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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
23/38

第22話  決着と別れと母娘の絆

とりあえず走り出したシルヴィアは実のところ、どうするか迷っていた。

まず、ユーリのお母さんを助け出すためには魔獣から切り離さないといけないのだろうがその塩梅がわからない。今、目に見えている範囲は上半身がやっとというところで、下半身がどうなっているのか見当もつかないのだ。その状態でどこまで斬ればいいのかが不安だった。

正直、シルヴィアとしてはお母さんの命は諦めている。人間と魔獣の融合なんて例は見たこともないので、正確なことはわからないがあの状態で無事な訳がない。できるなら助けたいがそれは望みすぎだろう。

だからと言って、見捨てたくはない。ユーリと約束した以上はお母さんを解放してあげたい。例え、間に合わなくとも。


「まったく、魔獣なんかが絡むとなんでも厄介事になる。それは今も昔も相変わらずか」


思わず独り言を呟くくらい、シルヴィアはうんざりした気持ちになっていた。

ともあれ、魔獣が再び動き始めればゆっくり考える余裕も無くなる。とりあえずは、人一人分を魔獣から切り出すところから始めよう、とシルヴィアは右手の手刀を構えた。



***



一方、シルヴィアと別れたギルバートとアイシアは思いの外、あっさりとノーマンを見つけていた。


「やっぱり回復中みたい」 


「まぁ、あれだけ魔法を連発した挙げ句に、鼻の骨も折れてるしな……」


「どうする?」


「構うことねぇな。やっちまえ」


「うん」


瓦礫の影で自分に回復魔法を使っていたノーマンは、突然放たれた魔法に一瞬だけ反応が遅れた。だが、実力だけはあるノーマンは次の瞬間にはアイシアの魔法から離脱していた。


「また貴様らか!!どこまで私の邪魔をする!?」


「どこまでもに決まってんだろうが!さっさと大人しくしろ!」


ギルバートが左の拳を握ったのを見たノーマンは、ギルバートの右手が使えないことを悟った。


「ならば、そこに付け入る隙がある!」


ギルバートの右側を重点的に攻めるノーマン。ギルバートも狙いに気が付き、舌打ちをして大きく下がった。


「クソっ!悔しいけど腕だけはあるな!」


「そのまま死ね!!」


「させない」


追撃の魔法を放ったノーマンを邪魔するように、アイシアの氷弾がギルバートを守った。寸分違わず、ノーマンの魔法と相殺させたことにノーマンは内心で舌を巻いた。

アイシアの援護を貰ったギルバートが再び駆ける。その眼差しはノーマンを睨み付けた。


「ええい、小癪な!」


苛立ちと共に放たれた魔法は、悉くがアイシアに阻止される。正確無比なその技に更に苛立ちは大きくなる。

しかし、ノーマンが何かしようとするよりも先に、とうとうギルバートがたどり着いた。


「いい加減に大人しくしやがれ!!」


「ま、待てぇッ!?」


「誰が待つか!!金剛破砕拳!!」


ノーマンが咄嗟に振り上げた杖もろともにギルバートは殴り飛ばした。半ばで折れ、破片と共に飛んでいく杖と一緒にノーマンは派手に地面を転がった。


「が、はぁッ……」


「また凍らせるよ」


倒れたノーマンが何かする前に拘束しようとしたアイシアに先んじて、ノーマンは最後の力を振り絞って全力で叫んだ。


「動け!!全てを破壊しろぉッ!!」


「ダメ」


アイシアが一言呟いた時には既にノーマンは氷像と化していた。が、一歩遅かったらしい。

それまで、沈黙していた魔獣が再び大きな咆哮と共に動き始めたからだった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!」


凄まじい大音量の咆哮に堪らず、耳を押さえた。


「クソっ!動き出しやがった!」


「耳が……、キーンってする……」


フラフラするアイシアを捕まえてちゃんと立たせるギルバートは悔しそうに魔獣を睨む。その足元にはシルヴィアがいるはずなのだ。


「悪い、やられた。なんとかしてくれよ……」


ギルバートには巨大な魔獣に攻撃する手段は無い。シルヴィアがどんな方法であの巨体を相手にするのかわからないが、自ら引き受けたなら信じる他にない。

ギルバートは自分の力不足を初めて恨んだ。



***



凄まじい咆哮をあげる魔獣を前に、シルヴィアはうんざりした。


「あーあ……、間に合わなかったか……」


直前まで斬擊を放ってユーリのお母さんを切り出そうと奮闘していたが、その周辺だけ異様に硬い肉質で苦労していたのだ。

しかし、再び動き始めた魔獣は制御を失っているのか、めちゃくちゃに暴れており、シルヴィアは一旦後方に下がっていた。

暴れる魔獣はシルヴィアを認識していないようで、関係ない場所に向かって巨腕を振り回していた。


「多分、ギルバート達がノーマンを倒したのかな?それで制御が利かなくなっているとか?」


無差別に暴れる理由はそんなところだろう。だが、理由が分かったところでここまで激しく暴れられると近寄れない。あの硬い肉質を突破するには、それなりに近付く必要がありそうだ。

魔獣を観察しながらシルヴィアが考えていると、そこに近付く姿があった。シルヴィアはそれに振り返らず、声をかけた。


「無事で良かったよ」


「断りなく、離脱してしまい申し訳ありませんでした。急用が入りましたのでそちらに向かっていましたもので」


「急用ね」


呆れた様子でシルヴィアが振り返ると、戦いの最中で姿を消した白銀の騎士が立っていた。……何故か騎士は血塗れで、まるで頭から血を被ったような有り様だったが。


「ええ……?どうしたのさ、それ」


「見苦しいでしょうが、お気になさらず。全て返り血ですので」


「気にするでしょ、そんなの。まぁ、怪我じゃないようで良かったけども」


「ご心配痛み入ります。それで、状況に変化はありましたか?見たところ、魔獣は無差別に暴れてる様子ですが」


そこでシルヴィアは手短に状況を説明した。特に、ユーリのお母さんが魔獣に取り込まれてることを強調して。

説明を静かに聞いていた騎士は短く言った。


「既に手遅れでしょう。これ以上の被害を出さないためにも、更に言うなら取り込まれた方のためにも、手早く終わらせましょう」


「だから、ユーリのお母さんをどうにか解放したいんだってば!」


「繰り返しますが、手遅れです。生死は不明ですが確める時間も惜しい状況で優先すべきではありません。彼女のためを思うなら一刻も早く終わらせるべきでしょう」


騎士は既に剣の柄に手を置いている。いつでも抜ける状態だというのをわざとシルヴィアに見せているのだ。


「それは分かってるけど……」


「でしたら、これ以上は時間の無駄でしょう。私の剣にも星の光がある程度蓄えられましたので一撃、とはいきませんが、あの巨体の半分以上は消し飛ばせます。私の攻撃で決着がつかなかった場合はとどめをお願いします」


そう言って剣を抜こうとした騎士の手をシルヴィアは止めていた。それを冷めた目で見た騎士は一言呟いた。


「これは?」


どういうことか、と目で問いかける騎士にシルヴィアは慌てて言った。


「ちょっと待って。君、その精霊武装はまだ全力じゃないんだね?」


「遺憾ではありますが、今はまだ全力の半分ほどかと」


「だったら、最後のチャンスをくれないかな。もし、ダメなら私も諦めるから」


「……聞きましょう」


僅かに柄を握る力が弱まったのを感じたシルヴィアは早口で説明を始めた。


「まず、君が精霊武装の力で魔獣をできるだけ削る。行動不能くらいが望ましいかな。それで、次に私がユーリのお母さんを切り出す。これは近付けばあっという間に終わるから。そこまでやってまだ魔獣が生きてるなら、私が終わらせるよ」


「……そうまでして助け出す必要性がありますか?見たところ、既に死んでいるように見えますし、仮に生きていたとして魔獣と融合しているなら切り離した瞬間に死ぬのでは?」


「……だとしても、母と娘をきちんとお別れさせたいじゃない」


「その想いは理解できますし、立派ですが私にも私の使命があります。知らぬ母娘よりも仕える主を優先するのが騎士というものです」


言いすがるシルヴィアの言葉をきっぱりと切り捨てる騎士に、シルヴィアは肩を落とした。が、騎士の言葉はそこで終わりではなかった。


「……と、普段の私では言うのですが、主より貴女の指示を優先せよと命じられております。今回は貴女の言う通りにしましょう」


「は?」


先ほどと言ってることが真逆の騎士の言葉に唖然とするシルヴィア。いきなりの心変わりに呆然としてしまった。


「手のひら返しがスゴすぎるんだけど……」


「申し訳ありません。実は、我が主から貴女の真意を確めろ、と受けていたもので。貴女がこの程度の魔獣に対して、未だに決着を着けていないことに疑問だったようなのです」


「なんで君の主は私に興味津々なのかな?」


「それは貴女自身がよくご存じでしょう?」


「……もしかして、あの魔女様に仕えてるの?」


「我が主についてはまだ、公開の許可が下りてませんのでお答えしかねます」


「……まぁ、それは誰でもいいんだけどね」


とりあえず、騎士の主人が誰かなどどうでもいいのでひとまず、置いておく。問題はユーリの母親を一刻も早く助け出すことだ。


「とにかく、君は手伝ってくれるんだよね?」


「ええ、貴女の真意も分かりましたし、今は貴女の指示で動けと命じられていますから。先ほどの貴女の指示通りにしましょう」


「頼むよ。ただし、くれぐれもユーリのお母さんを傷つけないようにね」


「心得ております」


騎士は胸に手を当てて一礼すると猛然と魔獣に突撃していった。尚もめちゃくちゃに暴れ回る魔獣の巨腕を軽々と躱し、あっという間に魔獣の足元に到達すると、腰に下げた剣を勢い良く抜いた。


「星の力を秘めし、精霊より賜りたる我が剣よ。その身に宿りし星の輝きを解き放ちたまえ」


騎士が剣を構えた瞬間、凄まじい量の光が溢れ出した。直視すらできない程の激しい光の奔流が徐々に集束していく。そのあまりの濃い魔力のうねりは魔獣の振るう巨腕すら寄せ付けないほどだった。

やがて、集束した光が騎士の剣へと完全に集約された。神々しいほどの輝きを見せる剣は正に、この世の物とは思えないほど、他とは一線を画していた。

それを見たシルヴィアは予想を上回る、濃密で膨大な魔力に頬を引き攣らせた。


「……ある程度予想していたつもりだったけど、それ以上とはね。昔見た精霊武装はもっと小規模だったんだけど」


これでまだ半分とは恐ろしい。初撃が完全に決まっていたらそれだけで終わっていたに違いない。

シルヴィアの驚愕など露知らず、騎士は直視もできないほど光輝く剣を腰だめに構え、短く言った。


「醜き魔獣よ、この一撃にて倒れるがいい。星の嘆きを思い知れ!」


宣言と共に下から上に振り上げられた剣は、その刀身に込められた莫大な魔力を光の奔流として魔獣へと放った。

魔獣の下から半分を飲み込んだ光の奔流は、魔獣の下半分を一瞬で消し飛ばし、そのまま上空へと呑まれて消えていった。

そして、下半分を失った魔獣は絶叫と轟音を撒き散らしながら瓦礫へと墜落していった。



***



シルヴィアが騎士と再び合流する少し前、ノーマンを捕らえたギルバートとアイシアはひとまずの休憩を取っていた。

アイシアはその膨大な魔力のおかげか、ここまで散々魔法を使っていたにも関わらず、そこまで疲弊した様子はなかった。が、ギルバートはそうはいかなかったのだ。


「とりあえず、少し休んだらここから離れよう。ここに居たらシルヴィアが全力を出せないかも知れないしな」


「うん」


短く答えるアイシアは表面上はなんともなさそうな顔をしているが、初めての実戦で相当に緊張したはず。しばらくは不眠症などの症状が出るかも知れないな、とギルバートが思った時、不意に背後から声をかけられた。


「ごめんなさい、少しよろしいかしら?」


「!?」


同時に振り返ったギルバートとアイシアの目線の先には、機能性重視の質素なメイド服を着た女性が立っていた。柔らかい雰囲気と表情が対する者への印象を穏やかなものにしていたが、メイドの後ろに立っている巨漢がその全てを台無しにしていた。

ギルバートは冷や汗を流してメイドと巨漢を睨んだ。完全に気配や足音が無かったことから、どう考えても一般の人ではない。……こんな場所に来る一般人など端からいないだろうが。

ギルバートとアイシアが緊張した面持ちで対峙していることに小首を傾げたメイドは、そこで背後の巨漢のことを思い出したようだった。


「お前は少し下がってなさい。この子達が怯えていますから」


「……」


巨漢は無言で数歩下がると、静かに片膝を着いた。それから顔を伏せると微動だにしなくなった。


「ごめんなさいね、怖かったでしょう?」


「い、いや……」


ギルバートは不思議な気持ちで落ち着かなかった。それは、目の前のメイドにドギマギしているから……()()()()、自分の意思とは別にメイドへの危機感が薄れていくことだった。焦る思いはあるのに、危機感と引き換えに沸き上がるのは親愛にも似た感情で、それはギルバートを大いに混乱させた。

そして、傍らのアイシアも同様の状態のようで、訳の分からない安心感から逆に不安になっていた。

そんな2人のことはお構い無しにメイドはニコニコと話し始めた。


「私は敵ではありませんよ。そちらの方を引き受けに来ただけですからね」


「……その前に、アンタはどこの誰だ?学園の保安部には見えねぇけど」


「まぁ、似たようなものです。強いて言うなら、この街の平和を心から願う者、でしょうか」


「なんだそりゃ……」


「私のことは置いといて、そちらを引き渡して欲しいんです。私としてはどうでもよいのですけど、身柄を求めている御方がおりますから」


「簡単に渡すと思うか?アンタがこいつの味方じゃないって証拠が……」


そこでギルバートは言葉を切った。いや、切らされた。その理由は前方のメイドから、突如として凄まじいほどの魔力が威圧感となって溢れたからだ。

しかし、その魔力も威圧感もあっという間に収まってしまい、メイドも元のニコニコ顔に戻っている。


「もう少し、喋る内容は考えましょうね?」


最早、一瞬現れた威圧感はどこにも残ってない。言葉にも、表情にも、ただの一片たりとも残っていなかった。

一瞬だけだったのに、その凄まじい威圧感でアイシアは腰が抜けた。腰どころか、全身から力が抜けている。まるで、本能が敵対することを強烈に拒絶しているかのように。

そんなアイシアを立たせることもできないギルバートが、依然として立っていられたのは、解かないでいた身体強化魔法のおかげだった。


「あら、大変。そっちの女の子、腰が抜けちゃったのね?かわいそうだけど、ごめんなさいね」


青ざめるアイシアを見ても、些細なことのように言うメイドは相変わらずニコニコとしている。今となってはその笑顔も恐ろしく感じる。


「わ、悪かった。言い間違ったみたいだ」


「そう?なら、良かった。言い間違いは誰にでもあるものね、しょうがないわ」


一瞬、垣間見せた強烈なプレッシャーが忘れられず、ギルバートがコクコクと無言で頷く。それに満足したのか、メイドは一つ手を叩いて話を続ける。


「じゃあ、話を戻して。そちらの方を引き渡してもらえるかしら?私も強引なことはしたくないから素直に渡してくれればありがたいんだけど」


「コイツをどうするつもりだ?」


「君には関係ないことなんだけど……、でも理由くらいは知りたいわよね?」


「教えてくれるのか?」


「だって、苦労して捕まえたのに見ず知らずの美人メイドに横取りされたなんて悔しいでしょう」


「自分で言うか……」


「だって本当のことだもの」


あっけらかんと言うメイドは本当にそう思っている様子だった。


「それに、これって、私の本来の仕事内容と違うんだもの」


「そうなのか?」


「そうよ?私の普段の仕事は備品の手配や商人との折衝なの。だから、こんなものを連れていくのは仕事外な訳なのよね。なのに、姉さんってば私が適任だって言って押し付けられちゃったのよ」


それからしばらくの間、何故かメイドの愚痴に付き合わされたが不意にメイドが明後日の方を向いてしまった。それと同時にアイシアも顔を上げた。


「すごい魔力が動いてる……」


「何だと?」


「あら、この距離でわかるんだ。じゃあ、そろそろ時間切れみたいだからそちら、連れて行くわね?」


「ちょっと待て!理由を教えるんじゃないのかよ」


「理由は簡単よ。その方が犯してはならない罪を犯したから。私のお仕えする御方を苦しませたことは到底、許されるものではないのだから」


「だからって、そう簡単に渡すとでも……」


ギルバートが構えようとするが、メイドはそれに先んじて言う。


「その砕けかけた拳でどうするつもり?まぁ、万全でもあなたじゃ私に適わないけど」


「ばれてたか……」


悔しそうに言うギルバートにアイシアがハッとした表情を向ける。メイドは更に言った。


「大方、その子に心配かけたくなかったのでしょうけど、どちらにしろ無駄な抵抗だわ。大人しく渡してちょうだい。そうじゃないと、私はともかく後ろのデカいのは容赦しないわ」


この期に及んで抵抗する気は完全になくなった。

後ろの巨漢は言わずもがな、目の前のメイドにさえ勝てないだろう。ギルバートはアイシアを庇いつつ、両手を挙げた。


「分かった、こいつは渡す。好きにしろ。だからオレ達は見逃してくれないか」


「最初からそのつもりよ?私の仕事はその方を連れて帰ること。ここでのことは私に一任されてるから、こちらがあなた達に危害を加えないって約束できるわ」


「助かる。ちなみに、あっちのデカイ魔力もアンタの仲間か?」


「ええ、そうよ。こういう力仕事、汚れ仕事は本来ならあの連中の仕事なの。みんな忙しいからって私にお鉢が回ってきたの」


「……なんか、大変だな」


「ありがとう。じゃ、そういう訳でこちらの方、もらって行くわね」


メイドがそう言うと、それまで背後で微動だにせず待機していた巨漢が音もなく立ち上がった。巨漢は雑な手つきでノーマンを担ぎ上げるとメイドに頷いた。

それから、ギルバート達に深々とお辞儀をすると感謝と別れの挨拶を述べた。


「今回は偶然とはいえ、我が主にご助力頂き、誠にありがとうございました。この度のご恩は後程、我が主より格別の贈り物と礼状をお礼とさせて頂きます。

それでは、失礼させていただきます。また、どこかでご縁がありましたらよろしくお願いいたします」


メイドが顔を上げ、ギルバート達に微笑むと指を一回鳴らした。その瞬間、目の前から忽然といなくなってしまった。

恐らく、来た時も同じように現れたのだろう。転移魔法の一種……なのだろうが、魔力の痕跡も何も無いため詳しいことは分からなかった。


「はぁ~~~……」


疲れきったようにアイシアの隣に座り込んだギルバートは、盛大なため息を吐いた。完全に脅威が去って気が緩んだようだ。


「ギルバート、手が……」


「あ?まだ強化魔法を解いてないから痛みはなんとかなってるぞ?」


アイシアが心配そうにギルバートの手と顔を交互に見る。それに対してギルバートは、大丈夫だとアピールするためか、手をブラブラさせるがアイシアは不機嫌そうに眉をひそめた。


「やめて、手当てしないとダメ」


「大丈夫だって。それに、お前も回復魔法は得意じゃないだろ?」


「でも……」


「いいから気にすんな。オレの未熟さが原因みたいなもんだし、シルヴィアを放っては帰れないしな」


それでもアイシアが何かを言おうと口を開きかけたその時、凄まじい閃光と濃密な魔力が炸裂した。ちょうどシルヴィアのことを言った瞬間だったために、ギルバートは呆気にとられた。

思わず魔力の発生源に目を向けるギルバートの傍ら、アイシアがふらりとギルバートにもたれかかった。


「アイシア?」


「……この魔力はダメ。私にはあんまり良くない……」


「おい、大丈夫か?無理なら戻るぞ」


「……大丈夫だから、お姉さんを待ってる」


顔色の悪いアイシアだが意思は固そうだ。元々アイシアは意外と頑固な性分なので、一度言い出したらなかなか曲げない所があるのだ。それを知っているギルバートは本当にダメになったら力尽くで連れて行こうと決めた。


「分かった。ただし、本格的に無理そうになったら嫌でも連れ帰るからな」


「うん、それでいい」


それでも、轟音の先を見つめるアイシアの瞳は不安気に揺れていた。



***



「うわぁ……」


もう、言葉も無かった。

激しい光の奔流が魔獣を飲み込んだ後、その下半分がきれいに消し飛んだ魔獣は轟音を立てて落下した。あれほど、激しく暴れていた魔獣は、最早見る影も無く、弱々しくもがくばかり。さすがにシルヴィアも憐れに思った。


「これで半分の力とはね……。恐ろしい精霊武装もあったもんだよ」


「ご期待に沿えましたでしょうか。弱体化と無力化はこれで完璧かと思いますが」


「いやまぁ、充分だけどね」


「でしたら、手早く済ませた方がよろしいのでは?」


「……それもそうだね。ちゃっちゃと済ませようか」


歩み寄るシルヴィアに魔獣は威嚇をするが、その様は犬が吠えるよりも弱々しい。かと言って、魔獣に同情などしないのだが。


「さて、待たせたね。今、解放するから」


間近に寄って改めて見たユーリの母親は、完全に魔獣と一体化しているようだった。反応も無く、その肌は不気味なほどに青白かった。

シルヴィアもさすがに手遅れかと、諦めかけたが騎士がユーリの母親の首筋に手を当て、脈を確認した瞬間、騎士は驚いたように声をあげた。


「なんと……、微かにですが脈がある……」


「本当に!?」


「ええ、今にも途切れそうではありますが確かに。まるで、奇跡のようだ」


「奇跡とかそんなものはどうでもいいよ!早く助けなきゃ!」


「しかし、どこまで切り出せば良いのでしょう?」


騎士の言う通り『どこまで切り出すのか』、それは確かに難題だった。シルヴィアも騎士もこんな事態は想定外でどこまでがセーフなのかが分からなかった。

ユーリの母親は腰から下、及び両腕の肘から先が完全に魔獣と融合しているため、一言で切り出すと言っても注意深くやらなければ、助け出す過程で死んでしまう。それでは意味がない。


「ちなみに聞くけど、君の知り合いになんとかなりそうな人はいるかな?」


「……難しいですね。これは医術の分野だけではなく、薬学か合成に関する知識を持った方も必要では?」


「まともに切り出すならそうだろうけど、ゆっくりやってたら持たないよね……」


「でしょうね。脈も少しずつ弱っているようです。時間が無い」


「うーん、こんな時に彼女がいればなぁ……」


「どなたか当てが?」


「古い友人に一人、治癒魔法については右に出る者はいないって人がいるんだけど、探しに行ってる時間なんてそれこそ無いしね」


正に八方塞がり。下手に手出しもできずにシルヴィアが悩んでいると騎士は諦めたように言った。


「騎士として口惜しいですが、生きたまま助け出すのは無理でしょう。時間をかけても、下手に手出しをしても危険ならば私達にはどうしようもありません」


「……見捨てるの?」


「いえ、娘さんをこのまま会わせましょう。ショックな光景でしょうが、亡くなってから会うよりは良いのではないでしょうか」


騎士の提案は確かに、納得できるものだった。シルヴィアとしては気が進まないが、ここでごねてユーリと母親の時間を無駄にする訳にはいかない。


「分かった。ユーリを連れてくる」


決心したシルヴィアだが、そこでまずいことに気がついた。ユーリは今病院に行ってしまっている上に、そもそも病院の場所が分からない。


「まずい……、ユーリの居場所が分からないんだけど……」


「多分、大丈夫でしょう。恐らく、私の仲間が監視しているはずなので」


「なんで?」


「事情が事情とはいえ、今回の一件に実行犯として活動していたのは事実ですから。完全に脅威判定が解除されるまでは監視していますが?」


「ということは、あの傭兵も?」


「ええ。ただし、既に傭兵、ゲイル・ジニアスは監視を振り切って学園都市を脱走していますが。彼の運んだ少女はまだ監視していると思います」


「意外とやるなぁ、あの傭兵も。それより、ユーリの居場所が分かるなら良かった。それじゃ、今すぐ私が行って……」


言うや否や走り出しかけたシルヴィアを騎士が制止した。


「それには及びません。監視している仲間に連れて来てもらいましょう」


騎士はそう言うと手のひらを上に向けた。目を瞑り、集中し始めた騎士の手のひらへと次第に光が集まっていく。そうして、光が拳大の大きさになった頃、ようやく騎士が目を開いた。


「伝令用の精霊に()()()()()()()()。これで仲間と連絡をとって彼女を連れて来てもらいます」


「えぇ……」


呆れた様子のシルヴィアを余所に、精霊が飛び立つ。騎士の周りをくるくると回ると、猛スピードで飛んで行ってしまった。


「ほどなく、仲間が来るでしょう。……どうされましたか?」


「うーん、君は本当にめちゃくちゃだね……」


「ははは、よく言われます」


「だろうね……。それにしても、君は精霊も扱えたんだ?」


「当然です。この剣を授かった時に祝福も受けましたので」


得意げな騎士にこれ以上何を言っても疲れるだけだと判断したシルヴィアはそこで諦めた。

ユーリが来るまでに、母親が死なないように2人は見ていることしかできないのがなんとも歯痒かった。

それからしばらくして、シルヴィアが何度目かに周囲を見回した頃、突然騎士の背後にメイドが現れた。


「おや、貴女が来るとは。監視はムドーの役割では?」


「そのムドーが私に丸投げしたのよ?たまたま、近くに居たからって。私を好き勝手に使うだなんて、ムドーも偉くなったものだわ」


困ったように言うメイドは腕にユーリを抱いていた。ユーリは別れた時よりも更に顔色が悪い。悠長にしていられる時間はあまり無さそうだった。


「ともかく、お探しの娘はこの娘で間違いないわね?それじゃ、今度こそ私は戻りますから」


メイドは騎士ではなく、シルヴィアにユーリを預けると去り際にウィンクをして、指を鳴らした音と共に消えた。


「助かったけど、誰?」


「仲間です。別の者が来ると思ったのですが、まぁ、結果的に早くなったので良しとしましょう」


「う~ん、まぁ、いいのかな……?」


多少、引っかかるところはあれど、時間の短縮にはなっているので細かいことは置いておく。気にし始めたらキリがない。


「ユーリ、辛いだろうけど起きて。お母さんに会わせてあげるから」


「うぅ……、シルヴィアさん……?」


「ごめんね、悪いけどもう少しだけ頑張って。お母さんがそこにいるから……」


「お母さんが……」


シルヴィアはユーリを抱いたまま母親の前へと進んだ。ユーリは何も言わなかったが、シルヴィアのボロボロの服の袖を強く、握りしめていた。


「ユーリ、この人がお母さんで間違いない?」


「お母さん、です……。これは、助けられないんですか?」


「申し訳ないけど……」


「そう、ですか……」


魔獣と一体化しているユーリの母親の脈を騎士が確かめながら言う。


「お早く。もう限界近いでしょう」


騎士の言葉にシルヴィアは一つ頷くとゆっくりと母親の前にユーリを降ろした。ユーリはそのまま母親の前に跪くと、変質して硬化した頬を撫でた。


「ただいま、お母さん。ユーリだよ。本当はもっとずっと一緒にいたかったけど、私は大丈夫だから。……だからね、お母さん。もう、休んで大丈夫だよ?離ればなれになってもずっと一緒だから。もう、ゆっくり休もうよ。

お母さん、今までありがとう。これからもずっと大好きだよ……」


ユーリが堪えきれずに涙を流し、そのまま母親に抱き着いた。そして、騎士が静かに告げた。


「今、脈が止まりました。ここまでよく耐えたものです」


騎士は立ち上がると胸に手を当て、黙とうを捧げた。シルヴィアもそれに倣う。

ユーリが抱きしめた母親は微かに微笑んでいるように見えた。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。


気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


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