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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
24/38

第23話  顛末と苦労とシルヴィアの秘密

ノーマン・ニルギリスの起こした事件から一週間が経過した。

学園都市は破壊された部分の復興と、残された魔獣の死骸の除去に取り掛かっており、工事の音と作業員の威勢のいい声が響きわたっていた。

そして、工事とは別に多忙を極めていたのは、事件の負傷者を多く受け入れた病院だった。学長の指示で、早期から堅固な防衛を成したことにより魔獣の被害をほぼ、ゼロで抑えたことで負傷者の受け入れに完全に対応できたのだ。

そんな病院の一室でベッドに横たわる少女とそれに寄り添う銀髪の女生徒がいた。


「とりあえず、お母さんのことは学長に説明してあるから。ユーリはまずはゆっくり休んでね」


「シルヴィアさんに任せっきりですみません。本当は私がちゃんとやらなきゃなのに……」


「責任をしっかり果たすことは正しいけど、それをするには体をちゃんと直してからだよ?無理をしたって誰も喜ばないんだから」


「ありがとうございます」


「今日みたいに調子のいい日は、事情聴取とかのなるべく負担のないことをすればいいんだよ。ユーリは事件の関係者だけど、重病人でもあるんだからさ」


「わかりました。まずは、体を治すことに専念します」


ユーリの言葉に頷いたシルヴィアは、そこで改めて姿勢を正した。その様子にユーリも居住まいを正した。


「ここからが今日の本題なんだけど、ユーリの使った魔法薬についてなんだ」


「あの魔法薬ですか……」


「身をもって分かってると思うけど、あれはかなり危険な魔法薬でね?効果が強力な分、副作用も激しいんだ。酷いときは命に関わるくらいにね」


ある程度の覚悟はしていたのだろうが、シルヴィアの言葉を受けたユーリは暗い表情でうつむいた。だが、拳をギュッと握ると改めてシルヴィアと向き合った。その目は話の先を促している。


「ユーリの場合は摂取した量もそんなに多くないみたいだから、今すぐ危険がある訳じゃないと思う。でも、どんなに量が少なかろうが毒であることに変わりはないから、長期間の治療は必要だね」


「私、お金があんまり……」


「それは気にしなくていいよ。治療費は学園都市が払うことになってるから」


これはシルヴィアの出任せではなく、本当だ。

主犯のノーマンが行方不明となっている今、最重要参考人としてユーリは保護しなければならない。ちなみに、傭兵のゲイル・ジニアスは既に学園外に逃亡、魔獣遣いも混乱に乗じて逃げたらしい。

よって、所在が明らかで非常に協力的なユーリは大切な参考人として学園都市もぞんざいな扱いはできないのである。


「ともかく、お金の話は置いといて魔法薬についてだけど、後で何度か取り調べがあるから。お医者さんが体調のいい日を確認してからになるから、そこは安心していいよ」


「分かりました。何から何までありがとうございます」


「何度も言うけど、無理だけは禁物だよ。私もちょくちょくお見舞いに来るから」


「はい、待ってます」


ユーリの病室を出たシルヴィアは出口ではなく、通路を進む。先ほどまでいたユーリの病室がある内科病棟から、外科病棟へと進んでいく。

目的の病室に到着したと同時に中から人が出てきた。ぶつからないように避けると相手は会釈して去って行った。

シルヴィアは入り口の脇にかかったネームプレートを確認して、控えめに2回、ノックをする。間もなく、中から「どうぞ」と返事が聞こえてきた。


「お邪魔するよ。調子はどうかな、朝霞」


「いらっしゃい、シルヴィアさん。もう、大分良くなってきましたから近いうちに退院できますよ」


ベッドにいた朝霞は言葉通り、元気そうであった。といっても、全身に包帯が巻かれ、点滴が繋がり、未だに自力での長時間の歩行は困難という有り様だったが。


「まぁ、焦らずゆっくり休むといいよ。復調するまでは指導もお休みにするからさ」


「そうさせてもらいます。今回ばかりは強がりも言ってられないようです」


照れたように言う朝霞は震える腕を持ち上げて見せた。すぐに下ろしたが、今はそれだけでも精一杯のようだ。

朝霞は全身の裂傷と、魔力不全による一時的な麻痺と診断された。今の限界以上の魔力が短時間に全身を回った上に、制御に失敗して全身で破裂したことが原因だ。

ちなみに、朝霞ほど酷くなくても未熟な魔法使いはもっと軽い症状で病院に運ばれることは珍しくない。学園都市ならではの日常と言ったところか。


「ところで、今のは?」


「天桜の外交官です。先生が実家に連絡をしたみたいで、手紙が送られて来たのを届けてもらったんです」


「なるほどね」


それからしばらく、朝霞とのおしゃべりを楽しんだシルヴィアは、医者の診察を機に病室を後にした。

朝霞はまだ当分の間は入院することになりそうだ、とシルヴィアは息を吐く。もっと早く朝霞を助けられれば、と思うがそれこそ今更なのだろう。いつだって、自分は中途半端で情けない。

自嘲しつつも、あれこれと考えることはたくさんある。どれも簡単には解決しない気がして、さすがに滅入ることこの上ない。


「はぁ、学園都市に来て早々にこんなトラブルに巻き込まれるなんて、私もつくづくツイてないなぁ……」


なかなかの不幸具合に、真剣に呪いの類いを疑うシルヴィア。その不景気な背中が突然、思い切り叩かれた。……叩く、というよりは殴る、というくらいの音と勢いだったが。


「何を不景気な面でブツブツ言ってんの?ものすごく怪しいわよ?」


「……ビックリしたなぁ……。気配を消して来るから誰かと思ったよ」


「気配消さなきゃすぐにバレるでしょうが」


いきなりシルヴィアの背中を叩いたのは、担任のマリアベルだった。口調はいつも通りなのに、顔色は悪く、目の下のクマはとんでもないことになっている。間違いないなく、徹夜明けの狂ったテンションだった。


「先生、ちゃんと寝た方が良いんじゃないかな?」


「寝させてくれないのはどこのどいつかしら?」


「……悪かったってば。でも、私が言うのもなんだけど、そろそろ休まないと倒れるよ」


「言われなくても今日はもう寝るわよ。これから明日の夕方まで休みだから」


「ご飯くらいは食べてね?」


「善処するわ」


適当な調子で返事をするマリアベルは信用できないので、後で何か持って行こうとシルヴィアは決めた。

そんなシルヴィアの決心を余所に、マリアベルは話を続けた。


「アンタらの処分、一応決まったわ」


「みんな一緒の時の方が良くない?」


「どうせ、まともに話を聞く連中じゃないからどうでもいいわ」


「あはは……」


マリアベルのうんざりした答えは、なんとも返し辛いので笑ってごまかした。明らかに、自分の待機命令が無視されたことを根に持った言い方だった。


「ともかく、基本的には全員寮にて謹慎。昼間は男3人は復興の手伝いで、女は作業員の昼食の炊き出しの手伝い。夕方以降の外出は完全に禁止。文句は聞かないわ」


「もちろん、黙って従うよ」


「ただし、ギルバートの通院とシルヴィアの事情聴取、ハンナは例外ね。ハンナは昼間も外出禁止。実験なんかも禁止で当分は監視も付くわ」


「まぁ、仕方ないかなぁ……」


散々、あちらこちらを振り回したハンナは仕方ないだろう。退学や、拘束されないだけでも恩情をかけてくれたのだと思う。

シルヴィア自身だって、自由に歩き回っているように見えて、実は今も監視されている。学園の諜報官か何かだろうが文句は言わない。


「じゃあ、夜にでも伝えなさいよ。私は帰って寝るから……」


フラフラとした足取りで去っていくマリアベルを見送って、シルヴィアは学長室へ向かう。既に何度目かの事情聴取があるからだ。

望んだつもりではないのに、通い慣れた通路を通って学長室へと行くと、扉の前に以前と同じくティファニアが無表情で立っていた。シルヴィアの到着に気付いたティファニアが扉を開けて通してくれる。


「ありがとう」


「いえ、仕事ですので」


いつもと同じ、素っ気ない対応だが、そんな彼女も疲れた顔をしている。今の学園職員は全員が同じような顔色をしていた。

ともあれ、中に入ると、大量の資料や報告書でごった返した部屋で学長が執務に励んでいた。

最早、気の毒なくらいに土気色の顔で一心不乱に書類を片付けている。そのサポートをしているメルアも、心なしか目が虚ろだった。

最近は、部屋に入っても返事すらしないのでシルヴィアも勝手にしている。最初のうちはメルアがお茶汲みなどもしていたが、とうとう手が回らなくなったのか、大きい水差しを置くだけになってしまったのだ。なので、シルヴィアは自分がいる間だけは進んでお茶汲みを引き受けていた。


「お疲れ様。そろそろ休憩にしようよ」


「…………。うん?シルヴィア君か。いつの間に来たんだい?」


「学長も一旦、眠った方が良いね」


「ははは、また今度ね……」


学長はシルヴィアの差し出したお茶を飲んで、大きく息を吐いた。そこでやっとメルアも再起動したらしい。差し出されたお茶を飲み始めた。最近はメルアも文句を言わずに受け取ってくれるので、シルヴィアとしてもちょっと嬉しい。


「学長、手伝いを入れましょう……。限界です……」


「みんな忙しくて無理だよ……」


「だからあれほど、事務員を増やすべきだと言ったんです……」


学長とメルアの応酬も覇気が無いので、見ていて物悲しい。普段、あれだけキビキビと動き回るメルアがここまで弱るとなると、相当辛いのだろう。だが、シルヴィアには手伝えない。


「軽くつまめる物を買って来たから、食べながら休憩しよう。何かお腹に入れないと倒れちゃうよ」


無言でシルヴィアの用意した軽食を貪る2人のお世話をするシルヴィア。あっという間に無くなった軽食の包みなどを片付けながら、食後のお茶を出す。

ようやく、一心地着いたのか、学長が少し覇気の戻った声で喋り出す。


「いや、助かった。ここのところは水と非常食ばかりで、温かい食べ物は久しぶりだよ」


「大変なのは分かるけど、無理して学長まで倒れたら元も子もないよ?メルアもだからね?」


「……分かっています」


「いやぁ、耳が痛いね」


申し訳なさそうに笑う学長はお茶のカップを置くと、姿勢を正した。事情聴取の続きを始めるのだと気付いたシルヴィアは静かにソファに腰を下ろした。


「事件については、粗方フィニアスに話したんだよね?」


「そうだね。私が街へみんなと出た時から、全部終わって学園の保安部に保護されるまで、一通りね」


「うん、全ての調書はフィニアスから来てるから目を通したよ。だから、今日は細かい質問をいくつかしたいんだ。これが終われば事情聴取はとりあえずおしまいだから」


「分かったよ」


それから学長は事件の詳細について、事細かに質問を始めた。

街で見た魔獣の数、種類、強さや、直接戦闘したゲイルについてなどフィニアスよりも詳細に聞きたがった。シルヴィアは一つ一つ、丁寧に説明し、学長の質問に真摯に回答していった。

大体、一通りの説明が終わると学長は難しい顔をしつつも、詳細な情報を入手できたことで満足したようだ。

メルアが情報の整理を猛然としているのを横目に、シルヴィアは気になっていたことを学長に聞いてみた。


「ところで、あの騎士とメイドは誰か分かった?」


「あぁ、その事も説明しようと思っていたんだ。結論から言えば、僕には答えられない」


「うん?答えられないって、どういうこと?」


「悪いけど、そのままの意味さ。僕には答える許可が下りていない。それだけなんだ」


「つまり、知ってはいるんだ」


「あまり、詮索することもしないでもらえると助かるね。

……学長である僕は立場上、学園都市の裏も表も知っている。だから知ってはいるが、この事についての権限などはほとんどないんだ。僕自身でさえも、上から指示される立場だからね」


困り顔で言う学長の言葉を信じるなら、あの騎士とメイドは学園都市の最も深い場所にいる人物なのだろう。そして、その主も。

もしも、それが以前遭遇した魔女レベルの相手ならば、確かに詮索するだけで良くないと思う。

シルヴィアとしては、ちょっとした興味だったが諦めた。これは忘れた方がいいことに違いない。


「まぁいいや。関わっても面倒そうな相手なら忘れるよ。手伝ってくれたお礼が言いたかっただけだし」


「一応、シルヴィア君とギルバート君とアイシア君にお礼を言付かっているよ。事件解決に協力してくれてありがとう、だってさ」


「どういたしまして、かな。どうせ、会うことは無さそうだから、機会があったら伝えておいてくれるかな?」 


「機会があればね。さて、そろそろ夕方になるから、シルヴィア君はもう帰った方がいいね。ご苦労様」


「2人もちゃんと休みなよ?それじゃ、また」


苦笑する学長に見送られ、学長室を後にする。相変わらずドアの前で門番のように立つティファニアに別れを告げてシルヴィアは、特別科の寮へと向かった。


「さて、と。そろそろ話さなくちゃだね」



***



寮に戻ったシルヴィアが手洗いをしてから食堂へ行くと、そこには、疲れ果ててグッタリした男子3人がいた。復興の手伝いを命じられた3人は毎日、瓦礫を運んだり、資材を運んだりと朝から夕方まで散々こき使われていた。


「3人とも、お疲れ様」


「……おう。そっちもな……」


イスに座ってだらしない格好のまま、片手を挙げるギルバートに苦笑しながら、横を通り抜ける。向かう先はキッチンだ。


「お疲れ様、手伝うよ」


「お疲れ様です、シルヴィア様。ありがたいのですが、こちらはもうすぐ終わりますので、皆様を呼んで来て頂けますか?」


「みんな部屋かな?」


「ええ。お嬢様とナーシャは先に入浴していますが、アイシア様、メリィ様、ハンナ様は自室におられますので」


「分かった」


階段を軽快に上がって女子専用として使っている三階に上がる。階段に最も近い部屋はシェフィールドとナーシャの部屋なので、そのままスルー。途中で自室に荷物を置いてから、一番近いメリィの部屋の扉をノックした。


「メリィ、起きてるー?」


返事はない。寝てるのか、編み物に集中してるのか分からないが構わず入室する。中は脱ぎ散らかされた衣服や、編み物用の毛糸や道具が散乱している。服を拾い集めて、手近なカゴに放り込んでから、こんもりと膨らむベッドに声をかけた。


「うぅ~……」


「ほら、起きて。晩御飯の用意ができたってさ」


むずがる声でぐずるメリィの布団をめくると、猫のように丸まったメリィが何故か、下着姿でいた。靴下も片方しか履いてない。


「お風呂入ろうとして脱いでから寝ちゃったのかな?とにかく、風邪引いちゃうからちゃんと服着てね」


「ふあ~あ……」


大きな欠伸をしたメリィがもぞもぞと動いて、カゴから適当に引っ張り出す。


「この際、パジャマとかでもいいから準備しててね。アイシアとハンナを呼んでくるから」


上着を頭から被ってもぞもぞしてるメリィを尻目に、部屋を出るシルヴィア。次はアイシアの部屋へ。

アイシアはメリィと違い、ノックするとすぐに出てきた。課題を片付けていたようで、机の上に筆記具や教本なんかが乗っているのが見えた。


「おかえり、お姉さん」


「ただいま、アイシア。ハンナ呼んでくるけど、一緒に来る?」


「行く」


小さく頷くアイシアを伴って、一番奥の部屋に向かう。ハンナは自室でも平気で実験などをするのでフロアの奥に追いやられているのだ。


「さて、ハンナは起きてるかな?」


「多分、起きてる。暇そうにしてたからシェフィが何かの魔道具を修理させてた」


「実験じゃないからセーフなのかな……」


ハンナは多少、怒られた程度では実験や研究を止めない可能性が高いので、案外正しい対処法なのかも知れない。修理で飽き足らず、改造などを始めなければいいが。

ともかく、集中したハンナは殴った程度じゃ気付かない、とアイシアが言うので長期戦覚悟して扉をノックしたが、以外とあっさり出てきた。


「ありゃ、お夕飯かな?」


「そうだけど、なんか肩透かしをくらった気分……」


「なにが?」


微妙に複雑なシルヴィアとアイシアを余所に、ハンナは伸びをしながら出てくる。


「いやぁ、シェフィが寄越した魔道具の修理がちょうど終わってね。一眠りするかぁ、って思ったらノックされたからね。グッドタイミングだったにゃー」


ヘラヘラ笑うハンナは偶然だと思っているようだが、シェフィは修理の終わる時間を読んでいたようだ。

シェフィの用意周到さに感心しつつ、メリィの部屋へ。さすがに着替えも終わっているだろうと顔を覗かせるが、期待は見事に裏切られた。

メリィは上着を中途半端に被った状態で眠っていた。一応、着替えようとはしたようだが、途中で力尽きたらしい。上着の裾が胸のあたりくらいまでしか来ておらず、可愛いおへそとシンプルなパンツ、ほっそりした足が丸見えだった。


「色気が無いパンツだねぇ」


「メリィに色気は早いんじゃない?」


「お子様だからにゃー」


好き勝手言うハンナは置いといて、アイシアが静かにメリィを見下ろす。無言で手のひらに小さな氷の欠片を作り出すと、呼吸で上下するお腹にそっと置いた。

次の瞬間、ビクッとして飛び起きたメリィは混乱したように暴れまわり、脛を思い切り強打して停止した。


「~~~~~っ」


「これは痛いね」


「これは痛いにゃー」


「痛い」


小さな尻を見せつけるように悶えるメリィが小さく苦悶の声を漏らす。ハンナがその尻を叩いて声をかけた。


「ほれ、目が覚めたろ?さっさと着替えてご飯にしようぜ」


「っくぅ~……。めちゃめちゃ痛い……」


「はいはい、分かったからとっとと起きる」


ペチペチと尻を叩くハンナに急かされて、ようやっとメリィが起き上がる。中途半端だった上着もちゃんと着直して、シルヴィアの差し出したスカートを履いた。


「はぁ、痛かった。なんでメリィは寝起きでこんなに疲れなきゃいけないの……」


「メリィも起きたし、下に降りよっか」


寝癖でグシャグシャのメリィの髪の毛を適当に直しながら4人は、良い匂いのする階下へと降りて行った。



***



シェフィールドの作った料理を平らげた特別科の一同が、食後のお茶を飲んで一息入れたところで、シルヴィアが全員に呼び掛けた。


「そのままでいいから聞いてくれるかな?」


「なになに?」


「メリィ、テーブルの上に上がらない」


テーブルの上に上がりかけたメリィをアイシアがスカートを掴んで引きずり下ろす。それを横目に、シルヴィアが小さく頷いて話し始めた。


「これは既に、学長と朝霞にも言ってあることなんだけどね。多分、察しの良い人は気付いてると思うけど、私は普通の人間じゃありません。そもそも、人間ですらないんだよね」


サラリと言うシルヴィアに各々はどう反応していいのか、という風に見合わせた。ただし、ミランダだけはいつも通りにお茶を飲んでいるが。

困ったように周囲を伺っていたギルバートが全員を代表して声を上げた。


「冗談……、じゃないのか?」


「残念ながらね」


「人間じゃないってどういう意味だ?」


「言葉の通り、私は人間じゃない。正確に言うと、私は魔道具が人間として動いてるって感じかな」


「……はぁ?」


意味が正しく理解できなかったギルバートは、この中で最も魔道具に詳しいハンナを見た。他の面々も同じようにハンナを見ている。

当の本人は、難しい顔をして黙り込んでいる。その表情はいつものヘラヘラしているのとは、雲泥の差だった。

ややしてから、ハンナはぽつりぽつりと言葉を発した。


「……つまり、魔道具が何らかの魔法で人間のような外見と機能を有しているってこと?」


「簡単に言うと、そうだね。実は私自身もどういう魔法で私が動いているのか分からないけど」


「分からない?」


「空間中の魔力を取り込んだり、飲み食いしたものを体内で魔力に変換して、私は人間の状態を保ってる……らしいよ」


「それは、誰から聞いたの?」


「それはもちろん、私の製造者だね」


「それは誰かしら?」


そこで、急にミランダが話に割って入ってきた。いつものミランダは、話の腰を折るようなことはしないので、不思議に思いつつもシルヴィアは答える。


「名前は刀治。朝霞と同郷で、刀鍛冶士だよ」


「それは、一体いつの話かしら」


「……ミランダ、もう知ってたね?」


会話に置いて行かれてる他の面々を余所に、ミランダは真っ直ぐにシルヴィアを見ている。何を、とは言わなかった。

話の流れを誘導されているのは分かったが、特に咎めなかった。どうせ、この先は言うつもりだったのだから。


「私は約400年前に作られた、18本目にして最後の魔剣。銘は『銀麗』。魔剣にして、人間となることを願って作られた。そんな存在だよ」


場は静かになっている。誰もが言われた内容を理解しようとして混乱していたのだ。

そんな中、ギルバートがおずおずと手を挙げる。


「お前が、魔剣?」


「そうだよ」


「本当……、なんだよな?」


「本当だねぇ」


「証拠とかはあるのかよ」


「証拠か。それじゃ、私の手を握って」


「こうか?」


差し出された手を握る。感触は人と全く差異が無い。困惑するギルバートにシルヴィアが笑いかけた。


「じゃ、しっかり握っててね」


「は?」


シルヴィアが言った矢先、控えめに発光したと思えば、握った手にずしり、と重さがかかる。慌てて手を見れば、そこには自身の手に握られた、美しい一振りの銀剣があった。……そして、所々にシルヴィアの着ていた衣服が引っ掛かっている。


「は?」


ギルバートを含め、全員がポカンとする。さすがのミランダも驚きに目を丸くしていた。

呆けていたところに、どこからともなくシルヴィアの声が伝わってきた。


(ギルバート、これで分かったかな?)


「は?え?シルヴィア、か?」


(君が握ってるそれが私だよ。この状態だと、触れている人にしか声が届かないからアイシアに服を持ってもらって、洗面所まで一緒に来てくれる?人に戻る時は全裸になっちゃうから)


「ふざけんな!アイシア、服持って来い!」


ハッとしたアイシアが我に帰って、慌てて服をかき集めた。顔を真っ赤にしたギルバートが、洗面所に半ば放り出すように銀剣を置くと、あわただしく出ていった。

ほどなく、銀剣が輝くと全裸のシルヴィアが立っていた。


「ありがとう、アイシア。服は着てるだけだから、剣に戻るとどうしても裸になっちゃうのがねぇ」


「お姉さん、あんまり剣にならないでね」


「私もそこまで常識はずれではないから、必要な時以外はならないよ。それに、銀剣状態の私を扱える人なんて、現代にいるのかな」


シルヴィアに分からなければ、分かるはずも無い。アイシアと2人で首を傾げながら手早く服を着直すシルヴィア。

洗面所から出たシルヴィアとアイシアは再び、食堂の席に座り直した。


「見てもらった通り、私は魔剣だよ。私自身はみんなに危害を与えるつもりは無いし、これ以上正体を明かすつもりも無いから、そこは分かって欲しい」


「それは分かったけどよ、シルヴィアの正体を他に誰か知ってんのか?」


手を挙げて発言したのはザックス。いつも通りの気楽な感じで話しかけているが、体はいつでも動ける体勢にしている。その反応に、仕方ないと思いつつ答える。


「そうだね、学長とメルア、フィニアス、セオドア、マリアベル、あとは特別科のみんなと私がいた村のみんなかな。他にも数人いるけど、どいつもこいつも人外みたいな連中だから別にいいよね」


「最後が一番、聞き捨てならないが……。まぁいいや、考えたくねぇ」


「賢明だね。学長達も今は保留って言ってたし」


「とにかく、お前が魔剣で、危害は加えないってことは分かったけどよ、それをオレ達に明かしてどうすんだ?」


「別にどうもしないけど?」


目を丸くするザックスにシルヴィアは言葉を付け加える。


「学長とマリアベルから、みんなには話しておいた方がいいんじゃないのか、って言われたから言っただけなんだよね」


「そりゃまぁ、ギルバートとガイとでそこら辺の話はしてたけどな」


「まぁ、そんな訳で人間じゃないけど改めてよろしくね」


食堂は微妙な空気になっているが仕方ない。こんなことを突然カミングアウトされれば、誰だってこうなるだろう。

空気を換えるためにシルヴィアは別の話題を出した。


「私のことはもういいから、他のことを話そう。朝霞とユーリとみんなのことだね」


シルヴィアが簡単に特別科の処遇と、朝霞とユーリの今後の状況を説明する。

重労働が確定した男子3人は、この世の終わりとばかりに絶望している。よっぽど大変だったのだろう。同じように、ハンナとメリィは絶望したように顔を覆っているが、シェフィールドとアイシアは平然としている。

朝霞の身体が快方に向かえば退院できることは皆、一様に喜んだ。特にシェフィールドは、罰の炊き出しと普段の家事分担の面で一層、喜んだ。

ユーリについては知らない者もいたため、手短に経緯を話してから伝えた。諸々の事情聴取と治療、その他細かい手続きなんかが終わるまでは、学園都市の保安部預かりとすることだ。


「……まぁ、こんな感じかな?朝霞はあと、一月くらいで退院できるって言ってたし、その頃には多少落ち着いてるでしょ」


「これが1ヶ月以上続くのかぁ……。めちゃくちゃしんどいな……」


「それだけのことをしたってことで、潔く諦めることだねぇ」


話が一段落ついたところで、各々は好き勝手に寛ぎ始めた。アイシアとハンナは早々に自室へ戻り、メリィはソファを占領して編み物を始めた。シェフィールドも洗い物と、翌日の朝食の仕込みで台所に戻る。男子3人は食卓でボードゲームに興じている。

そんな中、シルヴィアはテラスでお茶をしているミランダに招かれた。


「お誘いどうも。何か話でも?」


「もちろん、貴女のことよ。ナーシャ、私の部屋から本を持ってきてちょうだい」


「かしこまりました」


シルヴィアのお茶を淹れて、ナーシャが足早に階上へと消えていく。それを見送りつつ、お茶を飲んだ。


「それで、私にどんな質問かな?」


「私はね、元々身体が弱かったの」


シルヴィアの疑問を無視して始まったミランダの独白を、シルヴィアは黙って聞く。内容は幼少期のミランダ自身のことだった。


「私の持つ固有魔法は、制御がとても難しくて、小さい頃は溢れ出す魔力のせいで常に満身創痍だったわ。外に遊びに、なんて当然無理だったし、庭でお茶会だってギリギリだったのよね」


「それはまた……。大変だったね」


「文字通り、血を吐く毎日だったわ。そんな私は一日中、ベッドの上が当たり前で制御と勉強を兼ねて、ほぼ毎日本を読んでたの」


そこに、階上から戻ったナーシャが一冊の本を持って来た。丁寧にミランダへ手渡された本は、かなり年季が入った本で長い間、繰り返し読まれたことを物語っていた。手渡された本を大事そうに撫でるミランダは、懐かしそうに苦笑する。


「制御のための大量の学術書と、それをかわいそうに思った両親からの童話や物語の本を毎日毎日、読んでいたの。そんな時、お父様がいつも同じような本じゃつまらないだろう、って男の子向けの物語を持って来たのよ」


そう言ってミランダは手に持った本をシルヴィアに渡した。シルヴィアが表題を読み上げると、そこには『古今騎士物語』と書いてあった。


「女の子に騎士の物語か。それだけ、本を読んだってことだね」


「面白いでしょう?私だって、小さい頃はお姫様に憧れる普通の女の子だったのに、突然騎士物語なんだもの。さすがに唖然としたわ」


肩をすくめるミランダは楽しそうに笑っている。言葉とは違って、騎士物語でも嬉しかったのだろう。


「最初は渋々、だったわ。お父様が持ってきてくれたのだから、一度くらいは最後まで読まないと、って思ったの。でも、やっぱりつまらなかったわ」


それはそうだろう。人によって好みはあれど、大体の小さな女の子にとって騎士物語は受けない。騎士の家の女の子なら、興味はあろうが、ミランダは普通の貴族の女の子。よほど、父親は迷走したのだろう。

シルヴィアの考えが顔に出ていたのか、ミランダは仕方なさそうに笑う。そして、本の最後の方のページを開いた。


「嫌々読んで、やっと終わりが見えた頃にこの物語と出会ったの。これは、私の原点になりうる物語なのよ」


その物語は、とある騎士が不思議な剣を持って世界中を旅し、悪い奴を倒していく、というありふれた感じの物語だった。

だが、シルヴィアは物語の文中に『魔剣』という記述があるのを見つけて、改めて物語を読み返した。


「これは魔剣の物語なんだ?」


「そうらしいわ。自分でもよく分からないまま、お父様に頼んで片っ端から騎士物語を集めたの。それで分かったのは、物語の舞台になっているのは大体が大陸全土。一番古そうな物語は400年くらい前のものらしいわ」


「もしかして、そこで魔剣に対して興味を持ったの?」


「ええ、そうよ。物語集めと同時に類似した話を各地から集めたりしてね?その結果、魔剣と思われる物が実在するんじゃないかって結論になったの」


なんとも気の長い話だ。物語を集めるだけでも途方もないだろうに、尚且つ、精査して確認するとは。いくら興味を持ったとはいえ、幼少期によくやるものである。


「呆れたかしら?」


「何というか……、恐れ入ったよ」


「まぁ、それくらいしかできることが無かったということね。今は固有魔法もきちんと制御できてるから、他のやるべき事があって昔ほど調査に時間をさけなくなったけれど」


少し困ったように微笑むミランダは、いつもの大人びた顔ではなく年相応の少女のような顔だった。


「成長して学園都市に来ることが決まった時は調査の手も一時ストップかと思ったけど、朝霞と会えたのは嬉しい誤算だったわね」


「朝霞の持ってた刀が連斬だって直ぐに分かったの?」


「まさか、そんな訳ないわ。そもそも、魔剣の名前は一つも伝わってないのよ?苦労して集めた資料の中から、朝霞の故郷にも魔剣があるらしいってことで、ちょっとカマをかけたら自分から教えてくれたわ」


「朝霞にはその辺の対処術も教えるようかなぁ」


「その方がいいかもしれないわね」


楽しそうに微笑むミランダがお茶を一口飲む。音を立てずにカップをソーサーに戻したところで、シルヴィアが問いかけた。


「じゃあ、今回は大分面白いものが見れたんじゃないかな?ナーシャの飛ばした影から見てたでしょ」


「あら、やっぱり気づいていたのね」


「消そうかとも思ったけど、下手に手を出してナーシャに何かあったら嫌だったからね」


「またバレてる……」


ガックリと肩を落とすナーシャに苦笑しつつ、シルヴィアは話を戻す。


「で、どうだったかな?」


「もちろん、大満足よ。欲を言えば傭兵の持ってた魔剣は欲しかったわね」


「それは難しいね」


「でしょうね」


そこでミランダが椅子から立った。時間的にそろそろ就寝時間なのだろう。


「良かったら他の魔剣についても後日改めて、詳しく教えてちょうだいな。それじゃ、おやすみなさい」


「考えとくよ。おやすみ」


「それでは、おやすみなさいませシルヴィア様」


手を振って階上に上がっていくミランダの後をナーシャが追っていった。それを見届けるとシルヴィアもまた、席を立った。テーブルのカップなどを片付けようと手を伸ばしかけたところで、静かにやって来たシェフィールドが先んじて片づけていく。


「後片付けは私の方でやりますので、メリィ様をお願いしてもよろしいでしょうか。ソファで眠ってしまったので」


言われてソファを見ればメリィが今にもずり落ちそうな恰好で寝ている。何とも寝苦しそうな体勢で、実に器用だとシルヴィアは思った。起こさないように気を付けながら慎重に背負う。メリィは小柄なのでとても背負いやすくて助かる。小さな寝息を耳元で感じながら階段を上がると、ナーシャがメリィの部屋の扉を開けてくれた。


「ありがとう、助かったよ」


「いえ、お嬢様に言われましたので。それでは」


ミランダの部屋に戻っていくナーシャを見送ってメリィを部屋のベッドに寝かせる。毛布をかけてから灯りを落として部屋を出た。

そのまま自室に戻ったシルヴィアは、翌日の準備を済ませた。その後、着替えと洗面道具を持って部屋から階下に降りて、まだボードゲームで盛り上がっているギルバート達を横目に浴室へと向かう。そして、手早くシャワーを浴び終えて自室に戻った。ベッドに入り、一息ついたシルヴィアは久しぶりに銀剣になったことを思う。


「内心ドキドキだったけど、とりあえずは言えて良かった。できれば私の力なんて使う機会がこの先無いといいんだけど……」


独り言を呟きながら目を閉じたシルヴィアは、自身の意識を強く、深く意識の底に落としていく。本来、剣であるシルヴィアは眠るということができない。だが、人の姿をとっている以上は睡眠が必要になる。そのため、苦労して身に付けた睡眠方法が自分で強制的に意識をシャットダウンするという乱暴な方法だった。やがて、意識を深く落とすことに成功したシルヴィアは静かな寝息を立てた。

相変わらず、夢は見なかった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。




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