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17の魔剣と銀の君  作者: 葛城 駿
学園都市編
10/38

第9話  罰則と暗号と朝霞の指導

それは授業中に突然爆発音が校舎中に響き渡ったことから始まった。それから少し遅れて揺れが届く。生徒達を落ち着け待機を言い渡してから教室を飛び出したサイラスは同じように飛び出してきた同僚の教師と合流する。


「サイラス、今のは何だ!?」


「わからん、とりあえず音源まで行ってみよう」


同僚と共に爆発音の発生源まで走る。その間にも同じように状況が掴めていない同僚が教室から顔を出している。サイラスは状況の判断がつくまで生徒達を見ているようにと言うと現場へと急いだ。やがて周囲が教師用の研究部屋が並ぶエリアになると同時に未だ除去しきれない爆発による黒煙が漂うようになった。


(嫌な予感がする…。まさかとは思うがオレの部屋は関係ないはず…!)


サイラスは走ったことで生じた汗とは違う汗をかきながら現場へと向かう。だが願いとは裏腹に現場に到着してみればそこにあるのはもはや部屋の原型すら留めていないほどの惨状だった。周囲の窓ガラスは全て割れ落ちていて、爆心地とその周囲の部屋は壁ごと全てが破壊され部屋としての形はもう残っていない。誰の部屋かは見ても分からないが場所から察するにサイラスの部屋であることはその場の誰もが分かっていた。

先に到着して呆然としていた教師の1人であるバングはハッとした顔で走り出した。その去り際に「またハンナ・ユリフィスか!」と言っていた。

続々と集まる教師達が煙を外に排出したり爆発音を聞きつけてやって来た生徒を追い返す中、サイラスは今の状況に凄まじい焦りを感じていた。


(マズイことになった…。これでは“彼等”と連絡が取れないではないか!一定期間内に連絡を入れなければ契約違反になってしまう。早急になんとかして連絡を取らねば……。それに誰かに見られてはマズイものが……)


内心の焦りで脂汗が流れるが周囲は自身の研究部屋が吹き飛んだことで放心しているのだろうと思っていた。そこに無表情なティファニアを連れてマリアベルが面倒そうな態度でやって来たが状況を一瞥しただけで再びティファニアを連れて去っていった。

それから少ししてから学長がメルアと一緒に来たが惨状を見た瞬間に卒倒したのはその場の秘密である。



***



学長が卒倒してから数時間後、関係者を集めての話し合いが始まった。


「それで、だ。サイラス、こんなことをされる理由は何か思い付くかな?」


場所は学長室。学長の他にメルア、フィニアス、ティファニア、バング、そして何故かマリアベルが同席している。

部屋の空気は重く誰1人として無駄な口は開こうとしないのが妙な不安感を増大させていく。

サイラスは学長からの質問に慎重に言葉を選んで答えた。


「何も無い、と答えたいところですが私は生徒指導の担当です。私の指導は間違っていないと思っていますがそれに納得できない一部の生徒による逆恨みではないかと思いますが…。

逆に言えばそれくらいしか心当たりは特にありませんね」


さりげなく皮肉を込めて何故か同席しているマリアベルに視線を送る。しかし当のマリアベルはその視線を完全に無視して手元の紙切れをやたら無感情な目で眺めている。

その態度に苛立ったサイラスは改めて声に出して特別科を非難し始めた。


「これは特別科のユリフィスの仕業でしょう!?あんな爆発が起こせる人間なんて教師の他にはあの問題児くらいしかいないではないですか!まったく、魔法薬学の成績が優秀だからと調子に乗ってあちこちで爆発騒ぎばかりで今度ばかりは退学も視野に入れねばならないでしょう!」


「確かに今回の騒ぎはハンナ君と他数名による実行であることは既に聞き取りから判明しているよ。そうだね、マリア?」


「そうね、本人達も認めているし具体的な方法から使った魔法薬まで全部白状しているわ。聞き取りにはティファも一緒だったしバングとフィニアスにも報告済みよ」


「確かに報告は貰っているな」


バングの一言にサイラスは被せるように声をあげる。


「ならその生徒達全員を即刻退学処分にすべきだ!私の貴重な研究材料や私物もしっかり補填して貰わねばならん!」


サイラスはここぞとばかりに捲し立てるがそこで部屋の空気がおかしいことにようやく気付いた。そもそも学長以外の全員がサイラスを見てすらいなかった。


「……なんだ?」


「サイラス、彼等が君への逆恨みという理由だけで本当にこんな事件を起こしたと思っているのかい?」


「……それ以外に何があると言うのですか?」


そこでずっと黙っていたマリアベルが手元の紙切れをサイラスの前に投げた。力なくひらひらと足元に落ちた紙切れをサイラスが見ているとマリアベルの低い声で拾え、と言われた。不審に思いながらも紙切れを拾った瞬間、それはただの紙切れではなく写真だと気付いた。


「……こ、れは」


「アンタなら見るまでもないでしょ?それがなんなのか分かるならね」


恐る恐る写真を表にすると部屋と一緒に燃えたはずの写真がサイラスの手にあった。


「どうして、これが……」


「アタシの教え子達はね、なんだかんだで優しい子達なのよね。アホなことばっかりやらかす割にはちゃんとした理由があったりする訳よ。方法は褒められたもんじゃないし後でお仕置きはするけど」


マリアベルは苦笑しながら自らの教え子達についてそこまで言うと一旦言葉を切る。


「今回はね、ハンナがまだ普通科にいた頃の後輩が相談してきたことから計画が持ち上がったみたいね。何でも、サイラスに嫌がらせを受けているから助けてくれって内容だったようだけど?」


「待ってくれ、私は何も知らない!写真の生徒に指導はしたかも知れないがこんなことやってない!」


「あっそう。知らないって言うだけならいくらでも言ってて構わないけど真実ははっきりさせないとダメよね?」


そう言ってマリアベルは足元に置いてあった紙袋を持ち上げてテーブルの上に中身をおもいっきりぶちまけた。中身は全て写真でどれもこれも似たような写真のようだ。中にはサイラス本人が写っているものもあった。


「ち、違う……。これは、違うんだ……」


サイラスは助けを求めるように室内を見渡すが誰もが敵意に満ちた目を向けるだけだ。

重い空気の中、学長が口を開く。


「サイラス、改めて聞くがこれは君で間違いないね?本当は僕も君を信じたいがここまではっきりとした証拠を出されては僕も結論を出さねばならないよ」


「待って、待ってくれ…。これは何かの間違いだ…。だって部屋ごと全て燃えたはずだ…」


「あら、よくこれが部屋から持ち出された写真だって分かるわね?偽造とかでっち上げとは思わないの?」


その一言が決定的だった。フィニアスが音もなくサイラスの後ろに立ち激しく震える肩に手を置いた。


「サイラス、これからお前の自宅に調べが入る。そこで何が出るかはお前が一番分かってるはずだ。もう言い逃れはできん。全てを告白しろ」


サイラスは再び室内を見渡し助けを求めようとしたが結局何も言わずに項垂れただけに終わった。

そこからはもう抵抗しようともせずに質問に答え始めたサイラスは女子生徒に指導の名目で暴行し、その後も写真を使って脅迫したことを認め数年に渡ってやっていたことを自供した。

すっかり意気消沈したサイラスは続けて妙なことを口にし始めた。


「一昨年から外部の連中と付き合うようになったんだ…。初めは学園都市が珍しいから話を聞きたいのかと思っていろいろ話した」


「何を言っている?外部とは誰のことだ?」


「どうせ全部知ってるんだろう?だったら秘密を守る必要もないな。ノーマン・ニルギリスだよ」


サイラスが発したノーマン・ニルギリスという名前にその場の全員が硬直した。その様子に気付かないサイラスは項垂れたまま話を続ける。


「ノーマンは学園都市に秘密裏に出入りする方法とか都市内の細かい地理について知りたがった。初めは断ったが桁違いの報酬を出されて教えてしまった…」


「サイラス、ノーマン・ニルギリスに教えたことを全て僕達に言うんだ。君はノーマンがどれだけ危険な男か分かっていただろう?」


「分かっていたさ。でも、魔が差して……」


「学長、ここから先は保安部が引き受けよう。どうにもきな臭い展開になってきたようだ」


「…そうだね。フィニアス、何か重要な情報が手に入るかも知れないからよろしく頼むよ」


フィニアスはサイラスを促しそのまま部屋から出ていった。後に残されたティファニアを除いた全員がうんざりした表情を浮かべている。


「お茶を淹れて来ます。一先ずは整理しましょう」


「頼むよ、メルア君。あとお菓子かなにかを持って来てくれないか」


メルアが隣の給湯室に行き、学長はソファに身を深く沈める。その様にマリアベルはケラケラと笑いながら学長の対面に腰を下ろした。


「あの子達の面倒の後始末から意外なものが飛び出てきたわねぇ。それにしてもノーマン・ニルギリス、か。また厄介なヤツが入り込んだものね」


「まったくだよ。サイラスが生徒にしていたことだけでも衝撃だったのによりにもよってノーマン・ニルギリスと内通していたなんて…。あぁ、中央騎士団からまた呼び出されるのかぁ……」


「ま、騎士団の方は学長がなんとかしなさいな。アタシは関わりたくないし。

それより、サイラスのクソ野郎はいつになったらボコボコにしていいの?っていうかこれからアイツどうなるの?」


「マリア、気持ちは分かるけど手は出さないでくれないか?これ以上余計な心労を増やしたくない。それとサイラスの今後は中央裁判の結果次第だろうね。まぁ、女子生徒への暴行と犯罪者への内通なんてことをしたなら無事には出てこれないだろうけど…」


学長が疲れきった顔でマリアベルに釘を刺すが本人はまともに聞き入れるかは分からないような雰囲気がした。

学長がため息を吐くのとメルアがお茶とお菓子の載ったお盆を持ってくるのがほぼ同時だった。



***



時間は少し戻って学長室での話し合いから数時間前のこと。特別科の寮の食堂に全員が揃っていた。学園から改めて特別科は全員が寮での待機を指示されたのでその時間に事情を整理しておこうということになった訳である。

朝霞は初めはハンナから話を聞こうとするも作業に没頭したまま録に返事すらしないのでギルバートに標的を変え今回の騒ぎについて説明を求めた。その結果事情は理解したが現状は理解したくないという現実逃避に陥ってしまったので今は頭を抱えていた。


「……………」


朝霞が再起不能になった以上誰かが進行しないといけないが誰も名乗り出ない。仕方ないのでシルヴィアが朝霞の代わりを務めることになった。


「とりあえず事情は分かったよ。ギルバート達の行動はやり方は褒められたものじゃないけど一応は大義名分があるんだね」


「別に、そんな大層なもんはねぇよ。ハンナは後輩のことがあるから多少はあったかも知れないけどよ、それ以外のメンツはただの憂さ晴らしに過ぎねぇって」


ギルバートの言葉にザックスは頷いているがガイは苦笑いし、メリィに至っては難しい話に飽きたのか居眠りをしていて、ハンナは相変わらず聞いてない。そんな騒ぎを起こしたメンバーを見たシルヴィアは内心で呆れる。


(よくもまぁここまでまとまりが無いのに手際良く実行したもんだなぁ。ギルバートを巻き込んだのは今日の実行前みたいだけどそれでも成功させてくるんだからなんだかんだでチームワークは良いのかな?)


シルヴィアが呆れる横でずっと作業に没頭していたハンナが突然声をあげた。


「できたー!あとは解読と清書で完了だー!」


「というかハンナはさっきから何をやってたの?」


「うふふん、これはだねぇ……、なんと!魔力通信の核である魔石から消去された通信を復元して再出力したものであーる!」


ハンナの意気揚々としたセリフにシルヴィアとシェフィールドは唖然となった。その他はミランダを除いて意味が分からないというような顔をしている。ミランダは笑いを堪えていた。


「なぁ、魔石からどうのこうのってなんの話だ?」


「オレもわかんねぇけどもしかしてスゲーのか?」


ギルバートとザックスはハンナがどうしてそこまで得意気なのかがさっぱり分からなかった。ミランダの後ろで控えているナーシャも同じようで唖然としているシェフィールドに何がすごいのかを聞いている。シェフィールドはナーシャの質問にその場の全員が分かるようにゆっくりと答え始めた。


「魔力通信とは機材の内部に搭載された共振魔石という特殊な魔石の反応を使って離れた場所にいる相手と通信するものです。

その共振魔石は登録された魔力同士での通信を可能としますので全ての魔力通信機で誰とでも話ができる訳ではありません。例えば学園都市の街中に設置されているのは学長の魔力が登録されているものであり、基本的に学園都市内でしか相互通信できません」


「ふぅん。で、魔力通信の原理は分かったが何がすごいんだ?」


「ハンナ様のしたことは結論から言えば不可能を可能にした、ということです。先ほどハンナ様は『消去された通信を復元して再出力した』と言いましたがそんなことは今まで不可能でした。

魔力通信の記録とは魔力の登録者、又は直前の使用者のみが閲覧、消去が可能で一度消去された記録は誰であろうと復元はできませんでした。

しかし、ハンナ様はそれを成功させてしまった。有り合わせの機材と発想で不可能を可能にしてしまったのです。もし、これが世間に発表されればハンナ様はこれからの歴史書に名前が載りますね。ほぼ、間違いなく」


ようやく理解が追い付いたギルバート達は唖然となった。当人は再出力した記録の暗号をどうにか解読しようと躍起になっているが難航しているようだ。


「それって…、ヤバくないか?」


「これを本当に公開したら大変なことになるだろうね」


シルヴィアは苦笑いのままハンナに目線を向ける。


「シェフィールドの言う通り歴史書に名前は載るだろうね。そしてその注釈にはきっとこう書かれるさ。……『志半ばで暗殺される』ってね。お金と名誉にはなるけど公開したらそれから先の人生は暗殺者に追われる人生になるだろうね」


「そこまでかよ!」


「そうだよ?確か、魔力通信機が発表されてから200年くらいかな。それだけの間に第三者による記録の取り出しは誰も成し得なかったんだよ?魔力通信機を作ってるのは南の商業工国だけだから確実に何か言われるし秘匿性が失われたことで恨まれるかも知れないしね」


「じゃあこのことは……」


「私達だけの秘密だね」


ハンナとメリィ以外が頷いてこのことは非公開が決定した。

ちなみにメリィは話し合いが始まってから今までずっと寝ていたので何が起こってどうなったのかをまるごと知らないまま終わることになる。



***



ハンナの執念によって魔石から暗号を復元はできたがそこまでが限界だったようだ。ハンナは自らの知る限りの解読法を試したようだが二重に暗号化されているらしく解読を諦めてしまった。


「あー、わかんにゃい。一つ目の暗号はなんとか解けたけどその次が見たことないから無理だにゃー」


「私にはさっぱり分からないわね……」


現実逃避かは復帰した朝霞はハンナが挑んでいた暗号を手に取るがまったく分からない。そもそも暗号解読なんてことは普通の人にはできないものだ。


「一つ目の暗号は旧アルチェリーダ親神国っていう今はもう解体された国の一般的な暗号みたいなんだけど、次は全然分かんないから最新の暗号なのかなぁ」


「そもそもアルチェなんとか?ってどこだよ。ってかなんでそんなこと知ってんだ?」


「旧アルチェリーダ親神国、だよん。今から80年くらい昔に大陸東部にあった宗教国家だね。確か、神様は我々の全てを許してくれるー、とか言う理屈で信徒を扇動して隣の国に攻め込んだんだっけ。その後は…、え~と、ねぇ…」


ギルバートの疑問にハンナはうろ覚えの知識で答えていく。しかしそこから先は覚えていないようで出てこない。仕方ないので朝霞が続きを答える。


「少し前に大陸史の授業でやったでしょう?…あぁ、そういえばギルバートはいなかったわね…。

まぁ、バカは放っといて。その親神国は隣国に攻め込んだまでは上手く行ってたんだけどその後は僅か半日足らずで教祖まで含めたほぼ全員が制圧。中央騎士団の作戦であっという間だったらしいわよ」


「ふぅん、血気盛んな連中なんだな。というか、そんな滅んだ国はどうでもいいんだよ。オレが気になったのはなんでそんな国の暗号なんて知ってんだってことだよ」


「だってこの暗号は世間に公表されてるんだもん」


ことも無さげに言うハンナにギルバートは驚いた。


「公表?暗号が?」


「そうそう。あの国は宗教国家だったでしょ?だから暗号と言っても素人に毛が生えたくらいの人が作った陳腐な暗号だったわけなのね。それで国が解体された後で暗号解読の教材にもってこいの難度だったから公表して世界中に広めたんだよん」


「なんともマヌケな連中だな…」


「軍事国家じゃないから仕方ないんじゃないの?まぁそんなマヌケな暗号は解けた訳だけど問題はその次な訳さ」 


ハンナは解読した暗号を書き写した紙をペラペラさせながら諦めたように息を吐いた。


「なんか面白そうな話が出てくれば良かったのになぁ。もう飽きたからどうでもいいや」


紙をテーブルに放るとそのまま脱力したように居眠りを始めた。ちょうど目の前に飛んできた紙をシルヴィアが手に取って暗号をなんとなく見ているとどこかで見たような気がすると感じる。


(一つ目は確かにあの国の暗号だね。この陳腐さは見たことがあるから間違いないかな。この二つ目もどこかで見たような気がするんだけど、どこだったかな……)


「お姉さん、分かる?」


「うーん、どうかな…」


アイシアもシルヴィアの手元の紙を覗き込むが当然分からない。その紙を朝霞がスッと抜き取った。


「探偵ごっこはこのくらいにしましょう。この紙は後で学長に渡して調べてもらえばいいし、私達は処分が決まるまでここで待機だからね」


暗号の書かれた紙をポケットに押し込んだ朝霞は特別科の全員を見渡して言った。


「先生が戻ってくるまで寮から出ないこと。いいわね?」


朝霞の指示に各々が適当に返事をしてこの場はお開きになった。



***



寮内での話し合いが終わりシルヴィアの荷物整理が一段落ついたところで担任のマリアベルがやって来た。マリアベルは大量の書類を持っており暇そうにしていたギルバートを捕まえると全員に配るように指示して食堂のテーブルに着いた。


「さて、今配ってんのが反省文と実家に送ってもらう書類一式ね。

反省文は実行班が1人8枚、それ以外は2枚書くこと。連帯責任だからね?意見は聞きません。

それで次が経緯報告書ね。全ての紙に目を通してから自筆のサインをして3日以内に実家に送ること。期限が過ぎたら反省文が追加されるからちゃんと送っときなさいよ」


「実家が無い私はどうするの?」


「シルヴィアは私に提出でいいわよ。報告書はいらないから反省文だけね」


シルヴィアが頷くと大量の反省文に呆然としていたメリィが急に吠えた。


「こんなに書けないよ!なにこれ、イジメだよ!横暴だよ!職権乱用だー!」


「黙って書いてさっさと出しなさい。本当だったら学園の施設破壊でアンタもアタシも中央裁判に呼ばれるところだったのよ?」


「そんなの先生1人で行って来てよ!メリィはやだよ!」


「うるさいわね…。メリィ、アンタ1人だけ反省文10倍にするわよ?それがイヤなら黙って書きなさい」


「うぅ…。やるんじゃなかった……」


項垂れるメリィを横目に今度は朝霞が手を挙げる。


「先生、私が直接天桜皇国に送らないとダメですか?大使館に預けるとマズイですか?」


「あー…、そうね。手間が掛かるだろうけど直接送ってくれるかしら。大使館だと検閲とかあるから今回の騒ぎが無駄に広まるのよねぇ…」


「分かりました。それじゃあ明日の午前中に出しますから明日は半休にして下さい。輸送局が開くのお昼前ですから」


「分かったわ、半休ね。…これ以上質問は無いかしら?

それじゃ次よ。アンタらの処分だけどとりあえず全員の一週間寮内での謹慎と反省文の提出になったわ。騒ぎに関しては口外禁止でこれ以上の介入も禁止。何もしないで寮に閉じ籠ってなさい」


マリアベルが全員に沙汰を下すとシェフィールドが手を挙げる。


「食糧や消耗品の調達はどうするのでしょうか」


「必要な分だけなら見逃すわ。ただし、抜け出す大義名分なんぞに使ったら……、分かるわね?」


シェフィールドの質問に答えると後半部分は全員に(特に抜け出す癖のある一名に向かって)凄む。


「そんで、この後のシルヴィアの歓迎会だけどこれは予定通りやるから夕方に『小鳥の止まり木亭』に集合でよろしく。今更キャンセルはできないからしょうがないけど…。まったくなんでこんな日にわざわざ問題起こすのかしらね…」


マリアベルはやれやれとため息を吐くが当の本人達は素知らぬ顔でいる。これ以上は何を言っても無駄と判断して椅子から立ち上がった。


「それじゃ夕方まで大人しくしてること。歓迎会の間は多少の騒ぎは目を瞑るけど問題になりそうなことは絶対にしないでよね。これ以上は退学だって考えられるんだから」


最後に釘を刺すとマリアベルは特別科の寮から去って行った。



***



マリアベルが去ってから朝霞はずっとイライラしていた。今朝までは良かった。予定通り引っ越しは進んで思ったより若干はいいペースだとも思っていた。それなのにこれ、だ。


「どうしていつもこうなるの…?」


自室で反省文と実家に送る書類を書いている手を止めて1人呟く。特別科に転科してからクラス長を半ば強制的に任命され自分勝手で個性が強すぎるクラスメイトを無理矢理にでもなんとかコントロールしてきた。それでも今回はもうフォローのしようがない。


「お父様にまた心配かけちゃうな…」


特別科に来て既に一年が経ったがその間に送った書類はもう10通を越えている。その度に返信される父からの手紙にはこちらを心配する文面と辛いなら帰ってくるように、と書かれていて申し訳なくなる。


「もう、いい加減にしてよ!」


思わず机の上に拳を叩きつけた。その拍子にインクの瓶が跳ねて倒れる。そのまま書類と朝霞の手を黒く染めてしまった。

机に広がるインクを無感情に眺めていると控えめにドアがノックされた。ハッ、と立ち上がった朝霞は慌てて手のインクを拭きながら返事をする。


「はい、誰ですか?」


「シルヴィアだけど、いいかな?」


ドア越しの少しくぐもった声に驚く。


「どうしました?また誰かが変なことでもしましたか?」


インクがなかなか落ちない。


「そうじゃないんだけどね。朝霞に用があるんだけど」


「私…、ですか?」


「話があるんだけど、入っていいかな」


インクはまだ落ちない。机の上もメチャクチャなまま。それとなく拒否する。


「ごめんなさい、今部屋の中が散らかってて…。歓迎会のときじゃダメですか?」


「できれば二人きりの方がいいんだけど」


「何か相談ですか?」


手のインクはなんとか落ちたが机の上はとりあえず近くにあった布を被せて隠す。乱れた息を整えて朝霞はゆっくり扉を開けた。


「ごめんなさい、お待たせしました。ちょっと片付けをしてて…」


朝霞の様子に何か感じ取ったが些細な違和感だったのでひとまずは置いておく。


「……?あぁ、ごめんね。あんまり誰彼構わず言いふらすようなことじゃないから」


「どういうことですか…?」


「とりあえず中に入ってもいいかな?」


「どうぞ…」


朝霞はシルヴィアを部屋に入れる。椅子を勧めてその反対に朝霞も腰を降ろした。


「それでお話って?」


シルヴィアは勧められた椅子に座るとおもむろに話を切り出した。


「その前に1つ、確認なんだけど。朝霞の持ってるその剣…、いや、刀?だったかな。それは『連斬』で間違いないよね?鞘から抜いた状態を見てないから確証がないけど」


「……何故そうだと?」


シルヴィアの問いかけで目付きが鋭くなった朝霞は椅子から腰を上げすぐにでも動けるようにしている。目線で壁に掛けられた刀を確認もしていた。


「やっぱり隠してたことか。二人きりで良かった」


「何を言いたいんですか?シルヴィアさんが悪い人ではないのは分かってますけど答え次第では容赦しませんよ」


「とりあえず警戒したままでいいから話を聞いて欲しい。私はこの世界中で『魔剣』について最も知ってる連中の1人だよ」


「どうして私の刀が魔剣だと?」


「見れば分かるからね。抜いてなくても魔剣特有の魔力があるから」


シルヴィアはそう言って壁の魔剣『連斬』をチラリと見る。

それで朝霞は観念したように息を吐くと立ち上がり壁に掛けられた刀を持ってテーブルに置いた。


「その通りです。これは銘を『連斬』、我が家に伝わる家宝で代々の当主が持つ刀です」


「やっぱり『連斬』だ。久しぶりに見たなぁ」


「以前に見たことがあるんですか?」


「まぁね、その辺は機会があったら話すけど本題は違うんだ。

私が学生をやる理由というか学園都市にいる理由が朝霞、君の指導だからなんだけどさ」


「指導?」


「そう。学長から朝霞の指導をしてあげてくれって頼まれてね。確かに『連斬』の…、というか魔剣の使い手は普通の剣術指導じゃ収まらない。魔剣はそれぞれが大魔法の極致を剣の形にしたようなものだから」


「どうしてシルヴィアさんはそんなことを知ってるんですか……?」


シルヴィアは少し困った顔をした。机に置かれた『連斬』を優しくなぞる。


「信用ならないかも知れないけどそれは答えられない。私の秘密は気軽に知るには重すぎるんだよね」


「……、それはどうしてもですか?」


「どうしても、だね」


朝霞はシルヴィアの目をジッと見つめる。シルヴィアも同じように朝霞の目を見返す。数分間そうしたまま両者が見つめあっていたが朝霞は息を1つ吐くと微笑んだ。


「分かりました。シルヴィアさんの秘密は話してくれるまで聞きません。ですが指導は結構です」


「理由をきいても?」


「私の『連斬』は私の家に伝わる修行方法で免許皆伝を目指します。今はまだ修行中で未熟ですけど、それでも自分の力だけで『連斬』に認められたいんです」


朝霞の回答にシルヴィアはとても満足そうな顔をした。その意外な反応に朝霞は驚いた。


「どうしてそこでその反応なんですか?」


「怒られるとでも思った?まさか、考えられる中でも満点の答えだよ。『連斬』の今代の所有者はとても素晴らしい。……だったら尚更私の指導を受けるべきだなぁ」


「話が見えないんですけど……」


「数ある魔剣の中でも『連斬』は気難しいんだよね。そもそも魔剣とはね、どんなに腕が立つ達人でも魔剣と所有者が1つにならなければその真価は発揮されないんだ。そして魔剣はその一点をクリアしなければその辺のなまくら相手でも負けるのさ。

ならば『連斬』を良く知る私が朝霞の指導を務めるのは道理だ」


朝霞はまだシルヴィアの言うことが理解できないようで首を傾げている。その様子に笑いながらシルヴィアは続ける。


「朝霞は『連斬』と共に強くなり、認められたい。そして『連斬』もそんな朝霞を主として共にあろうとしている。

だから私の出番なんだ。これはちょっとした秘密なんだけど私はかつての『連斬』の使い手を知ってるんだ。そして恐らくその人以上の使い手はいなかっただろうことも想像できる。私はかつての使い手の動きを真似て朝霞の相手をするんだ。これなら最高の稽古相手にならないかな?何せ紛い物とはいえかつての使い手が相手なんだから。これなら多少の言い訳はできるかな?」


「……お父様やお祖父様を知ってるということですか?」


「違う違う、詳しくは教えられないけどね。彼女の名前は風斬菖蒲、『連斬』の最初の使い手で対人戦闘において当時最高戦力に数えられた天才の1人だったよ」


「風斬菖蒲…?それって200年くらい前の……?シルヴィアさん、貴女は一体…?」


朝霞はシルヴィアが告げた名前を聞いて愕然とした。その名前は200年ほど昔に登場し、当時はまだ無名だった風斬家を瞬く間に広め、皇族の剣術指南役にまで着けた一族の誇りそのものである人の名前だった。再度シルヴィアの正体を問うがシルヴィアは分かった上で聞き流した。


「もう一度だけ問うよ。朝霞、私に君の指導をさせてくれないかな?」


シルヴィアは朝霞の目を真っ直ぐに見つめて答えを待つ。


「シルヴィアさん、答える前に1つだけ質問させて下さい。

私はその指導を受ければ免許皆伝に至れますか?」


「それは分からない。私は君の指導をするだけだから。指導を受けても受けなくても結果は変わらないかも知れないし変わるかも知れない。その先は朝霞がどうにかするしかないと思うよ」


「分かりました。指導をお願いします」


朝霞はそう言うと椅子から立ち上がりシルヴィアに頭を下げる。


「ありがとう、私にできる限りは頑張るよ。

ところで、さっきの答えでよく納得したね?指導しても結果は分からないって言ってるのに」


朝霞は頭を上げ椅子に座り直すと苦笑しながら言う。


「むしろ免許皆伝を確約されたら今すぐ追い出してますよ。私は私の力で免許皆伝を目指しているんです。そのために力を借りることはあれどそこから先は私の力でのみ至るべきですから。それにご先祖様ならギリギリセーフかな、って」


「朝霞は随分と大人びてるね。その年でそこまで見えているのはなかなかいないよ」


「私はまだまだです。今だってホントはいっぱいいっぱいなんですから」


朝霞が笑って手を広げる。所々にインクが残って乾いていた。


「シルヴィアさんが来る直前まで今回のことで爆発しそうになっちゃって。インクをこぼしてこんな有り様ですよ」


「朝霞はもう少し誰かに頼れたらいいんだろうけど、それも難しいよねぇ…」


シルヴィアが苦笑してから音も無く立ち上がる。


「それじゃ気分転換でも兼ねて私の指導力でも見てもらおうかな」


「え?い、今からですか?」


朝霞が驚くのを横目にシルヴィアが軽く伸びをして机の上の『連斬』を持ち上げる。


「歓迎会まで時間があるし何よりこういう時は善は急げ、って言うんでしょ?」


シルヴィアがそう言ってウィンクすると朝霞は観念したように立ち上がった。シルヴィアから『連斬』を受け取ると気合いの入った目をして応じる。


「そうですね、私の先生をお願いするなら実力を見せてもらわないといけませんから」


朝霞の返事に満足そうな顔でシルヴィアが頷く。


「じゃあ、朝霞の先生としてばっちり力を見せなきゃだね」


笑うシルヴィアの目はちっとも笑っていなかった。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

気にいった所などがありましたら感想など、残してくれると嬉しいです。


ブックマーク、高評価お待ちしておりますので忘れずにお願いいたします。

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