第14話 魔獣と想いとミランダの思惑
学長室から戻る途中のシルヴィアは学園都市の北部での騒ぎが大きくなったのを感じた。建物に遮られ、音のする方角を見ても具体的なものは見えないが空へと昇る煙や魔力のぶつかる感覚、更に耳障りな魔獣の咆哮までするとあっては間違えようもない。
とは言え、今回は自分に出番は無い。頼まれれば助太刀くらいはするが最初から寮での待機を命じられては正義感から現場に行っても邪魔なだけなのは理解していた。
「ま、私が居なくても大丈夫って言うならその通りにするさ。……気がかりが無い訳じゃないけどね」
警戒令が出ているのか学園の中はいつもの賑わいがウソのように静まり返っている。どこかに生徒を集めているのかも知れないがそれが何処かはわからない。
独り言を呟くシルヴィアは先ほどの呟きの中の気がかり、ここしばらくの騒ぎで出会った相手を指折り思い出す。
「魔剣『剛刃』の使い手のゲイル・ジニアス、今更持ち込まれた忌まわしい魔法薬、変な喋り方の黒ずくめに極めつけは恐ろしい魔女様。前半はともかく、後半は手に余るなぁ」
指を折って挙げたものはとにかく面倒だ。魔法薬は最悪、処分するだけで済むが他は戦って勝たねばならないだろう。とある事情があって実力を完全に発揮できないシルヴィアは魔女は勿論のこと、素性すら不明の男とゲイル・ジニアスでさえも厳しい相手になるだろうことは予想できる。魔獣の駆除ならば幾らでも手伝うがハンデを抱えたままの現状、戦闘は避けたいのが本音だった。
「……とか思いながらも既に2回も戦闘をしているから説得力は皆無だね……」
我ながらこの浅慮さには呆れるしかない、と苦笑するシルヴィアは寮へとたどり着く。玄関のドアノブに手を掛ける直前にもう一度だけ騒ぎの音源の方へと顔を向けた。
「……願わくはこのまま終息しますように」
ポツリと言った直後に妙な虚しさがあったので内心で取り消す。久々のキナ臭い雰囲気に当てられたのか、あまりの自分のらしくなさに無言で自嘲する。一瞬だけ荒んだ心に影響されたのかかつての知り合いの口癖を呟いてみる。
「愛と勇気で不可能を可能に、頑張れわたし!………言ってて恥ずかしいな、これ。よくもこんな台詞をいつも言ってたもんだよ、リュドミラは」
誰も見てないことを確かめてから深呼吸して息を整える。少し赤くなった顔がちゃんと戻ったことを確認すると改めてドアノブに手を掛ける。そのまま開けば賑やかな声が聞こえてくる。シルヴィアは自身の心が安らぐのを自覚した。
***
シルヴィアが騒がしい寮内に入るとそれに気付いた朝霞が駆け寄って来る。それほど心配させただろうか、とシルヴィアは少し反省した。
「お帰りなさい、シルヴィアさん。外で大きな音がしたから心配だったんですよ」
「ただいま、朝霞。私は学長室に居て、その時大きな音がしたから今日はここまでって帰されたんだよ。だから大丈夫だよ」
そのうちマリアベルが来て状況説明をするだろうがこういったことはなるべく早く全員に周知させた方が良いと判断したシルヴィアは食堂に全員を呼び集めた。
「とりあえず、外の騒ぎについて簡単に説明するよ。詳しいことは後で先生に聞いてね?」
「……言っとくが今回はハンナじゃねぇぞ?」
「分かってる、分かってる。それは私も先生も疑ってないから心配しなくても大丈夫だって」
先んじて容疑者からハンナを外そうとするギルバートに苦笑しながら頷く。が、当の本人は連れて来られる前からずっと何かに集中していて一切、話を聞いていない。
「それじゃ、気を取り直して。
今、街の北部で魔獣が暴れてるみたいなんだよね。もう学長が手配して対処に当たってるからそんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど」
「魔獣……ですか」
「魔獣と言っても低級の知能が低いタイプだと思う。感じる気配はどれも大したこと無さそうだし遠からず制圧されて終わると思うよ」
そう言うシルヴィアは別のことに気が向く。魔獣については自分で言った通りそれほど心配はしていない。低級の魔獣は暴れるしか能が無く、魔法を使う個体も種類が少ないので学長が太鼓判を打つ学園都市の警備隊なら苦戦はしないだろう。何せ対処を間違えなければ一般の人達でも退治できる程度の強さしかないのが低級である所以なのだから。
それよりも問題は魔剣を所持して都市内を彷徨いているゲイルの方がよっぽど危険だ。学園都市に来たばかりで誰がどの程度強いのかわからないので判断がつかずそこだけが気がかりだった。
「魔獣かー。メリィのおうちがある方は変なのがいっぱい出たからあんまり良い思い出は無いなー」
「魔獣に良い思い出があるヤツなんざいねぇだろ」
「分かんないよ?もしかしたらペットみたいに飼ってて仲良しの人もいるかも知れないじゃん」
「お前な……。なんで魔獣が全部狩られてるか知らないのか?それは魔獣が絶対に人間に懐かないからだぞ。それに魔獣はあらゆるコミュニケーションが不可能で主食は人間なんだぜ?無理だろ」
ザックスがメリィを諭しているところにシルヴィアは口を挟む。
「大体はザックスの言う通り、魔獣と意志疎通は不可能だね。ただ、例外もあるよ」
「例外?そんなのあんのか?」
シルヴィアの言葉に半信半疑でザックスが聞いてくる。他のみんなも興味があるのか聞く姿勢になっている。……相変わらずハンナは聞いていないが。
「最近はめっきり聞かなくなったけど昔は少数ながら『魔獣遣い』っていう連中が居たんだよ。文字通り魔獣を手懐けて使役する連中だよ」
「初耳だな……」
「今もいるのかは知らないけどね。多分、獣遣いの魔法の亜種なんだろうね」
シルヴィアがかつて遭遇した面倒な魔獣遣いを思い出しているとミランダの背後に控えていたナーシャがおずおずと手を挙げている。ミランダが発言を許可するとナーシャは自信が無さそうに言った。
「今回のことにその『魔獣遣い』が関係しているのは考えられませんか?魔獣とは普通、捕獲も運搬も容易ではありません。この騒ぎの規模からして魔獣は少なくない数が暴れていると思われますが、それだけの魔獣を今日まで誰にも気付かれずに学園都市に運び込むことは魔獣遣い無しで可能なのでしょうか……?」
ナーシャの疑問にそう言われてみればそう思う。魔獣遣いは少数で認知度は低いため、可能性から排除されればそれまでだ。
「仮に魔獣遣いが関係しているとすると……」
「これは現場に伝えた方がいいかも知れない。杞憂なら笑い話で済むけど事実だったら危険だ」
食堂に緊張した空気が張りつめる中、突然ハンナが立ち上がった。目を丸くする一同を無視して自室へと走って行ったハンナはしばらくしてから両手に本を抱えて戻って来た。
「どうしたんだろ?」
「さぁ……」
困惑する一同などまるっきり無視して本を捲るハンナはあちこちを開いては手元の紙にメモしていく。
そもそもハンナはずっと何をしていたのか。シルヴィアと朝霞はハンナの背後に立って散らばる資料らしきものを手に取る。
「……なんですかね、これ?」
資料を手に取った朝霞は意味不明な走り書きと図形に困惑している。シルヴィアも見るがそちらはわからない。が、別の資料を拾うとハンナが何をしているのかがやっと分かった。
「朝霞、この前の暗号のメモを覚えてる?」
「暗号?……あぁ、ギルバート達の騒ぎの成果ですか」
ジト目で睨む朝霞に言われたギルバート達はバツが悪そうにするがそちらは放って置いて、問題はこちらだ。
「あの時は私にも分からなかったけどハンナは解読を続けてたみたいだね。これ、色んな暗号が組合わさってできてるみたい」
「色んな暗号、ですか?」
「そう。例えばこっちはこの本に載ってるし、こっちはこの本。たぶん、一区切りごとに違う暗号にして誤魔化してたんじゃないかな」
「よく分かりましたね……」
「まぁ、私も暗号解読のやり方は昔に少し教わったからね。覚える気があんまり無かったからほとんど役に立たないけど」
シルヴィアとしてはどうしてハンナが暗号解読できるのかの方が疑問だったが答えは感心したような雰囲気のシェフィールドからやって来た。
「ハンナ様は魔法薬のプロですので暗号化された文献等を読むために必要不可欠だったのでしょう。古い文献は悪用防止のために暗号化されることが普通のようですので」
「なるほど、魔法薬のプロならではだね」
シェフィールドと2人で感心しているとギルバート達も興味を持ったのか同じようにハンナの手元を覗き込んで訊ねてくる。
「で、こいつはなんて書いてあるんだ?」
「面白そうなことが書いてあるならいいけどな」
「どうせあのおっさんの取引先だろ?分かったら保安部に連絡して終わりだな」
周囲があれこれと騒がしいにも関わらずハンナはずっと無言で暗号を解読していく。それからしばらくしてギルバート達が飽きてボードゲームで遊び始めた頃、またしてもいきなり立ち上がった。
「終わったーーー!この私の手に掛かればこんなショボい暗号なぞこの程度だーーー!」
一息で叫んだとたんにそのまま椅子ごと後ろに勢い良く倒れた。倒れた時に床へ思い切り後頭部をぶつけたのか気絶していた。
いきなりハンナが叫んだので食堂に居た全員が驚いてハンナが倒れて気絶するまでを見守っていた。少し遅れて朝霞が慌ててハンナを介抱しに行くがギルバートはそんなハンナを無視して解読された暗号が書かれた紙を手に取った。
「えーと、『北部、廃棄物運搬施設に警備の薄いところがある』、『金は指定の金庫に』、『ロックウッドの血族』、『ノーマン・ニルギリス』、他にもなんか書いてあるけどよくわかんねぇな」
ギルバートがメモを片手に難しい顔をする。ザックスもメモを見るが同じような反応をした。
「なんか断片的だな。重要そうなところをとりあえず抜粋したって感じか?」
「廃棄物運搬施設とかって学園都市の施設だよな。それって今、騒ぎが起きてる場所の近くじゃねぇのか?」
ギルバートとザックスが意見を交わす側でシルヴィアは途中で出てきた『ロックウッドの血族』という名称に驚きを隠せなかった。そんなシルヴィアにミランダが声を掛ける。
「どうかしたかしら?何か引っ掛かるものでもあったの?」
「なんでそんなに楽しそうな顔してるのか分からないけど……、さっき言った魔獣遣いがメモに書いてあるロックウッドの血族なんだよね。これは本格的に大変かも知れない」
何故か楽しそうに微笑むミランダに一抹の疑問を感じるが今は魔獣遣いの方が問題だ。これは早急に学長達に伝えた方が良いだろう。シルヴィアは学長室へと向かう準備を始めた。
「とりあえず、ハンナが解読した暗号と記録魔石は持って行こう。後で怒られるだろうけどこれは黙っていたらいけない情報だから」
「なら、ハンナも叩き起こした方がいいんじゃねぇか?こいつが解読した訳だし書き出した他にも何かあるかも知れないだろ?」
「確かにそうだけど、この状況であんまり連れて歩きたくないな……」
「魔獣が暴れてるのは学園都市の北部だろ?保安部が動いてるならこっちまで来ねぇよ。学園には結界だって張ってあるんだしな」
ギルバートとシルヴィアが話し合っていると朝霞に介抱されていたハンナがやっと起き上がってきた。先ほど思い切りぶつけた後頭部を擦りながら辺りを見回している。
「どしたの?」
「ハンナ、あなたが解読した暗号をこれから学長室まで届けないといけないからあなたも行くのよ」
朝霞が簡単に説明するとハンナは眠そうにしていた目を細めた。それからしばらく考え込むと「分かった」と一言だけ言って自室へと向かって行った。恐らく資料等を準備しに行ったのだろう。
ハンナを見送ってから朝霞が全体を指揮してこれからの行動を指示し始めた。
「それでは、これからの動きを纏めます。まず、学長室へ行くのはシルヴィアさん、ハンナ、荷物持ちにガイの三名です。それ以外は寮で待機。先生から新たに指示があるまで勝手な行動は慎むこと。特にギルバート、フラフラしないで」
「分かってるよ、うるせぇな!こんなときに街まで行くか!」
「だったら普段から自分の行動に説得力を持たせなさい。何が気に入らないのか知らないけどいつも自分勝手なことばかりしているからこんなこと言われるのよ。こうやって釘を刺されるのが嫌なら授業を抜け出す癖を直しなさい」
朝霞の子供を叱りつけるような物言いにすかさず文句を言うが正論で反撃され何も言えないギルバート。正にぐうの音も出なかった。
黙り込むギルバートがザックス達にからかわれるのを横目にシルヴィアはハンナが消えた方を見て呟く。
「それにしても遅いね。支度に手間取ってるのかな」
「あの通り、ハンナは魔法薬以外はいい加減で部屋も散らかし放題ですからね。今頃は持っていく資料を拾い集めてるんじゃないですか?」
朝霞がため息混じりに言うので恐らく本当なのだろう。日頃からハンナの部屋の掃除は朝霞がやっているのかも知れない、と思うシルヴィアは苦笑する。
「……でも、確かに遅いですね。私も行って支度を手伝ってきます。もう少し待っててください」
そう言うと足早にハンナの自室の方へと向かう朝霞。それを見送ってからシルヴィアがギルバート達と談笑していると焦ったような雰囲気の足音が響いて来た。それからすぐに朝霞が食堂に顔を出して緊張感の籠った声で言った。
「……ハンナが部屋にいないの。こっちに来てないわよね?」
当然、ハンナは来ていない。それを聞いたシェフィールドはすかさずテラスから外を確認した。その視界の隅にはためく白衣を見かけた瞬間、身体強化の魔法を行使して後を追ったが既に行方は掴めなかった。向かった方向も特定できず、シェフィールドはそのまま寮に戻り一同にハンナが行方を眩ませたことを伝えた。
「申し訳ありません。視界の隅に捉えたのですがどうやってか行方を眩ませたようです。ハンナ様がどうやって私から逃れたかは分かりません」
「何やってんだ、アイツ……」
シェフィールドの報告にザックスが苛立ったように眉をひそめる。それを横目にシルヴィアは朝霞が握りしめているメモに気付く。それを指摘された朝霞はくしゃくしゃのメモを伸ばしながら言う。
「私が部屋に行った時にはもう誰もいなくて、散らかった机にこのメモがあって……」
不安そうな顔をした朝霞からメモを受け取るシルヴィア。そこには走り書きで『勝手をごめんなさい。私は自分を頼ってくれた後輩のために暗号に書いてあった場所に行きます。あの子の名誉は私が絶対守る』とだけ書いてあった。普段のいい加減な態度からは想像もつかないほどの気迫が籠った文面にシルヴィアはどうしたものかと息を吐く。
「ひとつ聞くけどハンナは自衛ができるのかな?」
「……多分無理です。魔法薬の調合で魔力の制御には長けていますけど実戦的な自衛手段は持っていないと思います。ごく、初歩的な魔法なら使えるとは思いますけど」
「最下位の魔獣ならなんとか凌げる程度か。これはまずいね」
シルヴィアの問いに即答する朝霞。クラスメートとして短くない時間を共に過ごしたからこその即答だった。
「と、なるとだ。誰かが連れ戻しに行かなきゃならない訳だな」
「まぁ、そうなるわな」
「問題は誰が行くか、だな」
淡々と進めるギルバートとザックスは自分達で連れ戻すことで決定しているらしく外へ行くための条件を挙げていた。
「まずは戦闘力だな。魔獣がどれだけウロウロしてんのかは知らねぇが万が一に遭遇したとき、撃退するか追跡を振り切れるくらいの力と体力は欲しいな」
「土地勘も必要じゃねぇか?学園の周りと市場なんかがある方なら誰でも分かるけど普段から近付かない場所はよくわかんねぇぞ」
「その辺は最悪、地図を頼りに歩き回るしかねぇな……」
勝手に話を進める2人に朝霞が怒る。
「勝手に話を進めないで!とりあえず先生に報告して、それから指示を仰ぎましょう。勝手に行動したら色んな人怒られるし迷惑が……」
「それで手遅れになっても良いならそうしろよ。怒られるのが嫌でハンナを見殺しするならお前はここに閉じ籠ってろ」
「そんなこと……ッ」
「うるせぇな。お前は勝手に報告なり何でもすればいいだろ?こっちも勝手にやらせてもらう」
それきりギルバートは朝霞を完全に無視してザックスと計画を練っていく。朝霞もギルバート達を無視することに決めたようで話を諦めてシルヴィアに向き直った。
「あのバカ2人はもうどうでもいいです。無視しましょう。それより、ちゃんと先生に報告してこないと現場に無駄な混乱が起こりますのでこれから私が行ってきます」
「まぁ、報告は大事だからね。朝霞は先生に伝えに行くといい。こっちは私がなんとかしておくから」
「……ありがとうございます。それでは」
「待って待って。朝霞、『連斬』はちゃんと持って行った方がいいよ」
「……どうしてですか?私は報告に行くだけですよ。何も無い限り学園からは出ないつもりなんですけど」
「何も無い限り、ね?まぁ、ただの保険だよ。もちろん使う場面が無ければそれに越したことはないけど、木剣よりもずっと役に立つから」
シルヴィアが何気なく言う言葉に息を飲みながら一礼して食堂から出ていく朝霞。自室の『連斬』を取りに行ったのだろう。そのまま先生のところまで行くようだ。
次はこっちか、と振り向くとギルバートと目が合う。気まずそうにすぐ目を逸らされたが。
「後でちゃんと仲直りはしておこうね。友達同士、禍根を残すのはよろしくないからさ。
さて、それじゃハンナを連れ戻しに行こうか」
「お前、反対するんじゃねぇのかよ!」
「私は反対だなんて一言も言ってないけど?なんとかしておくとは言ったけどね」
いけしゃあしゃあと言うシルヴィアにガックリするギルバートをザックスは笑いながらその肩を叩いている。
「なんにせよいいじゃねぇか。シルヴィアは強いんだろ?だったらメンツに加えても良さそうだな」
「もちろん私は最初から行くつもりだったけど。というか、私だけの方が良いんじゃないかな」
「それは無理だろ」
シルヴィアの単独行動をバッサリと否定するギルバート。どうして?と目で問いかけるシルヴィアに指を立てて説明する。
「まず一つ、シルヴィアは土地勘が無さすぎる。学園都市に来てから一月も経ってないのに人1人を探せるのか?
二つ目、無駄が多い。ハンナを探しながら魔獣どもを相手できるのか?
そんで三つ目。ハンナを見つけて説得できるのか?よしんば、できたとして1人でハンナを守りながらここまで戻って来られるか?」
「ごもっともだ。私の単独行動はナシだね」
遠慮の無い物言いに否定も反論もせずあっさりと頷くシルヴィアに不思議そうな反応をするギルバートだが離れた場所からクスクスと控えめな笑い声がしたのでそちらに振り向くとミランダが口に手を当てていた。
見られたことに気付いて笑うのを止めたミランダは何事も無かったように進める。
「失礼、あんまりにも分かりやすいから……。どうぞ続けて?」
「……なんか引っ掛かるが続けるぞ。そんな訳でシルヴィアの単独行動はナシだ。戦闘力は問題ないけど誰かと一緒じゃなきゃ迷子が増えるだけだ」
「つーことで、出られるヤツ何人かで組んで行くのがベストだな」
ギルバートの言葉を継いでザックスが締めくくる。それから食堂にいる全員を見渡して言う。
「とりあえずさっきの条件に合うヤツは……、オレとギルバートにガイだろ?シルヴィアは誰かを地図代わりにしてセットにするとして、朝霞……はナシであとはメイドの2人か」
そこで当然のように除外されたメリィが口を挟む。
「なんでメリィはお留守番なの!メリィだって行くよ!だってこんなとこにいても退屈だから!」
「お前な、お使いとか遠足の延長みたいなもんじゃねぇんだぞ?ちゃんと分かってんだろうな……」
退屈だから行く、となんとも不安な理由で同行を望むメリィに嫌そうな顔をするザックスに同じく除外されたアイシアも同行を希望し始めた。
「私も行く」
「勘弁してくれ……」
頭を抱えるザックスはそのまま机に突っ伏した。それを見たミランダもワクワクしたように口を挟む。
「これはみんなで行く流れかしら?」
「お楽しみのところ申し訳ありませんがお嬢様はこちらで待機です。護衛にナーシャを残しますのでハンナ様の捜索には私が同行します」
シェフィールドにすかさず待機を言い渡されたミランダはしかし、機嫌を損ねる訳でもなく了承する。
「分かってるわ、言ってみただけよ。それより、こんなに広い学園都市で人を探すなら人数は多い方がいいのだから2人を連れて行ったら良いんじゃないかしら。本人も行きたいと言ってるんだし、こういうところをカバーするために複数人で組むのでしょう?」
「それはそうなのですが……」
「ほらほら、ミーちゃんもこう言ってるんだしメリィ達も連れてってよ~」
「連れてって」
ミランダの援護射撃に便乗してメリィとアイシアが同行を主張する。スカートや袖の裾を引っ張る2人の視線に耐えかねたのかシェフィールドは小さく嘆息すると渋々といった感じで同行を許可した。
「絶対に1人で行動しない、勝手な判断で戦闘に参加しない、無事に帰還することを第一目標とすること。これがお二人の参加条件です。これらの条件に加えて同行者が危険だと判断した場合は即時帰還になります。よろしいですね?」
「はーい」
「わかった」
シェフィールドの不承不承という感じの雰囲気が分かっていないのか敢えて無視しているのか何度も念押しするシェフィールドに対し、気楽な返事をする2人。
そんな光景に頭痛を堪えるようにザックスとギルバートがまとめる。
「イマイチ納得できねぇがとりあえずメンツは固まったな。そんじゃ次はチーム分けか」
「なるべくバランス良く分けようぜ。特にメリィとアイシア」
「そうだな。……一応、確認なんだがメリィは戦えんのか?」
「まっかせっなさーい!!メリィが本気を出したら魔獣だろうがなんだろうがケチョンケチョンだからね!」
「果てしなく不安だ……」
自信満々なメリィとは裏腹にザックス、ギルバート、シェフィールドは非常に不安な気持ちになる。真偽のほどはとにかく、とりあえずメリィは戦闘に参加させないことを固く決定する。
そんな光景を余所にシルヴィアはアイシアに尋ねる。
「アイシアはどれくらい戦える?自衛くらいなら大丈夫だろうけど」
「魔獣なら大丈夫。実家の方はよく魔獣が現れるから上級魔獣じゃなければ相手にならない。だけど、逆にそれ以外は戦うどころか訓練もしたこと無い」
「そっか、じゃあアイシアは身を守ることを第一にね。戦うのは私に任せればいいから」
「………。分かった」
アイシアが何かを飲み込んだのは分かったがシルヴィアは敢えて無視した。恐らくアイシアは戦力として見られていないことに反感を持っているようだが何を言われようともシルヴィアにはその選択肢は最初から存在しない。よって議論の余地は無い。そこにメリィの説得を諦めたギルバートが近付いて来た。
「とりあえずメリィも参加だ。その様子だとアイシアも来るんだろ?いいか、無茶と無理は禁物だからな?何かあったら絶対に言うんだぞ」
「ギルバート、お母様みたい」
「ホントにねぇ」
「お前らな……」
やたら心配性なギルバートは一旦置いといて、ハンナ捜索のチーム分けを話し合う。あまり悠長にしていられないので大まかに戦力を分けてのとりあえずのチームだ。振り分けはシェフィールドが行った。
「とりあえず2班に分けます。ちょうどいいバランスで分けたつもりですがあくまでも私見ですのでご了承下さい。
まず一つは私がリーダーでメリィ様、ザックス様、ガイ様の4名。もう一班はシルヴィア様をリーダーにギルバート様、アイシア様の3名でお願いします」
「ギルバートの方が少ないけど大丈夫か?ガイも入れたらどうだ?」
「それも考えましたが非常時にメリィ様の面倒を見る手間を考えるとどうしてもこうなるのです」
「あぁ、そういう……」
シェフィールドの疲れたような、申し訳なさそうな表情にザックスが気の毒そうに頷く。微妙な空気を無理矢理入れ換えるように話題を違う方向に向けた。
「ともかく、戦闘はなるべく避けてハンナを見つけたらさっさと帰る。何かあったら緊急信号の魔法を空に打ち上げる。これは絶対だな」
「はい。それからナーシャの影を双方の班に付けます。意志疎通は図れませんがナーシャには伝わるので何かありましたらナーシャの方から連絡があるはずです。そしてこちらをシルヴィア様にお渡ししておきます」
シルヴィアが手渡されたのは見たことが無い手の平サイズの機器だった。何かの魔道具らしいが一見しただけではわからない。
「これは?」
「小型の携帯通信魔石です。交信範囲があまり広くなく、魔石の消耗が激しいので使い勝手は良くありませんが学園都市内ならば問題ないと思います」
「今はこんなのがあるのか……。便利になったなぁ……」
手元の魔道具をしげしげと見るシルヴィアを横目にシェフィールドが締めくくる。
「ハンナ様は恐らく、サイラス元教諭の取引相手の元へ向かったと思われます。現在起きている魔獣騒ぎの実行犯と関係があるのかは分かりませんがどちらにしろ危険なことには変わりません。皆様も決して油断なさらないようにお願いします」
そう言って一礼するシェフィールドに満足そうな顔で頷くミランダが一同を送り出す。
「それじゃ、言ってらっしゃい。無茶はしないようにね?」
投げ掛ける言葉とは裏腹にミランダはとても楽しそうな顔であった。
***
ハンナを探しに一同が出ていった後の食堂に残るのはミランダとナーシャの2人のみ。ナーシャの淹れ直した紅茶を飲みながらミランダは微笑む。そんな主にナーシャはおずおずと尋ねた。
「あの、お嬢様。何がそんなに面白いのでしょうか……」
「あら、そんなにはしゃいでいたかしら」
自分でもビックリと言った風に頬に手を当てるミランダ。その様にナーシャは居住いを正しながら改めて問うた。
「失礼ながら、お嬢様は心ここにあらず、といった感じにお見受けします。ハンナ様や皆様の心配をなさるなら分かるのですがお嬢様の好奇心をくすぐるような状況ではないと思いますが」
「別にみんなのことを心配してない訳じゃないのよ?そのためにシェフィだって貸してあげた訳だしナーシャの影も貸してるんですもの。
でもね?私が気になるのはそこじゃないの。だって突然降って湧いた巡り合わせがあってそれを見る機会がやって来た。これはもうワクワクするじゃない?」
「はぁ……」
夢見る少女のように瞳を輝かせるミランダに曖昧に頷くナーシャ。そんな従者の反応など眼中に無い様子でミランダは語り続ける。
「実在する伝説として伝わる戦場のおとぎ話。なのに所在も姿形も不明。有るはずなのに無い、矛盾した伝説」
そこで言葉を切ったミランダはクラスメートを送り出したばかりの扉を見つめる。その瞳には先ほどの少女のような輝きは無く、計り知れない思惑が渦巻いている。
「……本当は学園を卒業して家督を正式に継いで諸々の面倒が片付いたら探そうと思っていたのだけど、まさか向こうから手元に転がり込んで来るとはさすがの私も予測できないわね。朝霞だけでも十分満足なのにもっとやって来るなんて、とてもじゃないけど我慢なんてできないわよね?」
同意を求めているようでそうではないことを察したナーシャは無言を貫くことに留める。最早ナーシャの存在は忘れたようにミランダの独白が続く。
「朝霞、シルヴィア、それにあの大剣の男。手の届く距離にこれだけ揃っているなんて、これが誰かの采配なら今すぐハグしてキスしてしまいそうだわ」
端から見れば上機嫌に、ただし彼女を良く知る者から見れば獲物を前にした肉食獣のように見える微笑みを見せるミランダは更に呟く。
「嗚呼、欲しいわ。魔剣が」
自分の世界へ旅立つ主を見てナーシャはそっと一歩下がった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
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