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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
11/38

第10話  訓練と敗北と暴虐の化身

場所は特別科寮の中庭。勝手に作ったテラスがあったり小さな畑があったりしているが武器を振り回しても問題ない程度の広さがあった。その中庭には暇を持て余した特別科のほぼ全員が思い思いの位置で向かい合う2人を見ている(ハンナは部屋で爆睡中のためここにはいない)。シルヴィアと朝霞が連れ立って寮の中庭に降りていく途中で面白がってついてきたのであった。

朝霞は見知った顔とはいえ明らかに見せ物扱いされているのに居心地の悪さを感じつつ正面の無手で自然体に立つシルヴィアに話しかける。


「シルヴィアさんは何か持たないんですか?木剣か何かでも探せばあると思いますけど…」


「私は素手で十分だよ。逆に武器は全然使えないんだよね」


シルヴィアは少し照れながら何も持ってない手をプラプラとさせる。その様に朝霞は怪訝な顔をした。


「私の指導をしてくれるって言うからシルヴィアさんも剣を使って実戦方式で教えてくれるのかと思ったんですけど」


朝霞の疑問に答えたのは離れた場所で座り込み、何故かアイシアに膝枕しているギルバートだった。


「シルヴィアは手刀で十分だと思うぞ。前に少し見たけどどういう仕掛けか知らんが振り抜いただけで酔っ払いどもをぶっ飛ばしたからな」


「なにそれ?」


朝霞はギルバートの言葉を冗談と受け取ったらしく適当に返事をしただけで再びシルヴィアに向き直る。苦笑するシルヴィアは手を手刀の形にして言う。


「まぁ、私が手刀で大丈夫ってことはギルバートの言うとおりだし信じられないなら実際にやってみればいいだけだろう?」


「それなら私は木剣に持ち直します。無手の相手に訓練のためとはいえ真剣を向けるのは流派の掟に背きますから」


そう言うと手に持っていた『連斬』をギルバートの膝に寝転がったままのアイシアに預け寮の中へと入って行った。少ししてから木剣は2振り持って現れた朝霞は一本をシルヴィアに渡した。


「どうぞ」


「とりあえず預かっておくよ」


シルヴィアは渡された木剣を自分の後ろに突き立てて再び無手のままで立つ。そこまで言うなら、と朝霞は構えもしないシルヴィアの対面に立つと真っ直ぐに木剣を構えた。

シルヴィアは手足を伸ばして体を軽くほぐし、右手で手刀を作ると朝霞に言う。


「じゃあ準備もできたところで始めるかな。朝霞、今なら武器の持ち替えを認めよう」


「木剣で大丈夫です。シルヴィアさんこそケガしますよ?」


「心配は有難いけどケガは朝霞がするかも知れないね」


あからさまな挑発と分かっていたが少しムッとする。


「シルヴィアさん、私は免許皆伝こそ認められていないですけど道場では門下生一の腕前だったんですよ。いくつかの型は既にお父様とお祖父様からも認められていますし」


「ならもっと強くなろうか。その程度で『連斬』を使いこなせると思ったら大間違いだよ」


シルヴィアの言葉が言い切らない内に朝霞は動いていた。狙いは右手首。浅く打ち込めば大したケガにはならないはず。そう思って鋭く打ち込んだ木剣は狙い通り右手首に吸い込まれて、


「勢いはいいけど狙いが真っ直ぐすぎだね」


いつもと変わらない調子の言葉が聞こえたと思った瞬間、気付けば握っていたはずの木剣は手元から消え失せ朝霞の背後で転がっていた。


「え?」


突然何も無くなった手の中を呆然と見つめ先ほど起こった一瞬のやり取りが理解できない。我に帰った朝霞は慌てて背後の木剣を拾い直し再び構える。


「今のは……」


「ただ、弾いただけだよ?」


起こったことは簡単だった。シルヴィアが朝霞の木剣を弾き飛ばした。それだけである。

しかし、会話の最中に不意のタイミングで手首を狙ったのだ。普通ならば反応されても軌道を反らされるくらいでまさか振り抜いた瞬間すら分からず木剣を弾き飛ばされるとは思うまい。

いきなりの事態に焦る朝霞は木剣を上段で構え、再び打ち込んだ。


「これならッ!」


少し開いた間合いを一歩で詰め左肩狙い…、と思わせて右肩を狙った先ほどよりも速い一撃を繰り出す。流派の基本的なフェイント技で父にも誉められたほどの冴えを持った技だった。

しかし、今度もあっさり打ち払われついでに足払いを掛けられてバランスを崩した朝霞は派手に転んだ。


「そんな…」


「朝霞、私は君の最強のご先祖様の動きを知ってるって部屋で言ったよね?子供騙しの技は何一つ通じないよ。分かったら『連斬』を持ってきてごらん」


シルヴィアはただ始まった時から変わらず立っているだけ。その場から動いてすらいない。


「やる気がないなら終わりにしよう。学長には私から言って指導は無しにして貰うからさ。

―――棒切れを振り回して遊ぶだけなら私は付き合わないよ?」


「ッ!!」


シルヴィアがこぼした最後の一言は朝霞にとって無視できないものだった。

朝霞をその気にさせようとしているのが分かるほどの見え透いた挑発。だが自らの使う剣術をただの棒遊びと言われて黙っていられるほど朝霞の矜持は軽くなかった。

転んだ状態から素早く起き上がり相変わらずギルバートの膝に寝転んでいるアイシアの元へ駆け寄ると何も言わずにアイシアから『連斬』を受け取った。


「頑張って」


「全力で行った方がいいぞ」


アイシアとギルバートの声に頷きだけで返した朝霞は再度シルヴィアの正面に立つ。しかし先ほどよりも距離を空けていた。


「それが本来のスタート位置かな?」


「そうです。シルヴィアさんは私の剣術を知っているのでしょう?」


「私が知ってるのは菖蒲の剣術だけどね」


「菖蒲様の剣術は流派の剣術です。ですけど当時から更に洗練されています。次は私が一本取ります」


「その意気やよし、ってね」


「行きます」


あくまで自然体で立つシルヴィアに朝霞は初手から全力の一撃を選択した。数メートルあった距離を朝霞は強化魔法によって強化した脚力を使ってたったの二歩で詰めた。そのまま全身を強化し勢いよく抜刀する。


「風斬活心流、一の型。断ち風!」


一瞬でシルヴィアを間合いに収めた朝霞は抜刀した『連斬』を横薙ぎに振るった。先ほどまでとは違う手加減のない本気の技なのは一目瞭然だった。回避のしにくい胴体を狙った鋭い一撃にシルヴィアは少し驚く。


(予想以上に鍛えてるなぁ。でも……)


内心は全く表に出さないままあっさりと後ろに下がって回避する。ギリギリ切っ先が届かない位置まで一歩で下がるが朝霞は止まらなかった。


「逃がしません!」


長い刀をまるで手足のように振り回しシルヴィアを捉えようとするがシルヴィアは全てを紙一重で回避している。そこでシルヴィアは気付いた。


「大振りはフェイントで足下の草や石を斬ってたのか」


「もうバレるとは思いませんでしたけどね……!」


「それも菖蒲がよくやってた小細工だよ」


思惑を簡単に見透かされて朝霞は歯噛みする。だが勢いのままにこのまま押しきるつもりで振るっていく。

そこでシルヴィアが距離を離そうと大きく後退したところで朝霞は再び仕掛けた。


「四の型、突き風!」


距離を取ろうとした一瞬の隙を突いて今度は突き技を繰り出した。狙いは胸の真ん中。さすがのシルヴィアでも防御するはず、と朝霞は全力で打ち込んだ。だが、シルヴィアは予想外の方法でその攻撃を防いだ。


「やっぱりこう来たね。菖蒲もこの組み合わせはよく使ってたから予想できるよ」


涼しげな言葉を放ちながらシルヴィアは『連斬』の切っ先を止めている。ただし、防いだのではなく指先で摘まんで止めていた。

驚く朝霞は急いで『連斬』を引き戻そうとしたがまるでそこに固定されているかのようにビクともしなかった。

朝霞がなんとか刀を引き戻そうとするのを見ながらシルヴィアは呑気に喋り始めた。


「さっき朝霞が使った一の型から四の型の連撃は菖蒲もよく使っててね。敵陣に斬り込む時は仲間の静止を無視していつも突っ込んでたよ。

まぁ、菖蒲の場合はもっと速すぎて2つの型が1つの型みたいになってたんだけど。見てる側はまるで嵐みたいに見えてたね。その連続技も流派に伝わってるんでしょ?」


「くっ……、全然抜けない…!

ええ、そうです。一の型を後ろに下がって避けられたら四の型で逃がさない。これは菖蒲様の得意技だったんですか?」


「対人なら大体この技から始まってたね。ほとんどこれで終わってたけど」


「デタラメな……」


シルヴィアは苦笑と共に摘まんでいた『連斬』を離した。急に離された朝霞はバランスを崩しつつも一度距離を取って構え直した。


「ここまでで私はどうですか?」


「悪くはないと思うよ。剣技を競う場面なら文句無しだ」


「…それは実戦ではダメだと?」


「そこら辺のチンピラ相手なら問題ないよ。逆にチンピラが心配になるくらいだ。

でもこれじゃ実戦には出せないなぁ。真っ直ぐすぎるんだよ」


「真っ直ぐすぎる?どういうことですか」


「朝霞の剣術は良く言えば基本に忠実、悪く言えば馬鹿正直なんだね。街の道場レベルならこれでいいんだけど相手に殺意があって命のやり取りが発生する場合だとほぼ確実に負けると思うよ」


シルヴィアは何気なくピンと伸ばした指を朝霞に向ける。謎の行動に朝霞は意味が分からず首を傾げた。


「久しぶりだけど……。これくらいかな?」


シルヴィアが呟いた瞬間に朝霞は全力で後方に跳んだ。自分でも意味が分からない全力の退避だった。

バクバクとうるさく騒ぐ心臓を必死に落ち着けようとしながらシルヴィアを見るが相変わらず指先を向けた姿勢で立っているだけだ。


「何…、何だったの…?」


そこにシルヴィアがゆっくりと歩いてくる。


「身体はできてる。反応もまぁ、及第点かな。

でもね、それだけじゃ足りないよね。剣術っていうのはただ流派を極めればいいって訳じゃなくてさ、それを使うのに十分な意志と経験が無ければいけないと私は思うんだ。まぁ、経験はこれから積むしかない訳だけどね。…ところでさっき私が何をしたか分かったかな?これが分からないとここから先は意味が無いよ」


「……剣気、ですか?」


「惜しいな。近いんだけどそれよりもう少し物騒だよ」


「まさか、殺気?」


「そうそう、さっきの一瞬だけ私は朝霞を本気で殺そうと思ったんだよ。指を向けた刹那だけね」


先ほどのシルヴィアが向けた殺気を思い出し身震いと共に冷や汗が流れる。再び正面に立ったシルヴィアが言う。


「次のに耐えられたら今日は満点にしよう。あんまり急いで無理をしてもしょうがないしね。次はさっきよりちょっとだけ強く行くよ?」


朝霞が「えっ?」と思う瞬間に微笑むシルヴィアが肩に手を置いた。腕を動かしていたことに遅れて気がついたと同時に意識が薄れて行くのをまるで他人事のように思った。



***



ギルバートは突然崩れ落ちた朝霞をよく分からないまま見ていた。刀を手から落とし前のめりに倒れる朝霞をシルヴィアは優しく抱き留めている。


「は?」


意味が分からない。突然の事態に驚くが勝手に膝枕をして寝ていたアイシアがポツリと呟いた。


「……ビックリした。死んだかと思った……」


見れば冷や汗でびっしょりになっている。小さく身体も震えているようだ。


「なんだ、どうしたってんだ?」


「分からない?ものすごい殺気が飛んできてホントに死んだかと思った…」


「殺気だと?それだけで朝霞は気絶したってことか?」


アイシアは小さく頷くとようやく起き上がった。そのままシルヴィアの元へと行くと朝霞の手を取っている。


「おはよう、アイシア。大丈夫。死んでないよ」


「うん。分かってるけど念のため」


少し遅れてやって来たギルバートはシルヴィアにどうなったのかを尋ねた。


「アイシアが言ってたんだが殺気?、を飛ばしたのか?」


「殺気も感知できるのか…。アイシアはすごいねぇ。

そうだよ?これに耐えられたら私も技を披露しようと思ってたんだけどね」


「凄かった。私も死んだかと思った」


「ごめんね」


「代わるぞ、朝霞の腕を回してくれ」


シルヴィアから気絶した朝霞を受け取りながら中庭に集まった特別課の面々を見ると反応は大体二通りだ。一つはシルヴィアの殺気が分からず不思議そうな顔をしている。もう一つはさりげなく身構えていることだ。因みにミランダだけは面白そうにテーブルに肘を立てていた。


「とりあえずそこら辺に寝かしとくか」


「任せたよ。私は刀を戻しておこう」


朝霞の腰から鞘を抜き取るとそのままギルバートに任せたシルヴィアは足下に転がったままの『連斬』を拾い丁寧に鞘に戻す。

そこでマリアベルが建物から顔を出してきた。


「なにやってんの、アンタ達。さっきの殺気は誰?シルヴィア?」


「ププー、先生つまんなーい。ダジャレ言うならもっとマシなの持って来なきゃダメなんだよー?」


意図せずダジャレになってしまったマリアベルの言葉をすかさずメリィが拾いからかうが一瞥するだけで無視する。その反応にメリィは不満げに膨れる。


「先生、無視しないでよ~」


「うるさいわね…。メリィ、書類は書いたの?アンタいつも提出が遅いんだからまだならさっさとやりなさい」


「だーいじょーぶ。まだ期限まであるし。明日やるし」


「そう言うヤツは絶対にやらないのよ、黙ってやりなさい。遅れたら追加するからね。

で、さっきのはアンタ?」


マリアベルが腰にしがみつくメリィを力任せに引き剥がしながらシルヴィアに尋ねる。


「朝霞だけに向けたはずなんだけどなぁ…。思ったより周りに飛んだみたいだね」


「一部の先生連中は武器を持ってここまで来ようとしてたわよ」


「迷惑かけちゃったかな?」


「大して手間はかかってないわ。それより朝霞の訓練?」


マリアベルがテラスのベッドチェアに寝かせられた朝霞を横目で見ながら言った。


「そうそう。とりあえず今の実力を測ろうと思ったんだけど、ちょっと強目に殺気を当てたら耐えられなかったみたい」


「そりゃそうでしょ。本物の剣士と自分の家の道場しか知らない箱入りの小娘とじゃあ立ってる場所から違うじゃない」


「私は本物じゃなくて偽物…、というかそれらしく振る舞ってるだけなんだけどね」


マリアベルのじとりとした目に苦笑しながら答える。マリアベルはその答えに呆れた様子で「よく言うわ」と言うと再び寮の中へと戻る。その途中で振り返ると一応、といった風に注意をしていく。


「なんにせよ、あんまり目立つようなことはしばらく控えなさい。おバカどもが派手に吹っ飛ばしたおかげで普段よりもうるさいんだから。これ以上アタシに余計な手間をかけさせないで」


「分かったよ、何か考えておくから」


「この中庭くらいなら多少暴れても大丈夫だからそれで大人しくしておきなさいよ。あと、殺気はあんまり飛ばさないこと」


言うことを言って満足したのか手をヒラヒラと振ってそのまま帰って行く。途中でお茶とお菓子を持ってきたシェフィールドとすれ違うとお菓子を1つ勝手に取ると手土産代わりに持って行った。

マリアベルと入れ違いにテラスへと出てきたシェフィールドがテーブルにお茶の準備を始めるとその主人であるミランダがシルヴィアを手招きする。


「次は私に付き合ってちょうだい?この間の約束をここで果たしてもらいましょうか」


微笑むミランダはその表情とは裏腹に拒否を許さないような圧力で笑いかける。シルヴィアはやれやれ、と肩を竦めながらテーブルに着く。何故かアイシアとメリィも一緒に空いた席へ勝手に着いた。

いきなり増えた人数とマリアベルがお菓子を持って行ってしまったため数が減ったことでお茶会の計算が狂ったのかシェフィールドが僅かに眉をひそめる。


「もう一度準備し直します。それまでこちらのお菓子でご容赦くださいませ。ナーシャ、それまで皆様のお世話を頼みます」


シェフィールドはミランダの許しなくお菓子を頬張り始めたメリィに小さく嘆息する。


「メリィ様、あまり食べると夕食が入らなくなりますよ。…聞いておられませんね。お菓子は控えめで良いでしょう」


シェフィールドのささやかな注意は当然、無視された。



***



中庭での朝霞の腕試しとミランダの突発的なお茶会が終わってから数時間後、日が傾き始めた頃を見計らって特別科の面々はシルヴィアの歓迎会が開かれる小鳥の止まり木亭へと向かっていた。

しかし全員集合という訳にはいかなかった。


「ミーちゃんとシェフィちゃんも来れば良かったのにー」


「メリィ様、シェフィはともかく、お嬢様をあまりいい加減な呼び方をするのは止めてください。…まったく、本来であれば私も不参加の予定だったのにどうして……?」


メリィを軽く嗜めながら自分がどうしてここにいるのか納得していない様子のナーシャだったが暇を持て余したメリィにスカートをバサバサと煽られそれどころではなくなった。突然の非常事態に顔を真っ赤にして必死に抵抗する。


「やめてください!!」


「あんまりお腹空いてないしー、あーちゃんは落ち込んでるしー、ハーちゃんはガイ君の背中で寝てるしー、ギル君もザッ君となんか難しい話してるしー、つまんなーい」


涙目で必死にスカートを引っ張って防御しようとするも尚もメリィは意外に強い力で問答無用にスカートを煽る。


「だからって私のスカートで遊ばないでくださいってば!し、下着が見えちゃう……!

それに、お茶会であれだけお菓子を食べればお腹が膨れるのは当然じゃないですか。シェフィだって止めたのに」


「ナーちゃんってばこんな可愛いパンツどこで見つけてくるの?」


「だからやめて!!」


ミランダから行くようにと言われ慌てて準備したがどうしてスカートなど選んだのか後悔してナーシャは少し泣いた。

スカートを巡って不毛な攻防をする二人は見事に周りから目立っている。


「うるせぇな……」


前方でメリィとナーシャが繰り広げる姦しいやり取りを鬱陶しそうにギルバートは見た。ちょうどナーシャのスカートが大きく捲れ上がるタイミングだったが無言で顔を反らす。…反らした方向のアイシアは半眼でギルバートを見ていたが。

反対に横で喋るザックスは非常に楽しそうに笑っている。


「いやぁ、いいもん見れたな。贅沢言えばナーシャじゃなけりゃ満点だったんだがな。惜しいけど、顔は可愛いけど子供じゃなぁ…」


「お前、んなこと言ってると朝霞にケツ蹴られるぞ?」


「今なら大丈夫だろ。周りの声とか聞こえてんのか、ありゃ」


ザックスが少し呆れたように後ろを指すとそこにはまるで雨雲を連れているかの如く錯覚しそうなほど意気消沈した朝霞が困り顔のシルヴィアに手を引かれ歩いている。シルヴィアは何度も話しかけているようだが届いていないらしい。


「まぁ、あそこまで一方的にしてやられれば自信がなくなるのも無理無いんじゃねぇのか?」


「初めは手加減しようとしてたくらいだしな」


気絶から復帰した朝霞は見事に落ち込んだ。目覚めてから最初にシルヴィアに謝るとあとはずっとこの調子で周りの声も届かずひたすらブツブツと自嘲している。


「……私はとんだ愚か者ね……」


「朝霞、自分の実力を知るのは大事なことだけどそれを悲観してばかりじゃ先へは進めないよ?」


「……やっぱり私はダメなのね……」


「朝霞ー聞いてるー?」


「……フフフ、笑うがいいわ……」 


「ダメかな、これは」


とうとうシルヴィアも匙を投げた。朝霞は虚ろな表情で再び手を引かれるままに歩き出す。


「ここまで落ち込ませる気は無かったんだけどなぁ」


「もう放っとけよ、そいつは」


「こうなった責任は一応私にあるからねぇ」


「明日の朝になれば正気に戻るだろ。それでもダメなら何発か適当に頭を叩いてみればいいんじゃないか?」


「村にあった古い通信機みたいな直し方だね」


「直ればなんだって一緒だろ。ほら店が見えてきたぞ」


ギルバートが前方を指差すと確かに小鳥の止まり木亭が見えてきた。今日も静かに繁盛している様子。

ふと気づけばメリィとナーシャのじゃれあいが聞こえなくなっていた。見ればガイがメリィの襟を掴んで引き摺っている。ナーシャは影にでも潜ったのか姿は見えない。


「ねぇ、ギルバート。どうしてメリィはああなると静かになるの?」


「知らん。オレも理由は知りたいけどな」


「そのうち分かるかな」


「ま、今はメリィより晩飯の方が大事だな。ガイ、そろそろハンナも叩き起こしとけよ。ナーシャはどこ行った?」


「アイシアの影に潜ってるみたいだね」


シルヴィアが居場所を簡単に見破るとナーシャが影から少しだけ顔を出した。


「どうして分かるのですか……」


「ネタばらししちゃうとね、最初に私を追跡してたときからナーシャの魔力を記憶しといてあるからだよ。私はアイシアほどではないけど魔力の探知とかができるから」


「影に潜ってる間は魔力は一切外に漏れないはずですが……」


「潜ってる間はね。だけどナーシャが影に潜る瞬間と影から影に移動する瞬間だけはごく僅かだけ魔力が掴めるんだよ。まぁ、大多数の人は分からないだろうけどアイシアはもちろん分かってたよね?」


シルヴィアの問いかけにアイシアは小さく頷く。ナーシャは深く息を吐くと一度影に潜った。アイシアが目線を向けた露店の看板の影からまだ少し顔が赤いナーシャが立ち上がる。


「私もまだまだ、ということですね…」


「その歳でここまで自分の魔法を鍛えてあるのは十分凄いことだと思うけど」


「いえ、お嬢様のお力になるためには少し頑張った程度ではダメなのです。お嬢様が気付かないうちに全てが終わっていて一切を知らないまま終わりにする。それがベストです」


ナーシャがやる気と共に決意表明する。そんなナーシャを見てギルバートは嘆息しながら言う。


「あのお嬢様が何も知らないなんてこと想像できそうにないけどな。っつーか、ミランダは何をどこまで知ってんだ?」


「それはお嬢様のみが知ることです」


「そうかよ」


そこでやっと店の前に到着した。シルヴィアはガイが目を覚ましたハンナを背中から下ろしメリィを正気に戻しているのを見ていると微かな気配を感じた。


「?」


通りの向こう側。どこかの商店の荷が入った木箱が多く積まれ影ができ、行き交う人々の死角になる場所をふと、見つめる。


「どうかしたか?」


「……。なんでもないよ」


ギルバートが振り向き尋ねる。それにシルヴィアは笑って答えてギルバートを店に押し込む。ギルバートは怪訝な顔をしたが店の中で騒ぎ始めたメリィに気付くとため息を吐いて店に入った。

未だにブツブツと自嘲する朝霞といつの間にか隣にいたアイシアと手を繋いでシルヴィアも店に入る。


(濁った魔力と血の匂い、か……)


声に出さないままシルヴィアが思う横でアイシアがさりげなく振り向いた。もう積み荷は片付けられていた。



***



シルヴィアの歓迎会は予想よりも早い時間にお開きとなった。理由は単純明快でストレスでいつもより多めに酒を飲んだマリアベルが大暴れしたからだ。これまでのストレスと今回のことが酒の力で合わさり、本来なら早々に潰れたはずのマリアベルを睡眠ではなく暴れさせる方向にシフトしたらしい。

止めに入ったギルバートとガイはあっという間に床に叩き付けられ、ザックスは巻き添えで店の外にブン投げられた。今は店の片隅でハンナにまとめて介抱されていた。

暴虐の化身となったマリアベルを止めるために店に居合わせた屈強な男客と店主のザルツ、運悪く巻き込まれたその息子、そしてシルヴィアとナーシャが立ち向かった。

しかし、手加減を忘れた暴虐の化身は次々と相手をなぎ倒し被害を拡大させながら大いに暴れた。その結果、ザルツとシルヴィアがどうにか羽交い締めし、ナーシャが魔法で動きを無理矢理押さえつけたところでアイシアがマリアベルを丸ごと氷漬けにしてようやく暴虐の化身は動きを停止した。今はその後片付けの最中である。シルヴィアが壊れたテーブルをザルツと共に片付けながら言う。


「強い人だとは思ってたけどまさかここまでとはね……」


「いつもなら大ジョッキを空けるころには潰れてたんだがなぁ。余程日頃から溜まってたんだろうよ」


「お店、どうしようか……」


「店はマリアとガルバーの方になんとかさせるからお前さん達は気にしなくていいぞ。むしろオレの店で助かったと言うべきだな、こりゃ」


「そうなの?」


「これがもしも別の店でガルバーを悪く思ってるヤツの店だったら、悪評の流され方にもよるが最悪、学長の座を下ろされかねんからな。オレとヤツの間柄だから多少の融通は利くし細かいことにも目を瞑れるんだ」


壊れたテーブルや椅子なんかを一旦外に出して一息つく。


「マリアが暴れちまったから飲み食いし足りなくないか?無事なテーブルとかで何か食うか?」


「私は大丈夫だけど……」


そう言って特別科の面々を見るがギルバート達は未だに介抱されているしナーシャはマリアベルの拘束で消耗したのか酷くぐったりして壁際で休んでいる。アイシアとメリィは割れた皿や飛び散った料理を片付けているがあの二人はマリアベルが暴れ始めた時点で食事はほぼ終わっていたように思う。朝霞とハンナは分からないが足りなくとも夜食で足りるくらいだろう。


「一通り片付けが終わったら今日は帰るよ。明日片付けに来れればまた来るけど」


「酔っ払いが暴れるのは日常茶飯事だからそこまで気にしなくていいぞ。修理代の請求もガルバーに出すしな」


「そういうことならあまり余計な口出しはしないよ」


それから少しだけ片付けをしていると連絡を受けて迎えに来たミランダとシェフィールドがやって来た。通りにゴミのように出された氷漬けのマリアベルと嵐にでもあったかのような店の惨状を見てミランダはとても控えめに、それでいて爆笑した。その目には涙まで浮かべている。シェフィールドもあまりの光景に呆れていた。


「お嬢様、お気持ちは分かりますがもう少し堪えて下さい。はしたないですよ」


「……だって、こんな面白い光景この先絶対に見られないわ。特に氷漬けの先生なんて。…フフッ」


「はぁ……」


深いため息を吐いてシェフィールドはまだ辺りに散らばる何かの破片や食べ物だったものを手際よく片付ける。ミランダは当然のように無事な椅子に座って悲惨な店内を見てやはり面白そうに笑っている。


「本当に飽きないわ。昔の退屈だった日々が嘘みたいな毎日ね」


上機嫌なミランダは近くの無事なテーブルに乗っている皿から何かの肉料理?を摘まんで食べてみる。


「あら美味しいわね。今度シェフィに作ってもらおうかしら」


気に入ったのか次々に食べているとシェフィールドがそれに気付いて手には手拭きと水の入ったカップを持って足早にやって来る。


「お嬢様、はしたないですよ。それに今夜のお食事はもう済ませているでしょう。妙な時間に不要なお夜食はあまり健康によくありません」


「シェフィも食べてみなさいな。結構美味しいのよ、これ」


「後で頂きますのでまずはお嬢様のお手を拭かせて下さい。手掴みなどマナーがなっていません」


「文句は後でちゃんと聞いてあげるから食べてみなさい」


「むぐぅ!?」


ミランダはなんとか手を拭こうとするシェフィールドの口に半ば無理矢理に肉料理を突っ込んだ。やけに大きい肉に悪戦苦闘しながらなんとか食べきるとミランダは満足げに尋ねる。


「どう?想像以上に美味しいでしょう?」


「……確かに美味しいですね。これはイノシシの肉……?でしょうか……」


ミランダは片付けもそっちのけで謎の肉料理をしげしげと観察し始めたシェフィールドを楽しそうに眺めているといつの間にか近くに来たシルヴィアが少し呆れたように言った。


「お迎えに来たのになんで二人とも暢気に食べてるの?」


肉料理に夢中になっていたシェフィールドは恥ずかしそうに居ずまいを正して謝罪する。


「申し訳ありません。仕事柄料理は気になってしまいまして…」


「ここの料理は美味しいからね、しょうがないか」


「ええ、しょうがないわね♪」


また一つ手掴みで食べるミランダの手をシェフィールドは嘆息しつつ少し強引に取って綺麗に拭った。

その後復活したギルバート達と共に店内を片付けてからザルツに改めて謝罪して特別科の一同は寮への帰路に着いた。……ちなみに氷像と化したマリアベルはアイシアが魔法を解除すると何事も無かったかのように寝始めた。

そんなマリアベルにアイシアは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。


「……手加減できなかったからさっきまで確実に心臓が止まってたはずなのに。なんでなんともないんだろう……?」


マリアベルの謎がまた一つ、増えた。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


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