表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
20/38

第19話  願いと危機と白銀の騎士

屋根の上を突っ走るシルヴィアは魔獣の数が減っていることに気付いた。しかし、完全に駆逐された訳ではないようではぐれた個体が数頭、迷子のようにうろついているのを見かけた。


「この様子なら魔獣の追加は無さそうだね」


シルヴィアは確実に魔獣遣いが関係していると見ている。この規模で魔獣を運用しようものならいないと不可能だからだ。

魔獣遣いのことがあまり周知されていないようなので、必要なら後で学長に覚えていることは全部教えてあげよう。なにかで負債を帳消しにしておかないとメルアが怖い。既に建物を壊しているので。

追加が無いなら魔獣遣いは撤退を始めている頃合いだろう。その辺りはマリアベル達に任せよう。後が怖いが学園都市についてよく知っている方が、追跡には向いている。


「魔獣遣いは任せるとして、あっちはどうしようかなぁ」


シルヴィアの目線の先、先ほどまで周囲の建物を壊して暴れていた巨大な魔獣は不気味なほどに静まりかえっていた。


「面倒だし、一撃で斬ってもいいんだけど……」


シルヴィアとしてはこのまま接近して、動き出す前に一撃で決めてしまえば楽なのだが、ゲイルが言っていた小娘がハンナのことなのかを確かめねばならない。もし、両断した後に死体の真下からハンナ“だったモノ”が発見されでもしたら、死んでも償いきれない。それだけは避けないといけなかった。


「じゃあ、察知される前に周辺の調査からかな」


呟きながらシルヴィアは屋根から地上へと降りた。周囲は魔獣が荒らしたようで辺りに様々な物が散乱している。

とりあえず、建物の中を窓から覗きこもうと思ったシルヴィアが窓の前に立った瞬間、目の前の窓ガラスが強烈な光を発した。


「うわわっ!?なになに!?」


閃光で目が見えないシルヴィアは手探りで周囲を探ろうとするとその隙を突いて、ローブを纏った小柄な影が突っ込んできた。ローブの人物は手に持ったナイフをシルヴィアの首目掛けて全力で突き込んだ。


「ッ!!」


「目は見えないけど、その殺気は見えてるよ?」


シルヴィアは目が見えていないにも関わらず、まるで問題ないと言わんばかりに正確に襲撃者の腕を掴んで止めた。

ローブの人物は必死にもがいて脱出を図ろうとするが、シルヴィアに掴まれた腕は万力に締められているかの如く、びくともしなかった。

そのうち、シルヴィアも目が回復してきたようで目を何度も擦りながらようやく目を開いた。


「うぅ、まだチカチカするよ……。微妙にぼんやりするけど大丈夫かな。

……うん?また君か。君じゃあいくら挑んだって私には勝てないよ。私も暇じゃないんだからいちいち突っかかって来ないで欲しいんだよね」


「くっ……!離して!」


「離すのはいいんだけどまた来られても困るんだよ。君も自分じゃ敵わないってことくらい分かるだろう?」


呆れたようにシルヴィアが言うが尚もローブの人物は脱出しようともがいている。

面倒になってきたシルヴィアは()()()ローブの人物を無造作に地面に叩きつけた。


「ガハッ!?」


「少しは落ち着いたかな?私だって明らかな格下を痛ぶる趣味なんか持ってないんだから言うこと聞いてね」


苦痛に呻くローブの人物……フードが捲れて素顔があらわになったローブの少女は、地面に叩きつけられた格好のまま悔しげにシルヴィアを睨みつけた。


「あなたを殺せばお母さんが助かるのに……ッ!」


「……お母さん?どういうことかな?」


「ノーマン様が約束してくれたんだ!今度こそ役目を果たせばお母さんを助けてくれるって!」


「待って、話が見えないんだけど……」


「ここで死んでッ!!」


勢いよく起き上がった少女が、再びナイフをシルヴィアに向けたまま突っ込んでくる。今度は魔法も使ってこちらを撹乱しながら迫ってきた。

壁や街灯など、様々な物を足場にして縦横無尽に動き回る少女にシルヴィアは特に何もせず、ただ立っているだけだ。

そして、少女がシルヴィアに向かってナイフを思い切り突き立てた……ように見えたのは分身だった。本体はシルヴィアの死角から迫り、背後から心臓を狙ってナイフを突き込んだ。

それに対してシルヴィアは……、あっさりと迎撃した。まだ目が完全に回復しきっていない上で死角からの一撃を無造作に叩き落とした。


「え?」


少女は自らのナイフの切っ先が真横に曲がっているのを呆然と見ていた。否、正確には少女の()()()()曲がっているナイフを見ていた。

もちろん、少女は身体強化の魔法も使っていた。それを全て無視して軽く叩き落としただけで手首ごと折ってしまうという現実に、少女の頭が追い付かなかったのだ。


「は?え……、手が……」


ぶらりと力なく揺れる手からナイフが滑り落ちるのと同時に少女が現実を理解したのか、絶叫が響き渡った。


「アアアアアアアアアアッ!!!!」


折れた右腕を抱えて少女が叫ぶのをシルヴィアは呆れがちに見下ろす。


「だから、警告したろう?君じゃいくら小細工しても私には勝てないって。何を言われて私に挑んだのか知らないけど、まずは事情を話すべきだったんだよ」


もう目も回復したのか平常通りの振る舞いのシルヴィアを、少女は絶望したように見上げて言った。


「……そんな、これじゃもう……お母さんが……」


「待って、そのお母さんってどういうこと?さっきからずっと言ってるけど何か事情があるんじゃないの?」


少女は諦めたようにポツポツと事情を話し始めた。

病気の母がいること、助かるためには莫大なお金と貴重な回復薬が必要なこと、困り果てた時にノーマンという男が現れたこと、治療を引き受ける代わりに小間使いとして働いていること、そして失敗ばかりの自分の最後のチャンスとしてシルヴィアを殺せと命じられたこと。

少女は後半から泣きながら自分の置かれている状況を説明した。


「……なるほどねぇ。だから引くに引けなかった訳か」


少女が頑なに自分に挑み続けたのは理由があったのだ。前回とその前で既に、実力差は分かりきっていたがそれでも万に一つの可能性を信じて挑んでいたらしい。

何故、何度も突っかかってくるのか不思議に思っていたが理由を知ってしまえばさもありなん。当然のことだろう。

シルヴィアは泣いている少女の頭を撫でながら優しく言った。


「私はこれから友人を探すけど、君のお母さんも一緒に探してあげるから。その、ノーマンとかいう男はぶん殴って黙らせるから君はここで大人しくしててね?……あぁ、その前に折っちゃった手首の固定しなきゃだ。ごめんよ、痛かったね」


手首をハンカチとその辺に落ちていた棒で固定しながら、前回も右腕を折ってしまったことに気付いてシルヴィアは罪悪感でいっぱいだった。


(うわぁ……。理由を知らなかったとはいえ、最後の希望で挑んできた相手を何度も骨折させるなんて悪いことしたなぁ……。しかも、よく見ればまだ子供だし……、罪悪感で押し潰されそう……)


手首の固定が済んだ後、前回の右腕のことも謝っておく。あの時は意図して折った訳ではないが結果としてはそうなったので。


「……私も謝って済むとは思っていませんから、お気になさらないでください。最初はともかく、前回は死ぬ覚悟もしてましたから死なないだけでも拾い物です」


「君はもう少し年相応に振る舞っても良いと思うよ……」


健気な少女の頑張りに涙が溢れる。シルヴィアの中ではこの少女はもう身内のような認識になっていた。


「ところで、今更なんだけど私はシルヴィア・ラストソードって名前だよ。君の名前はなんて言うのかな?」


「私は……、ユーリ。ユーリ・アデレードと言います」


「ユーリか、良い名前だね。これからよろしく、ユーリ」


「はい……!私こそよろしくお願い……」


そこで不自然にユーリの言葉が途切れた。ユーリは顔を俯かせて、胸元を押さえている。不審に思ったシルヴィアがユーリの顔を覗き込むとその顔は脂汗と苦痛でいっぱいだった。


「ど、どうしたの?何か病気か、それとも私の攻撃が変なところに当たった!?」


「いえ……、そうではなくてこれは……ゴフッ!?」


苦しそうにユーリが説明しようとしたが説明の途中で口から派手に吐血した。何度も咳き込む度に吐血し、その血は炭でも混ぜたかのようにドス黒かった。

慌ててユーリの背中を擦るシルヴィアはその症状に見覚えがあった。それは思い出すのも嫌な記憶ではあったが。


「ユーリ。正直に答えて欲しいんだけど、君はあの魔法薬を使ったね?」


ユーリは口元に手を当てたまま、返事を言葉ではなく頷きで返した。その反応にシルヴィアは明らかな苛立ちを見せた。


(多分、ノーマンとかいう男に無理矢理飲まされたんだろうな。前に紙袋被った変なヤツと受け渡ししてた時は全部破壊したけど、その後でまた買ったのかな)


シルヴィアは内心に苛立ちを隠してユーリを優しく抱き上げた。体に力が入らないのかユーリはぐったりしたまま、されるがままだった。

ユーリを抱えてなるべく楽になれそうな場所を探す。通りは魔獣が怖いので不法侵入なのは理解しつつも、建物の中へと入っていく。(鍵は緊急事態と称して無視して扉を蹴破った)

ちょうどよくソファーがあったのでユーリを寝かせて血で汚れた口元を拭ってあげてから、シルヴィアは立ち上がった。


「じゃあユーリ、私は色々やることやってくるからここでジッとしててね?間違っても無理して動いちゃダメだからね」


「……はい、分かりました。シルヴィアさんも気を付けて……」


「うん、行ってくるよ」


ユーリに見送られたシルヴィアは通りに出ると、巨大な魔獣を目指して走り出した。




***



魔獣が減ったとはいえ、完全ではなく、少ないながらも街中には魔獣がうろついていた。だが、群れというよりはバラバラにはぐれた個体が偶然出会って合流したような群れらしき塊がちらほらとあるだけのようだが。

そんな群れというには統率の取れていない魔獣の集団に追われている人がいた。


「だあぁぁぁぁッ、しつこい!いい加減にしやがれッ!!」


「ギルバート、次の角を右。なるべく急いで」


「クソッ、キリがねぇな!」


ギルバートは背負ったアイシアの指示に従って角を曲がった。曲がる直前に前方から見えた魔獣は見なかったことにしたい。

ともかく、魔獣を避けて街中を逃げ回る2人は少しずつ巨大な魔獣に近づいていた。


「この辺には衛兵とか先生達は来ねぇのかよ」


「この辺りはあんまり人がいない区画だからだと思う。一般の居住区と学園が最優先のはず」


「まぁ、本当ならオレ達は寮で待機のはずだからな……。下手すりゃオレ達がここにいるの知らないんじゃねぇか?」


「ザックス達が無事ならそろそろ先生に捕まってると思う」


「それもそれでゾッとするけどな……。とにかく、魔獣に追い立てられてどんどんデカイ魔獣に近づいてるけど大丈夫なのか?」 


「相変わらず気持ち悪い魔力だけど、動き出す気配は感じられない。なんだろう、何かに制御されてる?」


「どうでもいいけど、動かねぇなら好都合だな」


「ギルバート、前から3体。気を付けて」


「はいよ」


アイシアの忠告通り、前方から3体の魔獣が勢いよく突っ込んでくる。ギルバートは速度はそのままに、真っ向から魔獣に向かって行った。

魔獣は耳障りな鳴き声を上げ、ギルバートとアイシアを喰らおうとするが、それが叶うことはなかった。

まず、我先にと先行する2体の魔獣にアイシアが氷の槍を容赦なく突き刺した。あっという間に氷像になっていく2体を最後の1体が余裕そうにかわす。

だが、ギルバートは足元の樽を思い切り最後の魔獣の鼻先目掛けて蹴り飛ばし、魔獣の動きを止めた。それから勢いはそのままで走り寄り、渾身の力で魔獣の頭を蹴り抜いた。魔獣の首はあっけなく折れ、そのまま明後日の方向に飛んでいった。


「ギルバートすごいね」


「アイシアもな。魔力は大丈夫か?」


「平気。魔力の量なら自信あるから」


ギルバートに誉められ、珍しく自慢気なアイシアに苦笑するがこれからどうしたものか。距離は離したが後ろからは魔獣が相変わらず追って来ているらしい。

もう、学園都市を一周して魔獣を衛兵のところまで連れて行こうかとギルバートが思った時、頭上から何かが落ちてきた。


「うおっ、なんだ!?」


「ギルバート、大丈夫。シェフィールドだよ」


「ご無事で何よりでした、ギルバート様、アイシア様。シルヴィア様はご一緒ではないのですか?」


「そっちも大丈夫そうだな」


足は止めずにそのまま並走するシェフィールドにギルバートも返事をする。とりあえず、同行していたはずのザックス達のことを聞いてみる。


「あいつらは?」


「ザックス様達でしたら既に離脱させました。魔獣の群れに遭遇し、アンスラウムという大型の魔獣が3体いましたのでそれの撃退後に離脱しました」


「あのデカイのか?よく撃退できたな」


「メリィ様のおかげでした。私の手持ちに不備があったために非戦闘要員だったメリィ様のお力を借りました」


「メリィの魔法って例の『人形劇』だろ?よくそんなので戦えたな……」


「それは同感でしたが、私達はメリィ様をかなり見くびっていたようですよ……」


何故か遠い目になったシェフィールドにギルバートとアイシアは首を傾げたがシェフィールドは説明する気は無さそうだった。


「それより、先ほど屋根を駆けている途中、遠目でしたが同じように屋根を走る人影が見えました。あの巨大な魔獣を目指しているようでしたが心当たりはありますか?」


「いや、心当たりとか言われてもあるわけ……、あるな。それ、もしかしたらシルヴィアかも知れないぜ?」


「シルヴィア様が?目的などは聞いてますか?」


「それはオレ達も知らねぇな。別れてからはずっと別行動だったし」


「あの魔獣を脅威と判断して先んじて処理しようとしているのでしょうか?」


「わからん。魔獣の近くにハンナがいるのかも知れないけど、直接聞かなきゃどうしようもねぇな……」


「真相はどうであれ、今は私達も前に進むしかありません。どこかで合流できると信じて進みましょう。この辺一帯に何故か魔獣が集まり始めていますので」


シェフィールドの言葉にげんなりしたギルバートは背負うアイシアを改めて背負い直した。


「クソ、ハンナのバカ野郎が……。見つけたらしばき倒してやる……」


ギルバートの愚痴にアイシアが小さく返した。


「寮に帰ったらみんな叱られると思うけど」


「それを言うなよ……」


更にげんなりしたギルバートにアイシアとシェフィールドはクスリ、と笑みをこぼした。



***



さて、ギルバートが愚痴をこぼした相手であるハンナが現在どうしているかと言うと、大ピンチであった。簡単に言えば命の危機である。

そんな彼女がどこにいるかと言えば、なんと巨大な魔獣の足元、瓦礫の隙間に潜んでいた。


「わぁ……、ハンナちゃん大ピーンチ……」


顔面蒼白で必死に気配を殺しているハンナは時折、ふざけた独り言を言わないとヤバいくらい緊張していた。下半身に力が入らなくなり始めているので、そろそろ座り込みそうになる。更に言うと何かが漏れそうで乙女のピンチでもあった。

何故、ハンナがこんな危機に陥っているかと言うと不幸な偶然だったのだ。

暗い通路を灯りを絞った魔石灯で照らしながら進んでいたハンナは出口を探していた。周囲は不気味なほど静まりかえっていて、ハンナは自らの立てる足音が響くことにビクビクしていた。

暗く、長い道を進むとようやく上へと続く階段を見つけてハンナが希望を見出だした顔になった瞬間、背後からドアの鍵が開く音がした。

悲鳴を上げそうのなった口を強引に押さえて目の前の階段を駆け上がる。そのまま上まで登り、突き当たりのドアを開けた先が現在の瓦礫の隙間だったのだ。


「今、動かれたらぺしゃんこなんだけど……」


幸い、背後のドアから人が来る様子はなく、魔獣は何故か沈黙している。すぐに見つかる心配は無さそうだができるなら早く逃げたい。寮を飛び出した時の勇ましいハンナの姿はどこにもなかった。

このままだと恐怖で狂いそうなうえ、乙女にあるまじき失態を晒しそうなので気を紛らわすついでに魔獣の観察をすることにした。


「こんな巨大な魔獣は見たことない……。それになんだか歪で継ぎ接ぎみたいな感じだなぁ」


ハンナはカバンから小型の望遠鏡を取り出すと細部の観察を始めた。


「……もしかして魔獣を何体も合成してる?所々に魔獣の手足が飛び出てるってことはそうなのかも。大きさから察するにざっと考えても100体くらいは使ってそう。

……んん?魔獣の首下辺りに何かがあるような……」


ハンナが望遠鏡を拡大させて首下を見ようとすると、突然後ろから両肩に手が置かれた。本気でビックリしたハンナは、文字通り飛び上がりかけたがそれを両肩に置かれた手に止められた。


「いやぁ、そんなオモチャでよく見えるッスね。あと、死にたくなければ大きな声は出さない方がいいッスよ?」


ハンナが首を動かして背後を見ると、先ほど会った紙袋を被った男がいた。ドアが半開きになっているのでそこから来たようだが全く音がしなかった。

ハンナがそっとカバンの中に手を入れようとするが男はそれさえも先んじて封じる。


「なんもしない方がいいッスよ。今は待機命令受けてじっとしてるッスけど、下手に音立てたら即座に潰されるッスね」


「……じゃあ私をここで殺して黙らすってこと?」


「しないッスよ、そんなこと。自分はそろそろ引き上げようって感じなんで旦那に見つかる前にトンズラするんスよ」


「私を見逃すの?」


「わざわざ殺す必要もないッスからねぇ。自分はただの調達屋ッスから、仕事が終わればさっさと帰るんスよ」


調達屋がヘラヘラと笑ったように見えたが頭に被った紙袋のせいでよくわからない。

ハンナが紙袋のことを聞こうとしたが、調達屋はそれを察して先に言葉を続けた。


「ま、そんな訳で自分はお暇するッスけどアンタはどうするんスかね?」


「そんなこと、アタシが知りたいんだけど……」


「あちゃー、なんてこった。それはかわいそうに。

それはさておき、自分は逃げる手段を持ってるんでなんとか頑張って逃げてみることッスよ」


「えぇ……、他人事なんだけど……」


「他人事ッスからねぇ?」


調達屋はもう一度魔獣を眺めてから、ハンナから一歩下がる。


「そんじゃま、旦那に見つかっても面倒なんでここら辺で失礼するッス。どこかで縁があったらご利用お待ちするッスよ」


「えっ!?ホントに帰っちゃうの?」


調達屋はヒラヒラと手を振って半開きのドアを抜け消えていった。目の前にいたはずなのに最後まで足音はなかった。

音もなく閉められたドアにハンナが未練がましく手を伸ばすが調達屋が再び顔を出すことはなかった。


「うそーん……」


ハンナが呆然とドアに向かい合っていると背後の魔獣が少しずつ動き始めたのが分かった。その巨体は身動きするだけで足元のハンナを擦り潰すだろうことは容易に想像できた。


「や、ヤバい!早くなんとか逃げなきゃ……」


慌ててドアへと逃げ込もうとした瞬間、魔獣の巨腕が地面へと勢いよく叩きつけられた。盛大に吹き飛んだハンナは瓦礫に全身を打ち付けながらも奇跡的に生きていた。……が、事態は最悪な展開になっていた。


「うぅ……、痛ぁい……。何がどうなって……?」


吹き飛んだハンナが全身の痛みに顔をしかめながら身体を起こすと目の前、15メートルほどの位置に魔獣の巨体がいた。


「はぇ?」


思わず気の抜けた声が出たがハンナにはそれが自分の声だということすら認識できなかった。

何故なら、魔獣の巨体にある無数の目がハンナをじっと見ていたからだ。ギョロリと一斉にハンナを見つめる目とハンナの目が合った。最早、ハンナに声を押さえるという発想はどこにもなかった。


「ヒッ……、イヤアアアァァァ!!」


恐怖と嫌悪感からあげた悲鳴を聞いた魔獣はそれに呼応してか、途轍もない音量の咆哮をあげた。半狂乱になりかけたハンナはとにかく逃げたい一心で立ち上がろうとするが腰が抜けて動けない。


「や、ヤダ……。早く逃げなきゃ……」


這いずってでも逃げようとハンナは必死に魔獣から遠ざかろうとした。なんの役にも立たないバッグが弾みで落ち、中身が地面にぶちまけられた。

その拍子にハンナの目の前に小さな人形が転がってきた。それは潜入した時、誰だかわからない人から渡されたものだった。あの時、彼は困った時に使えと言っていたことを思い出したハンナは人形を両手で握り込むと力の限り叫んだ。


「お願い、助けてーーーっ!!!!」


その瞬間、ハンナの手の中の人形が猛烈に発光し始めた。目を開けていられないほどに輝く人形に驚いたハンナは同時に自身の魔力が凄まじい勢いで減っていくのを感じた。


「な、ナニコレ!?」


驚きのあまり人形を放り投げた直後、人形が限界を越えて輝き、そして弾けた。

そして……、人形が弾けたその場に1人の騎士が立っていた。

騎士は全身を白銀に輝く鎧に包み、その腰には素人から見ても凄まじいほどの魔力が宿る、美しい装飾が施された剣が鞘に収まって提げられていた。

騎士は眼前で呆けたように倒れるハンナと巨大な魔獣を見ただけで状況を察したようだった。


「なるほど、察するに緊急呼び出しの御守りを使った訳ですね?ゼクスに渡したはずですが……、まぁ、いいでしょう。今は好都合だ。

お嬢さん、よく御守りを使ってくれた。我が主のため、感謝のお礼にこの一時は貴女を守る剣となりましょう」


「はぁ……、よろしくお願いします……?」


ハンナはどうにか言葉を絞り出すと猛烈な倦怠感に襲われた。この症状が魔力を急激に失ったことによる意識の昏倒だと思った時には遅かった。

静かに気絶したハンナを抱き上げ、近くの瓦礫にもたれさせる騎士。それからゆっくりと巨大な魔獣に相対した。


「なんと醜いことか……。こんなモノが我が主の街を蹂躙するなど、到底許せるものではない。万死に値する」


丁寧な口調だが込められた意思は凄まじいほどの怒気が含まれている。

騎士は腰に帯びた剣の柄を握るとゆっくりと抜いていく。その刀身が顕になるにつれ、剣に収まりきらなかった魔力が溢れて出た。


「本来ならこのような醜い相手に振るうべき剣ではないが、騎士として助けを乞われたならば応えぬ訳にはいかない。いきさつは知らないが我が御守りを持っていたというならゼクスが守れと言っているということなのだろう」


そこで完全に鞘から抜かれた剣は持ち主の意気に応じてか、魔力が激しく弾け、輝いた。


「さあ、来るがいい醜い魔獣よ。一時の仮初めとはいえこの少女を守りし我が剣に懸けて、そして我が真の主に懸けて、その醜い様を葬ろう。

これより後には何物も通さん。貴様を倒すこの剣の輝きをその濁った眼に焼き付けるがいい」


光輝く美しい剣の切っ先を向けられた魔獣は一際大きな咆哮をあげ、騎士へとその巨大な腕を振り上げた。



***



目指す先の魔獣が再び動き出したのを確認したシルヴィアは走る速度を更に上げた。マリアベル達から別れた地点が、目的地のちょうど真反対だったのはなんともツイていなかった。


「また動き出したね」


呟き共にシルヴィアは自身が走る屋根上から路上をチラリと見た。そこには学園の衛兵達が列を成して魔獣へと向かっているのが分かった。

シルヴィアの目的はあくまでハンナを確保すること。魔獣の始末は頼まれない限りは学園に任せるつもりだった。


「他の魔獣を警戒して進んでるから到着が遅れそうだなぁ。とりあえず、余裕があったら一太刀くらいは入れておこうかな」


これでハンナがあっさり見つかればいいが、見つからなければそれはそれで大変である。そもそも、ゲイルの言葉を信じてやって来たがそれさえもウソだったら骨折り損だ。

更に、ユーリとの約束もある。彼女の母親もどこかにいるらしいがそれに関しては手がかりすら無い。


「まぁ、そっちは最悪、ノーマンだっけ?そいつを締め上げるか」


ノーマンという魔法使いの力量がどれほどのものかはわからないがそれはどうでもいい。そこそこ有能そうな魔法使いであったが、ゲイルもユーリもいない以上は、最早敵ではない。死なない程度に殴って問い詰めてから学園に引き渡せばそれでいいか、と適当に考える。


「目下の問題はあの大きな魔獣だなぁ。アレはなかなか骨が折れそうだよ……」


巨大な魔獣とはそれだけで面倒だ。

強さはこの際関係ない。アレよりも強い魔獣など嫌というほど倒してきたからだ。

大きい、ということはそれだけ体も強靭になる。多少の例外もいないことはないが大抵は体の巨大さ=強さになるだろう。

今回は強さに関してはさほど重視していない。見たこともない魔獣だが遠目から見るに真っ当な魔獣ではないのだろう。もしかしたらいくつかの魔獣を合成でもして作ったのかも知れないがやはり、どうでもよかった。

どうでもよかったが、手間だ。大きい分、致命傷を与えるには相応のダメージを入れねばならないし、周囲への被害なんかも考えねばならない。


「せめて、『魔刃』があればもう少し楽だったんだけどなぁ。まぁ、無い物ねだりしてもしょうがない。地道に削るしかないかな……」


シルヴィアがうんざりしながら愚痴を溢したその時、途轍もない魔力が魔獣の近くから溢れたのを感じた。


「これは……、まさか『精霊武装』?なんでこのタイミングで……」


不審に思いつつもシルヴィアが更に速度を上げようと足に力を入れた瞬間、巨大な魔獣が莫大な光の中に飲まれた。それを見たシルヴィアは大いに焦った。


「こんなところで『精霊武装』の本気の一撃を出すなんて!あれだけでこの辺り一面が焦土にされちゃうよ!」


踏み込んだ足が危うく、屋根を突き破りそうなくらいになりながらもシルヴィアは全力で屋根を駆け、そして跳んだ。

屋根を滑走路に全力で跳んだシルヴィアは、途中で2回ほど着地と助走、再びの跳躍の後にようやくたどり着いた。


「はぁ、やっと着いた……」


「おや、貴女は?」


苦労してたどり着いたシルヴィアを迎えたのは光輝く剣を自在に振るう白銀の騎士とデタラメに暴れる魔獣だった。

騎士は魔獣の振るう腕を難なく回避し、ついでと言わんばかりに斬りつけている。


「君がその『精霊武装』の持ち主か。さっきの一撃で大分削れたんじゃないの?」


「いや、これはお恥ずかしい限りですが先ほどの一撃はギリギリで回避されまして。本当なら先ほどで全てを消し飛ばすつもりだったのですが、この醜い魔獣を操っている者が間一髪で避けさせたようです」


「そんなのホイホイ連発されちゃ、街が無くなるってば……」


「ご心配なさらず、街を壊すようなことは致しませんので」


「本当かなぁ……」


「本当ですとも。むしろ、街を少しでも壊そうという輩がいようものならこの剣で塵も残さず消しましょう」


清々しい笑顔で輝く剣を振るう騎士の言葉は紛れもない事実なのだろう。話の合間にも魔獣の振るう無数の腕を的確に斬りつけていた。


「ところで、貴女はどうしてここに?」


「ちょっと人探しにね」


「……ふむ。それは白衣を着て、眼鏡の少女でしょうか?」


「え、知ってるの?」


「ええ、私も偶然の出会いでしたが彼女を守護するために剣を振るっております」


「なんでそんなことに……」


「子細は私も分かりませんがこうなったのも何かの縁でしょう。私もこの醜い魔獣を消し去りたいと思っていたところでしたので、その機会を与えて頂いた彼女にささやかながらのお礼ということで守護しておりました」


「そうなんだ。よくわからないけど、ありがとう。それで、ハンナは何処に?」


「彼女でしたら私の背後の瓦礫に。魔力を急激に失ったので眠っていますが、大きな怪我はありませんでした。彼女を連れて早急に離脱をしてください」


騎士の言うとおり、彼の背後には瓦礫にもたれ掛かったハンナがいた。顔色は悪いが怪我は無さそうなのでシルヴィアは安堵した。

ハンナを抱き上げて騎士の方へと声を投げる。


「じゃあ、私は離脱させてもらうけど手助けはいるかな?」


「その言葉だけで結構。気を使う人がいなくなればあとは魔獣を消し飛ばして終了ですのでお構い無く」


「そうさせてもらうよ。……ん?」


シルヴィアは魔獣を騎士に任せてその場を離脱しようとしたが、その直前でこちらから隠れるようにしている魔法使いの男を見つけた。


「ちょうどいいや。あいつからユーリのお母さんのことを聞いておこうかな」


シルヴィアが離脱する途中で軌道を変えたことに、騎士は驚いたようだったが魔獣の相手に専念するようだ。援護するように魔獣の気を引いていた。

それに感謝しつつ、シルヴィアが魔法使いの男、ノーマンの隠れる場所まで一気に距離を詰める。

それにノーマンも気付いたようだが、シルヴィアにしてみればあくびが出るほど遅かった。


「なっ……、貴様はッ!」


「どうも、この間ぶりだね。ちょっと聞きたいことが……」


「死ねッ!!」


「ある……って、うわぁッ!」


シルヴィアの言葉を待たず、ノーマンが炎弾を飛ばして来る。シルヴィアは言葉の割に焦った様子もなく、軽々とかわした。


「こっちは人を抱えているんだから気を付けてよ」


「黙れ、私に何の用だ」


「ユーリから話は聞いたよ。彼女のお母さんはどこ?」


「ユーリだと?……あぁ、あの役立たずか」


ノーマンのバカにしたような言葉にシルヴィアが少しムッとしたがノーマンは気にせず続けた。


「その様子だとやはり失敗したか。ヤツはどうした?殺したのか?」


「君みたいな外道と一緒にしないで欲しいんだけど。ユーリは安静させてるよ」


「フン、しょせんは足止めがやっとか。薬もムダだったな」


「そうだ、その薬のこともあったんだ。まだ薬を持ってるなら全部渡してくれないかな?一つ残らず処分するから」


「戯れ言を……。お前はここで死ねッ!!」


ノーマンが繰り出す炎弾を再びかわしながらシルヴィアはため息を吐いた。ここまで話が進まないとは思わなかったからだ。

チラリと騎士の方を見るが余裕そうだ。なんなら、視線に気付いてこちらに手を挙げてもいた。


「どうしようかな。ひとまず、ハンナを安全なところに連れて行けばよかったかなぁ」


ヒラリと炎弾を避けた拍子にくるり回って周囲を見渡すと瓦礫の向こうに見知った顔を見つけた。


「あれ!?なんでこっちに来ちゃったの!?」


シルヴィアは炎弾を蹴って弾くと猛スピードでその場を離脱した。ノーマンは何かを叫んでいるようだが無視。どうせ大したことは言ってないだろう。

それよりもこちらの方が大事だった。


「ギルバート達がどうしてこっちに?なんか他の魔獣も来てるしどうしようかなぁ……」


そう、瓦礫の向こうに現れたのは少し前に別れたギルバート達だったのだ。状況から考えるに、魔獣に追われてこちらに来たようだが、どうするべきか。

とりあえず、ハンナを預ける相手が見つかったのは良かったと思って気持ちを切り替えよう。シルヴィアは半ば現実逃避のようなことを考えていた。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ