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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
18/38

第17話  メリィとぬいぐるみと学園都市の姫

「ギルバート、あっち」


「はいよ」


抱えたアイシアが指さす方に向かって走る。ギルバートにはアイシアほど優れた魔力感知能力がないのでさっぱり分からないが、どうやらこちらの方向に合流すべき仲間がいるようだ。

時折、はぐれ魔獣と出くわすも魔獣が飛びかかるより前に、アイシアの生み出す氷槍が串刺しにしてしまう。


「なんか、思ったより魔獣が少ないな」


「多分、別のところでいっぱい集まってる。大きい魔力をいくつか感じるから先生と戦ってるのかも」


「ふーん、まぁ、こっちが動きやすくて助かるからいいか。……ったく、ハンナはどこに行きやがった?」


「ハンナは元々、魔力を感知しづらい」


「そうなのか?」


「普段から魔法薬ばっかり使うから近付かないとはっきりしない」


僅かに眉をひそめるアイシアはもどかしく思っているのだろうか。それとも、魔法薬に頼りきりのハンナに苛立っているのか。そこまでは分からなかった。

ともあれ、今は仲間との合流が急務である。アイシアがいかに膨大な魔力を持っていてもいつまでも任せきりではいけないからだ。


「次は!?」


「右に行って」


アイシアの指示に従って右に曲がる。遠くから小型の魔獣が走ってくるのを見ながらギルバートはひた走る。

今回もこれまで通り、飛びかかる前に地面へと縫い付けられた魔獣はそのまま氷像となった。その横をギルバートは駆け抜ける。

ふと、アイシアが遠くを見るような目をした。少ししてからギルバートの服を控えめに引っ張る。


「ギルバート、メリィが魔法使ってる」


「はぁ?メリィだと?」


「メリィだけじゃない。シェフィールドもガイもザックスもみんな。魔獣と戦ってる」


それを聞いた途端にギルバートは走る速度を更に上げた。ギルバートは自身にかけた身体強化の魔法を数段階に分けて使用している。今までは走るだけに専念していたので一段階目だったが速度を上げるために二段階目に上げたのだ。


「ギルバート……」


「心配すんな。あいつらだって魔獣程度じゃやられねぇよ」


そう言った矢先に目指す方向の建物が轟音を響かせながら倒壊した。



***



シェフィールドは表情を崩さない。それは仕えているローゼンハワード家の使用人としての誇りであり、真の主のミランダのためだからだ。従者が無様を晒せばそれは主の名誉に傷を付けることになる。それだけは絶対に許せなかった。

そんなシェフィールドは表情を変えないまま、ものすごく苛立っていた。煩い魔獣もそうだが、メリィのわがままが限界を超えたからだ。


「もうヤダ!メリィは帰りたい!」


「うるせぇ!お前がついてくるって言ったんだろうが、ギャアギャア喚くな!」


騒ぐだけで魔獣の対処に手を貸そうともしないメリィはひたすらに邪魔だった。シェフィールドやザックスの側でずっと悲鳴をあげている。

ガイは己の固有魔法である、狂化を使用中のため近寄れない。この状態のガイは周囲の認識が全て敵となるそうなので迂闊に近寄るとこちらまで攻撃してくるのだ。


「クソッ、次から次へとどんだけ湧いて来るんだよ!」


ザックスが罵声と共に風の刃を魔獣にぶつけ、切り裂く。耳障りな断末魔を残して魔獣は死んだが、その奥から別の魔獣が走ってくる。

小型の魔獣に対処していると何か巨大なモノが地響きをあげて迫っているのに気が付いた。いつもならもっと早く察知していたのだが、喚くメリィの声で警戒が薄くなっていたようだ。その事にシェフィールドは更に苛立つ。

やがて、建物の角から現れたのは二体のアンスラウムだった。やけに小型の魔獣が多かったのはこのせいのようだ。


「この局面で面倒な……」


「勘弁してくれよ……」


うんざりするシェフィールドとザックスを嘲笑うかのようにガイが居る方から更にもう一体、別のアンスラウムが現れた。魔獣を殴り飛ばしてガイが狂化を解除して戻ってきた。


「これ以上はまずい。どうにかしてここから逃げよう」


「どうにかって言ってもな……」


「前方のアンスラウム一体は私が仕留めましょう。手元に用意してある武器では全てに対処できません」


「じゃあ、後ろの二体はオレとガイで足止めか。周りにうじゃうじゃいるのも含めるとなると泣きたくなるな」


「まさか、これ程まで魔獣が入り込んでいるとは思わなかったので装備も最低限にしたのは痛手ですね」


3人が深刻な顔で話し合う中、蚊帳の外に置かれたメリィはシェフィールドのスカートを引っ張って言った。


「早く逃げようよ!メリィ怖いよ!」


「メリィ様、今は大事な話し合いの最中ですので静かにお願いします」


現れた3体のアンスラウムはお互いに牽制しているのか睨み合ったまま動かない。小型の魔獣もアンスラウムの指示待ちなのかこちらを取り囲んでそのままだ。


「全部の相手はムリだ。どうにかして突破するしかないぞ」


「せめて、もう少し戦力があれば良かったのですが」


「無い物ねだりをいくらしたってしょうがねぇ。死にたくなけりゃ意地でもなんとかするしかねぇからな」


ザックスが半分、呆れたように言う隣でガイは心配そうにシェフィールドに尋ねる。


「本当に一体、任せて大丈夫か?」


「一体だけならば。……ですが、本音を言えば、手持ちの武器が乏しいです。もっと早くハンナ様を見つけられると思っていましたから」


シェフィールドが本当に悔しそうに言う。ガイもこれ程ハンナの捜索に時間がかかるとは思わなかったので内心は同じだった。


「とにかく、無理だけは禁物だな。いざとなったらお前らだけでも逃がしてやるよ」


わざと明るく言ったザックスの口元は微妙にひきつっていた。録に戦闘経験も無い学生では無理もなかった。

そんな悲壮な空気を感じ取ったのかメリィが突然、立ち上がって言った。


「ヤダよ!みんなで帰ろうよ!」


「お前な……、それが難しいからいざという時のことをだな……」


「だったらメリィも戦うよ!」


ザックスの言葉を遮ってメリィが自身の肩から提げていたいつものカバンから何かを取り出した。それはおもちゃの楽器だった。


「お前、そんなもんで何を……」


続けてカバンに手を突っ込み、引っ張り出したのはメリィの自作の手のひらサイズのぬいぐるみが3つ。メリィの意外な趣味のひとつであるぬいぐるみ作りの成果だった。

それを全力で(本人にとっては)2体のアンスラウムに投げつけた。もちろん、距離が届かずに途中で地面に落ちたが。

突然の奇行に目を丸くする3人を後目にメリィは大きく息を吸い込んでおもちゃの楽器に息を送り込んだ。次の瞬間、発生した現象に言葉を失った。


「な、な、な……」


「これは……」


「まさか……」


3人の驚く声ににんまりと笑ったメリィが振り向く。その背後には先ほどのぬいぐるみが()()()して立っていた。


「これでみんなで帰れるね!」


「なんじゃこりゃあァァァ!!」


ザックスがガイとシェフィールドの分までまとめて叫んだところでメリィが再び楽器に息を送る。ぬいぐるみは思い思いのポーズで止まっていたがメリィの楽器が鳴った瞬間、勢い良く動き出した。

突如として現れた謎の巨大ぬいぐるみにアンスラウムでさえも動揺したのか初動が遅い。その隙にぬいぐるみは肉薄すると柔らかそうな腕を思い切り振り上げ、そのまま叩きつけた。


「!?!?!?」


巨大化したとはいえ、ぬいぐるみの拳で殴ったとは思えないほどの威力が炸裂し、アンスラウムはもう一体を巻き込んで豪快に吹き飛んだ。


「ウソだろ……」


いきなり始まったぬいぐるみと魔獣の怪獣大決戦に言葉を失うザックスとガイ。シェフィールドも普段の冷静さを忘れて呆気に取られていた。



***



「アハハ、ハハハハハハ!!!!なに……、これは……。フフフ、アハハハハハ!」


「お嬢様、落ち着いてください!はしたないですから!」



***



人知れず、覗き見していたとあるお嬢様が爆笑していることなど露知らず、メリィはそれはもうノリノリだった。


「やっちゃえー!」


時折、おもちゃの楽器に息を吹き込んではぬいぐるみに向かって手を振るメリィ。ぬいぐるみはそれに応えるように更に激しくアンスラウムを殴り付けた。小型の魔獣がぬいぐるみに飛びかかるも全く効果が無い。ぬいぐるみ相手なのだから当然だが。



***



ここで自らの成果にご満悦な彼女、メリィ・ロンダートについて少し説明しよう。メリィは小さい頃から手芸と音楽が好きだった。そんなメリィを両親は溺愛しており、様々な楽器や手芸の教本を手当たり次第に与えた。その結果、手芸と音楽の才能を遺憾なく発揮した上で、いたずらにも興味を出し始め、わがままを地で行く手のかかる子供へと成長した。

そんなメリィも学園都市へと行くことになり、少しは慎みを覚えるかと思われたが環境が変わっただけでわがままぶりは依然として変わらなかった。そして、当然の帰結として入学から僅か一月で要注意リストに名を連ね、実家に送られた始末書は歴代3位という不名誉を獲得したのだった。

そして、入学から3ヶ月、初めて行われた魔法実技の試験でメリィの特異性が明らかになる。それは初歩魔法の試験だったがメリィは早々に脱落した。試験の内容は指先に火を灯す、風を起こして物を浮かせるという簡単なものだがそれらができず、不貞腐れているメリィが教室の隅で暇潰しにやっていたことだった。

試験監督の教師が不貞腐れているメリィをフォローしようと近寄るとメリィが小さな音を奏でているのに気がついた。そう言えば彼女は音楽が好きだったな、と思った教師はその手元を何気なく覗き込んだ。そして息を飲んだ。

メリィは自作の小さなぬいぐるみを動かして踊らせていたのだ。

その様に驚いた教師はすぐにメリィに説明を求めたがメリィは質問の意味が分からず首を傾げるばかりで話にならない。焦れた教師はもう一人の試験監督に試験を任せ、メリィを学長室へと連れて行った。

そこで学長に事の経緯を説明し、メリィにもう一度やるように言って学長の前で実演させた。メリィは頭に疑問符だらけだったが言われた通りにやって見せると学長は難しい顔をして黙ってしまった。しばらく考え込んだ学長は慎重に自らの考えを語った。


「恐らく、音楽魔法の亜種だと思う。今までも音楽に魔力を乗せて他者に付与する者は少ないながらもいたんだ。あまりメジャーではないから知らなくても無理はない。

更に、今回とは少し違うが声楽魔法というのもあるね。こちらは音楽ではなく、声。特に歌声に魔力を乗せる魔法だ。

両方とも数の少ない希少な魔法で現在確認されている魔法使いも世界中で100人ほどだった気がする」


「なるほど……。ですが、他者に付与?物体に魔法をかけ、それを操るのではなく?」


「僕の知る限り、音楽で無機物を操る魔法は聞いたことが無いよ。物体を操る魔法自体は様々な種類があるけど、基本的に音楽、声楽魔法は他者への魔法効果を付与することだよ」


「では、新種の魔法ということでは……!?」


思わず立ち上がった教師を宥めて座らせる。学長と教師がメリィの魔法について話し合う中、当の本人は退屈そうにしている。


「まぁ、落ち着いて。確かに音楽魔法の分類の中では新種だろう。他者ではなく物体が対象で任意に操れる。これは魔法協会に報告する必要があるね」


「なんと……!では、早速協会に連絡を入れねば……」


「それは少し待って欲しい」


「……?なぜですか?これ程の素晴らしいことになぜ待つ必要が?」


「新種の魔法の協会への申請はあくまでも本人が行うことだよ。我々は確認をしたに過ぎない」


「ロンダートはまだ幼いですから我々が代わりに申請しても問題ないのでは?」


教師の疑問に学長は手を振ると退屈すぎて天井のシミを数え始めたメリィに向き合った。


「メリィ君、君の魔法はとても珍しいものなんだけど……、その自覚はあるかな?」


「ほぇ?」


シミの数に夢中だったメリィは気の抜けた返事をする。学長は苦笑しつつ、メリィの魔法について丁寧に分かりやすく説明した。

それを聞いたメリィはあまり興味無さそうにふんふん、と頷くだけだったが。


「新種の魔法を発見、若しくは開発するとそれを魔法協会に報告する義務があるんだ。それは必ず本人でなくてはならない。

つまり、メリィ君は自分の魔法を自分で報告しないといけないんだよね」


「メリィが?」


「そう、余程の理由が無い限り代理人を立てることは認められていない。いくつか理由があるが、今は置いておこう。

そして、本題はここからだ。君は協会に報告しなければならない。だが、君はまだ幼く、その魔法も未熟だろう。ならば、今はまだ『研究中』ということにして報告を遅らせることも可能だ」


「なっ!?」


ポカンとしているメリィとは対称的に教師はとても驚いた。新種の魔法の発見、開発は魔法使いの研究として当然のことであるし、協会に認められればそれだけで栄誉なことなのだ。それが分からない学長のはずが無いのにどうして報告を遅らせることを提案するのか。


「学長、それはロンダートの未来の栄誉を著しく侵害していませんか!?」


「これはメリィ君のことも考慮した提案なんだが……」


「学長なら協会に認められることがどんなに素晴らしいことか分かるでしょう?どうしてそのような……」


「いいかい?確かにそれはメリィ君にとってとても栄誉なことだよ。僕も本来なら協会への報告を勧めるさ。

でも、恐らくメリィ君はこの魔法を完全に扱っている訳ではないと思う」


学長は机の上に置きっぱなしのメリィが先ほど動かしたぬいぐるみを手に取った。何の変哲もないただのぬいぐるみだ。


「メリィ君、君の魔法でぬいぐるみはどれくらいの個数を動かせる?」


「それだけだよ?」


「時間は?長時間動かしていられるかな?」


「ううん。5分くらい」


メリィの回答に納得したように頷くとぬいぐるみをメリィに返した。


「聞いた通り、この魔法は更に成長するだろう。今はまだぬいぐるみ1つが限界だがこれから先、もっと多く、長時間動かしていられるようになるかも知れない」


学長は急いで魔法を報告するより『研究中』ということにして先伸ばしにし、メリィと魔法がもっと成長してからの方が良いと考えたのだった。それに、煩雑な手続きと協会の細かな質問にメリィが耐えられず、魔法を放り出してしまうことも懸念していた。

そんなこんなでメリィは歴代最年少での新種魔法を登録という快挙を棒に振ることになるが、その分自らの魔法を伸ばしていくことになったのだった。



***



学長の期待通り(?)、メリィは自分だけの魔法を自由に伸ばしていった。その結果が魔獣とぬいぐるみの怪獣大決戦だとは学長も思いもよらなかったが、ともかく、ノリノリのメリィに操られた巨大ぬいぐるみは2体のアンスラウム相手に猛然とその柔らかそうな腕を叩きつけていた。


「……………。ハッ!ボーっとしている場合じゃねぇ!デカイのをぬいぐるみが相手してる間に小さいのを潰すぞ。ガイ、お前は左でオレは右だ」


「あ、あぁ!」


あまりのトンチキな光景に呆然としていたザックスとガイは小型の魔獣を次々と倒していく。アンスラウムさえどうにかなれば小型の魔獣ならどうとでもなるのだ。


「それでは、私も動きましょうか」


前方の魔獣はザックス達と巨大ぬいぐるみに任せてシェフィールドは後方の魔獣の群れに向き合った。後方に陣取っていたアンスラウムはシェフィールドが1人で歩いて来るのに対し、低い唸り声で出迎えた。その唸り声は嘲笑うかのようだ。

シェフィールドとアンスラウムの距離が10メートルを切った途端に小型の魔獣が一斉に襲いかかった。その数は10体以上。後に残るのは食い荒らされた無惨な亡骸……かと思われたが実際にはそれと真逆の光景だった。


「11番」


シェフィールドが魔獣に襲われる直前、何かを呟く。その瞬間、シェフィールドを食い散らかそうとしていた魔獣は全てが首を落とされ絶命していた。

魔獣の死体が飛びかかった勢いのまま地面に落下するのを見もせずにシェフィールドは涼しい顔で歩いて来る。その両手にはいつの間にか長剣が握られていた。

アンスラウムは苛立たしげに咆哮をすると更に小型の魔獣がシェフィールドに襲いかかった。だが、結果は全て同じ。首を落とされた魔獣が大量に転がるだけだった。

シェフィールドは手にした長剣が刃毀れしているのに気付くと、それを投げ捨てて再び呟く。


「11番」


空間から滲むように現れた長剣を再び両手に持つとアンスラウムに右手の長剣を差し向ける。


「そろそろ終わりしましょうか。私もあまり手持ちが多くはないので」


そう言うとシェフィールドは驚くような速さで疾走した。アンスラウムは取り巻きの魔獣をけしかけるがすれ違う度に死体となって転がっていく。

とうとう、取り巻きが残り数体になったところでアンスラウム自身が動いた。その巨体と鋭い爪でシェフィールドを仕留めようと、一際大きな咆哮を上げた。


「うるさいですね。……11番、連続射出状態で待機。合図にて目標に射出」


アンスラウムが巨体を動かそうと一歩目を踏み出しかけたところに空中から長剣が現れ、アンスラウムの前足を深々と貫いた。たまらず、咆哮を上げ、地団駄を踏もうとするが他の足にも同様に長剣が突き刺さる。

アンスラウムが動きを封じられている間に取り巻きの魔獣は全てシェフィールドに仕留められている。なんとか脱出しようと暴れるが深々と突き刺さっている長剣はビクともしない。


「無駄です、と言っても通じませんか。ならばこれにておしまいとしましょう」


シェフィールドは両手の長剣を投げ捨て右手を空中にかざした。


「49番」


短く唱えた言葉と共に空間から異質な物が現れた。それは巨大な杭打ち機のような、又は巨大な手甲のようなどちらとも呼べない物だった。


「帝国製23型 魔導破城手甲。本来はゴーレムに装備させ、敵陣に突撃した後、壁や施設の破壊を目的とした大型対物兵器ですが重量軽減魔法や姿勢制御魔法などが使えれば個人の使用も可能ということです。……だからと言って本当に使う人はほとんどいませんが」


右手に巨大な手甲を装備したシェフィールドから遠ざかろうとするもアンスラウムの四肢は長剣によって縫い止められている。せめてもの抵抗、と牙をガチガチと鳴らすがシェフィールドは眉一つすら動かさない。


「まさか、購入したまま死蔵することになりそうだと思っていた物を使う場面が来るとは思いませんでしたね。使い勝手によっては追加購入も検討しなくては」


装備した手甲の具合を確かめるように動かしていたシェフィールドは勝手を把握したのかアンスラウムに向き直る。


「では、行きます」


短く言うと手甲のことなど関係ないというような速さでアンスラウムに疾走するシェフィールド。アンスラウムの目の前で大きく跳躍すると頭上に手甲を振りかぶった。

アンスラウムは真上に向かって最後の抵抗の咆哮を上げるが全く意味がなかった。

振りかぶった手甲を落下と共にアンスラウムに叩き付けたシェフィールドは手甲の機構を解放する合図を放った。


「インパクト」


その瞬間、爆音と共に手甲から射出された巨大なパイルバンカーがアンスラウムの頭を思い切り打撃した。咆哮を途中で強制的に中断させられ、更に頭を完全に潰されたアンスラウムは呆気なく絶命した。

打撃の反動で浮いたシェフィールドはそのまま着地する。その際、スカートを揺らさず、二の足を踏むこともないスマートな着地だった。

右手の手甲から伸びていたパイルバンカーがキリキリと戻り、同時に激しい放熱が行われる。それに顔をしかめたシェフィールドは手甲を外して再び空間へと収納した。


「威力は及第点ですが放熱と再度使用までの時間がネックですね。使用後は全体の点検と調整が必要でしょうし、放熱が激しすぎて服に匂いが着いてしまうのは減点ですね」


シェフィールドが手甲の感想を漏らしている後ろではぬいぐるみがアンスラウムのアゴを下からかち上げているところだった。その横ではもう一体のアンスラウムがぬいぐるみに首をねじ切られていた。とんでもないスプラッタである。


「ヤッター!!!さすがメリィのぬいぐるみ!魔獣なんて物の数では無いわー!」


返り血でドロドロのグチャグチャなぬいぐるみに何故かテンション爆上げのメリィ。ザックスとガイはドン引きだった。

やたらテンションの高いメリィに影響されたのかぬいぐるみ達は血塗れのまま、アンスラウムの死体を放り出して小躍りを始めた。見た目はファンシーなぬいぐるみなのでその様はかなり不気味だ。

ドン引きのザックスとガイ、テンションの高いメリィを見てシェフィールドはため息を吐く。本来の目的は魔獣退治ではないので難を逃れたならば早くこの場は離れるべきだ。


「皆様、魔獣は全て駆逐しました。ハンナ様の捜索に取りかかりましょう」


巨大なぬいぐるみが踊る、という奇妙な光景に少しげんなりしつつもシェフィールドが合流しようとした矢先、ぬいぐるみの頭が前触れなく、宙を舞った。

その瞬間、シェフィールドは全力でメリィに近づいてその襟首を強引に引っ張った。


「ッ!!」


「ぐえっ!?」


メリィの苦悶の声を無視してシェフィールドは眼前に立つ人物を見た。それはこの間遭遇したローブを頭から被った人物だった。その手には長剣が握られている。この長剣でぬいぐるみの首を落としたのだろう。

襟首を掴まれ、大人しくなったメリィをガイに押し付けてシェフィールドは眼前の相手と対峙した。


「先日ぶりですね。ぬいぐるみの首を落としたことと言い、メリィ様を迷わず狙ったことと言い、別人のようですが、いかがなされましたか?」


「……………」


「無視とは、お行儀が良くありませんね」


ローブの人物は長剣を捨てると懐からナイフを取り出し、シェフィールドに無言のまま、突撃した。

連続して繰り出されるナイフをシェフィールドは捌くが前回よりも狙いは鋭く、速い。更に死角への位置取りを意識しているのか体捌きも前回とは確実に異なっていた。

そんな相手を足止めするシェフィールドは背後のザックス達に振り向かないまま呼び掛けた。


「ザックス様達はシルヴィア様達と合流を!この相手は私が足止めして適当なところで撒きますのでご心配なく!」


ザックスは躊躇う素振りを見せたが結局何も言わないままガイとメリィを伴って離れて行く。自分の力量と小型の魔獣相手に疲弊した状況からの判断だった。


「12番!」


シェフィールドも同じくナイフを手元に呼び出し、応戦する。刃と刃がぶつかり、火花がいくつも散った。

以前は所々に隙があり、ナイフの技術もあまり高くはなかったように思ったが今回は明らかに力量が上がっている。刺突は鋭く、一撃の威力は重い。自分よりも小柄な体格なのにどこから出ているのか、とシェフィールドは思った。


「………………」


「くっ……!」


幾度目かの応酬の末にシェフィールドは相手に左腕を掴まれた。振り払おうとしたが予想外に強く、逆にそのまま投げ飛ばされた。


「ぐぅっ!」


「………………!」


倒れたシェフィールドに止めを刺そうとローブの人物がナイフを手に走り寄る。シェフィールドが急いで迎撃しようと口を開いた瞬間、凄まじい大音量と共に遠くの建物が次々と倒壊していった。遅れて爆風と土煙がシェフィールドとローブの人物の元に届いた。

思わず両者共に建物が倒壊した方を見た。


「何が……?」


「そんな……、まだ予定より早いのに……」


呆然としたように呟くローブの人物からシェフィールドは静かに距離を取る。呟かれた『予定』という言葉について聞いた。


「予定とは何ですか?」


「そんなことあなたには関係……、ゴフッ!?」


突然口元を押さえたローブの人物はそのまま膝を着いた。激しく咳き込む様子にシェフィールドが眉をひそめると懐から何かを取り出す。それは魔法薬のようなものが入った試験管らしきものでローブの人物はそれを一息に呷った。


「ハァ……ハァ……」


「あなた、それは……」


「関係……ありません……」


咳き込んだ拍子にローブのフード部分が脱げて素顔が露になる。見た目はまだ若く、年の頃は10代前半か。酷く顔色が悪く、先ほどまで激しいナイフ捌きをしていたようには見えない。

ローブの人物は再びフードを被り直すとシェフィールドから離れた。そのまま無言で走り出し、何処かへと消えて行った。


「……やれやれ、私も未熟ですね。手持ちの準備が不足していたとはいえ、あのような子供に遅れを取るとは。

それにしても、さっきの魔法薬のようなものはなんでしょうか……」


そこでシェフィールドは自身の姿を改めて見直す。魔獣の返り血と投げられた時の土埃で普段のシミ1つ無い完璧な装いからは程遠い。


「ハァ……、これはお嬢様の元へと行く前に着替えが必要ですね」



***



学園都市内、某所。その一室。


「姫様、調査に向かったゼクスが未だに戻りません。予定時刻を大幅に過ぎておりますが、いかがなされますか?」


「ゼクス君が?どこかで遊んでるのかな?」


昼間だと言うのにカーテンが引かれ薄暗い一室の中に男女の声が響く。薄暗い室内は燭台の火がいくつかあるだけで部屋のそこだけが煌々と照らされている。

男女の男の方、以前、シルヴィアが街で遭遇した黒ずくめの男が寝台に横たわる女に向かって膝を着いて頭を垂れている。

女の方は灯りが届いていないせいでほとんど暗闇に包まれているが当人は気にしていない様子だ。その暗闇から幼く聞こえる声で傍らの従者へと話しかける。


「いいな、私も外に行きたいよ……」


「……姫様、あまり某どもから離れないで頂けませんでしょうか。いくら体調が良い日に限るとは言え、姫様は本来ならベッドから降りて歩き回るようなことは避けて頂きたいのですが」


「え~……」


「勿論、お気持ちは十分に理解しております。御身がどれだけ外を渇望しているのか、某を筆頭に従者全員が分かっております。

だからこそ、今のような体調の優れぬ日ばかりはどうかご辛抱を」


「……分かった。ムドー君の言う通りに大人しくしてる」


多少、不承不承という風に姫様と呼ばれる人物は頷いた。ムドー、と呼ばれた黒ずくめの男は安心したように「恐れ入ります」とだけ返した。


「じゃあ、アルちゃんは?最近こっちに遊びに来てないし、ずっとベッドの上じゃ退屈だよ」


「申し訳ありません。アルバリア様は別件に掛かりきりということでしばらくこちらには来れない、とガラン殿から伺っております」


「最近、アルちゃん付き合い悪くない?」


「アルバリア様もお忙しいのでしょう。学長殿に早期解決を依頼しておりますのでもう少しだけご辛抱を」


ムドーの言葉に小さく不満を溢しながら姫様と呼ばれる人物はベッドの上で布団を被り直す。それを眠るサインと受け取ったムドーは音を立てずに立ち上がる。


「これから某もゼクスの元に合流致します。後のお世話はユーフェミアに任せますので何かありましたら彼女をお呼びください」


「うん、行ってらっしゃい」


ムドーが丁寧にお辞儀を返した後、音も無く気配が遠ざかる。扉が開いた音も移動した音も何も無かった。


「あ~あ、つまんない。私の街で好き勝手しないで欲しい……、ゴフッ、ゴホッ!?」


激しく咳き込む姫様と呼ばれる人物が口元を押さえた。その手指の隙間からは大量の血が溢れる。

苦しみながらもベッドサイドの呼び鈴をなんとか手に取るが力が足りず床に落ちた。しかし、その音ですぐさまメイドの格好をした女が現れた。


「姫様!」


「ゴホッ、大丈夫。どこかで街が大きく壊されたみたい。悪いけど着替えとベッドの直しをお願いできるかしら、ユーフェミア」


「かしこまりました。ルージェニアを呼んで直ちにお直し致します。姫様はお召し代えと入浴をしましょう。大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫。ムドー君達が帰って来る前に着替えなくちゃ。血塗れのままでみんなをお迎えできないもの」


ユーフェミアが手を二回、叩くと別のメイドがすぐに現れた。


「ルージェニア、姫様の準備が整うまでにベッドメイクをするように。姫様はこれから入浴をします」


「了解しました、姉様。姫様、入浴の用意は整っておりますのでどうぞ、ごゆるりと」


「ええ、任せたわね」


ルージェニアが腰を90度折って深くお辞儀するのに見送られて『姫様』はユーフェミアに抱えられて退室して行った。

扉が閉じてからきっちり、3分経った後、ルージェニアが指を鳴らす。その瞬間、輝く光の玉が周囲を明るく照らした。

それから目を見張るほどの速さであっという間にベッドを整えていく。血塗れのシーツや布団を手際よく剥がし、隣室に準備してある代えの物と交換する。ベッドメイクを完了するのに10分ほどしかかからなかった。

更に飛び散った血を1つ残らず拭き取り、落ちた呼び鈴を元の位置に戻す、室内の芳香剤をリラックス効果のあるものと交換する、そして入浴後の飲み物を準備するまでが一仕事なのだ。

ルージェニアが無表情に仕事をこなす様は淡々としているが彼女の内心はその真逆だった。


「……姫様のお身体に障るようなことを、よくもやってくれたな……」


聞いただけで失神しかねないような呪詛に満ちた声を漏らすルージェニア。彼女に仕事を与えて拘束しなければ今頃、街へと飛び出していただろう。ユーフェミアはその辺りもちゃんと理解した上で指示を出したのだった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。

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