第20話 少女と決意と恐怖の涙
「ギルバート、アイシア、シェフィールドなんでこっちに来ちゃったの?」
シルヴィアが気絶したハンナを抱えて3人の前に着地するとシェフィールドが困ったように説明を始めた。
シェフィールドの説明によると、街中に散らばっていた魔獣が何かに引き寄せられるように集まり始めたという。その集まった魔獣の群れに遭遇したギルバートとアイシアは、魔獣から逃れるためにやむを得ずこちらを目指したらしい。シェフィールドとはその最中に合流したようだ。
「なるほどね、とにかくここは危ないから早く離れよう。あのデカイ魔獣はあそこで戦ってる騎士に任せちゃおう」
「加勢しなくても大丈夫か?」
「いらないと思うよ?その気になれば一撃で倒せるみたいだし。まぁ、任せきりも悪いから私は少しだけ助太刀してくるけど」
「では、私がハンナ様を背負いましょう。手持ちの武器が不足しているのでこれ以上戦闘ができませんので」
そう言ってシェフィールドはシルヴィアからハンナを預かると軽々と背負った。ハンナは上背がそこそこあるのに痩せているのでシェフィールドでも背負えるくらい軽いのだ。
ハンナを預けたことで両手がフリーになったシルヴィアは手をブラブラさせながらギルバート達が来た道の方へと視線を向けた。
「それじゃ、私は魔獣を駆除して来るからみんなはどこかで待機してて。終わったらまた来るから」
「駆除ってお前な……、そんなボロボロの格好で何言ってんだ?お前もオレ達と一緒に……」
「見た目は酷いけど大したことないよ。それじゃ」
そう言ってシルヴィアが走り去ってから3分ほどしてから戻って来た。何か忘れ物か?とギルバートが問いかけようとしたが、シルヴィアはそれに対して違う答えを返した。
「とりあえず、近い範囲の魔獣は全部倒したからもう大丈夫だよ。念のため、余計な回り道とかはしないでね」
「倒したって……、あんな短時間で?」
「まぁ、下級の魔獣がいくら群れたって大した手間じゃないから」
「そんなもんか……?」
「そんなもんさ」
適当な調子のシルヴィアに疑問を持ちつつも、ギルバートはそれを棚上げにした。今の状況で何を言ってもシルヴィアはこれ以上取り合わない気がしたからだ。
「さ、早く行った方がいいよ。残った魔獣がまた集まってくるかも知れないから」
シルヴィアはそれだけ言うと返事を聞かずに騎士の元へと走って行ってしまった。
成り行きを無言で見ていたアイシアがギルバートの袖を小さく引っ張った。
「ギルバート、行こう」
「……ああ。分かった」
後ろ髪を引かれながらもギルバートはアイシア達と共にその場を後にした。
***
「そんな訳で手伝いに来たよ。よろしく」
騎士はそんな言葉と共に戻って来たシルヴィアに一瞬、戸惑いを見せたがすぐに表情が戻る。
「騎士としては不本意ですがその気遣いには感謝します。
ところで、貴女はどれほど戦えますか?回答の内容によってはすぐにでも退場して頂きますが」
「この程度の魔獣なら問題ないよ。大きさには辟易するけど」
「確かに、大きさには私もうんざりするところですが、貴女はこの醜い魔獣が倒せると?」
「私にできないこともないけど、君がいるなら話は簡単だろう?その剣、『精霊武装』なんだからこのくらいの魔獣は苦じゃないでしょ」
「……、よく分かりましたね。この剣が『精霊武装』だと」
「見れば解るよ、それくらい。それに、初めて見る訳でもないし」
「なるほど、確かに貴女の言う通り、この剣は『精霊武装』です。銘を『星光』と言います。……が、少し問題があります」
「……その名前からして嫌な予感がするんだけど?」
「恐らく、貴女も見たでしょうがこの剣は星々の光をその身に蓄え、力とし、全てを殲滅する星の一撃を出すことができます」
そこで騎士は妙に晴れやかな笑顔を見せた。シルヴィアにはこの後に告げられる言葉が簡単に想像できた。……したくなかった。
「最初の接敵の時点で放ったのは、予め蓄えていた分なのですが、今は僅かに残った残滓程度しかありません。
この状態でも魔獣などには遅れをとりませんがこの大きさの魔獣を仕留めるとなると、いささか力不足は否めません」
「だからチマチマと攻撃してたんだね……」
最初はシルヴィアやハンナに気を使って、あの途轍もない一撃を出さないのかと思っていたが、単に出力不足だったらしい。
「もしかして、次は夜にならないと無理ってこと?」
「いえ、星々の輝きは昼間であっても失われていません。ですので今も僅かずつではありますが蓄えられております。先の一撃と同程度、となると夜まで待ってもらう必要がありますが」
ちなみにだが、こうして騎士とシルヴィアが話している最中も戦闘の真っ只中である。世間話のような雰囲気で魔獣からの攻撃を避け、反撃している。
とはいえ、シルヴィアとしては楽な方法は夜まで待たないといけないとなると面倒だった。
「じゃあ、私がやるかぁ……」
「そうして頂けると助かります。私もなるべく早く魔獣を殲滅したいので。ですが、私の時と同じように回避されては意味がありません。魔獣を操る者を先に叩かねば」
「ということは、あの男か」
「そうでしょう」
そこで真上から振り下ろされた巨大な魔獣の腕を難なくかわした2人は、その腕をあっという間に細切れにすると示し合わせたように同時に左右へと走った。
「生死は!?」
「話があるから殺さないで!」
「分かりました!」
それだけを言うと魔獣の攻撃を掻い潜りながら2人は猛然と突き進む。向かうは先ほどノーマンがいた瓦礫の陰だ。
だが、魔獣は行かせない、と言わんばかりに一層強烈に暴れ始めた。
「くっ、邪魔なことを!」
騎士は次々と振るわれる巨腕に足止めされ、その場に止められてしまった。シルヴィアの元にも同じように巨腕が迫るが、騎士とは違って小柄なシルヴィアは隙間を縫って前進して行った。
「鬱陶しい!でも、これでおしまいだ!」
シルヴィアが瓦礫を思い切り蹴り飛ばしたが、そこは既にもぬけの殻だった。魔力の反応から当たりをつけたが上手く乗せられたようだ。
「もう、面倒だなぁ!」
上手く踊らされた2人を嘲笑うように魔獣が咆哮すると、魔獣の身体から幾本もの巨腕が伸びて、その全てが一斉に2人の元へと叩きつけられた。
***
シルヴィアと別れてから学園へと進むギルバート達は道すがら、1人の少女と出会っていた。
所々、負傷していて手首が折れているのか固定してあった。そして、その負傷以上に目を引くのが顔色の悪さだった。今にも気絶しそうな顔をして呼吸も荒い少女に、ギルバートは手を貸そうとしたがそれはシェフィールドに阻まれた。
鋭い目をしたシェフィールドは少女の目の前に立ってそれ以上の接近を許さない。
「先ほどぶりですね。酷い顔色ですが、まだ戦われますか?」
「……無理、です……。何もしませんから私を見逃してください……」
シェフィールドは戦闘した時とは売って変わって弱々しい様子に眉をひそめる。
「まぁ、その様子では無理だろうと思いましたが」
少女は答えることもできず、とうとう地面に膝をついて座り込んでしまった。ギルバートが慌てて身体を支えるのを、さすがにシェフィールドは止めなかった。
「おい、大丈夫か?病気かなにかか、これ?」
「演技では無さそうですが……、病気とは違うかも知れません」
「これで演技だったら舞台女優も真っ青だろ……。で、違うってどういうことだ?」
シェフィールドは以前にあった自身と少女の戦闘をかいつまんで話した。
「少し前にこちらの少女と戦闘になりまして、その際、途中で同じように苦しみだしました。その時は懐から何か魔法薬のようなものを服用していました」
「じゃあ、持病かなにかじゃないのか?」
「そこまではなんとも。推測としましては、魔法薬による副作用ではないかと。前回とは違って戦闘能力が大幅に上がっていたので、能力を上げる一方で激しい副作用があるのかも知れません」
「とにかく、医者に見せないとどうにもならねぇな……。オレが背負うから早いとこ医者のところに……」
ギルバートが少女を背負おうとすると抵抗するように言葉を挟んだ。
「待って……ください……。私に構わず……、早く避難を……」
「アホか、そんな状態でわがまま言うな。背負うぞ」
「お母さんが……。私が行かないと、早く……」
「あぁ?何だって?」
少女はぜぇぜぇ、と息を荒くしながらも前に進もうとしていた。立ち上がる力もなく、弱々しく這うことしかできなかったが懸命に進もうとする。
ギルバートはため息を吐いて少女を抱え上げようとしたが、そこで今まで無言だったアイシアに止められた。
「ギルバート、この子をお母さんに会わせよう」
「お前な……、状況を考えてからもの言えよ。こいつにどんな理由があるにしろ、このまま放っといたら死ぬぞ」
アイシアはただ、ギルバートの袖を軽く摘まんでいるだけだったが、その目は力強く、ギルバートの目を見据えていた。
しばし、見つめあった2人はギルバートが折れる形でようやく離れた。
「……で、どうすんだ?こいつはさっさと医者に見せないとヤバいぞ」
這う少女を止めて、寝かせたギルバートがアイシアに聞いた。まさか、無策でギルバートを止めた訳ではないと思ったからだ。ギルバートの言葉に小さく頷いたアイシアは、何を思ったかシェフィールドに背負われたハンナの上着を脱がせ始めた。
「バカ野郎!!なにしてんだ、いきなり!!」
「ギルバートはダメ。こっち見ないで」
慌てて視線を反らすギルバートに今更気付いたのか、アイシアは少し尖った口調で言う。理不尽だがギルバートは黙って耐えた。
「アイシア様?何をするつもりでしょうか」
「シェフィも手伝って。ハンナの下着を取りたい」
「し、下着ですか……?」
「ふざけんな、こんなところで何やってんだ!」
「ギルバートはダメ」
思わず振り向こうとしたギルバートの首を無理矢理押さえるアイシア。首からゴキリ、と嫌な音がしたがアイシアは完全に無視した。
ギルバートが首を押さえて悶える傍ら、シェフィールドは疑問に思いながらもアイシアが求める通り、ハンナの下着を取った。
アイシアは半裸のハンナからそれきり興味を失くしたように放り捨てるとシェフィールドから下着を受け取り、力任せに引き裂いた。
「あの……、アイシア様?そろそろ説明を……」
「あった」
「それは……」
引き裂いた下着も放り捨てたアイシアの手には、パッケージされた粉末が乗せられていた。
それをシェフィールドに押し付けると次は下を脱がそうと、アイシアがハンナのスカートに容赦なく手を突っ込んだ。そのまま膝辺りまで下ろすと、そこで面倒になったのか再び力ずくで引き裂いた。
「アイシア様、それではハンナ様があまりにも不憫ですが……」
「お仕置き。私も怒ってるから」
無表情なアイシアだが、これでも怒っていたらしい。それでも気絶している間に半裸にされ、下着を引き裂かれるというのはなかなかキツいとは思うがシェフィールドは沈黙を選んだ。
ともあれ、アイシアは破いた下着からまたしてもパッケージされた粉末を取り出していた。目的はこれのようだが一見しただけではわからない。
「アイシア様、これは?」
「前にハンナが言ってたんだけど、もしもの時に備えて回復薬を粉末にして隠してるって言ってた。場所は言わなかったけど簡単には見つからないところって言ってたからここかなって」
「回復薬を……。それでこのようなことを」
「多分、水で溶かしてあげればなんとか飲ませてあげられると思う」
アイシアはハンナの白衣のポケットから組立式の紙コップを取り出す。色んなところから様々なモノが出てくることにシェフィールドは小さく呆れた。
組み立てた紙コップに魔法で作った氷を入れ、その中で小さな吹雪を起こして氷を細かく砕く。更に紙コップを魔法で温めて氷を溶かした。そこに粉末の回復薬を入れ、指でかき混ぜた。
「これでいい。ギルバート」
「おぉ……、首が折れるかと思った。……なんだ?」
呼ばれたギルバートが振り返ると視界に半裸のハンナが飛び込んだ。慌てて目線を反らして目を瞑ったギルバートは怒鳴り返した。
「ふざけんな、お前らなんのつもりだ!!」
「そんなこと、どうでもいい。それより、コレ飲んで」
「そんなことってお前……、やめろ、無理矢理飲ませんな!やめ……、ガフッ、ゴフッ!?」
抵抗するギルバートに無理矢理飲ませるアイシア。意外に力があることにシェフィールドは驚いた。
派手にむせたギルバートは涙目でアイシアに抗議しているが本人は全く聞いていない。その目はジッと傷だらけのギルバートの手を見つめている。
「おい、何を飲ませやがった!変なもんじゃねぇだろうな!?」
「ギルバート、手はまだ痛い?」
「頼むから会話をしてくれ……」
「ギルバート、手」
「わかったよ、手だろ?痛くねぇよ、なんだよ一体」
「ならいい」
「本当になんなんだ……?」
途方に暮れたギルバートは無視してアイシアは少女に近づいた。もう這う力も無いらしく少女は荒く呼吸をするだけだった。
少女を抱き起こそうとするが力の抜けた人間は意外に重い。てこずるアイシアをギルバートが補助する。
ちなみに、シェフィールドは半裸のハンナの着衣を直していた。……下着はさすがにどうにもできなかったが。
ギルバートが仰向けに抱き上げた少女にアイシアが回復薬を少しずつ飲ませる。そうすると少女の荒い呼吸が段々と落ち着いてきた。
「……うぅ、私は……」
「良かった。ちゃんと効いたみたい」
アイシアは嬉しそうに微笑むとギルバートに抱かれる少女の目をジッと見て言った。
「私はアイシア・スノウヘル。こっちはギルバートとシェフィールド。
……あなたの名前を教えて」
少女はポカンとしてアイシアを見返すが、アイシアは無言で待っている。それから、おずおずと自分の名前を明かした。
「……私は、ユーリ・アデレードです」
「ユーリ、あなたは何をしたいの?」
「それは……、あなた方には関係ありません……」
「それは私が決める。ユーリがもし、助けて欲しいならちゃんと言って。そうしたら、そこから先も私が決めるから」
「ですが、あなた方を危険に晒すようなことはしたくありません……。そちらのシェフィールドさんには攻撃もしてしまいましたし……」
「それなら私とギルバートがユーリを助ける。シェフィはハンナを連れて行ってもらえばいい」
淡々と決めるアイシアにギルバートは呆れたように声をかけた。
「オレには相談無しか?」
「ギルバートは絶対一緒に来てくれるから。違う?」
「……はぁ。違わねぇよ」
諦めたように言うギルバートにクスリとしながらシェフィールドも言った。
「私は元々、もう戦闘手段がありませんから。ハンナ様もお医者様に看て頂かないといけませんし、お嬢様とも一度合流しなければなりません」
アイシアは一度、頷いてからやはり、無表情で言う。
「ユーリ、ちゃんと自分の言葉で言って。どうして欲しいの?」
ユーリは躊躇うように口をモゴモゴとさせたが、観念したように言った。
「お願いします。私をお母さんの元へ連れて行ってください」
「うん、連れて行く。ギルバートはユーリを背負ってあげて」
「あいよ」
「わわっ」
軽々とユーリを背負ったギルバートは横のアイシアに問いかけた。
「お前は走れるか?結構距離もあるし、キツいぞ?」
「滑って行くから大丈夫」
そう言うとアイシアは自分の足元だけを凍らせて見せた。何故か自慢気に見えるアイシアにギルバートは聞いた。
「そんなことできるなら最初からそれで良かったんじゃ……」
「私はギルバートにおんぶされるの、好きだよ?」
「……そうかよ」
恥ずかしげもなく、真っ直ぐに言うアイシアが妙に照れくさくなったギルバートは思わず顔を反らした。アイシアは首を傾げているが、その向こうのシェフィールドはハンナを背負いながらもクスクスと笑っていた。
「で、だ。そのユーリのお母さんはどこにいるんだ?」
「すみません、私も会わせてもらえなかったので場所までは……。ノーマン様から聞き出せれば一番早いと思います」
「誰だ、そのノーマンってヤツは?」
「ノーマン様はあの魔獣を作り出した魔法使いです」
「そいつの居場所は知ってるのか?」
ギルバートの問いにユーリはまだ少し震える腕を上げて指を指す。その先は先ほどまでいた、あの巨大な魔獣の方向だった。
「ノーマン様は必ず、あの魔獣の近くにいます。恐らく、制御するのにある程度近くまで寄らないとダメなのではないでしょうか」
「また、あそこに戻るのかよ……。シルヴィアがいい顔しなさそうだな」
「その時は一緒に謝ればいい。私も謝るから」
「何故かオレだけ怒られそうな気がするのは気のせいか……?」
嫌そうに顔をしかめるギルバートだが、表情とは裏腹にユーリを下ろそうとはしなかった。それどころか、魔力を全身に漲らせて今すぐ走り出せる状態になっていた。
「そんじゃ、行くか。しっかり捕まってろよ」
「うん」
「は、はい!よろしくお願いします!」
ギルバートは返事の代わりに勢い良く駆け出した。そのすぐ後にアイシアが涼しげに滑って行く。
アイシアが手を振って遠ざかるのをシェフィールドは黙って送り出した。
***
魔獣の巨腕が思い切り叩きつけられた地面はまるで、爆撃を受けたかのようにめちゃくちゃな様相を呈していた。周囲はあらかた、破壊しつくされて瓦礫が辺り一面に広がっている。
そんな瓦礫の海の中で不意に瓦礫が動いた。下から瓦礫を持ち上げたようで、一抱えほどの瓦礫がゆっくりと持ち上がり、脇に押し退けられた。
「ぶはぁっ!あぁ、もうめちゃくちゃだよ……」
瓦礫の下から現れたシルヴィアは大きな怪我こそしていないが、服はボロボロで、土埃にまみれた姿をしていた。砂っぽい感覚に髪を払うと、銀髪から大小様々な小石が飛び出した。
「うぅ、お風呂に入りたい……」
口の中も砂っぽいらしく、喉の奥がイガイガするようで何度も咳払いをした。
「なんか、色々面倒になってきたなぁ……」
シルヴィアは何か、もうイライラし始めていた。
思えば、学園都市に来てから日も浅いというのに、ノーマンとか言う魔法使いとはそこそこの因縁があるのが意味不明だ。
最初はこちらから首を突っ込んだとはいえ、その後もシルヴィアの目の届く範囲で不愉快な薬を取引したり、面倒な傭兵に目をつけられたり、見過ごせない事情を抱えた少女をけしかけたりとどうにも癪に障ることばかりしている気がする。
ハンナが飛び出した原因の教師とも何か関係があるようだったので今、こうしているのも間接的にはノーマンのせいだとも言えるのがますますシルヴィアを不快にさせていた。
一度、イライラし始めると小さなことにも気が立ってしまう。貰ったばかりの制服はボロボロだし、全身埃っぽいし、魔獣は不快な鳴き声でとにかくうるさい。
シルヴィアはとうとう、キレた。
「うるさいな、黙ってろよ」
短く呟いてから無造作に振った右腕は空気を切り裂き、周囲の埃をまとめて凪ぎ払った。
そのすぐ後に魔獣が強烈な鳴き声と共に、傾いた。姿勢を崩した訳ではない。シルヴィアの無造作に放った横凪ぎで、魔獣の巨体を支えていた脚が一つ、付け根から絶たれたのだ。
「これなら、さっさと切り刻んでノーマンを拷問した方が手っ取り早いか」
物騒なことを言うシルヴィアはそれから続けざまに腕を振るった。そして、振るわれる毎に魔獣が切り裂かれていく。
魔獣は絶叫しながらも、再び身体中から巨腕を伸ばしてシルヴィアへと叩きつけようとするが、それらは全て無駄に終わった。
「大人しくしててくれないかな。大きくて面倒なだけで弱いんだから」
魔獣が伸ばした巨腕はシルヴィアの元へとたどり着く前に全て断ち切られ、地面に落下していった。
「これだけ斬っても元気か……。じゃあ、首を切り落として身体をバラバラにすれば死ぬかな?」
シルヴィアが魔力を全身に漲らせ、右腕を構えた。今までのように無造作に振るうのではなく、明らかにこれまで以上の一撃を出そうとしているのが分かる。
「奥義、一の型。一刀……」
「待ってくださいっ!!」
「そうそ……って、なに?」
今、正に途轍もない一撃を繰り出そうとした矢先に突如割り込んだ声を聞いて思わず手を止めたシルヴィア。声のした方へ顔を向けると、そこには先ほど別れた時よりも顔色を悪くしたユーリが瓦礫にもたれて立っていた。
「ユーリ?なんでここに……、それより、動いちゃダメだってば」
「シルヴィアさん、その魔獣を殺さないで!」
「いや、そんなこと言われても……」
「その魔獣は……、それが、お母さんなんです!!」
シルヴィアはユーリの言葉を理解できなかった。ユーリは今、なんと言ったか?それを頭の中で自問自答し続け、ようやく理解が追い付いた。
「これが、ユーリのお母さん……?」
シルヴィアはしばし、フリーズした。
***
ユーリがシルヴィアに魔獣の正体を伝える少し前。ギルバートに背負われ、魔獣の元へと急ぐ3人は魔獣が巨腕を大きく振り上げたのを見た。
「ふざけんな!!」
「ッ!!」
ギルバートが急制動をかけ、背負ったユーリを庇った。アイシアはそれと同時に、前面に分厚い氷の壁を瞬時に作りあげた。
氷の壁の完成とほぼ同時に巨腕が叩きつけられ、衝撃波と飛んできた瓦礫が3人の元へと襲いかかった。
衝撃波と瓦礫は氷の壁を激しく揺さぶり、削ったがそれでもなんとか耐えた。
衝撃波が治まった頃、大量の氷の破片を被ったギルバートがもぞもぞと身動きを取った。
「クソ、頭がいてぇ……。無事か、お前ら?」
「私は大丈夫ですけど、ギルバートさんが怪我を……」
「問題ねぇよ、破片で少し切った程度だ」
ギルバートに庇われたユーリが痛々しそうに見る。頬から流れる血は少なくなく、それなりの深さのようだ。
心配するユーリを押し留め、ギルバートはアイシアの方を見た。が、そこにアイシアの姿はなく、代わりに謎の雪の塊が鎮座していた。
「……なんだ、これ?」
「え?……うわっ、なんでしょうか……」
雪の塊は2人の疑問に答えるかのように内側から崩れ、その中から無傷のアイシアが出てきた。
「ごめん、ギルバート、ユーリ。氷の壁を作ったら2人の分まで作れなかった」
「いや、壁だけでも助かったけどよ。お前、ホントに器用だな……」
「ありがとう」
ギルバートに褒められて嬉しそうなアイシアは相変わらず表情が変わってないように見えるが、雰囲気は十分に伝わってきた。
「とにかく、ギルバートさんの手当てをしないと」
「いらねぇよ。それより、シルヴィアは大丈夫か?さっきのアレはさすがにヤベェだろ」
魔獣のいる方向を見て険しい顔をするギルバートだが、それを無視してアイシアが突然、ギルバートの頬をはたいた。はたかれたギルバートはもちろん、間近のユーリも突然の奇行に驚いた。
「痛ぇ!何すんだ、いきなり!」
「ア、アイシアさん……?何を……」
「手当て」
アイシアが広げて見せた手のひらにはどこから出したのか、ハンカチが乗っている。
「お前さ、何か行動する前に一言くらい言えよ……」
「どうせ、ギルバートは言っても聞かないから」
「だとしてもだよ!!」
怒鳴るギルバートの言葉は全く聞かず、アイシアは頬にハンカチを当てるが、血はなかなか止まらない。結局、どうにもならず諦めた。
「後でちゃんと手当てを受けて」
「はいはい」
おざなりな返事を返すギルバートだが、アイシアはそれで満足らしく、それきり手当てには執着しなかった。
思わぬ魔獣の攻撃で足止めをされたが、ギルバート達は再び行動開始した。ギルバートがユーリを背負い、アイシアが滑る準備を整えた。
「よし、行くぞ」
先ほどよりも道には瓦礫が多くなっているが、ギルバートはそれを物ともせずに走り抜ける。アイシアもそれに遅れずに着いていく。
そして、ようやく魔獣のいるところまで戻ってきたが、そこは少し前とは風景が全然違っていた。
「なんだこりゃ……」
「お姉さんは?」
辺り一面がめちゃくちゃに押し潰されたように瓦礫の海になっていた。その中で魔獣だけが健在していた。
シルヴィアを探すギルバートだが、背中のユーリが突如声をあげた。
「いました!あそこ、瓦礫の影に!」
「!?……どこだ?」
「あっち、北東の方です!」
「北東……、あいつか!」
ユーリが指差す方をよく見ると瓦礫の影に魔獣を伺うように見ている男がいた。こちらにはまだ、気付いていない様子で目線は魔獣の方を向いている。
「あいつをブッ飛ばして全部吐かせりゃいいんだな?」
「待ってください、ノーマン様は魔法使いとしての腕も優れています。正面から行くのは……」
「大丈夫だろ。あいつが魔法を出すより先に殴ればいいだけだ。アイシア、アシスト頼んだ」
「うん」
「ユーリはここで待ってろ。ぶん殴って引き摺って来てやる」
「いえ、私も連れて行ってください。何も役には立たないかも知れないですけど……」
懇願するユーリにギルバートは困った顔をした。今のユーリは喋るだけで精一杯で、とても連れて行けるような体ではないからだ。
ノーマンに母親の居場所を吐かせるためには確実に、戦闘になるだろう。優秀な魔法使いらしいノーマンとの戦いはユーリにとって、非常に負担となることは容易に想像できた。
「ダメだ。ユーリは待機、無理して動くな」
「お願いします!どうか、私も連れて行ってください……!」
「そう言われてもだな……」
「ギルバート、私が守る。それなら良い?」
「アイシア、お前な……」
ユーリの必死なお願いに困ったギルバートを助けるようにアイシアが言う。その瞳は強い意思の光を放っていた。
「……はぁ。分かったよ、ユーリも連れてく。その代わり、アイシアは絶対にユーリを守れ。そんで、ユーリはアイシアから離れるな。これが守れないならお前ら2人揃ってここで留守番だ」
「うん、分かった。絶対に守る」
「ありがとうございます!」
「クソ、調子狂うな……。アイシア、お前はユーリを守りながらオレをアシストできるか?」
「任せて。ユーリもギルバートも怪我一つさせない」
やる気に満ちたアイシアが力強く宣言した。心なしか、興奮しているようで鼻息も少し荒かった。
「まぁ、やる気なのは結構だけどよ、無理はすんなよ。無理ならすぐに下がれ。そうなったらオレも引くから」
「分かった。それで、どうする?」
「オレが突っ込むから距離を空けてアシストしてくれ。自分たちの防衛を優先していいから、お前らはあんまり前に出るな」
こくり、と頷くアイシアはギルバートの上着の裾を小さくつまむ。
「無茶はダメ」
「分かってるよ、心配すんな」
乱暴にアイシアの頭を撫でて、ギルバートは勢いよく走り出した。障害物を盾にしてノーマンまで近づくつもりのようだ。
すぐに障害物で見えなくなったギルバートを見送りつつ、ユーリはアイシアに声をかけた。
「私達も行きましょう。私が大して戦力にならないのは申し訳ないですけど……」
「問題ない。今の私はとても気分が良いから」
そう言うアイシアは確かに晴れやかな顔をしていた。ぐしゃぐしゃになった髪にそっと手を当て、満足そうに微笑む様子にユーリは同性にもかかわらず、ドキリとさせられた。
しかし、それもつかの間のことで、すぐにいつもの無表情に戻したアイシアを少し残念に思った。
「……?どうかしたの?」
「いえ、なんでも……」
「ならいい。ユーリは私に掴まってて」
「えっ、掴まる……?それはどういう?」
「ユーリはまだ走れない」
「???」
アイシアの悪癖は無表情と言葉少ななところが挙げられる。アイシアとしては、十分に伝わっていると思っていることでも相手にはなかなか伝わりにくい。付き合いの長い家族や級友ならともかく、出会ってから一時間も経っていないユーリにはさすがに伝わらなかった。
アイシアもユーリの疑問に首を傾げるが、2人揃って首を傾げたところで面倒になったようで、突然アイシアはユーリの腰に抱き着いた。
「ええっ!?な、何を……!?」
「持ち上げるよ」
「も、持ち上げ……っ!?」
驚いたユーリには全く関心を向けず、アイシアは言葉の通りにユーリを持ち上げた。
ちなみに、アイシアはユーリよりも年上ではあるが、その体格は小等部の生徒と見紛うほど小柄だ。それに引き換え、ユーリは特別大きくはないがそれでも、アイシアよりも体格は優れている。
つまり、今の状況は端から見たらとてもシュールで意味不明な光景だった。
「嘘……、アイシアさんってすごい……」
「こっちの方が楽。ユーリは後ろでも見てて」
返事は聞かずにそのまま滑り出すアイシア。ユーリは頭の中が疑問符だらけだが、それでも分かるのはアイシアの途轍もない魔力量だった。
小柄なアイシアがユーリを持ち上げたのはもちろん、身体強化の魔法だがそれはむちゃくちゃな強さの魔法だった。
いかに身体強化の魔法を使おうとも、元々の自身の体格以上の物を持ち上げようとすると、それなりの量の魔力が必要になる。本来ならば、アイシアがユーリを持ち上げようとすれば、それだけでかなりの苦行になりかねない。
それでも、顔色一つ変えずに軽々と持ち上げた挙げ句、別の魔法を使い、移動するということまでやっているということはそれだけ凄まじい魔力量があるということなのだ。
実際、アイシアは自身にかけた身体強化の魔法をあまり細かく意識していない。繊細な制御など、無視してしまえるくらいの膨大な魔力で力任せにやっている。やってしまえる、ということが驚くべきことだった。
「ア、アイシアさん!怖いんですけど!!」
「我慢して。それと静かに」
涙目のユーリは自身の口を押さえて悲鳴を我慢した。後ろ向き?の状態でかなりの速度で進んでいるのだ。普通の状況なら悲鳴が出ても仕方ないことだろう。それでもユーリはなんとか耐えた。
そんなユーリの必死な覚悟を頭上に置いて無視したアイシアは、上機嫌に、鼻歌まで付けて軽快に突き進む。瓦礫など最早、障害物になりもしない。
「~~~♪」
薄く微笑むアイシアは暖かい手で乱暴に撫でられた感覚を思い出す。乱暴ながらも優しい手つき、口には出さないけれど込められた想い。思わず、口元が綻ぶ。
(本当は戦うのは怖い。魔獣ならともかく、人に向けて魔法を放つのは訓練でも苦手。できることならすぐに帰りたい。
……でも、ギルバートもお姉さんも戦ってる。ユーリだって辛いのを我慢して頑張ってる。なら、私ももう少し頑張る)
微笑んでいた表情を普段の無表情に戻して少女は戦場を滑り行く。それは、大切な人を助けるために。
アイシアの決意と共に滑走速度が上がり、ユーリは(恐怖から)涙を溢した。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。




