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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
紅い断罪編
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第8話  地獄と調査とそれぞれの思惑

学園都市の学長であるガルバー・ラインスロートがメイドに案内されたのは一際豪奢で、気品のある部屋だった。

部屋には既に先客がおり、椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲んでいた。先客はちらりとガルバーを見るだけで、立ち上がることもせずに無言のまま。それにガルバーは憤るでもなく、逆にかしこまった態度で礼をした。


「これはアルバリア様、ご機嫌麗しゅう。お久しぶりでございます」


「ええ、こんにちわ。相変わらず、辛気臭い顔ね」


「お見苦しい有様で申し訳ありません。凡才が分不相応な振る舞いをするとすぐに地が出てしまうようで……。以後、気を付けます」


「あなたはもう少し人を上手く使う術を学びなさい。凡才がいくら無理を重ねても、一人分以上の結果は出せないわよ?」


「貴重な助言、ありがとうございます」


ガルバーが再び礼をする。アルバリアは微笑むだけで何も言わなかった。

挨拶が終わった後もガルバーは立ったまま、部屋の主が座るであろう席から最も遠い位置で待機する。

それからしばらくして、部屋の扉が開かれた。入ってきたのはシンプルでありながら上品さを損なわない、可憐と表現するのが相応しいドレスを着た少女だった。少女はお付のメイドに案内された席に座ると、アルバリアとガルバーに微笑んだ。


「御機嫌よう。今日は来てくれてありがとう。さぁ、学長さんもお座りになって?」


「失礼します」


すかさず、メイドが引いた椅子に座るガルバー。メイドがガルバーにお茶の種類をどうするか尋ねた。


「今日はどちらをお飲みになられますか」


「では……、クォンレイ産の二年物をストレートでお願いします」


「かしこまりました」


テキパキと、一瞬たりとも乱れの無い手際で用意されたお茶は、僅かな濁りすらも無い透き通った琥珀色をしていた。礼を言い、一口飲んだガルバーは文句のつけようのないお茶にお世辞抜きの感謝を述べた。


「とても美味しい。ありがとう」


「お褒めにあずかり、嬉しく存じます。引き続きお楽しみ下さいませ」


言葉とは正反対に、メイドの目には途轍もない憎悪が滲んでいた。それきり、メイドはガルバーを完全に無視して少女のお茶を淹れると一礼して退室していった。

アルバリアは面白いと言わんばかりにクスクスと笑い、少女は困ったように言った。


「ごめんなさいね、私想いなのは嬉しいのだけど……」


「いえ、私の至らなさが招いたことなので甘んじて受けます。お気になさらず」


「いいえ、お客さんに失礼をしたらダメよ。後でちゃんとお説教しておくわ」


「お手柔らかにお願いします」


メイドのとんでもない殺気のこもった視線を思い出してか、ガルバーは身震いする。それに微笑んだ少女は嬉しそうに次々とお菓子を勧め始めた。


「さぁ、どんどん食べて?私の自慢の料理長が腕によりをかけて作ったのよ」


「こら、リリィ。テンションが上がっているのはしょうがないにしても、少し落ち着きなさいな」


「だって、アルちゃんも最近は全然来てくれないし、お食事も味気ないのばっかりなんだもの」


「忙しいのよ、ごめんなさいね」


リリィ、と呼ばれた少女がむくれて不満そうな目を向けるが、アルバリアはさらりと受け流す。

親密そうな雰囲気に、ガルバーは雑談の一つということで問いかけた。


「お二方はとても親密でいらっしゃいますね」


ガルバーの問いかけにリリィはパァッと、花が咲くような笑みを浮かべた。正しく、満面の笑みだった。


「そうなの!アルちゃんは私がここに来てからずうっと一緒に居てくれるのよ?時々、意地悪して来なくなるけど……、でも、やっぱりこうして来てくれるの。優しいでしょう?」


「ええ。アルバリア様はとてもお優しいですね」


「一番のお友達なのよ!」


「……分かったからお止めなさい。恥ずかしいわ」


飾らない、ストレートな愛情表現にアルバリアも少し赤面していた。照れ隠しか、手に取ったスコーンにジャムを塗る所作が微妙に荒っぽい。珍しい光景にガルバーは失礼だと思いつつも笑った。


「……私のことはいいのよ。それよりも、本題に入りましょう?リリィだって時間制限があるでしょうし」


「そうね、残念だけどあんまり時間は無いのよね。……じゃあ学長さん、お願いしても良いかしら?」


「喜んで」


二人に断って立ち上がったガルバーは、自身のカバンから書類を出した。アルバリアに手渡し、リリィにも渡そうとしかけて、思い止まる。それにリリィが微笑むと、ずっと無言で待機していた執事が代わりに受け取った。


「では、定期報告をさせていただきます」


ガルバーの澄ました顔の下で、心臓が早鐘を打つ。何かを間違えたら寿命の縮みそうなプレッシャーの中、報告会という名の地獄が始まった。


「…………以上で定期報告を終わります」


書類と合わせて長々とした報告を終えたガルバーは静かに腰を下ろした。それと同時にグラスに入った水が置かれた。


「ありがとう」


礼を言われたメイドは返事をせず、黙礼だけを返して元の位置に戻った。


「じゃあ、学長さんの報告も終わったし、次はアルちゃんお願いね」


「はいはい。と言っても、私の方はあまり中身が無いのよね。一応、調査結果の報告はするわ」


一度、お茶で口元を湿らす。


「結論から先に言うわね。『天空の魔王』が死んだわ」


「……そう」


「なっ……!?」


リリィは悲しそうに、ガルバーは驚きにあふれた反応を返した。


「アルバリア様、一体どういう……?」


「そのままよ。まぁ、ちゃんと説明してあげるから落ち着きなさいな」


「……失礼しました。先をお願いします」


「最初に異変が発生したのは二ヵ月ほど前、交易をしていた各地から『天空の魔王』が一切の反応をしないと報告があったのは聞いていたわね?」


「はい、それは聞いてました。しかし、過去にも『天空の魔王』は稀に音信不通になることがあったと聞きます。それとは違うと?」


「私も最初はそう思ってたんだけどね、あまりにもうるさいから仕方なく調査に出向いた訳ね」


アルバリアがジト目をリリィに向けた。向けられた本人は涼しい顔でお茶を飲んでいる。ハァ、とため息を吐いて続きを話す。


「各地の調査隊が『天空の魔王』の居城である天空城の調査に赴いたのだけど、辿り着くことすら適わず断念。調査隊のリーダーだった大国クリムヴェルトがリリィに助けを求めて、それが私に回ってきたってこと」


「なるほど、経緯は分かりました。天空城は不可侵の結界で守られているとは聞いていましたが、大国をもってしても辿り着けないとは……」


「違うわ。それは正しいルートを知らないからなのよ」


「ルート?」


「天空城の周囲には複雑な気流と、正規のルート以外の侵入を拒むように門番が設置されているのよね。正しいルートを進めば城までは簡単に行けるの。まぁ、そのルートを知ってるのは世界でもそんなに多くはないでしょうけど」


一旦、言葉を切ったアルバリアが再び続ける。


「ともかく、行くだけならそこまで難易度は高くないの。私も騒ぎの割にはあっさり行けたものだから、ちょっと拍子抜けしたわね」


「では、一体天空城は……」


「私が城に到着したとき、既に無人だったわ。魔王本人はもちろん、使用人から下働き、配下も職人も動物すらもいなかったの。今の天空城には生物は何も残ってないでしょう」


「それは、どういうことなのでしょうか……。人がいないのはとにかく、動物までもがいないのは度を越えた異常です」


「そうね、私もその時点で想像以上の難事になっていることを理解したわ。だから、詳しく調査を始めたわけだけど、理由に見当がついた時点で即撤退したの。あれが私の予想通りなら『天空の魔王』はとっくに死んでるし、私も今頃は同じ末路を辿ったでしょうね」


ハァ、と疲れたようにため息をこぼすアルバリアは本当にそう思っているようだった。アルバリアの常に自信に満ち溢れた顔ばかり見ていたガルバーはその事実に驚き、そして戦慄した。

つまり、それはこのアルバリアを以てしても脅威なのだということに。


「アルバリア様、対処はどうすればいいでしょうか?学園都市も調査の支援をしないことにはいきませんし、それほどの脅威なら備えも厳重にしなければなりません」


「あぁ、今のところは大丈夫よ。天空城に近づかなければ問題はないわ」


「どうして、そう言い切れるのですか?」


「そういうものだとしか言えないわ。今、天空城は特殊な結界に包まれているの。それは結界内に侵入したものは抵抗なく取り込み、出ようとするものは許さない。そんな性質なの」


「その結界は……」


アルバリアが再びお茶に手を伸ばす。いくらか冷めたお茶は僅かに苦味が出ていたが、却ってその苦味がアルバリアに先を促した。


「遥か昔から存在する古い魔王の一角で、400年前の大陸戦争を最後にパタリと音沙汰が無くなった魔王……。その魔王の代名詞とも言える歴史上最強の結界、夢幻結界。それが今の天空城に展開されているわ」


「夢幻、結界……?」


ガルバーの不可解そうな呟きは、彼がその名を知らないということを示していた。アルバリアがリリィをチラリと見ると、複雑そうな顔をしていた。長い付き合いの中でも、稀に見る表情に、意外感を覚えた。


「私はすぐに全力で撤退したから脱出できたけど、結界のことを知らずに長時間内部に留まっていたら、私も今頃は結界の中で夢の彼方に消えていたでしょうね」


「……とりあえず、今は不用意な接近さえしなければ大丈夫と、そう捉えていいのですね?」


「ええ。結界も完全に展開している訳ではなさそうだったもの。いずれ結界が完成し、中の魔王が完全に復活を果たすまでは、ね?」


「……これは頭の痛い案件ですね」


「本当に。結界が動き始めた以上はもう止められないと考えていいわ。あれをどうにかできるのは世界に数人でしょうね」


「ちなみに、アルバリア様になんとかお願いすることは可能でしょうか?」


「絶対に嫌よ。私の切り札、奥の手、最後の悪あがき、なりふり構わず全てをぶつけてやっと同じ舞台に立てるってところかしら」


「それは……、どうにもならないじゃないですか……」


「だから言ったでしょう。もう止められないって。幸い、魔王が復活したところで、世界に直接的な脅威にはならないだろう、ってところかしら。道楽的な性根だったから、研究にでものめり込むと思うけど」


アルバリアとしても、頭の痛い話なのだ。大抵のことなら無視できるような存在となんか関わりたくない。それが紛れもない本心だった。

そして、自分が預かる学園都市で、今まさに問題と直面しているガルバーは、キリキリと痛む胃を押さえた。

ガルバーの悪くなり始めた顔色を見て、リリィがそっとベルを鳴らす。


「誰かお薬を持ってきてあげて。倒れそうだわ」


さすがに、当たりの強かったメイドも気の毒だったのか、胃薬は極めて迅速に運ばれてきたのだった。



***



特別科の一同が、学長とは別の地獄を体験した翌朝、寮内は惨憺たる状況だった。

テーブルにつき、朝食を食べていたシルヴィアは辺りを見渡して言った。


「廃墟とか墓地にはね、ゾンビみたいな死体系の魔獣が出現するんだよ。もちろん、動物に限らず人の死体もその対象だね」


「……気持ちは分かりますけど、朝にする話じゃないですよね」


「なんとなく思いついてさ。いずれはみんなも廃墟の探索とかするでしょ?知っていて損はないよ」


「確かに、損はないでしょうけど……」


同じく、テーブルについて朝食を摂っていた朝霞も辺りを見渡す。そこには、死屍累々の有り様で転がる級友達がいた。

前日の重装備での訓練(デスマーチ)。あれが半数を立つことすら不可能にさせていた。

男衆は根性と意地で動いているが、女子で動けているのは不参加だったシルヴィアと朝霞、こちらも意地で動いているシェフィールドだけだった。


「ところでさ、朝霞だったらどうかな?」


「……私もなんとか動けるレベルでしょう。それなりに鍛えてはいますけど、あれはさすがに……」


「ティファニアの授業っていつもあんな感じなのかな?だとしたら、それに着いていく普通科の生徒はすごいね」


「どうなんでしょう……?」


ティファニアの授業は普通科の高等部かららしい。高等部進級と同時に特別科へ入った朝霞は真相を知らなかった。


「まぁ、いいか」


思案を中断してフォークを置く。この後は、ベッドから起き上がれなかったメリィ達の食器を部屋から下げねばならないのだ。


「ごちそうさまでした」


ゾンビ(ギルバート達)が呻く中、食事を終えたシルヴィアが席を立った。


「朝霞はのんびりしてなよ。私は色々とやってくるからさ」


そう言って食べ終えた食器をキッチンに運ぶ。本来ならシェフィールドが絶対に中へと入らせないが、さすがのシェフィールドも疲労が濃いらしく、任せられるところについては何も言わなかった。

食器を洗い終えた後は、部屋から出ることすらできなかったゾンビ(メリィ達)のお世話を始める。一応のノックの後、部屋に入る。


「メリィ、ごはんは食べ終わった?」


「……シーちゃぁん、体が痛くて食べれないよぉ……」


「ダメかー……」


なんとかベッドから引っ張り出し、勉強机に着かせて朝食を置いたのだが、食事という行動ができなかったようだ。なんとか食べようと頑張ったようだが、そもそも、体を起こし続けることが無理だった。


「うーん、親鳥の気分」


「うぅ……、恥ずかしい……」


仕方なく、メリィに朝食を食べさせてやることに。メリィも、さすがに顔を真っ赤にしているが、空腹には耐えられなかった。

程なくして食事を終えたメリィをベッドに戻して、次の部屋へと向かう。次はアイシアだ。


「アイシアー、どうかな?……って、うわぁ……」


部屋の扉を開けた途端、猛烈な冷気が辺りを漂った。室内は、シルヴィアも呻くほどの低温状態だった。

その原因が何かと言うと、犯人はもちろんアイシアだった。


「お姉さん、さっき食べ終わったよ」


「いや、それはいいんだけどね?」


確かに、朝食はきれいに片付いている。が、問題はそこではない。


「アイシア、かなりむちゃくちゃなことしたねぇ」


「身体が痛かったから」


呆れたシルヴィアが椅子に腰かけるアイシアに近づく。

足元で氷が踏まれて砕けた。それに対して特に反応はしなかった。なぜなら、


「まったく、氷で全身の動きを補助するとはね……」


アイシアの全身は、動きを補助するかのように氷に包まれていた。確かに、この方法ならば氷はアイシアの魔力が続く限り、自由自在に動かせる。筋肉痛だろうとお構い無しに。

しかし、いくらアイシア自身が氷魔法の使い手として、また、出身地故に寒さに慣れていようと、長時間に渡って氷に身を包まれていては問題がある。現に、アイシアの小さな唇は真っ青を通り越して紫になりかけていた。


「まったく、もう……。こんなに凍えちゃって、やり方が力業すぎるよ?」


「大丈夫、慣れてる。すぐに回復する」


アイシアの言葉に偽りはないだろう。話に聞く出身地は極寒が当たり前、暖かい日など珍しい気候だと言うのだから。

それでも、見ている側はたまったものではないのだ。


「さぁ、早く氷を消して、毛布にくるまって待ってて。ギルバート達にお風呂の用意をさせるから」


シルヴィアがアイシアの返答も待たずに抱き上げる。氷塊でも抱えているかのような冷たさに、思わず顔をしかめた。

手早くベッドに放り込んで、毛布を次々に掛けていく。脱出も容易ではなさそうなくらい掛けると、シルヴィアはアイシアに声をかけた。


「じゃあ、一旦さがるよ。お風呂の用意ができたらすぐに来るから、待っててね?寝ちゃってもいいから、ちゃんと暖かくしてること。いいね?」


素直に頷いたアイシアの髪を撫で、シルヴィアは階下へと降りた。ちょうど出掛けようとしていたギルバートを捕まえて、理由を説明した後でお風呂の用意をお願いした。


「そんなわけで、よろしく。私はハンナの様子を見てくるから」


「何やってんだ、アホか……?」


ぶつくさ言いながらも、ちゃんとお風呂に向かうギルバートにありがとう、と声をかけてから再び階上へ。


「さて、ハンナはどうなってるかな」


ノックは省略して、いきなりドアを開けた。

シルヴィアの予想では、ハンナも例に漏れず筋肉痛に呻いているだろうと思ったが、予想は大きく外れていた。


「おっ、お疲れー」


「……さっきまでとは違って、ずいぶんと元気だね?」


「さすがに辛くてにゃー。ちょいとお薬パワーで回復しましたぜ!」


朗らかに笑うハンナの奥で、机の上に山積みになっている薬ビン。尋常じゃない量の空きビンに、さすがのシルヴィアも引いた。


「分かってると思うけど、ちゃんと気を付けてね」


「あいよー」


ヒラヒラと手を振って答えるハンナにため息をこぼしつつ、シルヴィアは部屋を後にした。

さて、残るはミランダとナーシャだが、ミランダの世話はシェフィールドが譲らない。そして、ナーシャを甘やかすこともシェフィールドは許さない。

一応、ナーシャの部屋をノックして覗いて見たところ、苦肉の策だろうが、アイシアと同じく自身の影魔法で身体を強引に動かしていた。


「ん……?あっ」


あまり上手に動かしているとは言えない様子が見られていたことに驚き、赤面するナーシャ。狼狽するナーシャに手を振ってそのまま部屋を後にした。


「さてと、今日はどうするかな」


相も変わらず担任であるマリアベルは行方知らずらしい。朝早く寮に来て告げていったティファニアが珍しく、苛立った様子でいたのが印象に残った。

今日はティファニアも来られないようで、代役を呼んでいるから寮で待機しているようにと指示されたがシルヴィアに守る気は初めから無かった。


「さすがにもう無視できないもんなぁ」


数日前から感じる妙な魔力の揺らぎ。何か良くないことが学園都市で起きているのは明確、マリアベルの不在もそれに関係しているように思うのは勘ぐりすぎだろうか。

とはいえ、自分も要注意人物であることをきちんと理解しているシルヴィアは黙って出て行かずに朝霞に告げていくことにした。


「というわけで、しばらくサボるから後はよろしく」


「ちょ、ちょっと!待ってください、そんなのダメですってば!」


「誰かに尋ねられたら正直に話してね。私が静止を聞かずに出てったってさ」


「そんなの……」


「なんならティファニアでも学長でも、誰でもいいから相談した方がいいね。それじゃあまたね」


「シルヴィアさん!!」


止める朝霞にウインクを一つ、テラスに出たシルヴィアはそのまま跳躍して消えていった。


「……」


伸ばした手がだらりと落ちる。未だに車いすに頼らねば移動もままならない自分が、朝霞には悔しかった。



***



「そんで?あんたはどこまで手伝ってくれんの?」


「ですから、私は偵察などがメインで……」


「そこじゃない。()()()()かって聞いてんの」


マリアベルの射貫くような目線に、折紙……改め、紙調は後ずさる。が、頑張って堪えて向き直った。


「私たちの大目標は『蜃気楼』の排除とその裏にいる黒幕を突き止めることです。可能なら黒幕も排除したいところですが、最低限この街での破壊活動や企てを阻止したいです。

ですので、マリアベルさんにはそれまでの協力を頼みたいんです。もちろん、私も全力でバックアップしますし、必要なら一緒に戦うことも辞さないつもりです」


「あっそ。じゃあよろしく」


あっさりとしたマリアベルの返事に、紙調はポカンとした表情を浮かべた。その反応にマリアベルは呆れたように言った。


「何よ、その顔は」


「いや、そんなあっさりな感じとは思わなくて……」


「言ったでしょ?どこまでかって。そこが聞ければいいわ。他に聞きたくなったらその都度聞くだけだし」


紙調はひとまず胸をなでおろす。ここでマリアベルの協力を得られなかった場合、マリアベルにはここで()()()()()()事になっていたからだ。こちらが半ば強制的に巻き込んだとはいえ、少なくない情報を与えてしまっている以上はこのまま返すことはできない。マリアベルは間違いなく達人レベルの魔法使いだが、手段を選ばなければどうとでもなるのだから。

そんな裏事情は微塵もおくびに出さず、紙調は話を続けた。


「では、今後の活動方針を明確にしましょう。

こちらは先ほども言った通り、『蜃気楼』排除と学園都市での企ての阻止。可能であれば黒幕のあぶり出しもですね」


「こっちはフィニアスの生死の確認と学園都市で起きている事件の解決よ」


「事件の解決はこちらの目的とほぼ一致していますね。フィニアスさんの捜索はこちらでも進めておきましょう」


「そんでアタシは『蜃気楼』とサローナをぶっ飛ばす、と」


「マリアベルさんが間違いなく一番危険です。私もバックアップに動きますが、くれぐれも無茶はなさらないでください」


「引き際くらいは心得てるわよ。アタシだってまだ死ぬつもりなんか無いし」


フン、と鼻を鳴らすマリアベルには面倒くさそうな雰囲気はあるが、怖じ気づいた様子は微塵も無い。それが頼もしく感じるのは、普段一緒にいるのが威厳などと全く無関係な連中ばかりだからだろうか。

ともあれ、とりあえずの方針が決まったところで、早速行動に移すこととなった。


「こちらでいくつかの場所をマークしています。その中から最も可能性が高い所から攻めましょう」


「いいんじゃない?それで場所は?」


「この先の邸宅です。3年ほど前から住人はここを別荘扱いで学園都市の外で生活しています。隠れ家としてはもってこいでしょう」


「どうする?あたしが突っ込むんでもいいけど」


「いやいや、ちょっと待ちませんか?私が外から探りますから」


やたら好戦的なマリアベルを抑えつつ、紙調は懐から数枚の紙片を取り出した。


「紙片結界、遠見改め及び、探知改め」


紙調が紙片をバラ撒くと一人でに飛んで行った。それを見届けることなく、紙調はマリアベルに身を隠すように伝えた。


「しばらく遠くから探ります」


「面白い魔法ねぇ。紙を媒介にして色んな魔法を使い分けるってこと?」


「細かいことは秘密です。今、見聞きしたことも他言無用でお願いします」


「はいはい」


紙調の真剣な顔に、マリアベルは茶化す気でいたのをやめた。

だが、マリアベルから見ても珍しい魔法で、更に扱いに慣れた様子や消費魔力の少なさなどの点は優秀に見えた。


「あんた、天桜の出身でしょ」


「さぁ、どうでしょうか。それと、あんまりこちらの詮索はしないで貰えると助かります」


「ちょっとくらい世間話に付き合いなさいよ」


「けっこう危険な任務中なんですけど……」


紙調が半ば呆れたように言ってから、軽く手を振った。


「ハズレですね。なにも反応がありません」


飛んで行った紙片がその場で燃え尽きたのが遠目に見えた。逆探知を恐れての処置であらかじめ仕込んでいたのだろう、見届けることなく紙調が歩き出した。


「次に行きましょう。候補はあと3か所です」


「はいはい」



***



ズルズル、と何かが引き摺られるような音が響く。同時にカチャカチャと金属同士が当たる音もする。そこは灯りの無い、本当の暗闇だった。

どこまでも続くまっ暗闇にひたすら音が響く。暗闇を行く者が何者なのか、目的も行く先も誰も知らないままに音は進んでいく。

やがて、その音すらも暗闇に飲み込まれていく。

後には痛いくらいの静寂と、変わらない暗闇しか残らなかった。



***



「つまんなーーーい!!!」


大声と共にグラスがけっこうな勢いで飛ぶ。投げられた女はそれをヒョイとかわして、ケラケラと笑った。


「まぁまぁ、そんなに癇癪起こしなさんな♪」


「ウザイ!」


「おっと♪」


再び投げられたグラス(中身入り)をまたかわす。先ほどからミュリエラからの投擲攻撃をヘラヘラとした笑いを浮かべたまま、サローナはかわしている。


「お嬢さんや、まだ気にする展開じゃないっしょ?こっからどうするん?」


「私はパーフェクトに完遂させたかったの!それなのに……」


「まぁ、索敵能力が向こうのが上だったってこったね。それはもう変わらないから諦めるしかなくね?」


「うるさい!そんなの分かってる!」


癇癪を起こして当たり散らすミュリエラを横目に、サローナは薄ら笑いの奥で思考する。


(相手は()()()()()()あたしらより上手だ。特に、この間の女。あいつとは正面きってぶつかったら万が一にも勝ち目は無い。更には隠れ家も安全とはいかなくなって来た。とすれば……)


「黙ってないでなんかアイデア出しなさいよ!」


「はいよ、お嬢さん。そうだなぁ……」


とりあえず、何をするにも準備がいる。そのために時間が欲しい。となれば、今取るべき手段は時間稼ぎだ。そう結論付けたサローナはミュリエラが分かりやすいように説明する。


「とにかく、態勢を整えるためにも時間が欲しい。だからさ、あいつらが困ることしようぜ♪」


「困ること?」


「そ、困ること。嫌がらせならお手のもの、ってな♪」


「あっそ、それでどうすんのよ」


「嫌がらせってのは相手の一番嫌がることをしないと意味がない。そんで、この状況で相手が最も困ることってなんだろな?」


「……なんなのよ」


「自分で考えなー、ってそんな時間もないか」


ミュリエラが再び手近な物を振り上げたのをヘラヘラ笑いながら止めつつ、サローナの思考はフル回転していた。

相手は少しずつこちらに迫って来ている。隠れ家がどこまでバレているのか分からないが、ここは全てバレていると考えた方がいい。

更に敵戦力も侮れない。あの精霊魔法を使う女、その救援に来たやつ、学園都市の魔法使い達、滞在中のヴァーミリオン……はまだ未確定だったか。

もっと言えば学園都市の深部とそれに協力する魔女もいる。サービス山盛りで目眩がしそうだった。


「……とりあえずは移動かな」


「はぁ?」


「お嬢さんのパパさんが用意した隠れ家はもう安全が保障されないからね。まずは落ち着けるところから探さなきゃね♪」


「パパのこと疑ってんの!?」


「そんなこと言ってないって。ただ、相手がどこまでこちらの動きを掴んでるのか分からない以上は、こっちも動きに変化を入れないとマズイんだわ」


尚も噛みついてくるミュリエラを説得し、移動を始めるサローナは内心でため息ばかり吐いていた。


(まったく、子守りは大変だねぇ。世の中のママさん逹には頭が上がらないよ……)


表面上はヘラヘラ笑いを崩さず、しかし内面では冷静に状況把握に努めるサローナの苦労など意にも介さないミュリエラに何度目になるか分からないため息をこっそり吐くのだった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


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