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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
紅い断罪編
28/38

第1話  ニアミスとリハビリと貴族の暗躍

トンカン、トンカン。トンカン、トンカン。

街中でそんな音が響き渡る。もちろん、大工達の威勢の良い声もセットでだ。朝早くから響く喧騒に普段とは違った賑わいが出ていた。

学園都市の至るところで魔獣が暴れてから、二週間が過ぎた。魔獣の死骸の片付けから始まり、今は壊れた建物や道路の修復に入っていた。

そんな喧騒をすり抜けるように歩くのは、メイド服の少女と銀髪の少女という変わった組み合わせだった。その珍しさと整った容姿に道行く人が振り返ったのは無理もない話だろう。


「さて、あとは何が必要かな?」


「細かいものは十分でしょう。調味料やパンなどは学食の方から支給されますので」


「じゃあ、残りはみんなの頼み物か」


「メリィ様のものが一番多いようです。最後にして他から回りましょう」


手にしたメモを見てメイド、シェフィールドが決める。銀髪の少女、シルヴィアは特に反論せず、その後に続いた。


「しかし、そろそろ監視もいいと思うけどなぁ……」


「そうは言っても無理でしょう。最近は騒ぎの原因に我々、特別課がいます。完全に警戒が解かれるのはもう少し先ではないかと。お嬢様もそう申しておりました」


シルヴィアが出店の角の死角部分に手を振る。出店の店主が手を振り返してくれたが、勘違いである。音も無く、死角にいた影がスッと消えた。


「つれないね」


「あまりからかうと怒られますよ」


何事もなかったように歩く先は日用品の店だった。そこで頼まれた物を購入して次へ。


「アイシア様は筆記具ですか」


「最近、魔法の練習とその勉強にハマってるみたいだからね」


文房具を取り扱う店へ。シルヴィア達も不足した分を補充して次へ。


「メリィ様は……、編み物の材料ですね」


「昼間の罰則が終わると寮で待機だから、最近はめちゃくちゃ作ってるよね」


「ぬいぐるみも置くところに困っています。そろそろ寮がぬいぐるみで溢れそうですよ」


ハァ、とため息を吐くシェフィールドは頬に手を当てて言った。

実はメリィのぬいぐるみは出来が見事で売り物としても十分な価値がある。過去には学園主催のフリーマーケットにも出品して、全てが売れたほどらしい。

メリィ自身は作ったぬいぐるみに完成以降の興味はほとんど無いらしく、売ろうが捨てようが関心が無いようだ。その証拠に自室には裁縫道具が山ほどあるが、ぬいぐるみは数個しかないのだ。

見かねたマリアベルとシェフィールドがフリーマーケットに出して、寮に溢れるぬいぐるみを処理していたとのこと。


「街がこんな状態じゃ、フリーマーケットもまだ先だよね」


「他課の知り合いに少しずつ譲ってるのですが、それを上回るペースで作られるとは思わず……」


「相当ストレスが溜まってるのかな。外出制限と奉仕活動に大量の課題。メリィにはキツいだろうしねぇ」


「私の活動にも支障があります。自業自得と言われれば言い返す言葉もありませんが、様々な部分で限界が近そうです」


いつもは隙などまったく見せないシェフィールドも最近は疲れぎみだ。朝早くからみんなの朝食の準備から始まり、ミランダの世話、昼間の奉仕活動、夕方からは寮での仕事に加え、自身の課題もあるのだから。


「まぁ、それももうすぐじゃないかな?」


「と、言いますと?」


「昨日ね、先生からそろそろ罰則も終了するって言われたんだよね。朝霞も退院が近いから、それに合わせるつもりなのかも」


「それは助かります。奉仕活動自体は苦ではありませんが、外出制限は……」


「メリィのストレスもその辺が原因だろうしね」


「ともかく、もう少しの辛抱なら耐えましょう。朝霞様の退院祝いも考えねばなりません」


「とりあえず、今週いっぱい様子見で、異常が無ければ退院だってさ。まだ自力で歩けないみたいだけど、歩行訓練は寮でもできるから」


そんなこんなで話をしている内に、裁縫店に到着。

メリィの買い物リストには数多く書かれているが、指示は『みたいな色』とか『~くらいの長さ』など曖昧な部分が多かった。

仕方ないのでシェフィールドと話し合って、適当に決めて購入していく。メリィは多少指示と違っても怒らない。というか、自分の指示を細かく覚えていないのだ。

とりあえず、求められた量の物を購入して店から出る。買い物を終えて、寮に戻ると決めた。もうすぐ夕方なので自然と足早になった。


「急がないとザックス様達が帰って来てしまいますね」


「みんな食べ盛りの男の子だもんね。労働に疲れて帰って来るから大変だ」


苦笑してシェフィールドと共に帰路を急ぐシルヴィアだったが不意に立ち止まった。シェフィールドもつられて立ち止まるが困惑している。


「シルヴィア様?どうかしましたか?」


「……なにか、とんでもないのがいるね」


その言葉にゆっくりと警戒体制をとったシェフィールド。シルヴィアがじっと見つめる先の人混みから現れたのは、道行く人々が2度見するくらいの美貌を持つ、深紅の髪を流す女性だった。

女性はシルヴィア達に目を向けることも無く、あっという間に人混みの中に紛れて行った。

シルヴィアが肩の力を抜いたのを見て、シェフィールドも力を抜いた。


「いやはや、なんか凄いのがいたね。絶対に正面から戦いたくない相手だ」


「えぇ、向こうはこちらを相手にしていなかったようですが、助かりました。あの方は私にとって天敵ですから」


「知ってるの?」


シェフィールドの口振りに驚くシルヴィア。それに対して、シェフィールドは首を横に振った。


「私個人ではなく、貴族としてです。あの方、もとい、あの方の一族は貴族に対して特殊な家なのです」


「あー、確か督務貴族?だっけ」


「ご存知でしたか」


「これでも長生きしてるからね。貴族との付き合いもそれなりにあったんだよ」


「……そうですか」


たった一言で終わらせたシェフィールドにシルヴィアは内心、感謝した。理由はどうあれ、貴族が絡むと話は大きく、ややこしくなるからだ。深く掘り下げないでくれるなら有難い。


「さ、帰ろうか」


歩き出したシルヴィアの後に続いてシェフィールドが歩き出した。ふと、後ろを振り向く。


「……?」


一瞬、視線を感じたが目を向けても特にシェフィールド達を見ている者はいない。気のせいだと思ったシェフィールドはそのままシルヴィアと共に去って行った。



***



「すみません、師匠(せんせい)。視力強化の僅かな魔力を感じ取られたようです」


「問題ありませんわ。すぐに隠蔽したのでメイドの方は気のせいとでも受け取ったのでしょう」


「でしたら……」


「ですが、銀髪の方は明らかに気づいたでしょう。その上でわざと見過ごした、或いは見逃したようです。(わたくし)達の他にも監視がいるので同じような連中だと思ったのかしら?」


「どうしますか?」


「しばらくは様子見でいいでしょう。資料を見る限り、学園都市に仇なす存在ではなさそうですし、ローゼンハワードは断罪対象ではありません」


「わかりました」



***



それから一週間。メリィのぬいぐるみが溢れたり、ザックスが脱走しようとして監視員に捕まったりと、色々あったがようやく罰則が解除された。

久しぶりの外出が許されたのだが、今日は平日。向かう先は特別課の教室なのでメリィ達の足は重かった。

憂鬱な顔をしたクラスメートを送り出したシルヴィアも、少し遅れて寮を出た。目的地は治療院。朝霞の退院のためだった。


「おはよう、朝霞。調子はどう?」


「おはようございます、シルヴィアさん。特に変わりありませんから大丈夫ですよ」


「それは良かった。じゃ、荷物まとめよっか」


テキパキと荷物を片付けていくシルヴィア。持参したカバンに衣類や小物をどんどん片付けていった。


「すみません、片付けまで……」


「まだ手に痺れも残ってるんでしょ?無理せず休んでて」


シルヴィアの言うとおり、朝霞の後遺症はまだ完全に治っていなかった。体調面はかなり回復しているが、手足に痺れが残っていて、自力での歩行と手を使うことがまだ困難だったのだ。

申し訳なさそうに車椅子に座る朝霞は居心地が悪そうだった。


「ま、その居心地の悪さも私からのお仕置きということにしておこうか。寮に戻ったらお説教するからね」


「うっ……。お手柔らかにお願いします……」


話しながらも手際よく片付けを進めていたシルヴィアが、最後の小物をカバンに放り込んだ。比較的軽いカバンを一つ、朝霞の膝の上に置くと軽く服を払った。


「じゃあ、帰ろうか」


カバンを左右に両肩から提げてシルヴィアが車椅子を押す。道中、世話になった看護師や医者に挨拶をして治療院を出た。

寮へと帰る道すがら、寮での出来事や学園からの決定事項について説明する。


「ある程度は街も片付いたみたいですから、フリーマーケットも近いうちに再開すると思いますよ」


「そうだといいなぁ。メリィのぬいぐるみがすごくて。勝手で悪いけど朝霞の部屋にも置いといたから、可愛がってあげてね?」


「私も間に合ってるので実家の妹にでも送りますよ……」


「まぁ、メリィのぬいぐるみはともかく、しばらくは朝霞のリハビリがメインだね」


「そうですね。せめて、日常生活がままならないと話になりませんからね」


「すぐに治せる知り合いも、荒療治も知ってるんだけどのんびり気長にやろうか」


「……荒療治はともかく、すぐに治せるってどういう……?」


「回復魔法の天才に知り合いがいるんだよ。居場所も連絡先も知らないから、頼みようが無いんだけどさ」


朝霞の後遺症である身体の麻痺は、魔力の暴走による全身の魔力回路の損傷が原因だ。それの治療法は、一般的には自然治癒がベストとなっている。理由としては、無理に回復魔法で治すと急激に魔力が損傷前と同様に流れてしまい、病み上がりの身体がそれに追い付かず、再び倒れてしまう可能性があるからだった。

故に、魔力回路の損傷は自然治癒が最も事故や消耗の無い方法とされていた。


「彼女に任せれば、死人以外ならどんなケガでも病気でも治せるよ。本人もそれが目的で世界中を歩き回ってるからね」


「そんなすごい人がいるなんて……」


「まぁ、運が良ければどこかで会えるよ」


もう長らく会っていない友人に思いを馳せる。ただ、ひたすらに他者を癒すことを目的に世界中を巡る彼女こそが本物の聖女なのだろう。


「当面は寮で私とリハビリだね」


「シルヴィアさんは授業に出席しなくてもいいんですか?」


「私は元々、学生をやるつもりじゃなかったからね。他にやることがなかったから、学生をやってるだけだから。朝霞のリハビリに付き合うなら、学生業はお休みさ」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


そんなこんなで話をしながら寮へと帰還。シルヴィアは玄関で朝霞を背負ってリビングへと移動。ソファに座らせてからお茶の準備を始めた。適当なお茶請けを出しながら、朝霞の対面に座った。


「まずは、お帰りなさい」


「はい、ただいまです」


「じゃ、私について説明しておこうか」


シルヴィアは他のメンバーに語ったことを改めて説明した。

自分が魔剣であること、長い時間を生きてること、魔剣についてなど、朝霞からの質問に答えながら応答していった。


「あんまり驚かないね?」


「まぁ、予想はしてましたから……。初代の菖蒲様の友人で、風斬家の誰よりも『連斬』に詳しいとなれば自ずと……」


「最初は隠す気がなかったからね。かと言って、積極的に教えるつもりもなかったけど、『剛刃』が出てきたからさ。とりあえず近しい人には教えておこうってわけ」


「その……、みんなは何か反応とか……」


朝霞が気遣わしそうにシルヴィアを見た。それに微笑んでからお茶を一口。ソーサーに戻してからシルヴィアは口を開いた。


「ハンナとミランダは興味津々であれこれ質問してきたけど、他はそんなにかな?ザックスは他の魔剣が気になったみたいだけど、所在は知らないって言ったら興味を失ったっぽいし」


「意外ですね。特にメリィはしつこく聞いてくると思ったんですけど……」


「途中までは元気だったけど、ハンナの難しい話になったら飽きて編み物し始めちゃったから。それからずっとぬいぐるみの大量生産を続けているから、興味から外れたみたい」


「メリィらしいですね……」


「おかげさまで寮にぬいぐるみが溢れたけどね」


ちらり、とソファの隅に視線を送る。そこには様々な動物モチーフのぬいぐるみが乱雑に積まれていた。

ソファだけではなく、部屋のあちこちに置かれたぬいぐるみはどこに目を向けても視界に入ってくる。大小様々な種類で、お店でも開けそうな雰囲気だった。

そこで、一際大きく鐘が鳴った。一定の回数鳴ってから静かになったのでお昼になったのだろう。


「さて、みんながお昼ご飯に戻ってくるかな」


「そうですね。だとすると一番は……」


朝霞が言いかけたとき、ちょうど玄関が開く音がした。ほどなくして現れたのは、既にメイド服に着替えたシェフィールドだった。


「お帰り、シェフィールド」


「お帰り、シェフィ」


2人の出迎えの言葉にシェフィールドは一礼してから答えた。


「ただいま戻りました。すぐに昼食の準備をします。それと、お帰りなさいませ。朝霞様」


「うん、ただいま」


フフッ、と微笑みあった2人に遅れて、玄関が騒がしくなってきた。どうやら他のメンバーも戻ってきたらしい。


シェフィールドがキッチンに移動してから少しして、メリィが慌ただしくリビングに入ってきた。ソファの朝霞を発見したメリィはその勢いのまま、朝霞に突撃をしようとした……のだが、寸前でシルヴィアに捕まって、流れるように座らされた。


「おおぅ???」


「お帰り、メリィ。だけど危ないよ」


「ただいま、シーちゃん。あーちゃんもお帰り」


「えぇ、ただいま、メリィ」


メリィを皮切りに、他のメンバーも続々とリビングに入ってきた。みんな朝霞を見つけたとたんに、「お帰り」と声をかけてきた。朝霞も嬉しそうにそれに返事をしていた。

……ちなみにミランダだけは、挨拶もそこそこに、魔剣について聞き出そうとしてシルヴィアとナーシャから止められていた。



***



朝霞の退院から数日後。

日中、授業の時間帯に朝霞とシルヴィアは寮でリハビリを行っていた。まだ満足に手足が動かせない朝霞は、日常生活でものすごく困っていた。

今はやっと1人で食事ができるくらい(スプーンを持って食べる程度)に回復していた。しかし、足の痺れはまだ残っており、未だに自力での歩行は困難だった。


「よし、なかなか良さそうだね」


「そうですか……?全然変わってないような気がするんですけど……」


「治療院に入ったばっかりの頃に比べればだいぶ良いと思うけど?」


「それはそうですけど……」


釈然としない、というような思いが伝わってくる顔で朝霞は言う。治療院から退院して、もうすぐ一週間経つのに、まだ支え無しでは車椅子から立てないのを不満に思っているようだ。

そんな朝霞にやれやれ、という風に苦笑するシルヴィアは、朝霞の顔ににじむ汗を拭き取ってやりながら優しく諭す。


「焦りは禁物、だよ?」


「でも、こんなに頑張ってるのにまだ歩けないなんて……」


「落ち着いて。まだ、って言うけど退院から一週間も過ぎてないのに歩けるようになったら逆に怖いからね?」


「……魔力の暴走がこんなに大変なことだったなんて知りませんでした」


「まぁ、学生のうちはこんな重症にならないからね」


苦笑するシルヴィアに朝霞は真面目な顔で問いかけた。


「シルヴィアさん、私は『連斬』をどこまで使えてますか?」


「うーーーーーーーん…………」


一転してものすごく難しい顔になったシルヴィアは長く唸ってしまった。それに朝霞は慌てて言葉を探す。


「え、えっと……、その……」


「いや、大丈夫。どう言おうか迷っただけだから。そのうち、改めて話さなくちゃならないことだったからね」


気を取り直すように手を振るシルヴィアは、車椅子に座る朝霞に向き直った。


「隠したり、誤魔化したりは好きじゃないからはっきり言うよ。

朝霞、君は『連斬』の1割も使いこなせていない。今は魔力を流せば発動する剣舞で、一見使えているように錯覚しているだけだね」


「…………。1割も、ですか……」


覚悟していたようだが、やはり相当にショックだったようで、朝霞は気落ちした声で小さくこぼした。罪悪感がすごいことになっているシルヴィアは慌てて取り繕う。


「でも、あくまで私の基準は菖蒲だからね。菖蒲のデタラメぶりに比べれば朝霞はまっとうに成長してると思うよ?昔とは環境とかも全然違う訳だし……」


「つまり、菖蒲様には比べるべくもないってことですか……」


「あーっと、そういう意味じゃなくてだね?うーん、言葉にするとどうすればいいのかな?難しいなぁ」


「わかりました」


オロオロと慌てるシルヴィアに朝霞がきっぱりとした口調で話す。それにシルヴィアも向かい合った。


「私は自分で思っていた以上に未熟だった、ということですよね」


「今の時代と年の頃を考えれば普通だと思うけど……」


「……もう少し戦えると思ったんです。

実家の道場では兄弟子達にも負けませんでしたし、父ともそれなりに勝負になったはずです。祖父には手も足も出ませんでしたが、それでも誉められていました。こちらに来てからも、剣術では学生達の中でも上位にいると信じていました。

でも、しょせんは学生として、という条件付きだったんですね。結局、あの傭兵相手にはろくに戦えませんでしたし」


「朝霞……」


「だから、改めてお願いします。私に一から剣を教えてください。私を『連斬』にふさわしい使い手にしてください。お願いします」


車椅子に座ったまま、深々と頭を下げる朝霞にシルヴィアは頷いた。


「もちろん、一度受けたお願いはまっとうするよ。朝霞が満足するまで、私は朝霞に付き合うから」


「よろしくお願いいたします」


シルヴィアが差し出した手をしっかりと握った朝霞の表情は、これ以上ないくらいに真剣だった。未だに麻痺が残り、弱々しい握力ながらも力一杯握る朝霞はとてもやる気に満ち溢れていた。

シルヴィアはチラリ、と足元の影を見てから朝霞に告げた。


「じゃあ、休憩は終わりにしてリハビリの続きと行こうか。平常時まで戻せなかったら意味が無いからね?」


「はい!!」


自信満々に返事をする朝霞。それにシルヴィアは頷くと、朝霞の両手を取って、ゆっくり立ち上がらせた。


「ふぅ、ふぅ………」


「ゆっくり、焦らないで。限界になったら座ろう」


「はい」


それから数回、支えられながら立ち上がる練習を繰り返す。こうして、魔力を流さずに歩行訓練を続けていれば、魔力回路が回復した後も筋力の低下を防げるのだ。

朝霞の体力と気力に注意していたシルヴィアが終了を告げたのは、朝霞が滝のような汗を流して、ふらつき始めた頃だった。


「さて、今日はここまでにしよう。お風呂に行こうか」


「はい、ありがとうございました……」


倒れ込むように車椅子に座った朝霞は、全身で息を荒くしていた。シルヴィアが顔や首筋などの汗を拭ってやるのもされるがままだった。


「やっぱり、朝霞は体力がすごいね。同じ年頃の女の子に比べると全然違うや」


「ふぅ……、これでもそれなりに鍛えてましたからね。実家にいた頃は一日中、道場で鍛練していたくらいですから」


「菖蒲もそうだったけど、天桜の人はみんなそうなの?」


「さすがにみんなではないですよ。武道系の家は鍛練に積極的ですけど、魔法系や文官系の家はそうでもないと聞きますよ」


「まぁ、私の知ってる天桜出身が2人とも特殊だったってことなのかな」


「菖蒲様はともかく、刀治さん?は刀鍛治ですから一概に言えないんですけどね」


笑い合う2人の足元で影が小さく揺れて、何事もなかったかのように元通りになっていた。



***



その日の夜、学園都市の裏通りにある、一見しただけでは飲み屋と思えないような店に真っ直ぐ向かう姿があった。裏通りの雰囲気にそぐわない、身なりの良い格好をした男が1人で歩いている姿は周囲から完全に浮いていた。

しかし、当の本人はそんなことなど眼中になし、といった風に自信家のような表情で店に入った。


「店主を出したまえ」


「……?アンタ、誰だ?」


「無知なる愚民に用はない。早く店主を出せ」


「アァン?」


カウンターの男が眉を寄せて唸る。店の隅にいた客もゆらり、と立ち上がった。


「お前さんよォ、どこのどいつだ?」


「下がれ、無礼者。私を知らぬ者が前に立つのは許さん」


「あのなぁ……!?」


「待て、お前は裏に引っ込め」


カウンターの男が声を荒げかけたとき、奥から聞こえてきた声で動きを止めた。


「アニキ……」


「この人はお前じゃ相手できねぇよ」


「すんません……」


悔しそうに裏に消えていく男は去り際に謎の客を見たが、男のことなど意識から完全に消えているように振る舞っていた。


「遅い、私を誰だと思っている?」


「事前の連絡くらいは欲しかったんですがね」


「何故、この私が愚民の都合を伺わねばならない?貴様こそ貴族である私に合わせろ。無礼者め」


「こっちにもやることが色々あるんですがね、アンシェル様?」


「知らぬ。そんなことより、貴様の持っている情報を全て寄越せ。早くしろ」


「全て……って、そんな無茶な」


「口答えは許さん。さっさとしろ、ノロマめ」


「せめて情報料くらいは出してくださいよ……」


「……卑しい愚民だな。それ、感謝して受け取るがいい。貴族の施しである」


カウンターに投げ捨てるように放り出された袋から、ジャラリと音がした。

それを大事に抱えてカウンターの中にしまった後、アンシェルと呼ばれた男に封筒を渡した。


「こちらがお求めのものです。今度からは事前に一報くださいよ、アンシェル様」


「フン、先にも言ったが貴族である私に貴様ら平民の方が合わせろ。まさか、ダーコス男爵家に逆らうつもりか?」


「とんでもございません。今後ともご贔屓に」


アンシェルは返事すらせず、荒々しくドアを開けて、閉めることもせずに帰って行った。開けっ放しのドアをため息と共に閉めて、ついでにカギも閉める。今日はやる気がなくなったのだ。


「もういいぞ。今日はしまいだ」


「……アニキ、すんません。オレが……」


「気にすんな。貴族の対応なんか誰にでもできるもんじゃねえよ」


「うす。ところで、書類は最初から準備してたんですか?」


「まぁな。アンシェル・ダーコスが学園都市に入ってるのは知ってたし、学園都市の情報屋はウチが一番だからな。遅かれ早かれ来るのは分かってんだ、ささっとな?」


アニキと呼ばれる男は棚から酒とグラス、氷の入ったバケツをカウンターに置いて注ぎ始めた。一つを子分の前に押し出し、もう一つを自身の手に持った。


「こいつで嫌な奴のことは忘れようぜ?ほら、乾杯」


「うす。頂きます!」


チン、とグラスのぶつかる音の後に酒を呷った。アルコールの熱が喉をカッと熱くする。

2杯目を子分に注ぎながら、男は小さく笑う。その事に子分が不思議そうに首を傾げた。


「どうかしたんで?」


「いんや?なんでもねぇよ。ただ、そのうちデカイ花火でも上がるかもなってさ」


「祭りにはまだ早いですぜ……?」


それには答えず、自身のグラスにも次を注いだ男は強引に本日2回目の乾杯の音を響かせた。



***



「こちらで少々お待ちくださいませ。間もなく、姫様がこちらにお越しになります」


そう言ってメイドが音もなく暗闇に消えていく。足音どころかドアを開ける音も聞こえなかった。

残されたレイラは静かにテーブルに着く。すかさず、お茶とお菓子が出され、ほのかにいい匂いが暗闇に漂った。


「あら、美味しい。どこのお茶かしら?」


予想外に好みに合うお茶に驚くレイラに、メイドが手土産用に用意されたバスケットを取り出して見せた。


「お帰りの際はお持ちくださいませ。姫様よりレイラ様へのお気持ちでございます」


「ありがたく頂きますわ」


レイラがお茶とお菓子に舌鼓を打っていると、チリン、と控えめなベルの音がした。傍らのメイドが暗闇に消えて間もなく、車椅子に乗った少女が現れた。


「お待たせしてごめんなさいね。直前でお着替えすることになっちゃって。見苦しいでしょうけど、許してちょうだい」


レイラは椅子から立ち上がると僅かに腰を落として、貴族の略式挨拶で迎えた。


「いいえ、お気になさらず。姫様のお加減の方が大事ですもの。

改めまして、ヴァーミリオン家が次女のレイラ・ヴァーミリオンでございます。この度は面会の求めに応じてくださり、誠にありがたく存じます」


「あまり堅苦しいのはよしましょう?こちらのお願いを聞いてもらうのだから、私以上にかしこまらないで」


「……では、その通りにしましょう」


薄暗い部屋の中、レイラは対面の少女を観察する。

見るからに万全ではなさそうな顔は薄暗い中でも分かるくらい蒼白で、頬も若干痩けているように見える。テーブルに重ねられた手は子供よりも細く、今にも折れそうな雰囲気が出ていた。


「ごめんなさいね、気味が悪いでしょう?」


「そんなことはありませんわ。むしろ、体調の心配が先に立ちますもの」


「ありがとう。今は落ち着いているから大丈夫なのよ」


「では、体調のためにも手早くお話をしましょうか。学長から私のことを聞いていると思われますが、私の魔力提供については認めて頂けるんですわね?」


「もちろん。むしろ、こっちから頭を下げてお願いしたいくらいよ」


「私にとっても古巣ですもの。協力するのに吝かではありませんわ」


「貴女のような娘が卒業生で助かったと、本当に安心しているの」


「そう言ってもらえるのは大変光栄ですけど、私はあまり素行がよろしくなかったので、ほどほどに誉めてくださりませんか?」


和やかな雰囲気が薄暗い部屋を満たす中で、お付きのメイドが小さく姫様と呼ばれた少女の肩を叩いた。


「ごめんなさい、もう休まなくてはならないみたい。せっかく来てもらったのに大しておもてなしができなくて申し訳ないわ」


「お気になさらず。無理せず、ゆっくりお休みください」


レイラが再び椅子から立ち上がる。それを合図に、メイドが車椅子の押し手を握った。


「じゃあ、また今度。お茶会の準備をして待ってるわ。後のことは任せてあるからよろしくお願いね?」


「分かりましたわ。お休みなさいませ」


車椅子の少女が退室して、入れ替わるように初老の紳士が現れた。レイラにも分からないほど、気配を感じなかった。


「姫様の筆頭執事でございます。名乗るほどの者ではありませんのでご容赦を」


「こちらこそわざわざ改めて名乗りはしません。それよりも、さっさと用件を済ませましょう」


「左様でございますな。では、今回の依頼内容と細かい約定について、行き違いが無きよう致しましょう」


学園都市の深奥で行われたやり取りは深夜遅くまで続いた。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。

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