第6話 首狩りと不安と必殺する紫
きっかけは些細なことだった。
いつも散歩しているじいさんがいない、毎日挨拶してくれた店の店員が数日無断欠勤している、隣の屋敷がやたら静か、見回りに出た衛士が行方不明だとか。
一つ一つはそこまで大きい訳ではない。だが、確実に何かがおかしい。小さな不安が少しずつ、少しずつ街に広がり始めていた。
そんな報告をほぼ毎日受けるのは、学園都市の保安部の部長であるフィニアス・ドーレンだった。フィニアスは毎日送られてくる膨大な量の報告書を相手に、普段から険しい顔を更に険しくしていた。
「また何かが起きているか?」
学園都市は広大だ。そこに住まう人はかなりの数がいるので、大小様々な争い事が発生している。ケンカや窃盗、その他のもめ事など全てを挙げようとしたらキリがない。
しかし、ここ数日は明らかにいつもと違う雰囲気を、長年の勘から感じていた。
「これまでも行方不明などの報告はあった。だが、それもただの無断外泊だったり、夜逃げだったりと事件性は低かった。しかし……」
フィニアスは行方不明系の報告書を日付順に並べていく。直近で一番古い報告書はちょうどレイラ・ヴァーミリオンが訪れた時期と重なっていた。
その時期の学園都市の出入り記録に不審な人物はいない。多少、素性の不確かな人物がいたが、そんなのは入る前に排除している。
「そこまで徹底しても不法侵入してくる連中がいるのが頭痛ものだが……」
頭を抱えたフィニアスが頭痛をこらえるように眉間にシワを寄せた。それを見た若い部下がそそくさと逃げて行った。
「考えていても始まらん。実際に現地を確認するか」
報告書を机に置いたフィニアスは立ち上がった。引っ掛けてあったコートを羽織ると部屋を足早に横切る。
「少し出てくる。何かあればすぐに報告してくれ」
「了解しました」
部下の返事に片手を挙げて応えたフィニアスはそのまま目的地へ向かった。
気になる報告が多い地区は、大通りから少し外れた場所だが立地自体は良く、とても事件が起こっていそうにはなかった。
その中でも、つい先日、衛士が行方不明となる直前に訪れていたとされる屋敷に到着した。
「ここか。一見して変わりは無し、周囲にも特別おかしなところは見当たらないか」
注意深く屋敷の周囲を観察し、不審物や罠が無いことを確認したフィニアスは玄関まで進む。念のため、ドア周辺も確認するが、特に気になるところはなかった。
「失礼、誰かいるか」
返事はなし。もう一度呼び掛けるが、やはり、何もない。フィニアスは玄関から下がり、少し荒れ始めた庭を観察し始めた。
「雑草の伸び具合からして、不在期間はそこそこか。ここの主はしばらく無断欠勤しているようだし、間違いなく事件に巻き込まれたな」
手に装着していた手袋を、別の手袋に付け替える。分厚い革製の手袋だった。
次に、裏口へ回ったフィニアスは勝手口を見つけた。こちらも閉まっている。勝手口の下部に注目したフィニアスが屈んで観察した。
「まだ新しい擦り傷だな。少なくとも、ここ数日の間に一度は開かれた形跡がある」
フィニアスはもう一度勝手口のドアノブを引いた。当然ながら開かない。つまり、誰かが入って戸締まりをしたのは確実だった。
これが家主なら問題ない。衛士の行方不明とも関係がなかったということになる。しかし、家主は今も音沙汰無しで、未だに行方を掴めていない。
「……異常事態と判断。保安部の捜査権限により、強行手段を実行する」
静かに宣言した後、フィニアスはドアノブをむしりとった。ドアノブごと鍵が取れたドアは力無く開いた。
中は薄暗い。しかし、フィニアスは灯りを出さずに慎重な足取りで進んだ。倉庫か何かなのだろう。雑多な物が棚に押し込まれていたりしている。
そこで、フィニアスは足を止めた。
「糸と……、ガラクタか。粗雑な警報装置といったところか」
足元の見えにくい場所に糸が張られている。糸を辿れば、木の板や鈴などが括り付けられていた。
警報はそのままに、更に注意深く歩を進める。結局、罠らしき物は粗雑な警報だけだった。
倉庫を出たフィニアスは一階の廊下にいた。耳を澄ませてみるが、音は何もしない。周囲には変わった様子も見られなかった。
とりあえず、一階の部屋を一つずつ確認していく。どこも無人で、誰かがいた形跡すらなかったが、キッチンだけは違っていた。
「つい最近まで水を使っていたか」
僅かに水気が残るキッチンは、よく見れば不自然な痕跡が多少残っていた。
かすかに湿っているタオル、めちゃくちゃに突っ込まれた食器、足元に落ちている何かのカス。
他の部屋は几帳面に整理整頓されているにも関わらず、ここだけ微妙に荒れている。まるで、この家の者ではない誰かが生活していたような……。
「上か」
フィニアスは静かに階段を上った。二階に着いてすぐ、不自然に開いたドアを見つけた。開いたドアから中を覗くと、中には一脚だけポツンと置いてある椅子と、グズグズに溶けた何かがあった。
「これは……」
ほとんど床と一体化している謎の黒い何か。成人男性ほどの大きさで、ちょうど床に倒れたような形に見えなくもなかった。詳しく検分しようとした時、どこかで物音がした。
フィニアスは険しい目で辺りを見渡し、部屋の一つに当たりをつけた。部屋の前に立ち、少しだけドアを開ける。隙間から見えるのを判断するに、女の子の部屋という感じだった。
慎重にドアを開け、罠に注意する。幸いにも罠などは仕掛けられていなかった。
部屋に入ったフィニアスは、ベッドに腰かける少女を見つけた。何故か、目一杯おしゃれな格好で飾り付けられている少女はフィニアスが近寄っても身動ぎすらしない。
「君、大丈夫か?……いや、死んでいるか」
少女はすでに事切れていた。穏やかな顔で眠る少女は、死んでいるとは思えないほど自然体だった。
フィニアスは用心しながら、少女の死体を検分する。こちらも罠などはなかったが、服の上から触診した限り、あちこちの骨が折れていることがわかった。
「この屋敷の娘か。ならば家族はどこへ行った?なぜ、この娘だけがここで着飾って死んでいる?」
部屋に置いてあった写真立てには、娘とその家族らしき夫婦が写っている。楽しそうな雰囲気も、今となってはもう戻らない。
「それに、あの溶けたようなものはなんだ?恐らくは誰かの死体なんだろうが、どうしてあんなことになっている?」
意味不明なことが多すぎる。稚拙な罠があったと思えば、屋敷の中には何も無い。隠すべき死体や痕跡は放置で、人形のように死体を着飾る。
「犯人の人物像がめちゃくちゃで説明がつかない。と、するならば……」
フィニアスは一つの仮説を思いつく。
「犯人は複数、か?それぞれが違う思惑で動き回っていて、その結果、杜撰な形で露見している?」
その時、カタリと音がした。一瞬で臨戦態勢になったフィニアスが鋭い目で扉を睨む。間もなく、それは現れた。
ぎこちない動きで扉を開けたのは、見た目は成人男性だった。背格好は写真の男性と似ているので、恐らくこの屋敷の主人だと思われた。断定できないのには理由があった。なぜなら、
「首無しだと……?」
首がなかったからだ。ズタズタの断面からは乾いてドス黒くなった血液が流れた形のまま固まっている。
そして、フィニアスはこの首無しが誰の仕業かがわかっていた。
「出てこい、サローナ・バガオ!」
呼び掛けに応じるように、首無しの男性の影から若い女性が現れた。
「やぁ、やぁ。お呼びに応えて参上したぜ?あたしチャンのご登場だよ♪」
ふざけた物言いの女性は一見普通の女性だった。ただし、着ている服は返り血でドロドロの上に、手にはろくに手入れのされていないであろう錆びた鉈が握られているのだが。
「久しぶりだなぁ、フィニアスチャンよぉ?あたしチャンを監獄にブチ込んで以来だなぁ♪」
「そのお前がどうしてここにいる。誰の手引きで学園都市に入った?」
「教えな~い♪」
「ならば聞き出すだけだな」
サローナの返答を待たずに、フィニアスは鋭い拳を放った。にやけたままのサローナを庇うように首無しが前に出た。そして、それすらも無視するように拳を打ち抜いた。
「ひひっ!相変わらず怖~い鉄拳だこと♪」
殴り飛ばされる首無しをかわして、サローナが鉈を振り上げる。切れ味は最悪だとしても、鈍器としては十分な脅威を持っている。その鉈がフィニアスの腕を直撃した。そして、サローナは困惑した。
「あらら?」
「お前の動きは知っている。こうして馬鹿正直に腕を出せば必ず鉈をぶつけてくるとな」
動きが止まったサローナへ、フィニアスはギロチンのような裏拳をお見舞いする。大して防御も取れないまま、壁を突き破って隣の部屋へと消えていった。
穴から後を追ったフィニアスは、壊れた家具の残骸に埋もれるサローナを見た。鉈も手から離れて転がっている。
「いやいや、強いね!あたしチャンじゃあ敵わないな、こりゃあ♪」
「もう一度聞く。お前は誰の手引きでここまで来た?」
「ん~、フィニアスチャンの質問なら答えてあげたいところなんだけどねぇ?あたしチャンもまだ仕事が残ってるもんだからさぁ、また後日ってことでどうかな♪」
「もういい、捕縛した後で尋問するだけだな」
「怖~い♪……でも、あたしチャンのサプライズ、まだ終わりじゃないぜ?」
いきなり、フィニアスの腰に何かが抱きついた。それは着飾った少女の死体だった。更に首無しまでもが、しがみつこうとしてくる。
「くっ、なんだ?」
首無しはともかく、少女の方は手荒く扱うことに少し忌避感を抱くため、振り払うのに動きが乱れた。
「じゃあな、フィニアスチャンよ。また会おうぜ♪」
「逃がすか!」
フィニアスが逃げるサローナを追おうとして、強引に死体を振り払った瞬間、サローナの残虐な笑みが一層濃くなった。
フィニアスはほとんど直感だけで今できる精一杯の防御をした。そして、それはこの場の最適解だった。
「サプラ~イズ♪」
サローナが指を鳴らした直後、フィニアスに纏わりつこうとしていた二体の死体が盛大に爆発した。
爆発の勢いに合わせて、窓から飛び降りたサローナは二階を振り返る。爆炎が上がる二階に向かってウィンクをした。
「地獄で会おうぜ、愛しのダーリン♪」
ケタケタ笑うサローナがもう一度指を鳴らした。今度は、屋敷ごと爆発した。熱風に煽られながらも、サローナの笑みはより、口角が上がるばかりだった。
***
突然鳴り響いた轟音に、朝霞とシルヴィアは揃って音のした方向へと顔を向けた。
「爆発……、ですよね?」
「そうだね。そんなに遠くなさそうだから、学園都市の中だろうね」
本を読みながら二人の監督役として参加していたティファニアに目線を投げる。ティファニアは既に読んでいた本を閉じて、爆発音のした方向に目を向けている。
「二人はここで待っていてください。しばらく経っても私が戻らなければ、訓練は取り止めにして屋内に戻るように。いいですね?」
「わかりました」
返事を聞くと、ティファニアは足早に寮から去っていった。
とりあえず、もう少し訓練を続けようということになったので、二人で再開したところで朝霞が訓練しながら話を始めた。
「さっきの爆発、なんだったんでしょうか」
「さぁ、ここからじゃあさすがにわからないな。火薬とかじゃなさそうではあるけど」
「そうなんですか?」
「今はここが風下っぽいんだけど、未だに火薬の匂いがしないし、妙に魔力が散ってる気がするんだよね」
「だとしたら、何が爆発したんでしょう?」
「いくつか思い当たるのはあるけど、どれにしたってあんまり良くはないね」
「魔法で爆発させた以外にあるんですか?」
「あるよ?今回は、魔力が散ってるから魔法を使ったのは間違いない。だったら、高純度の魔石を飽和させて爆発させたり、人為的な自然爆発を誘導したり、あんまり知られていないけど人間を爆弾に造り変えたりとかかな」
シルヴィアの口からすらすらと出てきた方法に朝霞は絶句した。特に最後の方法。あまりのおぞましさに、少し気分が悪くなった。
「人を、爆弾にですか……?」
「誰でも思いつく方法じゃないし、簡単でもないから可能性は低いけどね。私が知ってたのは古い知り合いに、実際にやった大バカ野郎がいたからだよ」
心底うんざりしたように吐き捨てるシルヴィアに朝霞は驚いた。シルヴィアは普段からとても穏やかで、言葉を荒げたり、誰かを罵倒するようなことは言わなかったからだ。付き合いが短くとも、それくらいはわかる。
シルヴィア自身も、言葉遣いが気になったのか、話題を逸らした。
「まぁ、そんな気味悪い方法は論外としても、可能性の高さなら魔石の飽和爆発かなって思うよ?でも、ここまで威力を高めるためには高純度の魔石と、大量の魔力が必要になるだろうから難しいんだけどね」
「魔石の取り扱いって怖いですね……」
「一般に流通してる魔石じゃできないから心配ないよ。魔力だって、魔法使いの全ての魔力を数人分、集めてやっとって感じだから」
「まぁ、いずれにしても、私達は関われないんですけどね。シルヴィアさんの知識は頼りになりそうですけど」
「どうかな?人間爆弾はともかく、魔石の飽和爆発はそれなりに広まってるから私も協力する場面はないと思うけどなぁ」
「飽和爆発も一般的かどうかは微妙なところでは……?」
苦笑いの朝霞にシルヴィアは首を傾げる。シルヴィアとしては、そこまで珍しいことを言ったつもりはなかったのだが。
ともかく、この間のように自分から騒ぎに首を突っ込むつもりはない。色々な人達からしこたま怒られたのだ。
「まぁ、私達に関わらないことなら積極的には行動しないよ。頼まれれば協力もするけど、って感じかな」
シルヴィアと同様、しこたま怒られた朝霞も頷いて同意した。一歩間違えば死んでいた可能性もある朝霞はかなり絞られた。思い出すのも辛いほどに。
「これ以上、何事も無ければいいんですけど……」
不安そうな朝霞の呟きには、全面同意のシルヴィアだった。
結局、夕方になってもティファニアが戻ってくることは無かった。
事件の新たな報せが届いたのは、翌朝の朝食時だった。いつものように、特別科の面々が食堂で朝食を摂っていると、明らかに寝不足のマリアベルがやって来たからだった。
「おはよう、全員いるわね」
「おはようございます。先生、顔色が悪いですよ……?」
「私のことはどうでもいいわ。それより、今日の授業は中止になったから。寮の外へ出るのも禁止。破ったら課題漬けにして実家に強制送還するわ」
「ええ~?」
真っ先に不満そうな声を上げたメリィだったが、マリアベルの射殺しそうな眼力にすぐ黙った。次にシェフィールドが挙手した。
「理由の説明を求めます」
「安全上の問題。詳しい話をするつもりは無いわ」
「所用があるのですが……」
「緊急性のあるもの以外は後回しになさい。どうしてもってものは私かティファに頼むこと。文句は聞かないから」
「昨日の爆発の件ですか」
シェフィールドの疑問には答えず、マリアベルは寮から出ていこうとした。その後ろ姿にシェフィールドが声をかけた。
「こちらをどうぞ。朝食代わりにでも、合間の間食にでも、食べてください」
「……ありがと、貰っておくわ」
紙袋を片手に、苦笑いしながら退出して行ったマリアベルを見送って、全員で顔を見合わせた。
「まぁ、昨日のだろ」
「だな」
パンにジャムを雑に塗りたくって食べるザックスが食べながら、ギルバートに話しかけた。サラダをかきこんでいたギルバートも適当に返した。
「食べながら話さないで」
朝霞がたしなめる。ぞんざいに返事してザックスは続けた。
「昨日、少し情報を集めてみたんだけどよ、東町の屋敷が吹っ飛んだらしい」
「まぁ、そっち方向だったな」
「そんでな?どうにも、吹っ飛んだ屋敷の周辺で行方不明事件が相次いでいたみたいだぜ?」
「行方不明?」
「ああ、住人だの見回りの衛士だのがな。復興工事とかフリーマーケットとかと重なって情報が入ってこなかったんだな」
「その行方不明が関係してんのか」
「それは知らね。でも、住人が行方不明なら怪しいだろ?」
面白がるように笑うザックスに、またも適当な相槌で答えるギルバート。そこにシルヴィアが割り込んだ。
「ザックスはどこでそんなこと調べてくるの?」
「普通科の連中とか、学食のおばさんとか。あとはちょっとした伝手だな」
得意そうに笑うザックスに、ギルバートが呆れたようにため息を吐いた。
「こいつ、その手のことに熱中し過ぎて学長室に忍び込もうとしたんだよ。あっという間にバレて、めでたく特別科行きが決定した訳だ」
「もう少しで行けたんだよなぁ……」
少しも悪びれた様子の無いザックスに苦笑いするシルヴィア。ザックスはまだ続けた。
「あん時は完璧に下調べしたから、もうしばらくは見つからないはずだったんだけどな。気付いたら逃げ場が無かったんだって」
「鍵開けに夢中になりすぎだっただけだろ?」
「気配とか足音はしなかった気がするんだけどなぁ」
頭をひねるザックスは、未だに納得いかないように小言を呟いている。ギルバートが茶化すのを横目に、シルヴィアは窓の外の太陽に目を細めた。
***
「……また、ずいぶんと派手にやったわね」
うんざりした口調で言うのは、サンドイッチをモシャモシャやりながら立っているマリアベルだった。
マリアベルは爆発した屋敷跡に来ていた。既に、上がっていた炎は鎮火され、現場には屋敷の燃え残りと煤臭い臭いが残っていた。
現場を取り囲むように規制線が張られ、何人もの衛士や保安部の人間が周囲を歩いている。
そんな(割りと)不機嫌なマリアベルに近づく姿があった。
「やあ、マリア。相変わらず美しい顔に似合わないしかめっ面だね!」
「……朝から元気ね、ハウマン。暇なの?」
「超絶、忙しいとも!本来なら真っ先に陣頭指揮を執るべきフィニアスがいないんだ。いきなり代理を務めさせられてる身としては大変だとも」
やたら身振り手振りが激しいこの男、ハウマン・モーバットという名だった。どうにも自己主張が激しいが、これでも保安部では副部長に就いている。フィニアスの部下という訳だ。
「そもそも、フィニアスが行方不明ってどういうわけ?」
「それは僕にもわからない。昨日、部下に出かけると言って出たっきりなんだ。行き先もわからないし、困ったものだね」
「見当くらいついてるでしょ?さっさと見つけて連れて来なさいよ」
「そうなんだが、その見当っていうのが……」
チラリと燃えカス同然の屋敷跡を見るハウマン。それに対して、マリアベルが苦い顔をした。
「まさか、ここ?」
「残念なことにね。最近、多発している行方不明事件を調査していてね、デスクに残っていた資料なんかはこの周辺を指しているのさ」
やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めるハウマン。マリアベルは一層、重たいため息を吐いた。
「で、見つかったの?」
主語が無い問いかけだが、ハウマンにはきっちりと伝わった。
「身元不明、性別不明の遺体のパーツがこんがりした状態で複数見つかった。フィニアスのものかはわからないそうだよ?なにせ、バラバラで焼けすぎているんだってさ」
「そこまでは聞いてないわよ」
「それは失礼」
全く悪びれた様子の無いハウマンに、再度ため息を吐いた。どこまでも軽い調子のハウマンは非常にやりづらい。
「何か新情報は?」
「昨日、フィニアスらしき人物が屋敷の周辺をうろついていたのを見たって話がちらほら。それと、爆発の直後に傷だらけの、見たことが無い女性の目撃情報があるね」
「傷だらけ……、フィニアスと遭遇して戦闘になったのかしら?」
「さぁ?ともかく、今のところはこの女性が関わっていると見て探しているよ」
「じゃあ、あたしはその女を探すわ」
「こっちを手伝ってくれないのかい?」
「適材適所、よ。私は敵を見つけてブン殴る方が向いてるもの」
食べ終えたサンドイッチの紙袋をぐしゃり、と握り潰す。寝不足と不機嫌で更に人相の悪くなった顔に、ハウマンが顔をしかめた。
「マリア、君は一旦休むといいよ。捜査は保安部が主導で行うし、君はあくまでも応援だ。まだ本格的に動き出す前に体を休めるべきだよ」
「ありがと、気持ちだけ貰っておくわ。でも、私の雇用契約の中には、有事の際の前線対応ってのがあるのよ。フィニアスがどうなったのかはわからないけど、フィニアスを退ける相手がいるなら私の出番なのよ」
「……それでも、今はまだ休むべきだよ。その時にベストコンディションでいられるようにね」
結局、ハウマンに返事をせずにマリアベルはその場を後にした。ハウマンの言葉が正しいのは分かっていた。
それでも、マリアベルは歩みを止めない。疲れが溜まって今すぐベッドに倒れ込みたい心境ではあったが。
「……つっても、手がかりが無いのは痛いわね。ボロボロの見かけない女ってだけじゃ難しいわ」
フラフラと当て所なく歩いているように見えて、マリアベルの視線は様々なところに向けられていた。物陰、通りからの死角、無人の建物、不自然に置かれた物など。一般人なら見落としそうな箇所を抜かりなく見ていた。
やがて、小一時間ほど歩き回ったところで一つの建物の前で足を止めた。一見すると不自然なところなどどこにも無さそうな建物だが、マリアベルは無造作に扉を蹴り開けた。
「……」
中は雑多な物置になっているようで、置かれた物は統一感がまるでなかった。外と同じく、中にもおかしい物は特に無い。床や棚に積もった埃も、しばらく人が出入りしていないことを示していた。
「……、ご丁寧なことね」
棚の物を手に取って呟くマリアベルの背後に、音もなく近寄る影がいた。どういう技術か、埃や周囲の環境に一切の変化を与えず忍び寄っていた。影はゆっくりマリアベルの背後に来ると手にしたエモノを大きく振りかぶって、
「お粗末にも程があるでしょ」
高速で振り返ったマリアベルの鉄拳が顔面に叩き込まれた。
「げぶっふぅ!?!?」
意味不明な言葉と共に、派手に吹っ飛んだ影が勢いよく棚に突っ込んだ。凄まじい音と埃をあげながら転がった影が、自身のあげた埃に紛れるように移動する。
しかし、移動した先で待ち構えていたマリアベルの蹴りを思い切りくらった。
「ぎゃああああっ!!」
「うるさっ……。そういうのいいから」
思い切り蹴られたフリをして逃げようとした影に手を伸ばして力任せに振り回す。色々な物を巻き込んで振り回された影が、今度こそズタボロの様相で現れた。
「うぐっ……!メチャクチャだってば……」
「ああん?サローナ・バガオか?」
「ワオ、アタシチャンてば有名人?」
「なんでもいいけど、フィニアスをやったのはアンタ?」
「そうだよん、って言ったら?」
「どちらにしろ、お前は監獄行きだからここでブチのめす。いい加減、私のイライラも我慢しきれないしな」
「や~ん、怖~い♪」
無言で側に立て掛けてあったモップを握ったマリアベルが警告など無しに振り下ろした。半ば、音すら置き去りにした必殺の一撃だった。
「チッ、逃げるんじゃないわよ」
「危な……、マジで死ぬって……」
どういうわけか、必殺の一撃を回避したサローナが冷や汗を流す。いつもの軽薄な笑みもさすがに消えていた。
姿勢を低くしたサローナが近くに転がっていた自身のエモノを拾いあげる。それはあまり手入れの行き届いていない鉈だった。
「でも、アタシチャンてば欲しいなぁ♪」
「はぁ?」
「アンタの首が欲しいんだよなぁっ!!」
姿勢を低くしたまま獣のように突撃するサローナ。マリアベルはただ、足を強く床に踏み下ろした。
瞬間、建物そのものが激震した。
激震で動きのリズムを乱されたサローナがバランスを崩した隙をマリアベルは見逃さなかった。今度こそ正確に捉えた蹴りは、サローナをボールのように吹き飛ばした。
「今度は入ったわね」
サローナが突っ込んだところに近づくマリアベルに、足元の死角からサローナが鉈を振り抜いた。が、その腕が振りきられる前に、マリアベルがサローナの腕を掴んだ。そうして、中途半端に動きの止まったサローナに向けて、再び拳を振りかざした。
「ちょ……、待って……」
「待つ訳ないでしょ」
サローナのなけなしの抵抗も空しく、再び顔面に叩き込まれた鉄拳は何かをまとめて砕く感触と共に、サローナを豪快に吹き飛ばした。
「やっと大人しくなったわね」
半ば気絶状態のサローナは、敵と言えどもかわいそうな有り様だった。顔面はぐちゃぐちゃで、左肩も外れているようだった。
「ば……、ばう……」
「あん?何言ってるかわからないわよ。まぁ、いいか。とりあえず無力化完了、と。大人しいうちにさっさと連れてくか」
マリアベルがサローナを拘束しようとした時、ほぼ直感のようなものを感じた。その直感に任せるようにして後ろへ数歩、慌てて下がると、そこには異形の者がいた。
不自然なくらいの長身に、不気味な痩躯。奇妙な服装は見た目を誤魔化すような効果があるのか、目の前にいるのに距離感がおかしく感じた。そして、何故か顔は白塗りの面を着けている。
更に、右手の辺りから真っ直ぐ伸びる刀剣らしきものは何故か濃い紫に染まっている。絶対に当たっても良いことなんか無いと確信できた。
「……一応聞くけど、アンタ誰?」
「……」
案の定、返事はない。
じりじりと後退りながら、マリアベルはまともな武器を持って来なかったことを、激しく後悔していた。
先ほどまでの、サローナを相手にした時の余裕は完全に消え去っていた。
(こいつ、気配が完全に読めない……!目の前だってのに、瞬きした瞬間に見失いそうってどんな相手よ!?)
マリアベルの内心を知ってか知らずか、目の前の男?は何もせず立っているのみ。瞬きすらできない緊張を破ったのは、倒れたサローナのうめき声だった。
うめき声が緊張を破った瞬間、マリアベルと痩躯の男は同時に動いていた。
事前の動作をほとんど感じさせない、滑るような動きで右手の紫刀を繰り出してくる。咄嗟に掴んだモップを強化して受けたら、抵抗もなく断たれた。
「クソ、強い……!」
次々とそこら辺の雑多な物を強化して、即席の盾として放り投げていく。正直、盾としての性能は全くないが、遮蔽物や囮として辛うじて機能していた。
だが、痩躯の男の動きが少しずつ変化し始めているのに、マリアベルは気が付いた。手数が増えているような……、と思ったら姿がぼやけて二重に見えるのだ。まるで、蜃気楼のように。
そして、二重の姿がそのまま手数として圧倒し始めた。
「クソっ!!」
もう形振りは構っていられなかった。力任せに棚を倒したが、あっという間に切り刻まれてしまった。
やがて、マリアベルの動きがほんの僅かに乱れた瞬間、必殺の紫刀が直撃の軌道を描いて飛んできた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
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