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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
紅い断罪編
31/38

第4話  好奇心とお茶もどきと瓦礫の魔王

盛況を極めたフリーマーケットが無事に終わり、資材や売れ残りをまとめたシルヴィア達は寮に戻っていた。

テントやテーブルなどは、学園からの借り物だったために、男衆が片付けに向かっている。嫌そうな顔で出て行ったが、理由は絶対に雑用を押し付けられるから、とのこと。普段の素行を省みて、言い訳ができないので大人しく従うしかないのが辛いのだそうだ。

余ったクッキーなどのお菓子を食べつつ、残った女子達はお茶会をしていた。

シルヴィアがクッキーの包みを開けて朝霞に渡す。礼を言って受け取る朝霞と話を続けた。


「それにしても、結構な売り上げになったね」


「いつも以上ですよ。売り上げの大部分はメリィのぬいぐるみですね」


「まぁ、あの数はね……」


一時は寮から溢れそうになっていた風景を思い出す。どこを見てもぬいぐるみが置かれていた頃に比べると、今はとても落ち着いていた。

ところで、製作者のメリィはと言うと、ぬいぐるみの売り上げの分配にはさほど興味を見せず、大量に作って満足したのか今は落ち着いている。それよりも、シェフィールドの出したケーキに夢中だった。

ちなみに、ハンナの魔道具はほとんど売れなかった。好事家が一つ買って行ったが、結局それきりで余った物は倉庫に押し込まれている。

そこで、メリィにケーキを餌付けして遊んでいたミランダが思い出したように話を振った。


「そういえば、ダーコス男爵家に絡まれたんですって?」


「あぁ、その事ね。面倒なことになりそうだったらごめんね」


「私の家とは関係ないからどうでもいいわよ?しょせん下位の男爵家だし、兵力も資金も伝手も全部こっちが上だもの」


「……今更だけど、ミランダのお家って結構偉い?」


「そうね。一応、伯爵家だから比較にもならないわ。ケンカ売ってくるくらい度胸があるなら面白いけど、どうせ何もできないわ」


「伯爵家ね……」


以前から、ミランダの実家は家柄が凄そうだと思っていたが、まさかの伯爵とは。貴族よりも資産がある富豪や豪商かと思ったのだが。

驚いた顔から察知されたのか、ミランダが微笑んだ。


「だからと言って、家の権力を貴女達に振りかざす気はないわよ?もちろん、使える時に必要な分だけお金も伝手も使うけど」


後に、朝霞がこっそり教えてくれたが、ミランダが特別科に入る際に寮の補修や増改築、その他の必要資金などは全てミランダの実家から出たらしい。

そのせいか、学園からは一目を置かれているのが現状のようだった。


「でも、ダーコス男爵家には注意しておいた方がいいかもね。あまり、評判が良くないもの」


「あー……、そんな感じだったね」


「ま、ダーコスの全戦力を集めてもシルヴィアにケガ一つ負わせられないでしょうけど。面倒は嫌だものね?」


「とりあえず、近寄らないようにするし、何かあったら逃げるよ」


「そうね。貴族は相手にしないのが一番よ」


内心、君も貴族だろうと思ったが言わずに留めておいた。寮での生活が快適なのは、ミランダの実家のおかげだからだ。

何か含むものがあれど、それは敵対心などではないと分かっているからこその、じゃれあいのようなものだと思おう。シルヴィアはお茶と共に言葉を飲み込んだ。

と、そこでケーキを餌付けされていたメリィが思い出したように手を挙げた。


「はい、メリィからお願いがあります」


突然のことに場が静かになるが、朝霞がどうしたと尋ねた。


「あの、売れ残りのデッカイぬいぐるみ。ちょうだい?」


「元々メリィが作ったぬいぐるみだし、いいんじゃないの?」


朝霞がその場を見回すが、全員が頷いた。


「ほら、メリィが貰うなら誰も文句言わないわよ」


「じゃあ貰うね!」


「珍しいわね。メリィが作った後にぬいぐるみを欲しがるなんて」


「ンフフ~。ちょっと思いついたことを試してみようと思って。面白そうなんだよ?」


メリィの言う『面白そう』になんとなく嫌な予感がしたのか、シェフィールドが釘を刺すように言った。


「何をするつもりか存じませんが、みだりに散らかしたりはしないようにして下さい」


「散らかさないよ。シーちゃんって心配性だよねぇ」


シェフィールドの笑みが深くなった。日頃から、メリィの散らかした物を片付けているので思うところがあったのだろう。


「そう思うのでしたらお部屋の片付けはしっかりするように。メリィ様とハンナ様のお部屋は一苦労ですので」


「そうかなぁ?」


本気で疑問に思ってるようなメリィに、シェフィールドが真剣に説教を始めた。ついでに、我関せずと言わんばかりに気配を殺していたハンナも巻き込んでの説教になった。

自主的に部屋を掃除しない二人の部屋は、いつもシェフィールドかナーシャが掃除している。シェフィールドの代わりに給仕を引き継いだナーシャもうんうん、と頷いていた。


「あっちは放っておくとして、メリィは何をするつもりなんだろね?」


「うーん、あんまり録なことじゃなさそうですけど……」


「どうかしらね。意外と面白いことをしてくれるかも知れないわよ?」


「ミランダは絶対面白がってるね」


「うふふ」


シルヴィアの疑問に朝霞が心配そうに答えるが、ミランダはずっと微笑むばかり。

ミランダは話を反らすように話題を変えた。


「そうだ、シルヴィアに魔剣についてもっと教えて欲しいのだけど」


「教えるようなことなんてあるかなぁ」


シルヴィアが考え込むように唸ると、朝霞が口を挟んだ。


「じゃあ、私の『連斬』について教えてください。身体の方が良くなったら、また稽古して欲しいので」


「そうね、それでもいいわ」


「そうだね、ちょうどいいか」


シルヴィアはお茶を一口飲んで唇を湿らすと、話し始めた。それと同時に、ナーシャがメモを取る姿勢を取った。


「前にも説明したけど、『連斬』はざっくり言うと斬った分だけ斬れ味が上がる剣だね。

ただ、単に斬れ味が上がる訳じゃない。動きの無駄を削ぎ落とし、最も効果的な場所を斬ることができる剣なんだよ。その結果、斬れ味が上がったように見える訳だね」


「それって……」


「そう。朝霞はこの間の戦いで、ほんの少しだけ体感したでしょ?」


朝霞が何かに思い当たったように声をあげると、シルヴィアは満足したように頷いた。


「そもそも、魔剣にはそれぞれ固有の能力と、使用者に対する付与能力がある。『剛刃』なら破壊不能と頑強付与だね。

そして、当然『連斬』にもある訳だ。それは、剣舞と心眼付与。この二つを正しく発動できれば、『連斬』は本当の意味で使いこなしたと言える訳さ」


「剣舞と心眼……」


「そう。朝霞はこの間戦った時に、何か感じなかった?」


「確かに、途中から不自然なくらい体が軽くて、頭と目が冴えてた感じがしました」


「それだね。剣舞は動きの無駄を削ぎ落とし、『連斬』を振るのに最も適切な動きを補助するんだよ。対して、心眼は相手の動作や周囲の状況を瞬時に読み取って、それを戦闘に反映する。

つまり、『連斬』を正しく使えれば、誰であろうと達人のような戦闘ができる訳さ。本物の達人はこの辺を息するようにやるからね」


「じゃあ、私があの傭兵相手に戦えたのは……」


「その通り、『連斬』の能力を発揮したからだよ。まぁ、そのおかげで今の状況になってるんだけども」


朝霞が己の未熟さを恥じるように縮こまった。それを宥めるように頭を撫でてやりながら、シルヴィアは続ける。


「でも、少しは達人の世界を感じられたんじゃないかな?」


「……確かに、祖父やシルヴィアさんの言おうとしていたことが、前より深く解る気がします」


「それを自分のものにできるか、できないかは朝霞次第だけどね。悩んだら相談してごらん?」


「そうさせてもらいます」


朝霞が新たな目標を手にし、意気込みを胸に奮起するのを見てから、ミランダが質問をした。


「じゃあ、最初の持ち主について教えて欲しいわ」


「菖蒲のこと?」


「あ、私も気になります」


朝霞も気になるようだ。ふむ、と腕組みしてシルヴィアは思い返す。果たして、何か話すようなことがあったかと。


「私も詳しくは知らないんだけど、元々は修行でこっちの大陸に来てたみたい。あっちこっちで傭兵紛いのことをやりながら回ってたらしいんだけど、何か違うと思って行き詰まってたそうだよ」


「その辺のことは実家に手記で残ってます。思ったよりも修行にならなくてつまらない、と」


「あぁ、言ってたね。

まぁ、そんなこんなで修行にならないと見切りをつけて、故郷に帰ろうとした時に私達に会った訳だね」


朝霞の補足するような言葉に頷きつつ、出会った当初のことを語る。


「あの時は確か、私と刀治とバラガンとフリージアかな?他に何人かいたかなぁ。忘れちゃった」


「刀治さんは刀鍛治ですよね?バラガンさんとフリージアさんとは?」


朝霞の疑問にシルヴィアは答える。


「話してなかったっけ?バラガンは『剛刃』の持ち主で鍛治師、フリージアは『氷晶』の持ち主で、家名は忘れたけど貴族のお嬢様らしいよ」


「初耳だわ」


静かに、しかし、目は興味津々といった風なミランダが楽しそうに聞いてる中で、会話に混ざらずずっと黙っていたアイシアが初めて喋った。


「フリージア様は北方連邦の英雄。あの方がいなければ北の民は全滅してたかも知れない」


「そう言えば、アイシアはあっちの出身だったっけ」


「そう。小さい頃からフリージア様の伝説を聞いて育った」


朝霞が思い出したようにアイシアの出身地を言う。それに頷いて、アイシアは続けた。


「毎年、フリージア様のために祈念式が開かれる。雪が深いからあんまり外の人は来ないけど」


「良いわね。一度行ってみたいわ」


心なしか楽しそうに話すアイシアに、ミランダが答える。アイシアも嬉しいのか頷いていた。

シルヴィアは話の流れで、フリージアの故郷には魔剣があることを思い出した。


「フリージアの実家には魔剣があるよ?」


「本当に!?」


「うわっ」


思わずドン引きするくらいのミランダの食い付きに、シルヴィアは驚いた。シルヴィアだけでなく、朝霞もアイシアもビックリしていた。

目を爛々とさせて、話の続きを迫るミランダの気迫に少し押されつつ、シルヴィアは話した。


「最後に行った時に見たけど、ちゃんとあったよ。普段は誰にも見せないように、地下の倉庫に隠してあってね?今は家族と私くらいしか知らないんじゃないかな」


「……頼めば見せてくれるかしら?」


「無理じゃないかなぁ……」


「…………白紙の小切手も出せるけれど?」


「無理だと思うよ……」


「………………残念ね………………。はぁ……」


露骨にテンションが下がったミランダが、いじけてお茶菓子をヤケ食いし始めたのをナーシャが必死に止めさせようとするが、完全に無視していた。

未練がましく、チラチラと視線を送るミランダから目線を逸らしたシルヴィアはアイシアに袖を引っ張られた。


「どうしたの?」


「お姉さん、あの……、やっぱりなんでもない……」


「何か悩み?」


「そうじゃない。けど……、後で決めてから話す」


「そう?本当に困ったらちゃんと相談してね?」


「うん」


アイシアの考え込む顔に心配になるが、ナーシャから助けを求められた。ミランダのヤケ食いが止められないらしい。


「その魔剣について教えてください。お嬢様の興味をそちらに向ければ……!じゃないと私がシェフィから叱られるんです!!」


ナーシャの切実な頼みはもちろん、快諾する。シルヴィアでさえも心配するくらい、お茶菓子の包みやらが散乱しているからだ。

ちなみに、シェフィールドはメリィとハンナを連れて部屋へと行っている。直接、監督しながら掃除するようだ。

話がフリージアの魔剣になったとたんに、お茶菓子を放り出して、ミランダは聞く体勢になっている。呆れた朝霞がお茶菓子をそっと遠ざけた。


「魔剣『氷晶』はその名の通り、氷系の魔剣だよ。能力は氷雪。付与能力は持ち主以外には秘密になっているから内緒ね」


「シルヴィアは知っているのよね?」


「もちろん、知ってるけど教えないよ。

氷雪は、単純に氷雪系の魔法の発動補助と威力強化。それと、斬った箇所を任意で凍結させるとかだったかな」


「それだけでもかなり強力ね」


「まぁ、その前二つの魔剣と合わせて、属性に対する研究としての側面も強かったみたいだから。単純な威力と制圧性なら魔剣の中でも上位に入るよ?」


「……やっぱり欲しいわね」


「ダメだよ?」


おねだりするように上目遣いになったミランダは可愛かったが断る。そもそも、シルヴィアに魔剣の取引についての権限はない。


「まぁ、どうしてもって言うなら見せてもらえるように口利きくらいならしてみるけど……」


「本当ね?契約書を作るわ」


言ったとたんに後悔した。テーブルを乗り越えて身を寄せる迫力は、とても貴族のお嬢様がしていいものではなかった。紙とペンを両手に構えて、無言でアピールするのに全力で視線を逸らした。

そんなお嬢様の暴走を横目に、アイシアが小さく付け足した。


「祈念式は厳寒期の真っ只中で毎日吹雪。ミランダ、来れる?」


ミランダがピタリと動きを止めた。どうやら厳しいらしい。


「吹雪じゃ馬車とか出せないし、魔獣もいるから危ない。しかも、隣街から吹雪の中を三日かけて歩きだけど」


「…………」


「そういえば、前に私が行った時も酷かったなぁ」


アイシアの言葉に追い打ちのように重ねるシルヴィア。それが決まり手だったのか、ミランダは紙とペンを両手から落とした。ナーシャはガッツポーズを決めた。

ナーシャを一睨みしてから、ミランダは少しだけ食い下がった。


「厳寒期以外は見れないのかしら?」


「一年に一回、祈念式の終わりに披露するだけ。地元民でも簡単には見れない」


深く項垂れるミランダ。相当ショックだったようで、もう一言も喋らない。

気の毒に思いながらも、どうしようもないので仕方ない。結局、他の面々が帰ってくるまで他愛のない話で場を繋ぐのであった。



***



翌日、朝食を終えて教室へ向かうクラスメイトを送り出し、シルヴィアと朝霞が訓練を始めた頃、何故かティファニアがやって来た。

ティファニア曰く、朝霞のリハビリは監督役の教師を付けることになっており、担任のマリアベルが来れないため、代わりにティファニアがやって来たそうだ。

そして、その手には小箱があり、そこから声が響いた。


「おはよう、養護のメリッサ・カルナレスです。私は養護室から出られませんので、何かあったらすぐに来てくださいね」


「分かりました」


「では、ティファニア。しっかり見ててくださいね」


「了解しました」


それきり黙った小箱をテーブルに置くと、ティファニアは沈黙してしまった。

無言のティファニアは放っておいて、シルヴィアと朝霞も訓練を開始する。魔力を流した状態での歩行から始め、少しずつ距離を伸ばしたり、軽く走ってみたりするのだ。


「いいね、その調子だよ。上手く制御できてる」


頷く朝霞は真剣な表情でシルヴィアの指示通り動いている。最初は、魔力を流すことすらとても疲弊することだったのに、今では多少大きく動いても揺らがないくらいになっていた。

その自然な魔力の流し方に興味が湧いたシルヴィアは、朝霞に尋ねた。


「誰かにコツでも聞いた?」


「実は、ギルバートとシェフィに聞きました。身近で身体強化の魔法を上手く使ってるのがあの二人だったので」


「ギルバートのは見たね。なんか変わった魔法だったなぁ」


「ギルバートのは街道場の我流流派だったそうですよ。師匠が自分で作った強化魔法だそうで、強化魔法しか使えないギルバートにはピッタリだったみたいです」


「我流かぁ。どうりで見たことない訳だ」


「シルヴィアさんから見ても珍しいんですか?」


「そうだね、普通の強化魔法に比べると手順が違うんだよね。普通の強化魔法が身体の外側から魔法を重ねて強化するんだけど、ギルバートのは体内から一つずつ強化していくみたいなんだよね」


「一つずつ?」


いまいちピンと来ていないのか、朝霞が首を傾げる。シルヴィアは朝霞の腕を取って指先から順に触っていく。


「遠目だったからなんとなくだけど、こんな感じで細かく強化していってるみたい」


「確かに、そうやって説明されると違うような……」


「まぁ、普通は強化魔法を意識しないからね。習いたての子どもとかならともかく、自然に使えるようになってる人はそれこそ、呼吸するみたいになるから」


「私も、こんな風に改めて意識する機会が無かったら分からなかったと思います」


朝霞が手を握ったり、開いたりする。


「だから、リハビリや精密化特訓にはちょうどいいですよね」


「そうだね。特に、『連斬』を全力で使おうと思ったら尚更かもね」


「本格的に教わろうかな……」


シルヴィアの思いつきに朝霞が真剣に考え始めた。その間も強化魔法は継続している。その様子にシルヴィアは満足そうに微笑んだ。

そこで、音もなくティファニアが近付いて来た。


「二人とも、休憩です。過度のリハビリは身体に毒ですので」


「分かりました」


ティファニアの後に続いて二人も移動する。テラスのテーブルには既に、人数分のお茶が準備されていた。


「どうぞ」


「いただきます」


二人で同時にお茶を飲んだが、またしても同時に顔をしかめた。お世辞にも美味しいとは言えなかったからだった。


「ティファニア先生、これ……」


「美味しくないでしょう。ですが、一杯は必ず飲むようにしてください」


相変わらずの無表情だが、何故かいつもより圧が強い。仕方なく二人して我慢して飲み干すと、ティファニアも一気に呷った。

その後、別のポットを取り出すと改めてお茶を淹れ直した。今度は普通のお茶のようだった。


「どうぞ。今度はいつものお茶です。ご安心ください」


「は、はぁ……」


確かに、普通のお茶だった。ティファニアは最初のお茶が入っていたポットをさっさと片付けていた。


「ティファニア先生、さっきのお茶って?」


「あれはメリッサが寄越した魔力、体力、疲労回復効果のあるお茶のような何かです。貰った手前、一杯は飲んでもらいましたが、あんなゴミのような味のお茶もどきはもういらないでしょう」


「言いますね……」


「実際に不味いですので。ただ、効果はそれなりに保証されているはずです。味さえ無視すれば良いものに違いはありませんね」


確かに、言われてみれば身体が少しずつ回復していくのを朝霞は感じた。味は酷いが、やはり効果はあったのだろう。

一息ついたところで、シルヴィアがティファニアに質問をした。


「そういえば、先生は何を教えてる先生なの?特別科であんまり見ないけど」


「私は野外訓練等の授業を担当しています。基本的に普通科のみで、特別科ではマリアが代わりに担当しています」


「野外訓練、ですか?」


朝霞が不思議そうに聞くのに、ティファニアは説明した。


「個人の家や、卒業後の進路によって違いはありますが、大体の魔法使いにとって野外訓練は必要になるものです。

例えば、騎士や衛兵になろうと思えば必須ですし、土木作業に就こうと思えば、こちらも覚えていて損はしないでしょう。

それに、有事の際は知識と経験の有無など誇張抜きに、生死を分けます。つまり、誰であろうと野外訓練は必要なのです」


「そう言われるとそうですね……」


朝霞が感心したように頷く横で、ティファニアがシルヴィアに顔を向けた。


「私の就業内容について、分かりましたか?」


「ありがとう。先生はそういう経験が豊富だったんだ?」


「まぁ、生まれが山奥の集落でしたので。毎日の生活が野外訓練の延長のようなものなのです。一応、教職免許を取得する際に小、中等部の指導もできるようにはなりましたが、今の内容の方が自分に合っているとは思います」


「一度受けてみたいね」


「マリアは十分できますよ。実地寄りではありますが、概ね同じような内容ですし」


「そっか。じゃあ楽しみにしてようかな」


「まぁ、あくまでも生徒向けの内容ですのであなたには物足りないと思いますが」


「いやいや、私の血生臭い経験よりも友達と一緒にするのが楽しいんだよ」


「そういうものですか」


「そういうものだよ」


和やかな雰囲気の世間話だったはずなのに、気付けば殺伐とした話になっていた。無表情で話を進めるティファニアもおかしいが、にこやかに話を続けるシルヴィアも()()()()ということなのだろう。

朝霞は怖い部分に触れないように、お茶の味を楽しむことに精一杯だった。



***



「あぁ……、うんざりするな……」


心底面倒くさそうに呟く声が、一面の廃墟に吹く風に乗って消えていく。

見渡す限り、廃墟と瓦礫の山。違う。瓦礫の所々に魔獣が目を光らせている。

そんな殺伐とした場所に、一人の女がいた。全身をすっぽりと服で覆って、露出は目元周辺だけでほとんど無い。ただし、機能性を求めてだろうか、ピッタリとした服からは人目を引くボディラインがくっきりと浮き出ていた。


「ダルい……」


口を開けば怠惰な言葉ばかり。全身からも、やる気の無い雰囲気が溢れている。

女は足元の瓦礫を数回、足で叩いた。その拍子に小石がいくつか転がっていった。


「起動」


短い言葉と共に、足元の瓦礫が起き上がっていく。猛烈に立ち上る土煙など気にも留めず、女は瓦礫と共にみるみるうちに上昇していった。

瓦礫は周囲の瓦礫を取り込み、急速に形を成していく。最初は二本の足ができた。その後、二本の腕ができ、全体の形を徐々に人の形に近付けていった。


「これでいいか……」


女は起き上がった瓦礫の人形の本来ならば頭が乗る位置に、手に持っていた木の棒を()()()()()

その瞬間、瓦礫の人形は確かに仮初めの命を授かっていた。


「命令だ。魔獣を全て駆除しろ」


女は散歩するような気軽さで瓦礫の人形を降りていく。主が降りきったことを認識しているのか、瓦礫の人形は不揃いで不恰好な指を広げ、足元の瓦礫を掴んだ。

そこからは、ほぼ一方的な蹂躙だった。魔獣がいくら束になろうともビクともしない。例え削られようとも、意にも介さず擦り潰す。

結果、大量に現れた魔獣はほとんど何もできずに駆除された。瓦礫の人形は今にも崩れそうな有り様だが、元々がただの瓦礫。気にする者など誰もいない。

役目を果たした人形は、轟音と共に崩れていった。


「終わったか」


女は廃墟と瓦礫に埋もれた場所で唯一、建物として機能しているところにいた。

粗末な椅子に座った女は顔の覆面をむしり取ると、ビンから直飲みで酒を呷る。一回でビンの半分ほどを飲み干した女は不機嫌そうにビンを置いた。


「面倒だ……。あの小娘が、大昔に多少の世話をしてやっただけの引きこもりにいつまで甘えるつもりだ?」


女の素顔は美人と言っても差し支えないものだった。……目付、口調、態度の悪さは目を瞑るものとするが。

女がもう一度酒を手に取ろうとしたとき、部屋の隅のボロいクローゼットの扉が一人でに開いた。


「……面会予約は貰っていないが。一応は女の部屋だぞ?出直してこい、クソジジイ」


「相変わらず口の悪い。それではいつまで経っても嫁の貰い手がおらなんだぞ?」


「死ね」


よいせ、と気の抜けた声でクローゼットから出てきたのは、人当たりの良さそうな老人だった。

開けた拍子にクローゼットの扉が壊れてしまったが、何事もなかったかのように壁へ立て掛けた。


「久しぶりだのう。元気か?」


「失せろ。お前のせいで酒が不味くなるわ」


「……前々から言っておるがな、もう少し優しくして欲しいんじゃが」


「知るか、早く帰れ」


「取り付く島もない……」


寂しそうな老人に目線すら向けず、それどころか飲み終えた空の酒ビンを老人にブン投げた。老人は難なくキャッチしてラベルを確認した。


「安酒ではないか。もう少し良い酒は飲まんのか?」


「大きなお世話だ。失せろ」


「昔はあんなに可愛かったのになぁ。時の流れはかくも残酷か」


「……白々しい。お前が『時』を語るな。悠久の狭間で溺れ死ね」


「嫌われたのう」


苦笑する老人は諦めたように部屋の扉へと向かう。女は最後まで目線を向けなかった。そっぽを向いて無視する女に別れの挨拶を老人はした。


「ではな。たまたま扉が繋がったから来てみたが元気そうで良かった。息災でな」


最早、返事すらしなくなった女に肩を竦めて老人は出て行った。歩けば必ず軋む床板は全く音がしなかった。


「何が元気で良かった、だ。私はそもそも呪われた身だぞ?死ぬことも赦されない穢れた、汚物以下のゴミにかける言葉じゃないだろうが」


自嘲する声は寂しそうにも、怒りを含んでいるようにも聞こえた。

女はため息を一つ吐くと指を鳴らした。その途端、部屋の屋根が吹き飛んだ。そして、床を踏み鳴らせば先ほどと同じように瓦礫の人形が起き上がった。


「私には呪いと瓦礫しかない。未来永劫、ここで世界が滅び去るまで土埃にまみれて不味い酒を呷るしかできない。下らねぇな」


瓦礫の人形が轟音を立てて進む。先には魔獣の群れが殺意に満ちた視線と共に待ち構えている。


「憂さ晴らしにもならねぇが、目障りだからな。地面のシミを増やすとするか」


魔獣が咆哮と共に疾走してくる。数百は下らない群れは真っ直ぐ向かって来る。本来ならば絶望するような状況だが、女はつまらなさそうにため息を吐くだけだった。


「どうせなら魔獣王でも連れてこいよ、雑魚どもが。まぁ、いてもまとめて皆殺しだけどな」


瓦礫の人形が大地を踏み締める。女は人形に蹴りを入れると不敵に笑った。


「かかって来い、雑魚が。この瓦礫の魔王が全部まとめて擦り潰してやるからなぁ!!」


瓦礫の鉄槌が激しく土埃を舞い上げた。それだけで魔獣の尖兵は跡形も無くなった。

轟音は小一時間ほどで静かになった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。




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