃から折紙をからかって遊んではいるが、経験の浅さ以外はそれなりに認めているのだ。そんな折紙の仕掛けを術者に感知されずに無効化する?


「気に入らねぇな……」


「なら、私が見てこようか?」


簡単に言うシルヴィアだったが、物見屋はそれを拒否した。


「少し泳がせたい。相手が誰かを見極めないとどこかで出し抜かれる恐れがあるからな」


やれやれ、と言った風に物見屋が立ち上がる。続いてシルヴィア達も立ち上がり、メイドがスッとドアを開けた。

ドアの向こうは真っ暗闇に包まれている。魔力の流れが歪んでいるので、どこか別の場所に繋がっているようだ。


「そんじゃま、もう少し調査のお時間ですかね」


シルヴィア達は真っ暗闇の中へと進んで行く。メイド以外の全員が暗闇に消えた後、メイドが静かに礼をした。


「いってらっしゃいませ、皆様。どうか、お気をつけ下さい」


ドアが一人でに閉まり、室内の灯りが消えた。



***



薄暗い部屋の中で、唯一置かれたベッドの上に横たわる人影があった。人影は全身に包帯を巻き、荒い呼吸をしていた。

ベッドの周囲には、手当ての痕跡が大量にあり、血まみれの包帯やガーゼ、回復薬の空き瓶などが散らばっている。


「ぐ……」


ベッドに横たわる人影が身動ぎする。苦痛に喘ぐ人影の側にふらりと新たな人影が現れた。


「おじさん、苦しそうだね」


現れた人影は学園の制服を着た少女だった。少女は全身包帯の男……、学園都市の保安部部長のフィニアスの汗を拭いていく。


「でも、よく生きてたね。あの爆発から運良く地下通路に落ちてさ、私が探検中だったから良かったよ」


独り言を呟く少女は散らばる包帯などを片付けながら、尚も独り言を続ける。


「まったくさー、みんな好き勝手しすぎだよね。どれだけ壊しても直せばいいと思ってるんだろうなぁ」


溢れる愚痴は誰にも受け取られず、されど、少女はお構い無しに続けた。


「あの娘もあの娘だよ。全部我慢しちゃってさ、もっとわがままとか文句言えばいいのに。あの娘が本気で願えば誰にも止められないんだから」


相当、鬱憤が溜まっていたのか、少女の独り言は延々と続いた。しかし、その間もフィニアスの包帯を変えたり、汗を拭ったりと手が止まることもなかった。

フィニアスの体勢を変えたり、腕を持ち上げたりするのも本来であれば少女の体格では難しいはずなのに、少女は難なくこなしていった。


「ふう、あともう少しで大丈夫かな。そうしたら、誰か適当に連れてきて引き継いでもらおう。でも、それだと納得しないかなぁ?」


しばらく考えていた少女だったが、面倒になったのか別の事に目を向け始めた。


「まぁ、起きてからでいっか。それよりも、また面白そうなことしてる。どうしよっかな、また会いに行こうかな」


楽しそうに言う少女は懐から小さな袋を取り出した。何かが入ったそれを大事そうに手のひらの上で眺める。


「おじさん、じゃあね。またお世話に来るから」


眠るフィニアスにそう告げた瞬間、部屋の灯りが消えた。真っ暗闇に包まれた部屋の中にはもう、ベッドで眠るフィニアスしかいなかった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。

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