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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
17/38

第16話  連斬と朝霞と魔獣の檻

2つの人影が振るう、刃と刃が激しくぶつかる音が通りに響く。

攻めるは学園の制服に身を包んだ女子生徒で、大陸ではあまり見られない、とある島国特有の細身の剣をまるで、自らの手足のように振り回している。その姿は優雅な剣舞を披露しているかのようだった。

対して、受けるは身体の要所を最低限守れるだけの防具を纏い、大柄な体格に似合わない繊細な動きで攻める剣を捌く、その界隈では知れた傭兵だ。

2人はお互いに寸分たりとも目を逸らさないまま、激しい剣戟を繰り広げていた。その最中でも傭兵、ゲイル・ジニアスは冷静に女子生徒、風斬朝霞の打ち込みを捌きながら同時に口を開いていた。


「まだ若いのにずいぶんと思い切りがいいな!オレから見ても筋が良い。お前さんは立派な剣士になれるぜ?」


「あなたに誉めてもらっても全然嬉しくありません!」


「そう、つれないこと言うなよ。オレが誰かを誉めるなんざ、あんまりねぇんだからよ」


幾度目かの打ち込みを防がれ、一度距離を取る朝霞。ゲイルは深追いはせずに大剣を肩に担ぐ。その余裕綽々の様に朝霞は歯噛みする。


(この人、とても強い……。あれだけ打ち込んでも平然と受けられるなんて)


朝霞とて、ゲイルを侮って見ていた訳ではない。たった一人で学園都市の保安部や警備員を相手に未だに無傷なのだから、かなりの腕前を持っていることは明らかである。だが、刃を合わせて改めて確信した。


「この人は達人レベルだ」


ありとあらゆる分野において、卓越した技術の持ち主というのは間違いなく存在する。それは学術、技術、武術で種類に違いはあれど確かに存在するものなのだ。

朝霞は今まで達人レベルの人と何人か会ったことがある。彼女の祖父は間違いなく達人で、担任であるマリアベルも名言こそしないが、実力は達人レベルだろう。学園の教師の中には他にもそのレベルに達していると思う人物はいるので思ったよりは多いかも知れない。

更に、最近クラスメートとなったシルヴィアは達人なのはもう確実だ。あまり、胸の内を語ろうとしないシルヴィアだが指導の合間に見せる実力は片鱗であるにも関わらず、底の知れなさを感じさせた。

ともあれ、朝霞は確信した。今の自分ではこの傭兵を相手に勝利することはできない、と。そうなれば取れる戦法は1つだけ。


「勝ちを捨てて、ここに縛りつける」


幸い、まだ相手はこちらに付き合って遊んでいる状態だ。業腹だがこの傭兵が本気を出したら何もできずに殺されて終わりだろう。自分のプライドはズタズタだが事実に対してできないことをやろうとしても死ぬだけである。それにここで相手を釘付けにできればその分、他への被害が抑えられると思えば多少は気持ちも落ち着いた。

荒れた息を整える中、手にした『連斬』を強く握りしめ、再び構えた。そこで思うのは『連斬』についてだ。


(『連斬』は斬れば斬るほど切れ味が上がる。それは今もちゃんと発動してる。でも、どうしてあの大剣に傷1つ付けられないんだろう?)


朝霞が自分の力量不足まで考え出した一方でゲイルも疑問を持っていた。


(あの細身の剣、確か、刀とか言ったか。オレの『剛刃』とあれだけ打ち合って刀身に撓みが1つも出ないとはどれだけの業物だ?あの嬢ちゃんがオレ以上の達人なら話は分かるんだが、どう見てもそれは無い。まさか、刀ってのは魔剣以上の耐久性を持ってるのがデフォルトなのか……?)


お互いに相手の武器が魔剣であることを知らないがために、相手の武器が特殊なものではないか?、と同時に考え出す2人。まさか、お互いの持つ武器が魔剣だとは思わない故に妙な混乱が生じてしまっていた。

しかし、朝霞はまだ疑問に思っている一方でゲイルはわからないことは棚上げにして目の前の相手に集中することにした。


「お前さんの武器については後で考えるとして。どうする、ここでギブアップするか?今ならまだ見逃してやるぜ?」


「……私はあなたに勝てない、それくらいは分かるわ。でも、だからといって一度抜いた刀を命欲しさに戻す訳にはいかないのよ」


「若いのに立派なことだがよ、命は大事にしろよ?オレは仕事柄、命の大事さはお前さんより分かってると自負してるから言わせてもらうが、プライドなんざ実際は邪魔なだけだ。いくら失敗しようが、命さえあればどうとでもなる。どんなに大層なこと並べようがここで死んだら意味ねぇだろ」


「確かにあなたの言うとおり、死んでしまっては元も子もないです。でも……、それでも!私は最後まで誇りを持ってあなたと戦うわ。それが私のわがままでも、私は絶対に引かない。勝てなくても、ここで引かねば死んでしまうとしても、この刀と風斬の名に誓って最後まで戦う。私はそれだけの覚悟を持ってここに立っているんです」


「…………」


朝霞の意地を聞いたゲイルは少しの間、沈黙した。それから息を吐いて目を閉じた。そしてゆっくりとその目を開けた瞬間、場の空気が変わった。

朝霞は突然変わった空気に数日前のシルヴィアとの手合わせを思い出した。そこで最後に当てられた殺気が今の空気と同じことに思い至った。

朝霞が身構えたのを見たゲイルは左半身を前に、『剛刃』を右肩に担ぐように構えた姿勢で止まった。その姿勢には一分の隙も見つけられず、射抜くような視線は朝霞の挙動を見逃さんとして瞬きすらしない。

お互いの距離は数メートル離れている。朝霞は『連斬』をいつもの慣れた姿勢で構えた瞬間、ゲイルが動いた。


「!?」


反応できたのは正に幸運だった。無意識に『連斬』をゲイルの『剛刃』の軌道に滑り込ませたのは、達人であった祖父と先日のシルヴィアとの手合わせの経験があったからだ。それが無ければ今頃、朝霞の胴体は真っ二つになって地面を転がっていたに違いない。

だが、斬撃を防げたと言えども衝撃までは防げなかった。強烈な衝撃に堪えることもできずに朝霞は横手の建物の壁を突き破っていった。


「がっ……、ぐぅ……」


全身の激痛に喘ぐ中、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。周囲をろくに確認しないまま、無我夢中でその場を離れると、たった今いたところにゲイルが振り下ろした『剛刃』が突き刺さった。


「ゴホッ!三の……型、打ち風!」


距離を取りつつ、苦し紛れに放った技を容易く防がれる。だが、僅かでも稼いだ時間で建物から脱出する朝霞にゲイルは手加減の無い追撃を続ける。


「フンッ!!」


「ぐうっ!」


なんとか防ぐが、またしても衝撃に耐えられず地面を転がされる。全身の猛烈な痛みにうずくまりたくなる朝霞だが止まってはいられない。痛みを無視して強引にその場から離れる朝霞にゲイルは尚も『剛刃』を振るう。


「オラァッ!!」


「くっ、一の型、断ち風!」


容赦のない振り下ろしを技で受けるがやはり、受けきれない。あまりの重さに思わず膝をついた朝霞はゲイルを見上げる形になった。

不意にゲイルは朝霞を押さえつけながら話しかけてきた。


「なぁ、お前さんよ。その技は誰から習った?」


「……誰って、当然実家の師範代に決まっているでしょう……!」


「じゃあ、あの銀髪のおっかないのはお前さんの姉弟子かなんかか?練度は天と地の差ほどあるが同じ流派だろ?」


その言葉に朝霞はシルヴィアがこの傭兵と既に戦っていることを察した。天と地の差、という一言には苦い思いを抱いたがそこは大事ではない。


「まさか、シルヴィアさんを……」


「シルヴィアっていうのか。まぁ、早とちりすんな。前に2回やりあったんだがな、どっちも時間切れで勝負はおあずけなんだわ。お前さんの技がどうもあの嬢ちゃんと似てる気がしてな、ちょいと聞いてみただけだ」


「……今、この街にいる同じ流派の使い手は私とシルヴィアさんだけです。型が同じというなら恐らくシルヴィアさんだと思いますけど、シルヴィアさんは姉弟子ではありません」


「そうか、まぁ、深い意味はねぇんだ。ただの世間話みたいなもんさ。そう言えば、シルヴィアってのは少し違う技だったな」


「……?技が違う?」


「あぁ、基本的には同じ型なんだろうがな?なんて言ってたかな……、そうだ、秘剣とか言ってたな。お前さんも使った技の複雑になったようなもんだ」


「秘剣……」


ゲイルが何気ないように言う言葉に朝霞は絶句した。彼が言う秘剣とは風斬活心流の秘伝で、師範代にしか教えられない門外不出の奥義だからだ。

ここに来て、朝霞は確信する。シルヴィアはどういう訳か知らないが400年前から生きている。そして、これまでの話しぶりから恐らく初代である風斬菖蒲から教わったのだろう。一体、どういう訳で流派の違う人に教えたのか分からないが実際に使っている以上、そうなのだろう。

朝霞の表情で察したのかゲイルは気まずそうに言う。


「もしかして、言っちゃわりぃことだったか?」


「いえ、そういうことじゃないです。けど……」


「よく分からんが気にすんな。お前さんは筋はいいが、シルヴィアと比べるまでもないからな。秘剣、なんて大層な呼び名なんだ。会得するのは達人レベルじゃないとダメなんだろ?受けたオレが言うんだから間違いないぞ。

……だからここは退けよ。意気込みに応じて少しばかり本気を出したが、もう分かったろ?お前さんじゃオレの相手は無理だ」


ゲイルの下手くそな慰めには自分でも意外なほど傷ついたし、その後のフォローはフォローになっていないしで散々だった。打たれ弱い人ならここで挫けただろう。だが、朝霞はどれだけ言われようとある一点は譲れなかった。

今なお、押さえつけられながら少しずつ立ち上がる。それに気付いたゲイルは意外そうに口笛を吹いた。


「確かに、私は未熟です。秘剣も使えないし、シルヴィアさんにもあなたにも及ばない。でも、それを理由に引き下がる訳にはいかない!私がここで引けば、あなたは他の人を傷付ける。それは絶対に見過ごせない。何故なら……」


先ほどまで片膝を着いていたにも関わらず、今はゲイルの剣を受けながら立ち上がっている。全身に魔力が回り、身体能力を底上げしているのだ。魔力を過剰に昂らせた際の特徴である、魔力の揺らぎが全身から立ち上る中、朝霞は宣言した。


「何故なら、私がそう誓ったからだ!この剣を手に取った瞬間から私は、誰かを守るためにこの『連斬』を振るうと決めたんだ!!」


「おおっとぉ!?」


朝霞が思い切り弾いた『剛刃』を再び構え直す。既に朝霞は動いていた。


「一の型、断ち風!」


「フンッ!!」


朝霞の一撃を『剛刃』で受けるがそれは予想していたのだろう、防がれた反動で浮いた『連斬』をそのまま次の型で振るう。


「五の型、乱れ風!」


「ぬおおおっ!」


初めて見る型にゲイルは驚いた。振るう斬撃が止まらないのだ。


「なんっ、だっ、こりゃあ!」


連続する斬撃はそこまで珍しくはない。達人ともなれば同時に複数の斬撃をしてくる相手も稀に存在する。ゲイルも今まで闘った相手にもいたのだ。

だが、朝霞の放つ連続の斬撃は違う。止まらないのだ。更に回数を重ねるにつれ、朝霞の動きが洗練されていく。同時に朝霞の持つ剣の切れ味も上がっているようで、掠めた防具はバターのように斬れていった。

ゲイルは初めて朝霞に危機感を覚えた。先ほどまでの朝霞とは確実に違う。ここで倒さねばこちらがやられる、と明確に意識した。

一瞬で全身に魔力を行き渡らせると『剛刃』を無理矢理、振り回して朝霞を弾き飛ばした。しかし、それでも朝霞は止まらなかった。


「四の型、突き風!」


「一の型、断ち風!」


「三の型、打ち風!」


何度、弾き飛ばしても止まらない。むしろ、弾き飛ばされるのも予定された動きの一つのように寸分の乱れなく技を放ち、動き回った。その様は立ち上る魔力、流れる黒髪、煌めく『連斬』の全てが組合わさった華麗な舞踊のように見えた。

その舞踊に僅かに目を取られたゲイルは朝霞が必殺の間合いに入ったのと、決め技を放とうとしているのに気付いた。


「オレもやられっぱなしってのはガラじゃねぇんだよ!」


その瞬間、『剛刃』に大量に魔力が注がれた。溢れた魔力は陽炎のように刀身の周囲で揺らめいた。残像を残すほどの勢いで振るわれた『剛刃』は必殺の威力を秘めている。

そこに朝霞は更に速度を上げ、『連斬』を構えて突撃して行った。それにゲイルは獰猛そうな笑みを浮かべ、柄を握る手に一層力を込めた。


「更に速さを上げるのか!面白ぇ、来い!!」


的確に振るわれる『剛刃』を掻い潜りながら朝霞は歯を食いしばる。先ほどから何故か目に見える景色が鮮明で、ゲイルの細かな挙動も見逃さないのだ。

今の自分が明らかに無理な動きをしているのが分かるが、頭はどこまでも冴え渡り、身体の芯から常に熱い何かが全身を駆け巡るのが心地好かった。

全身が未だかつて感じたことがないぐらい、絶好調な中で朝霞は僅かなチャンスを見出だした。『連斬』を上段に構え、飛び上がる。それに気付いたゲイルは渾身の力で技を放った。


「六の型、砕き風!」


「烈破!」


両者の技がぶつかり、途轍もない衝撃が周囲の建物の窓ガラスを粉々に砕いた。振り下ろされた朝霞の技をゲイルが『剛刃』で打ち返すように受けた。一瞬、その状態で静止したようになったが体重の軽い朝霞はそのまま弾き飛ばされるが、空中で姿勢を整えると街灯に着地し、再びゲイルに突撃を仕掛けた。


「四の型、突き風!」


「うらぁっ!」


突きをガードされたにも関わらず、弾かれた反動で更に加速する。最早、朝霞が足を止めることはなくなっていた。

止まらない朝霞の猛攻にゲイルは的確に対処しながらも、冷静に状況の把握に努めていた。 


(いくらなんでもデタラメすぎる。オレの挑発に奮い起ったのは見りゃ分かるが、だからと言ってここまでになるか?)


今の朝霞の状態は、はっきり言って異常だ。ゲイルが挑発する以前は全てにおいて劣っていたのに、今では完全に主導権を握っている。

確かに、相手の挑発や危機的状況で思わぬ力を見せる人間も稀にいるのだ。俗に言う、火事場の馬鹿力などがそれに当たるか。

しかし、そういうのは一瞬の爆発力などが一般でここまで持続的に能力が向上し続けるのは見たことがなかった。

そこで朝霞の五の型を捌きつつ、ゲイルは一つ試してみる。それは、小さなフェイントを各所に織り混ぜることだ。戦闘開始直後は引っ掛かるか、ギリギリ回避するかのどちらかだったが、今は違う。どんどん高速化していく戦闘の中で僅かな予備動作からフェイントを完全に見切られているのだ。


(この嬢ちゃんの元々の技量は年相応より若干上ってところだな。身体強化の魔法で底上げしたとしても、オレには及ばないはずだ。だとすれば……)


ゲイルはわざと激しく地面は抉った。予期せぬタイミングで上がった土煙に朝霞は一瞬だけ身体を強張らせる。そして、その一瞬が勝負を分けた。


「フンッ!!」


ゲイルは土煙の向こうの朝霞を的確に捉えていた。反応の遅れた朝霞は土煙の向こうから放たれたゲイルの鉄拳をモロに腹にもらった。


「ガッ……!?」


砲弾でも直撃したかのような衝撃に朝霞は耐えられずに豪快に吹っ飛んだ。そのはずみで『連斬』も手から離れる。優に数メートルは飛ばされ、地面に落下した後も受け身を取れずに転がった。

早く起きねば、と朝霞は身を起こそうとしたがその瞬間、全身を激痛が走り、口からは大量の血反吐を吐き出した。


「ゲホッ、ゲホッ!……こ、これは……?」


先ほどまでの鮮明な視界も身体の芯から溢れる熱も無く、今は猛烈な激痛とぼやけた視界、凄まじい倦怠感と寒気が朝霞を襲っていた。吐き気を堪えられず吐けば血ばかりで、更に身体中に大小様々な裂傷が走り、そこかしこから出血していた。


「な……、なにこれ……」


ぼやけた視界で震える手を挙げようとするが指先が辛うじて動く程度で、倒れたまま動くこともできなかった。

そこに『剛刃』を肩に担いだゲイルが歩いてくる。ゲイルは動けない朝霞を一瞥してから道に落ちている『連斬』を睨んで言った。


「どうしてお前さんがいきなり絶好調になったか。自分で分かってるか?」


「……?」


「分からねぇ、ってツラしてんな。っつーことは無自覚か。

……いいか?お前さん自身が自分を強化したんだったら話は早いんだが、そんなに単純じゃないんだな、これが。

お前さん自身ではないなら当然、他の要因な訳だが、考えられるのは魔法薬、魔法具、武器の付加能力、あとは……隠れた味方の援護辺りか。他にも挙げられるが、こんなもんだろ」


指折り数えて挙げるゲイルはそこで一度区切った。朝霞の反応が弱いため、生きているかを確認するためだ。


「よしよし、まだ生きてるな。真剣勝負の相手とは言え、ガキに死なれると後味が悪いからな。

話を戻すぞ。さっき挙げた中では薬と援護はナシだな。そんな素振りは無かったからな。魔法具の線はアリだろうが、見たところそれも薄そうだ。それなら残るのは武器だけだ」


ゲイルは道に落ちている『連斬』を拾うと軽く振って調子を確かめている。柄を握る手に僅かながら反発があるのを確認すると傍らに突き立てた。


「オレのもそうだが武器の中には持ち主に色々な効果を及ぼす物が多々ある。強化だったり、治癒だったり、はたまた呪いだったりな。お前さんのも持ち主に強化を与える剣なんだろ。

それで、だ。どうしてお前さんがそんな状態になってるか、と言えば、単純に強化に身体が追いつかなかった。そんなところだと思うぜ」


そう言ってゲイルは倒れる朝霞の手を取って制服の袖を捲り上げた。朝霞は抵抗しようとするも途端に激痛に襲われ、うめき声をあげるだけに終わった。そんな朝霞を無視して腕の状態を診ていたゲイルは確信したように頷くと袖を戻して手を下ろした。


「お前さんは身体中が内側から破裂したような状態になってるんだが、これは魔力が暴走したときによく見られる症状でな?未熟な魔法使いが無理して魔力を起こそうとするとやらかすことだ。後で医者にちゃんと診てもらえよ。

どうしてそうなったか、と言えば、ここからはオレの推測になるが……」


そこで傍らの『連斬』に目を向けた。


「こいつの過剰強化だと思う。こいつにどういう能力があるのかは知らんが、速度の上昇と見切り辺りじゃないか?それにお前さんが着いていけなくなったのが原因だと睨んでるんだが……。その様子だとお前さんも分からねぇみたいだな」


ため息を吐いて『連斬』を見るゲイルに朝霞は途切れ途切れに問いかけた。


「私を……殺さ……ないの……?」


「あぁ?やめてくれ。ガキを殺す、なんて寝覚めが悪いこと誰がやるか。仕事の依頼に入ってりゃやるが、今回はそんなこと含まれてないからな。オレの今の仕事内容は邪魔する奴の足止めだ」


ゲイルは心底嫌そうに吐き捨てる。どうやら本当らしいがどうして足止めなんて回りくどいことをするのだろうか。視線に気付いたゲイルが面倒そうに手を振った。


「別に特別な思惑がある訳じゃねぇ。オレの雇い主の計画を邪魔されないようにできればどうだっていいんだよ。あっちで伸びてる連中もあちこち骨折くらいはしてるだろうが動けないならそれで十分だ。無駄に殺す必要は無い」


そこまで言ってゲイルは不機嫌そうに顔をしかめた。余計なことを言ったと思ったのかも知れない。朝霞は重くなり始めたまぶたを必死に持ち上げながら思った。この人はそんなに悪い人ではないかも知れない、と。

そこで不意に上を見上げたゲイルが呟いた。


「お迎えが来たみたいだぜ?もう寝てろ」


「……?」


疑問に思うがもう限界だった。ゲイルの向こう側に誰かが来たらしいがそこで朝霞の意識は落ちていった。



***



ところで、特別科の面々が捜索しているハンナがどこへ行ったのか。現時点で正確に把握している者は誰もいなかった。ただ、朝霞だけは途中まで同じ道を追跡していたので近かったのだが。そんな人騒がせなハンナが現在どうしているのか、それを説明しよう。


簡単に言うとピンチに陥っていた。


そんなピンチな状況のハンナは物凄く獣臭い部屋の片隅で小さくなって隠れていた。


「……うーん、まさかこうなるとは……」


苦々しく呟くハンナはハンカチで鼻を覆って獣臭を堪えながらこれまでの経緯を思い出す。途中までは上手くいっていたと思うがどこでしくじったかと言えばあの時点か、と思う。

ハンナは通信魔石の解析結果から、サイラスの連絡相手が居ると思われる場所を割り出していた。そこへ行くための道筋も既にシュミレーションしていたので特に苦は無かった。強いて挙げれば己の体力の無さだがそこはなんとか乗りきった。

以前、偶然手に入れた学園都市の地下通路の地図は誰にも言ってない。地図の存在を知らない級友達はすぐには追いつかないという確信があった。

ともあれ、目指す学園都市北部の廃棄物運搬施設まで行く道筋もしっかり地図に載っていたので順調に暗い通路を突き進んだ。

長い道のりを踏破し、息を切らせて到着したのは古い梯子で途中にいくつかあった物と同じだ。ハンナは知らないがこの後、朝霞はこれより大分、手前の梯子を登っている。この時点で体力をかなり消耗していたが、可愛い後輩の顔を思い出して己を奮い起たせると梯子を登って天蓋を持ち上げた。

ここで引き返していれば良かったとハンナが後悔するのは苦労して身を持ち上げて、部屋の様子を観察してからだった。


「なに、この臭い……。犬か何かでもいるの……?」


とんでもない臭気にハンカチを鼻に当てる。部屋は薄暗く、なにやら大量の大きな箱らしき物で埋め尽くされているようだ。

暗さにうんざりしたハンナは携帯用の魔石灯を取り出し、灯りを点けようとしたところで誰かが部屋に入ってくるのを察した。


「……!?や、ヤバい……」


慌てて魔石灯を隠して箱の陰に隠れたところで何者かが部屋の扉を開けた。廊下の明かりが部屋に入り、若干明るくなったことで辺りを見回したハンナは思わず声をあげそうになった。

自分が隠れていた箱はてっきり、木板で隙間無く作られていると思っていたら実は小窓が付いていたのだ。そこから偶然に中が見えてしまったために慌てて口を抑えた。

中には魔獣が入っていた。どうやってかは分からないが魔獣は箱の中で大人しくしているようだ。


「なんで魔獣……?寮でそんなこと言ってたけどどうしてここで出てくるの?」


箱の中で大人しくしているとは言え、魔獣である。見つかればハンナは抵抗できずに殺されるのは容易に想像できた。目的など諦めて今すぐ逃げたい気持ちになりながらも部屋に入って来た人物を目で追う。


「あれは何をしてるんだろう」


謎の人物はどうやら箱の中身をチェックしているようで辺りの箱を一つ一つ確認している。マズいことに近づいて来ているがそれと同時に小声の独り言も聞こえてきた。


「………まったく、わがままなクライアントだよ。せっかく質の良い魔獣を手配してやってるのにケチばかり付けちゃってさ。こっちは苦労して注文通りの魔獣を見繕っているのにさあ」


(魔獣を手配……?それってどういう意味……?)


ハンナの疑問を余所に独り言は続く。


「生物学の権威だかなんだか知らないけど、それだって過去の話なのにね。昔の栄光にしがみついて自分を偉いと思い込んでるなんて本当にバカバカしいったらないよ」


(生物学の権威……。過去の話、ってことは今はその証を剥奪されてるか研究が誤りだったと証明されたか。確か、何年か前に生物学の権威が実験で失敗して監獄送りになってたような……)


「しかも急に陽動用で魔獣を街に放て、だなんてホントにうんざり。そんなの持ってきてないからアタシの護衛魔獣を使うしかなかったじゃない。おかげでアタシがフリーになっちゃうなんて」


(護衛の魔獣?何を言ってるのこの人。まるで魔獣を手懐けてるみたいな……)


「こんな依頼受けるんじゃなかった。危険を犯してまで学園都市に来たのにこんなのじゃ大損だよ、もう!」


文句を言いながらも確実にハンナの隠れる箱に接近しているのは声が聞き取り易くなることで分かっていた。しかし、隠れた場所が悪かったせいで移動することもできない。冷や汗でいっぱいになったハンナの隠れる箱に手がかかったとき、そっと腰のポーチの中の魔法薬を掴んだ。いざとなればこの魔法薬で、と考えた瞬間、謎の人物はため息と共に戻って行った。


「……えぇ?アンスラウムが死んだ?そんなことでわざわざ呼び戻さないでよ。……分かったからそんなに怒鳴らないでよ、うるさいなぁ」


魔力通信でもあったのかイライラした足取りで部屋を出ていく謎の人物。最後に扉を閉めたときは相当頭に来たのか荒々しく音を立てていた。それから少ししてから恐る恐る顔を覗かせたハンナは、誰もいないことを確認してやっとホッとした。


「お、おっかない……。誰だか知らないけど死ぬかと思ったわ……」


胸を撫で下ろしたハンナは足音を立てないように慎重に出口を目指す。時折聞こえる魔獣の鳴き声にビクつきながらなんとか扉までやって来た。


「どうか、扉の近くに誰もいませんように……」


なるべくゆっくりと音を立てないように開けた扉の向こうには幸いにも誰もいなかった。薄暗い通路の左右を確認しながらハンナは早くここから帰りたいと思っていた。


「どっか適当に吹き飛ばしてもう帰ろう……」


本当はサイラスと直接連絡をとっていた相手を探して後輩のことを問い詰めたら証拠を処分して、気晴らしにどこかを爆破して帰る、というのが当初のプランだった。

だが、魔獣という目に分かる脅威が手の届く距離にあることですっかり怖じ気づいてしまった。それも無理はない。なにしろ、今回は焦りから勢いで強行した作戦で、ハンナは元来、慎重な気質なのだ。戦う力はほとんど無く、本来は頭脳と魔法薬で勝負という典型的な理系なのだから。

へっぴり腰で通路のあちこちに魔法薬を仕掛けていくハンナ。しきりに辺りを見回して次々と設置していく。3つほど仕掛けてから直近の扉が半開きなのに気がついた。


「……んん?魔法薬の匂いがする」


ハンナにとって嗅ぎ慣れた魔法薬はすぐに判別できた。危険な魔法薬には独特の匂いが付いているのだ。

つい、危機の最中ということを忘れてフラフラと部屋に入って行くハンナはそこが薬品保管庫になっていることにすぐ気付いた。


「おお、高価な魔法薬がいっぱいある。いくつかお土産代わりに貰って行こうかな……、あれ?この魔法薬は……」


魔法薬のラベルを見ていたハンナはここに保管された魔法薬が何の用途に使われているのかが想像できた。それと同時に薄れていた危機感が最大限に警鐘を鳴らす。


「これとこれは配分次第で強力な安定剤になる。こっちと棚の上の魔法薬は合成材の1つになるね。あれもこれも、みんな何かの合成をするのに必要な魔法薬ばっかりだ」


薬品を手に取って思案するハンナは先ほどの謎の人物がこぼしていた独り言を思い出した。


「確か、生物学の権威とか言ってた。そして魔獣の手配もして、ここには大量の合成材がある……」


嫌な想像がハンナの脳裏を過る。更に以前、捕まったとされた生物学の権威の名前を思い出した。


「ノーマン・ニルギリス。研究内容は魔獣の効率的な消費と質の向上。捕まった原因は魔獣の合成実験の失敗だったはず……」


嫌な想像が止まらないハンナはふと、別の棚に目が止まった。


「なんでこんなところに人間用の薬が置いてあるんだろう?」


手に取って見れば、それは麻酔や痛み止めなど、この場に似つかわしくないものだった。ここにあるのは魔獣を合成するための魔法薬ではなかったのか、そう思ったところで1つの考えに行き着いた。思わず、口を手で覆ったハンナは戦慄に目を見開いた。


「まさか、()()()()()()()()しようとしてる……?」


その考えのあまりのおぞましさに吐き気を覚えた。


「そんなの、できる訳がない。そもそも魔獣と人間とじゃ何もかもが違いすぎる。合成したところで人間が適応できずに死ぬだけに決まってる……」


もう一刻も早くここから帰りたいと心底思った。その場の魔法薬で即席の罠を組み立ててハンナは部屋を出た。あとは、最初の魔獣の保管部屋の隠し通路から戻るだけ、と思った瞬間、後ろから伸びてきた腕に口を塞がれた。


「ッ!?」


反射的に腰のポーチに手が伸びたが素早く腕を掴まれて身動きが取れなくなった。突然のことにパニックになりかけたハンナは耳元で小さく囁かれた言葉を黙って聞くしかなかった。


「静かに。ここで騒げば命の保障はできません。分かったならば一回、頷きなさい」


ゆっくりと頷くハンナ。その反応を見て相手は再び小さく囁く。


「死にたくなければ今すぐ逃げなさい。ここで行われていることを貴女は勘づいたようですが、ここから先は全て、私に任せなさい」


コクコクと何度も頷くハンナに満足したのか手に何かを握らせられた。


「それは本当に困ったときに使いなさい。効果は一度きりですが、確実に危険から逃れられます。使いどころを見誤らないように。それと、貴女が仕掛けた罠の場所を教えてください。場所さえ分かればこちらで利用しますので。では、くれぐれも叫ばないように」


ゆっくりと口から手が離れる。思わず振り向きかけたがそれは止められた。


「私の姿は見ないように。貴女は場所だけ話して速やかに逃げてください」


ハンナは通路と薬品保管庫の罠を説明した。数は多くないので説明もすぐに終わった。


「結構。貴女はそのまま帰ってください。偶然かつ、間接的ですが姫君に協力していただき、ありがとうございます」


「え?」


背後の気配が完全になくなって思わず振り向いたがそこには誰もいなかった。その場にはなんの痕跡もなく、手の中に握られたアイテムだけが先ほどのやり取りの証拠だった。


「なにこれ?」


それは親指ほどの小さな人形だった。どこにでもありそうな人形は一見、普通の人形にしか見えない。疑問に思いながらもポーチにしまうと来た道を戻り始めた。

保管部屋にやっとたどり着いたハンナは安堵のため息を吐いた。あとは帰るだけ、そう思いながら扉に手をかけようとすると突然開いた扉に顔面を思い切りぶつけた。


「ブッ!?」


「なんスか?」


顔面を押さえて踞るハンナに扉を開けて出てきた相手は何故か紙袋を被っていた。意味不明な相手に呆気に取られたハンナは致命的に出遅れた。


「子供が出入りするようなところじゃないんスよね~」


やけにのんびりな口調とは裏腹に素早く動いた紙袋の怪人はハンナの腹に拳を打ち込む。あっさりと気絶したハンナを見下ろして紙袋の怪人……、調達屋と呼ばれていた男は嘆息する。


「やれやれ、またしてもイレギュラーだ。旦那さんには頭痛の種がまた増えるねぇ」


そう言うと軽々と肩にハンナを担いで歩き出す。


「どうしようかな、これ。とりあえず、適当に閉じ込めておけばいいかな」


そのまま、ハンナを担いだまま薄暗い通路に消えて行った。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


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