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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
22/38

第21話  焦りと拳と母の願い

ノーマン・ニルギリスは焦っていた。

彼の立てた当初の計画では既に、学長を殺しているはずだったのだ。そのために造りあげた特別な魔獣は、多大な苦労と引き換えに完成し、見事学園都市に現れるに至った。

だが、それも想定よりもずっと小さい成果だった。未だに出現場所から動けず、2人の人間によって足止めされている。どうやら片方は精霊武装の持ち主らしく、危うく出現と同時に消滅させられかけたがなんとか回避させることに成功した。

しかし、もう片方の銀髪の少女は意味が分からない。以前、街中で戦闘に至った時も疑問に思ったが、戦闘能力が高すぎる。見た目と実力が釣り合っていないのだ。武器は手刀のみで魔法だろうが魔獣だろうがお構い無しに斬るとはどういうことか。


「クソ、これでは動けん……。なんとか邪魔な連中を遠ざけねば」


と言っても、ノーマン単体の実力では白銀の騎士も銀髪の少女のどちらも手に余る。ノーマンは完全な後衛特化の魔法使いなので、接近戦が主体となるあの2人は相手にできなかった。


「どうするか……。このままでは学園都市の警備隊や教師達がやって来る。今はまだ魔獣どもにかかりきりのようだがそれも時間の問題か……、む?」


思案するノーマンは自らが張った警戒魔法に何かが引っ掛かったのを感じた。ネズミ等の小動物ではない。明らかに魔法を使った反応だった。

周囲の様子を細かく見極めるノーマン。その視界の隅に何かを見つけたノーマンは確認もせず、ノータイムで炎弾を連続で放った。


「何か、余計な者が来たな」


着弾した炎弾によって舞い上がった土煙を警戒すると、その向こうから拳大の瓦礫がいくつも飛んできた。しかし、ノーマンはろくに見もせず全てを打ち落とすと呆れたように鼻で笑った。


「フン、何者か知らんがくだらん子供だましだ。雑魚は消えるがいいッ!!」


更に続けて炎弾を放つノーマンはそれで相手も完全に死んだと思い、意識を逸らした。

その瞬間、完全に意識外の方向から何者かが突撃してきた。不意打ちになんとか防御したノーマンは、姿勢を崩しつつも、襲撃者を見た。

襲撃者は学園の制服を着ていることから相手が銀髪の少女の仲間だと判断した。


「あの小娘の仲間か?ちょうどいい、貴様をエサに小娘を大人しくさせてやる」


ノーマンが睨んだ相手、ギルバートは右手をブラブラさせてため息を吐いた。


「チッ、さすがにガードされるか。まぁ、一段階目じゃ突破は難しいよな」


ギルバートはゆっくりと拳を構えた。それから息を丁寧に落ち着かせ、全身に魔力を行き渡らせる。


「天身賦活、二段階上昇」


呟きの直後、ギルバートからかなりの量の魔力が迸った。目に見えるほどの魔力をギルバートが深呼吸一つで抑える。


「ほぉ、若さの割には見事ではないか。貴様が望むなら小間使いとして拾ってやろうか?」


「お断りだ、おっさん。アンタにゃ聞きたいことがあるからな、とりあえずブン殴られろ」


「目上の者には敬語を使え、と習わなかったようだな?」


「アンタが敬語使うほどのヤツに見えるかよ。寝言は寝て言え」


「残念だ。そして死ね」


ノーマンは無詠唱で火球を呼び出すとそのままギルバートに向けて放った。一発で人間を焼き尽くせるほどの火球を5つも繰り出した。

しかし、ギルバートは冷静に見極めると全て回避してノーマンの元へと疾走した。


「この程度では足りんか。ならば、これならどうだ?」


「クソッ、次から次へと!」


次々に繰り出される火球を避けるギルバートは命中こそ避けているが、なかなかノーマンに近寄れなかった。


「避けるだけではどうにもならんぞ?」


薄ら笑いを浮かべながら苦もなく火球を出すノーマンは確かに、魔法使いとしては優秀だった。

そもそも、後衛特化の魔法使いは前提として一人では戦闘をしない。戦闘が見込まれるなら必ず前衛がいるのが常識なのだ。だが、前衛として雇ったゲイルは居らず、ユーリもいない。本来ならばなんとしてもこの場から離脱すべきなのが後衛特化の魔法使いというものだ。

しかし、ノーマンはこの場から移動できない。ノーマンは巨大な魔獣を造ることはできても、操ることはできないからだ。

本来、魔獣のみならず動物などを意のままに操るなら、それは魔獣遣いや専門の調教師など専用の知識や技能が必要なのは当たり前。ならば、何故操ることができるかと言えば、ノーマンは製作者という立場から強引に操っているだけだった。

故に、ノーマンが制御できる距離から離れれば魔獣はすぐさま、無差別に暴れまわるだろう。そうなれば学園都市を破壊はできるだろうが、あっという間に制圧されるに違いない。それだけは避けねばならなかった。

そういう理由があるため、ノーマンは本来ならば避けるべきはずの戦闘をしているが相手が未熟な学生であれば話は別。力量差は明確で負けることなどあり得ない。

……ただし、相手が一人であったならばという条件がつくが。


「チッ、仲間が他にもいたか……」


「さすがに一人で挑む訳ねぇだろ」


「面倒だがザコが集まったところで私の方が上だ。まとめて片付けてやろう」


飛んでくる氷の礫を火球で相殺させるノーマン。氷の礫は数こそ多いが、火球一つで数個をまとめて打ち消せるほどで脅威ではなかった。

が、氷の礫に気を取られると死角からギルバートが一気に距離を詰めようとしてくる。ノーマンは火球を出しつつ、防壁で攻撃を防いでいた。


「邪魔だな、この壁は!!」


「貴様ごときに破れるものではない」


「だったら試してみるか?」


「無駄なことを……。無知は恥と知れ!」


ノーマンは一層強い魔力を込めて防壁を展開した。今までの防壁はギルバートが魔力を纏わせた拳で数回殴ってヒビが入ったが、今度は一味違うらしい。

それを見たギルバートは腰を低くして構えた。そして、右腕に重点的に魔力を込めた。


「おっさん、オレの師匠直伝の一発をお見舞いしてやる。生半可な壁じゃ意味ねぇぞ?」


「貴様の師匠がどこの馬の骨か知らんが、どうせ喧嘩屋崩れの三流以下だろう?私の防壁にその右腕を差し出すがいいわ」


余裕綽々な態度を崩さないノーマンが鼻で笑う。それにギルバートはイラッとしたがなんとかこらえた。

ノーマンは防壁の向こうで笑っている。その表情は自身の防壁に絶対の自信を持っていることを物語っていた。


「天身賦活、部分活性。金剛力発動」


ギルバートの右腕から爆発的に魔力が迸った。通常なら大魔法を使うほどの魔力量が右腕を中心にギルバートを取り巻く。


「なんだ、その魔力は……?」


「おっさん、テメェには聞くことがあるからな。これで伸びんなよ?」


「どこまでも不愉快なガキめ……!その右腕を砕くがいいわ!」


「やれるもんならやってみろ!」


ギルバートは猛然と走り出した。右腕を取り巻く魔力は今なお、増大し続けている。

ノーマンまで残り数メートルに迫ったところで右腕を振り上げた。溢れる魔力は限界近くまで高まっていた。


「金剛破砕拳!!」


ギルバートが右腕を防壁に叩き付けた瞬間、その衝突は一瞬だけ拮抗した。だが、あくまでも一瞬のこと。ノーマンの防壁は呆気なく破られ、ギルバートの拳は身構えてもいない棒立ちのノーマンの顔面に突き刺さった。


「がっ、ばぁ……ッ!?!?」


勢いよく殴り飛ばされたノーマンは瓦礫に激突して止まった。鼻の骨は砕け、前歯は上下共に折れて無くなったいた。

ギルバートは吹っ飛んだノーマンを見てから自身の右拳が()()()いることにガッカリしていた。本来ならば、金剛力を発動させていれば自身の右腕は超強化されているので砕けることはないのである。しかし、ギルバートの右腕は砕けた。ということは、金剛力が未熟だったということに他ならない。


「……はぁ、師匠に殺されるな。こんな未熟なんじゃ師匠に顔向けできねぇ」


今はまだ金剛力のおかげで痛覚を無視できるが、金剛力を解いた瞬間に激痛にのたうち回るだろう。更に、もしものことを考えたら金剛力はまだ解かない方が良さそうだと判断した。


「とりあえず、おっさんは倒した。あとはたたき起こしてユーリの母親の居場所を吐かせるだけだな」


そこで、アイシアとユーリが合流した。何故かユーリはアイシアに担がれていたが。


「ギルバート、お疲れ様」


「おう、アイシアもアシスト助かったぜ」


「任せて」


自慢気に言うアイシアの頭を左手で撫でてやりながらギルバートは褒めた。されるがままのアイシアだが嬉しそうに微笑んでいた。

そこに、おずおずとユーリが言った。


「あのー……、そろそろ降ろしてもらえませんか……?」


「忘れてた」


「そういえば、なんでそんなことになってんだ?」


「これが楽」


「私は驚きましたけどね……」


「アイシア、お前また説明とか面倒になったんだろ?」


「……そんなことない」


「お前なぁ……」


バツが悪そうにしながらアイシアはユーリを降ろした。その拍子にふらついたのをギルバートが支える。


「大丈夫か?」


「すみません、大丈夫です。まだ、動けますから」


「……、本当に無理ならちゃんと言えよ?」


「分かりました」


先ほど以上に顔色が悪いユーリはそれでも、笑顔で答えた。その込められた意思の強さをギルバートは黙認した。

そこで、ギルバートは話をノーマンに移した。そもそもの目的はノーマンからユーリの母親の所在を聞き出すことだからだ。


「それにしても、このおっさん大した強さでもなかったな」


「それは魔獣の制御に魔力の大半を使ってるからではないでしょうか?」


「そうなのか?」


「以前、何かの折りにそう言っていたと思います。だから、私と傭兵の方を使ってる、と」


「まぁ、どうでもいいか。こっちとしてはラッキーだからな。

それより、アイシア。おっさんを拘束してくれ。手加減なんざいらねぇから、適当に身動き取れなくなるようにな」


「こんな感じ?」


ギルバートに言われてアイシアが無造作に魔法を放った。結果としてノーマンの身動きは封じられたが、見た目は最悪だった。


「頭と胸だけ出してそれ以外は凍り漬けか……」


「喋るだけならこれでいいはず」


「いいんだけど、見た目がなぁ」


「すごい……」


意外と容赦のないアイシアの思い切りの良さに若干引きつつも、ギルバートはノーマンを起こした。


「おい、おっさん。起きろ」


「ぐ……、うぅむ……」


「早く起きろ。こっちだって時間が惜しいんだよ」


二度、三度と容赦なく顔を叩かれたノーマンはやっと意識を取り戻した。最初は目の焦点が合わなかったが、次第に合っていくにつれて自身の状況にも気が付いたらしい。


「ぐっ、なんだこれは!?貴様、よくも私に向かってこのようなことを!!」


「うるせぇよ、さっさとユーリの母親の居場所を吐け」


「ハッ、なんだそんなことのために来たのか?下らんな、そんな死に損ないなど無視すれば良かろう」


「黙れよ、居場所はどこだ?」


「フン、ことここに至っては最早隠す道理もないか。良かろう、教えてやるとも」


ノーマンはボロボロの顔を愉快そうに笑みの形にすると、ぎこちない動作で魔獣の方を見た。それから、心底楽しそうな顔で言った。


「そこに居るだろう?」


ギルバートを始め、アイシアもユーリも言ってる意味が分からなかった。ノーマンの目線の先には沈黙する巨大な魔獣のみで、人影などどこにもなかったからだ。


「おい、ふざけんな。正直に白状しろ!」


「ふざけてなどいるものか。分からぬか?私の言っている意味が」


イラついたギルバートがノーマンを殴ろうとしたが、アイシアが突然、尻もちをついた。それをユーリが慌てて支える。


「大丈夫ですか?どこか怪我とかは……」


声をかけられたアイシアはユーリに返事をしなかった。青ざめた表情で魔獣をただ、見つめている。


「どうした、アイシア?」


「……ギルバート、アレはなに……?」


「あん?どれだ?」


震える指を向けるその先をギルバートとユーリが何気なく追う。それは魔獣の首下辺りを指差していた。

そこには何かがあった。遠目で分かりにくいが、その部分だけ魔獣とは違うような質感だとギルバートが思った直後、それがなんなのか分かった。分かってしまった。

同じようにユーリも思い至ったのだろう。呆然としたまま、それを見ていた。


「分かったか?」


ニヤニヤと薄ら笑いをするノーマンをギルバートは殴りつけた。


「テメェ!!」


「ハハハハハ!!どうだ、これが私の技術の粋を集めた最高傑作だ!!素晴らしかろう?」


悦に浸るノーマンを放ってギルバートは魔獣を睨み付けた。その魔獣の首下にある物体。それは人の上半身のような形をしていた。

ユーリは嘲笑うノーマンの声も怒るギルバートの声も聞こえなかった。意識は魔獣にのみ集中している。


「なんで……、そこにいるの……」


涙と共にこぼれた声を聞いたノーマンが更に嗤う。だが、不快なその声もユーリには届かなかった。


「お母さん……」


何故なら、ユーリの母親は巨大な魔獣と融合させられていたからだった。



***



「本当に……、協力すればそれ相応の対価をもらえるんですね?」


「ああ、本当だとも。貴様がその身を差し出し、私の研究に役立つならばな」


「……元より、この体は病でそれほど長くは持たないでしょう。だとすれば、この体が力尽きる前にあの子が1人でも生きていけるように遺せる物を作らねばなりません」


「立派だな。正に母親の鑑と言えるだろう」


「余計なお世辞は結構です。どうせ、心の内ではなんとも思っていないでしょう?

……それより、具体的な内容の説明をお願いします」


あまり、手入れの行き届いていない室内に2人の男女の姿があった。と言っても、そこに男女の甘い空気など無く、殺伐とした冷たい空気だけが漂っている。

男……、ノーマンは出されたお茶に手をつけることもなく、淡々と協力内容を話し始めた。


「……という訳だ。簡単に言えば貴様の仕事は私に魔力を提供することだな」


「本当にそれだけですか……?」


「ああ、私が貴様のような薄汚い女に声をかけるのにそれ以外の理由があるか?その宝の持ち腐れの膨大な魔力が無ければ、そもそも声などかけはせん」


「酷い言われようですが、いいでしょう。体を求められても応えられませんしね」


ノーマンの無遠慮な物言いにムッとしながらも女はノーマンの提案を飲んだ。魔力を提供するだけなら体の負担も少ないだろうし、どうせ有り余ってる魔力なのだ。目的がどうあれ、先が短い我が身を思えば報酬はあまりに魅力的だった。


「あの子には病気の治療と説明してください。得体の知れない研究に手を貸していると聞いたら、心配するでしょうから」


「分かった、そうしよう。ならばついでに小間使いとして娘を雇ってやろうか?大した働きはできなかろうが、簡単な使いくらいはできるだろう?」


「……あの子が望んだなら、無理の無い範囲でやらせてあげてください。でも、危険なことだけはやらせないでもらいたいのですが」


「最初から期待などしていない。身体強化もまともに使えない子どもなど、簡単なことにしか使えないのは当たり前だろうが」


それからノーマンと女は細かい打ち合わせをしてから解散した。結局、ノーマンは出されたお茶を最後まで無視していた。

片付けを終えた女は椅子に座ってノーマンとの契約を思い出した。その内容は、


1、魔力の提供

2、余計な詮索、他言は無用

3、ノーマンが魔力の提供完了と判断するまで研究所に留まる

4、娘が望んだ場合に限り、簡単な仕事を与えて給金を出す


の4つだった。

女の本音としてはノーマンのような怪しさしかない男などどんな理由があろうとも頼るつもりはなかった。しかし、この身が病を患ってから長くは持たないと知らされたからには、なんとしてでも愛娘に可能な限りの財産を残してあげたかった。

元々、あまり裕福ではなかった上に夫が事故で死んでからは生活もどんどん苦しくなり、病気まで発覚したとあっては、最早手段を選んでいられる時間がほとんどなかったのだ。


「せめて……、あの子だけでもなんとか……」


酷く疲れた気分だった。ノーマンの人を人とも思っていないような冷たい目と口調は相対するだけで精神を磨耗させる。それでも頼れる人もいないとあればすがり付くしかない。女は覚悟を決めた。

一週間後、ノーマンが再びやって来て研究所に移るように言ってきた。これから魔力を提供するための機材と女を繋ぎ、効率良く魔力を徴収するのだそうだ。


「待ってください。娘はどうするんですか!?」


「娘の世話までは知らん。小間使いとしては使ってやるが、それ以外は契約外だな」


「娘はまだ12才ですよ!?」


「……ならば、研究所の空き部屋にでも入れておけば良かろう。研究区画以外ならば出入りを自由にしてやるから、後は勝手にすればいい」


どうでも良さそうなノーマンはおざなりに答えると、女に最低限の荷物を持つように言った。

女は急いで荷物をまとめると娘に声をかけ、慌ただしく家を後にした。何故かここにはもう帰ってこられない気がした。

更にそこから一年が経った。研究所は既に二度移動しており、今は最初の研究所の2倍ほどの建物になっていた。

そして、この時になって女はノーマンが何をやろうとしているのかを薄々ながら、察知していた。だが、女は全身が機材に繋がれ、動くどころか喋ることすら満足にできない状態になっていた。

もう、長い間娘の顔を見ていない。ノーマンがこの部屋への立ち入りを禁止しているからだ。

そんな女の思いなど歯牙にもかけず、ノーマンは毎日荒れていた。最近は女から徴収している魔力が目に見えて減っているのが原因だった。

それは女の命が幾ばくもない証だが、ノーマンにとっては女の命よりも自身の計画の方が大事。死ぬまで搾り取るくらいしか思わなかった。


「クソっ、このままでは魔力が足りん。体内で精製された魔力をもっと無駄なく純粋なまま取り出せないか……」


焦るノーマンが机に散らばる資料を凪ぎ払う。その時、偶然一枚の資料が足元に滑り込んで来た。何気なくそれを見たノーマンは一つのおぞましい考えに至った。


「そうか……、取り出すのが難しいのなら、動力として組み込んでしまえばいいではないか……」


生物実験。それは生物学者なら一度はたどり着く答えの一つだ。

何しろ、代わりの実験動物や類似した研究から得られるのは、結局のところ近似値なのだ。100%の答えが欲しければ同じ条件で同じ素材を使うのが一番なのだから。

魔獣と人間は比べるのも馬鹿らしいほどかけ離れている。が、魔力を持った動物という点では同じと言える。

しかし、肝心の部分が同じとはいえ、魔獣と人間は完全に別物。本来なら合成したところで拒否反応を起こしてどちらも死ぬのがオチだろう。

ここでノーマンの持っている知識が必要になる。ノーマンの専攻分野は魔獣の有効利用について、である。暴れるしか能の無い魔獣をいかに利用できるか、という目的で派生した分野だ。

この分野の研究において、魔獣同士の合成は既に成功している。自然界に存在しない新たな魔獣を造り出したのはノーマンの功績の一つだった。(現在は全ての功績を剥奪され、功績は無いものとされている)

そんな理由からノーマンは禁忌とされる領域に躊躇なく踏み込んだ。

それから数日後、全ての準備を終えたノーマンは女に事実を隠して禁忌の行いへと誘導した。事実を隠した理由は単純に騒がれると面倒だからという理由のみ。最初から女を人間としてではなく、実験動物の一つとしか見ていなかったからだ。


「これが上手く行けば私の計画は達成したも同然だ。その時は貴様にも礼を言おう」


「……そんなもの結構ですから、早く終わらせてください」


「生意気な口ぶりだが許してやろう。今の私は機嫌がいいからな」


女はノーマンに誘導されて機材の繋がったベッドに上がった。今までとは趣向を変えるようだが、無理だろうと女は思っていた。既に女の魔力も体力も限界に近く、実験に耐えられるのはこれが最後かも知れないと思っていたからだった。

そう思うと女は無理だろうと思いつつも娘との面会を希望してみた。


「私の魔力も体力ももう限界です。じきに病に耐えられなくなって死ぬでしょう。その前に娘に会わせてもらえませんか?」


「そんな時間は無い。だが、これに成功すれば病などどうでもよくなるぞ?」


「……?それはどういう意味で?」


「すぐに分かる。黙って寝ていろ」


不審に思いつつも女はベッドに横になった。身体中に機材が繋がれ、嫌な予感は増大していく。


「やっぱり、少し待って……」


躊躇う女を一瞥したノーマンは無視した。そして、その時が来た。


「これで、私の計画が完成に近づく!」


ノーマンが手元の大きな魔石に魔力を注ぐと周囲の機材が動き始めた。変化はすぐにやってきた。

まず、女から今まで以上の勢いで魔力が吸い取られた。魔力不足で死にかねない勢いで。

女はあまりの苦しさに抵抗しようとしたが、繋がれた機材が邪魔で録に動けなかった。

そして、おぞましい瞬間が始まった。


「……ぐっ!?……がっ……!?」


吸い取られる魔力の一方で何かが身体の中に送られてくる。途轍もない不快感と嫌悪感と苦痛が女を苛む。

苦しさから思わず、持ち上がった腕を見て女は驚愕の表情を浮かべ、悲鳴をあげた。


「イヤァァァァァァ!!な、なんで!?」


その腕は機材に繋がれた箇所を中心に、まるで魔獣の如く変質していた。醜い肌、不自然に長い指、所々に鱗のような物もできていた。


「助けて、お願い!!」


徐々に魔獣化していく身体に恐怖した女はノーマンに助けを求めたが、ノーマンは助ける素振りを見せなかった。


「助ける?馬鹿を言え。実験は順調だ。このまま最後まで続行するぞ」


「イヤァッ、助けて!」


「安心しろ。じきに恐怖すら感じなくなる」


薄ら笑いすら浮かべたノーマンはそのまま女の変化を細かく観察している。どこがどう変化するのか、与えた魔力を少しずつ変えたりして細かに記録し始めた。


「いいぞ、なかなか好調だ。やはり、私の研究は正しかったのだ!動物が濃い魔力の過剰な吸収で魔獣化するのと同じように、人間も同じような状態になる!これは素晴らしい!」


「ア……、ア……、ア……」


興奮するノーマンを余所に、女はガクガクと痙攣していた。最早、意識はない。不規則に暴れる身体は7割ほどが魔獣化していた。

そこでノーマンはやっと機材を停止させた。それと同時に痙攣していた女の動きも止まった。


「こんなところか?次はこの状態での魔獣との融合実験だな」


現在、女は7割ほどが魔獣と化している。ほとんど魔獣のような存在だが、3割はまだ人間だった。ここからがノーマンにとっては最大の難所となった。

魔獣同士の合成は既に成功している。一度ならず、成功例は二桁を越えてもいる。だが、女はほとんど魔獣となっているが3割に過ぎないとしても、辛うじて人間でもあるのだ。

魔獣と人間では合成はほぼ、成功しない。これは過去の研究から明らかだ。

だから、女を魔獣化させる必要があったのだ。しかし、全てを魔獣化させると今度は魔力も変質してしまう。女の持つ、膨大で質の良い魔力を変質させないようにするためには人間の部分も多少必要だった。それがこの割合だ。

それから、ノーマンは一週間以上を費やして女と魔獣の合成を成し遂げた。

疲労困憊になったノーマンはそれでも満足気に出来上がった魔獣を見た。


「素晴らしい……。ここまで様々な困難を乗り越え、やっと計画の中枢たる魔獣の素体が出来上がった……。

後は、この素体に優秀な個体を合成し続けて完成させるだけだ」


感動に震えるノーマンの前には人間の女の上半身を中心に、いくつもの魔獣が合わさった歪な形の魔獣が拘束されている。魔法か薬品で活動を低下させているので暴れだす心配はない。

達成感を噛み締めていたノーマンも、さすがに疲れたのか重い足取りで部屋を後にした。



***



「これが、ユーリのお母さん……?」


「はい、あの魔獣がお母さんです」


呆然としたシルヴィアの呟きをユーリは辛そうに肯定した。そこで力尽きたように膝を着いた。

慌ててシルヴィアがユーリを抱き起こして様子を見る。土気色の顔色に、身体は氷のように冷たい。シルヴィアの知る副作用の末期的な症状だった。


「ユーリ、これ以上は君の身体が持たないよ。早く病院に行って治療をしないと危険だ」


「……私のことは後でも構いません。それより、お母さんを解放してあげないと……。あんなの、あんまりです……」


「気持ちは分かるけど、ユーリも放っとけないよ。なんとか頑張ってみるから病院に行こう」 


ユーリはまだ何かを言っているがまともに声になっていない。きちんと発声する力すらもないのだろう。とはいえ、魔獣とユーリのお母さんを放置して病院まで走るのもどうだろう。そう言えば、あの白銀の騎士はどこへ行った?


「まさか、さっきの攻撃で潰れちゃった……?」


何故か突然沈黙した魔獣もいつ動き出すかわからない。圧倒的に人手が足りない状況にシルヴィアは歯噛みした。そんなとき、誰かが近づいてくるのを感じ、振り返ると予想外の人物が立っていた。


「よぉ、嬢ちゃん。さっきぶりだな」


「君……、無茶したね?」


「のんびり昼寝って状況でもなさそうだったしなぁ」


呑気に世間話を始めたのは、シルヴィアが倒した傭兵、ゲイル・ジニアスだった。ゲイルはシルヴィアとの戦闘の際、吹っ飛んだ先で鉄棒に腹を貫通されて動けなくなったはずだったが、どういう訳か歩き回っていた。


「あん?腹か?こんなもん、気合いと根性でなんとかなるもんだぞ」


「そういう程度のケガじゃなかった気がするけど……」


「傭兵なんて稼業してると、棒が刺さった程度で諦めてたらあっという間にあの世行きだぜ?頭と心臓が無事ならとりあえずはどうとでもなるぞ」


「うーん、そういう気合い論は昔から理解に苦しむなぁ……」


「小難しく考えると疲れるぜ?それより、そっちの嬢ちゃんがヤバそうだな」


「ああ、ユーリが危ないんだよ。早く病院に連れて行きたいんだけど、魔獣も放っとけないから困ってたんだよね」


「ほーん、そういうことか。……オレが連れて行こうか?」


ゲイルが顎に手をやりながら言った。それはシルヴィアにとって助かる提案だった。


「それは助かるけど、どういう風の吹きまわしかな?」


「別に裏なんかありゃしねぇよ。知らねぇ顔でもないし、短い間とはいえ同じ雇い主に雇われた仲だ。親切心くらい出したって罰は当たらねぇだろ」


心外そうに言うゲイルは最後に「どうせこれ以上は戦えねぇしな」と付け加えた。本人が何でも無さそうにしているがゲイルのケガも危険なことに変わらないのだ。

瀕死のユーリを敵に預けるのは抵抗があったが、ゲイルという傭兵はこの場面で凶行には及ばないだろうとも思う。シルヴィアは渋々ながらも預けることにした。


「ユーリに何かしたら八つ裂きにするからね?」


「おっかねぇな、おい。そんなこと誰がするかってんだ」


「信用が欲しかったら、もっとまともな仕事に就いたら?」


「……正論すぎて何も言えねぇよ。そんなに信用ならないってんならオレを雇えばいい。仕事はきちんとするぜ?」


「仕事ねぇ?そんなこと言われても、持ち合わせなんか……、あった」


ボロボロの制服のポケットから出てきたのは銅貨が一枚。シルヴィアにも何故入っていたのかわからない謎の一枚だった。

ゲイルは微妙な顔をしたがため息と共に受け取った。


「こんな安い仕事は初めてだぞ、さすがに。まぁ、仕事は仕事だからやることはやるがな。病院の前にでも置いとけばいいか?」


「本当はちゃんと医者に預けて欲しいけどね?」


「オレも捕まるだろうが」


「良い機会だから傭兵から足を洗えばいいんじゃないの?」


「やなこった」


ゲイルはシルヴィアからユーリを受け取ると思いの外、丁寧で優しい手つきで抱き抱えた。


「そんじゃあな。またどっかで会った時はご贔屓にな?」


「そんな機会あるとも思えないけどね。じゃあ、よろしくね」


「あいよ、承ったぜ」


ゲイルはしっかりした足取りで去って行った。ユーリを病院に引き渡したらそのまま学園都市から逃げるのだろう。果たしてそれが可能かどうかはわからないが、それは別にどうでもよかった。

それから、ゲイルが去ってから入れ替わるようにギルバートとアイシアが合流した。ギルバートの右手を見てシルヴィアは目を細めたが、今は特に何も言わなかった。


「2人とも、戻って来ちゃったんだね」


「わりぃとは思ってるけどよ、こっちも訳があるんだよ」


「お姉さん、無事で良かった」


「ギルバートは後で話があるからね?……アイシアも無事で良かった。とりあえず、2人はここから離れてくれないかな」


「結局、オレだけ怒られるのかよ……」


愚痴るギルバートに対して、シルヴィアは右手を挙げてプラプラさせて見せた。それを見たギルバートはマズイことがバレたように顔を逸らした。それに首を傾げつつ、アイシアはシルヴィアの手を握って言った。


「私もお姉さんの手伝いする」


「アイシア、気持ちは嬉しいけどここは本当に危ないんだよ。これ以上何かあったら私は悲しいよ」


「それは私も同じ。お姉さんは平気でも私はお姉さんがボロボロになるのはイヤ」


「私は見た目ほどケガしてないし、この程度の魔獣ならあっという間に倒せるから大丈夫なんだけど」


「そういう問題じゃない」


手を握る力が強くなる。アイシアの真っ直ぐな瞳がシルヴィアを貫く。シルヴィアは困ったようにギルバートに助けを求めた。


「ギルバートからも何か言ってあげてよ……」


「諦めろ。アイシアは特別科の中でも相当に頑固なヤツだぞ」


「そう、私は頑固」


「自分で言うことじゃないよ?」


得意気なアイシアは恐らく、梃子でも動かないつもりだろう。とはいえ、2人を魔獣との戦いに参加させる訳にはいかない。どうしたものか、とシルヴィアが悩んでいるとギルバートが助け船を出した。


「魔獣はシルヴィアに任せる。オレとアイシアはノーマンとか言うおっさんを捕まえてくるわ」


「ノーマンを知ってるの?」


「あー……、それなんだけどな?」


ギルバートは少し言いにくそうに直前の顛末を語った。

ギルバートの話から、一度はノーマンを拘束することに成功したが、魔獣がユーリの母親と融合していると分かった時に隙を突いて逃げたのだそうだ。

そういう背景があったなら魔獣が沈黙している理由も分かる。恐らく、ノーマンは回復に専念するために今は魔獣を停止させているのだろう。


「……絶対に無理はしないこと、少しでも危険だと感じたら私のことは見捨ててでも逃げること。これが手伝いの絶対条件だよ。守れないなら今すぐここから離れて」


「お姉さんを見捨てるなんて……」


「分かった、それでいい。オレ達は無理をしないで可能な範囲でおっさんを探す」


「ギルバート、私は……」


「アイシア、これ以上はシルヴィアの邪魔になるだけだ。違うか?」


発言を途中で遮られてアイシアは不承不承だが、最終的には頷いた。……とても不機嫌な顔になっていたが。

シルヴィア苦笑しつつもアイシアの頭を撫でる。いつもサラサラの髪は埃と砂粒で汚れていた。


「全部終わったらアイシアの言うことを聞くから。今はギルバートと一緒にいてね?」


「うん。お姉さんも約束」


やっと握っていた手を話したアイシアはシルヴィアから一歩離れた。それを合図にシルヴィアは魔獣へと走って行く。とりあえず、ユーリのお母さんを魔獣本体から切り離す必要があるからだ。ノーマンが再び魔獣を動かす前に、と思っての行動だ。

ギルバートとアイシアもノーマンを探して動き始めた。ノーマンの魔力はアイシアが記憶したので魔力を辿って探せるのだ。ただ、魔獣の濁ったような魔力が邪魔でうまく探知できなかったが。

決着はすぐそこまで来ていた。

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