第12話 魔剣とお説教と月明かりの語部
そもそも『魔剣』とは何か。これを今の時代に正確に語れる者はほとんどいない。
製作者はもちろん、とうの昔に死んでいるし、現在の魔剣の所有者自体が詳しく知っている訳でもないからだ。
現在、公式に確認されている魔剣はたったの3本のみ。内、1本は朝霞の持つ『連斬』だ。他は所持は確認されているものの、詳細は不明でどんな魔剣かまでは公表されていない。
一体、全部で何本あってどういう能力があるのかという最も大事な部分がほとんど不明では探索も研究も進まず、辛うじて大戦の記録書の片隅に謎の剣とそれを自在に扱う一団があったことが伺えるのみで公的な文書にもほとんど残っていなかった。それでも魔剣の名が伝わるのは真偽不明の噂がいくつか民間に残ったからだろうか。
ともあれ、シルヴィアの目の前にこうしてあるのが魔剣『剛刃』に他ならないのは確かだった。
「君は確か……、ゲイル・ジニアス?とか言ったっけ」
「ありゃ、オレの名前までバレてるのか。また旦那にどやされるな」
「そっちの事情に興味はないけどこの薬と『剛刃』だけは見逃せないんだよね。このまま譲ってくれるとありがたいんだけど」
「正直な話、その薬はオレには関係無いから、こう言うのもなんだが、くれてやっても構わん。個人的にも気が乗らないしな。まぁ、そうは言っても旦那が怒るだろうから取り返すけどよ。
だが、コイツは勘弁してくれや。結構気に入っててな、簡単に手放すようなことはしたくない」
ゲイルが苦笑するのにシルヴィアも合わせて苦笑する。表面上は和やかな雰囲気だがお互い、目の奥は少しも笑っていなかった。
「ちゃんと『剛刃』に選ばれてる訳だから私もできれば無理矢理奪うようなことはしたくないんだけどね?君が『剛刃』を使って犯罪を犯すようなら見過ごせないな」
「オレは傭兵だぜ?依頼されて金をしっかり払ってくれるなら誰だって構わない。それが悪の帝王だろうが聖人君子だろうがな」
ゲイルが少しずつ立ち位置を変えるのを見ながらシルヴィアは特に気負った様子もなくカバンに乗せた片足を上げた。
「じゃあ勝って貰うことにしよう」
言い切ると同時に勢いよく中の薬ごとカバンを踏み抜いたシルヴィアはそのまま一歩でゲイルとの間合いを詰めた。が、ゲイルはシルヴィアの僅かな体重移動から予測していたらしく突っ込んでくるのに合わせて『剛刃』を振り下ろした。
シルヴィアはそれをかわすとゲイルの背後を取ろうとするが『剛刃』による斬り払いが来たので距離を取る。そこに追撃と言わんばかりに再び振り下ろしが炸裂した。
それをシルヴィアはかわさず右腕を盾のように構え衝撃に備える。それに対し僅かに眉を上げたゲイルだがそのまま振り下ろした。直撃だった。
「……お前さん、何者だ?」
衝撃で土煙が上がる中、ゲイルは難しい顔で自らが振り下ろした先に問い掛ける。本来ならシルヴィアは両断され、視線の先には無残な死体が転がっているはずだが、場にそぐわない緊張感があまりなさそうな声がする。
「私のことはどうでもいいよ。他の人より多少長生きで頑丈なだけさ」
翳した右腕で『剛刃』を受け止め足元が少し沈んだシルヴィアが涼しげに呟く。刃を受け止めておきながら全く苦にした様子はなく、そのまま会話を続行するシルヴィアにゲイルは冷や汗を一筋、垂らす。
「……多少、なんてレベルじゃないだろうが。これでも相当の力で振り下ろしたはずなんだが?」
「そこはまぁ…、優先度の違いというか、格の違いというか、ね?」
「……よく分からんが全力でコイツを振り回してもお前さんは死なないってことか?」
「そこから先は有料になるけど?」
「傭兵から金取るのかよ……」
苦笑するゲイルはゆっくりとシルヴィアから距離を取る。シルヴィアはそれを黙って見送った。
数メートル離れた位置で『剛刃』と全身に魔力を巡らせたゲイルは静かな殺気を滲ませ、武器を構えた。
「なら、手加減はいらねぇな。ここからはオレも本気で行かせてもらうぜ?お前さんに恨みはねぇが旦那の邪魔になりそうだから排除させてもらうとするか」
「薬は処分したし、最優先するべきものはもう無いけど君が攻撃してくるなら相手になるよ」
そう言うとシルヴィアは身体を斜めにして右腕を前に構える。ゲイルを射抜く眼差しは鋭い。
シルヴィアが呼吸のために息を吸ったタイミングでゲイルが突進して来た。
「フッ!!」
短い掛け声と共に『剛刃』が振るわれる。周囲の木箱や荷物をまとめて薙ぎ払いながらシルヴィアを両断しようと迫る。
それをバックステップで回避したシルヴィアは反撃しようとするが素早く『剛刃』を引き戻したゲイルがそうはさせまいと再び振るった。
シルヴィアは紙一重で『剛刃』をかわすがゲイルの引き戻しが思った以上に早くなかなか反撃に移れない。
(この男、やっぱり強いな。あんまり大剣が得意な場所じゃないのにこんなにも軽々と扱うなんてさすが、『剛刃』に選ばれただけはある。
しかし、こうなると厄介だなぁ……。どうにか状況を変えないとこのままじゃ埒が開かないな)
シルヴィアが内心で状況の打開について考えているのに対してゲイルも内心は似たような状態だった。一見、こちらが攻めているように見えるが攻撃は全て回避かガードされ、決定打は未だにゼロの状況に歯噛みしていた。
(やはり、普通じゃねぇな!場所の悪さもあるがここまでキレイに打ち込みを捌かれるとは思わなかったぜ。どっかで流れを崩さないといつか手痛い反撃を喰らっちまうな、こりゃ)
お互いが攻めるに攻められない膠着状態のまま剣戟が薄暗い路地で繰り広げられる。一方は攻め、一方は捌く。ひたすらの繰り返しは周囲があらかた破壊し尽くされるまで続いた。
周囲が開けると同時に距離を取って仕切り直しになったがお互いに構えたまま止まってしまう。
「仕方ない……。本調子じゃないからあんまりやりたくなかったけどそろそろ決めるかな?」
シルヴィアが嘆息と共に右手を腰だめに構えたのを見たゲイルはここが勝負の分かれ目だと直感する。傭兵という死と隣り合わせの仕事を長くやっているゲイルは自身に忍び寄る濃密な死の気配を敏感に感じ取っていた。額から流れる汗を拭くことも忘れてゲイルは左半身を前にして『剛刃』を最上段に構えた。
「「…………………」」
お互いに構えたままの状態で視線をぶつけ合う。少しでも気を逸らした瞬間に自分が両断されていることを確信して。
たっぷり5分は経った頃に何処からか風に乗って花弁が両者の間に落ちてくる。ひらひらと風に踊りながらやがて両者の視線を遮った。
その瞬間、お互いは全力で動いた。
まず先制したのはシルヴィア。一歩で距離を詰めたシルヴィアは右手を勢いよく振り抜き技を繰り出した。
「……借りるよ。秘剣、一の型。断ち風七閃 周断ち!!」
それはゲイルは知らないが寮で朝霞がシルヴィアに見せた技の更に上位の技、風斬菖蒲が得意としていた秘剣の技だった。通常の断ち風と違い十二連続の斬撃で周囲の全てに攻撃する全方位に対する技だがシルヴィアは菖蒲から真面目に習った訳ではないので本来は十二連続の斬撃も少なく、周囲ではなく前方にしか攻撃できなかった。
しかし、それは欠点ではなく斬撃を前方に集中させた為にかえって威力は上がっている。それをゲイルは真正面から迎え撃つ。
「うおおおおおおおっ!!」
激しい気合いと共に構えた『剛刃』を勢いよく振り下ろした。シルヴィアの放つ七連続の斬撃と『剛刃』の刀身から出た魔力の衝撃波がぶつかり凄まじい魔力の波が周囲を破壊した。
すかさず、シルヴィアは新たに構え直し次の技を放とうとする。
「秘剣、四の型。突き風三閃 岩山穿ち……」
それに合わせてゲイルも再び魔力を込めるが、そこで新たな闖入者が現れた。
「両者待たれよッ!」
下手をすれば両者から斬り殺されかねない場所に突然現れたのはなんともおかしな格好をした者だった。
「双方ここは剣をお納め下され!既に学園の保安部がこちらに向かっております故、速やかに撤退を!」
技を出す直前で固まったシルヴィアとゲイルに手を突きだしながら謎の闖入者は焦ったように撤退を促す。だが、全身黒ずくめで覆面をし妙な口調では説得力が欠片も無かった。
「……あー、お前さんがどこのどいつかはこの際どうでもいいけどよ、そこに居ると死ぬぞ?」
「某の言葉を聞いておらぬのですか!?保安部がもう近くまで来ているから撤退をして頂きたいと申しておるのでは御座いませぬか!これ以上の戦闘はお止め下され!」
ゲイルが気概を削がれたような声で退くように言うが闖入者は必死に撤退を懇願するばかりで退こうとはしない。仕方ないのでシルヴィアは構えた右手を下ろして闖入者に戦う意志がもう無いことをアピールしながら言う。
「……やる気が無くなったから私は降りるよ。薬も処分したから最低限は用も済んだしね」
シルヴィアの言葉でゲイルもやる気が失せたのか『剛刃』を背負い直してため息混じりの言った。
「分かった、分かった。ここは退こう」
「……真剣勝負に横入りなどという無粋は某も申し訳ないと思っているので御座ります。が、これ以上被害を大きくされるのは我が主が悲しむ故、某に免じてどうかお願い致すで御座ります」
覆面の闖入者は剣を収めた両者に深々と頭を下げると一瞬でその場から消えた。出現したときと同じで全く予兆が掴めない、まさに『消えた』としか表現できない完璧な移動だった。
謎の闖入者がいなくなって周囲が破壊された路地に立つ2人は奇妙な幕引きに揃って微妙な顔になった。
「……興が冷めたな。オレはチビ助を連れて逃げるとするが追ってくるか?」
「いや、薬は処分したし、ひとまず『剛刃』も取り戻せそうもないから私はここで保安部が来るのを待つよ。君達を捕まえるのは私の仕事じゃないからね」
「そいつは助かるな。お前さんと保安部がいっぺんに来たらさすがにオレでも相手しきれんしな。
……ところでさっきのアイツ、誰だったんだ?」
「君が知らないのに私が知ってる訳ないだろう?昔のことはともかく、つい最近田舎からこっちに来たばっかりなんだから」
シルヴィアの面倒そうな答えに苦笑したゲイルは気絶しているローブの人物を小脇に抱えると中身が破壊されたカバンを拾ってから軽く手を振ってそのまま路地の向こうの暗闇に消えて行った。
悲惨な状態の路地に1人残ったシルヴィアは今更ながらにマズイと思った。
「うーん、この後が大変かなぁ……」
大量の足音と声がだんだんこちらに近づいて来るのを知覚しながら呟く。辺りは徹底的に破壊され、見るも無残な状況になり、自分はどう見ても重要参考人で服装はボロボロ。怪しいにも程がある。
「また私服がダメになっちゃったし……」
服がダメになったのも相当ショックだがこれから待ち受けるだろう聴取とお説教が果てしなく憂鬱だ。できればここから逃げ出したい。
「願わくは夕食までには終わりますように……」
諦観の祈りを捧げるのと保安部の面々が路地に突入してくるのはほぼ同時だった。
***
路地での戦闘から小一時間程が経っただろうか。あの後、保安部に保護という名目で連行され今は保安部の本部にいた。
先ほどまで聴取が行われ、休憩を挟むということで現在は聴取部屋で1人、コーヒーを片手に放置であった。
「……短期間にこうも聴取を受けるなんて私も問題児だなぁ」
聴取自体はスムーズに進んでいた。シルヴィアは正直にかつ、正確に騒動の経緯を聴取官に説明し、自らの行いがどういう意図に基づくものかを語った。
しかし、自身の詳しい身の上、魔剣、魔法薬と一般の聴取官に語るには悩むところは上司であるフィニアスに説明させて欲しいと言ったところ確認するということで休憩になった訳であった。
「待たせたな」
貰ったコーヒーをチビチビと飲んでいるとフィニアスが疲れた表情で入って来た。何故か後ろには記録係のつもりかメルアが厳しい表情でついてきた。
「こちらも別件で忙しくてな、少し遅くなった」
「忙しいのに余計な面倒を悪いね」
フィニアスがあまりにも疲れた顔をしているのでシルヴィアが申し訳なく言うとメルアが冷たく言う。
「まったくです。特別科は全員が寮にて待機だったはずなのに外出した挙げ句、勝手に先行し戦闘まで行うとは……。自分の立場が分かっていないようですね」
「外出したのはティファニアの許可をもらったからだけど、先走ったのは悪かったよ。でもあの薬だけは1つ残らず破棄しないといけないから」
苦笑しながら言うシルヴィアにフィニアスは尋ねる。
「それで、私に確認すべきこととは?」
「まず、1つ目はある魔法薬のことだよ。昔の大戦については知ってるかな?」
「大まかには。研究者ではないから記録に載ってること以上には知らんが」
「それじゃあ、大戦末期に開発された魔法薬による強化兵は知ってる?」
「それも記録以上は知らん。なんでもそこら辺の魔法使いを軽く圧倒する能力だったらしいな」
そこまで言ってからフィニアスは何かに気付いたように黙り込んだ。メルアも遅れて気付いたようで目を見開いている。
「お察しの通り、私が破壊したがった薬はその強化兵を作る為の薬だよ。昔に全ての研究所と薬は破壊したはずだったんだけど何処かに薬が残ってたみたい」
「面倒な……」
顔を覆って呟くフィニアスは心底面倒そうな声を漏らす。それもそのはず、記録によれば件の強化兵は並の魔法使いを圧倒的に凌駕し大戦の末期には主要参戦国家がこぞって作り出したほどの戦闘力を持っていたとされる。
大戦終結後はその驚異的な戦闘力と非人道的な処置が問題視され全ての研究所と研究成果は破棄されたのである。
「とりあえずあの場にあった薬は処分したけど途中からあの傭兵が出てきてね?それから戦闘になってああいう結果になった訳さ」
「傭兵……、ゲイル・ジニアスか。それで?」
「これが2つ目なんだけどね?前の手合わせから強いのは分かってたけどそこで出してきたのが魔剣『剛刃』だったんだよ。これは回収できなかった」
いきなり出てきた魔剣、という言葉にフィニアスは僅かに驚く。
「ヤツが魔剣を?詳細は分かるか?」
「もちろん。魔剣の銘は『剛刃』。特性はとにかく頑丈で絶対に破損せず、持ち主に頑強という補助魔法を施すんだよ。まぁ、それだけなんだけど。
ちなみに複数本作られた魔剣の最初の一振りでもあるね」
シルヴィアの話を記録していたメルアはそこで引っ掛かった部分の質問をする。
「補助魔法の頑強とは?」
「そのまんまだよ。持ち主も頑丈になるだけ。常時、物理耐性を得るのと毒とか精神魔法を軽減するとかそんなくらいだったはず」
「魔剣は複数本ある、ということは全部で何本あるのですか?知っているなら全ての魔剣について話なさい」
「全部の魔剣を教えるのは少し待って欲しいかな」
「何故ですか?」
シルヴィアはうーん、と悩む。実は全てを教えるのは簡単だ。けれどそれに付随するいくつかの厄介事が面倒なだけなのだ。
言い渋るシルヴィアにメルアが段々と警戒心を上げ始める。それに気付いたシルヴィアは言い訳のように弁明する。
「教えるのは別に構わないんだけどね、ちょっと厄介な事情があるんだよ。これを説明しておかないとそっちが後悔することになるよ?」
「こちらが後悔するかどうかはこちらで決めます。あなたは質問に正直に答えればいい」
そこで黙っていたフィニアスが口を挟む。
「ドーリッシュ、先行し過ぎだ。
……魔剣についてはほとんど研究もされていない未知の部分だ。既に知っている者が後悔する可能性があるというなら警戒すべきだろう。ここからは学長の意見を仰いだ方が良い」
「必要ありません。この程度の聴取でわざわざ時間を取らせるほど学長は暇ではありません」
「その意見は却下する。保安部の本部長として危険性の観点からここから先は部長級より上位の案件とする。ドーリッシュの権限はここでは使えない」
フィニアスの有無を言わせない言葉にメルアは歯噛みして睨み返す。メルアの怒りの籠った視線を浴びても堂々としているフィニアスはまるで巌のようだ。
にわかに重くなった空気にうんざりしたシルヴィアは空気を換えようとして少しだけ譲歩した。
「じゃあ、詳しいことは学長のいる場所で言うけど本数だけは教えるよ。全部で何本あるのか、これだけでも情報としては多少の価値があるんじゃない?」
シルヴィアの提案にフィニアスが考え込む。
「……いいだろう。その程度ならばそこまで警戒する必要も無いと思われる」
「じゃあ言うよ?魔剣は全部で18本。言っておくけど持ち主は変わってるだろうから今の所在は知らないよ?」
シルヴィアのあっさり言った「18」という数字にフィニアスとメルアはそれぞれ違う感想を抱いた。
フィニアスはそれを「少ない」、と感じた。
メルアはそれを「多い」、と戦慄した。
2人の反応を見ていたシルヴィアはその内心までも正確に読み取っていた。
(さて、今更魔剣が出てきた訳だけどこれからどうなることか。この本数が少ないか多いかはそれぞれの感想次第だけど)
シルヴィアが思うことは他にもある。何故今になって魔剣が出てきたのか、どうして学園都市に集まったのか、引っ掛かりはいくつもある。何故か学園都市はシルヴィアに過去を思い出させる場面が多いように感じる。
三者三様に考えを巡らせる中、聴取の詳しい続きは学長を交えてとなり予定は決まらぬまま、延期となった。
***
さて、聴取が終わったところで話は終わらなかった。むしろここからが本番だったと気付いたのはシルヴィアがのんきに寮に戻ってからだった。
何故なら寮の食堂に殺気で満ちた悪鬼羅刹が笑顔で待っていたからである。もちろん、マリアベルだが。
その悪鬼羅刹は背後にティファニアを置いて青筋を浮かべたまま、満面の笑みでシルヴィアに座るように命じた。
「まずはお帰りなさい、シルヴィア。フィニアス達の相手は面倒だったでしょう?」
人って本当にキレると笑顔になるのはなんでだろうと思う自分は随分と図太いな、と他人事のように思うシルヴィア。
「ただいま、先生。何か別件があるとか言ってたからしょうがないんじゃないかな?」
「そう。まぁ、フィニアスがどれだけ忙しかろうが過労死しようが私には関係無いものね。
それより、私に言うべきことがあるんじゃないの?」
「また迷惑かけてごめんなさい」
「よろしい、アンタ達の面倒見るのが私の仕事だからその点は許しましょう。
さて、本題に入りましょうか。ことの経緯を最初から最後まできっちり白状しなさい。ウソを吐いたらアンタの頭を握り潰すわ」
マリアベルは終始笑顔で言うが相変わらず青筋は浮かんでるし、テーブルの上に置かれた手は小刻みに震えている。余程、怒りを堪えてるようだ。
「気を付けるよ。……最初はアイシアの違和感からだったよ」
そう語り出したシルヴィアはフィニアスにしたのと同じようにことのあらましを語る。時折、確認のためにマリアベルが口を挟むが最後まで語りきった。
「……という訳で経緯としてはそんな感じで、結論としては学長との話し合い次第って訳だよ」
「とりあえず経緯は分かったわ。偶発的なトラブルってところかしら」
「結果を見ればそうなるかな?」
「……ただ、処分したはずの薬の現品が無いからそこは引っ掛かるわね。その場所から強い魔力反応が確認されたみたいだからウソではないんでしょうけど」
そこでマリアベルは全身の力を抜いてテーブルに伏せた。後ろに控えたティファニアが僅かに目を細めるが何も言わない。
「この間のバカ共の後始末も終わってないのに余計な面倒は起こさないでよ、まったく。話を聞くからには早く処分しないといけない類いの薬だってのは分かるけどもう少し後先を考えて欲しかったわね」
「それは悪いと思ってるけど悠長に待ってられる程、時間があった訳でもないからやむを得ず、ってね」
「まぁいいわ。その辺の面倒なことは全部学長に苦労してもらいましょう。私は知らない。
とりあえず、アンタはしばらく外出禁止と反省文と課題の提出、聴取への全面的な協力くらいで許してあげましょう。
……ティファもそれでいい?」
「彼女の処分はそれくらいで妥当でしょう。独断専行は本来、見過ごすことなどできませんがその結果としての情報に意味があるならあまり厳しい処分では重いと判断します。
更に私にも監督不行き届きの責がありますから処分に関する事柄に厳しい意見を出す資格は無いと判断します」
「ティファは多分、減給になると思うけどお金に執着がないからあんまり堪えなさそうね……」
マリアベルが苦笑しながら言うのにティファニアは無言で頷く。
「シルヴィアはこの処分が不服?」
「そんなこと無いよ、甘んじて処分を受けよう」
「じゃあ、後は学長から呼び出されるまで大人しくしてなさい。その場には私も同席するから気楽に待ってるといいわ。
……ああ、そうそう。朝霞の鍛錬は寮の中庭限定で許可するから。派手にやらなければ多少は目を瞑るから」
「それは許してくれるんだ?」
「殺気バラ撒いたり、派手な技ぶっ放したりしなければいいわ」
ぞんざいに手を振るマリアベルはそこで席を立つ。ここで話は終わりとばかりにそのまま食堂を出て行こうとするが去り際に一度、シルヴィアに振り向いた。
「アンタは自分のことを隠す気があんまり無いみたいだけど、それに振り回される周囲をもう一度省みなさい。アンタや、私みたいに自力で対処できる人間は限られてるのよ?」
そのまま出ていくマリアベルの後をティファニアが無言で追う。1人、残されたシルヴィアは自嘲するように呟く。
「……耳が痛いね。田舎暮らしが長過ぎて自分自身の危険性が抜け落ちてたみたいだ」
去り際のマリアベルの目はとても怒っているように揺れていた。あんな目で睨まれたのは一体、いつぶりだろうか。
「こんなとき、君達ならどう私を叱るかな……?」
シルヴィアが思う人物はかつての友人達。今はもう会えない人々。
まったく、と思う。本当に学園都市は過去を思い出させる、と。
***
その晩、マリアベルの説教が終わってから心配する朝霞達に今日は部屋に戻ることを伝え、着替えもせずにベッドに横になる。
シルヴィアは夢を見ない。だから今日は久しぶりに遠い過去を思い出す。
(菖蒲なら……、多分思いっきり撫で回すかな?オーゼンは黙って話を聞くだけ、マルコフは笑い飛ばすなぁ)
懐かしい顔ぶれが想像の中でそれぞれのやり方でシルヴィアに接する。ある者は笑い、ある者は怒り、またある者は何故か泣いた。想像の中のシルヴィアは仏頂面でされるがままになっている。しかし、確かに幸福だったと思う。
やがてシルヴィアが眠りに落ちる間際、意識が落ちる寸前に声が聞こえた気がした。
「…………む?珍しく意識がこちらを向いたか?……いや、偶然か」
最早、疑問に思うこともできずに眠りに落ちたシルヴィアが静かな寝息を立て始めたとき、シルヴィア以外に誰もいない部屋に確かに声が響く。
「……夢を見ないのも難儀なものよのう。寝る寸前の僅かな微睡みが唯一の接触するタイミングとはな」
部屋には誰もいない。ただ、声だけがする。
「……こやつの方からは観測できぬから一方的なものだがな。しかし、まぁ。随分と人間らしくなったものだ。あの頃は表情すら無かったというのにな」
老人のような声は面白そうに言うが少しずつ声が小さくなる。
「……『連斬』、『剛刃』と立て続けに2本の魔剣と再会するならばここから先も懐かしき出会いがあろうな。儂に会うことは無かろうが……」
まだ何か呟いているようだが後半はほとんど音になっていない。小さくなっていく声が最後に少しだけ音になる。
「……刀治の求めた至高への道は確かに完成へと続いている。再びの魔剣との出会いは完成への大きな一助となろう……」
声が完全に途切れる間際にある単語が残る。
「………『銀麗』………」
もう声はない。あるのはシルヴィアの静かな寝息のみ。
月明かりが部屋を淡く照らす。その光に一瞬だけ何かが照らされたように見えたが部屋にはシルヴィアしかいない。シルヴィアの銀髪が月明かりに煌めくだけだった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
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