第1話 サボりとリンゴと銀の少女
学園都市とは、アストライア魔法教導学園を中心に広がる都市のことである。
アストライア魔法教導学園には幼等部から小等部、中等部、高等部がありそこから個人の希望で専門の分野へと進学していく。
就学が義務付けられているのは高等部までなので高等部を修了すればその先は自由である。
東西南北の4つの国から生徒が入学するため学園の規模はまさしく都市級だ。
ここに通う間は完全寮生活のため故郷に帰るのは学園の定める長期休暇か、不測の事態の時のみとなる。
都市の外へ出るには学園から発行された通行手形を4カ所ある大門のどこかに提出し、認められれば出ることが出来る。
逆に入る際も手形が必要だが学園の生徒は身分証にも使える学生証を提示すれば入れる。
許可なく学園の外へ出ると厳しい罰則が課せられるので普通は許可を取る。
学園都市全体の人数は大人より子供の方が多いためこうした罰則は至るところに設定してある。
そして罰則を多く課せられる生徒や普段の素行に問題があると判断された生徒は学園から要監視対象とされそういう生徒専用の学び舎へと移動させられる。
わざわざ厳しい罰則を自分から望む人はそれほどいないのであまり数は多くないのだがそれでも中には罰則などほとんど気にしない生徒もいた。
ーーー少年もまた、その1人だった。
本来なら学び舎で授業を受けている時間にも関わらず街を歩く少年がいた。
目的があるのか無いのか街をブラブラと歩く少年は噴水のある公園に入るとベンチに座り空を見上げた。
(平和だなぁ…)
公園で遊ぶ幼等部の子供達の声を聞きながらぼんやり空を見上げていると突然視界が何かに遮られた。
感触からすると誰かの手が目を隠しているみたいだった。
引き剥がして振り向けば答えはすぐに分かるが何しろヒマだったので考えてみた。
(…小さい手だな。それにスベスベしてるから女の子だろうなぁ…。
それに妙にヒンヤリしているから多分、アイツだろ)
短い時間で答えが出たので目隠しをされたまま恐らく背後にいるだろう相手に答える。
「アイシアか?」
「すごい。なんで分かったの?」
目隠しが解除されたので後ろを振り向く。
そこには想像した通りの少女が立っていた。
小柄な体躯に少し大きい制服、顔立ちは幼く小等部の生徒のようにも見える。
名前はアイシア・スノウヘル。少年の3つ年下の後輩だった。
アイシアはそのままベンチを回り少年の隣に座るともう一度訪ねた。
「なんで分かったの?私、しゃべってないのに。もしかして魔法?」
「魔法なんかじゃねーよ。アイシアは手が小っさいし、いつも冷たいから触れば誰だって分かるよ」
アイシアは自分の手をジッと見ていたが自分じゃ分からないらしく何度も首を傾げていたが飽きたのか少年を見上げてきた。
そういえば何故アイシアがここにいるのか不思議だったので聞いてみた。
「なぁ、アイシア。なんでこんなとこにいるんだ?今は授業中だろう?」
「ギルバートがいないから探しに来た」
まさかの自分が原因だった。少年…ギルバートはアイシアに向きつつどうしたものかと考える。
「アイシア、別にオレを探さなくてもいいんだぞ?お前はお前で授業を受けないとダメだろう?」
「ギルバートはいいの?」
「それは…、良くないけどオレはいいんだよ別にな。それよりアイシアの成績が悪くなっちまう方が大変だろ」
「課題のプリントは終わった。先生にも出した。後は好きにしてていいって言うからギルバートを探しに来た」
自分たちを受け持つあの適当極まる担任教師を思い浮かべながらいかにも言いそうだとひとりごちる。
とりあえずアイシアを教室まで送るかと結論して立ち上がる。
「分かったよ、アイシア。教室に戻るとするか」
「うん。早く行こう」
アイシアは小さく微笑むとギルバートの右手と手を繋いだ。
ギルバートは少し複雑な表情を浮かべたが振り払わずそのまま2人で歩き出した。
公園から歩き出してしばらくして大通りを歩いていると人集りができているのにギルバートは気付いた。
アイシアは興味が無さそうに視線を外すと通りのお菓子屋の方を見ていた。
「…ケンカか?まったく余所でやれってんだよな」
ギルバートは厄介事に巻き込まれないように人集りを避けて歩こうとした。
どうせならアイシアにお菓子でも買って帰ろうかと思ってたときだった。
今まで騒ぎに興味を示さなかったアイシアがふと、騒ぎに顔を向け呟く。
「…妙な魔力の反応がする。なんだろう、これ。すごい濃くて強い…?圧縮して出力を上げているの?」
「どうしたアイシア?なんか見つけたか?」
アイシアは人集りを指差してギルバートに言う。
「あっち。なにか妙な反応がする。
…行ってみたい」
「あっちって…。どうせケンカかなんかだろ?危ないから止めとけって。
酒かなんかで酔った大人が暴れてるんだよ、どうせな」
そんなギルバートの制止をアイシアは無視して歩き出す。手を繋いでいるのでギルバートも一緒に向かうことに。
仕方ないのでアイシアよりも前を歩き何かあっても守れるようにしておく。
人集りまで来てからその辺にいたおっさんに事情を聞いてみる。
「ちょっと失礼、何かあったのか?」
「ん?あぁ、酔っぱらいが若い姉ちゃんに絡んだんだよ。それでさっきまで揉めてたんだがね。
いきなり酔っぱらいの服がバラバラになっちまってな。手品みたいですごかったよ。
そんで酔っぱらいの連れが今騒いでいるところだよ」
アイシアが右手を何度も引っ張るので肩車してやりながらギルバートも騒ぎを覗いてみる。
人集りの中心にはパンツ一丁のおっさんとその周りにおっさん達が3人。こいつらが多分酔っぱらいだろう。
そしてそれと対峙するように立っていたのは美しい銀髪の少女だった。
手にはカバンだけで刃物は持っていないみたいだった。
頭の上のアイシアが小声で呟く。
「あのお姉さんから…?微かな残滓は感じるけどどういうこと?
周囲の散らばった服の断面からだけ魔力を感じる…?」
アイシアがボソボソと呟きながら首を傾げる。
ギルバートはあの銀髪の少女から感じる気配になんとなく違和感を感じていた。
2人で疑問符を浮かべて考えていると銀髪の少女が酔っぱらいに向かって喋り出す。
「酒に酔って気分が良くなるのは分かるが誰彼構わず触ろうとするのは失礼だと思うのだけど?
私もここに着いたばかりであまり騒ぎを起こしたくないんだよ。…もう遅いけど」
「うるせぇ!ちょっと姉ちゃんにお酌してもらおうと思って腕を引いただけじゃねぇかよ!それなのにこんな仕打ちをしやがって!」
「だったら同意を得た人にやってもらいなよ。私はひと休みしたら行かないといけない場所があるから相手はできないよって何度説明したら分かってくれるんだよ」
「だったら謝れよ!こっちはあんたのせいでエラい恥を掻いてんだ!」
「どうしてそういうことになるの…?」
酔っぱらいはめちゃくちゃな言い分で周りの取り巻きと一緒に騒ぎ出す。
少女の方は手元の懐中時計を見て焦っているようだった。
ギルバートが憲兵でも呼んで仲裁してもらおうかと考えていると頭上のアイシアがギルバートの頭をぺしぺし叩いて言ってきた。
「ギルバート、助けてあげて。あのお姉さんとっても困ってる」
「えぇ…?オレが行くのかよ。
憲兵にでも来てもらえばいいんじゃねーのかなぁ…」
文句を言いつつアイシアを乗せたまま騒ぎの中心へ向かうギルバート。…気乗りしないのか足取りは重かったが。
「あー、おっさん達よ。これくらいにして飲み直したらどうだ?
彼女も困ってるしさ、店のオヤジさんも困ってる。騒ぎを大きくし過ぎると楽しく飲めないんじゃねーのか?」
「…なんだよ、兄ちゃん。オレ達がまるで悪者みたいに言うじゃねぇかよ。
オレ達そこの姉ちゃんにちょっとお酌して欲しかっただけだってのによ」
「それは分かったけど相手の都合とかも考えようぜ。彼女もなんか急いでるみたいだし」
「だったらオレに恥掻かせたことの謝罪とバラバラにしちまった服の弁償してくれるならここは見逃してやってもいいんだぜ?」
「おっさん相当酔ってんな…」
とりあえずギルバートは穏便に済まそうと酔っぱらいを相手に話してみるが頭に血が昇ってるのかまともに会話が成立しない。
どうしたものかと考えていると頭上のアイシアがギルバートに意見があるのかまた頭をぺしぺしと叩く。
「なんだよ、アイシア。呼ぶなら叩くんじゃなくて普通に呼べよ。
…それでなんか用か?」
「頭、冷やす?」
アイシアはおっさん達を指差して短く言う。
「せっかくの提案だが却下だ。騒ぎの仲裁に来て氷漬けのおっさん量産とか何しに来たんだか分からねぇだろ」
「大丈夫、ちゃんと加減はするから」
「そういう問題じゃないんだよなぁ…」
「何をブツブツ言ってやがる!こっちを無視すんな!
…よく見たらそのちっちゃい嬢ちゃんも悪くねぇな。よし、あっちの姉ちゃんがダメなら嬢ちゃんがオレ達に付き合えよ。そうしたら姉ちゃんは許してやるからよ」
指名されたアイシアはキョトンとしているがギルバートは心底呆れた。
どんな理屈でそうなるのかが分からないので一応聞いてみる。
「なぁ、おっさん。アイシアがなんであんた達の相手しなくちゃなんねぇんだよ。関係ないのに巻き込むんじゃねぇよ」
「なんだと!?年上に向かってなんて口の利き方だ!ガキは黙って年上の言うことに従ってろよ!」
さすがにギルバートもカチンと来た。一歩距離を詰めようと踏みだそうとしたとき、今まで成り行きを見守っていた銀髪の少女がギルバートの前に出た。
「…さっきまではなんとか穏便にことを済まそうと思ってたけど無関係のこの子たちまで巻き込むならそうは言ってられないね。
おじさん、今からでも遅くないんだけどここは黙って下がってくれないか?」
「なに!?お前もオレを馬鹿にするのか!
…我慢ならねぇ!こっちに来いや!」
「おい、おっさん!いい加減に……」
ギルバートがおっさんに掴み掛かろうとしたとき銀髪の少女が片手で制した。
「ありがとう、私は大丈夫だから。済まないね余計なことに巻き込んでしまって。
そっちのお嬢ちゃんもごめんね」
アイシアは無言で首を横に振って心配そうな目で少女を見る。
少女はアイシアに微笑むと焦れてこちらを睨むおっさんの元へと進む。
「待たせたね。時間もないしサクッと片付けて終わりにしようか」
「またそんな口の利き方を…!ちっと美人だからって良い気になりやがって、痛い目に会わせて土下座させてやる!
おめぇら!手伝え!」
おっさん達は手にその辺に落ちてた棒や酒瓶を拾い身構える。
「いくぞお前ら、手加減はいらねぇぞ!」
ギルバートはアイシアを肩から降ろして間に割って入ろうとした。
ーーーその時、少女の姿がブレたと思ったら最初に立っていた位置から10メートルほど離れた場所に手刀を振り抜いた姿勢で立っていた。
一瞬の硬直の後、おっさん達の持つ武器がバラバラに細断されその余波に激しい勢いで吹き飛ぶ。
全員きれいに意識を刈り取られていて誰も起き上がる者はいなかった。
周囲の野次馬達もギルバートとアイシアも何が起こったか分からずポカンとしている。
そんな奇妙な静寂の中、少女は姿勢を戻して手を払う。…まるで剣を振り払うかのように。
「いけないな。久しぶりだったからつい力が入り過ぎてしまった。死んではいないだろうが念の為に医者に見せるべきかな?
…誰かこの人達を医者まで運んでくれないかな?」
少女の問いに周囲の者はすぐに反応できず少し経ってから近くにいた青年が答える。
「あ、あぁ。みんなで運んで行くよ」
「ありがとう、頼むよ。
…こんな騒ぎを起こして申し訳ないね。私がお金を出すからみんなで何か飲んでくれ」
少女の気前の良い対応に野次馬達から歓声が上がる。
少女は微笑むと財布からお金を出して食堂の店主に渡そうとするが店主は受け取りを拒否した。
「店の修理費とか迷惑料はこの酔っぱらいどもから巻き上げるさ。
それよりさっきのはなんだったんだ?アンタがやったのか?」
「まぁ、やったのは私なんだけどそんなに大したことじゃあないよ。
それよりアストライア魔法教導学園まで行きたいんだけど道を教えてくれないかな?」
「学園かい?…それだったらそこの兄さんと嬢ちゃんが生徒だよ。丁度いいから案内してもらえばいいんじゃないかい?」
少女は店主に指された方を向く。そこには先ほど少し話したギルバートとアイシアが2人で並んで立っていた。
少女はカバンを抱え直して2人の元へと歩み寄って行った。
2人は話をしていたようだったがアイシアが少女に気付き会話を止める。ギルバートもそんなアイシアの目線を追って少女に振り向いた。
少女は2人の前に立つと右手を差し出しながら挨拶をした。
「初めまして。
さっきは庇ってくれてありがとう。私の名前はシルヴィア・ラストソードと言うんだ、よろしく」
ギルバートは若干緊張しつつ握手に応えながらこちらもまた挨拶をする。
「お、おう。オレはギルバート・フロイスでこっちの小っさいのはアイシア・スノウヘルだ。こちらこそよろしく…?」
「初めまして、よろしく」
ギルバートは戸惑いながらも自己紹介をした。アイシアは短く挨拶をし、シルヴィアの手をジッと凝視している。
「うん、突然だけど君たちはアストライア魔法教導学園の生徒さんで合ってるのかな?
だったらちょっとお願いがあるんだけど…」
「確かにオレ達は学園の生徒だけど…、お願いって何だ?」
「…アイシアは私の手が気になるのかな?別にどこもおかしなところは無いよ。
…そう、お願いがあるんだ。その学園まで案内して欲しいんだよね。
今日の朝着いたばかりでまだ学園都市のことが全然分からなくて困ってたんだ」
シルヴィアはアイシアに手をヒラヒラとさせながら答える。
ギルバートは元々学園へ戻るつもりだったのであっさり了承する。
「構わないぜ。オレ達も学園に戻るところだったしな」
「ありがとう、助かったよ。
さっきのいざこざで約束の時間まで余裕が無くてね。早く行かないと相手を待たせちゃうから焦ってたんだ」
アイシアはまだシルヴィアの手が気になるのか左手を握ったり、指を1本ずつ動かしたりして話に参加しない。
シルヴィアもアイシアに好きにさせているので手のことには誰も触れない。
ギルバートはとりあえず進もうとシルヴィアに提案し歩き出す。
シルヴィアは左手をいじってたアイシアとそのまま手をつなぎギルバートに続く。
…なんとも奇妙な光景だった。
しばらく歩いたところで可愛らしい音が道を歩く3人の間に響く。
ギルバートが音の出所を辿ると頬をピンク色に染めるアイシアがシルヴィアと手を繋いでいない方の手でお腹を擦っていた。
そういえばそろそろ昼飯の時間だったと今になって気付く。
どこかで食べ物を買ってアイシアにあげるとするかとギルバートが周囲を見渡すがあいにく周りは工芸品やらしかない。
仕方ないのでアイシアには学園まで我慢してもらうかと思ったとき、シルヴィアが持っていたカバンからリンゴを取り出した。
「アイシア、これをあげるよ。学園都市に着いてから買ったから痛んだりはしてないはずだから今はこれで我慢してね?」
「いいの?」
「ああ。私はさっきの食堂で軽く済ませたし、なにより子供がお腹を空かしているのを見逃せないんだよ」
シルヴィアは微笑むとリンゴに細い指を当てる。ギルバートが不審に思うと次の瞬間目の前の光景を疑った。
シルヴィアがリンゴの表面を指でなぞるとそのままリンゴに切れ目が入る。あっという間に切り出すと種を取り除きウサギの形に飾り切りまでしてアイシアに渡す。
受け取ったアイシアはウサギの形になったリンゴをしげしげと見てから少しずつ食べる。
シルヴィアはそんなアイシアに微笑むと更に切り出し同じくウサギの形にするとギルバートにも差し出す。
「ほら、君もどうぞ。アイシア1人じゃあリンゴ1つは多いからね」
「あ、あぁ…、ありがとうよ。
なぁ、さっきのはどんな魔法を使ったんだ?指でなぞってリンゴを切るなんてどういう仕組みでやったんだ?」
「うーん…、厳密に言えば魔法じゃないんだけどなぁ…。どう説明したらいいんだろう?」
「魔法じゃないってどういうことだよ。普通の人間に仕掛けナシでリンゴを指でなぞって切るなんてできないぞ」
「そうなんだけど…。油断したなぁ、村では誰も驚かないくらい普通にやってたからついついやっちゃったよ」
シルヴィアは苦笑しながらまたリンゴを切る。アイシアに渡すとギルバートにまた話しかける。
「ちょっとムリかも知れないけどそういう特技の1つとして流してくれないかな?
私はあんまり目立つのは良くないからできれば忘れてくれるとありがたいんだけど…?」
「なんつーか、最初からワケありだとは思ってたけど結構ヤバそうな感じなのか?」
「…まぁ、かなり大変な部類かな。下手したら国際レベルの厄介事になるかも知れないから。
だから道案内が済んだらさっさと私のことは忘れてしまった方が安全かもね」
「あんだけインパクト残しておいて忘れろってムリな話だろ…」
シルヴィアは小声で「そうだよね…」と呟いて苦笑する。
いつの間にかシルヴィアの手元のリンゴはあと1切れになっており、アイシアはひたすらモグモグしていた。
「まぁ、関わるなって言うなら敢えて首を突っ込んだりはしねぇよ。どうせ道案内が終わったら会うことも無いだろうしな。
…ところで学園には何しに行くんだ?一言に学園って言ってもアホみたいな広さだからまた迷うかも知れねぇぞ?」
「そんなに広いの?…そりゃまぁある程度は広いんだろうな、とは思ってたけど」
「学園のどこまで行くのか教えてくれればそこまで案内するよ。どうせだったら最後まで面倒見るのが筋ってもんだからな。
…アイシアはどうする?」
アイシアは指に付いた果汁を舐めながら答える。
「ん、一緒に行く。お姉さんともっといたいから」
「ありがとう、アイシアは可愛いなぁもう!
…じゃあせっかくだから最後まで道案内をお願いしようかな。
目的地は学長室なんだけど分かる?」
「学長室?なんでまたそんなところに行くんだよ」
「それはね私の身元引受人がここの学長だからだよ。
今までは別のところで暮らしてたんだけどお世話になってた人がこの間永い眠りに着いたものだからこれからは学長にお世話になるという訳なんだ」
シルヴィアはほんの少し寂しそうな顔をする。
アイシアが再び手を繋いで尋ねる。
「大丈夫?」
シルヴィアはアイシアの頭を撫でると微笑んでから言った。
「大丈夫だよ。ちゃんとお別れは済ませたから平気さ。それにいつまでも落ち込んでると彼も心配するだろうしね」
ギルバートは2人のやり取りを見つつ先を促す。
シルヴィアも頷いてアイシアと手を繋いで歩き出した。
それから思い出したように2人に尋ねる。
「そういえば2人は授業とか言うものがあるんじゃないのかな?詳しくは知らないんだけどさ」
シルヴィアの疑問にギルバートは小さく呻く。そんなリアクションを不思議に思うとアイシアが答えを教えてくれた。
「ギルバートはサボり。いつも授業を抜けて街を歩いてる。
私はギルバートを探しに来てた」
「ふふっ。サボりは良くないね?ダメだよ、ちゃんと勉強しないと」
「ギルバートいつも怒られてる。今日も明日も補習あるから遊べない。
早く終わりにして遊んで」
ギルバートは2人から責められ思わずたじろぐ。
「そうは言ってもなぁ…。
授業はつまんねぇし教室は居心地悪いしで間がもたないんだよ」
アイシアは不機嫌な様子で頬を膨らますと小さな足でギルバートの足を蹴った。
だが、悲しいことに小さい上に力も弱いためまったく効果がなかった。
「やめろって、アイシア。悪いとは思ってるけどこのくらい我慢しろって」
「うーっ!」
アイシアは更に蹴るがギルバートのズボンが汚れるだけで相変わらず効果はなさそうだった。
シルヴィアは微笑ましげに見ていたがアイシアの息が上がり始めたのを見て仲裁に入る。
「ほら、一旦やめようかアイシア。女の子なんだからあんまりスカートが捲れちゃ良くないよ。
少し落ち着いて深呼吸しよう。…吸って、吐いて。
うん、落ち着いたね。じゃあギルバートに蹴ってしまってごめんなさいと謝ろうか」
アイシアは深呼吸して冷静になったのか少し落ち込んだようにギルバートに謝る。
「ギルバートごめん。いっぱい蹴ってズボン汚しちゃった。
本当にごめんなさい…」
「いや、オレも悪かったよ。
授業にも出るようにするし補習も片付けるからなんとかアイシアと遊ぶ時間作るからさ」
「…本当?ウソだったら氷漬けにしてかき氷にするから…」
「…なんつー恐ろしい上にとんでもない罰を課すんだよ、お前は…」
ギルバートはスプラッタな光景を想像したのか背筋を凍らせる。
2人のやり取りを見ていたシルヴィアが微笑みながら言う。
「ギルバートはそれがイヤならちゃんと授業に出ることだね。
アイシアもギルバートをかき氷にはしたくないだろうしね」
アイシアは小さく頷くが少し本気の目をしていた。
ギルバートは旗色が悪いと思い慌てて話題を変えることにした。
……決してアイシアの目にビビった訳ではなかった。
「と、とりあえずもうすぐで学園に着くけど許可証かなんか持ってるのか?
生徒は学生証で出入りできるけど」
「それなら大丈夫だよ。そういうのは全部揃ってるから。
…時間もなんとか間に合いそうだ」
シルヴィアは懐中時計をしまうと前を見上げる。
そこには立派な構えの門とその奥の広大な学園がチラリと見える。
カバンを抱え直しギルバートとアイシアに向かって言う。
「それじゃあ行こうか。ここの学長室まで」
***
門を抜け学長室のある教員棟へ向かう3人。シルヴィアは目に付く物全てが珍しいらしくギルバートにあれはなにかとしきりに尋ねる。
ギルバートは最初は答えていたが途中から面倒になったので今はアイシアに任せて先頭を歩いていた。
そこでギルバート達が所属するクラスの学舎の前を通ったときその前に立ち塞がる者がいきなり現れた。
「ギルバート!あんたまたフラフラとサボって今更戻って来たの!?
前にも言ったけどあんたがサボるとクラス長の私が怒られるのよ!
いい加減にしないと本気で怒るから!」
突然現れたのは長い黒髪に黒い瞳、スラッとしたスタイルの少女だった。
誰に聞いても美人と答えるような容姿だったが楚々とはほど遠い荒い言葉遣いに、全身から溢れる怒気。
……そして片手に持つ一振りの長刀が全てを台無しにしていた。
少女はそのままギルバートに近づくと襟元を掴んで思いっ切り前後に揺すり始めた。
「あんたが勝手に授業を抜け出す度に私が先生から文句を言われるのよ!
それなのにあんたは何度言っても抜け出して私を困らせる。もういい加減にして欲しいんだけど!
大体、あんたはいつもだらしなくて人に迷惑ばっかりかけて恥ずかしくない訳?
フラフラしてないでなんとか言いなさいよこのバカーーー!」
少女は一気に捲し立てると揺すられ過ぎてグッタリしてるギルバートを傍らに放り捨てると今更にアイシアとシルヴィアに気付く。
アイシアはいつものこととばかりに平然としていたがシルヴィアは気まずさをにじませ苦笑している。
「えっ、誰?やだ、恥ずかしい!ごめんなさい、お見苦しいところを見せてしまって。
…あんたのせいでまた恥をかいたじゃないのよ、もう!」
そう言って少女は倒れているギルバートを踏みつける。
…正しく、今日のギルバートは踏んだり蹴ったりであった。
少女の剣幕に驚いたもののシルヴィアは(若干引きつつ)挨拶をする。
「は、初めまして。シルヴィア・ラストソードって言う者だ。よろしくね?
そこで倒れているギルバートとアイシアに学長室までの道案内をお願いしていたんだ」
「初めまして、私は風斬朝霞と言います。先ほどは失礼しました。
…またあんたのせいで私が変な人に思われているじゃない!ちょっと引かれてるし!」
再びギルバートを踏みつける朝霞。
挨拶と謝罪と暴力を1度に全てこなすという荒技(?)を披露した朝霞はそこでまたシルヴィアに見られていることを思い出し赤面して一歩下がる。
「えーと、確かにサボりは良くないがそれでも暴力に訴えるのはどうかな?」
「初対面なのにフォローされるって……」
激しく落ち込む朝霞だったがシルヴィアが学長室までの道案内を2人に頼んでいたことを思い出す。
「そ、そうだ!学長室まで行くんですよね?それでしたらこのバカに代わって私がご案内します。
お時間などは大丈夫ですか?」
「うん、まだ少し余裕があるよ。
それならお願いしようかな。アイシアはどうする?」
シルヴィアはアイシアに尋ねるが先に朝霞がアイシアに指示を出す。
「アイシアはこのバカと一緒に次の授業に出なさい。あなたまでバカに付き合う必要はないんだから。
道案内は私が1人で引き受けます」
「やだ、お姉さんともっと一緒にいたい。
ギルバートも連れて4人で行けばいい」
「アイシア、ワガママを言わないで」
「やだ、みんなで行く」
朝霞がアイシアと問答をしている間にギルバートが起き上がる。
シルヴィアはギルバートを起こしながらどうしようか迷っていた。
「どうしよっか。私としては学長室に辿り着ければ誰が案内してくれても構わないんだけどな。
ギルバートはどうする?」
「痛ぇな、ちくしょう。いつも足蹴にしやがって…。
どうするって言ったってそんなもん、全員で行けばいいじゃねーか。
そんな下らないことで揉めてる余裕はないだろ?」
ギルバートは立ち上がると睨み合う2人に近付き両方の背中を叩いてシルヴィアの方へ向かせた。
…朝霞にはまた蹴られた。なぜだ?
「…そうね、確かに時間のムダだったわ。
アイシアもごめんなさい。ここまで来たら一緒に行きましょうか」
アイシアは朝霞の申し出に頷くと再びシルヴィアと手を繋ぐ。
ギルバートは深く考えずにボソッと呟く。
「…すぐにボコボコ蹴りやがって足癖の悪ぃヤツだぜ」
ギルバートがそう呟いた瞬間、朝霞はギルバートに強烈な蹴りをお見舞いするとそちらを見もせず何事も無かったように先頭を歩き出す。
太腿に大ダメージを負ったギルバートは蹴られた箇所を押さえて悶絶する。
「さて、バカは放っておいて学長室に行きましょう」
「うーん、仲が良いのも結構だけどほどほどにしないとダメだよ?」
シルヴィアは激痛に悶絶し未だに立ち上がれないギルバートを見て苦笑する。
朝霞を先頭に3人は歩き出しその少し後を痛みを堪えて立ち上がったギルバートが追いかけて行った。
***
道中多少のトラブルがあったので約束の時間にギリギリになってしまったがようやくシルヴィアは学長室まで到着した。
シルヴィアは扉の前で3人に頭を下げ感謝を告げる。
「ここまで案内をありがとう。
おかげで迷うことなく無事に到着できたよ。
今度ちゃんとしたお礼をさせて欲しいんだけどどうかな?」
「礼なんていらねーよ。どうせ道案内しただけだし騒ぎのときは役に立たなかったしな」
「失礼でしょ、このバカ。…ごめんなさい、こいつったら誰に対しても失礼な態度ばっかりで。
私も直すように言っているんですけど…。
ところで騒ぎって何?またなにかやらかした訳?」
「うるせーな、なんもしてねーよ。騒ぎは酔っぱらいにシルヴィアが絡まれてたってだけでそれも自分で解決してたんだよ」
再び2人で熱くなり始めたのを宥めてからシルヴィアはまだ手を繋いでいるアイシアに向かって言う。
「アイシアもありがとうね。村を出てから今まで1人旅だったから楽しかったよ」
「もう会えない?」
「どうだろうね?しばらくは学園都市にいるつもりだからもしかしたらどこかで会えるかも知れないね。
…私もここに知り合いがいないから寂しくなったら会いに行くかもね」
「私も会いに行く」
シルヴィアはアイシアを一撫でしてから3人に向き直った。
「3人とも改めて、ここまで案内ありがとう。約束の時間に間に合ったし、楽しかったよ。
またどこかで会おうね、さよなら!」
シルヴィアは学長室へと向かって歩き出し、扉の前でこちらに1度手を振ると学長室の扉をノックして入って行った。
シルヴィアが入ったのを確認してからギルバートは今がお昼だということを思い出す。
「そんじゃ、オレとアイシアは昼メシ食ってから午後の授業に出るけど朝霞はどうすんだ?」
「私もまだだから一緒に行くわ。あんたを放っとくとまたサボってどこかに行っちゃうから見張ってないと」
「私、オムライス食べたい」
3人は来た道を戻り、廊下の角を曲がって学食へと向かって行った。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。