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兄は自分の事を転生者だと言っているんですが?

 キスをした後、たいていの女の子は俺の唇をめくって、下あごの牙を見ようとする。

 土を掘るのに適したブタのような牙、オークの牙だ。


 俺はどこにでもいるような17歳の騎士候補生ではなかった。

 姫騎士だった母親の顔はみんなによく知られているが、ほとんどの人が父親の顔を知らない。

 母親がオークのダンジョンから救出されたとき、父親の方は原型も残らないぐらい粉みじんにされたと聞く。


 そのとき母親が身ごもっていた俺は、ほとんど人間と同じ姿かたちに生まれたのだが、目つきはその辺のモンスターが逃げ出すくらい凶悪だった。

 あと、髪の毛や眉が赤茶色なのはオークっぽいと女の子に言われたことがある。

 それ以外は、至ってごくフツーの17歳だった。すくなくとも、外見だけは。


 じつは俺には、前世の記憶がある。

 ただし、生まれたときからぜんぶの記憶を持っていたわけではなくて、なにかがきっかけになって、パズルのピースのように部分的な記憶がふとよみがえる、という感じだった。


 去年の冬、ダンジョン探索のアルバイトに疲れてふらふらしながら帰路についているとき、秋葉原の駅を降りて、電気街口へ抜け、神保までとぼとぼと歩いているつもりで、俺はいつの間にかアールシュバリエの雑踏に立っていた。


 そのとき電光掲示板の向こうの曇り空から、音もなく雪が降っていた。ニュースでは8516年以来、半世紀ぶりに11月に初雪がふったと言っていた。

 俺は何の気なしに思っていた、たしか、今年は2016年じゃなかったか、と。


 ちらほら雪の舞う雑踏の中で、そんな不思議な感覚にとらわれて立ち止まっているのは、俺ひとりだった。


 むろん、そこに古本屋などなかった。アールシュバリエの交差点にあったのは、赤青黄3色の信号に、ガラス張りのビル、ビジネススーツを着て横断歩道を渡る人々、電車。それらは俺の記憶にあるもうひとつの世界となんら遜色のない風景をおりなしていた。


 ただ、ビジネススーツに身を包んでいるのは、耳のとんがったエルフの男女で、ツアー客の巨大集団はケモミミを持ったデミ族だった。


 ビルの間には、この町を築いた冒険者たちの歴史ある建築物や、ガウディの作りかけの塔みたいな魔術師の塔が黒々とそびえている。

 そして空には箱形の船、飛空艇が悠然と飛び交っていた。


 いつもなら見慣れているはずの風景が、強烈な違和感を持って迫ってくる。俺の知っている世界は、たしかこうじゃなかったはずだ。

 ああ、そうだ、そもそもあれは電光掲示板じゃなくて、投影結晶ヴィジョンというんだ。


 その日、俺は初めて来た街のようにアールシュバリエを巡り歩いた。

 妙な気分だった、頭の中に2つの記憶があって、見たこともない場所だと驚嘆する自分と、いつも見ている光景だと若干記憶を手繰りながら歩いている自分がいる。


 そんなとき、俺は母親の言葉を思い出すのだ。

 たとえ魔法の存在する世界でも、魔法の存在しない世界でも、奇跡は等しく尊いものだと、俺の母親は教えてくれた。

 俺は奇跡を信じて、ぎゅっと目を閉じてみる。


 魔法があるこの街の名は、アールシュバリエ。

 そして俺の記憶にある魔法のない街の名は、東京と言った。

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