第11話 宣戦布告と買い出しと懐かしき邂逅
学園都市の某所、長らく使われていない研究所の地下施設。そこは用途不明の実験器具や原形が最早分からない生物が入れられた檻が大量に置かれている部屋があった。部屋の中は獣の鳴き声と赤錆の臭いで充満している。常人ならばあっという間に精神を病みそうな部屋に1人の男がいた。
彼の名はノーマン・ニルギリスという。かつては名の知れた魔法生物学の権威であり、若き頃は期待の新星とまで呼ばれたこともある有名人であった。
しかし、今ではその名はタブーとされ懸賞金まで懸けられる始末である。何故、彼がこのような事態になっているかというとかつて行われたある実験が原因の一つであるからだ。
実験は酷い結末となり全ては主任を務めていたノーマンの責任となった。その結果全ての権利、称号、名誉が剥奪され大陸で最も厳重とされるガルマンズ最高刑務所に収監されることとなった。
だが今から10年ほど前にこの刑務所を前代未聞の事件が襲った。それは正体不明の武装集団による刑務所襲撃の際の囚人の大量脱獄だ。これにより約100名ほどの囚人が混乱に乗じて世界に解き放たれた。
が、中央騎士団の迅速な対応と各国の綿密な連携により1年の内に半数以上が捕縛され再び収監された。しかし未だに全ての脱獄犯は捕まっておらず現在も中央騎士団の厳しい捜索体制は解かれていない。ノーマンはその未だに捕まっていない脱獄犯の1人だった。
そのノーマンは薄暗い部屋の中、大量に置かれた檻の中で取り分け大きく頑丈な檻の前までやって来ると無感動な目で中に蹲っている生物を見下ろした。
「……予定より大分遅れているな。計画の7割と言ったところか」
不機嫌そうな声で手元の資料をめくりながら考えを巡らせる。
「予定とは異なるが予備を使っての安定実験を始めるか?いや、既に予備はいくつか投入しているからな、これ以上は再び調達せねば影響は無視できなくなるか…?」
その時、考え込むノーマンの背後に近付く者がいた。その者は気配を消したまま背後を取ろうとするが何かに弾かれたようにノーマンから5歩ほど離れた位置で停止した。その時になって漸くノーマンは背後を振り向いた。
「私の周囲には結界が張られている。気配を殺したところで接近を許す訳がないだろうが」
ノーマンに忍び寄っていた人物は両手を挙げ武器を持ってないことをアピールしながら答えた。
「どうも~、調達屋でっす。そろそろ旦那も何かが入り用なんじゃないかと思ったんで、ちょいと寄らせてもらいましたぜ」
接近してきた人物は黒いマントですっぽりと全身を覆っていて更に妙な猫背で自身の体格を誤魔化しているのだが、一番目立つのは頭部で何故かパンでも入っていそうな紙袋を被っていた。唯一目のところだけは雑に穴が開いているがそれ以外は普通の紙袋に見えた。
「……貴様、その紙袋はなんだ?」
「あ、これ、聞いちゃいます?気になっちゃいます?」
「もういい、黙れ」
「ただの覆面代わりですって~。怒んないで下さいよ~」
尚もヘラヘラとする調達屋を真面目に相手するのが面倒になったノーマンはさっさと本題に入ることにした。
「実験用の魔獣を3体ほど用意しろ。それから高純度の魔石を木箱1つだ」
「へい、毎度あり。受け渡しの手順はいつも通りで金はあのおチビさんが持ってくるんでいいスね?」
「ああ、忘れていた。そいつ用の薬も追加だ」
「へいへい。こんなもんですかい?」
「そうだ」
「3日の内には全部用意しときやす。そんで旦那さん、ちょいとお得なお話があるんですが……。どうでしょう?」
帳面に仕入れの内容を手早く書いた調達屋はそこで声を落としてノーマンに語りかける。だが見え透いた態度だったため話を聞く気は微塵も無かった。
「くだらん話なら今すぐ消えろ」
「絶対に損はさせませんって。ほら、聞くだけならタダですから」
「はぁ……」
ノーマンの吐いたため息を了承と受け取って調達屋は話し始める。
「実はですね、あの大陸戦争で使われた強化兵を製造していたらしい廃墟が発見されましてね?勿論、設備なんかは破壊されてて直しようもない状態なんですが…。そこから保存状態の良い魔法薬が手に入りまして、お得意様の旦那さんにお伝えしとこうかな、なんて思った次第なんですよね」
「大陸戦争の負の遺産の残滓か……」
かつての大陸戦争において戦争中期から後期にかけて大量に製造されたとされるのが魔法薬による強化兵だ。どんな人間でもその魔法薬を投与すればたちまち中央騎士団並みに強くなるとして各国がこぞって作り出した。
しかし副作用が酷く、投与された人間は定期的な摂取が必要となり、その分寿命が短くなったと言われている。戦争終結後に全ての開発施設と魔法薬が破壊、廃棄され製造法も失われたとされていた。そんな危険な薬が未だに残っていたことに自然と口角がつり上がる。
「面白い、とりあえず1つ追加だ。あの役立たずもこれで使えるようになるだろう」
「毎度ありっス。……あのおチビさんに使うんスか?」
「貴様は調達だけすれば良い。余計な詮索はするな」
調達屋は帳面に追加を書くとそのままゆっくりとノーマンから遠ざかる。少しずつ背後の闇に溶け込みながら最初と変わらぬトーンで別れを告げた。
「そんじゃま今日はこの辺で失礼します。用意ができたら今までと同じ方法でお伝えしますんでよろしくお願いしま~す」
完全に気配が無くなり何も感知できないことを確認してから再びあの頑丈な檻の前に戻る。中の生物は呻き声とも取れるような声で何かを訴えるがノーマンは全く気にしない。
「やはり素体に高いレベルの魔力資質を備えたモノを使うと他の魔獣ベースのキメラよりも魔力量も知能も良いな。しかしその分抵抗力も強いか」
頭の中でこれからの計画を修正しながらノーマンは僅かに笑っている。
「まずはあの役立たずで実験してからだな。効果があればコイツに転用してもいいだろう」
暗い室内で1人、静かに笑うノーマンはとても楽しそうに呟く。
「さあ、計画の達成までもうすぐだ。このオレに屈辱を与え、惨めな身の上に落としたその罪を貴様の命と無辜の命で償ってもらうぞ……」
昂ったノーマンの魔力に当てられてか周囲の檻から魔獣の鳴き声が響き渡る。悪意の喧騒の中で1人の人物の名前を出す。
「この学園の学長にして魔導元帥の1人、最強の水属性魔法使いと言われた貴様だ!ガルバー・ラインスロート!」
その叫びは紛れもない宣戦布告だった。
***
同時刻、学長室。
「………?」
「どうかされましたか?」
「いや……、ちょっと悪寒がね」
「風邪ですか?ご自分の体調管理くらいしっかりしてください」
メルアと学長室で仕事をしていたガルバーは妙な悪寒に体を震わせた。昨晩、ザルツの店で大暴れし甚大な被害を出したマリアベルの後始末をしていたところだった。当の本人は重度の二日酔いで自室に籠っているらしいが。
「学長、後は学長の確認と捺印ですのでマリアの後始末はさっさと終わらせてください。片付けなければならない書類はまだまだたくさんありますので」
メルアは大量の書類を学長の机に山積みにするとほとんど表情を変えずに言った。
「昼までに終わらなければ本日は昼食抜きですから」
げんなりとした顔になった学長はため息と共に判子を手に取った。
***
昨夜の騒動から一晩経ち、朝食を終えた特別科はマリアベルの代理で連絡に来たティファニアを寮に迎えていた。ティファニアは大量の課題と連絡事項を手早く残すとほとんど表情を変えないまま終わりにする。
「それでは、昼前と夕方にまた確認に参りますのでそれまでに課題を完了させておいてください。不要な外出は禁止です。どうしても外出しなければならない場合は私に必ず連絡するように」
「あっ、ティファニア先生。私は輸送局に手紙と荷物を出しに行きたいのですけれど……」
今朝になってなんとか平常運転に立ち直った朝霞がティファニアに言うとやはり無表情のまま頷いた。
「ご実家への報告書ですね?輸送局の一般受け付けの開始は昼前のはずですから私がもう一度ここへ顔を出した時に一緒に行きましょう。他に輸送局に用事がある方がいればその方も一緒に来るように」
「分かりました」
それだけ言うとティファニアは足早に寮を去っていった。ティファニアにも受け持つ授業があるため校舎から離れている特別科の寮から戻るのはちょっと大変かも知れない。
いくらマリアベルの友人で信用がおけるといっても少し申し訳なく思いながら朝霞は他の該当者を探す。
「はい、私の他に輸送局に行くのは誰?確かハンナとメリィは前の時に送ってたわよね?」
「そうだよん。でもまだ書いてなーい」
「メリィも書いてない!」
「だったら威張ってないで早く書いて。ティファニア先生に何度もお願いするのは悪いでしょう?」
文句を言いながら筆記具を取り出したメリィ達を見ながら他のメンバーにも聞くがミランダ達は実家から使いが直接取りに来るらしく不要とされた。他は通常の郵便で事足りるようだ。
報告書に関しては解決したので食堂に集まっている全員を見ながらなるべく厳しそうに声を張る。
「みんな、謹慎が解除されるまでは勝手にフラフラしないで大人しくしてなさいよね。特にギルバート」
「分かってるよ、うるせぇな……」
朝霞の小言にうんざりしつつもとりあえず渡された課題を進める。さすがにこの状況で寮から抜け出して外をブラつこうとは思わない。
それから各々が課題や報告書を進めているとさっそく飽きたのかギルバートは朝霞に話しかけ始めた。
「そういや、お前さ。昨日あれだけやられたってのにやけに元気じゃねぇか」
「うるさいわね。確かに自分の弱さを思い知らされてショックだったわよ。でもいつまでも落ち込んではいられないでしょう?」
「見事な負けっぷりだったもんなぁ」
「あんまり蒸し返さないでよ……」
再び少し落ち込む朝霞を見てシルヴィアは苦笑しながらフォローする。
「私だって腕には多少の自信があったからね。それに最初から情けないところを見せる訳にはいかないからやり方がちょっとズルかったかも知れないけど腕前はなかなか良かったよ?」
「あそこまで徹底的にやられた身としては素直に受け取れませんけどね……」
「本当だって。昨日も言ったけど朝霞の歳と環境を考えたら十分に見事だったと思ってる」
そこで一旦言葉を切ったシルヴィアは改めて朝霞に向き直る。
「昨日で少しは私の力と方向性が分かったと思う。私は実戦向けの指導しかできないから私の教え方と朝霞の望む内容が違うなら取り止めてもいいよ。それともこのまま続ける?」
「……確かに、私が想像していた内容とは違いました。私が今まで信じていたのは磨かれた剣技による人を活かす剣、活人剣です。
でも、昨日シルヴィアさんが見せた殺気は間違いなく人を殺すモノでした。昨日は結局初代様の剣技は見れませんでしたけどシルヴィアさんが殺気を見せた、ということは初代様の剣は殺人剣だったということですよね」
「詳しくは伏せるけど当時はそれが普通だったからね。菖蒲も最初から殺人剣を使ってた訳じゃないって言ってたし時代の流れで仕方なく、って感じだったけど」
「それでも……、例え私がこの先に教えてもらったことが活かせる日が来なくても『連斬』を使い続けるなら引き続き教えて欲しいです」
朝霞の言葉に笑顔で頷き、握手で了承とする。
「正式に朝霞の指導を引き受けよう。私が指導するからにはどうしても実戦向けの内容になってしまうけど、私にできる範囲内で君を菖蒲くらいにはするつもりだからよろしくね?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる朝霞。それを何とはなしに見ていたギルバートはポツリと呟く。
「シルヴィアは事情を話すつもりは無い癖にヤバい過去があるってことは隠さないんだな」
「まあ、隠しきれるものでもないしね。変に黙って隠そうとするよりそういう事実があるって知ってもらっておいた方が楽な時もあるから」
苦笑するシルヴィアに朝霞は頷きながら納得する。
「確かにそうですね。菖蒲様は200年ほど前の人だからその人と面識があるならシルヴィアさんも同じくらい昔から生きてるってことになりますから、それだけで普通の人じゃないんだなって思いますね。そしてそこまで気付いたら警戒して軽々しく触れようとしなくなりますよね」
「そういうこと。初めは隠そうと思ったけど私は嘘が下手でね?隠そうとすればするほどボロが出て散々だったんだよ」
「それで今では隠しはしないけど話しはしないってことか」
後を継いで結論を言うギルバートに小さな拍手で正解とした。
「そんな訳だから詮索も推察も構わないけど直接聞くのは勘弁して欲しいんだよ。物騒なことに巻き込まれてもしょうがないからさ」
そこでこの話はおしまいとばかりに課題を進め始めたシルヴィアに習ってギルバート達も課題に取り組む。そうして数時間経過した頃お昼を知らせる鐘の音が学園に響く。それを合図に各々は片付け始めた。
シェフィールドは昼食の準備にいち早く取りかかる為か手早く自身の荷物を纏めるとナーシャに指示を出してから足早に厨房へ消えて行く。
「私も何か手伝おうかな」
出来上がるのをただ待つのも手持ち無沙汰なので手伝いに行こうかとシルヴィアがフラフラしているとギルバートに止められる。
「止めとけって。厨房は朝霞とシェフィールドの城だからあいつら以外が勝手に入ると怒られるぞ」
「そうなんだ。でもただ待つのも落ち着かないなぁ」
「のんびりしとけよ。どうせしばらくは寮に缶詰めなんだから課題やったらダラダラしてればいいんだよ」
「今までは一日中何かしら動いてたから待つのがなんとなく苦手なんだ」
何か仕事を求めて右往左往するシルヴィアにかける言葉は無いと思ったのかギルバートは荷物を抱えて自室に戻ってしまった。
来たばかりでまだ寮内の詳しいルールや役割分担も知らないので下手に手出しもできず食堂の中を行ったり来たり。挙動不審である。
「とりあえず課題でもやっておこうかな……」
手持ち無沙汰のあまり、既に半分以上が終わっている課題に再び取り組む。このペースなら午後の早い時間に終わりそうだ。
「何か趣味を見つけないと時間が有り余るな、これは」
村にいた頃は小さな子供たちの相手が半ば趣味みたいなものだったのだがここでは子守りはできない。
ちなみに朝霞からの説明では特別科寮の家事の一切はシェフィールドが取り仕切っておりナーシャの従者訓練としての場でもあるそうだ。炊事、洗濯、掃除に加え、主人の世話や来客の対応、お茶の入れ方から個人の好みまで、あらゆる事柄を徹底的に仕込んでいるらしく下手に手出しをしようとするとシェフィールドの立てたスケジュールが崩れるようで嫌がられる、と言われた。そこまで言われれば手出しなど出来ようもなくどうしたものかと頭を抱えるしかないのだが。
あれこれ考えているうちにティファニアがやって来たようでナーシャの先導を受けて食堂へ入って来た。
「お疲れ様です。課題はきちんとやっていますか?マリアからの伝言ですが今日の分が終わらなければ明日は倍になるそうですから気を付けてください。
それでは輸送局へ行く方は外出の準備をしてください」
ティファニアの指示に朝霞とハンナとメリィが立ち上がる。輸送局で荷物を出すには本人の確認が必要だからだ。
「それじゃあ、行ってきます。何か郵便があるなら代わりに出すけど誰かいる?」
「オレの報告書出してくれ」
朝霞の言葉にザックスが封筒を渡す。郵便に本人確認は必要ない。
「準備は整いましたか?では出発しましょう」
淡々と言うティファニアに先導される形で3人は出ていった。
ティファニア達が出て行き少ししてから昼食の用意ができたようでシェフィールドが配膳を頼んできた。
「用意が完了しましたのでお手空きの方はお手伝いお願いします。ナーシャはお嬢様のお食事の準備をするように」
シェフィールドの指示にナーシャが素早くテラスの準備を始めるのを見て、各々がそれぞれに動きだし慣れた様子で配膳していく。シルヴィアも邪魔にならないようにしながらアイシアと共に配膳をした。ほどなくして全員の配膳が完了し席に着いたのを見計らってなんとなく食事がスタートした。
そんな中、シェフィールドのみがテーブルに着かずミランダの給仕をしているのにシルヴィアは気付いた。
「アイシア、シェフィールドは食べないの?」
「ミランダが食べ終わったらいつの間にかシェフィも食べ終わってる」
アイシアの淡々とした返事にギルバートが被せるように付け加える。
「ナーシャと交代で食ってるみたいだぞ」
そう言えばナーシャの姿が見当たらないのに今更ながらに気付いた。
「どこで食べてるんだろ?」
「厨房で食ってるらしい。なんか飲み食いしてるところは見せないようにしてるみたいだな」
「ミランダは気にしなさそうだけどね」
「主人の意向と従者の意向は違うんだろうな」
「お嬢様とその側仕えは大変だね」
「まったくだな」
実はシルヴィアの知るお嬢様と従者は全然違うものだったがあれは特別だったらしい。思えばミランダ達の方が確かにお嬢様をしていると思う。
懐かしい人を思い出しながらシェフィールドの作った食事を楽しんで昼食は終わった。
***
「買い出しに行かねばなりません」
食事が終わり全員がお茶を飲みながらまったりしているところにシェフィールドが少し硬い声で発した。
聞けば普段の買い出しはシェフィールドが全て行っているが今日の午後はあいにく用事が入っている為に行けないらしい。そんな訳で誰かが行かねばならない訳だが、誰が行くのかが問題だった。
人にもよるが基本的に買い出しは面倒だ。少ない量ならば手提げかばんの1つでも持って行けば事足りるだろうが、寮の全員分の今晩の夕食に加え、寮での待機が命じられた為に明日の朝食、昼食分と必然的に多くなる。嫌がるのも無理は無いだろう。
しかし、シェフィールドはどうやってか1人で全ての買い出しを行っているので今まで誰も気にしていなかった。
「オレは課題が終わってねーからパスだな」
いち早くザックスが面倒だと判断して逃げた。それに続いてギルバートも課題を盾に逃げようとするが、それを察したザックスに逃げ道を閉じられる。
「ギルバートは課題なんざ最初からやる気無いだろ?だったらお前が行ってこいよ。いつもと同じだ」
「ふざけんな、勝手に決めんじゃねぇ」
「いつも勝手に抜け出すんだから堂々とサボれて良かったじゃねぇの」
「お前な……」
ヒートアップしかけたギルバートを横からガイが宥める。
「落ち着いて、オレが行ってくるから2人は仲良く課題をやってればいいよ」
ということで一名決定。そこにシェフィールドが付け加える。
「ちなみにナーシャはお嬢様のお世話があるので不可です。ナーシャは影を飛ばしてティファニア先生に買い出しの許可をとりなさい」
指示を受けたナーシャは一礼すると音もなく自らの影に潜っていった。ここで更に一名が外れたが最初からミランダは数に入っていないので、残るは5名になったがここにいない朝霞、ハンナ、メリィの中では恐らく朝霞以外は役に立たない。誰もが無言のうちにハンナとメリィを除外した。
そこにナーシャが返答を貰って来たようで、なるべく早く戻ることを条件に許可を得てきた。ついでにこれから朝霞が急いで戻ってくることも分かった。
「じゃあ、ここは私も行ってくるよ。地理も覚えたいし課題は粗方終わってるからね」
「私も行く」
消去法でシルヴィアとアイシアが選ばれ買い出し班は決定した。
***
しばらくすると朝霞が息を切らせて寮に戻って来た。急いで昼食を食べて先に戻って来たようだ。
シルヴィアは肩で息をする朝霞に水とタオルを渡しながら椅子に座らせた。
「お疲れ様。何も走って来なくても良かったのに」
「こういうことは急いだ方がいいですから。それより、シェフィから買い物のメモとか預かってますか?」
朝霞に言われ言葉通り預かっていたメモを渡す。渡されたメモを見て効率的な買い物ルートを考える朝霞。
「……うん、成る程ね。ルートは決まりましたからこれから行きましょうか。多めなので荷物持ちが欲しいんですけど誰か来ますか?」
「ガイとアイシアが一緒に来てくれるってさ。ギルバートとザックスは課題が終わってないから無理だって」
「ガイが来るならあの2人は結構です。邪魔なだけですし。お金は預かってますか?」
「それも預かってるよ。……でもこれ本当にそのまま使っていいのかな?」
シルヴィアはシェフィールドから預かった買い物用の財布を取り出して言う。明らかに高級品の財布にぎっしり詰まったお金を見るとどうしても物怖じしてしまう。
朝霞はシルヴィアの様子に苦笑すると買い物用で大きめの手提げかばんを取り出して言った。
「それは私も思いました。けどミランダが言うにはこれは先行投資なんですって」
「先行投資?」
朝霞の言葉に首を傾げる。
「はい。学園を卒業した後でミランダに困ったことがあった時に、無条件に援助してくれればそれでいいんだそうです」
「ミランダは何かやるつもりなのかな」
「ミランダの実家はかなりの大家ですからその後継ぎが決まっているなら卒業後のイメージくらいはあるでしょうね。学園都市からは遠いんですけど大きな領地を治めているそうですよ?」
「私もずいぶんと各地を転々としたけどローゼンハワードの名前は聞いたことないなぁ」
「私も詳しくは知らないですけど、大陸戦争が終わった後に出世したって言ってましたね」
朝霞の言葉に返事を返したところでガイとアイシアが2人に合流してきた。ガイは買い物用の大きな背負い袋も背負っている。
「それじゃ、さっそく行くとしましょうか」
***
学園都市の市場は広い。何しろ学園都市は大人から子供まで数万人いるのだからその食料を賄おうと思ったら並みのレベルではとても供給しきれないだろう。
市場だけでも広大な区画を2つ分使い、野菜、肉、魚、その他の食材から調味料まで全てを網羅していた。更に大陸内の食材のみならず、隣の大陸や海を隔てた国の食材まで取り扱っているというなんとも馬鹿げた話だった。
その市場は朝から晩までどこかしらの店が開いており1日を通して常に活気に満ちている。シルヴィア達が買い出しに来た現在も騒然と賑わっていた。
大量の人でごった返す市場の通りをシルヴィア達ははぐれないようにしながら歩いて行く。
「こんなに大きい市場は久しぶりだよ」
思わず呟いた独り言をはぐれないように手を繋いでいたアイシアが耳聡く拾う。
「久しぶり?」
「今まではもっと静かな田舎でのんびり暮らしてたからねぇ」
「どんなところ?」
「ここからずっと東の方に行ったそこそこの大きさの街の外れにある小さな村だよ」
今では故郷と言ってもいいくらいの住み慣れたあの土地を思い出す。村を出てからまだ幾ばくも経ってないにも関わらず少し寂しさを感じるのはなんとも気恥ずかしい。これもホームシックのようなものか、と思う。
気恥ずかしさを誤魔化すようにぶつかりそうになった人を避けてから今度はアイシアに尋ねる。
「アイシアの住んでたところはどんなところ?」
「ずっと雪が降ってる」
「ずっと雪か……、ということは北の大陸?」
「そう」
「北の大陸は昔に一回だけ行ったけど寒くてすぐ戻って来たんだよね」
アイシアと喋りながら思うのはなんとも不思議な気分だということ。
アイシアは常に無表情で感情の振れ幅が極端に小さく、口数も多くなくあまり長々とは喋らない。そうかと思えばスキンシップは積極的で気が付くと誰かの隣にいたり、手を繋いでいたりと微妙なちぐはぐさが不思議な気分にさせる。
今も自然に手を繋いで歩いている。もちろん、この混雑した人混みで小さなアイシアはあっという間にはぐれると思ったから手を繋いでいるのだがよくよく思い返せば初めに手を差し出したのはアイシアではなかったろうか?
そういえばギルバートにも妙に懐いており手を繋ぐのはもちろん、膝枕や椅子代わりなど相変わらずの無表情だが満足そうな雰囲気なのは良く分かった。
気が向けばもう少し詳しく馴れ初めなんかを聞いてみようと思う前方で朝霞はメモを片手に次々と買い物を済ませていく。買ったものはどんどんガイの背負う買い物籠に入れていき1つの店に立ち寄る時間は僅かに数分だけだった。
買い物籠がそろそろいっぱいになってくるとガイが両手に持ち始め、積載量の限界が来たところでメモに書かれたものは買い終わったようだ。
市場の人波から外れ、財布とメモを仕舞った朝霞はガイの持つ買い物袋に手を伸ばす。
「これで全部ね。ガイ、手に持ってる分は私も持つから貸して」
「じゃあ私も少し持とうかな……」
朝霞とガイが荷物を分けるところに近付こうとすると不意にアイシアがシルヴィアのスカートを引っ張った。シルヴィアが振り返ると目を細めたアイシアが路地を見つめている。
「どうしたの、アイシア?何かいたかな」
「濁った魔力を感じる」
言われ、シルヴィアも路地の奥に感覚を伸ばしてみた。するとアイシアの言う通り、いつぞやで感じた濁った魔力を感知した。
2人で路地を見ていると不審に思った朝霞とガイが何事かと近付いて来た。
「どうかしましたか?」
「この間の、荒らされてたお店に残ってた魔力が路地の奥から感じるんだけどね。どこかに通報した方がいいのかな」
「それなら保安部に通報した方がいいと思います」
シルヴィアの言葉にサッと顔色を変えた朝霞はすぐさま保安部への通報を提案する。
「私が近くの保安部の待機所に言って来ますからシルヴィアさん達はここで待っててください」
口早に言うと朝霞は人混みの中を駆けて行った。ガイが一先ず荷物を下ろしたところでアイシアがフラフラと路地に入って行こうとし始めたのでシルヴィアは慌てて抑えた。
「ダメだよ、アイシア。朝霞が戻るまでここで待ってよう」
「でも、濁った魔力の他に変な泥の固まりみたいな魔力もある」
「「泥の固まり……?」」
アイシアの不思議な説明にシルヴィアとガイが揃って首を傾げる。アイシアは何故分からないのか、という風に少し苛立ったように再び路地の奥に目をやった。
シルヴィアはもう一度、今度は強目に感覚を伸ばしていくと確かに濁った魔力の近くにどす黒いような感覚の魔力を感じた。ただ、箱に入っているのか僅かに漏れでた魔力を辛うじて感知した程度だったが。
そしてシルヴィアはこのどす黒い魔力を良く知っていた。その危険性を思い出したシルヴィアは路地に向かって駆け出していた。
「ガイ、アイシアとそこで待ってて!私はあの忌々しいモノを回収してくる!」
「待て、シルヴィアさん!」
ガイが腕を伸ばしてシルヴィアを止めようとするも素早い動きでかわし、そのまま路地に入って行ってしまった。アイシアも続いて行こうとするのはなんとか止められたが次の行動に悩む。その間にシルヴィアは見えなくなってしまった。結局、ガイは朝霞が戻るのを待つのを選択した。
***
ガイの制止を無視して路地を駆け抜けるシルヴィアは段々と濁った魔力に近付くのを感じる。今はもうあのどす黒い魔力は感じられないが間違いなく同じ場所にあるはずだ。
「あの薬は施設も含めて全部、破壊したはずなんだけどな。誰かが今になって見つけたのか……」
独り言を漏らしながら暗くて狭い、雑然とした路地をものともせず走り続けるシルヴィアはいつの間にか周囲の様子が違うことに気付いた。先ほどまでは市場の喧騒が届いていて路地にいても学園都市の一部だと思っていたが今では真逆の雰囲気に包まれている。
周囲を警戒しながらスピードは落とさず突き進む。しばらく走ると微かな声が聞こえた。1人は前回の戦闘に居たローブの人物だろうがもう1人の男の声は分からない。一先ずは物陰で様子見をしてみる。
「……そんじゃ、確かに。おチビさんも大変だねぇ?」
「いえ、役目さえ果たせば私の望みが叶うんですからこれくらいはやります」
「望み、ねぇ……?あんまり詮索はしないけど無理はしなさんな」
「ありがとうございます。でも、多少の無理は覚悟の上ですから。それに、出来の悪い私は無理してやっと人並みですし……」
「十分頑張ってるように見えるけどねぇ……、うん?」
何故か紙袋を被った男が周囲を警戒するように辺りを見渡す。その行動にローブの人物も遅れて警戒し始めた。
「誰か居るなぁ。保安部か?」
「保安部なら様子見などせずに突っ込んでくると思いますけど……」
2人が警戒する様子を見たシルヴィアはそっとため息を吐くと物陰から静かに移動を始めた。捕らえることも考えたがとりあえず第一目標はローブの人物が持つカバンだ。奪取するか破壊するためには少し距離が遠い。
「おチビさん、受け渡しは旦那以外は知らないはずだよなぁ?」
「そのはずですが……」
「用心棒さんはどこに?」
「この後に合流する予定です。緊急事態が発生した場合は合図を出す予定になってます」
「そいつは結構。今すぐ合図を……」
紙袋の男が僅かに気を逸らした瞬間を狙ってシルヴィアは物陰から飛び出した。三歩で距離を詰め、ローブの人物が持つカバンの持ち手を手刀で切断する。落ちたカバンを走った勢いのまま思い切り蹴飛ばしてカバンを確保すると2人から距離を取った。
ローブの人物は一瞬、硬直したがすぐに立ち直り懐からナイフを出すとシルヴィアに斬り掛かった。
「返しなさい!」
「断るよ。これは残らず破壊させてもらうから」
迫るナイフの刃を手刀で斬り飛ばすとローブの人物は驚いたように後ずさる。気付けば紙袋の男はいなくなっていたがどうでもよかったので無視した。それよりも問題はカバンの中身である。
「君はこれがなんなのか知ってる?」
問い掛けを無視して新しいナイフを取り出してローブの人物が再び斬り掛かったがシルヴィアは今度はナイフを持つ腕を取って組技の要領で関節を極めるとそのまま地面に組伏せた。
ローブの人物は関節の痛みを堪えるようにしながら必死にもがくが小柄なはずのシルヴィアは全く動じなかった。
「気紛れに習った護身術がこんなところで役に立つとは思わなかったな……。エルマに感謝だね。
それはそれとして、取り押さえたからには君を保安部に突き出すし、カバンの中身は破壊させてもらうよ」
尚ももがくローブの人物が無理に逃れようとするのを関節を締め上げて阻止するが更に抵抗が激しくなる。
「諦めて大人しくしてくれないかな?これ以上は君の肩と腕を破壊することになるんだけど……」
シルヴィアがなんとか抵抗を止めさせようとするがローブの人物が一際強く暴れた瞬間、何かが折れるような鈍い音がした。骨が折れたようだ。
「言わんこっちゃない……」
「ああああああっっっ!!」
呆れたシルヴィアを強引に振り払い、ローブの人物が無理矢理に拘束から抜け出した。右腕が不自然な形になり、肩からの長さもおかしなことになっている。肩は外れて、腕が折れているのだ。
「……まぁ、君を逃がしても別に私はどうでもいいんだよ。私はカバンの中身さえ破壊できればいいだけだから」
「……それを、返してッ!」
ローブの人物が更にもう一本、左手にナイフを取り出して突進してくる。右腕をダラリとさせたままの不恰好な突撃はとてもお粗末なものになっている。
シルヴィアは足元のカバンを踏みつけながら突撃に構える。そこに、2人がぶつかる寸前で介入してくる者が現れた。その人物は突進するローブの人物のナイフを取り上げそのまま抱え上げた。やはり、前回同様に途中で乱入してきた大剣の男だった。
大剣の男、ゲイル・ジニアスは弱々しく抵抗するローブの人物を強引に気絶させるとその右腕を庇いながら地面に横たえた。
「悪いな、この前も今回も途中から横入りしちまってよ」
「君はなかなか強いから来る前にこれを破壊したかったんだけど」
「誉められるのは悪くねぇがそいつを壊されるのはゴメンだな」
ゲイルは気楽に笑いながら背中の大剣を抜き、構えた。
「こないだの続きと行こうぜ?」
不適に笑うゲイルは前回とは全く違う気迫を見せつける。構えた大剣からは魔力が溢れて蜃気楼のように周囲が揺らめいた。
シルヴィアはゲイルが構える大剣を見た瞬間に驚きのあまり僅かに硬直した。
「……驚いた。こんなところでその剣に会えるとは」
「なんだ、コイツを知ってるのか?」
「多分、君よりも知ってるよ。懐かしい剣だ」
シルヴィアは本当に驚いていた。学園都市に来て朝霞の持つ『連斬』と再び出会った時も表には出さなかったがそれなりに驚いていたのにまさかここに来て更に出会うことになるとは思わなかった。
ゲイルの持つ大剣は見た目はシンプルながら重厚な質感を感じさせ、凄まじい魔力が内で渦巻き、まるで大魔法のような威圧感を出している。
シルヴィアはその大剣の名前を知っている。その名前は、
「魔剣『剛刃』。その刀身は決して折れず刃毀れ1つしない、剣の形をした極大魔法。あの大戦で実際に使われた剣の一振りだ」
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。
ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。




